第54話 平和な日常だと思ったら…


 日曜日にデビル&エンジェルがダンジョンの25階層まで攻略したという話は生徒たちには知らされないまま魔法学院はいつもの週の始まりを迎えている。


 学生寮から大勢の生徒が教室に向かって普段と変わらない授業が始まる。夜更かしして眠そうな顔をしている生徒がいるかと思えば、朝練でひと汗かいてスッキリした表情の生徒もいる。



 そんな生徒たちの様子は一旦横に置いて、管理棟の3階の一番奥にある部屋ではカレンの母親であり魔法学院の学院長を務める神崎真奈美が書類に目を通している。



「失礼します」


 ドアが開くと、1年生の学年主任が学院長室に入ってくる。その手には、生徒に関するレポートをまとめた書類を用意している。



「学院長、1年生の近況に関するレポートをまとめてきました」


「そうか、ソファーで話をしよう」


 デスクからソファーに場所を移して、書類に目を通しながら学院長は主任の話に耳を傾ける。



「まずはつい先ほどダンジョン管理事務所から入った連絡ですが、特待生を含むパーティーが25階層まで攻略したそうです」


「そうか… あの短気な妹がいる割にはずいぶんノンビリ攻略しているな。編入当初の勢いだったらとうに最下層まで進んでいると考えていたが」


「学院長、それはさすがに無理がありますよ。いくら何でも最下層までなどそうそう簡単に到達できないでしょう」


「そう思うか? まあいいだろう、あいつらのペースで好きなようにやらせればいい」


 学院長には、他の人間には見えない何かが見えているのだろうか? 意味有り気な言葉を残す。 



「特待生に関しては、八校戦以降特段トラブルもなく過ごしております。最近では妹のほうがEクラスの男子を鍛えているようで、彼らの目付きが変わってきました」


「なるほど、それは面白い話だな。Eクラスにはいい刺激になっているようだ」


「その通りです。ついこの間まではEクラスを馬鹿にする空気が他のクラスにありましたが、今はうかうかしているとEクラスに負けてしまうという危機感を抱いています」


「他のクラスの生徒にも尻に火が付いたようだな。変なエリート意識など邪魔なだけだ。精々特待生には他クラスの連中を煽ってもらおう」


 中々厳しい表情を崩さない学院長が、わずかではあるが口元を緩めている。自ら兄妹をスカウトしただけに、二人を中心に良い影響が広がっている現状に満足そうに頷いている。



「それから、Aクラスの浜川茂樹ですが…」


「勇者がどうした?」


「八校戦で失格になって、彼個人は来年の大会では出場停止という処分が下りました。そのためかこのところ自信を失っているようで、あらゆる面で今ひとつ精彩を欠いているようです」


「放っておけ! 一度躓いたからといっていちいちこちらが手を貸していたら、いつまでたっても甘えが抜けない」


「わかりました。担任には伝えておきます」


 その後約1時間に渡って各クラスの状況が主任の口から学院長に報告されるのであった。 






   ◇◇◇◇◇





「それではこれで、授業は終わりだ」


「起立、礼!」


 4時間目の授業が終わると桜が動きを開始。



「お兄様、お先に!」


 そのまま廊下とは反対方向に向かうと、ガラガラをガラス窓を開けて外に飛び出していく。ちなみに1年生の教室は3階にあるが、桜はお構いなしに窓の外へとレッツダイブ。 


 空中で華麗な前方2回転を決めてアスファルトの上にスタっと着地すると、そのままスピードを上げて食堂に向かって走り出す。無駄なまでに高い身体能力を生かして食堂に一番乗りを果たすと、カウンターで怒涛の注文を開始する。



「A定食とミックスフライ定食、それからあんかけ焼きそばに天丼、全部大盛りでお願いしますわ」


「はいよ! 桜ちゃんはいつもよく食べるね」


 毎日一番で大量の注文をする桜は食堂のオバちゃんたちにすっかり顔と名前を憶えられている。というよりも、学院の関係者全員が名前を知っている超有名人。積極的に何事も目立とうとするのを信条としているだけに、やや影の薄い兄とは違って抜群の知名度を誇っている。


 それはともかくとして、これだけの注文になるとトレーが3枚必要になる。桜は食事を受け取ると次々にトレーに載せて、そのままアイテムボックスに放り込んでから席に向かう。よくぞこんな場所でアイテムボックスの便利な活用法を編み出したものだ。



「それではいただきま~す!」


 席に着くなりアイテムボックスから取り出したトレーを並べて箸をつける。最初のトレーに乗っている料理をすべて食べ尽くした頃に、ようやくゾロゾロ食堂に入ってくる他の生徒たちに混ざって聡史たちがやってくる。



「お兄様、皆さん、お先にいただいておりますわ」


「桜、もうちょっと落ち着いたらどうだ? いくらなんでも窓から飛び出すのはやりすぎだろう」


「お兄様、私は何事も一番を目指します。昼食で誰かに先を越されたら、その日1日気分が悪くなりますわ」


 天晴である。桜のように何事もここまで開き直って言い張れると人生の悩みなど無縁だろう。自らの主張を譲らない妹を前にして、兄としての無力感を味わう聡史。



 やがて全員の食事が終わると…



「桜ちゃん、お昼のデザートは何しますか~?」


「明日香ちゃん、昼、夕方、夜と3回もデザートを食べるつもりですか?」


「今日は学科で頭を使っているし、糖分が必要なんですよ~」


「それでは、自主練の時間は男子生徒と一緒に頑張ってもらいましょう」


「さーて、授業の用意をしましょうかねぇ~」


 明日香ちゃんがあっさりと折れる。大好物のオヤツを諦めるなんて、どれだけ桜に酷い目に遭ったのか想像ができない。


 こうして昼食を終えた一同は食堂から教室に戻って、午後の授業に備えるのであった。






   ◇◇◇◇◇






 午後一番に、学園長室に一本の直通電話が入る。



「こちら神崎です」


「ダンジョン対策室の岡山だ」


「室長、何か異常事態ですか?」


「神崎予備役大佐、人工衛星が那須ダンジョンの魔力の異常値を観測した。ダンジョンから魔物が溢れる前兆かもしれない。この時刻をもって現役に復帰してくれ」


「了解しました。どうせなら私だけではなくて、生きのいい二人も連れていくのはいかがでしょうか?」


「いいだろう。用心するに越したことはない。戦力の増強は歓迎する」


「差し迫っているんですか?」


「まだ予兆の段階だから、何とも言えない。今すぐ伊勢原からヘリを回すから搭乗してくれ」


「了解しました」


 通話を切ると、学院長は内線で職員室に連絡を入れる。



「1年Eクラスの楢崎聡史と楢崎桜を至急学院長室に出頭させてもらえるか」


「すぐに呼び出します」


 内線の受話器を置くと学院長はしばし瞑目する。目を開いた学院長の表情は教育者という仮面を脱ぎ捨てて、戦場に生きる人間の顔を取り戻している。



 10分ほど経過すると、学院長の部屋をノックする音が。



「入れ」


 ドアが開くと、兄妹が入ってくる。



「楢崎聡史予備役准尉、楢崎桜予備役准尉、両名は本時刻をもって出動命令が下った。今から迎えのヘリに乗って那須に向かってもらう」


「了解しました。神崎大佐、那須で何か起きたのですか?」


「衛星が魔力の異常を観測した段階だ。ダンジョンから魔物が溢れる危険に対する警戒出動と捉えてもらいたい」


「腕が鳴りますわ! 魔物はこの私が片っ端から倒して見せます」


 聡史は与えられた任務に気持ちを引き締めているが、桜は全くの平常運転。その辺のコンビニに出かけるような表情で命令を受け取っている。どちらかというと型に嵌めると持ち味を失うタイプだと気づいている学院長は、特に注意もせずに放し飼いにしている。



「大佐、提案があります。負傷者が出た際に備えてカレンを同行させるべきです」


「乱戦になった際に足手まといにならないか?」


「自分の身は守れる程度には鍛えてあります」


「そうか、では民間人の協力者という立場で救護役を務めてもらおう」


 こうしてカレンも一緒に那須へと向かうことが決定。彼女には学院長が直接連絡を取るそう。親子だからそのほうが話が早い。



「それでは準備を整えてきます」


「ヘリポートに20分後に集合してくれ」


「「了解しました」」


 兄妹は特待生寮に戻ると自衛隊から支給された戦闘服に身を包む。2、3回しか袖を通していないので、胸に縫い付けられている准尉の階級章が真新しく映る。


 聡史がアイテムボックスのインデックスで装備を点検しているのに対して、桜は食事の在庫を確認している。ダンジョンの深層に入った際の残りの食糧しか入っていない様子を見てどうにも心細そうな顔をしている。そんなにメシが心配なのか!



 自販機でミネラルウォーターのペットボトルを数本購入すると、二人は校舎裏に設置されているヘリポートに向かう。すでに学院長母子は何か話をしながらヘリの到着を待っている。



「楢崎准尉ほか1名、到着しました」


「ご苦労、間もなくヘリが到着する。このまま那須に向かうぞ」


「「了解しました」」


 こうして待っていると、空からローター音が聞こえてくる。上空を輸送ヘリが2回旋回すると、高度を下げて着陸態勢に入る。かなり距離をとっていても真横から吹き付けてくる風で飛ばされそうなくらい。



 スライドしたドアから輸送ヘリの内部に乗り込むと、窓側に並ぶ座席に座ってベルトを締める。カレンだけでなくて兄妹もヘリの搭乗など初体験なので、乗員の注意事項を真剣な表情で聞いている。



「離陸します」


 機内アナウンスが流れると、機体は浮かび上がってあっという間に高度を上げていく。離陸して1時間もしないうちに那須ダンジョンに到着する。より正確に言うと、着陸地点は建設途中の第9魔法学院のヘリポート。


 

「大佐、上空から見て気が付いたんですが、魔法学院というのはダンジョンから魔物が溢れた際の防波堤なんですね」


「その通りだ。魔物がダンジョンから直接市街地に向かわないようにダンジョンと学院を結ぶ道路は全て壁で覆われている。市街地に通じる道路を封鎖すれば魔物は自動的に学院へと向かってくる。魔法学院というのは教育機関というだけではなくて、いざという際の戦場であり魔物に対する防衛施設という役割を担っている。気が付いている生徒もいるだろうが、他言は無用だぞ」


 どうりで必要以上に高いコンクリート製の頑丈な壁で囲まれているわけだ。魔法学院の広い敷地に魔物を誘導して、自衛隊の重火器や戦車、攻撃ヘリなどで殲滅する目的の設計というわけらしい。つまり魔物が溢れた際に一番最初に危険に曝されるのは学院の生徒。もちろん地下シェルターは完備されているが、それでも真っ先に矢面に立たされる可能性がある。この点に関して生徒が必要以上に不安を感じないように学院長は聡史に他言無用と釘を刺している。


 さて現在建設途中の第9魔法学院であるが、敷地を囲む壁はすでに出来上がっている。校舎はコンクリート剥き出しで外側の形だけは完成しているが、管理棟や学生寮は上階の建設途中。建設作業員は一時的に退避しており、パワーショベルや大型クレーンが操縦する者のいない中で放置されている。


 近隣の宇都宮駐屯地からは続々と車両が集結地点に集まっており、テントを張って臨時の本部を設ける作業に取り掛かっている。その間にも輸送車両と戦闘車両が道路を埋め尽くす勢いで列をなしている。



「一旦本部に向かって現状を確認する」


「了解しました」


 学院長を先頭にしてヘリから降りた四人は建設中の第9法学院の正門を出て、那須ダンジョンを挟んだ反対方向へと向かう。聡史たちが本部に到着する頃にはテントの設営が終わって、テーブルを並べて人員の配置や戦闘車両の位置を確認しあっている。


 多数の戦車や戦闘車が並ぶ光景は壮観であるが、すでに臨戦体制に移行しているだけあって現場はピリピリした空気が漂う。



「魔法学院の神崎大佐以下3名到着した」


「ご苦労様です! ただいま打ち合わせが始まったところです。どうぞ中にお入りください」


 本部に詰める参謀のひとりが敬礼して出迎える。聡史たちは、学院長の後について本部の大型テントの中へ入っていく。



「状況はどうなっている?」


「これはようこそ! 神崎大佐、ダンジョン内部は立ち入り禁止で今から偵察部隊を送り込む手はずとなっています」


「そうか… いだろう、その役目は我々が努めよう。何か変化があったらすぐに知らせる」


「よろしくお願いいたします」


 相手は学院長よりも階級が高い現役の准将。にも拘らず、学院長に対して敬語と最大級の敬意をもって接している。この学院長の経歴には色々と秘密が隠されているような気がしてならない。



「楢崎聡史准尉、楢崎桜准尉、両名は私と一緒にダンジョンの偵察に入る。カレンは救護所に待機していろ」


「「了解しました」」


「はい、わかりました」


 こうして聡史たちは那須ダンジョンに到着するなり、最も危険な内部偵察に駆り出されるのであった。






   ◇◇◇◇◇






 那須ダンジョンに足を踏み込んだ直後、三人の耳にはダンジョン全体に轟くようなゴーンという音を耳にする。まるで足元から突き上げるような重低音が時折響き渡る。さらに地震のようなゴゴゴという小刻みな振動を伴う地鳴りがダンジョンの下層から響いてくる。


 それだけならまだしも、入り込んだばかりの1階層に漂う魔力がやけに濃い。普段は目に見えない魔力がまるで霧のように白っぽく目に映っている。



「どう考えても通常のダンジョンの姿ではないな」


「大佐、やはり魔物の集団暴走スタンピートが発生するんでしょうか?」


「その可能性は十分あり得る。むしろその可能性のほうが濃厚だ」


 個人的な感想だがと、学院長は断りを入れている。この考えを補強するかのように桜が横から口を挟む。


 

「大佐、私は異世界でこのような怪しげなダンジョンに踏み込んだ経験がありますわ」


「ほう、それは興味深いな。どうなっていたんだ?」


「あれは25階層辺りだと思いますが、魔物が異常に増殖しておりました。溢れ出しそうになっていた魔物は私が全て片付けて先に進んだのですが」


「呆れたな、先に進んだのか。それで、どのくらいの数がいたんだ?」


「そうですねぇ~… 1万や2万ではきかなかったような記憶がございます」


 桜はケロリとした表情で答えている。万単位の魔物を単身で討伐するなど、通常の人間の感覚では有り得ない。先日大山ダンジョンの無限湧き部屋に転移させられた際も、どおりで嬉々として魔物を討伐していたわけだ。学院長ですら呆れさせるとは、さすがは桜。この話を初めて耳にした聡史は横で頭を抱えている。


 

「楢崎桜准尉… えーい、面倒だな! 桜准尉でいいだろう。なんでお前たち二人は同じ苗字なんだ! 区別するのが面倒でかなわないぞ」


 どうやらこれが学院長の素の性格らしい。これまで明かされていなかったが、どちらかというと体育会系の… というよりも戦略と戦術に通じた脳筋と呼んで差し支えない人柄。学院長の理不尽な苦情に聡史が生真面目な表情で答える。



「大佐、俺たちは双子ですから」


 兄のつまらない回答に桜が何か言いたそう。こういう時に絶対黙っていられないとってもお茶目な性格をしている。



「お兄様が私と同じ姓になりたいと泣いて懇願したから、仕方がなく双子として生まれて差し上げたのですわ」


「できれば他人として生まれたかったぞ」


「まったく、お兄様ったら! そんな照れ隠しは私には通用しませんわ」


「桜、人の意見は素直に受け取ろうな」


 もし時間を遡れるのならば、桜とは別の家に生まれたかったという聡史の心からの願いも肝心の桜には一向に通じないもどかしさ… 日々妹が引き起こすストレスのために、聡史の胃には穴が開きそう。レベルが高いので絶対に穴は開かないのだが…


 こんな兄妹の緊張感が全く感じられないやり取りを聞いていた学院長が口を開く。



「まあいい、注意して進むぞ。桜准尉が先頭を務めてくれ」


「了解しましたわ。最短距離を進みます」


 すでに桜の頭には、那須ダンジョンの10階層までのマップが記憶されている。管理事務所が配布している地図をさっと見ただけで、スキルによって最短距離が自動的に脳内に浮かび上がってくる。案内役としてこれほど便利な存在はいない。



 初めて足を踏み込んだダンジョンとは思えない軽やかな足取りで先頭を進む桜は通路を選んでいく。時折ゴブリンが顔を覘かせるが桜にとってはいないも同然で、軽く拳を振るっただけで遠くにすっ飛んでいく。



 こんな調子で5階層を通り過ぎて、6階層まで降りようとしたその時…


 三人は明らかな異変を目の当たりにする。


 階段を下りたその先には様々な魔物がぎっしりと蠢いて、今三人が降りてきたばかりの階段に向かってくる異様な光景が目に飛び込んでくる。大山ダンジョンでは20階層以下でしか目にしていない巨人種や小型のドラゴンのような魔物までいるという点では、この魔物の大集団はかなり深い層で発生したと推察できる。



「距離は300メートルか。進行する速度はそれほどまでもないようだな」


「大佐、問題は速度よりも数ではないでしょうか?」


「楢崎准尉、確かに数は問題ではあるが、あの集団が進む速度もこちらが対応するにあたっては重要なファクターだ。敵の圧力は、数×速度で計算できるからな」


「確かに言われてみればそうでした。つい数に目が行きがちですが、敵の進行速度も考慮に入れる点をウッカリしていました」


 聡史も戦いの中で相手のスピードは考慮に入れている。多数の敵がこちら側にもたらす圧力を感じた経験もある。学院長の指摘に、この異常事態を前にしてついつい目の前の魔物の数に気を取られた点を反省している。だがこの娘は学院長と兄の会話など気にも留めていない。



「お二人ともこの場は私にお任せくださいませ。通路に蔓延る魔物を1体残らず仕留めて御覧に入れますわ」


 自信満々な表情でいつものように桜が主張している。魔物を見たら即討伐と短絡的に考える桜らしい主張がこのような緊急を要する場面でも繰り広げられている。



「いいだろう。威力偵察の意味もあってわざわざ来たんだからな。ここである程度魔物の集団の力を把握しておけば後々役に立つだろう」


 学院長から許可が出た桜は小躍りして喜んでいる。大山ダンジョンでは美鈴や明日香ちゃんの育成という目的があるせいでセーブしていた能力をこの場では無制限に発揮して構わない。無限湧き部屋で大暴れしたあの爽快感をもう一度味わえると胸を躍らせている。戦闘狂の血が騒ぎだすとどうにも止まらないよう。



「それでは参りますわ。はぁ~… 太極破ぁぁぁ!」


 ドッパーーーン!


 行進の先頭を進む魔物にぶつかった太極破は通路を揺るがすような大爆発をもたらす。当然その猛烈な爆風は魔物の先頭集団を消し去る。それと同時にこちら側にも相応の爆風が押し寄せてくるが、この場にいる怪物のような三人には何ら影響を及ぼさない。



「桜准尉、中々威力のある攻撃を持っているな」


「狭い通路なので、これでも加減しておりますわ」


 技の感想を述べている学院長も実は大の負けず嫌い。桜の太極破を見て血が騒ぎだした模様。これはもしかしてとんでもないことになりそうな予感が…



「今度は私にやらせてみろ」


「お任せしますわ」


 桜が一歩退くと代わって学院長が前に出る。何をするのかと興味深く兄妹が注目する中で、学院長はアイテムボックスから自動小銃を取り出す。見てくれは自衛隊制式小銃である二〇式5.6ミリと同一。



「ファイアー!」


 学院長が引き金を引くと、タタタ、タタタ、タタタ、と小気味いい発射音を響かせて小銃が火を噴く。


 ズドーン! ズズズズズドドドーーン!


 だが小銃から飛び出していった弾が当たった先では、通常の弾丸では到底あり得ない強烈な爆発が引き起こされる。その威力は装甲車を軽くひっくり返すレベル。当然魔物の後続集団は無残に引き千切られて死屍累々の惨状を呈している。



「大佐、小銃でどうやって爆発を引き起こせるんですか?」


 さすがの聡史もこれには目を丸くしている。桜も学院長が手にする銃に興味津々な表情。



「驚いたか? これは私が異世界に転移した際に持ち込んだ小銃だ。なぜかあっちの世界に行ったら普通の弾丸ではなくて魔力で出来た弾が発射される仕様に替わっていた。戦車も軽く打ち抜けるぞ」


「魔力の弾丸ですか!」


 目を丸くする聡史。こんな武器があれば魔物討伐など手軽なお仕事に過ぎなくなるのは言うまでもない。ドヤ顔の学院長はさらに続ける。



「こんな物もあるぞ」


 一旦小銃を仕舞い込むと、次に取り出したのはミニミ軽機関銃。一見すると何の変哲もないミニミに見えるが、やはり銃口から撃ち出されるのは魔力弾。小銃と同じ規模の爆発を引き起こす上に、さらに連射性能が上がって恐るべき破壊を引き起こす。学院長のドヤ顔はますます凄いことになっている。



「あとはバズーカ砲もあるが、さすがにこんな狭い場所では使えないな」


「どんな状況で異世界に召喚されたんですかぁぁぁぁ!」


 右手に小銃、左手には軽機関銃、背中にバズーカを背負っての異世界召喚なんてどんな女ランボーだと聡史が突っ込んでいる。やはりこの学院長は只者ではないよう。


 こんな会話をしているうちに、再び通路を進む魔物が接近してくる。学院長と桜が次はお前の番だと目で合図をしているので、無理やり背中を押されるように聡史が前に立つ。



「ウインドカッター!」


 お馴染みのらせん状に飛んでいく竜巻のようなウインドカッターが通路を蹂躙していく。あらゆる物体を引き裂く暴風が通り過ぎた跡には引き千切られた魔物の体のパーツだけが残されている。



「ほう、初級魔法でその威力か。いいものを見せてもらったぞ」


「でも自分は、魔法に関しては初級しか使用できないんです」


「初級魔法でもこれだけの性能があれば十分だろう。実戦で使用できるのなら何も問題はない」


 聡史の魔法に学院長は満足そうな表情。このウインドカッターは限定された狭い空間では抜群の威力を発揮するだけに、ダンジョンでは使い勝手のいい魔法といえよう。



「さて、小手調べはおしまいだ。この場を離脱するぞ」


「もう外に出るんですか?」


 桜がやや不満そうな表情で学院長に聞き返す。この場でもっと魔物の数を減らしてもいいのではないかと言いたそうな表情。



「通路を進んでくる魔物を待っているのは効率が悪いだろう。広い場所に集めてから一気に叩いたほうが楽だ。待機している部隊の援護も受けられるからな」


「ということは、このまま魔物が外に出てくるのを待ち受けるんですね」


「そうだ。なるべく急いで外に出るぞ。1分でも準備の時間を稼ぎたいからな。楢崎准尉、もう1発魔法をお見舞いしてやれ」


「了解しました」


 聡史がもう1発ウインドカッターを放つと、三人は出口を目指して踵を返す。そのまま各階層をダッシュで駆け上がると、一目散に本部を目指して走っていく。学院長が聡史や桜のスピードに軽々とついてくるとは驚くべき身体能力といえよう。


 

「あと5時間もしたら魔物が出口から溢れてくる。すぐに各部隊を配置してくれ。用意ができ次第部隊ごとに小休止して体力を温存せよ」


 本部に詰める部隊長を差し置いて学院長が指令を飛ばしている。学院長は自衛隊の階級こそ大佐待遇であるが、このようなダンジョンにおける非常事態に際しては、岡山ダンジョン対策室長から権限を委譲されている。


 その姿を見て聡史は感じる。学院にいる時よりもイキイキしていると。小難しい書類とにらっめこしている時よりも数百倍表情が明るい。学院長などといった面白みのない堅苦しい立場よりも、こうして最前線に立つのがこの人の本分なのであろうと聡史は悟っている。


 ともあれ、さしたる準備を必要としない兄妹はひとまずカレンと合流しようと救護所へと向かう。



「聡史さん、桜ちゃん!」


 救護所のテントで暇そうにしていたカレンは、兄妹の姿を見て立ち上がって手を振っている。



「カレンさん、お待たせしました。ダンジョンの偵察をして戻ってきました」


「桜ちゃん、どんな状況だったんですか?」


「6階層まで魔物がいっぱいでしたわ。あと数時間で外へ溢れてきそうですね」


「大変な状況ですね」


「そうですねぇ~。夜遅い時間になりそうなので、今から寝ておいたほうがいいでしょうね。肝心な時に眠くなったら元も子もありませんから」


「わかりました。今のうちに休んでおきます」


 魔物は時間など考慮してくれない。今日は徹夜で戦うことななるかもしれない以上、今のうちに可能な限り休息をとっておくのは大事なこと。


 ということで、桜はテントから出て一直線に野外炊事2号が炊き出しを行っている場所へと向かう。早めの夕食をとってから時間が来るまで寝ていようという考えらしい。



「桜ちゃんは相変わらず行動が素早いですね」


「きっと隊の皆さんは、あいつの食事の光景を見て腰を抜かすんだろうな」


 こんな話をしながら聡史とカレンも桜の後を追いかけるのであった。 



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



俄かに騒がしくなってきた日常。学院長に呼び出されたと思ったら那須ダンジョンで魔物の大量発生との話。そしていよいよ夥しい数の魔物がダンジョンから溢れ出てきて…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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