第51話 チーム戦オープントーナメント決勝


 1回戦を突破したデビル&エンジェルは、午後3時半から行われる準決勝に臨む。対戦相手は第8魔法学院のチームとなっている。



 開始戦の手前に並ぶ聡史たちに、相手のリーダーと思しき人物が話し掛けてくる。



「第1魔法学院に隣接する大山ダンジョンというのは、一般冒険者が寄り付かない閑古鳥が鳴くダンジョンと聞いている。実際のところはどうなっているんだ?」


 試合前だというのに意外な話題を振られた聡史だが、相手の真摯な表情に免じて生真面目に答える。



「ほとんど学院生しか立ち入らない。いわば学院の貸し切り状態だ」


「そうなのか… 実は第8魔法学院に隣接する阿蘇ダンジョンもどういうわけだか閑古鳥が鳴いているんだ。よかったら明日の交流晩餐会で話をしないか?」


「別に構わないぞ。俺たちが役に立つとは思わないが、話を聞くだけなら聞いてやる」


 変な相談を持ち掛けられたなと首を捻っている聡史だが、頭を切り替えて準決勝に専念する。



 結果からすると第8魔法学院のチームもデビル&エンジェルの相手ではなく簡単にリーダーを打ち取って勝利する。


 試合後の挨拶では念を押すように第8魔法学院のチームリーダーが例の話題を持ち出す。



「見事だった。我々の完敗だ。決勝での活躍を祈っている。それから交流晩餐会ではぜひとも話を聞いてくれ」


「ああ、わかった。第1魔法学院の生徒が固まっている場所にいるだろうから、気軽に話しかけてもらえるか」


 こうして、明日の再会を約束してそれぞれの控室へと戻っていく。



 準決勝第2試合では、予想通り第4魔法学院が勝ち上がって、いよいよ明日両校が雌雄を決する目が離せないカードと決定。決勝開始は午後2時となっており、その後には表彰式が予定されている。





 

   ◇◇◇◇◇





 この日の夜、決勝に残った第4魔法学院のチームは空き部屋を借りてミーティングを行っている。留学生三人に男子生徒二人が加わった即席チームで、明日の決勝に備えてフォーメーションの確認や戦術を考えている。



「やはり第1魔法学院の特待生がいるチームが出てきたわね」


「俺たちで勝てるだろうか?」


 話を切り出したマギーにひとりの男子生徒が話し掛ける。



「もし今日のフォーメーションのままだったら、1パーセントの確率で勝つ方法があるわね。ただし決勝戦で相手がフォーメーションを変更したらもう絶望ね」


「フォーメーションの変更? どういうことだ?」


「鈍いわね! 特待生のどちらかがリーダーを務めたらその時点で私たちはアウトよ。私たちにはリーダーを倒す手段がなくなるわ」


 マギーの分析に部屋に集まっている全員のテンションが下がる。確かにあの怪物兄妹を倒す手段など存在しないも同然に映る。



「第1魔法学院はフォーメーションの変更を行うだろうか?」


「その確率は低いと考えているわ。戦術を決定しているのは特待生の兄のほうだと思うけど、彼がそんなガチガチの安全策に出るとは考えにくいし」


 男子生徒が再びマギーに質問するが、マギー自身の聡史に対するプロファイルではフォーメーションの変更を否定している。聡史がこの大会の勝敗に拘るのではなくて、メンバーの成長の機会に活用するであろうと見抜いている。この点はマギーの慧眼を褒めるべきであろう。



「ということは、第1魔法学院が今日見せたフォーメーションを基にして戦術を考えるしかないのですね」


 この場に来て初めてフィオレーヌが口を開くと、マギーはその言葉を肯定する。



「その通りよ。考えても無駄なものは考える必要ないわ。相手が今日と同様のフォーメーションを組むことを前提に考えましょう」


 だが対デビル&エンジェルの戦術の組み立ては全米一の天才マギーをもってしても大きな困難を伴う作業。戦力比で圧倒的に分がある相手に立ち向かおうというのだから、まともな作戦では勝利など覚束ない。こうして二時間にも及ぶ様々な意見から最も可能性の高い戦術が選ばれる。とはいっても存在する勝利の可能性は贔屓目に見て一桁であろうと、マギー自身も考えている。


 だが他に手がない以上は、第4魔法学院チームとしてはこの戦術に賭けるしかなかった。





   ◇◇◇◇◇






 その頃、デビル&エンジェルのメンバーたちは、早めの夕食を取っている。



「桜ちゃん、今夜も美味しそうなデザートがいっぱい並んでいますよ~」


「明日香ちゃん、そろそろいい加減にしないととっても不味い事態が既に発生していますよ。特に脇腹に周辺に!」


「桜ちゃん、今夜は無礼講ですから細かいことは気にしないで大丈夫ですよ~」


「誰が無礼講だと決めたんですかぁぁぁぁぁ!」


 甘いデザートの誘惑に最初から抗う気などてんで持っていない明日香ちゃん。後から後悔しても遅いのに…


 

 桜たちからやや離れた場所では、席に着いている聡史の右には美鈴が、左にはカレンが座って和やかな雰囲気で食事が進んでいる。その周囲はブルーホライズンが取り巻いて、隙あらば美鈴とカレンに割り込もうと虎視眈々と狙う。


 こんな感じで明日の決勝に関しては一言もないままに、この夜を終える。深刻な表情で戦術を話し合っている第4魔法学院のチームとは対照的な姿といえよう。






   ◇◇◇◇◇





 そして八校戦はついに最終日を迎える。チーム戦の勝敗で総合優勝の行方が決まるとあって、第1魔法学院と第4魔法学院の生徒が陣取る席では試合前から応援する声が盛んに上がっている。


 控室で時間を待っているデビル&エンジェルは、昨日となんら変化のない態度で思い思いに過ごす。桜と明日香ちゃんなどは、スマホの画面を開いて大阪のお土産サイトを眺めるというお気楽ぶり。



「桜ちゃん、お土産は何がいいですかねぇ~」


「明日香ちゃんは食べ物にしか興味がないんですね。伝統的なペナントとか木刀なんかをお勧めしますわ」


「京都の修学旅行じゃないんですからね! それよりも桜ちゃん、このお菓子は美味しそうですよ~」


 などとどうでもいい話をしながらお土産サイトを見て二人で盛り上げっているよう。そこに聡史から声がかかる。



「変更したい点があるから、全員聞いてくれ」


「お兄様、いきなりなんですか?」


 桜はスマホ画面から目を離して聡史が座っている場所へと向かう。だが明日香ちゃんは画面に並ぶお土産をウットリと眺めたままで、その場からまったく動こうとはしない。そんな明日香ちゃんはまるッと無視をして、聡史から簡単な打ち合わせ事項が伝えられる。



「相手が勝つ可能性、若しくは互角に戦おうとする可能性を逆算すると、選択しうる戦術は限られてくる。したがって今までとの戦い方を若干変更したい。桜は試合開始直後にこんな感じで動いてもらえるか」


「なるほど… いいですわ」


「それからフォーメーションをこんな感じにしたい」


 三人が頷くと聡史の話はもう終わり。こんな簡単な打ち合わせだけでいいのだろうかと美鈴とカレンが首を捻っている。だが聡史は二人に笑い掛けながら答える。



「心配するな。桜が全部上手くやってくれる」


「そうね、桜ちゃんに任せましょうか」


「桜ちゃん、お願いしますよ。明日香ちゃんには私から伝えておきますから」


「フフフフ、すべてこの桜様にお任せですわ!」


 自信満々の桜の様子に美鈴とカレンはこれ以上何を話しても無駄だと悟っている。その頃、明日香ちゃんはまだスマホに見入っており、誰からの話も耳には入らない模様。そんなにお土産が大事なのか? 


 こうして装備を整えると、デビル&エンジェルは開始時刻を待つのであった。






   ◇◇◇◇◇






「ただいまからチーム戦オープントーナメント決勝戦、第1魔法学院対第4魔法学院の試合を開始いたします」


 アナウンスとともに赤と青の入場門から両校のチームが入場を開始する。開始戦に並んで審判からの注意を受ける。



「両校は位置につけ」


 デビル&エンジェルの五人は聡史から指示を受けた位置に散っていく。これまでと同様に美鈴がリーダーとして陣地に立つ。桜のワントップは相変わらず変化なしだが、カレンと明日香ちゃんはやや引き気味の位置で、代わって聡史がこれまでよりも数歩前に立つ。この時点ではほんのわずかな変更なので、パッと見では全体としては大きな変化はないように映る。



(やはり安全策ではなくて、オーソドックスな戦術を選択したわね)


 このフォーメーションを見て、マギーはひとまず安心した表情を浮かべる。これで苦心して練った戦術が生かせる可能性が出てきた。マギーは少し離れた背後に並んで立っているフィオレーヌとマリアにチラリと視線を向ける。彼女たちもすでに打ち合わせ通りにスタンバイを終えているよう。


 この一戦に賭ける第4魔法学院の戦術はマギー自らが犠牲になる作戦といって差し支えない。どれだけ考えを巡らしてもこの案しかないという結論しか捻り出せなかったよう。


 その内容は、マギーがたったひとりで突進してくるであろう桜を食い止めている間に、フィオレーヌとマリアが広域制圧魔法を放ってリーダーを打ち取るという、本当に綱渡りの戦術。どこか一箇所でも破綻すると作戦全体が瓦解する危険を孕んだ一か八かの作戦といえる。


 マギーが持ち堪えられなくなるのが先か、フィオレーヌとマリアの魔法がデビル&エンジェルを制圧するのが先かの勝負に賭けるしかない第4魔法学院であったといえよう。



「試合開始ぃぃ!」


 審判の合図があると、真っ先に桜が動き出す。



(来た!)


 一直線に向かってくる桜を警戒するマギーは、何があってもその突進を止めると決意して身構える。


 その間にカレンと明日香ちゃんはズルズルと後退して、美鈴が立っている陣地の手前まで引いていく。聡史は徐々に前進して、マギーをいつでも捕捉できる位置まで接近。その間に第4魔法学院の魔法使いの二人が…



「我が命に応えて地に降り落ちよ! 氷の流星群!」


「アイスバレット!」


 フィオレーヌとマリアが魔法を発動すると、空の上から降り注ぐ氷の礫と地面と平行に飛んでいく氷弾が第1魔法学院の陣地へと襲い掛かる。



「物理シールド!」


 美鈴が展開したシールドは、陣地の手前まで下がったカレンと明日香ちゃんをスッポリと覆っている。氷の礫と弾丸は、この二人にも全く届かない。聡史はここまで見通したうえでフォーメーションの指示を出していたもよう。しかも当の聡史も自分の体の前方をガッチリとシールドで固めて防御態勢は完璧。



「マリア、私たちはともかく有りっ丈の魔法をぶつけるだけよ」


「フィオさん、わかったですぅ。全力で頑張りますぅ」


 攻撃を担当する魔法使い二人は魔力の残量など気にしない様子で、とにかく弾数を増やして第1魔法学院に限界に近い攻勢を仕掛けていく。そしてマリアとフィオの魔法の死角になっているフィールドの中央部分では、桜が一直線にマギーぬ向かっていく。


(来た! 絶対に私が止めてみせる)


 決意のこもった表情で桜を睨み付けるマギー。だがマギーに向かう桜といえば、彼女の正面から突然方向転換して素通りすると、盛んに魔法を放っている二人の魔法使いのうちフィオレーヌへと向かっていく。



(しまった!)


 一瞬桜の姿を見失ったマギーが振り返ると、桜はフィオレーヌに襲い掛かる直前。慌ててフィオレーヌがいる場所に向かおうとするマギーだが、その背後に迫る巨大な気配感じる。



「すまないな、桜が魔法使いを片付けるまで俺の相手をしてもらえるか」


「シット! 完全にこちらの手の内を読んでいたのね」


 悔しそうな表情で聡史に顔を向けるマギー、すでに自分たちの戦術が聡史によって破綻させらたのは明らか。そして二人の魔法使いが立っていたはずの場所からは…



「キャァァァ!」


「嫌ぁぁぁ!」


 マギーの背後で立て続けに悲鳴が上がる。フィオレーヌとマリアがあっという間に桜に打ち取られたに違いない。



「こうなったら、あなたを破って単独で敵陣に迫るしかないわね」


 いつの間にか魔法による氷の嵐は止まっている。マギーは覚悟を決めて聡史に向かって拳を振り上げる。残された手段は強行突破しかない。



「いっけぇぇぇぇぇ!」


 マギー渾身のストレートが聡史に向かっていく。だが聡史は剣を抜かずに左手でその一撃を掴み取る。



「なんで剣を抜かないのよ!」


「女子には剣を向けにくいだろう」


 聡史は笑いながら掴み取ったマギーの右手を離す。



「バカにするんじゃないわよぉぉ!」


「おっと危ない危ない」


 聡史はスピードに乗ったマギーのパンチをヒョイと避ける。どうやらまともに相手にするつもりはないよう。そして聡史は自軍陣地に待機しているカレンと明日香ちゃんに指で合図を送る。


 

「明日香ちゃん、行きますよ」


「これで本当に終わりですよ~」


 聡史とマギーが立ち会っている場所を迂回した二人は、フィールドの端を通って敵陣へと向かう。その間にもマギーは聡史に翻弄されつつフィールド中央で釘づけにされており、自陣の危機に駆け付けられない状況。


 

「さあ、チェックメートの時間ですよ~」


 桜と合流したカレンと明日香ちゃんは、三人で第4魔法学院陣地へと迫っていく。陣地を守っている男子生徒をカレンがメイスで吹き飛ばすと、明日香ちゃんが台の上に登って相手のリーダーに槍を向ける。


 聡史に懸命にパンチを振るうマギーは、その光景を横目にしても何もできないままで、悔しそうに唇を噛み締めるしかない。



 カキーン、カキーン、ガキッ!


 わずか2合の打ち合いで明日香ちゃんの槍が男子生徒の剣を叩き落すと、そのまま首元に槍の穂先を突き付ける。



「そこまでぇぇ! 勝者、青!」


 審判が判定を告げる。誰の目にも明らかな第1魔法学院の完勝劇といえよう。


 聡史に翻弄されていたマギーはガックリしてその場で膝をつく。桜の攻撃によって気絶しているフィオレーヌとマリアはカレンの回復魔法によって意識を取り戻す。



「フフフ、これこそが最強の証ですわ!」


 桜が応援席に向かって勝利のVサインを送っている。こうして八校戦の最後のトーナメントはデビル&エンジェルの勝利で幕を引いた。


 個々の能力もあるが、聡史の分析と読みが冴え渡った一戦といえよう。


 4年連続で総合優勝を決めた第1魔法学院の応援席ではデビル&エンジェルの勝利を祝して大漁旗が左右に振られているのであった。






   ◇◇◇◇◇






 第1魔法学院の総合優勝で幕を閉じた今大会は表彰式が無事に終わって夕方の6時から懇親晩餐会の時間を迎えている。明日香ちゃんが表彰式以上の金色の光を放つ時間が開幕する。



「今大会も皆様の協力を得て大成功に終わるとともに、各自の技術や魔法能力に大きな進歩が見られました。来年はさらにレベルの高い八校戦が開催できますように、ホスト校の第5魔法学院を代表しまして各校の大いなる努力に期待しております。それでは全員の今後の健闘を祈って、乾杯!」


「「「「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」」」」」


 第5魔法学院生徒会長の発声によって会場に詰め掛けた今大会参加選手と役員が手にするグラスを掲げる。


 と同時に、料理が居並ぶテーブルに向って気配を消して忍び寄る二つの影が…



「桜ちゃん、さすがは大会最後の晩餐会と銘打つだけあって、並んでいるお料理がワンランクグレードアップしていますよ~」


「明日香ちゃん、今が絶好のチャンスですわ。皆さんが喋りに興じている間にしこたま料理を確保しましょう」


 あたかも盗賊の様な会話を交わしながら皿に山盛りに乗せた料理の数々を片っ端からアイテムボックスに放り込んでいく桜と、デザートの山に埋もれそうなぐらいに大量のカロリーを確保している明日香ちゃん。この二人にはせっかくの他校生徒との交流であろうが晩餐であろうが何ら意味を持たない。他の生徒が和やかに談笑している間に、ひたすら自らの食欲を満たすことに専念している。



 すでに二人の予想通りの行動を諦めているデビル&エンジェルの面々は、桜と明日香ちゃんの行動には口を出さずに放し飼い状態… というよりも「私たちは関係ありません! あれは赤の他人です」とでも言いたげな態度で視線を桜たちの方向には絶対に向けないようにしている。殊に聡史としては血の繋がった身内があのような恥ずかしい行動に出ているだけに、穴があったら入りたい気分のよう。



 桜と明日香ちゃんはひとまず横に置いて、デビル&エンジェルの活躍で総合優勝を果たしたとあって、第1魔法学院の生徒会役員や上級生たちが代わる代わる聡史、美鈴、カレンに声を掛けにくる。しばらくはその対応で追われていた聡史ではあるが、やや離れた場所に遠慮がちに立っている見慣れない男子生徒の存在に気がつく。


 彼こそが、昨日の準決勝が始まる前に大山ダンジョンに関する話が聞きたいという一風変わった相談を持ちかけてきた第8魔法学院の生徒。



「どうも待たせて申し訳なかった。やっと体が空いたから、ダンジョンの件に関する話を聞こうか」


「覚えていてくれてありがたい。僕は第8魔法学院の野原達也だ。今度ともよろしく!」


「ああ、俺は楢崎聡史だ。よろしく頼む。それで、具体的には何が知りたいんだ?」


 相変わらずどんな意図で達也が声を掛けてきたか見当がつかない聡史だが、ひとまずは話を聞かないと始まらないという態度で彼が切り出すのを待っている。



「実は僕は冒険者になりたくて魔法学院に通っているわけじゃないんだ」


「どういうことだ?」


「僕の本当の目的はダンジョンの調査なんだよ。文字通りのダンジョン調査員を志望しているんだ」


 冒険者の公式名称は〔ダンジョン調査員〕であるのは前述した。その上で達也は、ダンジョンの調査を目的とした活動に携わりたいと口にしている。意外な将来の希望を述べた達也に対する興味が聡史の胸中に芽生えたよう。



「政府が専門家をダンジョンに送り込んで調査をしているんじゃないのか?」


「確かに実施しているけど、まだ日本にはダンジョンの専門家と呼べる存在はいないのが実情だよ。今調査にあたっているのは、建築や土木工学の専門家や地質学、地球物理学の学者で、本物のダンジョンの専門家ではないんだ。それに彼らには戦闘技術がないから、自力でダンジョンの深い階層には入れないという欠点もある」


「確かに… 言われてみればその通りだ。学術的にダンジョンを専門に扱う研究者というのは、まだ日本には存在していないんだな」


「そうなんだ! だから僕はダンジョンを研究する本物の専門家を目指しているんだよ」


 実に面白い発想だと、聡史は感心する目を達也に向けている。ダンジョンは魔物を倒して最終的な攻略を目指す場だと思い込んでいた自身に新たな切り口でダンジョンを考えるきっかけを与えてくれた達也という存在は、聡史にある種のサプライズを与えている。



「その考えに俺も賛同したい。ダンジョンを専門に研究する… 素晴らしい発想だな」


「そんなに褒めないでもらいたい。何も僕が日本で初めてというわけではないからね。それで楢崎君に説明と確認をしたいのは僕の仮説に基づく話なんだ。大山ダンジョンは1つの階層の面積が広くて冒険者には敬遠されがちだと聞いている。実は阿蘇ダンジョンも全く同じ傾向で冒険者から敬遠されているんだよ」


「それは全然知らなかったな。確かに大山ダンジョンは各階層の広さだけなら日本一かもしれない。といっても、俺は大山と秩父と葛城の3か所しか知らないけどな」


「阿蘇もかなり広いよ。ダンジョン管理事務所発行の資料を比較すると、大山とほぼ同じ広さだね」


「それで、その広さがどんな仮説に繋がるんだ?」


 聡史には、達也が言わんとすることがこの時点では全くわかっていない。より詳しい説明を求める眼で達也に話の続きを促している。



「実は面積だけではなくて、阿蘇ダンジョンと大山ダンジョンでは各階層ごとの通路の形態にも共通点があるんだよ。というよりも、現段階で分かっている11階層まではほぼ同じと断言できるレベルなんだ」


「通路まで一緒? どういうことだ?」


「これだけなら偶然で済まされる話かもしれないけど、僕が調べた限りでは四国の伊予ダンジョンと関東の筑波ダンジョンも類似性が確認されているんだ」


 ここまで聞いた聡史の脳裏にはひとつの閃きが湧き起る。それはついこの間葛城ダンジョンに入った時に何気なく感じた極々小さな感想。



「そういえば秩父ダンジョンと葛城ダンジョンはなんだか似ている感じがしたな。葛城には5階層までしか入っていないが、通路の形態だけじゃなくて各階層に出てくる魔物もほとんど同じだったような記憶がある」


「本当なのかい! 階層マップには共通点があると思っていたけど、こうして実際の双方のダンジョンに潜った経験者が証言してくれるのはとても役に立つよ」


「それで、仮説というのは?」


「ああ、そうだったね。僕の考えでは、日本にあるダンジョンはほぼ同じ造りの2つのダンジョンが6ペアあって、それで合計12か所のダンジョンを形成しているんじゃないかというものなんだ。どうしてこのようになっているのかは、依然として謎のままだけどね」


「遠く離れたダンジョン同士が2か所ずつペアになっているというのか! 荒唐無稽な話に聞こえるが、俺自身がなんだか似ているという感想を感じただけに否定しにくいな」


 聡史は考え込む表情になる。12か所のダンジョンがペアになっているなんて仮説は俄かには信じ難い。だが自身でも感じた厳然たる事実の前に聡史としても上手く考えがまとまらないよう。そこで聡史は達也にひとつの提案をする。



「どうせだったら海外のダンジョン事情を聞いてみないか?」


「海外だって? どこの国もダンジョンの正確な情報は国外には公表していないから簡単にはわからないはずだけど」


「ところがこの場にはすぐ間近に海外ダンジョンの情報を知っている人物がいる。そこの留学生三人、俺に話があるんだろう」


「ずいぶん長話をしているから、今か今かと終わるのを待っていたのよ」


 聡史が声を掛けたのは、いつの間にか近くに来ていたマギー、フィオレーヌ、マリアの三人。マギーのセリフ通りに、彼女たち三人は聡史と話をするために近くに控えていたよう。  



「俺たちの話は聞こえていただろう。よかったらそれぞれの国のダンジョン事情を教えてもらえないか?」


「ええ、いいわよ。聡史には後から色々と聞きたいことがあるから、素直に答えてくれるという条件を飲んでくれたらだけど」


「いいだろう、答えられる範囲で答えよう」


 聡史とマギーの間で話がまとまる。この成行きに海外のジョンジョン事情が聞けるとあって、達也の眼は好奇心と探求心でキラキラに輝いている。



「それじゃあ、私の母国アメリカの話からしましょうか。日本には伝わっていないかもしれないけど、世界各国にあるダンジョンって思いの外少ないのよ。あれだけ広いアメリカでもわずか4か所しかないわ」


 マギーの話に、聡史と達也は意外そうな表情を浮かべる。日本にあるダンジョンは知っての通り12か所、日本の何十倍もの国土を誇るアメリカにはさぞかし多くのダンジョンがあるだろうと思っていたところに、意外ともいえるマギーの答えが返ってきて驚いている。



「私の母国フランスでも、確認されているダンジョンは2か所です。他に西ヨーロッパでは、ドイツには1か所、スイスとオーストリアの国境に1か所、イギリスに2か所のダンジョンが確認されているだけです」


「東ヨーロッパでは、私の母国であるセルビアに1か所と、ハンガリーに2か所のダンジョンがありますぅ。他の国にはまだ確認されていないですぅ。噂ではロシアに3か所のダンジョンがあると聞いていますが、本当かどうかはわからないですぅ」


 続くフィオレーヌとマリアの証言は聡史と達也にさらなる驚きをもたらしている。世界各国には思いの外ダンジョンが少ないという事実に二人して驚いている。さらにマギーが話を続ける。



「だからこそ、日本が異常なのよ! 狭い国土に12か所のダンジョンが存在するなんて絶対におかしいのよ! だからこそ、私たちは数多いダンジョンを求めて留学してきたわけ」


 なるほどと、納得顔をする聡史と達也。わざわざ海外から留学生が日本にやってくる事情が理解できた。ここで聡史が何かに気づいたような顔になる。



「ほら、世界各国の火山の何割かを日本が占めているし地震の発生率も圧倒的だ。そんな地理的環境が影響しているんじゃないか?」


「確かにダンジョンは山間部に発生するケースが多いわね。その可能性も否定できないけど、ミシガンのダンジョンなんか低地のど真ん中にあるから一概にそうとも言い切れないわね」


「なるほど… 思っていたよりも世界各地のダンジョンには多様性があるようだね。とっても参考になったよ。いま聞いた点を含めて色々と考証したいから今日のところはこの辺で失礼する。もし何か新たな発見があったらこれからも情報交換していきたいけど、いいかな?」


「ああ、いいぞ」


 聡史とアドレスを交換すると達也はこの場から去っていく。マギーたちの話が現在の彼の思考の大半を占領しており、心ここにあらずという表情で自校の生徒が待っている場所へと戻っていく。



「さて、この場では落ち着いて話ができないから、よかったら私たちに付いてきてもらえるかしら?」


「いいだろう」


 聡史はマギーたちの後についてこの場から離れようとすると、彼を呼び止める声が聞こえてくる。美鈴とカレンは聡史の話が終わるのを待っていたよう。



「聡史君をどこに連れて行こうというのかしら?」


「よかったら、私たちもご一緒いたします」


 留学生三人にやや挑戦的な視線を送る二人を見て、聡史はマギーに許可を求める。 



「大体の事情はこの二人も知っているから、同席しても構わないか?」


「ええ、どうぞこちらへ」


 聡史は美鈴とカレンを伴ってマギーの後に続く。桜と明日香ちゃんは完全に放置プレーで、いまだにデザートと料理を漁っている姿を横目にしながら聡史たちは晩餐会場に隣接した個室へと入っていく。






   ◇◇◇◇◇






 個室へと入ると、マギーがいきなり用件を切り出す。



「桜はとぼけたけど、聡史とはさっきの約束があるからハッキリと答えてもらえるわね。私たちが聞きたいのは、あなたたち兄妹の秘密についてよ」


 マギーが追求する表情を浮かべながら聡史に迫ると、美鈴とカレンはやや動揺した表情を浮かべる。もちろんそんな様子をマギーは見逃さない。この二人も知っているようだから、さっさと白状しなさいと目で促す。



「いいだろう、その件に関して正確な情報を伝えよう。その代わりとして、君たち自身に関して日本へやってきた正確な事情をこの場で打ち明けてもらいたい」


「私はいいわよ。どうせ桜にはバレているし」


「私も構いません」


「大した秘密ではないですが、お話しするのは別に構わないですぅ」


 マギー、フィオレーヌ、マリアの三人が同意すると、聡史はひとつ大きく頷いて話を始める。



「想像はついているだろうが、俺と桜はついこの間まで異世界に召喚されていた。俺たちの能力のほとんどは異世界で身に着けたものだ」


「やはりそうなのね… そうでなければあの異常な能力は説明がつかないわ」


「そういうマギーはどうなんだ?」


「お察しの通りよ。私も異世界から半年前に戻ってきたの。もちろん聡史たちとは別の世界でしょうけど」


 マギーも自身の異世界経験を素直に白状している。そしてフィオレーヌは…



「私の能力は異世界とは関係ありません。皆さんはローゼンタール家をご存知でしょうか? 中世ヨーロッパで発達した錬金術に端を発して、ヨーロッパに現在でも息づく秘匿された魔術を代々受け継いできた家系です。ローゼンタール家当主の娘というのが、この私なのです」


「そうなのね… 魔術の名門に相応しい見事な術式だったわ」


「ありがとうございます。でも今回の結果ではあなたが上回りました」


 美鈴との対戦は、フィオレーヌにとって忘れられない敗戦として受け止められているよう。留学生三人の活躍を見て世界は広いと多くの魔法学院の生徒が感じたように、フィオレーヌ自身も日本の魔法術式に大きな刺激を受けている。続いてマリアが…



「私は孤児院で育ったですぅ。面倒を見てくれたシスターがブルガリア正教の秘術を身に着けている人だったですぅ。私の魔法の才能を見込んで色々教えてもらったですぅ。日本に来たのは、ロシアからお金をもらったからですぅ。孤児院の子供たちに美味しいものを食べさせてあげたかったですぅ」


 マリアはロシアに雇われて日本の様子を探るように言われてきたらしい。



「そもそも私たち3人が集まったのは偶然よ。アメリカ、フランス、ロシアの政府は、日本に多数のダンジョンがある点に注目していたの。何か秘密が隠されていないかダンジョンの状況調査が元々の目的だったわ。その後から急に聡史たちの調査という困難なミッションが加わったのよ。最初はどうしようかと思ったけど、こうして直接腹を割って話をするのが一番簡単だったわね」


「そんな何もかもブッチャケて大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。すでに聡史たちには敵わないとアメリカ政府に報告を済ませてあるから」


「私もフランス政府に報告済みです」


「ロシアの機関はどちらかというと最初から聡史たちを手に入れるのを諦めている雰囲気だったですぅ。聡史たちの能力を詳しく調べて、政府の首脳が勝手に手を出さないように説得する材料にしたかったようですぅ」


 

 こうして互いの事情が明らかになると、後はより詳しい情報交換が行われる。各国の現状が知れて、聡史には中々有意義な機会となる。その最後になって…



「聡史たちは、ぜひとも今度筑波ダンジョンに来てよ。いま12階層を攻略中だけど、私たちが案内するわ」


「そうだな、さほど遠くないし、時間があったら顔を出してみようか」


 桜が聞きつけたら明日にでも飛んでいきそうだと考えながら、聡史は苦笑を浮かべて答える。



「私たちも機会があったら大山ダンジョンに行ってみたいわ」


「いつでも歓迎するぞ。ただし覚悟してくれ。桜が張り切って一気に20階層まで連れて行くから、相当厄介な魔物が待っている」


「20階層ですって! 美鈴とカレン、あなたたちも一緒に攻略しているの?」


「ええ、桜ちゃんが強引に引っ張っていきますから」


「あの勢いには絶対に逆らえません」


 20階層と聞いてマギーたち三人は目を丸くしている。だが美鈴たちが平然と答えている様子に、今回第1魔法学院が勝利の栄誉に輝いた理由が何となくわかってきたよう。



 こうして再会を約束して、聡史たちは第1魔法学院の生徒が待っている場所へ、マギーたちは第4魔法学院の生徒の中へと、それぞれ戻っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



予定調和というべきか、順当に優勝を収めたデビル&エンジェル。桜の猛攻の前にさすがの留学生たちも手も足も出ませんでした。そして明かされたマギーたちの来日の目的。この先世界各国をも巻き込んで色々と動きがありそうな…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る