第68話 秩父ダンジョンの先には


 半田氏と別れて転移魔法陣で一気に20階層まで下りてきた聡史たち、階層ボスのオーガキングは桜が右ストレート1発で倒してその足で21階層に向かっていく。



「大山や筑波と大差ないですわね」


「通路に登場する魔物は、どこでもほぼ一緒と考えていいようね」


 桜の意見に美鈴が相槌を打っている。それぞれのダンジョンで階層ごとの多少のズレはあるが、やはりここ秩父でもこれまで攻略を終えたダンジョンと大きな違いはないよう。本日は明日香ちゃんだけではなくて、21階層の魔物を全員が持ち回りで倒していく。これはいわば肩慣らし的な意味。



「やっぱり皆さんで協力して魔物を倒せば楽ですよ~」


「明日香ちゃん、それはちょっと違いますねぇ~。このパーティーは各自の攻撃力が高いので順番で倒しているだけですわ。この程度の魔物に連携など必要ありません」


「昨日まで私ひとりにやらせていたのに…」


 明日香ちゃんが桜をジト目で見ている。20階層まで単独で戦ったのがよほど応えているよう。だが今日の明日香ちゃんはすこぶる機嫌がいい。終わったことはどうでもいいかと、すぐに考えを切り替えている。すべては明日香ちゃんパパ提供によるシュークリームのおかげ。どうかシュークリームパワーで本日も頑張ってもらいたい。ついでに可能な限りカロリーも消費してもらえるとなおいいだろう。



「桜、攻略を急ぐからなるべく手早く片付けてくれ」


「わかりましたわ。ウオーミングアップが完了しましたから、この先は一気に進んでいきましょう」


 通路に出てくるミノタウロスや巨人種のサイクロプスを様々に繰り出すパンチで桜が仕留めていく。ひとりで面白いように魔物を蹂躙していくので、残った四人は通路を歩いているだけとなる。


 傍から見ると桜が魔物を倒す様はさながら吹き荒れる暴力の嵐のよう。魔物に一切の反撃の暇すら与えずに完膚なきまでに倒していく桜の小柄な体には、傍目にはまるで鬼神か軍神が乗り移ったかに映る。直後を歩く天使とルシファーだけでなく聡史にさえ一片たりとも手を出させない完璧な蹂躙劇が繰り広げられていく。



「やっぱり桜ちゃんが活躍してくれると楽ですよ~」


 昨日までとは打って変わって戦わないで済む明日香ちゃんは、これ幸いと完全に気を抜いている。お花畑満開のお気楽な性格はダンジョンの中でも健在。だが明日香ちゃんがこれだけ気を緩めていても桜が先頭に立っている限り後続には出る幕すらない。



「このまま今日中に30階層まで到達するぞ」


「お兄様、私にお任せください」


 やはり桜は戦ってこそ輝く。無駄のない動きと目にも止まらないスピードを駆使してあらゆる魔物をその手に掛けていく。だがこの程度の敵を屠ったところで桜は決して誇らない。むしろ当然という顔をしている。その厚顔不遜な姿は並の冒険者が見たら腹を立てるであろうが、桜の価値観は通常の人間が理解不能なレベルまでぶっ飛んでいる。桜に一般的な常識を当て嵌めようとするほうが大きな間違いだといえよう。



 この調子で夕刻までに、デビル&エンジェルは30階層のボス部屋の前に立っている。内部に踏み込むと、そこにはまたまたスケルトン・ロードが待っている。



「いい加減飽きたわね。カレンに任せようかしら」


 これまで何回もスケルトン・ロードに復讐した美鈴はもうお腹がいっぱいの模様で、この場をカレンに譲ろうとしている。



「お任せください。退魔の光!」


 カレンの手から放たれるは、現世の邪を取り除く光。天界の大いなる力をその身に浴びたスケルトン・ロードはボロボロに崩れて消え去っていく。



「よし、ここまでは順調だな。31階層の安全地帯で一晩過ごそう」


「やっとゆっくり休めますよ~」


「明日香ちゃんは見ていただけじゃないですか。休む必要ないでしょう」


「桜ちゃん、休養は大切ですよ~。私は24時間ずっと休養していたいくらいですから」


「そのまま引き籠ってしまいなさい! 明日こそは働いてもらいますからね」


「ええ~… 桜ちゃんがパパッと片付けてくださいよ~」


 桜に任せるほど楽ができることにすっかり味をしめた明日香ちゃん。昨日までは頑張っていたのに、あっという間にダメな人に成り果てている。早くヤル気を出してくれ!



 こうしてこの日は、31階層の安全地帯で一夜を明かす。







   ◇◇◇◇◇






 秩父ダンジョンでも31階層から下は階層ボスとの一発勝負が続く。並の冒険者には歯が立たない強大な敵をデビル&エンジェルはメンバーが代わる代わる前に立って一撃で倒していく。


 今回もお約束で明日香ちゃんはメデューサによって石にされたが、カレンの天界の光で事なきを得ている。毎度毎度油断しすぎだろうに…



 そしてついに一行は40階層のラスボスの前に立つ。秩父ダンジョンでラスボスを務めるのは翼の生えた巨大な蛇リンドブルム。


 その姿は蛇というよりも東洋の竜を思わせる。口から炎の吐息を吐き出しながら宙を飛ぶ姿はどう見ても蛇には見えない。


 宙を飛ぶ相手が出てくるとこれはもう美鈴の独壇場。



「グラビティー・コンプレッション」


 膨大な重力がリンドブルムを襲うと宙を舞っていたその体は垂直に地面に落ちて床に磔となる。細長い体をのたうつこともできぬままに、石が敷き詰められた床に重力で押し付けられている巨大なリンドブルム。



「ラスボスに敬意を表して今日はもう一段階火力を引き上げてあげましょう。ヘルファイアー!」


 美鈴の右手からは地獄の業火が噴き出していく。どんなに硬い鱗を持とうが、美鈴が召喚した地獄の業火の前では無力。リンドブルムは為す術ないままに業火に焼かれて真っ白な灰となる。



(おめでとうございます。皆さんは秩父ダンジョンを完全攻略いたしました。ただいまからこの場に異世界に渡る道が開通いたします)


 大山ダンジョンでも耳にしたアナウンスがデビル&エンジェルの脳内に響くとともに、ボス部屋の壁が崩れて広大な宇宙空間が目の前に広がる。


 聡史たちが探していたのは、この宇宙空間を通って異世界に転移する通路。そのために可能な限り短時間で秩父ダンジョンを攻略している。もちろんその理由はマリウスやディーナ王女を元の世界に戻して彼らの祖国であるマハティール王国を救うため。



「よし、宇宙空間に繋がる通路を進んで転移するぞ」


 聡史の号令一下、デビル&エンジェルは経て果てしない宇宙空間に伸びる透明な架け橋を歩きだす。2度目の経験なので、メンバーの間に不安や恐れは皆無の様子。


 10分ほど歩くと、その先には空間が渦を巻いている転移ポイントに到着する。一人ずつその渦に入っていくと、デビル&エンジェルは一瞬で別の世界へ転移していく。







   ◇◇◇◇◇







「どうやら異世界ダンジョンの最下層だな」


「お兄様、正解ですわ。その証拠にヒュドラが現れました」


 聡史たちからかなり遠い場所で、大山ダンジョンの最下層で遭遇したのと同様の四つ足の巨体から7本の首が伸びるヒュドラが首を擡げてこちらを見ている。 



「この前と同じように片付けるか」


「お兄様、それでは面白くありませんから私にお任せください。はぁぁぁぁぁぁ… ギガ盛りトッピング増し増し太極破ぁぁぁぁ!」


 桜の右手から、膨大なエネルギーを秘めた闘気が放たれる。



 ズズーン! ドッパーーン!


 ヒュドラの胴体にぶち当たった太極破は1キロ以上離れた位置にいる聡史たちにも届いてくる強烈な衝撃をもたらす爆発を引き起こす。閉ざされた空間内には衝撃に伴う轟音がいつまでもこだましている。


 首を全て切り落とされない限りすぐに復活するヒュドラではあるが、胴体を粉々に粉砕されて一撃で息絶えている。恐ろしいまでの桜の太極破の威力。だが、まださらに威力を引き上げられるらしい。最大威力で放つととんでもない被害を引き起こしそう。



 最下層のラスボスを倒した結果、階層転移魔法陣が出現する。デビル&エンジェルは宝箱を回収してから魔法陣に乗って1階層に転移する。



「どうやら見張りはいないようですね~」


 ダンジョンの1階層は全くの無人で、外に出るとやはり近辺に人影は見当たらない。その代わりにダンジョン出口から2キロほど離れた場所には砦と思しき建物が遠目に視界に入ってくる。



「どこの勢力の砦かここからでは判別できないな」


「お兄様、取り敢えず近くに行ってみましょう」


「それもそうか」


 他に手掛かりになりそうな物は見当たらないので、デビル&エンジェルは砦に向かうデコボコ道を歩き出す。人が踏み固めただけのほとんどメンテナンスなどされた形跡がない道はあちこちに石が飛び出たり大きな窪みがあって油断すると躓いてしまう。現に明日香ちゃんは3回も転んでいる。もうちょっと注意してもらえないかなぁ…



「どうやら魔族が占拠している砦のようですね」


「ここが魔族の土地なのか、若しくは人間の国を占領しているのかは判然としない。砦の魔族を尋問して色々と吐かせる必要があるな」


「お兄様、お任せください。一番偉そうなヤツを捕まえてまいります」


 桜の目が光っている。魔族を相手に一戦交える気満々な様子がありありだが、この危険人物を野放しにすると砦には恐るべき災厄が到来するのは確実であろう。



「いや、桜はこの場で待機していろ。俺が行ってくる」


「残念ですわ」


 兄に何かしらの考えがあるのだろうと判断した桜は仕方がないという表情で身を引く。だが明らかにひと暴れを企んでいたその表情は無念な様子が滲んでいる。つい今しがたラスボスまで倒しておいて、まだ暴れ足りないのだろうか?




 単独で砦に接近していく聡史の姿は、当然見張りをしている魔族の目に入る。



「おい、あれは人族ではないのか? 周辺の人族はすべて殺したか奴隷として我らの支配地に連れ去ったはずなのに、なぜまだこの地に残っているんだ?」


「なんでもいいい! あの人族を捕らえて詳しい事情を吐かせるんだ。もしこの話がマンスール伯爵の耳に入ったら、俺たちが無事では済まないぞ」


 見張りたちは慌てて砦に駐屯している見張り部隊の隊長に報告を上げる。彼らが口にしていたマンスール伯爵とはこの砦の責任者であり、マハティール王国の北部一帯に侵攻している魔族の軍勢を率いる司令官のひとり。その残虐な性格は魔族の間にも知れ渡っており、人族の村や街を見るや容赦なく襲い掛って攻め滅ぼし、捕らえた村人や街に住む住民は次々に伯爵の前に引き出されて、親の目の前で子供を痛めつけては最後は親子もろとも魔法で焼き殺すなど、無法の限りを尽くしてきた。


 見張りからの知らせを受け取った隊長は慌てた表情で矢継ぎ早に指令を下す。



「その人族を捕らえよ! 命があろうがなかろうが構わぬ。死体にしてもよいから確実に捕らえよ」


「はっ!」


 指令を受け取った副官は直ちに2個小隊を組織して、聡史を捕らえる指令を与えて砦から送り出す。



 固く閉じていた砦の門が開いて、剣や弓、槍を手にした20名の魔族兵が聡史を捕らえようと意気込んで駆け出していく。


 砦から約300メートル離れた場所で両者は遭遇と相成る。



「下等な人族がなぜこの場にいる?」


「この地はすでに我らが魔王様の手中に落ちたのだ! 人族を根絶やしにしろという魔王様のご命令だ」


「素直に縄を受ければ命は助かるかもしれぬぞ。もっともその後は死んだほうがマシな拷問が待っているがな」


 口々に聡史を見下した発言をする魔族の兵たち、聡史の目には彼らの顔にはすでに死相が浮かんでいるように映っている。



「口だけは達者なようだな。どれ、相手をしてやるから掛かってこい」


 クイクイと人差し指を曲げ伸ばしする聡史。その表情と態度は明らかに魔族たちを挑発している。



「下等な人族がぁぁ! 者共、一斉に取り囲んで捕らえよぉ!」


 顔を真っ赤にして隊を率いる魔族の小隊長が大声で命令を下すと、魔族兵は聡史を取り囲むように殺到してくる。だがその様子を目の当たりにしても聡史は微動だにしない。どうやら魔族兵の力を図ろうと目論んでいるらしい。



「手傷は厭わぬ! 死体にしてもよいから捕らえろという沙汰だ」

 

 さらに小隊長の檄が飛ぶと、聡史を取り囲んだ兵たちは一斉に襲い掛かってくる。



「遅いぞ」


 だが聡史は、得物を手にせずに巧みに体を左右に動かして迫りくる多数の剣や槍の攻撃を捌いている。時には離れた位置から矢が飛んでくるが、それすら気にも留めずに身を屈めたり体を開いたりしながら最小限の動きで回避する。



「小癪な人族だ」


「人族風情に、なぜ我らの攻撃が避けられるのだ」


 一向に自分の攻撃が当たらない状況に魔族の兵士たちは次第に苛立ちを募らせていくが、聡史は依然としてどこ吹く風で回避に専念している。20名の魔族が一斉に襲い掛かろうとも、この程度の攻撃ならば丸々1日中避け続けるのが可能な聡史。さすがはレベル400オーバーの実力の持ち主。



「なぜ貴様たちの攻撃が当たらないか教えてやろうか。それは貴様らがザコだからだ」


「なんだとぉぉぉ!」


 さらに聡史は挑発を繰り返す。魔族の攻撃は怒り狂ったように益々乱暴になっていくが、聡史はどこ吹く風とばかりに余裕をもって躱し続ける。しばらく動き続けて魔族の兵士たちの実力が十分にデータとして得られたと判断した頃合いに…



「さて、お遊びの時間は終わりだ」


 ようやく聡史が攻勢に出る。



「死ねぇぇぇぇ!」


 ひとりの魔族が突き出した剣をスッと左に避けると、その手首を掴んでから肘に手刀を軽く入れる。たったそれだけで魔族の剣を持つ腕は痺れて力が入らなくなる。聡史はその手首を反対方向に捻ると、魔族が握っている剣に自分の手を添えて首筋に突き通す。気の毒にひとり目の魔族の兵士は自らが握る剣に首を貫かれて倒れていった。



「ば、バカな! 下等な人族が我ら魔族を倒すなど何かの間違いだ! 大勢で攻め掛けろ! 反撃の隙を与えるな」


 小隊長の発言は単なる願望に過ぎない。魔族兵の前に立っているのは下等な人族などではなくて、この場に突如出現した死神に他ならない。聡史の手によって魔族兵たちは次々に自らの剣で首や胸を貫かれていく。



「弓兵、一斉に矢を射掛けろぉ!」


 四人の弓兵が矢を番えて聡史目掛けて放っていくが、あろうことか聡史は飛んできた矢をすべて掴み取っている。これは桜の十八番の技であるが、聡史も実は使用可能。



「ほら、お返しだ」


 手にした四本の矢を、弓兵目掛けて順番に右手のスナップだけで聡史は投げ返していく。



「ぐわぁぁ!」


「ヒッ!」


「ギャァァ!」


「ククッ!」


 弓兵全員が投げ返された矢に額を貫かれて地面に倒れていく。剣や槍を持つ兵士はすでに全員が自らの剣や槍で急所を貫かれており、まだこの場に立っているのは小隊長だけという魔族にとっては目も当てられない惨状が出現している。



「ま、まさか… 人族に我が小隊が全滅だと… 信じぬ、そのようなことは絶対にあってはならない! こうなったら魔法で倒すのみ。食らえぇ、ファイアーアロー」


 聡史に向かって3本の炎の矢が宙を飛翔する。その勢いは触れる者をたちまちのうちに火だるまにするだけの十分な火力であるように映る。


 だがファイアーアローが飛んでいく先にはすでに聡史の姿はない。桜ほどではないが、聡史も疑似的な瞬間移動が可能。そして聡史は自らが放った魔法が必中するのを信じて完全に油断している小隊長の真後ろに気配を殺して立っている。



「残念だが、チェックメートだ」


「えっ!」


 急に後ろから聞こえた声にハッとして振り向こうとする小隊長、だが聡史の行動が一歩も二歩も早い。首筋に軽く手刀を叩き込むと、小隊長は意識を失ってその場に崩れ落ちていく。



「まずはこいつから尋問しようか」


 そう呟いた聡史は、小隊長の体をズルズル引き摺って桜たちが待つ場所へと向かうのであった。






   ◇◇◇◇◇






 魔族の小隊長を捕まえた聡史は、気を失ったその体をズルズル引き摺って桜たちが待つ場所へ戻ってくる。



「お兄様、その魔族をどうするつもりですか?」


「こいつらが籠っている砦の状況と人間との戦争がどうなっているか、知っている限り吐かせようと思っている」


「それではこの私にお任せください。宇都宮駐屯地で魔族が自分から何もかも喋ったように、この者も進んで証言をすように追い込みますわ」


「…そうだな、桜に任せるのが一番手っ取り早いか」


 聡史からの許可が出てシメシメという表情の桜、どうやら魔族の小隊長の運命はこの時点で決まったも同然。


 桜の暴力とカレンの回復魔法のコンボに耐えられる存在は人間だろうが魔族だろうがどこにもいない。桜がボコボコに殴って、生きていようが死んでいようがカレンの天使の力で強制的に元通りの体に復活させられる。自ら死を望んでも許されずに、何度心臓の鼓動が途絶えようとも生き返っては絶え間ない暴力に晒されるのは、誰でも精神が保てなくなる。その一例として宇都宮駐屯地で魔族のひとりの気が触れた件を取り上げても、それは明白な事実といえよう。



 ちなみに、桜にボコられる前の小隊長…



「すぐに私を解放するのだ! 砦の魔族が挙って取り返しに来るぞ。貴様らの命など風前の灯火だ」



 桜にボコられて、3回死んでその度にカレンに復活させられた後の小隊長は…



「何でも喋りますから~! どうかもう殺してください~!」


 泣き叫びながら命乞いをするのならまだ理解できるが、殺してくれと懇願する哀れな小隊長がここに出来上がっている。全宇宙の知的生命体を総浚いしても右に出る者はいない暴力のエキスパートである桜にボコられた結果がコレ。鮮やかなまでに魂自体が根こそぎポッキリと逝っている。これ以上明白な使用前使用後はないだろう。


 そういえば小隊長の髪の毛はすっかり抜け落ちて、ツルッパゲのピカピカになっている。カレンの天界の術式は力を失った毛根にまでは効果がないよう。そのツルッパゲ頭は心地よい日差しが照り付けるとピカーっといい感じに反射している。暖かな陽気に釣られたチョウチョがとまろうとしても、小隊長の頭部にはこれっぽちも足場がなくてどこにとまればいいのか戸惑うに違いない。


 世の中の薄毛にお悩みの方々、一度でいいから桜のサンドバッグになるのをお勧めしたい。あまりの苦痛と恐怖で、毛根が完全に死滅する効果を完全に保証する。この先の人生開き直って生きるしかないと、ある種の悟りを開けるであろう。ツルッパゲで生きていくのも悪くないという新境地が目の前に広がって、あなたを手招きするかもしれない。そう、もう今更クヨクヨ悩む必要は髪の毛と共にサヨウナラできるはず。





 話は横道にそれたが、ここから聡史の出番が始まる。いかにも勿体を付けた口調で小隊長に一縷の望みをもたらすクモの糸を垂らすお釈迦様のごとくの態度を見え隠れさせながら…



「どうしようかな~? もう1回死んでもらおうかな~?」


「た、頼むからもう止めてくれ~!」


「素直に喋れば、仲間の元に帰してやってもいいんだけどな~?」


「喋る! 何でも喋るから、もう許してくれ~!」


 涙をボロボロ流しながら跪いて懇願する哀れな小隊長がいる。聡史の手の平で命を弄ばれていると小隊長自身も自覚しているが、その背後では桜がこれ見よがしにシャドーボクシングを始めているものだから、未だに度重なる死の恐怖が継続中。


 聡史は、どうしたものかと如何にも迷っている表情を浮かべて沈黙している。その背後ではビシュッ!バシュッ! という空気を切り裂く音を立てる桜の拳が唸りを上げる。



「ど、どうか俺に何でも聞いてくれ~! 何でも喋るから、砦の話だろうが何でも聞いてくれ~!」


「そうか… それほど喋りたくなったか。いいだろう、素直に何でも喋るんだぞ」


「なんでも喋るから、頼むから後ろで暴れようとしているあの小娘を止めてくれぇ~!」


「ああ! 誰が小娘だって?」


 桜がガンを飛ばすと、それだけで小隊長の心臓が停止する。慌ててカレンが復活の魔法をかける。



「口は禍の元だぞ。自分が置かれている立場には細心の注意を払うべきだな」


「わ、分かった。もう二度と口を滑らさない」


 口が滑っただと… という眼光を込めてまたもや桜が睨むが、咄嗟にカレンが天使の領域で保護したため小隊長は無事。一歩間違わなくても簡単に魔族を睨み殺せる桜… 恐ろしすぎる。


 ようやくカレンが安全を確保してくれたので、聡史は本格的な尋問を開始する。



「お前たちが占拠している砦は本来誰の物だったんだ?」


「アライン砦を造ったのは人族だ。我々が攻め込んで砦を守る人族の兵を殺して奪ったものだ」


「その人族の国の名を知っているか?」


「マハティール王国だ。長年魔王様に反抗して我らの支配を受け入れなかった不届きな王国だ」


 小隊長の証言で、祖国が魔族の侵攻によって危機に瀕しているというマリウスやディーナ王女の話の裏付けが取れた格好。



「付近の住民はどうした?」


「反抗する者は皆殺しにして、素直に従う人間だけ奴隷として魔王様の下に送った」


 聡史はここで一旦考え込む。他の世界に積極的に干渉しようとは思わないが、このまま見逃せばみすみす多くの人命が失われてしまう。聡史本人には直接関係のない命と割り切るのも可能だが、侵略を企てているのは日本にも手を出してきた魔王の軍勢… よって聡史の脳内で結論が簡単に下される。



「桜、そういえば俺たちは、これまで目の前に立ちはだかる敵をどうしてきたっけ?」


「お兄様、敵は一本の草も残さないように跡形もなく滅ぼしてまいりましたわ。それがどうかなさいましたか?」


 兄の質問の意味を汲み取った妹がすっ呆けた返答を寄越す。兄は魔王率いるナズディア王国と人族の国家であるマハティール王国の戦争に介入する気だと妹は悟っている。その証拠に、返事をしながら尚も続けているシャドーボクシングのペースが一気に加速している。もはや拳の軌道が誰にも見えない速度で繰り出されていく。



「お前たちの軍勢は最終的にどこを目指しているんだ?」


「人族の国王と名乗る不遜な輩を捕えて磔にするまで」


「ここからマハティール王国の王都まではどのくらいの距離がある?」


「距離? そんなものは知らぬ。人族に吐かせた話によると、大きな街がひとつあって、その先には不遜な輩が住まう宮殿があるらしい」


 すでに魔王の軍勢はマハティール王国の王都まで肉薄しているといっても過言ではないよう。次の街が魔王軍によって陥落させられたら、あとはもう王都まで一直線で侵攻される可能性も考えられる。事態は想像以上に急を要する段階まで差し掛かっていると考えたほうが良さそう。



「わかった、もういいぞ。砦に帰れ」


「えっ? か、帰っていいのか?」


「俺の気が変わらないうちに帰れ。それから魔族の指揮官に伝えろ。今から1時間後に砦に攻め掛かるから準備を整えておけ。後から準備が整わなくて負けたなどという言い訳を聞きたくないからな」


「つ、伝える。1時間後だな」


「ああ、残された時間で精々足掻くんだな」


 小隊長は聡史の目をまじまじと見つめる。捕虜を簡単に逃がすなど、彼ら魔族の常識では有り得ない出来事といえる。殺すか奴隷にするのが魔族にとっての人族の正当な扱いだと小隊長自身も思い込んでいる。



「早くしろ! 刻一刻と時間は経過していくぞ」


 聡史の言葉に首をガクガク縦に振りながら、小隊長は今度は桜に視線を送る。当の桜はますますヒートアップしてシャドーボクシングに没頭している。どうやら本当に逃げてよさそうだと、小隊長の頭の中に安堵感が広がる。


 だが念には念を入れて、彼は改めて聡史に確認する。



「本当に砦に戻っていいんだな。後ろから魔法で攻撃するなんてマネはしないんだな」


「しつこい奴だな。この場で殺されたいか?」


「わ、わかった! すぐに砦に戻る」


 生きる望みが出てくると、先ほどまで殺してくれと泣き喚いていたのとは別人のようになって小隊長は立ち上がって荒れ地を駆け出していく。聡史はその後姿をただ見送るだけ。



「聡史さん、どうしてわざわざ帰したんですか?」


 カレンはせっかく捕らえた捕虜を何の見返りもなく解放した聡史の真意を計りかねているよう。



「どうせ後で死ぬんだから、この場で殺す必要はないさ。それに魔族たちにもある程度反撃してもらわないと手の内がわからないからな。何よりも不意打ちなんかしたら桜が不満を口にするだろう」


「あ~」(察し)


 桜が求めるのは血沸き肉躍る熱き戦い。魔物が相手であったら、より強力な力を持つラスボスクラスでないと彼女の本能の滾りが満たされない。人間同士の戦いであったら真正面から当たって打ち勝ってこそ、桜が求める血の渇望を満たすであろう。妹の危険な本能の呼び声を誰よりも知っている聡史は、その願望を叶えようとしている。そしてそれがどのような恐ろしい結果を招くかも重々承知の上。



「さて、そろそろ腹が減ってきたから昼食にするか」


「お兄様、それですわ! 腹が減っては戦になりません」


 シャドーボクシングの手をピタッと止めた桜が一目散に聡史の元に駆け寄ってくる。そして桜同様に食事の話題になると息を吹き返すのが、ここまで色々とありすぎてゲッソリしている明日香ちゃん。



「桜ちゃん、いい加減デザートを出してくださいよ~。アイテムボックスに大量に隠し持っている件はすでにネタが上がっていますからね」


「明日香ちゃん、提供してもいいんですが、本当に大丈夫なんですか? 特にその脇腹の贅肉が」


「少々スカートがキツくなっても気にしませんよ~。いいから早く出してください」


「しょうがないですねぇ~」


 ある意味振り切れてしまった明日香ちゃんがあまりに鼻息荒く迫るので、桜も渋々応じるしかなさそう。それほどに明日香ちゃんのデザートに懸ける執念が桜を動かしている。まあ、どうでもいいけど…



 こうして砦への攻撃は一旦横に置いて、聡史が取り出したテーブルに着いて作戦会議兼昼食が始まる。もちろん桜が提供したチョコレートパフェに目がハートマークになっている明日香ちゃんは大事な案件であろうと耳に入っていない。本当に大丈夫なのか?



「砦への攻撃は桜に任せたい」


「お兄様、ご安心ください。魔族如きは残らずこの手で葬り去って差し上げますわ」


 予想通り過ぎる回答をしてくる桜。その瞳はもうキラッキラのダイヤモンドを思わせる輝きを放つ。



「美鈴は空から支援してもらえるか?」


「空から支援? 具体的にどうすればいいのかしら?」


「砦の周囲を結界で取り囲んで魔族の逃げ場をなくしてもらいたい」


「いいわ、私の結界の中で桜ちゃんが派手に暴れるわけね」


 ルシファー様に出陣の要請が下る。聡史はこの場にいる魔族をひとりたりとも逃さないつもりのよう。逃げ場のない閉ざされた空間で桜の嵐のような攻撃に曝される魔族の運命がどうなるのかは大体想像がつくだろう。



「聡史さん、私の出番はないのですか?」


「カレンは明日香ちゃんと共にこの場で待機してくれ。砦の内部に人間の人質がいないとも限らないから、何かあったら手を貸してもらいたい」


「わかりました」


 カレンが頷くと、聡史を差し置いて桜が発言する。



「明日香ちゃんは、今回はお休みでいいですからね。魔族といえども人間と近しい種族です。ダンジョンの魔物ならばともかく、明日香ちゃんの手を血で染めたくはないですから」


「桜ちゃん、言われなくても私はここでゆっくりパフェを味わっていますから心配には及びませんよ~。ああ、そうでした! できればお代わりを用意してもらえますか」


 パフェを目の前にしてご満悦な表情を浮かべての堂々たるサボり宣言に苦笑いしながら、桜は幸せそうにスプーンを口に運ぶ明日香ちゃんにアイテムボックスから取り出した2杯目のパフェを手渡している。


 桜の心の内では、親友の明日香ちゃんを真の修羅の道には入れたくないと考えているよう。魔族といえども大きな括りで言えば人型の知的生命体に変わりはない。要は仲のいいお友達に人殺しをさせたくないという、桜の明日香ちゃんに対する身勝手な感情移入といえるかもしれない。


 将来明日香ちゃんが自ら決心したら自分と同じ道を歩んでもらいたいと思いつつも、気持ちのどこかでは明日香ちゃんの手は血で汚したくないとも考える桜の複雑な心境が窺える。



「ところでお兄様はどうするんですか?」


「俺は桜が砦の内部を混乱させている間に魔族の指揮官をひっ捕らえてくる」


「さらに詳細な情報を聞き出すんですね」


「さすがは桜だな。その通りだ」


「私は相手構わず殲滅して回りますから、そちらに関してはお兄様に任せますわ」


「ああ、好きなように暴れてくれ」


 こうして作戦とも呼べない大雑把な戦い方の方向が決定する。魔族の軍団という組織力を個人の力で突き崩そうという聡史のプランは果たしてうまくいくのだろうか。



「それじゃあ、始めるぞ。美鈴、手始めに頼む」


「ええ、行ってくるわ」


 美鈴は光に包まれて黒いドレス姿になると、背中の漆黒の翼を広げて宙に浮かび上がっていく。はるかな高空で黒い点となった美鈴の姿を見送ってから、聡史と桜はゆっくりと砦の方向に歩いていくのであった。  



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



異世界に降り立った聡史たち。その目の前には魔族の軍勢に占拠されたマハティール王国の砦が。王都への侵攻をできる限り遅らせようと魔族への攻撃を決意した聡史。桜を先頭に攻め入る戦いの行方は… この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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