第49話 チーム戦トーナメント 1


 ここで八校戦の仕組みについて詳しく述べておくこととする。


 トーナメント上位進出者については、個人戦チーム戦共にベスト4以上の選手に関して個人及びチーム表彰が行われる。


 これとは別に学校対抗の総合優勝争いが繰り広げられている。個人戦とチーム戦の上位に進出した生徒が所属する学校に所定のポイントが与えられて、その合計で総合優勝が決定する。


 そのポイントの振り分けであるが、個人戦の学年トーナメント優勝者には50点、準優勝者には30点、ベスト4進出者には10点となる。


 オープントーナメントはポイントが2倍となっており、優勝者には100点、準優勝者には60点、ベスト4進出者には20点。


 チーム戦のポイントはすべて個人戦の2倍となっており、学年トーナメント優勝チームには100点、準優勝チームには60点、ベスト4進出チームには20点となっており、オープントーナメントに関してはさらに2倍となる。つまりオープントーナメント優勝チームには200点、準優勝チームには120点、ベスト4進出チームには40点が与えられる。



 個人戦終了時点での学校別得点争いでは、第1魔法学院が420点でトップに立っており、2位の第4魔法学院が250点で追いかける展開。チーム戦の結果如何ではまだまだ逆転の可能性を残しているだけに、両校の争いの行方がどうなるか興味は尽きない。


 残念ながら3位以下の学校に関しては、オープントーナメントと学年種目を一つないしは二つ制した上で第1魔法学院と第4魔法学院の得点如何という状況なので、実質的に総合優勝争いには手が届かないと見做されている。


 なにしろ第1魔法学院と第4魔法学院が用意するであろうオープントーナメントに出てくるチームがあまりにも規格外すぎる。どちらか片方を破るのでも骨が折れるところにもってきて、両方を破らないことには優勝が見えてこないという、他校にとっては茨の道よりももっと険しい地獄のロードマップとなっている。



 さらにチーム戦について詳しく述べると、月曜日から水曜日までの3日間で学年別トーナメントを全て終える。この成績が出揃ったところで、オープントーナメントの組み合わせ抽選が行われて、木曜日に準決勝戦まで終えてから、最終日の金曜日にファイナルマッチとして決勝戦が行われるスケジュールとなっている。



 さて第3訓練場では、午前9時からすでに1年生の学年別トーナメントが幕を開けている。八校を代表する16チームが優勝の栄誉を巡って、早くも第1試合から熱戦が繰り広げられている。


 チーム戦のルールは、個人戦よりも二回り広いフィールドで1チーム5人以内で戦う規則となっており、各チームはあらかじめひとりだけリーダーを決定しておく。リーダーは陣地と呼ばれる5メートル×10メートルの台の上に乗っており、この台から地面に落とされるか若しくはリーダーが戦闘不能に陥ったらそこで勝敗が決する。


 使用するのは武器でも魔法でも可能で、非致死性の攻撃であれば戦術に応じて柔軟に双方を使い分けて構わない。


 いかにリーダーを守りながら相手のリーダーを討ち取るかという、戦術とチームワークが試される試合形式となっている。





 このトーナメント第2試合で、早くも第1魔法学院の代表である〔勇者〕浜川茂樹が率いるパーティーが登場する。



「このトーナメントで何としてでもいい成績を残すんだ!」


 個人戦に出られなかった茂樹はもとより、他のチームメンバーも個人戦では目立った成績を残せなかっただけに、チーム戦トーナメントに懸ける意気込みは並大抵ではない。


 茂樹が率いるパーティー〔栄光の暁〕はメンバーの四人がレベル13~14で、リーダーの茂樹のみがレベル17という、いわば勇者によるワンマンチームと言って差し支えない。


 その栄光の暁は試合が始まる前に簡単な打ち合わせを行っている。とはいっても、ほとんど茂樹がひとりで作戦を決定してそれをパーティーメンバーに伝えるだけの、お世辞にも打ち合わせとは呼べない単なる伝達のよう。



「リーダーは和也が務めてくれ。誠と宗司が和也を守るんだ。俺と健次が敵陣に突っ込んでいくから、相手の人数が減ったところで誠と宗司はタイミングを計って攻めに転じてもらいたい」


「わかったぞ」


「よし、その作戦でいこう」


 こうしてパーティーメンバー全員が頷くと、彼らは控室で装備を整え始める。そのまましばらく待って開始時間には入場門の手前に整列。茂樹は今大会初めての出場になるので、やや緊張しているのかその表情は硬く映る。


 入場が終わると、審判の合図でいよいよ試合が始まる。栄光の暁に対するのは、地元である第5魔法学院の1年生チームとなっている。



「いくぞぉぉぉ!」


 試合開始の合図とともに雄叫びのような掛け声を上げると、茂樹は敵陣に向かって一直線に突っ込んでいく。茂樹の援護で付き従う健次とともに、真っ向から相手の防衛ラインを強引に破ろうと剣を振るいながら進んでいく。


 だが茂樹が力任せに突進してくるであろうと第5魔法学院のチームもある程度予測を立てていた。茂樹たちを止めようとして、前衛の三人が取り囲むように包囲する。


 2対3で前衛同士が乱戦に陥るとみるや、栄光の暁の後方に控えている誠が前に出ようとする。だがそこに第5魔法学院の魔法使いが放ったファイアーボールが飛来。



「おっと、危ない!」


 慌てて誠がファイアーボールを避けると、彼の前進を阻もうとして繰り返しファイアーボールが放たれてくる。もちろんファイアーボールは誠のそばにいる宗司も狙ってくるので、彼らはその場に釘付けのまま。


 第5魔法学院はチームとしての戦術をよく考えていた。殊に陣地に立っているリーダーが現在も声を枯らして指示を出している。本来のリーダーが血気に早やって敵陣に攻め込んでしまった第1魔法学院チームが指示を出す人間が不在で機能不全に陥っているのとは好対照ともいえる戦い方。


 

「いいぞ、ノボル! その調子で相手の動きを止めるんだ!」


「オーケー! 翔也も手伝ってくれよ!」


「任せろ!」


 ノボルという名の第5魔法学院の魔法使いだけではなくて、リーダーまでがファイアーボールを撃ち始めて栄光の暁の後方にいる二人を牽制し始める。


 援軍が来ないままに茂樹は懸命に剣を振るうが、彼我のレベル差は数の不利を埋め合わせるのには不十分。今頃になって相手の戦力分析もしないままに無謀な突進を選択したことを茂樹は心の中で後悔している。1回戦だから大した相手ではないだろうと自分の実力を過信した結果がこの現状を招いている。



「グアァァァァ!」


 背中から剣の一撃を叩き込まれた建次が倒れて戦闘不能となる。状況はさらに悪化して、茂樹ひとりを第5魔法学院の剣士三人が取り囲んでフルボッコ状態が始まる。



「クソォォォォォ!」


 叫び声をあげて自らを鼓舞する茂樹だが、彼の技量ではまとめて三人を相手にするのは無理である。勇者としてのプライドゆえに絶対にここでは引けない茂樹。だが次第に彼は追い詰められていく。


 三方向から振り下ろされる剣を懸命にしのいでいる茂樹だが、思うように試合が進まない苛立ちが高じて頭に血が上って冷静さを欠いていく。そしてついに彼は一発逆転を狙ってとんでもない暴挙に出た。



「ホーリーアロー!」


 敵のリーダーが立っている陣地に向かって、直撃すれば命すら危ぶまれる威力が高い神聖魔法を放っている。



 ドガガガーン!


 ホーリーアローの直撃を受けた第5魔法学院の陣地は轟音と閃光に包まれる。光と煙がやむと、完全に破壊された陣地とそこに倒れこんでピクリとも動かない相手のリーダーの姿が。



「試合中断! 救護ぉぉ!」


 審判が慌てて試合を止めて担架を抱えた救護係が飛び出してくる。あまりの惨状に会場は水を打ったような静けさに包まれる。


 その中でひとりだけフェンスを乗り越えてフィールドに飛び出していく影が。第1魔法学院の制服に身を包み、ブロンドのロングヘアが眩しく映るカレンその人。



「容体はどうですか? 私の回復魔法を役立ててください!」


 担架に乗せられた第5魔法学院のリーダーは重篤ではあるものの辛うじて息が残っている。だがこのままでは病院に搬送する間にも心臓の鼓動が止まりそうな危険な容態。



「何とかなるのか?!」


「ベストを尽くします」


 それだけ言うとカレンは口を真一文字に結んで一旦精神を集中する。レベルが30を超えたおかげで従来よりも上級の回復魔法を用いることが可能となっているが、今までの初級の回復魔法よりも発動に時間を揺するのが難点。



「ハイ・ヒール」


 カレンの手から勢いよく純白の光が放出されるとリーダーの体全体を優しく包み込む。頭と手足から流れている出血はあっという間に止まって呼吸と心臓の鼓動が規則正しさを取り戻していく。


 相当量の血を流したため顔色は青白いままだが、その表情は見るからに落ち着いたものへと変わる。



「これで容体は安定したと思います。私も同行しますからこのまま病院へ!」


「すまない、助かった!」


 偶然にも救護を担当しているのは意識を失っている生徒のクラス担任。目の前でクラスの生徒が一歩間違うと命を落とす危機を迎えていただけに、カレンに対して大きな感謝の気持ちを胸にしながらも短い言葉を残してひとまずは療養施設へ急ぐ。カレンもその後に続いて施設へとその姿を消していく。



「よかった… 一時はどうなるかと思った」


「奇跡だな」


「人間ひとりの命を救うなんて、天使の再来か?」


「いや、女神じゃないのか」


 スタンドには第5魔法学院の生徒が大勢詰めかけている。その中で生徒の命を救ったカレンの評判は急上昇どころの騒ぎではない。本物の天使か女神のように熱心な信者ファンを大増殖させている。天使でも女神でも教祖様でもないと本人は否定するだろうが、カレンに対する好感はもはや信仰レベルにまで高まっているよう。




 フィールドとスタンドの喧騒が落ち着くと、茫然自失の体で立っている存在が誰の目にも飛び込んでくる。スタンドからの視線を一心にその身に受けるのは、どう見ても致死性の危険な魔法を放った茂樹であった。



「なんてことをするんだぁぁぁ!」


 第5魔法学院の席からひとりの生徒が声を上げると、茂樹を非難する声はスタンド全体に広がっていく。それは第1魔法学院の生徒といえども例外ではない。今や彼を庇おうとする者はこの会場には一人も見当たらない。


 八校戦は殺し合いではない。各校の代表生徒が純粋に技術を競う場として開催されている。茂樹の行為はそのルールをはるかに逸脱しているのは明白。この点をスタンドの生徒たちは問題視している。本来なら声援が湧き起こるはずの会場は、現在茂樹に対する非難の嵐で埋め尽くされている。



 試合が中断している間に審判が本部席の運営委員と何かを協議している。やがて会場には本部で試合の裁定を務める教員によるアナウンスが流れだす。



「ただいま中断した第2試合の裁定を報告します。致死性が高い危険な魔法を放った第1魔法学院のチームは失格処分といたします。なお魔法を放った本人に対しては、八校戦実行委員会から別途処分が下ります」


 茂樹は棒立ちのままそのアナウンスを聞いている。彼に向かって猛烈なブーイングが湧き起こる中で、控室からひとりの影が茂樹の元へと向かって歩み出す。その大きなシルエットは、誰かと思えば近藤勇人。



「浜川、すぐに戻れ」


「お、俺は、なんということを…」


「自分の心がどれだけ弱いか見つめ直す機会にしろ。俺から言えるのはそれだけだ」


 茂樹は勇人に連れられて、ブーイングの雨が収まらない中を控室に向かって消えていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 浜川茂樹が控え室に姿を消すと、場内にはアナウンスが響く。



「ただいま行われた第2試合で第1魔法学院による失格を伴う反則行為がありましたので、大会規定に基づきまして同校の総合ポイントから100点を減点いたします」


 総合優勝争いのトップをひた走る第1魔法学院にとっては手痛い措置。だが大会規定で定められている以上は不服の申し立てもできない。なぜなら同校の生徒たちも口々に茂樹の行為を非難した事実が歴然と存在している。


 だがこの措置によって、これまで総合ポイント争いで優位に立っていた第1魔法学院の生徒たちの間に大きな動揺が走る。



「いきなり100点の減点なんて、ちょっと厳しくないか?」


「ルールにある以上が逆らえないだろう。それよりも、これで2位の第4魔法学院との差が一気に縮まってしまったな」


「点差は70点か… 依然リードしているとはいえ、何かあれば簡単に逆転を許す差だ」


 個人戦の成績で圧倒的に優位に立っていた余裕が一気に吹き飛んだ事態に殆どの生徒の表情が明らかに曇っている。この先の母校の戦いがまったく予断を許されない展開となっただけに、先行きを案じている生徒が大半の模様。


 その中で、1年生の生徒が固まって座っている一角がざわつき始める。



「浜川たちがいなくなって、残っているのはブルーホライズンというチームだけか…」


「ブルーホライズン? そう言えば聞いたことがないチームだよな」


「どこのクラスだ?」


「それが… どうも聞いたところによると、Eクラスの女子で結成されたチームらしいぞ」


「なんだって! Eクラスの女子チームだと! おい、もう1学年トーナメントは絶望じゃないか」


 ブルーホライズンはこれまで勇者チームの陰に隠れて誰からも注目を浴びていなかった。「どうせ勇者が優勝を決めてくれるから、もうひとチームはどこでもいいだろう」といった具合で、殆ど無視されている存在も同然。


 だがその頼みの勇者たちが最悪の失格という危機的状況を機に、ブルーホライズンにこの学年トーナメントを委ねなければならない不安を訴える声が次第に高まっていく。そしてその責任を追及する矛先は出場チームを決定した生徒会に向かう。



「なぜこんなメチャクチャなチーム選考が行われたのか生徒会の姿勢を正すべきだろう!」


「そうだ! もしこれが原因で総合優勝を逃したら生徒会はどう責任を取るのかはっきりさせるべきだ!」


 仲間内の話が次第に膨らんで、いつの間にか生徒会の責任を追及する集団に変わっている。どうやら元々彼ら自身が抱いていた自分たちが出場チームに選出されなかった不満も相まって生徒会の見解を質そうと、役員がまとまって陣取っている場所へと十人近い集団で向っていく。



「会長、なぜ今回Eクラスの女子がチーム戦に選出されたのか、その根拠を聞かせてもらいたい。このままでは第1魔法学院は、みすみすトーナメントのポイントを放棄するようなものではないか!」


「そうだそうだ! 俺たちを差し置いて、なぜEクラスの女子なんか選んだんだ?! このままポイントを諦めるというのなら、その理由をはっきりと答えてもらいたい!」


 仲間内で話をしている間に相当頭に血が上ったのか、かなり強硬な態度で生徒会役員に苦情を申し立てている。急に押し掛けて来た男子生徒の集団の不満を耳にして席から立ち上がったのは、たまたま勇者の失格を受けて善後策を話し合っていた美鈴。



「生徒会の決定に不服があるようでしたら、この場でお聞きします」


 毅然とした態度の美鈴に対して、男子生徒たちは一瞬気圧された表情になる。だが集団の数を頼みにしてなおも強気な態度で美鈴に捲し立てる。



「なんでEクラスの女子をチーム戦に出場させたのか、その理由を我々が理解できるように説明してもらいたい」


 その言い草に、彼らは質問ではなくて苦情を申し立てに来たのだと美鈴は悟っている。この程度のクレームにいちいち反論するのも面倒だが、そのような感情は表に出さないポーカーフェイスのままで…



「それではお答えします。チーム戦の選手選考には明確な基準がありません。従来は模擬戦週間で個人戦上位の選手が所属するチームが出場していました」


「なぜその従来の慣行を破ってよりによってEクラスの女子なんかが出場するのか、その理由をはっきりしてもらいたい!」


「順にお話しますから、落ち着いてもらえますか」


 美鈴は余裕の態度を崩さない。その態度に頭に血が上っている集団もやや冷静さを取り戻す。



「確かに最終エントリーの段階で個人戦出場者や補欠を集めた他のチームを出場させる選択もありました」


「だったらなぜその選択をしなかったんだ?」


「仮にそのようなチームを作ったとして、浜川君が率いる栄光の暁よりも強力なチームが出来上がりますか?」


「そ、それは無理だろう。浜川のチームが一番レベルが高いんだし…」


 この点を美鈴に指摘されると集団の先頭に立っていた男子生徒の声が急にトーンダウン。勇者が率いるパーティー以上の実力がないという点に関しては、彼ら自身事実と認めざるを得ないよう。



「率直に申し上げます。浜川君たちは失格に終わりましたが、あの試合の経過を分析すると明らかに彼らは押されていました。つまり勇者パーティーでも楽には勝てない実力者たちがこのトーナメントには出場しています」


「だったらなぜEクラスの生徒なんだ?!」


「彼女たちブルーホライズンは浜川君たちを上回っているチームです。選出した根拠はただそれだけです」


「そんなことを言われても、おいそれと信じられるか! Eクラスだぞ! しかも女子だけなんて、どうやって浜川たちを上回れるというんだ!」


「あら、今大会の1学年トーナメントを制したのは、確か本校のEクラス女子ではなかったかと思いますが」


 美鈴にこの点を指摘されると、男子生徒は反論できずにグギギという表情を浮かべる。だがその隣の生徒が、なおも美鈴に食って掛かる。 



「優勝したEクラスの女子とブルーホライズンを同じ土俵で比較するには無理があるぞ! 俺たちはまだチーム戦にブルーホライズンが選ばれた具体的な理由を知らされていない!」


「具体的な理由は個人のステータス上の秘密に属しますのでこの場では答えられません。でもその代わりに彼女たちが1回戦で敗退したら、責任を取って私が生徒会役員を辞職いたします。私はそのくらいの強い確信を持って彼女たちを推薦しておりますから、結果がどうあろうと全てを受け入れます」


「その言葉は、覚えておくからな」


 事態は美鈴の生徒会副会長としての進退まで懸かるという大事に発展。自らの職を賭すという美鈴の態度に男子生徒たちはこれ以上の反論のしようはなく、一旦元の席に戻っていく。



 この遣り取りを比較的役員席の近くで聞いていた桜は…



「美鈴ちゃんたら、副会長の座まで賭けてしまいましたわ。私に一言いってくれればもっと簡単に解決しましたのに…」


「桜、一応聞いておくが、その解決策というのはどんな内容だ?」


「お兄様、それは決まっておりますわ。校舎裏に連れ込んでボコボコにすれば、二度と生意気な口を叩けなくなります」


「却下だ! せっかくの美鈴の配慮を台無しにするつもりか」


「もう、相変わらずお兄様は手緩いですねぇ… 仕方がありませんから、今回は見逃して差し上げますわ」


 桜が矛を収めた結果、彼ら1年男子生徒グループは一命を取り留めた模様。一歩間違うととんでもない地獄を見る崖っぷちに立たされているのを彼ら自身全く気が付いていない。知らぬが仏という諺は本当に存在するかもしれない…



 聡史たちとは別の場所に座る上級生たちは、生徒会役員に捻じ込んだ1年生グループの態度とは全く違う反応のよう。



「おい、あの1年の撥ねっ返り共は生徒会に文句をつけているぞ」


「バカも休み休み言えってところだな。ブルーホライズンといえば、あの楢崎兄が引き連れて5階層に入ってくる女子たちだろう」


「最近では、彼女たち単独で5階層を荒らし回っているからな」


「特にヤバいのはあの盾を手にする女子だよな。この前体当たりでオークを吹っ飛ばしていたぞ」


「あんなの食らったら、俺は立っていられる自信が無いな」


「バカ言え! 俺もお前も一溜まりもなく吹っ飛ばされるのが目に見えている。近藤ですら持ち堪えられるかどうかという強烈なシールドバッシュだったからな」


 ブルーホライズンと同じ階層で活動する上級生たちは、時折彼女たちの活躍を目にする機会があったらしい。聡史の引率があるとはいえ1年生が5階層で当然のような表情でオークを相手にする光景は、上級生である彼らからしてもいまだに信じられな様子。



「ということは、生徒会の意図としては勇者は勝ち抜けばラッキーで、本命はブルーホライズンということだったんだな」


「当て馬にされた勇者は気の毒だな」


 こんな感じで動揺した一部の生徒と生徒会の押し問答は一旦静まって、第1魔法学院の生徒が席を埋める一角は試合の進行を見つめるのであった。






 ◇◇◇◇◇






 午前中の最後の試合にブルーホライズンは出場する。彼女たちは第1魔法学院の席で美鈴の進退まで懸かるような遣り取りが起こっているとも知らずに、至って平常運転で試合前の打ち合わせに入っている。



「第1試合の最前線はいつも通りに美晴に任せるわ」


「オッシャァァ! 全員ブッ飛ばして見せるぜぇ!」


「ちょっとは落ち着きなさい! まずは防御重視で慎重に試合に入るのよ。初撃は千里の魔法でなるべく人がいない場所を狙って爆風で牽制してもらえるかしら」


「はい、わかりました」


「千里の魔法に紛れて美晴と渚が接近して相手を抑え込みにかかって、最後に絵美が突入するのが理想だけど、相手もいることだしこの辺は臨機応変に対処しましょう。とにかく私の指示に耳を傾けるのと仲間内のコミュニケーションを忘れないで」


「オーケー!」


「真美さんに状況判断は任せます」


「美晴、咄嗟の場合は私の指示に従ってよ!」


「もう、渚は心配性だなぁ! ちゃんと分かっているって!」


 前衛組の中で指示を出すのは渚の役割。彼女も重要な役割を担っているだけに、暴走しがちな美晴に色々と注意を行っている。こうしてそれぞれが思い付いたことを話し合って試合前の打ち合わせを終えると、彼女たちは防具の装着に取り掛かる。


 そのまま試合時間が来るまで彼女たちは控え室で待機。ちなみにこの試合にほのかは人数の関係で出場しない。彼女は2回戦に備えて対戦相手のデータ収集に務めており、現在スタンドで試合を観戦中。



 そして午前中の最後の試合の開始時間となる。ブルーホライズンのメンバーは赤の入場門からフィールドに入って開始戦に並ぶ。



「各自位置につけ!」


 チーム戦は個人戦とは違って、最初に各自が立つ位置がチームとしてのフォーメーションとなる。ブルーホライズンは相手が意外に感じるくらいに自陣に引き籠った位置にメンバーが立っている。


 具体的に説明すると、縦60メートルのフィールドの中で自陣から15メートルの位置に全員が固まっている状況。しかもその先頭にいるのは魔法使いの千里で、その斜め後方の右に美晴、左に渚という隊形を組み上げている。絵美は千里の真後ろに待機して、リーダーを務める真美は陣地の台に乗って盛んに声を掛けている。


 この様子を見た相手の第6魔法学院のチームは完全に勘違いをした模様。



「おい、相手は女子ばかりで、どうやら引き籠って守りに徹するようだぞ」


「一気に攻めかかってリーダーがいる陣地を落とせるな」


 小声でこのような声を交わすと前衛の三人が開始戦ギリギリに立って、開始早々にブルーホライズンの陣地に攻め込もうという様子で身構える。



「試合開始ぃぃ!」


 審判の合図とともに、第6魔法学院の三人が前進を開始した。すると…



「ファイアーボール!」


 先頭に立っている千里の声が響くと、前進を企てる三人の手前10メートルの位置に計ったように炎の塊が着弾する。



 ズガーーン!


「「「うわぁぁぁぁ!」」」」


 ファイアーボールは直撃しなかったものの、美鈴直伝の爆裂術式によって前進開始していた三人は真正面から爆風を浴びて体勢を崩す。そのうちのひとりは大きくバランスを崩して転倒した模様。



「前進開始!」


 真美からの指示が伝わると、美晴と渚が突進を開始。美晴がやや前に出て、その直後を渚が駆けていく。


 千里が放ったファイアーボールで前衛が足止めされた第6魔法学院チームではあるが、被害を受けなかった後方の魔法使いが突進を開始した美晴に向けて魔法を撃ち出していく。



「ファイアーボール!」


「こんな魔法なんか目じゃないせぇ!」


 飛んでくる炎を手にする盾で叩き落とすと、なおも前進を続ける。なんとか体勢を立て直そうとしている男子生徒に正面から迫ると、盾を前面に押し出して体当たりを敢行。



「おりゃぁぁぁぁ!」


 ドスーン!


 重たい響きをを立てると、美晴のシールドバッシュは相手の男子生徒を簡単に吹き飛ばしていく。ぶつけられた勢いのまま後方に吹き飛んで芝生に背中から落ちた男子生徒は、たった一撃で戦闘不能に。


 その頃には美晴の背後から姿を現した渚が槍を手にしてひとりの生徒の間合いへ接近している。



「えいっ!」


 一撃で相手が手にする剣を叩き落とすと、渚は首元に槍を突き付ける。



「ま、まいった!」


 これで第6魔法学院の選手の二人が戦闘不能に陥った。さらに美晴は立ち上がったばかりのもうひとりに猛スピードで接近すると、ドスンと音を立てて吹き飛ばす。これであっという間に第6魔法学院チームの前衛三人が片付いてしまう。


 

「ファイアーボール!」


 なおも残った魔法使いが渚に向かって魔法を放つが、彼女は身軽に右に避けている。視線で相手の魔法使いを牽制しながら美晴に指示。



「美晴! 絵美と合流しろ!」


「オーケー!」


 相手の前衛が片付いたのを見て取った絵美は、絶妙のタイミングで美晴の近くに走り込んでくる。盾を掲げる美晴と一緒になって敵陣に乗り込むと、相手のリーダーを追い詰めようと迫っていく。さらに遅れて渚も駆け付けて、三人掛かりでリーダーの元に殺到。


 その間相手の魔法使いは千里が放つファイアーボールに手も足も出ない状態。魔法の邪魔を受けないまま美晴を先頭にした三人が敵陣地に到達する。


 

「死にさらせぇぇぇ!」


 最初に美晴が盾でぶつかると、相手のリーダーはなす術なくしりもちをつく。最後は絵美が剣を突き付けるとリーダーは両手を上げて降参の意志を示す。



「勝者、赤!」


 審判の声が響くと、ここにブルーホライズンの勝利が決定する。終始相手を上回る堂々とした勝ちっぷりであった。



「師匠! やりましたぁぁぁぁ!」


 スタンド最前列に陣取る聡史に向かって駆け寄ると、満面の笑みを浮かべて彼女たちは両手を振る。



「いい戦いだったぞ」


 聡史の言葉に大きく頷いて、五人は胸を張って控え室に向かって戻っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ついに最終種目のチーム戦がスタート。勇者パーティーの失格というアクシデントを乗り越えてブルーホライズンが一回戦を圧勝しました。彼女たちの快進撃はどこまで続くのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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