第52話 自殺するつもりですか?


 八校戦に出場した選手たちは、決勝戦の翌日の土曜日に魔法学院に戻ってくる。


 新横浜から貸し切りバスに乗り込んで戻ってきた選手たちが学院の正門に到着すると、居残りの生徒たちが2列になって花道を作って出迎える。激戦を制して総合優勝を果たした選手を称ようと生徒の有志が呼びかけて急遽このような催しが開かれている。



「よくやったぞ!」


「優勝おめでとう!」


「でかしたぞぉ!」


「よく頑張ってくれた!」


 拍手と歓声に迎えられながら、選手一同は花道を通って学生寮に戻っていく。トーナメントで活躍した生徒も惜しくも勝利に届かなかった生徒も、予想もしなかったサプライズ演出に驚きと照れくささを感じながら、出来上がった花道を通って学生寮へ。


 歓声と拍手の渦からようやく脱出した明日香ちゃんは、ホッとした表情で隣を歩いている桜に話し掛ける。



「桜ちゃん、早く例の品を出してくださいよ~」


「明日香ちゃん、子供じゃないんだからもう少し我慢できないんですか?」


「新大阪の駅でようやく手に入れた唯一の大阪土産なんですから、今すぐ味見をしたいんですよ~」


「本当にしょうがないですねぇ~。いっぺんに食べないようにしたほうがいいですよ。脇腹の肉がこれ以上増えたら絶望的ですから」


「桜ちゃん、わかっていますよ~。せっかくのお土産ですから1日に1個ずつ大切に食べます」


 桜がアイテムボックスから取り出して明日香ちゃんに手渡したのは、駅の売店で購入した〔あんぷりん〕という文字が描かれた派手な色彩の小さな箱。


 楽しみにしていた食べ歩きも実現せず、お土産を買う時間もほとんどない中でようやく手にしたあんぷりんを明日香ちゃんは大切に手に持って女子寮の自室へ戻っていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 週が明けて月曜日から、八校戦に参加していた生徒は平常授業へと戻る。


 以前、10月になると魔法学院では能力別に改めてクラス替えが行われて新しいクラスがスタートすると伝えたが、ここEクラスの顔触れは2、3人の例外を除いてほとんど変化がない。


 聡史兄妹を筆頭にして模擬戦や実技試験で上々の成績を上げたにも拘らず、Eクラスに据え置きとなっている生徒が多数存在している状況は一見不合理に映る。


 実はこの新たなクラス編成には個々の生徒によって様々な原因が存在する。


 事の発端となったのは特待生の兄妹。この二人に関してA~Dクラスの担任全員が引き取りを拒否するという事件が発生した。四人のクラス担任が顔を揃えて「自分には特待生を受け入れる程の力量はない。もし彼らを自分のクラスに加えるなら、断腸の思いではある職を辞す」と学院長に申し出るという騒動が発生していた。


 これまで多くの不適格教員の首を切ってきた学院長だが、彼らはそれなりに有能であるために学期の途中で首を切るのは学院運営上不味いという判断を下す。その結果として、聡史と桜はやむを得ずEクラスに据え置きとなる。この措置にただひとり泣いたのはEクラスの担任を務める東先生で間違いない。


 次に明日香ちゃんであるが、一時はCクラスへ抜擢しようかという意見も出たらしい。だが東先生が泣きながら学院長に縋り付く。曰く…



「楢崎桜の暴発防止のために、絶対に同じクラスに残して下さい!」


 東先生の本心からの叫びが学院長にもたらされる。学院長としてもこの希望を無碍には断れない。いくら何でもこれ以上東先生を追い込むのは酷だと重々承知しする表情で頷かざるを得ない。この結果、必然的に明日香ちゃんのEクラス据え置きも決まる。


 ブルーホライズンに関しては、明日香ちゃんとは逆に聡史のそばに置くほうが彼女たちの成長に役立つという意見が強く出されために、彼女たちもやはりEクラスに据え置きが決まった。


 その他数名の生徒をDクラスに引き上げようという意見もあったのだが、これはとある理由で却下された。その理由として、Eクラスの通常の授業風景をこの場でお送りする。




 月曜日、本日は学科の授業が行われる。その一時間目、国語の時間…



「今日はことわざの勉強だぞ! しっかり答えろよ」


「「「「「「はい!」」」」」」


 Eクラスの生徒全員が自信に満ちた返事をしている。だが待ってもらいたい。確かここは魔法学院だったはずだ。なぜ国語の時間に小学校レベルのことわざなどを勉強しているのだろうか? 



「それでは、山尾! ことわざの続きの部分を答えるんだぞ」


「はい!」


 真っ先に指名されたのはブルーホライズンの一員の美晴。



「猿も木から…」


「カキを採る!」


 はい、美晴撃沈!



「違う! 次、藤原。犬も歩けば…」


「クソをする!」


 続いて頼朝撃沈!



「違う、ペットの散歩じゃない! 次は元原! 雨降って…」


「ビショ濡れになる!」


 伊豆の旅館の親戚、元原撃沈! 次第に教員の苛立ちが募ってくる。



「そのまんまだろうがぁぁ! 次、足立! 鬼に…」


「カナブン!」


「飛んできたカナブンが鬼の背中にとまるのかぁぁぁ!」


 カレンファンクラブ会員ナンバー2番の足立撃沈! 国語の担当なのに先生はツッコミに忙しい… 教員というのは中々大変な商売だ。そして最後は…



「ま、まあいいだろう。次は横田、転ばぬ先の…」


「柔軟な足腰!」


「違うぅぅ! いい加減正解を答えてくれぇぇ!」


 国語の先生は、このように毎回頭を抱えるのであった。 





 2時間目、地学の時間…



「安田、日食はなぜ起きるんだ?」


「はい先生! 太陽が小さくなって消えるからです!」


「小学校からやり直してこい!」


 毎回驚きの回答を寄越す生徒たちであるが、さすがに先生も呆れている。





 3時間目、英語の時間…



「富田、この文を過去形にしてみろ! 〔I live in TOKYO.〕」


「はい! 〔I live in EDO.〕」


「地名だけ昔に遡るなぁぁぁ! ミスタージャイアンツかぁぁぁ!」


 カレンファンクラブ会員ナンバー3、富田のナイスな回答。これが冗談だったら、どれだけ先生は喜ぶか… だがこれが富田の本気の回答。トンチか! 



 一事が万事この調子。これが紛れもないEクラスの実態といえる。


 これだけ逸材と呼ぶべき頭脳の持ち主が集まったのは、今年から入学試験で実技科目をより重視した結果。今までは学科試験で落とされていたFランクバリバリの頭脳の持ち主が勢いだけで合格してしまったよう。


 小学生でも普通にわかりそうな問題すら答えられない生徒たち… 他のクラスに混ぜたらまともに授業についてこれないのは火を見るより明らか。混ぜるな危険! と額にラベルを張り付けるべきヤバい生徒集団といえる。


 東先生の苦労は聡史兄妹だけではない。この素晴らしい頭脳の持ち主たちの面倒を見なければならない担任の苦悩は続く…






   ◇◇◇◇◇





 このような経過を辿って、結局クラス替えではほとんどの生徒がEクラスに居残る結果となる。


 だが、八校戦の映像をネット中継でライブ観戦していたEクラスの生徒たちは、特待生の二人はそもそも別格としても、同じクラスの明日香ちゃんやブルーホライズンの活躍を見て血が騒ぎだす。



「俺たちは、このままでは絶対ダメだよな」


「俺たちと二宮の違いはなんだ?」


「例の兄妹から直接指導を受けているかどうかだろう!」


「こうなったら直接教えを乞うしかないよな」


 脳筋は深く考えない。兄妹に直接指導を受ければ強くなれると、実に単純に信じ込んでいる。その結果として自分たちはどのような災いが降りかかるかなどといった未来を想像しない、実に清々しいばかりの単細胞ぶりがここにきて発揮されている。



「となると、教えを乞うのはどちらがいいかだな」


「兄はまだブルーホライズンの強化があるから手が空かないだろう」


「となると、やはり妹のほうか?」


「少々危険のような気はしないでもないが、この際だから土下座してでも頼み込もう!」


 どれだけ自分が恐ろしい呪いの呪文を口にしているとも知らずに彼らの意見が一致する。話がまとまると行動あるのみ! 男子合計八人が、普段から自主練を行っている第3訓練場で桜の前に土下座している。



「桜様、どうか俺たちを強くしてください!」


「どんな試練にも耐えます! 強くなるためであったら犠牲は厭いません!」


「桜様が認めてくださるまでこの場で土下座を続けます!」


 芝生に頭を擦り付けて目の前に立っている桜に訓練を懇願する男子たち。その様子を見下ろす桜は…



「ほほう、久しぶりにイキのいい自殺志願者が登場しましたね。いいですわ。私は来る者は拒みませんから」


「「「ほ、本当ですか!」」」


「ええ、精々頑張っていただきましょう」


 こうして男子八人は地獄の入り口に立ってしまった。あとは業火に焼かれるのを待つ身となったとは、彼ら自身この時点で全く気が付いていない。



「それでは軽い準備運動で、今からグランドのトラックを100周してきてください。ああ、日が暮れる前にこの場に戻ってこなかったらその時点で失格です。時々様子を見に行きますからズルをしないで頑張ってください」


「はっ? ひゃ、ひやく…周?」


「グズグズしてないで、すぐに出発ですよ! それともこの私に殴られたいですか?」


「すぐに走ってきますぅぅぅぅ!」


 男たちは第3訓練場から大急ぎでグランドへ向かう。そしてそこには400メートルトラックが設置してある。このトラック100周ということは、即ちほぼフルマラソンに匹敵する距離。


 現在午後3時半で、秋が深まったこの頃は夕暮れが早い。一刻も早く走り切らねばその場で失格となるだけに、八人は必死の形相でトラックを周回する。



 男子たちが走り始めた頃、第3訓練場では明日香ちゃんがブルーホライズンの渚と槍で打ち合っている。だが微妙な明日香ちゃんの動きの変化に気が付いた桜が槍の訓練を一旦止める。



「二人ともちょっと待ってください! 明日香ちゃん、なんだか動きが重たいように感じますけど、何か余計なものを食べましたか?」


「実は桜ちゃん、あんぷりんが美味しくって、8個入りを2日で食べ切ってしまいました」


「1日1個と約束したでしょうがぁぁぁぁ! ご飯とデザートをいつも通りに食べてから、部屋に戻ってあんぷりんですかぁぁぁ!」


「そんなことを言ったって、目の前に美味しいあんぷりんがあるからどうしても食べてしまうんですよ~」


 ちっとも反省してない明日香ちゃん、さすがの桜も呆れを通り越している。だが桜にも落ち度はある。明日香ちゃんが目の前にあるオヤツを我慢できないと知っていながら、8個入りの箱を丸々手渡してしまった。



「はぁ~… 槍捌きに支障が出るほど体重が増えるとは…」


「テヘヘ、面目ない」


「いいですか、明日香ちゃんはこれから強制ダイエットです!」


「ええええ! 1週間は桜ちゃんとの訓練はなしという約束だったじゃないですかぁぁ!」


「それとこれは話が別です。明日香ちゃんはこれからグランドに行って男子と一緒に走ってもらいますわ。このままでは年頃の女子として大ピンチだという自覚を持ってください」


「うう… 仕方がないから走ってきます」


 明日香ちゃんは俯きながらグランドに向かおうとすると、やけに素直な態度に桜の目がキラリと光る。



「明日香ちゃん、その眼は適当に走って誤魔化そうという気満々ですね! 私も一緒に走りますから覚悟してください」


「ヒイィィィィ! 桜ちゃん、どうかそれだけは許してくださいぃぃ!」


「カレンさんは、ブルーホライズンの二人に順番に稽古をつけてくださいね。それじゃあ明日香ちゃん、いきますよ」


 こうして明日香ちゃんの付き添いで桜がグランドに姿を現すと、慌てたのは周回を重ねていた男子たち。疲労でついついペースが落ちかけているところに突如桜が姿を現すものだからもう大変!



「ゴラァァァァ! そんなペースで私の訓練に耐えられると思っているのかぁぁぁぁ!」


 鬼教官と化した桜に追い立てられるように、男子たちは強制的にペースを上げさせられていく。それもほとんど短距離走並みに… 地獄の一丁目がその口を開いた瞬間といえよう。


 

「死にたくなかったら、死ぬ気で走れぇぇぇ!」


 よくよく考えると意味が通らない桜の激励(?)だが、脳筋共には意味が通じるようだ。すでに半分意識が飛んで視線が定まらなくなった体でも気合だけで必死に足を動かし続ける。半ばゾンビ化している集団が桜の檄によって強制的に走らされる姿は、何も知らない人が見たら「どんな罰ゲーム?」と首を捻るはず。


 だが桜は、明日香ちゃん共々男子たちの手綱を絶対に緩めない。そして最後には99パーセントゾンビとなったボロボロの男子集団は、夕暮れ前に何とかゴールに飛び込む。もちろん明日香ちゃんも精魂尽き果てた顔で芝生に寝転んでいる。



「死ぬ… 絶対死ぬ」


「もうダメだ… 一歩も動けない」


「ここまで苦しいとは思っていなかった」


「もうムリ…」


「桜ちゃん、もう動けませんよ~」


 男たちに並んで明日香ちゃんの呻き声も聞こえてくるが、桜は一向に気遣う様子がない。



「さあ、日暮れまでまだまだ時間がありますから、これから訓練場に戻って素振りをしますよ~」


 明日香ちゃんとゾンビ化している男子たちには、まだまだ試練が続くのであった。






   ◇◇◇◇◇






 桜に弟子入りを志願した男たちの地獄の訓練はその後1週間にわたって続けられていく。


 体重増加が影響して巻き込まれた明日香ちゃんは、幸いにも3日後に解放されて通常の訓練に戻る。大阪土産で増えた分の体重を何とか解消できたので、桜からお許しが出されたよう。



「ふひ~… 本当に死ぬかと思いましたよ~」


「明日香ちゃん、これに懲りてオヤツの食べ過ぎには注意してくださいませ」


「桜ちゃん、よくわかりました。これからはデザートの分だけご飯を減らします」


「デザートの量を減らせぇぇぇぇ!」


 明日香ちゃんは本当に懲りているのだろうか? 疑問の余地が大いに残っている気がする。



 さて、レベル30を超える明日香ちゃんにとっても地獄の訓練であったということは、精々レベル8~10程度の男子生徒にとってはどんな影響をもたらしているのだろうか?


 記憶を辿ると彼らは初日のランニングだけでほとんどゾンビに成り掛けていた。そんな彼らが1週間の地獄の試練を乗り越えた結果…



「ボス、お待ちしておりました!」


「ボス、今日も天気が良くて、いい訓練日和です」


「ボス、今日もガンガン行きますぜ」


 喋り方だけではなくて人格まですっかり改造されているよう。八人の男子生徒は眼付はまるでどこかの国の特殊部隊か特殊工作員のような鋭い光を湛え、超A級スナイパーのような鋭利な刃物のような顔付きとなっている。



「いい顔つきななってきましたね。さあ、今日も張り切ってグランド100周から始めましょう!」


「「「「「「「「「サー、イエッサー!」」」」」」」」」


 頼朝をはじめとする男子生徒八人は米国海兵隊員張りの気合が入った返事をする。確か女性の上官に対しては「イエス、マム!」のはずだが、細かいことは気にしていない。


 このような激しい訓練をどうやって彼らが乗り越えたかというと、その主な要因は彼らのスキルが上昇したり新たなスキルを獲得した結果というのが正しい。絶え間ない命の危機に曝される訓練中に体の自己防衛反応としてスキルが上昇したと考えられる。全員が気合上昇ランク5を獲得して、他には精神耐性ランク5、体力上昇ランク3、瞬発力上昇ランク3、敏捷性上昇ランク3といった感じで、体力面と精神面において大幅なスキルアップを果たしている。


 これは聡史によって鍛えられた際のブルーホライズンにも見られなかった驚くべき現象といえよう。明日香ちゃんや美鈴、さらにはカレンでさえもレベルの上昇とともに新たなスキルを獲得したり、スキルランクが上がっていたはす。それが一般的なスキル獲得方法と考えられているが、男子八人の今回のスキル獲得方法は明らかに尋常ではない。


 単なる訓練でこれほどのスキルを獲得したのは異例とも呼べる現象だし、裏を返せばそれだけ桜によって彼らが追い詰められた果ての結果としか言いようがない。



 そして八人の男子生徒はランニングを終えて第3訓練場へと戻ってくる。これから剣や槍の技術の訓練が開始されていく。


 人格まで改造された男たちは、無心になって剣を振るう。その傍らではカレンが渚と打ち合いをしている。カレンが一歩動くたびに彼女の実に立派なお胸がプルンプルンする。


 チラッ


 男子たちの視線が一瞬カレンの姿を捉えると思ったら、次の瞬間には何事もなかったかのように元に戻って剣を振るう。だが…


 プルンプルン


 チラッ


 プルンプルン


 チラッ



「よそ見するんじゃない!」


 桜からゲンコツの嵐が飛ぶ。人格が変わっても、カレンに対する煩悩と妄想だけは以前と変わらない男子たちであった。






   ◇◇◇◇◇





 そして迎えた土曜日、男子八人は桜に率いられてダンジョンへと向かう。



「今日中に全員レベル12以上を目指しますからね」


「サー、イエッサー!」


 桜の言葉に気合が入った返事をする一同。桜から支給された剣や槍を手にして魔物を相手に大暴れをするつもりのよう。


 そして彼らは、まだ一度も足を踏み入れていない2階層に踏み込んでいく。



 ザクッ! グサッ! ドカッ!



「へへへ、ゴブリン共の断末魔の叫びが心地いいぜ」


「首を切断する瞬間の手応えといったらゾクゾクするな」


「もっとゴブリンを殺させろぉぉぉ!」


「ゴブリンに死を! 殺せ、殺せ、殺せ!」


「「「「「殺せ、殺せ、殺せぇぇぇ!」」」」」


 桜によって完全に洗脳されている。躊躇いなく剣を振り下ろす男子たちの姿は先週までとは全くの別人。



「フフフ、覚悟ができたようですね。実にいい傾向ですわ」


 すっかりアブナイ集団になってしまった男子生徒たちの様子を見て桜はシメシメ顔。どうやらこれが狙いであったよう。元々脳筋集団であった男たちを頭で考える必要がない殺戮マシーンに作り替えようという魂胆を最初から持っていたらしい。これが桜流の育成の恐ろしさともいえる。よくぞ明日香ちゃんは桜の訓練に耐えて自我を保っていたものだ。


 こうしてこの日、ダンジョンで殺戮マシーンと化した男子生徒たちは勢いのままに3階層まで踏み込んで、目標を大幅に上回るレベル15まで到達してようやくダンジョンから出ていくのであった。


 




   ◇◇◇◇◇





 その日の夕方、食堂ではデビル&エンジェルのメンバーが集まって食事をしている。



「桜、例の男子たちの様子はどうだ?」


「お兄様、とってもいい感じに育成が進んでおりますわ」


「そうか、程々にしてくれよ」


「ええ、程々にしていますから、ご安心してください」


 桜が言う「程々」と聡史が考えている「程々」には限りなく大きなギャップが存在している。桜によって魔改造された頼朝たちにとんでもない事態が起きているとは、聡史たちはまだ気が付いていない。後々大騒ぎになるが、その時はすでに後の祭りに終わるなどとはこの時点では誰も想像できないだろう。



「お兄様、信長たちはひとまず今週の目標を達成しましたので、明日は私も皆さんとご一緒しますわ」


「桜、信長じゃないからな。あいつは頼朝だぞ」


「ええええ! ずっと信長と呼んでいましたけど、本人は特に何も反論しませんでしたよ」


「お前の圧力のせいで反論できなかっただけだろうがぁぁ! もうちょっと頼朝の心情も考えろ」


「まあそんな細かい話はどうでもいいです」


「細かい話で誤魔化したよ」


 本当に名前を憶えていないのかそれとも頼朝をからかっているだけなのか、その辺は相変わらず桜しか知らないが、久しぶりのこのやり取りを聞いた美鈴やカレンはジト目を桜に向けている。いい加減にしないと、話が進まないでしょう! 的な表情で桜を見ているようだ。


 ちなみに明日香ちゃんはデザートに夢中で何も話を聞いていない。桜による地獄のダイエットから逃れてすっかり油断しており、いつも通りのホンワカ気分に浸っている。


 そんなム-ドには一切気を使わない桜が声のトーンを一段階上げる。



「ということで、明日は未踏破の20階層よりも下を目指しましょう!」


「お前の話にどういう前後関係があるのか全然理解できないぞ」


「お兄様は細かすぎます。もっとおおらかになってデンと構えてください」


「細かいとかそんな問題じゃないだろうがぁぁ! 話題の一切合切をぶった切っていきなりダンジョンの未踏破階層って、一体どうなっているんだと言っている」


 聡史が何を言っても桜にとってはどこ吹く風。ダンジョンに関してはあっさりと兄をないがしろにするこの態度。いざとなったら単身でもダンジョンに突入する性格からして、桜が一度言い出すと聡史にも止めようはない。



「21階層にはどんな魔物がいるのかしら?」


「美鈴ちゃん、その通りですわ。どんな魔物がいるのか自分の目で確かめてこそ真の冒険者と呼べるのです」


 美鈴が何気なく口にした一言に桜が思いっきり乗っかってくる。こうなると流れは一気に桜へと傾いて、明日の日曜日にデビル&エンジェルはダンジョンの下層へと向かうことが決定する。






   ◇◇◇◇◇






 デビル&エンジェルの五人は管理事務所で手続き後に一階層に出来上がった転移魔法陣へと向かう。



「さあ、一気に20階層に向かいますわ」


 桜の掛け声とともに全員が魔法陣に入ると、真っ白な光に包まれて一行はあっという間に20階層へと運ばれていく。



「うう、桜ちゃん、怖いですぅ~」


 ご存じのように20階層はアンデットが蠢く階層。お化けが怖い明日香ちゃんは使い物にならないので、美鈴が手を引いて通路を引っ張っていく。


 階層ボスのリッチを瞬殺すると、ボス部屋の奥に出現した階段を降りていく。



「よかったです。もうお化けは出てこなくなりましたよ~」


 明日香ちゃんの言葉通り、21階層はパッと見では通常の階層と大きな変化はない。だが通路の幅と高さはさらに広がっており、どう考えても大型の魔物が登場してくる気配がヒシヒシと伝わってくる。これは19階層に登場したオーガよりもさらに大型の魔物が登場するパターンなのか?



 そして桜が気配を感じ取ると…



「足音からしてかなり大型の魔物のようですわ。雰囲気からするとミノタウロスかその亜種でしょう」


 桜が気配を感じ取ってからキッカリ10秒後に、通路の角から姿を現したのは人身馬頭の怪物。正確には上半身が馬で腕と足だけ毛むくじゃらの人間の形をしている。身長は3メートルを超えて、隆々とした筋肉によって盛り上がった体付きはいかにもパワーがありそう。手には大型の斧を持って、足早にこちらに向かってくる。



「それではまずは、私が見本を見せますわ」


 余裕の表情で桜はミノタウロスの亜種に向かって歩を進めていく。振り下ろされる斧をあっさりと避けると、右足に強烈なキックを叩き込む。



「グオォォォ!」


 桜が放ったキックはミノタウロス亜種の右足を完全に破壊してその体を横倒しにする。倒れた魔物は何とか体を起こそうと必死にもがいているが、桜がそんな隙を見逃すはずがない。



「これでトドメですよ~!」


 桜が胸部に食らわせたストンピング1発で、魔物は心臓が破裂してそのまま絶命する。その場には大きな肉の塊がドロップアイテムとして残される。



「馬肉はあまり好きではないのですが、一応もらっておきましょうか」


 人身馬頭の怪物が落としたドロップアイテムであるが、桜にとってはどんな素性であろうとも肉は肉。馬肉が好きではないというのは、あくまでもその味がやや淡白で物足りないという理由に過ぎない。肉を回収した桜はドヤ顔で美鈴たちに振り向く。



「このように横倒しにすると簡単に仕留められますわ。基本的にはオーガと一緒です」


「美鈴の魔法で先制攻撃してくれ。これまでと同様になるべく下半身を狙うのがいいだろう」


 桜の説明を聡史が補強すると美鈴は大きく頷く。魔物の種類が変わろうとも倒し方の基本は変わらない。


 こうして21階層ではミノタウロス狩りが続けられていく。桜は人身牛頭のミノタウロスが登場するとニッコリして、馬頭が来るとムッとした表情を浮かべている。食材の好みで選ぶんじゃない!


 22階層も引き続きミノタウロスが登場する階層だったが、時折その中に混ざって一つ目の巨人サイクロプスがやってくる。



「美鈴ちゃんは足元に魔法を放って、カレンさんは目を狙ってください」


「いくわよ、ファイアーボール!」


 美鈴の魔法がサイクロプスの足元で大きな爆発を起こす。足から血を流しているサイクロプスだが、まだダメージは小さくて怒りの雄叫びを上げながらこちらに向かってこようとする。



「もう1発、ファイアーボール!」


 さらに美鈴の魔法が炸裂して巨人をその場で足止めにすると、そこにカレンの神聖魔法が放たれる。



「ホーリーアロー!」


 足元に気を取られていたサイクロプスは完全に虚を突かれて、弱点である一つ目にカレンの魔法が直撃する。



「ウオォォォォォォ!」


 長い尾を引く叫び声を上げながら、サイクロプスの巨体はドシーンという大きな音を立てて倒れていく。その体が消えるとゴブリンの200倍くらいの大きさの魔石が残されている。



「これなら10万円くらいの価値があるかもしれないですわ」


「さ、桜ちゃん、じゅ、10万円ですかぁぁぁ!」


 明日香ちゃんが大エキサイトしている。1体で10万円の価値があるとしたら、いっぱい倒せば大金持ちになれるだろうと、頭の中でソロバンを弾いているよう。あまりにも現金すぎる!




 その後22階層に降りていくが、ややサイクロプスの割合が多くなっただけで特に変化はない。


 23階層ではミノタウロスは姿を消して、サイクロプスが中心となってくる。その他にもタイタンと呼ばれる巨人型の魔物が登場してくるが、全て桜の餌食となって討伐されていく。



「図体がデカいだけで、とんだデクの坊ですわ」


「桜ちゃん、普通の冒険者だったら、相手が大きいだけでものすごく苦戦すると思うんだけど」 


「美鈴ちゃん、弱気なことを言ってはいけませんわ。相手が大きかろうが、要は攻撃を受けずにこちらから一撃を食らわせればいいんです」


「それができないからみんな苦労しているんじゃないのかしら?」


「それは単に修行が足りないだけですわ。私のように常に修行を怠らなければ、どんな相手でも倒せるようになりますから」


 レベル600オーバーの人間が言ってもなんだか説得力が薄いように美鈴の耳には聞こえているが、ドヤ顔の桜に敢えてこれ以上は突っ込むのはムダと感じているよう。


 その後も25階層まで巨人の魔物が次々に襲ってくるが、次第に対応に慣れた美鈴、明日香ちゃん、カレンの攻撃でバタバタと倒れていく。その結果彼女たちのレベルは36まで上昇する。



「どうやらここが階層ボスの部屋のようですわ」


 1日で5階層を突破したデビル&エンジェルは、ついに25階層のボスが待ち受ける部屋の前に辿り着く。これまでのボス部屋と比較して3倍ほどの大きな扉が据え付けられている点からいって、やはり巨人型の魔物が待ち受けているよう。



「それでは入りますわ」


 桜が重厚と呼ぶには巨大すぎる扉を押し開くと、そこには巨人型の魔物の中でも最大種であるギガンテスが、その全高10メートルを超えるような巨体をうっそりと持ち上げて今まさに立ち上がろうとしているのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



桜の手によって人格まで魔改造されてしまった頼朝たち。果たして彼らはどこまで鍛えられていくのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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