第69話 砦の殲滅戦


 砦の中にいる魔族部隊の幹部たちは人族の捕縛に向かった小隊のことなどすでに忘れている。彼らにとっては少数の人族を捕らえるなど造作もない仕事であったので、すぐに終わるものと油断し切っているよう。


 だが彼らの元に、砦の周囲を監視する見張り兵のひとりが慌てた表情で駆け込んでくる。



「ご報告いたします」


「騒々しいぞ、一体何事だ?」


「はっ、人族の捕縛に向かった小隊があっという間に全滅して、小隊長は捕らえられました」


「なんだと! 相手は高々人族であろうがぁ! なぜ我が小隊が全滅するのだ。そんな馬鹿げた事態が有り得るかぁぁ!」


 部隊長は見張りの兵士を怒鳴りつけるが、彼が怒鳴り散らしたところで現在起きている問題が解決するはずもない。隣にいる副隊長が見張り兵から正確な事情を聴取する。



「隊長、これは容易ならざる相手が出てきたと考えて間違いありませんぞ。噂に聞く勇者なる者がこの砦を取り戻しに出張ってきたやもしれませぬ」


「勇者だと… うーむ、送り出した小隊をあっさりと全滅に追い込むなど、並みの人族では成し得ないはずだ。勇者がこの地に現れたと考えるべきかもしれぬな」


 聡史たちの存在を知る由もない魔族たちは自らの前に突然現れた人族を勇者だと思い込んでいるよう。確かにダンジョンの最下層からこの世界に転移してきた地球の人間の登場などという話を信じろというほうが無理であろう。この世界に生きる彼らの頭で理解するには話のスケールがあまりに大きすぎて、かつ荒唐無稽すぎ。



「隊長、ここだけの話ですが、マルキース公爵の城が倒壊した件も勇者の仕業だと囁かれております」


「そうか… 公爵閣下でも敵わぬ相手となると、こちらも慎重に対処しなければならないな。こうなってはいた仕方ない。伯爵閣下にもお知らせせねばなるまい」


「承知しました。閣下のお耳にも勇者の件をお届けいたします」


 こうして砦の内部ではマハティール王国侵攻軍の指揮を執るマンスール伯爵を交えての対策会議が始まる。



 マンスール伯爵が上座に座る軍議の席上では、部隊長をはじめとした軍の幹部が顔を揃えている。今回起きた異常な事態に関して部隊長から説明がもたらされると、マンスール伯爵は不愉快そうな表情を浮かべる。



「高々人族の数人を捕らえるのに、捕縛に向かった連中は何をしておるのだ?」


「そ、それが… 思うに任せない事態が発生いたしました」


 マンスール伯爵の追及に、額に冷や汗を浮かべてしどろもどろに言い訳を始める部隊長。明らかに何かを隠しているその態度にマンスール伯爵はさらに苛立ちを強める。



「20名もの部隊を送ったのだ。人族ごときはあっという間に捕らえてくるはずだ」


「伯爵閣下、お怒りを承知で申し上げますが、相手はどうやら噂に聞く勇者のようでございます」


「勇者だと? そのような者は所詮は伝説にすぎぬ! 貴様らには誇りある魔族の兵という自覚があるのか!」


 マンスール伯爵は部隊長からの報告を一切認めようとしない。それどころかこの不始末に怒りを露わにしている。


 勇者と疑われる存在がこの場に現れた緊急事態に際して、マンスール伯爵は見ないフリをしていると指摘されても仕方がない。自らに都合の悪い出来事は見えない聞こえないで通そうとする二流の指揮官だと思われても無理はなかろう。



 すると軍議の場に新たな報告をもたそうと、連絡役の兵士が駆け込んでくる。



「伯爵閣下にご報告申し上げます。人族を捕らえに出向きました小隊長が戻ってまいりました」


「よろしい、すぐにこの席に通せ」


「はっ、ただいま」


 勇者の存在が疑われている場に一部始終を知っているはずの小隊長が戻ってきたというのは、部隊長以下にとっては朗報と言えるかもしれない出来事。伯爵に対して勇者の存在を証明する証言が得られると、彼らなりに考えている。ただし本当にこの場に登場したのが勇者だったら、彼らにとってはもっと何某かの戦いようがあったかもしれない。


 そして、軍議をしている場に小隊長が入ってくる。



「お前が率いる小隊がどうなったのか、伯爵さまの御前で報告せよ」


「た、隊長殿… 相手は誠に恐ろしき者たちでありました。我が隊はたったひとりの人族に全滅を喫し、私は捕らえられましたが隙を見て逃げ出しました」


「そなたまで捕らえられただと? 魔族としての恥を知れぇぇ!」


 伯爵は激高して大声で怒鳴り散らしている。これではせっかくの生き証人がもたらす貴重な情報を十分に生かすなどままならないであろう。ここで小隊長は、僭越とは思いながらも伯爵は無視して部隊長相手に話を進める。



「隊長殿、相手は強大な力を秘めた者たちであります」


「強大な力だと! やはり勇者なのか?」


「隊長殿、あの者たちはけっして勇者などではありません。むしろ悪魔です」


 勇者ではないという証言に部隊長はやや安堵した表情を浮かべるが、そのあとに続く「むしろ悪魔」という発言の意味が理解し切れずに訝しげな表情に変っている。そんな体調の態度は無視して、なおも小隊長は続ける。



「それから、人族の者から指揮官に伝えろと言われたことがあります。彼らは1時間後にこの砦に攻め掛かるそうであります」


「高々数人でこの大軍が待ち構える砦に攻め寄せるというのか? バカも休み休み言え!」


「隊長、伯爵閣下、どうか信じてください。あの者たちは真の悪魔です。準備を万端に整えねば、砦の我が軍勢は恐ろしい目に遭いまする」


 小隊長があまりに真剣な表情で証言するので、伯爵もやや真剣味を帯びた表情へと変わる。それだけでなくて人族のほうからわざわざ押し掛けてくるのであれば、このまま待っていればよいという考えに切り替わっている。



「よいであろう。そのような無法者がわざわざやってくるのであれば、こちらも用意を整えて待っているとしよう。見張りの兵からは何か報告がないか確認しろ。各隊はすぐに戦の用意を整えるのだ」


 慌ただしく動き出す幹部たち。彼らは配下の兵を集めて戦いの準備に入る。


 砦を囲む石造りの城壁の上では、普段の3倍の兵士が弓を構えて接近を図ろうとする者を見逃すまいと目を凝らす。


 広場には武装を整えた兵士たちが剣や槍を手にして気勢を上げている。魔法使いたちは魔法具を身に着けて己の魔法によって敵を滅ぼそうと虎視眈々と待ち受ける。



 そのような場に城壁に登っている兵士から大声が飛ぶ。



「こちらに向かってくる人族がいるぞぉ! 人影は2名、ゆっくりと歩きながら砦に近寄ってくる」


 その声を聞き届けた部隊長は壁に登っている弓兵隊に指示を飛ばす。



「弓の射程に入ったら逃げ場がないくらいに矢を飛ばせ! 射殺した者には伯爵閣下から恩賞が出るぞ」


「ウオォォォォ!」


 壁の上からは、弓兵隊の大きな歓声が上がるのであった。







    ◇◇◇◇◇







 大空に飛び立った美鈴は、漆黒の翼を羽ばたかせて上空から砦の内部を観察している。



「遅まきながら戦いの準備を始めたようね。でもその程度の構えで桜ちゃんの猛攻を防ぎ止めるのが果たして可能かしら? 疑問の余地が多々ありそうね」


 美鈴の眼には、城壁の上で弓を構える200人以上の兵士の姿が映っている。それだけでなくて、砦の内部で剣を空に掲げて気勢を上げる部隊の姿や、ローブを身にまとう魔法使いの姿までルシファーの目を通してはっきりと確認できる。



「せっかくの獲物だけど、横取りしたら桜ちゃんに怒られそうね。逃げ場を塞いでおくに留めておきましょう。結界構築」


 上空から放たれた美鈴の術式によって、砦の周囲には何人も越えられない結界が構築される。これで魔族たちは袋のネズミに相違ない。これから襲い掛かる過酷な運命を受け入れるしか、彼らに残された道はもはやなかった。







  ◇◇◇◇◇






 砦に向かってゆっくりと歩いている兄妹、周囲は両側から山肌が迫ってくる地形で、その谷間の部分を塞ぐように砦が設けられている。年代を経たレンガが敷き詰められた街道を一歩ずつ進む兄妹の眼には、次第に砦の姿が鮮明に映ってくる。すでにこの場所は美鈴が構築した結界の内部に相当する。



「お兄様、どうやら城壁の上からこちらを狙う弓兵が多数待ち構えているようですわ」


「こうじゃないと、桜は面白くないんだろう。お待ちかねのシチュエーションだから、思いっきり暴れていいぞ。ただし、なるべく砦は破壊しないでもらいたい」


「承知いたしました。それではお先に行ってまいります」


 桜の口調は、まるでこれから風呂にでも入ってくるかのような至極平常運転に聞こえてくる。この娘にとっては、戦いこそがあるべき日常。その日常の中に自ら飛び込んでいくのが、桜にとっては最も生きている実感を得られるらしい。本当に頭の天辺から爪先まで余すところなく戦闘狂の血が荒れ狂う勢いで流れている。



 兄に一声掛けると、桜の足は大地を蹴る。その勢いのままに急加速すると、瞬く間に砦が接近していく。城壁の上に立つ弓兵からは土埃が舞い立つ様子だけ視認可能なものの、桜の姿を直接確認できない。そもそも新幹線並みの速度でダッシュする相手に、どうやって弓で狙いをつけるのかその方法を知りたい。



「さあ、精々歓迎してくださいませ!」


 ひと際強く桜の足が大地を蹴り付けるとその小柄な体は宙に舞い上がり、一気に城壁に飛び上がって華麗な着地を決める。



「えっ?!」


 突如現れた桜を間近で目撃した魔族の弓兵は、何が起きたのか理解できないままにわずかに驚きの声を上げるだけ。だが彼が生存して行動できたのはそこまで。



「まずはひとり目ぇぇ!」


 桜の右ストレートがその弓兵に向かって繰り出されていく。



 ガシッ!


「ウガァァァ!」


 わずかその一撃だけで、最初に桜と遭遇した弓兵は城壁から吹き飛ばされて下にある地面に叩きつけられる。叫び声を上げた直後に、その体のあちこちから血を噴き出して絶命した模様。これだから命が惜しい人間は間違っても桜の前に立つべきではない。



「これから皆さんは地面に落ちてもらいますわ」


 不敵な表情で宣告すると、桜が一気に動き出す。走りながら弓兵を捉えては、パンチを叩きこんで城壁から叩き落とす。その様子は砦に戻ってきた小隊長が「真の悪魔」と評した言葉に最も似つかわしい。



「アギャァァァ!」


「た、助けてぇぇぇ!」


 弓兵たちは、断末魔の声を上げて地面に次々に叩き付けられていく。その移動速度があまりに速すぎて、弓兵たちが壁の上に災厄をもたらしている存在の姿を目撃するのは死の直前だけ。ただし、確実に自分が立っている場所に迫ってくる暴力の嵐を待っているのは、弓兵たちの精神では不可能。


 何とか迫りくる魔の手から逃れようとして、必死になって壁の上から砦の内部に降りようと兵士たちは階段に殺到する。



「まとめて葬りますわ。大極波ぁぁ!」


 ドッパーーン!


 大音響を轟かせて階段の周辺が爆発をする。難を逃れようとして階段に殺到していた魔族が20人ほどまとめて吹き飛ばされており、体のパーツがバラバラになって地面に落ちていく。


 弓兵は益々パニックに陥ってひたすら逃げ惑うが、背後から襲い掛かる桜の餌食となってわずか数分で城壁の上から駆逐されていく。



「それでは下に降りましょうか」


 のんびりとした口調ではあるが、この時点で桜は魔族の弓兵100人以上を殺害している。殺意すらなきままに敵を蹂躙するその姿は、神が遣わした裁きの鉄槌その物であるかのよう。





 この様子を上空から眺めている美鈴はというと…



「まあ、桜ちゃんったら、あんなにはしゃいじゃって」


 桜が暴れている光景を、楽しげに眺めている。桜がちょっとはしゃいだ結果によって魔族が100人以上命を落としているという事実は、ルシファーを宿す美鈴には一向に気にならないらしい。ルシファーが目覚めてしまった美鈴の精神も桜に負けず劣らず恐ろしい。







  ◇◇◇◇◇







 先に砦に向かった桜を見送った聡史は、依然としてゆっくりとした足取りで街道を進んでいる。



「そろそろ桜が城壁の弓兵を片付ける頃合いだな」


 聡史の眼には、壁の上を逃げ惑う弓兵の姿が映っている。桜を前にしてしまったら、味方が何百何千といようが単に狩られるだけの存在にすぎない。相手が魔物であろうと魔族であろうと桜は一切斟酌しない。敵と認識されたら、その場で全てが終わるまでのこと。



「それでは俺も参加しようとするか」


 聡史が大地を蹴って駆け出していく。目の前にある砦に向かって一直線に向かう。ひとりで暴れている妹に続いて、いよいよ兄が今から砦に乗り込んでいくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 城壁の上にいる弓兵を駆逐した桜は砦の内部に飛び降りていく。ようやく暴れ回る人族を発見したとばかりに剣や槍を手にした魔族の兵士が一斉に押し寄せてくるが、それは正しく桜の思う壺。



「太極波ぁぁ!」


 ドッパーーン! 


 今度は砦の内部で大爆発が生じる。城壁にいた弓兵たちのように疎らに布陣しているのとは違って、桜を追い詰めようと密集した魔族兵は、爆発の煽りを受けて方々に吹き飛ばされている。そのまま動かなくなった亡骸や、大怪我をして呻き声を上げる兵士がたった一撃で50人以上発生する惨状を呈している。



「さあ、本格的に始めますわよ!」


 桜にとってこの程度の暴れ方はいわば前菜に過ぎない。ここからがメインディッシュだとばかりに、魔族兵が集まっている場所に突っ込んでいっては悉く薙ぎ倒していく。その様は平らに地面を均していくブルドーザーのごとくに、立っている者は全て地面に転がされていく。


 桜が猛威を振るう所、魔族は全て吹き飛ばされ、あるいは薙ぎ倒されて簡単に命を刈り取られる。これほど命の価値が安いとは… 異世界とはいえ滅多に見られない大虐殺が繰り広げられていく。


 必死に抵抗する魔族が懸命に槍や剣を突き出そうとも、桜は歯牙にも掛けずにヒョイヒョイ避けながら一撃で5、6人をまとめて倒していく。手加減なしのパンチを食らった魔族兵は一溜まりもなく死に誘われて二度と起き上がることはない。



「ダメだ! 逃げろぉぉ!」


 桜の勢いに抗しきれずに、魔族たちは続々と砦の出口へ殺到していく。桜に背を向けるなど、殺してくれと言わんばかりの危険な行動とも知らずに…



「太極波ぁぁ!」


 再び桜の闘気をまとった右手が振るわれると、出口に密集した兵士が爆発の威力で宙に舞う。爆弾が爆発した戦場さながらの光景がその場に広がり、夥しい物を言わぬ死体で足の踏み場もない。



「まだまだ行きますわよ!」


 桜は攻撃の手を全く緩めずに次々と魔族を手に掛けて乱暴に地面に寝かし付ける。寝かし付けられた魔族は、二度と目覚めることはないが…





 砦の内部には千人程度の魔族がいた。これだけの人数を収容する広さがあると、中には桜の魔の手を逃れて外部に逃げ出す兵士も少数ながら現れてくる。


 だがせっかく命からがら逃げ出しても、脱走した兵士を上空から捕捉する目がある。もちろんそれは高空で羽ばたきつつ桜の暴れっぷりを観察している美鈴。



「あらあら、まとまって逃げ出す兵士が現れたわね」


 彼らが砦から飛び出たのは魔族領とは反対側、つまりマハティール王国の王都に続く街道が延びている方面らしい。このまま敗残兵を放置しておくと、新たな街や村で敗残兵によって被害を出すとも限らない。



「逃げた魔族を片付けるくらいなら、桜ちゃんは大目に見てくれるわよね」


 美鈴が気にしているのは、あとから桜に文句を言われないかの一点に尽きる。桜の手を逃れた魔族を片付けるくらいなら広い心で許してくれるであろうと美鈴は判断を下したよう。ということで地上からは黒い点にしか見えない美鈴が、高空から一気に急降下していく。



「な、何だあれは? 空から何かがやってくるぞ!」


 逃げ出した魔族のひとりが上空から急接近する美鈴に気が付いて空を指さす。その声につられるようにして魔族全員が空を見上げるその時、誰もが美鈴の姿をはっきりとその目にする。黒いドレスに身を包み漆黒の翼を左右に大きく広げる美鈴は、魔族の兵から見ると不吉そのもののような存在に映っている。



「ま、まさか… あれは伝承にある悪魔か?」


「何を馬鹿な! 大古の神話に過ぎないだろう」


「なんとも禍々しい姿だぞ!」


 美鈴を指さして、口々にその存在が何者であるかを論じあっている。だがそれは長くは続かない。上空で羽ばたく美鈴から厳かな口調で死の宣告が告げられる。



「愚かなる魔族たちよ、この場に愚かしい躯を晒すがよい。グラビティー・コンプレッション!」


 ズドーン!


 上空から襲い掛かる100Gに及ぶ莫大な重力は、地面を陥没させながら魔族たちを圧し潰していく。巨大な恐竜の足跡がその場に刻まれたかのように、窪んだ地面には圧し潰された魔族の死体が地面のシミとなっている。


 大魔王の魔法が炸裂した結果がこれとは実に恐ろしい。桜の力は局地的な大破壊を発生させるが、ルシファーが宿る美鈴の強大な力はより広範囲の破滅をもたらすのであった。








   ◇◇◇◇◇







 桜から遅れて砦に突入しようと走り出した聡史は、出入り口の小さな扉から押し合いへし合いしながら外に出ようとする魔族の兵士たちの姿を捉える。



「せっかく逃げようとしたのに、運が悪かったな」


 そう呟いて取り出すは魔剣オルバース。腰をわずかに落として横薙ぎに一閃すると、飛び出していく真空の刃。外に出ようとする魔族の体は上下に二分される。



「新たな敵だぞぉぉ!」


「俺達にはもう逃げ場がないのかぁぁ!」


 目の前で味方が体を断ち斬られて死んでいく様を見せつけられた兵士たちは、絶望した叫びを上げる。傍若無人に暴れ回る桜から逃れた矢先にかち合ったのが聡史では、兵士たちとしては堪ったものではないだろう。



「悪いな、こちらも色々と事情があるから、この場で死んでくれ」


 聡史が斬り込んでいく速さは、魔族たちの想像を大幅に上回る。100メートル先にいたと思ったら、次の一瞬にはもう兵士たちの目の前に立っている。



 ザシュッ! グサッ! バシュッ!


 聡史がオルバースを振るうたびに魔族の死体が出来上がる。兵士たちの誰ひとりとして聡史が振るう剣を受け止められる者は存在しない。



 砦の入り口を潜った聡史は、縦横無尽に剣を振るいながら砦の内部深くまで進む。



「無理だぁ! あんな怪物をどうやって止められるんだぁぁ!」


「逃げろぉぉ! 命が惜しかったら、何としてでもこの場から逃げるんだぁぁ!」


 阿鼻叫喚とはこのような事態を指す言葉なのだろう。抵抗する術なく切り伏せられる魔族の兵士たち。必死に逃げようとはするが聡史と桜に挟まれて身動きが取れなくなる者が続出する。


 何とか二人の挟撃を振り切って外に逃れたら、今度は上空から監視する美鈴が逃亡者を逃がすまいと魔法を放つ。魔族の兵にとっては、進むも地獄、退くも地獄。



「者共、引けぇぇぇ! 一旦引くのだぁぁ!」


 混乱する砦の内部に魔族の幹部の大声が響く。これまで指揮を小隊長レベルに任せて高みの見物を決め込んでいたのだが、兄妹によって大混乱に陥った状況を収拾するために陣頭指揮に立つつもりであろう。



「部隊長殿が出てきたぞぉぉ!」


「隊長殿の前に集結しろぉ!」


 混乱していた魔族の兵たちは、その声に導かれるように隊長が立っている建物の前に続々と詰めかける。聡史と桜はその動きを敢えて止めずに、兵が隊列を組み直す様子をじっと眺めている。



「多少は骨のありそうな相手が出てきましたわね」


「どうやらあの建物が、幹部連中が籠っている場所のようだな」


 兄妹の着目点は違うが、それぞれが目的にするところを的確に把握している。



「魔法の一斉攻撃で愚かな人族を殺すのだぁ!」


 桜の乱入で一気に大混乱に陥った結果、ここまで出番がなかった魔法使いの一団が前に出る。



「放てぇぇ!」


 炎、風、氷、稲妻、闇などの多彩な属性の魔法が、兄妹をそれぞれ襲う。この恐ろしいほどの数の魔法に対して、桜は自信満々に迎撃を開始する。



「それっ、それ、それ、それっ!」


 拳をフル回転して衝撃波を飛ばす桜。迫りくる魔法は衝撃波にぶつかって霧散していく。さらにトドメとばかりに、拳に闘気を込めると…



「太極波ぁぁ!」


 ドッパーーン!


 魔法使いをまとめて吹き飛ばす爆発が生じる。荒れ狂う衝撃が収まった跡には、バラバラになった魔法使いたちの残骸が方々に飛び散っているのみ。


 聡史は聡史で、結界を展開して魔法を自分の手前で撥ね返している。自信をもって命じた魔法が兄妹に簡単に無効化された状況を見て部隊長は目を剥いて驚くしかない。次の命令を出そうともせずに、その場で立ち竦んでいる。


 弓兵は桜に片っ端から蹂躙され、魔法使いたちはたった今全滅という惨状。剣や槍で立ち向かう兵士たちは桜と聡史の猛攻の前に半ば戦意を失っており、すでに魔族たちは軍として瓦解寸前の様相。



「もっと抵抗してもらわないと、面白くありませんわ。そちらが攻めてこないのなら、こちらから参ります」


 桜が地を蹴って建物の前に集結している兵士に向かう。今目の前で魔法使いの一団が吹き飛ばされたばかりで、いまだ生き残っている兵士たちの士気と戦意はどん底にまで落ち込んでいる。


 魔族たちは此度のマハティール王国との戦いで常に優位に戦況を進めてきた。人族を追い立てる場面が大半で、ここまで完膚なきまでに追い詰められた経験は皆無に等しい。魔王の名の下に常勝を誇っていただけに、いざ守勢に回ると意外なほどの脆さを露呈している。



「おのれぇぇ! 我が剣を受けてみよぉぉ!」


 劣勢を挽回しようと、部隊長が剣を振り上げて桜に向かって斬り掛かる。たった二人を倒せば、これまでの劣勢は一気に覆るという思いを一振りに込めた一か八かの悪手のようにも映る。



「無駄ですわ」


 桜にとっては、たとえ魔族の隊長といえども並の剣士と同等にしか映っていない。振り下ろされる剣を軽々と避けると、隊長の胴体の真ん中に拳を叩き込む。



「グワァァァァ!」


 絶叫を上げながら、口から大量の血を吐き出して部隊長は倒れていく。自分たちの指揮者を失った魔族兵の動揺は明らか。逃げ出そうか戦おうか決められないままに右往左往している。



「桜、この場は任せるぞ」


「物足りない相手ですが、きっちりと処分いたしますわ。お兄様、気兼ねなくいってらしてください」


 建物のドアの前に立っている魔族を切り伏せて、聡史は内部に入り込んでいく。



「邪魔するな!」


 建物の内部では警備を務める魔族が聡史に剣を向けるが、オルバースによって一刀両断される。聡史の行く手を止められる魔族はここには存在しないよう。建物の1階を調べた聡史は階段を上ろうとする。もちろん階段を守備する兵士が数人いるが、悉く聡史に切り伏せられて、あるいは蹴落とされて排除されていく。


 2階の各部屋を回る聡史、その目はひときわ豪華な造りの一部屋に向けられる。マハティール王国がこの砦を管理していた時分は指揮官の執務室であっただろうと思われる。



 バーーン!


 ヒューン!


 聡史がドアを蹴破ると同時に、彼に向けてファイアーアローが放たれる。間一髪ドアの陰に身を伏せてやり過ごすと、聡史は部屋に踏み込んでいく。



「愚かな人族よ、よくぞこのマンスールの前に姿を現したな」


「貴様がこの砦の責任者か?」


「その通り! 我は魔王様から直々に伯爵位を賜り、人族の偽りの王国を滅ぼすためにこの地に遣わされた存在。愚かな人族は、我と偉大なる魔王様の前にその首を差し出せばよいのだ」


「よく喋るヤツだな。俺を屈服させたければ実力を示せ」


「よかろう」


 マンスールは腰の剣を抜いて構えると間髪入れずに聡史に斬り掛かる。



 キンッ!


 両者の剣が鍔迫り合いを演じる。聡史を押し込もうとマンスールは力を込めるが、オルバースを片手で握る聡史は微動だにしない。逆に両手で剣を支えるマンスールを押し込み始める。



「なんだとぉ!」


 マンスールは剣に関して相当な自信を持っていたようだが、聡史に力負けしている事態に目を剥いている。



「どうした? この程度で負けを認めるのか?」


 聡史には、まだまだ余裕がある模様。魔族の伯爵ごときに本気を出すまでもないと、敢えて力をセーブしている。



「おのれぇぇぇ! こうしてくれる!」


 一旦後退したマンスールは剣の先から魔法を撃ち出す。どうやらこの剣には、魔法を撃ち出す術式が込められていたよう。至近距離からファイアーボールが聡史に向かって飛び出していく。



「くだらない手品だな」


 だが聡史はあろうことか空いている左手でその魔法を掴み取って、そのまま握り潰す。これにはマンスールも驚いた表情を向ける。



「ば、馬鹿な! 魔貴族たる我の魔法を握り潰すだとぉ!」


 この程度の技で驚くとは魔貴族のお里が知れると聡史は内心でニヤニヤしている。確か那須ダンジョンで捕らえた二人の魔族も公爵と伯爵と名乗っていた気がする。あの時は大して気に留めなかったが、どうやら魔族の中でも実力者と思しき貴族たちの力が掴めてきたよう。



「さて、仕上げに入るか」


 聡史はマンスールに斬り掛かって今一度剣に力を込めて押し込むと同時に、左足でローキックを叩き込む。全く予期していない攻撃を食らったマンスールは、真横に吹き飛ばされて床にもんどりうって倒れ込む。キックを食らった右足の太ももの辺りが不自然に折れ曲がっているように見えるのは気のせいではないはず。



「ギヤァァァァァ!」


 マンスールの痛覚神経が、やや遅れ気味に痛みを伝えてきたよう。右足を抑えて転がり回っている。



「ギャーギャーうるさいヤツだ。ちょっとは静かにしろ」


 聡史が頭を蹴り付けると、マンスールはそのまま昏倒。聡史は彼の体をズルズル引き摺って、階段を降りて建物の外へ向かう。外に出てみると、桜がすっかり兵士を片付けている光景が広がる。



「桜、どうやら終わったようだな」


「お兄様、この程度の敵では準備運動にもなりませんわ」


 ざっと見渡すと、砦の内部は死屍累々の様相。約千人の魔族がこの砦にいたと考えられるが、この場で生き残っている者は皆無のよう。



「よし、責任者を捕えたし、撤収するぞ」


「カレンさんと明日香ちゃんが待っていますわ」


 こうして兄妹は、マンスールの体を雑に引き摺りながらダンジョンの方向に戻っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



あっという間に砦の魔族を殲滅した聡史と桜。指揮官の魔族を捕らえて再び事情聴取を始めるよう。この世界の現状がどうやら明らかになってきそうです。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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