第55話 那須ダンジョンの集団暴走
神崎大佐に率いられた偵察隊が戻って報告をもたらす以前から、集結を完了した部隊が順に布陣を開始している。布陣を終えた部隊は現在は小休止中ではあるが、さらに追加の部隊が続々と那須ダンジョンに駆けつけている。
ダンジョンの入り口の正面に当たる広大な駐車場には約50両の戦車と装甲戦闘車が車列を築き、その前方には土嚢で即席の陣地を構築して大量の予備弾薬が運び込まれている。兵員輸送車から降り立った普通科連隊は同様に土嚢を積み上げた陣地の構築に汗を流して、小銃だけでなくて迫撃砲や無反動ロケット砲などが多数据え付けられる。
さらに局面制圧の切り札とも呼べる99式自走榴弾砲までスタンバイしている様子を見ると「魔物を絶対に外へ出さない、市街地を死守する」という自衛隊のこの一戦に懸ける本気度が窺える。
これだけではなくて、宇都宮駐屯地及びダンジョンから15キロ離れた場所に設置された弾薬集積場には北関東と東北方面から応援に駆け付けた他の駐屯地の部隊も続々集結をしており、攻撃ヘリだけでもすでに15機が駐機している。整備員が弾薬の補充や機体の最終点検などに慌ただしく動き回る様子が窺えるなど、こちらからも本気が伝わってくる。
このほかにも宮城県の松島航空基地と茨城県の百里基地には航空隊がスタンバイしており、いつでも戦闘機が発進可能な状態で待機。あたかも本格的な戦争が勃発したかのような、首都圏、北関東、東北の自衛隊各部隊は広域な臨戦態勢を維持している。
「神崎大佐、各部隊の配置が完了しました」
「いいだろう。機械化部隊並びに普通科連隊はけっして無理をするな。魔物を魔法学院の敷地に追い込むことに専念してくれ。あとは我々が片付ける」
「本当に大佐率いる三人だけで片を付けるおつもりですか?」
「大丈夫だ。各部隊で手に余る魔物は我々が対処する。間違っても部隊の犠牲を出さないようにしろ。最前線に立つ将兵が損傷したらこの国を守れないからな。敵は魔物だけとは限らないんだぞ」
「了解しました。大佐の指示を各部隊に徹底いたします」
やはりこの場で全体指揮権限を持っているのは神崎大佐。宇都宮駐屯地から派遣されている部隊長は大佐の指示によって各部隊の指揮をするに過ぎないよう。魔法学院の学院長という肩書を一旦かなぐり捨てると、そこには戦場に立つのが最も相応しい武神とでもいうべき姿がある。
◇◇◇◇◇
時間が経過するとともに、ダンジョンの入り口から地鳴りのような音が周囲に響き渡ってくる。間もなく入口から魔物が溢れてこようとする瞬間が刻一刻と迫ると、自ずと待機する部隊全体に緊張感が高まっていく。誰もが今か今かと固唾を飲んでダンジョンの入り口に異常がないかと目を凝らす。
そんなさなかに…
「聡史さん、桜ちゃんが目を覚ましてくれません」
カレンが聡史の元にやってくる。三人は自前のテントを張ってその中で休養を取っている。桜と一緒に休んでいたカレンが、困った表情で聡史のテントにやってきている。
「この一大事に暢気なヤツだな。俺が起こしてみる」
聡史が隣のテントに入ると、桜は毛布を被ってまだグッスリと眠っている。聡史は桜の肩に手を掛けてその体を揺する。
「おい桜、そろそろ魔物が溢れてくるぞ」
だが依然として桜は目を覚まさない。時刻はそろそろ午後10時、快食快眠をモットーとする桜にとっては日常ではちょうど今から眠りにつく時間。仕方がないので桜を目覚めさせようと、聡史はなおも桜の体を揺さぶる。
ブーン!
完全に油断していた聡史の鼻の先を、眠っている桜の裏拳が掠めていく。無理に起こそうとすると桜は敵襲と判断して自動的に防御する。聡史の額に冷や汗が一筋…
「ヤバい! 次は絶対に食らう」
寝ていようとも強烈な威力の桜の裏拳を目の当たりにして聡史は心の底から恐怖を覚える。桜の攻撃は意識のタガが外れてたせいで一切手加減していない。当たったら最後、いかに聡史といえども大怪我は免れない。
無理やり桜を目覚めさせるのは危険と判断した聡史は手を止めて一計を巡らす。夕方部隊に配給されたカレーライスをアイテムボックスから取り出すと、そっと桜の頭の近くに置く。そのまま様子を見ていると、桜の鼻がヒクヒクと動きだすとともに夢うつつで寝言が漏れてくる。
「うーん、何でしょうか? この芳しい香りは…」
眠気と食欲の狭間で桜は葛藤しているよう。だが最終的には食欲が勝る。ガバっと起き上がると、その目が傍らにあるカレーライスを発見!
「夢かと思ったら、本当に枕元にカレーライスが落ちているじゃないですかぁぁぁ! それではいただきま~す」
枕元にカレーが落ちているわけないだろうに… もうちょっと落ち着いて考えてもらいたい。
だがそんなことにはお構いなく、起き抜けにいきなりカレーライスを掻き込みだす桜。食べているうちにすっかり目が覚めて周囲の状況に気が付く。
「お兄様、なぜ私が寝ているテントにいるんですか?」
「そろそろ時間だから起こしに来たんだろうがぁぁ! 早く食べろ、もうすぐ魔物がダンジョンから溢れてくるぞ」
「はっ! そうでした。気持ちよく寝ていてすっかり忘れるところでしたわ。ああ、カレーライスごちそうさまです」
ようやく桜が目を覚ましたので兄妹はテントを出ると、カレンを伴って学院長が待機している本部のテントへと向かう。
「大佐、休養を取ってきました。我々はどこで待ち受けますか?」
「カレンは救護所で待機してくれ。楢崎准尉と桜准尉は私についてこい」
カレンと別れた三人は、そのまま建設中の第10魔法学院へと向かう。
「屋上で魔物の動きを観察してから動き出すぞ」
「了解しました」
三人は地面を蹴ってジャンプすると4階建ての校舎の屋上に軽々と飛び乗る。これが異世界からの帰還者の能力。学院長のジャンプ力が兄妹とまったく遜色ないのは恐れ入る限り。
屋上から眺めると、ダンジョンの入り口を中心にして周辺は多数の投光器で明るく照らされている。配置されている各部隊の動きまでこの場からはっきりと目に入ってくる。
「大佐、かなりの数の重火器部隊が集結しましたね」
「果たしてこの戦力だけで魔物の暴走を押し留められるかどうかは、やってみないと分からない。最終的には我々三人の働きに懸かっている」
「大佐、この私にお任せくださいませ。5万だろうが10万だろうが魔物はきれいに片づけて差し上げますわ」
桜の自信は頼もしい限りだ。こうして三人は真夜中に近づいて気温が下がった屋上で、ダンジョンに変化がないか観察を続けるのであった。
◇◇◇◇◇
ダンジョンの異変は突然始まる。地鳴りが急激に高まったかと思ったら、洞穴のような入口が突如内側から崩れだす。山の斜面が吹き飛ぶような衝撃でもって大穴が開いて、そこから数体の巨人が姿を現す。この巨人たちが強引に狭い入り口を破壊して、内部から出口をこじ開けたのであろう。
聡史たちはヘルメットに内蔵された通信機で、本部や各部隊の通信を聞いている。
「普通科連隊、射撃開始!」
陣地に待機していた歩兵部隊が一斉に小銃の安全装置を外すと、夥しい数の銃口が火を噴く。十字砲火の猛烈な銃弾がダンジョンの入り口から出てきた巨人に向かう。
「グオォォォ!」
「ガガガァァァァ!」
数発の銃弾ならば耐えられるであろう巨人たちも、その身に数百発の銃弾を受けると一溜まりもない。体が跡形もなく破壊されて倒れていく。だが倒れた巨人の体を乗り越えて後から後から次々に魔物が姿を見せる。
それはゴブリンであったり、オークであったり、爬虫類型の魔物の群れ。巨人が倒れると銃弾の雨は止んで、代わりに戦車が火を噴く。
ドガーン!
耳をつんざくような爆発音と共に、魔物の先頭集団は跡形もなく消え去る。だがこの程度では次々に外に出てくる魔物を全て討伐など不可能であるし、入口から出てきた少数の魔物を倒しているだけでは効率が悪い。
「ある程度引き付けてから掃討せよ」
司令部からは、外に出てきた魔物をまとめて倒そうという方針が各部隊に伝達される。一時的に攻撃を停止して、続々とダンジョンから出てくる魔物を待つ各部隊。じっとその様子を見つめながら、銃を握る隊員たちの額にはジットリと汗が滲んでくる。
「榴弾砲、撃ち方開始!」
戦車に代わって自走榴弾砲が火を噴く。155ミリの砲口から打ち出される砲弾の火薬が炸裂すると、無数の破片が飛び散って周囲を広範囲に殺傷する。入口から溢れてきた魔物が徐々に管理事務所前の広場を埋め尽くす真ん中で炸裂した榴弾は、小型の魔物の体を引き裂いて辺りを地獄絵図に変えている。
「今のところは想定通りにいっているな」
「まだ油断はできません」
司令部でもこの様子に意見が分かれる。いまだダンジョンから出てきた魔物はほんの序の口であり、この先どうなるか誰にも予想がつかない。
こうして序盤は自衛隊優位に魔物の殲滅が進む。だが次第に本隊というべき強力な魔物が出現すると、自衛隊の火力が追い付かなくなる。その原因は各銃士の弾丸の補充であったり、戦車や榴弾砲の弾薬の補充が追い付かなくなった結果といえる。司令部は慌てて待機している後方部隊に増援を要請する。
「想像以上の魔物の数だ。後方部隊は至急応援を頼む。攻撃ヘリも発進しろ!」
増援が到着するまでは、勢いを増してダンジョンから溢れてくる魔物を辛うじて抑えるという厳しい状況にこの場の戦力で耐えるしかない。だがここで神崎大佐からの指示が伝わる。
「各部隊は無理をするな! 弾薬を節約しながら魔物を所定の位置に追い込んでいけ! 集団の右翼に射撃を集中して、左方面に魔物の流れをを誘導しろ!」
神崎大佐の指示がレシーバーを通じて流れると、各部隊の射撃は魔物を魔法学院に誘導する如くに射線を変えていく。こうして魔物集団は真正面と右側を避けて、左に左にと動き出す。その結果として、大量の魔物が魔法学院の敷地に雪崩れ込むこととなる。
「楢崎准尉、結界を展開できるか?」
「はい、可能です」
「敷地全体の5分の4の位置に魔物の侵攻を押し留める結界を展開してくれ」
「了解しました」
聡史は魔力を集中すると、校舎から500メートル離れた位置に結界を展開する。校舎を取り巻く壁から壁まで横に広く聡史が展開した結界によって、その地点で魔物の前進が一旦阻まれる。後続が次々に魔法学院に押し寄せているので、学院の敷地内には見た感じでは2万以上の魔物の集団が押し合いへし合いしている。
「さて、まとめて片付けるいいチャンスだな。立候補する者はいるか?」
「俺がやります」
真っ先に手を挙げたのは聡史。桜も立候補し掛けたが、この場は珍しく兄に譲っている。
「よし、楢崎准尉に任せる」
「了解しました。一旦下に降ります」
そう言い残すと聡史は屋上から飛び降りて地面に着地。スラリと魔剣オルバースを引き抜くと、右手に掲げて魔力を込める。きっかり2分掛けて十分な魔力を込めると、聡史は魔物を押し留めていた結界を消し去る。
結界が突然消えたことで、今まで前進を阻まれていた魔物たちは目前に立つ聡史に向かって一斉に襲い掛かろうと走り出す。だが聡史は剣を右に大きく引いたままで一向に動こうとしない。
万に及ぶ魔物が聡史に向かって牙を剥き出して襲い掛かろうと殺到する。あと3、4秒で魔物の手が聡史に届くところまできたその時… 聡史の目がキラリと光る。その光は彼の称号である〔星告の殲滅者〕としての危険な光そのもの。
「悪足掻きは終わりだ。この場で屍を曝せ。究極滅殺、
聡史が手にするオルバースが真横に振り切られる。その刃から180度に渡って放たれた断震破は、かつて大山ダンジョンでゴブリン・ロードとの戦闘において一度だけ聡史が見せた剣技。空間すら切り裂く強烈な波動が魔物たちへと向かっていく。しかも今回はあの時とは違う。2分にも渡って魔力を魔剣に込めた隔絶した威力の断震破が密集する魔物を豆腐のように斬り裂いていく。
ズバズバズバズバズバズバズバズバ!
地上1メートルの高さで魔物の体が広範囲に両断されていく。その波は1秒ごとに広がって、魔法学院の敷地に大量に群がった魔物を個々の防御力など一切無視して絶ち斬る。空間ごと斬るのだから、どんなに硬い外殻を持とうとも断震破の前に魔物は無力。これこそが究極の破壊をもたらす聡史の秘技といえよう。
敷地内には上下に分断された魔物の夥しい死骸が見渡す限り転がっている。現代兵器すら凌駕するこの破壊力こそが本気になった聡史の能力。
こうして聡史の攻撃によって、一旦魔法学院に密集して押し寄せた魔物は一掃される。だがこれはまだまだ前哨戦に過ぎない。魔剣を仕舞った聡史のレシーバーには、司令部から新たな報告がもたらされるのであった。
◇◇◇◇◇
一旦学院の敷地に密集していた魔物の大群を掃討した聡史の耳に司令部からの無線が飛び込んでくる。
「ドラゴンが多数出現した! 戦闘ヘリ攻撃開始! 対空迎撃部隊も攻撃を開始せよ!」
無数に空に羽ばたいてく小型のドラゴンの姿が聡史たちの目にも飛び込んでくる。空から攻撃してくるドラゴンは地上部隊にとっては非常に厄介な敵となるので優先的に討伐する必要がある。
ブーーーーーーーーーーン!
攻撃ヘリのガトリング砲が超高速で回転して、毎分750発の猛烈な射撃を開始する。標的となった小型のドラゴンはたちまち撃ち落されて地に落ちる。
シュパーーン!
炎の帯を引いて地上から飛び出す対空ロケット弾が、必死で逃げようとするドラゴンを執拗に追尾してついにその体に命中する。
ドカーン!
夜空に火柱が立つ。燃え上がった炎と共に爆音が耳をつんざく。上空からはバラバラになったドラゴンのパーツが地面に落ちる。
約20体のドラゴンが飛び立ったかと思ったら、あっという間に掃討されて地に落ちていく。だがその間に地上では再び夥しい魔物の群れが聡史が立っている魔法学院の敷地に向かって徐々に進出している。
「楢崎准尉、同じ攻撃を繰り返せるか?」
「あと1回ならば可能です。あまり多発すると、さすがに魔剣といえども壊れる恐れがあります」
「そうか、では今一度魔物を一掃してから屋上に戻ってもらいたい」
「了解しました」
聡史は再びある程度の魔物が集結するのを待ってから断震破を放つ。その結果再度魔物は一掃されて、敷地には倍の量の魔物の亡骸が横たわるだけのさらなる地獄絵図が出来上がる。聡史はオルバースをアイテムボックスに仕舞ってから、校舎の屋上に飛び上がってくる。
「楢崎准尉、ご苦労だった。しばらく必殺技は封印して通常攻撃で魔物に当たってくれ」
「あと1時間ほどすれば、再び使用可能です。それまではお任せします」
「ああ、私と桜准尉が当面対処に当たる。フォローしてくれるだけで構わない」
このような会話をしている間にも魔物は敷地内に真っ黒な塊のように広がる。20分ほど経過する辺りは魔物で埋め尽くされる。だが聡史が展開した結界によってその前進が阻止されたまま。
「桜准尉、やってみるか?」
「フフフ、この私にお任せください」
絶対の自信を持った表情で桜が答えているが、聡史は嫌な予感を胸に抱いている。桜がこのような表情をする時は、これまで碌なことが起きたためしがない。そんな兄の懸念は一切顧みずに桜は動きを開始する。
「はぁぁぁぁぁぁぁ… メガ盛り太極破ぁぁぁぁ!」
普段の太極破よりも数倍タメが長い分だけ、桜の右手に集まる闘気の量が桁違い。その大量の闘気が普段の3倍の速度で打ち出されていく。ご飯と肉が2倍になっているあの牛丼よりもさらに強力だ。この上にはさらにテラ盛りまであるのだろうか?
ズズズズズーーーーーン!
周辺を埋め尽くす閃光と耳を覆いたくなるような大音響の後に巨大なキノコ雲が夜空に高々と湧き起こる。それはまるで小型の核爆弾がこの場で炸裂したかのような、猛烈な爆発。
敷地を舗装してあるアスファルトは広範囲に捲れ上がって地面を深く抉るクレーターを作り上げている。爆風で夜空に舞い上がった魔物の死体は、音を立ててボタボタと地に落ちて原形を留めない程に潰れている。
「いかがでしょうか? 大盤振る舞いで放ってみました」
「味方まで吹っ飛ばすつもりかぁぁぁ!」
ドヤ顔の桜に聡史が心の底から突っ込んでいる。ギリギリでダンジョン入り口を固める部隊に被害はない模様だが、一歩間違うと大惨事を招く事態といえよう。これだけの猛威を振るっておきながらまだまだ威力を引き上げることが可能な桜とは、真の意味での怪物に相違ない。
ともあれ再び敷地に充満していた魔物は一掃されている。もう少し威力の加減に気を使ってもらいたいが、桜の一撃で間違いなく魔物は排除されている。というか根こそぎ千切れ飛んでバラバラになっているという恐ろしすぎる光景が、眼前に繰り広げられている。
「どれ、味方の援軍が到着したようだな。こちらに入り込んでくる魔物の数が目に見えて減っているようだ」
学院長の言葉通り、各地の駐屯地から駆け付けた増援部隊が続々と到着して、ダンジョンから出てくる魔物に砲撃を加えている様子が屋上からも確認できる。
加えてダンジョンから出てくる魔物の勢いが当初よりも減じており、どうやら集団暴走は峠を越えたかに映る。増援部隊を含む強化された火力でダンジョンから出てくる魔物の抑え込みに成功する手応えを誰もが感じている。
だがその安堵感は、長続きしなかった。
再びダンジョンから大きな地鳴りのような音が響くと、入口から恐るべき咆哮が聞こえてくる。その後に山肌が熱を帯びて解けるように崩壊すると、出来上がった穴から真っ赤な光が虚空に向けて一直線に伸びていく。
「ギュオォォォォォン!」
赤く光るブレスで山肌を溶かしてその内部から姿を現したのは、全長40メートルに及ぶ巨大なドラゴン。ひょっとしたらこのダンジョンのラスボスではないだろうか。ドラゴンは長い首を巡らせて周囲を睥睨する。
「全軍、ドラゴンに火力を集中しろ!」
司令部の指示であらゆる戦車や戦闘車両、歩兵集団がドラゴンに向かって火砲を向けていく。
「まるで怪獣映画だぜ!」
ロケット砲を向けるある自衛隊員が呟いたひと言。ゴ〇ラに立ち向かう自衛隊員そのものの光景がこの場に再現されている。しかもこれは映画などではない! 現実にこの場で起きている悪夢だ。
ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン! ドゴーン! ズガガガガガーーン! ドドーン!
あらゆる砲口から巨大ドラゴンに向かって砲弾やロケット弾を浴びせてその全てが直撃するが、ドラゴンにはさしたる効果がない。それどころか怒りに満ちた顔を向けてゆっくりと翼を羽ばたかせる。徐々に宙に浮いた巨体はスピードを上げて夜空から地上部隊を攻撃する様子を見せる。
「ヘリ部隊! 有りっ丈のミサイルを叩き込め!」
ドラゴンの前方や側方に回り込んだヘリの編隊から合計20発以上のロケット弾が撃ち込まれるが、金属よりも固い鱗に阻まれて効果を為さない。
「ミサイルが効果ないのか! なんという化け物だ」
「弱気になるな! もう1回攻撃を繰り返すぞ」
さらに追加のロケット弾が一斉に放たれるが、やはり無駄撃ちにしかならないよう。だがヘリによる攻撃が繰り返されている間は、ドラゴンは防御に専念している様子で攻撃しようという素振りを見せていない。攻撃を抑えるだけでもドラゴンを抑える効果があるので、ヘリ部隊はミサイルやバルカン砲での攻撃を繰り返していく。
「こちら松島基地、F2航空隊! 攻撃を開始するのでヘリは目標から距離を取ってくれ。繰り返す…」
夜空にマッハの轟音を轟かせて、宮城県の松島航空基地を飛び立った3機のF2攻撃機が対空ミサイルを放つ。目標のドラゴンに正確に誘導されたミサイル計6発が命中するが、硬い鱗が衝撃を撥ね返すドラゴンには目立った効果はなさそう。だがここで諦めたら周辺住民にも大きな被害が出かねない。
「再度攻撃をする。標的ロックオン、ファイアー!」
再び6発の誘導ミサイルを発射していくが、F2航空隊の願い虚しくドラゴンはいまだ健在。
その様子を校舎の屋上から目撃している聡史たちは…
「大佐、ドラゴンが宙にいるうちは、こちらは有効な手立てがありません」
「楢崎准尉、そう慌てるな。あのドラゴンを地面に叩き落せばいいんだろう。私に任せるんだ」
ニヤリと笑みを浮かべると、神崎大佐はアイテムボックスからバズーカ砲を取り出す。
「ドラゴンを叩き落すには一番弱い翼の付け根を狙うのが最も効果がある。覚えておけよ」
「大佐、これだけ距離が離れているのに当たるんですか?」
「私の腕をナメるな」
夜空を飛び回っているドラゴンに向かって、神崎大佐が慎重に狙いをつける。念入りにタイミングを計って引き金を引くと、ドラゴンの未来位置に向かって一直線の尾を引くように魔力弾が飛翔する。
ズガガガーン!
夜空に巨大な火の玉が浮かび上がると、悠然と飛び回っていたドラゴンの様子に明らかな変化がみられる。必死に翼を羽ばたかせようと足掻いているが、次第にその高度が下がっていくのが目に見えて明らか。
「さあ、ドラゴン狩りの時間だ! 着地次第攻撃を加えるぞ」
「大佐、ドラゴン狩りは得意ですので、私にお任せくださいませ」
「桜、今度は威力に配慮するんだぞ!」
「お兄様、もう太極破は用いません! 私の裏必殺技とも呼ぶべき真の奥義をお見せいたします」
再び自信満々な表情の桜がいる。先程のようなあわや大惨事を招かないことだけを祈る聡史の表情がなんだか暗い。「敵を殲滅するために味方まで全滅しました」ではシャレにならない。
宙を滑空するかのように旋回しながら、ドラゴンは徐々に高度を落としてくる。空から攻撃するどころか、ソフトランディングするのに必死な様子が見て取れる。その目が周囲を見回している様子からして、どうやら安全に着陸出来る場所を必死に探しているよう。
ズザザザザザザザ!
優雅に舞い降りるなど程遠い姿でドラゴンは地面に後ろ足を引き摺りながら減速してようやく停止する。近くでよく見ると右の翼の付け根が折れて十分に羽ばたけなくなっているよう。さすがは神崎大佐、あれだけの距離がありながらも狙い通りに魔力弾を命中させている。
(凄い人だ)
聡史は心の中でほとほと学院長に感心している。しかも大佐は口にこそ出していないが、魔法学院の敷地にドラゴンが不時着するようにタイミングを計っていた形跡がある。それゆえに念入りに狙いを定めていたのであろう。
「さあ、私ひとりで相手をして差し上げますわ!」
桜は大張り切りの様子。聡史にも大佐にも手を出させないと宣言している。これだけ張り切っているのだから桜に任せようと、二人は一歩引いた場所で見守っている。
桜は二人にはお構いなくドラゴンが待ち受ける場所に向かっていく。ドラゴンは近づいてくる小さな存在に胡乱な目を向ける。
「さて、久しぶりの大物狩りですねわ。これは腕が鳴ります」
オリハルコンの籠手をガツガツと打ち合わせながら、桜は気合を漲らせて… は、いなかった。むしろ心を静めて、波一つ立たない湖面のような境地に至っている。
「ギュオォォォォォン!」
間近までやってきた小さな影を敵と見做して、ドラゴンは桜に向かって前足を伸ばしてくる。だが桜はドラゴンの単純な攻撃を掻い潜って、目の前から姿を消すようにいつの間にか横腹の辺りに移動している。
「まずは1発目」
桜はドラゴンの最も柔らかい腹部を蹴飛ばす。
「ギュオォォォォォン!」
一瞬巨体が浮き上がるほどの衝撃がドラゴンを見舞う。驚きと痛みがこもった咆哮を上げたドラゴンは、体を転換して桜の居場所に向き直ろうとする。だがその場にはすでに桜の姿はない。
ドラゴンが体を転換する動きに合わせて、桜は再びドラゴンの側方に取り付いている。
「それっ! 2発目ぇぇぇ!」
今度はさらに力を込めて蹴り上げると、ドラゴンの体はバランスを崩して横倒しになる。スピードに注目が集まる桜ではあるが、実はドラゴンを簡単に吹っ飛ばすパワーも持っている。
巨体が寝転ぶと、起き上がるには時間がかかる。ようやく起き上がったドラゴンは、自分の尻尾を追いかける猫のように巨体をグルグル回して桜の姿を追い求めるが、一向にその姿を目にすることはなく時折強烈な蹴りを食らって再び体が横倒しにされていく。
これには相当ドラゴンも頭にきたようで、ついに腹部に魔力を溜め始めてブレスを吐こうという体勢に入る。だが、易々とドラゴンにそんな攻撃を許す桜ではない。体側のギリギリを通ってドラゴンの視界に入るのを避けながら正面に回ると、腹部に向かって強烈な正拳を放つ。
「ギュオォォォォォン!」
ブレスを吐こうと溜めていた魔力が、桜の正拳の影響で口から大量に漏れ出してしまう。まるで咳き込んでいるかのようにドラゴンは苦しそうにしている。ここまで一方的にドラゴンを翻弄する桜、さすがに大言を口にするだけのことはある。
「さあ、キメますよ!」
口から洩れた魔力で苦しそうなドラゴンに対して、桜は今一度精神を研ぎ澄ませる。その体が一瞬の静謐に包まれたかと思ったら、両手を軽く引いて掌打を腹部に叩き込む。
「楢崎流真奥義、迷わず成仏波ぁぁぁぁぁ!」
打ち出された両掌からは、強烈な闘気がドラゴンの体に打ち込まれる。この奥義は、体の表面には一切の傷跡を残さずに内部を振動によって破壊する真の必殺技。どれだけ硬い鱗に覆われていようとも、体の内部に浸透する振動までは防ぐことはできない。
「ギュオォォォォォン!」
絶叫を残してドラゴンは口から大量の血を吐き出す。力なくその首が垂れ下がって、地面にドウという音を響かせて投げ出されていく。つい今しがたまで強烈なオーラを放っていたその巨体は四肢にももはや力が入らない様子。すでにドラゴンの生命は風前の灯火のように映る。
「お兄様、首を」
「わかった」
いたずらに苦しませるのは気の毒に思った桜が兄に介錯を促す。再びオルバースを抜いた聡史はドラゴンの首元に立つと一気に剣を振り下ろす。
ザシュッ!
首が切り離されてドラゴンは完全に息絶える。今回の集団暴走で最強の魔物はこれにて討伐された。残りは自衛隊でも軽く手を捻るように討伐可能な魔物しか残っていない。
「どうやら終わったな」
「かれこれ4時間近く経過しましたか」
すでに深夜の時間帯に差し掛かっている。ひとまずは個体サンプルのためにドラゴンの死体は聡史がアイテムボックスに仕舞い込む。この様子を見た大佐は満足そうに頷く。
「想像以上の働きをしてくれたな。さて、残りは攻撃部隊に任せよう。このまま司令本部に向かうぞ」
「「了解しました」」
こうして三人は、建設中の魔法学院を後にして司令本部へと向かうのであった。
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ついに発生した魔物の集団暴走。しかし兄妹と学院長の圧倒的な力で見事捻じ伏せました。これで一件落着と思いきや、この一件はまだまだ尾を引きます。そして巻き込まれてしまったカレンの運命は…
この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
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