第67話 新たな攻略先
異世界からやってきた五人が魔法学院に編入した翌日、この日は実技実習の授業が組まれており、彼らは他の生徒と混ざって汗を流している。
「か、体を鍛えているつもりでしたが、こうして一定のペースで走るのは想像以上にキツいんですね」
「ディ、ディーナさん… 弱音を吐いている場合ではありません。何とか乗り切りましょう」
ディーナが異世界の王族であるという事実は、生徒たちには伏せられている。そのためロージーは『~さん』付けでディーナを呼んでいる。
それにしても二人がランニングする姿はどう見ても苦しそうに映る。魔法タイプのこの二人は異世界のおいてこうした体力トレーニングとは無縁の生活を送ってきた。街道を丸一日歩いたりダンジョンの通路を魔物と戦いながら進んでいく経験はあるものの、異世界ではよほどの緊急事態でもない限りは走るという行動そのものが、ほとんど行われていないらしい。
苦しそうなディーナとロージーを尻目に、男性メンバーは快調なペースで走っている。マリウスをはじめとした男性三人は元々体力があるので、こうして体を動かすこと自体好きらしい。要はEクラスの生徒同様に脳筋タイプの人材と考えて間違いはない。
「こんなに長い距離を走った経験はなかったけど、実際にやってみると気持ちがいいな」
「走るという単純な行動がこれほど爽快な気分にさせてくれるとは思わなかったぞ」
「しかも体力向上に役立つんだから、国に戻ったら継続して取り組んでいこう」
彼らの国では剣や槍を数多く振るうことこそが己を鍛える最も効果的な方法とされてきた。トレーニングによって筋力や持久力が増していくという発想に誰も気づかなかった。
これは何も彼らの世界が遅れているとは言い切れない面がある。日本でも明治時代になるまでは、武術の修行をする者はひたすら剣を振るって技を磨くことに専念していた。剣を振りながら必要な筋肉を体に付けていくのが正しい修行方法とされてきた歴史がある。つい百数十年前の日本人は誰もトレーニングという概念すら知らなかった。
話は逸れたが2時間に及ぶ基礎体力訓練を終えると、ディーナとロージーはヘロヘロになって芝生に倒れ込んでいる。その姿は桜に追い込まれた明日香ちゃんと瓜二つ。
対照的にマリウスをはじめとする男性メンバーは清々しい表情で流れる汗を拭っている。こうして異世界からの来訪者は、それぞれの感慨を抱きながら専門実技実習に向かうのであった。
◇◇◇◇◇
「ディーナとロージーは大丈夫か?」
「よかったら回復魔法を掛けましょうか?」
聡史とカレンがヨレヨレな姿で第3訓練場までやってきた二人を心配そうに見つめている。
「お、お願いします~」
「私も回復役なんですが、今ほそれどころではありません」
「それでは、回復!」
カレンの手から飛び出した白い光が包み込むと、二人とも何とか立ち直ったよう。ことに本来回復役を務めるロージーは、恥じ入った表情で体を縮込ませている。自分で回復魔法を掛けられないほど消耗した姿は冒険者として情けない限りだと反省している。
その横では、桜と明日香ちゃんがマリウスたちに話し掛けている。
「みなさんは中々いい感じに鍛えていますね。この調子でしたらダンジョン攻略に関して体力的な問題はなさそうですわ」
「きっと桜ちゃんの特訓にも耐えられそうですよ。良かったらみなさんも参加しませんか?」
桜はマリウスたちの体力レベルに満足そうな表情を浮かべているが、明日香ちゃんは桜の犠牲者を増やそうとしきりに勧誘している模様。地獄のダイエット作戦で桜からの集中砲火をひとりで浴びるよりも、対象が分散してくれたらそれだけ自分が楽になると理解している。この娘はホンワカした性格と裏腹に結構な腹黒さを秘めている。
ディーナとロージーが元気を取り戻したのを見届けた聡史はマリウスに聞いておきたい事がある。
「マリウスたちは、どのくらいのレベルに達しているんだ?」
「全員およそ110~120といったところだ」
自力でダンジョンの最下層まで到達しただけのことはある。マリウスたちは明日香ちゃんのレベルを大幅に上回っている。それでもラスボスにあれだけ手を焼いてあわや全滅一歩手前の危機を迎えていただけに、ダンジョン完全攻略というのは無関係の人間が考えるよりもずっと困難な道のり。
「ということは俺と桜を除くと、現在この学院の生徒の中では一番レベルが高いんだな」
「そうなのか… 聡史たち兄妹のレベルはどのくらいなんだ?」
「聞きたいか?」
「…やっぱり止めておく。精神衛生上良くない気がする」
兄妹が自分のレベルをはるかに超えているだろうとマリウスも薄々勘付いている。敢えて聞かなくてもいいという彼の判断は賢明であろう。
「それではマリウスたちは、同じクラスの生徒たちの稽古をつけてもらえるか? 駐屯地にいた時はそれほど体を動かしていないんだろう」
「いや、それがな… あそこの駐屯地の隊員の中には、俺たちと同レベルの猛者がゴロゴロ居たんだよ。彼らとともに毎日3時間くらい剣の練習をしていたから体は鈍っていないぞ」
「宇都宮にそんな猛者がいるだと?」
聡史はどうなっているんだとしばらく考えた挙句に、例の魔物の集団暴走に考えが行き当たる。自分と妹があれだけレベルが上昇したのだから、同じ場所に居合わせた自衛隊員にも同様の作用があってもおかしくない。駐屯地の隊員と聡史たちで魔物の討伐によって得られる経験値を分かち合っていたのだとようやく気がついく
「宇都宮の件はまあいいか。それよりも俺たちの代わりに学院生を鍛えてくれ。その間に俺たちはダンジョンを調べて、異世界にどのように繋がっているかを明らかにするから」
「わかった、ぜひともその件は早く調べてもらいたい。俺たちの手には余る仕事だから、この件に関しては聡史たちに任せるしかないんだ」
こうして聡史は、ブルーホライズンやEクラス男子の訓練をマリウスたちに丸投げする。しばらくの間、マリウスたちにブルーホライズンや脳筋男子生徒たちの面倒を見てもらうつもりだ。もちろんマリウスたちも一緒にダンジョンに入ってもらって、1つでもレベルを上げてもらおうと考えている。
「師匠、ご武運を!」
「ボス、無事なお帰りをお待ちしております」
聡史、桜、明日香ちゃん、カレンの四人は第3訓練場を後にして、明日から臨むダンジョン攻略の準備に入るのだった。
◇◇◇◇◇
聡史たちが第3訓練場を後にしたちょうど同じ時間、美鈴はひとりでまとめたレポートを携えて学院長室にやってきている。
「学院長、各属性の初級魔法と中級魔法の術式をまとめてきました」
「西川副会長、ご苦労だった」
学院長は美鈴から手渡されたレポートを見ながら彼女には珍しく驚きの表情を浮かべている。
「術式自体がこれだけ簡略化可能なのか?」
「はい、しかも日本語で構成されていますので、今までよりもずっと扱いが容易になります」
「確かにそうだな。なるほど… 私は魔法に関しては門外漢だが、それでもこうしてまとめてあると術式の内容が理解可能だな」
学院長は10枚以上に及ぶ長いレポートに目を通しながら感心した様子。
「いいだろう、このレポートに書かれている魔法術式に関しては徐々に学院生に公開しよう。もちろん他の魔法学院にもコピーした内容を送ろうと考えている。西川はそれで構わないか?」
「はい、構いません。現時点で日本には上級魔法を操れる人間はいないでしょうから今回は除外してあります。このレベルの術式を安定して使用可能になった人物には、改めて上級魔法を教えればいいのではないかと考えています」
「ほう、上級魔法も惜しげもなく公開するつもりか。西川にはどのようなメリットがあるんだ?」
「質の高い魔法を扱える人材が増えれば私たちだけでダンジョンを攻略しなくても済みますから、現状の忙しさが緩和されます」
「そうか… そのような考え方も成り立つな。いいだろう、まずは初級魔法のみを公開しよう。十分に扱える人間の中から人間性等を選考して中級魔法を教えることとする」
「その辺は学院長にお任せします」
高レベルの魔法を操る人間は、それだけで人の命など簡単に奪える存在となってしまう。もちろんこれは肉体を武器に戦う人間にも言えることであるが、彼らは技ひとつ習得するにも多大な努力と時間を要する。その間に精神は磨かれて自らの力を適切に用いる心を養い魂を成長させていくことが可能。
翻って魔法使いは、たったひとつの術式を習得しただけで飛躍的に戦闘力が上昇する。それは精神の成長とは関係なく、ただ単に覚えて使用可能になるだけでよい。だからこそ危険な魔法を扱う人間はより高い人間性を求められる。その辺を勘案して、学院長はまずは初級魔法のみを公開することに踏み切るつもりのよう。
美鈴は後のことはすべて学院長に任せて、女子寮の自室へと戻っていく。
「さて、聡史君たちはどうしているかな?」
独り言を呟いてからスマホを取り出すと、聡史の番号をプッシュする。
「もしもし、聡史君?」
「美鈴か、学院長との話は終わったのか?」
「ええ、レポートを渡して、あとは丸投げしてきたわ」
「そうか、では午後から予定通り出発するぞ」
「ええ、寮に戻ってきてこれから準備するところよ。お昼に食堂で会いましょう」
「わかった、また後でな」
こうして美鈴は、しばらくの時間ダンジョン攻略のために必要な宿泊準備に専念するのであった。
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、出発するか」
「お兄様、久しぶりに我が家に戻れますわ」
「聡史君の部屋が懐かしいわね」
兄妹と美鈴の会話でお分かりのように、デビル&エンジェルは今回秩父ダンジョンに向かう。
マリウスやディーナが異世界に戻るルート発見がさしあたっての第1目標なので、未攻略のダンジョンから今まで魔物の集団暴走が起きた3か所のダンジョンは真っ先に除外して、洞爺、高山、出雲、比叡、伊予、秩父の内から最も手近の秩父ダンジョンが選択されている。
兄妹や明日香ちゃんにとっては、久方ぶりの実家への帰省も兼ねているのは言うまでもない。
「久しぶりにお家に帰れますよ~」
このところ強制ダイエット作戦のおかげでずっと気持が荒んでいた明日香ちゃんも表情を綻ばせている。もちろん娘を溺愛する父親に甘~いスイーツを強請ろうと心秘かに企んでいるのは火を見るより明らか。?0キロに迫ろうという体重がようやく何とかなりそうな矢先に、自分から色々台無しにする気満々のよう。
こうして聡史たちはバスに乗って魔法学院を出発して、久しぶりの実家へ戻っていくのであった。
◇◇◇◇◇
秩父ダンジョン攻略を目指す聡史たちは久々に地元の駅に到着する。
「それじゃあ、明日の朝一番で駅のロータリーで待ち合わせにしよう」
「明日香ちゃん、寝坊しないで下さいよ」
「大丈夫ですよ~。それでは失礼します」
こうしていそいそと明日香ちゃんは自宅に戻っていく。その後ろ姿は何かとっても楽しみにしていることがあるように桜の眼に映っている。
「怪しいですわ」
そもそも明日香ちゃんの所業をまったく信じていない桜の眼が光っている。
駅で明日香ちゃんと別れた兄妹は美鈴とカレンを伴って実家へと向かう。前回秩父ダンジョンに向かった時のように一晩実家に泊まって明日の朝からダンジョンに入る予定となっている。
「ただいまぁ~」
「ただいま帰りました」
「「おじゃましま~す」」
「あら、お帰りなさい。ずいぶん早かったのね。さあさあ、美鈴ちゃんとカレンさんも早く中に入って!」
兄妹の母親が満面の笑みを浮かべて一行を出迎える。ことに美鈴とカレンは母親の大のお気に入りとなっており、その胸中ではこの二人のどちらかが息子の将来のお嫁さん候補と目されているらしい。そんな母親の心中など、当人である聡史は一向に気が付いてはいない。
こうして久しぶりに戻った実家で兄妹は過ごすが、聡史のベッドはいつものように美鈴に占領されて、聡史自身は結局リビングのソファーで寝る羽目になった。
◇◇◇◇◇
翌朝、聡史たちが駅に向かうと顔色がツヤツヤした明日香ちゃんがロータリーで手を振っている。
「皆さん、おはようございます! 今日はいいダンジョン日和ですよ~」
「明日香ちゃん、ずいぶん機嫌がいいようですが、何か嬉しい出来事でもありましたか?」
桜に突っ込まれている明日香ちゃん、これだけ機嫌がいいのは実は昨夜大量のデザートを補給したおかげ。
「な、何でもありませんから、桜ちゃんは変に気を回しすぎですよ~」
「気のせいには思えませんが」
口ではそういうものの、明日香ちゃんの態度はどこをどう切り取っても挙動不審の塊で、桜が突っ込むのも止む無しだろう。
ところでなぜ明日香ちゃんがキョドっているかというと、原因は昨夜の彼女の父親の行動にある。
溺愛する娘が久しぶりに帰ってくると聞き付けた明日香ちゃんパパは大ハッスル! 勤め先を1時間早退して、夕方までには売り切れてしまう有名パティシエ店の行列に並んで、ケーキを1ダース購入して帰ってきた。
夕食を終えた二宮家でケーキの箱が開けられると、居並ぶ1ダースの美味しそうなケーキが目の前に輝いている。パパが1つ食べる。ママが2つ、弟が頑張って3つを食べ切る。そして残った6個のケーキの行き先はすべて明日香ちゃんのお腹であった。このところの節制生活で甘い物の禁断症状を訴えていた明日香ちゃんが我慢などするはずがない。
かくして、ツヤツヤ顔の明日香ちゃんがロータリーに立っている。いくら桜の目が届かないからといって羽目を外しすぎだろう! 今週のダイエットの取り組みが完全に台無しになっている。
このような事情を抱える明日香ちゃんは、何としても桜の疑いを払拭してこの場を乗り切らなければならない。焦りまくる明日香ちゃん、その結果として口から飛び出したのは…
「桜ちゃん、今日は調子がいいですから上の階層の魔物は全部お任せください!」
あ~あ、言っちゃった… という意味合いの聡史、美鈴、カレンの視線が明日香ちゃんに一斉に注がれる。口に出した本人も後になってシマッタ顔で狼狽している。
「それでは私はゆっくりさせてもらいますから、今日は明日香ちゃんがしっかり頑張ってくださいませ」
「は、はい… 頑張らせていただきます」
消え入りそうな声で答える明日香ちゃん、さっきまでの元気はどこへやらでゲッソリした表情に変っている。桜の表情は、勝手に明日香ちゃんが尻尾を出すのを待っているかのよう。ほとんど自爆で罠に絡め取られた明日香ちゃん、何とも気の毒なと同情の眼を聡史たちから向けられている。
こうして桜に逃げ場を塞がれた明日香ちゃんは、この日一日10階層まで単独で魔物を討伐し続ける運命が待ち受ける。
「えいっ、えいっ!」
トライデントが突き刺さって、10階層のボスであったオークキングが倒れていく。こうして明日香ちゃんは今朝の約束通り誰の手も借りないでここまで全ての魔物を倒してきた。凄いぞ明日香ちゃん! 昨夜のケーキのカロリーもすべて消費した模様。
「ふひぃ~… キツかったです~」
「明日香ちゃん、ご苦労さまでした。ところで昨日のデザートは美味しかったですか?」
「はい、お父さんが買ってきてくれた超有名店のケーキがいっぱいあって… あっ!」
ホッとして気が緩み切ったところに桜の尋問… 明日香ちゃんがポロっと喋ってしまうのは無理もないだろう。かくして昨夜のケーキ半ダースドカ食いが露呈する。
せっかく桜の追及を躱すためにこれだけ頑張ったのに最後の詰めが甘すぎる。
「明日香ちゃんは、ダンジョンで体重が落ちなかったら引き続きダイエット作戦継続ですからね」
「助けてください~」
だが桜もそこまで鬼ではない。ダンジョンにいる間にあと少し体重を落とせば、外に出てあの地獄から解放される。こうなったらもう覚悟を決めるしかない。
「それでは明日も頑張ります」
こうして初日はもう1階層降りた森林エリアで野営に入ることとなる。夕食はいつものようにバーベキューだったが、明日香ちゃんはセーブ気味に食べるにとどめる。時には我慢も必要だ、頑張れ明日香ちゃん!
一夜明けて2日目も明日香ちゃんの奮闘は続く。
爬虫類系の魔物やオーガ族、ウルフの群れなど中々気の抜けない相手ではあるが、レベル40目前となっている明日香ちゃんが次々撃破していく。
「明日香ちゃんは腕を上げたなぁ」
聡史から見ても、明日香ちゃんの動きは目を見張る進歩に映る。元々ヤレば出来る子と桜も認めていただけに、こうして手強い魔物を相手にしてもまったく物怖じせずに立ち向かっていく。
さすがに13階層のアンデッドだけはカレンに譲ったが、本日も20階層までほぼひとりで戦い抜いている。あと一息でお腹周りの贅肉がスッキリなくなるぞ。頑張ってくれ!
「これで止めです、えいっ!」
トライデントを突き立てられた20階層のボスであるオーガキングが息絶える。ついに明日香ちゃん単独で20階層まで突破することに成功する。本当によくやったぞ! 明日香ちゃん、偉い!
「明日香ちゃんは頑張ってくれましたね。ほら、お腹の無駄な肉が無くなっているじゃないですか」
「ええええ! 昨日の午後あたりから体が軽いと思っていましたが、いつの間にか痩せていたんですね。良かったですよ~」
階層が下がるごとに、相手にする魔物は強くなる。動きが激しくなると徐々に戦いで消費するカロリーも増えてくる。こうして戦いを繰り返しながら、明日香ちゃんは元通りの体型を取り戻している。だがここで油断してはいけないぞ! この体型を維持してこそ、本当の目的が果たされるといっても過言ではない。
「なんだかダンジョンの攻略よりも、明日香ちゃんのダイエットのほうが目的化していないかしら?」
「完全に本来の目的を見失っていますよね」
喜ぶ明日香ちゃんを横目にして、美鈴とカレンは冷静な態度。大魔王と天使には食べすぎで身に付いてしまった余分な贅肉が消え去った喜びなど、人間のささやかな営みのひとつという感覚なのだろうか? いや、そうではない。異世界からの来訪者が国元に戻るルートを発見するという大事な使命を忘れていないだけ。
20階層を攻略すると、やはり秩父ダンジョンでも階層転移魔法陣が出現する。
「よし、今回はここまでにしよう。一旦地上に戻るぞ」
「早くお風呂に入りたいわ」
「今回明日香ちゃんが頑張ってくれたから、今夜は家でゆっくり休んでくださいね」
聡史の号令に美鈴とカレンはホッとした表情を浮かべている。戦ったのは明日香ちゃんひとりであったが、何らかのアクシデントに備えて二人はずっと魔法を放つ準備を怠らなかった。自分が戦う時よりも高い緊張感を保って明日香ちゃんが無事であるように見守っていたのであった。
こうしてデビル&エンジェルは、1泊2日のダンジョン攻略前半行程を終えて家に戻っていく。再び明日の朝一番で待ち合わせをして、聡史たちは明日香ちゃんと別れて実家に戻るのであった。
◇◇◇◇◇
翌朝、聡史たちが駅のロータリーに到着すると、明日香ちゃんパパが運転する車から降り立つ人影がある。もちろん駅まで送ってもらった明日香ちゃん本人で間違いない。
「皆さん、おはようございます」
「明日香ちゃん、おはようございます。何かいいことでもあったんですか? 顔色がずいぶんいいんですが」
「な、な、な、な、なんでもないですよ~!」
明日香ちゃんが明らかにうろたえている。もちろん桜のレーダーは昨夜の明日香ちゃんに何らかの動きがあったと勘付いている。あまりにも態度があからさま過ぎて怪しさ満点の模様。
「明日香ちゃん、今なら大丈夫だから正直に話したほうがいいんじゃないかしら?」
「そうですよ、明日香ちゃん。今なら笑って済むかもしれないですから」
美鈴とカレンも、明日香ちゃんの態度に怪しいムードを感じている。だが変に隠すよりも正直に話したほうがいいと、明日香ちゃんにお勧めしている。
「そ、そ、そ、その… 昨日お父さんが行列のできるシュークリームを買ってきまして…」
「フムフム、それで?」
「えーと… 1ダースあったんですが、頑張ったご褒美だから食べていいかなと思って…」
「思って?」
「7個食べました」
「歯止めが効かんのかぁぁぁ!」
今日も明日香ちゃんはいつも通り。やっぱりこうでなくっちゃ。
「明日香ちゃんは、朝から快調に飛ばしているわね」
「予想通り過ぎて笑いしか出てきません」
どうやら美鈴とカレンはこの展開をあらかじめ予想していたらしい。もちろん桜も…
こんな感じの朝を迎えて、デビル&エンジェルは電車に乗り込む。まだ早朝早い時間帯なので、車内はそれほど混雑していない。
「桜ちゃん、本日のツカミもオーケーですよ~」
「何がツカミですか! 明日香ちゃんは本当に痩せようと思っているんですか?」
「エヘヘ… ちょっとくらいは痩せたいとは思いますが、食べるのを我慢したくありません」
「明日香ちゃんには、どうやら手の施しようがなさそうですね」
「まあいいじゃないですか。死ぬわけじゃないし」
もう完全に開き直っている明日香ちゃん。どうやら昨日シュークリームを口にしながら、気持ちが前向きになったよう。体重が増える方向に前向きに… そしてシュークリームの甘~い味わいを噛み締めながら、自分は甘い物なしには生きていけないと悟りを開いていた模様。主に体重が増える方向に…
桜の忠告も、もう明日香ちゃんの耳には届かない。本当にこれで大丈夫なのか?
◇◇◇◇◇
変な方向に決意を固めた明日香ちゃんに一同呆れながらも、デビル&エンジェルは秩父ダンジョン管理事務所に到着する。本日は水曜日にも拘らず、普段よりも一般冒険者の姿が多いような気がする。
建物の内部に入ると、桜を呼び止める声が聞こえてくる。
「おーい、桜の嬢ちゃん!」
「おや、その声はクマさんじゃないですか」
「クマじゃないぞ、俺は半田だ」
「ああ、パンダさんでしたね」
「パンダじゃねえから! 半田だって」
このやりとりはいつかどこかで見た気がする。桜にかかるといい年をしたオッサンもからかわれる対象にされてしまうよう。顔見知りの冒険者に声を掛けられた桜は半田氏が掛けているベンチに近づいていく。
「半田さんが平日にダンジョンにやってくるなんて珍しいですねぇ~」
「だから俺は半田じゃなくって、パンダだから! あれ? なんか違うな… まあ、いいか。それよりも桜の嬢ちゃんよ、耳にしたか? このダンジョンが自分が進んだ階層に一気に転移可能になったんだよ」
「ああ、その件ですか」
「なんだよ、せっかく人がビッグニュースを教えてやったのにずいぶん反応が薄いんだな」
転移魔法陣は日本国内のどのダンジョンでも20階層攻略時点で発生している。その当事者のひとりである桜が驚くはずはないのだが、事情を知らない半田氏はこのニュースを聞きつけて大急ぎでダンジョンにやってきた模様。
「だからよぅ、桜の嬢ちゃん。転移魔法陣が使えるようになった初日にダンジョンに来ないヤツは冒険者を名乗れないだろう。俺たちもこの祭りに参加するために急遽会社を休んで駆け付けたって寸法よ」
「ああ、そういう事情でいらっしゃったんですね。これから階層の移動が楽になりますわ」
「違いねえな。俺たちのパーティーもこの転移魔法陣を活用して今まで以上にガンガンアタックするぜ」
「どうか頑張ってくださいませ。私たちもクマさんに負けないようにしますわ」
「だからクマじゃなくって、パンダだから」
どうやら本人がパンダと認めているよう。いちいち面倒になってもうどうでもいいのだろう。半田さん、桜のオチョクリにめげずに強く生きてもらいたい。
こうしてデビル&エンジェルは、半田氏のパーティーと一緒にダンジョンの入場口をくぐっていく。氏のパーティーの行き先は5階層らしい。先に転移魔法陣へと入っていく半田氏を見送ってから、デビル&エンジェルは20階層に転移していくのであった。
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慣れない訓練に疲労困憊のディーナ王女。そんな異世界の来訪者は一旦魔法学院に残して、聡史たちは秩父ダンジョンの攻略に向かいます。その先に待ち受けているのは… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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