第9話 隠し部屋で待っているのは…

転移の光に包まれて一瞬の浮遊感の後に、周囲の景色が実体化してくる。


 ドスドスン


 ダンジョン内での転移に慣れている聡史と桜は何事もなかったかの表情で床に立っているが、このような経験は初めてであった美鈴と明日香ちゃんは、尻もちをついて目から火花が飛び散っている。



「痛たたたた、お尻が痛いですよ~」


「はぁ~、ビックリしたわ。あら、どんな恐ろしい場に行くのかと思っていたら、意外と普通の場所なのね」


 周囲を見回している美鈴の目に飛び込んできた景色は赤茶色のレンガが敷き詰められている床と壁に囲まれたバスケットコート2面分程の空間。特にこれといった目ぼしい物はないが、唯一空間の最も奥まった箇所には祭壇を模しているかのような木組みのテーブル状の台が置かれている。



「お兄さん、桜ちゃん、元の場所に早く戻りましょうよ~」


「明日香ちゃん、どこに出口があるんですか?」


「あれ? そう言われてみると、どこにも出口が見当たりませんねぇ。どうしましょうか?」


 桜の指摘に明日香ちゃんは不安げな表情を浮かべている。この空間は確かに出入りする通路がどこにも繋がっていない不思議な場所のように思えてくる。自分が置かれた状況をようやく自覚してどうやって元に場所に戻ればよいのか… お花畑の住人である明日香ちゃんも不安を覚えたよう。


 その時…



「あれは何かしら?」


 祭壇の手前に黒い靄のように魔力が集まり、何かを形作るかのように蠢き始める。そして次第に薄い影が実体化するように輪郭がはっきりとしてくる。



「ま、まさかあれは。オーク?」


 美鈴がその方向を指さして声を上げてから慌てて口を押える。学院の生徒はオークを倒すほどの実力を持っている者はいない。もしダンジョンでオークに出会ったら『武器を放り出してでもその場から逃げ出せ』と、口を酸っぱくして教えられている。5階層までに出現する最強の魔物こそがオークなのは紛れもない事実。



「や、やっぱり普通の場所じゃなかったですよ~」


 明日香ちゃんはそう叫ぶと、ヘナヘナと床に崩れ落ちて白目を剥いて気を失う。よくもまあ、こんな性根で魔法少女を目指せるものだと、兄妹は呆れ顔。それはともかく、聡史は冷静な表情のまま告げる。



「美鈴、あれはオークではないな。上位種のオークジェネラルだ」


「ええぇぇぇ」


 聡史からさらなる絶望的な宣告が下されると美鈴の顔は真っ青になる。だが桜の反応は、美鈴の考えの斜め上をブッチギッていた。



「美鈴ちゃん、そんなに怖がる必要はありませんわ。あそこにいるのは単なる肉ですの」


「えっ? 桜ちゃんは何をわけのわからないことを言っているの」


「美鈴ちゃんも心配症が過ぎますわ。あそこにいるのは単なる肉ですからどうぞご安心を。お兄様、ひと思いに全滅させてきます」


 そう言い残すと桜はオークジェネラルに向かって突進を開始する。その後ろ姿に向かって、何らかの考えがあるのか聡史が声を掛ける。



「桜、2体仕留めて1体はこちらに回してくれ。美鈴はファイアーボールを準備しろ」


「お兄様、承知いたしましたわ」


「聡史君、わ、私がやるの?」


「ああ、美鈴の魔法に期待しているぞ」


 聡史に励まされて、美鈴は教えられた通りにファイアーボールの術式を準備する。その間に桜はと言えば…



「観念して、肉になりなさいませ」


 無鉄砲にも単身で3体のオークジェネラルに向かって突っ込んでいく。


 桜を迎え撃とうとするオークジェネラルは身長が2メートル強。イノシシを擬人化したようなフォルムで筋骨隆々としたその体は通常のオークよりも一回り大きい。さらに全身を包む革鎧と革製の兜、右手にはロングソード、左手には革を張った盾を構えている。このような強敵に対して桜は臆することなく真正面から突っ込んでいく。


 直進してくる桜の体はオークジェネラルの目の前。飛び込んでこようとする獲物に向けて3体が一斉にロングソードを振り上げる。


 だがその瞬間、桜の姿がオークジェネラルの目の前から消え失せた。真っ直ぐに突っ込むと見せかけて直前で左側にカットアウトすると、3体の中で左に立っている1体の真横に瞬時に移動している。


 桜の目の前にはがら空きのオークジェネラルの脇腹。当然のように手加減なしのストレートが目に捉えられない速度で放たれる。



「ブモオォォ」


 僅か1発のパンチでオークジェネラルの肋骨は粉砕され、内臓や心臓、肺までが破裂した。有り余るパンチの勢いはそれだけに止まらずに、その個体を吹き飛ばしてミサイルのような勢いで隣の個体にぶつかっていく。



「ブモオー!」


 更に玉突きになって、そのまた隣の個体にもぶつかる。



「ブモー!」


 こうして僅か1発の桜によるパンチで3体のオークジェネラルは折り重なるように倒れ込む。こうなると逆にその巨体が災いして中々起き上がれなくってしまう。まだ息のあるオークジェネラルは、なんとかして起き上がろうと地面でもがき合うが、そんな隙だらけの様子を桜は絶対に見逃さなかった。



「やはり肉になる運命でしたわね」


 動きを止めている最初の1体の下敷きとなって、なんとか抜け出そうと足掻いている個体の首に踵を落とす。


「ブモオォォォ」


 断末魔の叫びを上げるとオークジェネラルは息絶えていく。聡史の指示通りに2体を仕留めた桜はそのまま気配を消してオークの後ろ側に佇む。ひとたび彼女がこうして気配を絶つと、そこに居るのかどうかすらわからなくなる高度な気配の消し方だ。


 地面に転がされた3体のうちで、最も右側にいた個体は比較的ダメージが軽かった。訳が分からぬ間に自らをこのような目に遭わせた相手を探そうと周囲を見回すが、気配を絶った桜をその目で発見できないよう。だが前を向けば三人の人間がいる。しかもそのうちのひとりは倒れたままで抵抗できない様子が窺える。絶好の獲物を発見したとばかりに、再び床を踏みしめて立ち上がる。体は若干フラ付いてはいるが、闘争本能はいまだ健在のよう。



「美鈴、魔法だ」


「は、はい」


 美鈴の右手からはスタンバイを完了していたファイアーボールが飛び出していき、オークジェネラルの胴体のど真ん中に着弾する。



 ドーン


 閉ざされた空間に爆発音が響き、直撃を受けたオークジェネラルはその衝撃で後方に飛ばされる。



「やったわ」


 美鈴の表情は魔法が無事に命中した安堵感に包まれる。だが…



「ブモオォォ」


 オークジェネラルは剣を手に立ち上がる。雄叫びを上げたその姿は湧き上がってくる怒りに身を震わせているかのよう。オークジェネラルは確かに魔法の直撃を受けていた。だが革鎧越しであったために致命傷となるようなダメージではない。元々オーク種は生命力が強いうえに、分厚い皮下脂肪と有り余る筋肉が体を覆っているので見た目通りに頑丈。だからこそ学院生の手にを得ない魔物に指定されている。


 復活の雄叫びを上げるオークジェネラルの姿を見た美鈴は全身が硬直して身動き一つできない。魔法の効果が無かったショックとオークジェネラルの本能的に恐怖を呼び起こす姿に精神が負けてしまっている。



「仕方がないな」


 その小さな呟き声を残して美鈴の隣から黒い影が疾走する。右手はミスリル製のロングソードに持ち替えて雄叫びを上げるオークジェネラルに音もなく接近していく。



「悪いな、死んでくれ」


 その言葉とともにミスリルの剣を一閃すると、オークジェネラルの首が体からズルリとズレる。次第にそのズレが大きくなって頭が体から転がり落ちると同時に、オークジェネラルの巨体は真後ろに倒れていった。


 この光景を見届けた聡史はゆっくりと美鈴に振り返る。



「美鈴、魔法が当たったからといって油断すると命取りに繋がるからな」


「は、はい、聡史くん、ありがとう。助かったわ」


 美鈴はこのオークジェネラルとの一戦で大きな教訓を学んだ。最後の止めを刺すまでは絶対に油断できないのが魔物との戦いなのだと。そして白目を剥いて倒れている明日香ちゃんはご想像通り何も学んでいない。



「お兄様、肉をゲットですわ」


 桜がホクホクして木の皮に包まれたオーク肉のブロックを抱えてくる。その他に魔石を3個、気絶している明日香ちゃんに代わって迅速に回収を終える。



「聡史君、魔物の肉なんて本当に食べられるのかしら?」


「ああ、高級黒豚と遜色ない味だぞ」


「美鈴ちゃん、特にトンカツにするととっても美味しいですわ」


 兄妹が力強くその肉の美味しさを説くが、美鈴にはどうにも半信半疑な様子。異世界ではオーク肉というのは定番中の定番ではあるが、日本においては馴染みが無いのは当然。



「それよりも、そろそろ明日香ちゃんを起こしてやらないのか?」


「そうでした、すっかり忘れるところでした」


 桜はオーク肉をアイテムボックスにしまうと、続いて小ビンを取り出して中の液体を明日香ちゃんの口に流し込む。



「桜ちゃん、まさかそれは」


「美鈴ちゃん、魔法の液体ですから苦さで目が覚めますわ」


 揺すって起こせばよさそうなものだが、桜はわざわざ明日香ちゃんにポーションを飲ませている。実に友達思いの性格。やがて明日香ちゃんの喉がゴクリと音を鳴らすと…



「うへぇぇ、苦いですよ~」


 ポーションには気付け薬としての作用はない、明日香ちゃんは、えも言えないその味に我慢できずに目を覚ましただけ。


 ようやく立ち上がった明日香ちゃんは相変わらずポーションの苦さに顔をしかめっ放し。だがいつまでもグズグズしていられないので、この空間で唯一の手掛かりとなりそうな祭壇に向かって四人は歩き出す。


 近付いててわかったのだが、その上には長細い木箱が置いてある。



「特に罠が仕掛けてある様子もないですわね~」

 

 桜が無造作にその箱を開けると、中にはネジくれた木の頭の部分をくり抜いて黒い石を嵌め込んだ杖が出てきた。



「まるで仙人が用いるような杖ですわ」


 桜はその杖を手に取ると興味なさげに聡史に渡す。受け取った聡史は一旦アイテムボックスに仕舞い込む。



「聡史君、さっきから色んな物を出したり仕舞ったりしているけど、どういう仕組みなのかしら?」


「ああ、これはアイテムボックスだ。スキルのひとつだな」


「なんだか便利なスキルね」


 美鈴の言葉通り非常に便利なスキル。何でも放り込んで持ち運べるうえに、アイテムボックスの内部は時間が停止しているので、生ものでもいつまでも保存がきく。更にインデックス機能が付いており、仕舞った物品の名称がわかる。さすがに鑑定スキルのように用途までは調べられないが、インデックスに〔ミスリルの剣〕といった具合に表示される。



「わかったぞ、どうやらこの杖は〔黒曜石の杖〕という名称のアイテムだ。おそらく魔法に関係のあるアイテムだと思うが、あとでゆっくりと調べてみよう。それまでは俺が預かっておく」


 こうしている間に何もなかった空間の床に魔法陣が現れる。どうやらこの杖を手に入れると出現する仕組みのよう。



「オーク肉が手に入りましたし、お宝もゲットしましたわ。それでは戻りましょうか」


「桜ちゃんのおかげで酷い目に遭いましたよ~」


 こうしていまだにボヤキが止まらない明日香ちゃんを励ましながら、四人は魔法陣の中へと消えていく。






   ◇◇◇◇◇






 隠し部屋から転移した四人は見慣れぬ通路と思しき場所に運ばれていた。しかし、二度目は失敗しないとばかりに、美鈴と明日香ちゃんはお尻で着地することなく無事に自分の足で立っている。



「あれ? どっちに行っても行き止まりみたいですよ~」


「本当ね! どうやって外に出ればいいのかしら?」


 ダンジョン初心者の明日香ちゃんと美鈴は再び不安を口にしている。だが聡史と桜は全く平常運転で焦った表情一つ見せていない。ことに桜に至っては行き止まりになっている壁をしきりに調べている。



「正解は、こっちの壁ですね~」


 ガコッ


 右手のストレートを叩き込むと、脆い造りであった壁は発泡スチロールのように簡単に崩落。そして大きな穴が開いた先には見慣れた普通の通路がある。


 壁を崩した部分から桜が通路に出て周囲を見回すと、残りのメンバーに向けて手招きをする。



「危険はないようですから、こちらへ出てきてください。どうやらここは2階層みたいですわ」


 桜は自分が通った個所の景色を覚えているという、いわゆるマッピングに相当するスキルを持っている。いちいちメモを取らなくても脳内にダンジョンの地図を描けるという大変便利な能力。こんなスキルがあるからこそ単独でダンジョンに突入などという無茶を仕出かすという側面も否定できない。


 そして通路から呼び掛ける桜の勘は的中しており、すぐに1階層に昇っていく階段を発見する。



 階段を昇るとそこには1年生パーティーの姿が遠目に見掛けられる。やはり無事に1階層に戻れたよう。予定以上の収穫を得て本日は終了とばかりにそのまま最短距離で出口に向かい、四人は大山ダンジョンを出ていく。


 そのまま管理事務所のカウンターに出向くと…



「魔石の買取りをお願いしますよ~」


 回収係の明日香ちゃんがダンジョン事務所のカウンターに買取りを申し出ると、係員はにこやかな笑顔で対応してくれる。魔石や他のアイテムの買取りと転売は事務所の重要な収入源なので、愛想のいい笑顔を浮かべるのは業務上の必須マニュアル。ハンバーガー屋のお姉さんよりも5倍くらい輝いた笑顔をカウンターにやってきた冒険者にもれなく向けてくれる。この笑顔に魅せられて「俺に気があるんじゃないか?」と勘違いする男性冒険者が後を絶たないのも公然たる事実。



「はい、どうぞこちらのトレーに並べてください」


 明日香ちゃんのジャージのポケットにはジャラジャラ音がするくらいに魔石が詰まっており、これ以上入りきらない限界までパンパンに膨らんでいる。ひと掴みふた掴みと取り出すうちにトレーには小山が出来上がる。



「ずいぶん沢山あるんですね」


「はい、みんなで頑張りましたよ~」


 ピカピカの笑顔で答える明日香ちゃんだが、実は魔物を1体も倒していないという事実はこの際内緒にしておこう。こういう場面で他人と会話を合わせるのは非常に手慣れた娘である。俗に言うお調子者に相当するのだろうか?


 カウンター嬢は魔石を一つ一つ丹念に計測装置に掛けていく。


 普通のゴブリンがドロップする魔石は含有する魔力が10~20程度なので、これからエネルギーを取り出そうとしても外部から加えなければならないエネルギー量が上回ってしまい採算が合わない。いわゆるクズ魔石と呼ばれて価値が低い物とされている。


 だが、利用法が全くないわけではない。クズ魔石を粉末にして少量を火薬に混ぜただけでも燃焼効率が上昇するので相応の引き取り手はある。価格はジュース代程度ではあるが。


 カウンター嬢が端末に測定結果を打ち込むと、自動的に計算された代金が表示される。



「ゴブリンの魔石が42個で6300円、ゴブリン上位種の魔石が12個で6000円、それからこちらの魔石はもしかしてオークジェネラルですか?」


「はい、そうですよ~」


 明日香ちゃんがドヤ顔で答えている。実際に対面した際は気を失っていたくせに…



「魔法学院の学生さんが、オークジェネラルを倒したんですか?」


「とっても運がよかったんですよ~」


 聡史と桜が一緒だったのは果たして幸運なのか不運に巻き込まれたのか判断は微妙なところではあるが、明日香ちゃんがニコニコ顔なのでひとまず良しとしておこう。


 それよりも、カウンター嬢のほうがビックリ顔で明日香ちゃんを見つめている。彼女は業務上学院の生徒だけではなくて、このダンジョンに潜る一般の冒険者も数多く見ている。その外見や装備、体から放つ雰囲気だけで冒険者の能力をある程度判断可能。


 ところがどこからどう見てもピカピカの初心者である明日香ちゃんがオークジェネラルの魔石などを提出したものだから、何が起きたのかと不思議な表情をしている。だがカウンター嬢は、明日香ちゃんの背後に連れ立っている聡史と桜を見て納得した表情へと変わった。


(確かあの二人は秩父ダンジョンの最年少記録を次々に塗り替えた兄妹よねぇ~。先日は何万単位の魔石を秩父の事務所へ提出したというし、有り得ない話ではないわ)


 各地のダンジョン事務所においては活躍中の冒険者の情報が共有されており、聡史と桜は秩父ダンジョンの注目株。法令改正で年齢制限に引っかかるため兄妹のダンジョンへの入場を断らざるを得なかったのは、事務所にとっても痛恨の出来事と所内で話題になっていた。


 ちなみにこれは兄妹が異世界へ行く前の情報であり、今ではこの二人が数々の異世界ダンジョン攻略者であることは、さすがにこの有能受付嬢も気が付いてはいない。


 カウンター嬢はいつもの営業スマイルに戻って、明日香ちゃんに集計された最終結果を告げる。


 

「それでは、オークジェネラルの魔石が3個で7500円ですね。合計で19800円、源泉徴収10パーセントで、17820円になります」


「そんなになるんですか。4時間ちょっとで大儲けですよ~」


 明日香ちゃんの脳内では大好物のパフェがダンスを踊っている。これだけのお金があれば、一体いくつパフェが食べられるんだろうとソロバンを弾いているよう。


 自分のお小遣いの3か月分に相当するお金を握りしめた明日香ちゃんは、頬を紅潮させながら他のメンバーが待っているベンチへと向かう。



「皆さん、こんな大金が手に入りましたよ~」


「聡史君、このお金はどうするの?」


 美鈴も高校生にとってはちょっとした金額に相当戸惑った表情。過去にクラスの生徒とパーティーを組んでゴブリンを相手にした時は、全員でジュースを飲んで魔石の買取り代金はお仕舞だった。それに比べて今回はたった一度のアタックでこんな大金を得るなんて… おそらくこんな心情であろうと思われる。


 ちなみに美鈴の経験は、とりもなおさずゴブリン程度を相手にしていては冒険者としての稼業は成り立たないことを意味している。いかに下の階層に潜って手強い魔物を倒すかが、一人前の冒険者として生活の糧を得る唯一の方法であり手段。それだけに命の危険が常に付きまとう稼業といえる。


 さらに具体的にいえば、オークを倒せるかどうかで冒険者として生活が成り立つかどうかの分かれ目となる。その点からするといまだオークを相手にできない学院の3年生でもまだまだ一人前には至っていないと言えよう。



「そうだなぁ… 今日のところは一人当たり2千円でどうだろう? パーティー共有の物品なども後々買わないといけないし、残った金額はキープしておくのがいいと思うぞ」


 聡史の意見は異世界で培った冒険者としての収入分配の知恵。パーティー共有財産を多めに残しておくことで、いざ装備や日用の必需品を購入するという時にそこから支出可能となる。



「そうねぇ… 聡史君たちの部屋にはティーセットもないし、食器とかも揃えたいわね」


 特待生専用学生寮はこのパーティーの溜まり場に決定した模様。コンビニで購入した紙コップで味気ないお茶を飲むよりは、揃いのティーセットを美鈴は所望している。



「パフェの数が大幅に減ってしまいました…」


「明日香ちゃん、気落ちしなくて大丈夫ですわ。次回はもっと下の階層まで行きましょう。そうすれば、お金なんてザックザクですよ」


「そうでしたぁぁ、今日で終わりではなかったんですよね。次回はもっと頑張りましょう!」


 実に現金な明日香ちゃ。再び脳内で大量のパフェがダンスを開始している。




 こうして相談がまとまって、ダンジョン事務所を出ると美鈴が時計を見る。まだ4時半を少々回った位置を彼女の時計の針が指し示している。



「今から生徒会に顔を出そうかしら?」


「いや、ひとまずは俺たちの部屋に来てもらいたい。美鈴と明日香ちゃんはステータスが上昇しただろうから、色々と確認しておきたいんだ」


「美鈴ちゃん、今日は生徒会お休み宣言をしたのですから、最後まで私たちに付き合ってもらいますわ」


 元はといえば桜の強引さに押し負けて美鈴は生徒会を欠席したのだが、再び強引な大波が押し寄せてきて、あっという間に流されていく。


 だがそんな美鈴とは対照的に、この娘は確固たる自らの欲望を隠そうともしなかった。



「お兄さん、桜ちゃん、絶対に食堂に立ち寄ってパフェを食べましょうよ~。ねぇ、桜ちゃんもそう思いますよね」


「いいですわねぇ~」


「テイクアウトにしてもらうんだぞ。部屋で話をしながら食べてくれ」


「お兄さん、ナイスアイデアですよ~」


 明日香ちゃんからグイっとサムズアップされた聡史はとっても微妙な表情を浮かべている。その表情の裏側には、「そんなことで褒められても、全然嬉しくねぇぇぇ!」という本心が隠されていたのは、言うまでもない。





 ◇◇◇◇◇





 四人は特待生寮へと戻ってきている。


 手や顔を洗ってテーブルに着くと、さっそく桜がアイテムボックスから食堂でテイクアウトした品々を取り出す。明日香ちゃんが世界で最も輝く時間が到来。



「明日香ちゃんはフルーツパフェ。お兄様はアイスコーヒー。美鈴ちゃんはアイスティーでしたわね。残りは全部私のものですわ」


 桜の手元には、チョコレートパフェ、バナナチョコアイスクレープ、五段重ねパンケーキ3倍生クリームトッピングの三品が並んでいる。夕食の前によくぞこれだけ腹に入るものだ。



「桜、今月の小遣いは大丈夫なのか?」


「お兄様! 御心配には及びませんわ。危ないところでしたが、今日2千円の臨時収入が入りました」


「少しは残してあるんだよな?」


「500円玉が一枚残っていますが、問題ありませんわ。いざとなったらお兄様にゴチになりますの」


「俺の財布頼りか? 1円も貸さんぞ」


「もしお嫌ならば、いち早くダンジョンに入るしか道は残されていません。次の計画を今日中に立てておきましょう。私の経済状況が改善されなければ、お兄様の財布は常に狙われ続けますわ」


 桜は聡史の財布を人質にして次回のダンジョン突撃計画をまとめろと、兄に向って強要している。自らの闘争本能と食欲を満たすためならば、兄の財布すら犠牲にするのを厭わない恐ろしい娘がここにいる。


 聡史はヤレヤレという視線を妹に向けている。当の張本人である桜は、平然とした表情で明日香ちゃんのフルーツパフェと自分のチョコレートパフェを一口ずつ交換中。妹の特権だといわんばかりの、ワガママなお姫様モードに入り込んでいるよう。



「それじゃあ、明日香ちゃんからステータスを見せてもらえるか?」


「ふぁい、フテーハス、オーフン」


 ちょうどたっぷりクリームが乗ったバナナを口に放り込んでいた明日香ちゃんは、モゴモゴしながらステータス画面を開く。食べるかしゃべるか、どっちかにしろ!




【二宮 明日香】  16歳 女 


 職業      魔法少女になっちゃうぞ!


 レベル       11


 体力        48


 魔力        50


 敏捷性       34


 精神力       28

 

 知力        33


 所持スキル   魔法少女になっちゃう気持ち




 新たな数値が並ぶ明日香ちゃんのステータスを覗き込んでいる桜が真っ先に意見を述べる。



「明日香ちゃんのゴミのようなステータスが、ようやく人並みに近づきましたわ」


「誰が、ハエがブンブン集るようなクソステータスですかぁぁぁ!」


「明日香ちゃん、どうか落ち着いてくださいませ。ごく普通にゴミと呼んだだけです。どうも最近、被害妄想が悪化しているようですわ」


「桜ちゃんだって、誇大妄想じゃないですか。ステータスの数字をあれだけ盛っている人に被害妄想なんて言われたくないですよ~」


 明日香ちゃんは先日目にした桜のステータスを丸っきり信じてはいない。つい今しがたまでダンジョンであれだけの力を目の当たりにしても偽造された数字だと信じ切っているよう。


 ちなみにステータス上の各種数値は、レベルが一つ上昇するごとに8パーセント増えていく仕組みとなっている。今日一日で明日香ちゃんの各種数値は約2倍となっているが、それでもようやく人並みというのはさすがはEクラス最弱の存在。


 

「それにしても、職業とスキルがなんとも微妙ですわ」


「桜ちゃん、そこは触れないでくださいよ~」


 どうやら多少は気にしているらしい。だが以前よりは念願の魔法少女に向かって一歩前進している感はある。そこだけが唯一の救いのような気がしてくる。


 こんな桜と明日香ちゃんのど~~でもいい遣り取りを黙って聞いていた聡史が、ようやく口を開く。



「明日香ちゃんは、精神面を鍛える必要があるんじゃないかな? オークジェネラルを見た瞬間気絶していたし」


「お兄様! いい所にお気づきですわ。私が明日香ちゃんの精神面をビシッと鍛え上げます」


「桜ちゃん、なんだか悪い予感しかしないですよ~。本当に大丈夫なんですか?」


「お任せくださいな。オークジェネラルよりも怖いものを見れば、あの程度全然気にならなくなりますわ」


 桜の目が怪しく光っている。果たして明日香ちゃんをどのような方向に鍛えていくつもりなのだろうか? そんな妹の不穏な企みはスルーして聡史は続ける。



「それから、武器はどうするんだ? いつまでも手ぶらでダンジョンに入るわけにはいかないだろうし」


「そうですわね。私の手持ちの武器から無理やりにでも選ばせますわ」


「桜ちゃん、なんでそこで無理やり感満載なんですか?」


 こうして、明日香ちゃんの運命は完全に桜の手に委ねられたところで、次は美鈴の番となる。



「ステータス、オープン」



 【西川 美鈴】 16歳 女 


 職業     ……


 レベル    12


 体力     72


 魔力    374


 敏捷性    48


 精神力   134

 

 知力     90


 所持スキル  火属性魔法 闇属性魔法 無属性魔法 魔力ブーストレベル2 魔力回復レベル2 術式解析レベル5



「聡史君、どうかしら?」


「うーん、魔法属性が増えているのはいいけど、パターンとしては珍しいな~」


「えっ、何が珍しいのかしら?」


「火属性持ちは結構な数がいるし、攻撃手段としてはポピュラーといえる。でも次にステータスに現れたのが闇属性と無属性という点が珍しい組み合わせだと思うんだ。ほら、普通なら風属性とか水属性が現れるのが一般的だろう」


「そういうものかしら?」


 美鈴は今一つピンと来ていないようだが、闇属性の使い手というのは日本ではもしかしたら初めての例かもしれない。聡史が指摘するように、これは極めて珍しい事例といえる。



「それじゃあ、新しい属性の魔法を練習しようか」


「はい、聡史君、どうかよろしくお願いします」


 美鈴の新たな訓練方針が決定した。新たな属性の術式を自分のものにしようと決意する美鈴の目はキラキラに光っている。


 それとは対照的に、パフェを食べていた時の輝きの一切を失って死んだ魚の目をしている明日香ちゃんの姿が、聡史の印象に強く残るのだった。

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