第53話 25階層のボス


 ゴゴゴゴゴゴゴ!


 立ち上がるだけでギガンテスの体から響く重厚感溢れる音が部屋を埋め尽くす。デビル&エンジェルを見下ろすようにギガンテスの巨大な体が立ちはだかる。その頭はもう少しで天井に到達し、存在だけで体育館の5倍以上ある部屋が狭く感じてくる。



「さ、桜ちゃん、こんなに大きな相手をどうするつもりですか?」


「明日香ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。体が大きい魔物は動きが鈍いというのが相場ですから」


 桜の言葉が終わらないうちに、ギガンテスは右手に持つ剣を振り下ろしてくる。



「ひょえぇぇ~! 桜ちゃん、ものすごく動きが速いじゃないですかぁぁぁ!」


 頭上からあっという間に迫ってくるギガンテスの巨大な剣、桜は余裕の表情で眺めているが、明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は唖然として身動きができない。


 ガキィィィン!


 だがギガンテスの剣がデビル&エンジェルに振り下ろされることはなかった。魔剣オルバースを手にした聡史立ちはだかり、頭上から振り下ろされてきた大剣を受け止めている。



「俺が相手をする。全員下がっていろ!」


 聡史の言に従って、全員がその場から下がって安全な位置から対決を見守る。横目でその様子を見て取った聡史はこれで一安心という表情。



「それでは、こちらからお見舞いするぞ!」


 片手でギガンテスの大剣を支えながら、聡史は左手に魔力を集める。上から押し潰そうとしてギガンテスはさらに力をこめるが、聡史も剛力を以って押し返す。この均衡を破るかのように、聡史の口から魔法名が飛び出す。



「ファイアーアロー!」


 炎の矢がギガンテスの巨大な顔面に向かって突き進む。


 ドガガァァァン!


 ファイアーボールとは比較にならない爆発が引き起り、ギガンテスは思わず顔の辺りで燃えている火を両手で揉み消そうとする。だがその巨大な腕は、振り下ろす時には早いのだが引き戻す時には重力の影響でやや時間を要する。


 もちろん聡史は、そんな隙を見逃さない。



「空斬刃!」


 魔剣オルバースを一閃、その刃から飛び出した見えない斬撃はギガンテスの両膝に向かって飛翔していく。


 シュパッ!


 鋭利な残響を残しながら聡史の空斬刃が通り過ぎたのちに、ギガンテスの巨体は前のめりに倒れていく。


 ドシーーーン!


 轟音と砂埃を上げながらギガンテスが倒れ込む。聡史は一瞬の動きでその下敷きになるのを間一髪避けてからジャンプ一閃。分厚い胸板に飛び乗ると、太い首元へ向かって走る。



「残念だったな、これで終わりだ!」


 延髄の部分にオルバースを突き刺すとギガンテスの体が大きく痙攣する。だがこれだけでは安心できない聡史は、そこからさらに追撃を敢行。



「雷光(ライトニングサンダー)」


 オルバースを通して電流がギガンテスの体に流れ込んでいく。聡史自身は電流の影響を受けないように足元に遮断シールドを展開している。この辺は抜かりがない。



「ギャオォォォォォ!」


 断末魔の声を上げるとギガンテスの体は煙のように消え去って、その場には巨大な剣と魔石が残されているだけであった。



「お兄様、お見事ですわ!」


「久しぶりの聡史君の見せ場だったわね」


「久しぶりと言ってくれるな」


 桜と美鈴が聡史のそばへと駆け寄ってくる。聡史自身このところあまり出番がなかったという自覚があるようで、美鈴の容赦ないツッコミにややヘコんでいる。せっかくの活躍だったのに…



「さて階層ボスの討伐は終わったから、宝箱の中身を回収して戻ろうか」


 大剣と魔石を回収した聡史が撤収を指示すると、部屋の奥に向かった桜が宝箱の前に立つ。



「うーん、この宝箱は怪しさ満点ですわね」


「桜ちゃん、何が怪しいんですか?」


「明日香ちゃん、私の勘によると罠が仕掛けてあるような気がするんですよ」


「どんな罠でしょうか?」


「はて… この前のようなミミックだったら対処は簡単なんですが」


 桜自身も罠がありそうだとは感じてはいるものの、その正体が明らかにならないせいで首を捻っている。明日香ちゃんをはじめとした他のメンバーは、桜を遠巻きにして様子を見ている。



「まあいいでしょう。とりあえず開けてみましょう」


「桜ちゃん、大丈夫ですか?」


「開けてみないと正体がわかりませんからね。それに、多少のリスクなど厭わないのが冒険者魂ですよわ。さあさあ、皆さんはもう少し離れてください」


 全員がさらに桜から離れて様子を見守っている中で、桜は宝箱に手を掛けると一気に蓋を引き上げる。すると、桜の足元に魔法陣が浮かび上がって、白い光に包まれた桜の体が消え去ってしまう。



「さ、桜ちゃんがいなくなりましたぁぁ!」


「聡史君、一体どこに転移してしまったのよ?」


「さすがにわからないな。まあ桜のことだから、この場で待っていればそのうち戻ってくるだろう」


 聡史は特に焦った様子がないが、周りの三人の女子は思いっきり動揺した表情を浮かべている。



「探しに行かなくて大丈夫でしょうか?」


「カレン、広いダンジョンのどこを探すんだ? しかもダンジョン内部は空間すらまともに繋がっていない場所もある。桜がどこに行ったのかわからない以上は、しばらくこの場で待つしかないんだ」


「そうなんですね… 慌ててしまってすみませんでした」


「世界中の誰よりもダンジョンを知る尽くしているのが桜だ。今頃魔物に取り囲まれて大笑いしながら討伐しているだろう」


 聡史は完全に桜を信頼している。その横から明日香ちゃんが…



「桜ちゃんがいないと、私にデザートをご馳走してくれる人がいなくなりますよ~。どうか早く帰ってきてください」


 これは明日香ちゃんの照れ隠し。本当は桜が心配で堪らないのだが、この場を和ますためにこんな言い方をしている。すごいぞ明日香ちゃん! ちゃんと空気を読んでくれてありがとう。


 こうして聡史たちは、この場で桜が戻ってくるのを待つのだった。



 



   ◇◇◇◇◇






 ひとりで強制転移させられた桜は、体育館の2倍程度の部屋へと飛ばされている。そしてそこには…



「これはこれは! 魔物がうじゃうじゃといますわ。これは腕が鳴りますねぇ~」


 転移してきた桜を取り囲むように夥しい魔物が部屋を埋め尽くしている。獲物がやってきたと目を爛々と輝かせている魔物たちに対して、大量の獲物が目の前に現れたとこちらも目を輝かせている桜。



「さあ、歓迎して差し上げますわ!」


 どちらが歓迎される立場かわかっていないような桜の口から、魔物に対する宣戦布告が成される。その声に反応したように、部屋を埋め尽くすゴブリン、オーク、リザード類、毒ヘビ、コウモリ、オーガ、ミノタウロスや巨人種まで、25階層まで登場してきた魔物がごった煮のように揃って動き出す。


 もちろん相手がやってくるのを待っているほど桜は気長な性格ではない。断じてない!



 キーン! キーン! キーン! 


 3連発で放たれた衝撃波を皮切りにして、桜の拳が次々に魔物を血祭りにあげていく。連発で繰り出されるパンチが、魔物の体を吹き飛ばしてあたかも爆発したかのようにその体が散り散りになって飛散する。



「ほらほら、ドンドン掛かってくださいまし」


 目に見えない速度で繰り出されるパンチが恐ろしい勢いで魔物たちを倒していく。だが魔物が次々と部屋の奥から湧き出しては、減った分の数を埋め合わせる。


 

「フフフ、面白いですわ! こちらもスピードを上げていきましょうか」


 桜は拳の回転をさらに高めて、辺り構わず魔物を屠る。その表情は闘争本能が満たされて心から愉快そう。戦闘狂は戦う相手が厄介なほど、魂が震えるような喜びを感じるらしい。



「はぁ~… 太極破ぁぁぁぁ!」


 ドッパァァァァン!


 たった1発の太極破で、大量の魔物が爆発に巻き込まれて消え去る。



「それ~! もう1発ですわ」


 ドッパァァァァン!


 再びの爆発で、ほぼ部屋の中の魔物は一掃される。だが…



「フフフ、どうやら無限に湧き出す仕組みのようですね。これは面白くなってきましたわ」


 並の冒険者であったら、いくら倒しても無限に湧き出すと知って絶望に包まれるはずだが、桜の場合は真逆。次々に湧き出す魔物を見て心の底から喜んでいる。自分から魔物の群れに突っ込んで千切っては投げ千切っては投げ、次から次に湧き出してくる魔物をその手に掛けて倒していく。


 だがますます勢いを増して湧き出す魔物は次第に数を復活させて、再び部屋を埋め尽くすばかりに徐々に勢力を増す。



「これはちょっと本気を出しますか。身体強化ぁぁぁ!」


 桜の体から赤い魔力が吹き上がる。体全体が魔力に包まれて桜の動きが一段と加速する。湧き出してくる魔物を圧倒するかのように、縦横無尽に桜が動くたびに魔物の死体で彩られた通路が出来上がる。


 ゴブリンが飛び掛かる、オークが立ち塞がる、オーガが剣を振るう、その悉くを桜が撥ね飛ばして死体の山を築き上げる。だが湧き上がる魔物の数はさらに数を増して、桜をこの場に押し留めようとする勢いは再び増してくる。



「身体強化第2形態ぃぃぃ!」


 桜の体からさらに大きな魔力が吹き上がり、魔物を屠るペースが上がる。だがイタチごっこで湧き上がる魔物の勢いもさらに増えていく。数は暴力だよと言わんばかりの態度で、ダンジョン自体が何としてもこの場で桜を仕留めようという意思を見せるかのごとし。



「これでは中々埒が明きませんわ。それじゃあ行きますか… 桜様最終形態、身体強化オメガぁぁぁ!」


 高い天井に届かんばかりに、桜の体から更なる魔力が吹き上がる。桜自身、ここまでパワーアップするのは久方ぶりの出来事。



「もうこれで終わりですからね。さあ、掛かってきなさい!」


 有り得ない勢いで桜が直進する。その体にわずかでも触れただけで魔物は天井に撥ね上げられてその衝撃で絶命する。大型ダンプとぶつかってもここまでの衝撃は発生しないであろう。立ち塞がる魔物を次々に撥ね飛ばして桜が突き進むと、その眼には部屋の最も奥まった個所が飛び込んでくる。


 そこはお馴染み小さな祭壇が置かれて、その上には小型の宝箱とともに人の頭ほどもある魔石が置かれている。



「どうやらあの魔石が、魔物が湧き出すカギのようですね。それでは一気に祭壇に向かいましょうか」


 桜がギアを上げると、ますます撥ね飛ばされていく魔物の数が増えていく。そんなことにはお構いなく桜は祭壇に向かって一直線。そして魔石を手に取ると、そのまま床に叩き付ける。


 パリーン!


 魔石が割れる音が響くとともに、部屋から新たに湧き出す魔物の姿は見当たらなくなってくる。桜は最終形態を維持したまま残った魔物を片付けて祭壇の宝箱を開く。



「おやおや、これは腕輪のようですね」


 小箱に入っていたのは1対の腕輪。桜はその腕をを取り出すとアイテムボックスに仕舞い込む。そのタイミングで祭壇からやや離れた場所に魔法陣が浮かび上がってくる。


 

「ヤレヤレでしたわ。それでは戻りますか」


 魔法陣の中に入ると、桜を白い光が包み込んで何処へか転移させていく。そして光が収まると、そこは元の25階層のボス部屋。



「桜ちゃん!」


「よかった~! 無事だったのね」


「皆様、お待たせしました。お宝をゲットして戻ってまいりましたわ」


 あれだけの大虐殺を繰り広げた桜だが、その辺を散歩してきたかのようにケロリとした表情。だがその態度とは裏腹にその体は返り血に塗れている。戻ってきた喜びで桜に抱き着こうとした明日香ちゃんは、そのあまりにスプラッターな光景に徐々に後ずさりを始める始末。お宝ゲットの報告はよしとしても、血塗れの桜の姿に他のメンバーもドン引きしている。



「おや? 皆さん、お宝ですわ。嬉しくないんですか?」


「お宝の前に桜ちゃん、全身血塗れですよ」


「ああ、これは戦いの勲章ですから、気にしてはいけません」


「普通は気にするだろうがぁぁぁ!」


 明日香ちゃんから、直近稀に見るツッコミを食らう桜であった。






   ◇◇◇◇◇






 聡史が見かねて生活魔法で桜の返り血をきれいにすると、ようやく美鈴や明日香ちゃんも桜の無事な帰還を祝う気になってくる。



「本当によかったわ。心配したんだから」


「桜ちゃんが急に消えて、みんなで探しに行くところだったんですよ~」


「桜ちゃんはどこに行っていたんですか?」


 女子三人が一度に桜に声をかけるが、桜もそんなにいっぺんには答えられない。



「皆さん、私はこの程度のトラブルでどうにかなるような人間ではありません」


「確かに桜ちゃんは、半分以上人間を辞めていますよね」


「そうです! 半分以上人間を… んん? 明日香ちゃん、何ですって?」


 あわや自分で認めそうになった桜は、失礼だとばかりに軽く明日香ちゃんを睨んでいる。だがレベル600を超えると本当に人間に該当するのか怪しいと、桜自身も心の奥底では気付いている。半面では他人から指摘されたくないという気持ちもあるようで、この辺は桜も複雑な気持ちらしい。



「それで、桜はどこまで出掛けていたんだ?」


「お兄様、どこかはわかりませんが、あらゆる種類の魔物が無限に湧き出す部屋でした。久しぶりに血沸き肉躍る戦いを繰り広げてまいりましたわ」


「それで、お宝は何だったんだ?」


「この1対の腕輪でした」


 桜が聡史にその腕輪を手渡すと、聡史は一旦アイテムボックスに仕舞い込んでから、インデックスを確認する。



「なるほど… 身体強化の腕輪のようだな。どの程度力を引き上げるかは、試してみないとわからない」


「それでは、この腕輪は明日香ちゃんに差し上げましょう。パワーアップで魔物を倒してください」


 聡史から腕輪を返されると、桜はそのまま明日香ちゃんに手渡す。



「ええええ! 私がもらっちゃっていいんですか?」


「私は魔法職だから、力は今のところ必要ないし」


 美鈴はいらないと言っている。



「なんだか最近、私のことを陰で『女張飛』と呼んでいる人がいるみたいなんです。これ以上パワーアップしたくありません。私も元々回復職ですし」


 カレンも固辞している。どうやら明日香ちゃんが受け取るしかない流れが出来上がっている。



「それじゃあ、私がもらっておきますね。桜ちゃん、ありがとうございました」


「明日香ちゃん、そんなに大層な物ではないですから気にしなくていいですわ。これで体重に見合ったパワーが身に着きましたね」


「人の体重をイジるなぁぁぁ!」


 喜んだのも束の間、禁句である体重に触れられた明日香ちゃんの怒声が25階層のボス部屋に響くのであった。






   ◇◇◇◇◇






 デビル&エンジェルは25階層に出来上がった転移魔法陣で一気に1階層へ戻ってくる。時刻はすでに午後5時近くになっており、10月後半に差し掛かったこの季節はすでに外が薄暗くなっている。


 ダンジョンの出入り口を抜けると、パーティーを代表して聡史が管理事務所のカウンターに向かう。



「色々と報告したいことがある。できれば個室で話をしたい」


「わ、わかりました」


 聡史の要請を聞いたカウンター嬢は慌てて奥のデスクに向かって管理事務所長に何か耳打ちする。デビル&エンジェルはすでに大山ダンジョン管理事務所内ではVIPパーティーに認定されており、今回も何か重要な情報を持ち込んできたのだろうと事務所内の空気が色めき立っている。



「あちらのミーティングルームでお待ちください」


「手数を掛けてすまない」


 ひと言告げると、聡史はデビル&エンジェルのメンバーとともにミーティングルームに向かおうとする。だがそこには桜と明日香ちゃんの姿はすでにない。管理事務所との煩わしい話など放り出して、さっさと学院に戻って食堂に向かった二人。強制転移で無限湧き部屋にひとりで招待された肝心の桜の姿がなくて、聡史は唖然としている。


 いまさら追い掛けてもすでに手遅れなのは明白。仕方ないという表情で、聡史は美鈴とカレンを伴ってミーティングルームへと入っていく。



「桜はいつものことながらしょうがないヤツだな」


「一緒にいた私たちですら、いつの間にいなくなったのか全然わからないのよ」


「桜ちゃんだけならまだしも、最近は明日香ちゃんまで妙にすばしっこくなって、私たちの目を盗んで消え去るんですよ」


 苦笑する聡史に美鈴とカレンが追従する。三人の頭の中には、食堂でオヤツを口にする桜と明日香ちゃんの姿が浮かんでいる。今頃幸せそうな顔をして大好物のパフェを心行くまで味わっているのだろう。



「お待たせしました。今回はどのようなお話でしょうか?」


 ミーティングルームに三人の事務所職員が入ってくる。所長と次席職員と記録係りの若い女性という顔触れ。三人が席に着いたのを見た聡史が話を切り出す。



「たった今25階層まで攻略してきた。これが階層ボスだったギガンテスの魔石だ」


 アイテムボックスから取り出した人の頭よりも大きな魔石を、聡史はテーブルの上にドンと置く。



「今度は25階層…」


「か、階層ボスのギガンテス…」


 所長と次席職員が驚きのあまり揃って顔色をなくしている。だが…



「この魔石をお借りしてよろしいでしょうか? 魔力量を測定してまいります」


 ひとりだけ記録係の女性職員は冷静な表情で魔石を手に取って、聡史が頷くのを確認してから一旦ミーティングルームを出ていく。彼女の冷静な振る舞いは、これまでカウンターで数え切れない回数聡史が持ち込むドロップアイテムに驚かされてある種の免疫を身に着けた賜物だと思われる。


 ミーティングルームにはしばらく沈黙の時間が流れる。ついこの間20階層攻略の報告を聞いたばかりで、今日はいきなり25階層… それもボスまで攻略したというのだから、職員が驚きで言葉が出ないのは当然だろう。しかも聡史たちが20階層を攻略してから今日までの間に八校戦が2週間に渡って開催されており、デビル&エンジェルが大活躍したという情報はダンジョン事務所にも伝わっているから尚更。それほど日程にゆとりがない中で、一体どうやってそのような深層まで進んでいったのか頭の整理が追い付かない。



「お待たせいたしました。魔石の計測が終了しました」


「けっ、結果を早く教えてくれるかね?」


 そこへ再度入室してきた女性係員、一刻も早く結果を知りたい事務所長が待ちきれない表情で報告を促す。



「この魔石の魔力量は3万6千と判明しました。先日持ち込まれたゴブリンロードの魔石に次ぐ、当ダンジョンで採取された魔石の中では記録的な魔力量です」


「3万6千か!」


「信じられない数値だ!」


 魔石は含有する魔力が多いほど買取り価格が高騰する。魔力量1000以下の魔石は、魔力量×10と買い取り価格が決まっている。だが先日のゴブリンロードのように5万を超えるような魔石となると、そのような一律の買取り価格とは計算が変わってくる。魔力量が多いほど、取り出せるエネルギーが圧倒的に効率が圧倒的に良くなる。したがって価格はこのエネルギーに換算した金額が支払われる仕組みとなっている。


「買取り価格は72万でよろしいでしょうか?」


「ああ、いくらでも構わない」


 女性職員は落ち着いた表情で価格を弾き出している。これだけでも相当な大金がデビル&エンジェルに転がり込んでくる。



「その他に買い取ってもらいたいドロップアイテムが山ほどある。それは後回しにして、俺たちが得た情報を先に伝えようか」


「それは助かる。それで、今回はどのくらいの時間をかけて攻略したんだね?」


「今日の朝20階層に転移陣で入って、つい今しがたまで25階層にいた」


「へっ? たった1日?」


 さぞかし時間をかけて攻略したのだろうと考えていた事務所長は、肩透かしを食らって引っ繰り返ったような表情を聡史に向けている。並の冒険者では手に負えない魔物がいる未知の深層をわずか1日という短時間で5階層進むなど誰が信じようか。まだ聡史たちの対応に不慣れな事務所長は惑うばかりで話が進まない。



「所長、こちらの皆さんは一般的な常識では測れませんから」


 この女性職員が最もデビル&エンジェルの実態を理解している。ここまで悟りを開くには彼女も様々な内面的な葛藤があったと推測される。



「あっ! ああ、そうだったね。ついつい学院生の基準で考えてしまう癖がついているもんだから。なるほど… 今日1日で都合5階層分を進んで戻ってきたというわけだね」


「その通りだ」


 ようやく話が噛み合ってきて、ここから先の情報交換はスムーズに進む。主に女性職員のおかげで。



「…とまあ、このような巨人種の魔物が登場する。それから階層ボスは、さっきも話したようにギガンテスと呼ばれる10メートルを超えるような巨人だ」


「そんな怪物をどうやって討伐するのか私たちには一向に理解が及ばないよ。他には何かあるかな?」


 聡史からもたらされた未知の階層の情報は、管理事務所の財産ともいうべき貴重なモノ。女性職員は一言も漏らすまいとノートパソコンのキーボードを超高速で叩き捲っている。もうこの人が所長を務めていいのではないだろうか?



「それからボス部屋に出現する宝箱にはトラップが仕掛けられていた」


「それはどのようなトラップなんだね?」


「宝箱を開いた人間を強制的に転移させて、無限に魔物が湧き出す部屋に連れていく。実際にその部屋に転移した妹の話では、少なくとも1千体くらいの魔物を片付けないと戻れないらしい」


「なんだって! それは危険だな」


「このトラップの件は、俺たちの後に続く冒険者には必ず知らせてくれ」


「わ、わかった。果たしていつになるのか予想がつかないが、君たちのように深部に入り込む冒険者には必ず伝える」


 こうして一通り管理事務所に情報を伝えると、次はドロップアイテムの買取りの段となる。聡史がアイテムボックスから取り出すのは、軽く見積もっても100個以上の巨人種の魔石と魔物が手に持っていた剣や斧、槍といった巨大な武器の数々。武器の類は一度部屋の隅にうず高く積み上げられたものの、事務所の職員では運べないという理由で外のトラックが出入りするヤードに置かれている。フォークリフトを用いないと、誰も動かせない代物ばかりがズラリと並ぶ。



「これだけ量が多いと、鑑定に少々時間が必要となります。買い取り代金は後日振り込みでいいですか?」


「そうしてくれると助かる」


 すでに聡史の口座には、デビル&エンジェルのパーティー財産として数千万に上る金額が管理事務所から振り込まれている。その残高は今回の買取りで大幅に増える見込み。実はまだ買い取りに出していない品々が多数アイテムボックスに残っているのは、聡史はこの場で敢えて内緒にしている。

 






   ◇◇◇◇◇






 こうして報告と買い取りが終わると、デビル&エンジェルの三人はダンジョン管理事務所を後にする。外に出るとすっかり日が暮れており、街灯に照らされた歩道を三人が横並びで歩く。

 

 時刻はすでに午後七時を回って、ダンジョンから戻る学院生の姿がなくなった道を3つの影が寄り添う。いつの間にか美鈴とカレンの腕は聡史に巻き付いて左右から聡史にもたれ掛かるように密着。


 聡史としては照れくさいから勘弁してほしいという心境なのだが、美鈴とカレンは絶対に離してはなるものかという勢いで聡史にしがみついているものだから、振り払うわけにもいかずにされるがまま。とはいうものの聡史だって年頃の男子。美鈴の標準サイズの胸とカレンの立派なプルンプルンが腕に当たる感触は、魅惑的な誘いのように感じてしまうのも已む無いであろう。



「あ、あんまりくっつくと歩きにくいぞ」


「そろそろ風が冷たくなってきたから、こうして聡史君にくっついていると暖かいのよ」


「聡史さんの魔力にこうして直接触れると、とっても心地いいんです」


 二人にここまで言われてしまうと、間に挟まれた聡史はますます追い詰められたような居心地の悪さを感じてしまう。だが学院の正門を潜ってからも二人は手を放すつもりなどないという表情で聡史に寄り添ったまま。ようやく校舎が並ぶあたりまで来ると、やや体を放す美鈴とカレン。だがこのまま離れてしまうのはもったいないと、今度は聡史と手を繋いで三人が並んだまま管理棟の入り口までやってくる。ようやく人の目につく場所までやってきた聡史は、やや弱気な態度で美鈴とカレンにお願いする。



「二人共、そろそろ手を放してもらえるか」


「仕方がないわねぇ~。このまま全生徒に見せつけるつもりだったんだけど」


「久しぶりのチャンスだったのに…」


 彼女たちが諦め切れない表情で意味深なセリフを残してから手を離すと、ようやく体の自由を取り戻した聡史は二人を引き連れてそのまま食堂へ。さすがに丸一日ダンジョンで過ごして、若い体が空腹を訴えている。



 ざっと食堂内を見渡してみると、普段座っている位置に桜と明日香ちゃんが並んで当たり前の表情で夕食をとっている姿が目に入る。二人ともとうに食べ始めており、トレーに乗っている料理は残りわずかになっているよう。



「お兄様、ずいぶん遅かったんですね」


「管理事務所での話が長くなったからな。ようやく食事にありつけるぞ」


 桜と明日香ちゃんはまったく悪びれた様子がない。聡史たちを置き去りにしてさっさとダンジョンから戻った件など、いまさら何も感じてない態度。ここまで開き直れるとはある意味すごい。



「桜ちゃん、お楽しみのデザートの時間ですよ~」


「明日香ちゃん、つい2時間前にパフェを食べていたようですが?」


「あれは3時のオヤツが遅れたんですよ~。今から食べるのは夕食後のデザートですから」


「体重が増えたら、また強制ダイエットに招待しますよ」


「ミ、ミニサイズにします」


 いかにデザート命の明日香ちゃんといえども、自分の体重は多少なりとも気にしている。それに、桜のダイエット教室に無理やり参加させられるのはまっぴららしい。というわけで、普段よりもワンサイズ小さなパフェを手にしてもどってくる。そして一口パクっと…



「はぁ~… この一口がたまらないんですよ~」


 仕事終わりの一杯を飲み干したサラリーマンのようなセリフを口にする明日香ちゃんに周囲から生暖かい視線が向けられるのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



八校戦が終わったと思ったら休む間もなく25階層まであっという間にダンジョンを攻略した聡史たち。このまま一気に大山ダンジョン最終攻略かと思ったら急に学院長から呼び出されて…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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