第48話 八校戦の合間に


 兎にも角にも桜の優勝で個人戦は幕を閉じて、控室に一旦入った桜は防具を解いて第1魔法学院の生徒が陣取っている観客席へと戻ってくる。



 パチパチパチパチ!


「優勝おめでとう!」


「チーム戦も期待しているぞぉ!」


「桜ちゃん、優勝おめでとう!」


「さすがは桜ちゃんよね!」


 桜が姿を現すと、スタンドの一角は温かい拍手と歓声に包まれる。第1魔法学院の生徒たちが一丸となって応援した甲斐あって、オープントーナメントは魔法部門と格闘部門の両方で優勝を飾れただけに生徒たちの表情は明るい。殊に生徒会関係者は目標としていた総合優勝に大きく近づいた現状に表情を緩めている。


 歓声に軽く手を挙げて応えた桜は、最前列にいるはずの明日香ちゃんに向かって一直線に進んでいく。その明日香ちゃんは厨2病認定が尾を引いて、いまだに白目を剥いている状態。



「明日香ちゃん、寝ている場合ではありませんわ。そろそろおやつの時間ですから、食堂に急ぎます」


「ハッ! 私は一体どうしていたんでしょうか? まったく記憶がありません」


 白目を剥いている間だけではなくて、その前後の遣り取りも含めて明日香ちゃんはすっかり記憶を失っている様子。なんとも便利にできている娘といえよう。そして…



「そうでした! こんな場所にグズグズしていられませんよ~。桜ちゃん、食堂に急ぎましょう」


 美鈴やカレンが体を揺すっても一向に目を覚ます気配がなかった明日香ちゃんは、桜の「おやつ」の一言でシャキッと起き出して行動を開始。どこまで現金な性格なんだろうと、周囲は生暖かい目で見つめるだけであった。






  ◇◇◇◇◇






 トントン!


「はい」


 桜と明日香ちゃんが食堂に姿を消して、聡史たちも各自の部屋へと戻ってしばらく経過した時間帯。夕食にはまだまだ時間があるので聡史が部屋に備え付けのベッドに寝転んでいると、ドアをノックする音が響く。


 起き上がった聡史がドアを開くと、そこには桜と明日香ちゃんが立っている。いや、それだけではなくて二人の後ろには美鈴とカレンも一緒。



「お兄様、お部屋を借りますわ」


「お兄さん、お邪魔します」


 聡史が何も言わないうちから、桜と明日香ちゃんがズカズカと部屋に入り込んでくる。その後ろからは当然美鈴とカレンも当然一緒に。一人用の狭い部屋なので、こうして五人が一度に集うと思いの外手狭に感じる。


 女子たち三人がベッドの上に腰掛けて、桜はちゃっかりと備え付けの椅子に座っている。居場所を失った聡史は、膝を曲げて部屋のコーナーに体育座りするしかない状況。この部屋が誰に割り当てられているのかなどという問題はこの際どこか遠くに追いやられている。


 五人が適当に座ったところで、桜が話を切り出す。



「第79回パーティー会議ぃぃ!」


「そう言いながら毎回お茶会… 今日はお茶とデザートがないじゃないかぁぁぁ!」


「お兄様、たった今デザートをいただいてきたばかりですから、今日はお茶会ではありません」(キリッ)


 毎回お馴染みのツッコミを封じられた聡史はやり場のない憤りを感じている。そんな兄のどうでもいい憤りなど無視して桜が話を切り出す。



「さて、個人戦はまあまあの結果で終えることができました」


 まあまあどころではない。桜と美鈴がオープントーナメント優勝、明日香ちゃんが学年トーナメント優勝でカレンが準優勝という輝かしい成績をこのデビル&エンジェルというたったひとつのパーティーが成し遂げている。



「本来ならばこの場で乾杯の一つも行いたいところですが、それは夕食の時までとっておきましょう」


「桜ちゃん、デザートは大盛りがいいですよ~」


「明日香ちゃん、体重が許す範囲で食べてください」


「何のお話か分かりません」


 明日香ちゃんはすっとぼけて胡麻化す方向に舵を切っている。体重なんか知らんぷりを決め込むようだ。本当にいいのだろうか? あとから泣いても知らないけど…



「唯一の汚点といえば、ひとりだけ決勝にも進めなかったゴミがいることですが…」


「俺なのか? 俺のことなのか?」


「まあ、勝負は時の運と申しまして、運を逃す毛虫のような存在はこの際どうでもいいです」


「毛虫なのか? あっち向いてホイで負けたぐらいで毛虫扱いか?」


 兄妹のどちらかが準決勝で負ける運命だったにも拘らず、桜は負けた聡史に対して容赦ない辛辣な物言いをしている。この妹は、何事に対しても許容という言葉を知らない。



「お兄様、ミノムシにしましょうか?」


「頼むから虫から離れてもらえるか」


 聡史の虫扱いはなおも続く。



「それはさておき、チーム戦が始まるのは来週の月曜日からです。明日と明後日をどのように過ごせばいいかをこの場で協議したいと思います」


 八校戦は今週の月曜日が移動と前夜祭で、火曜から金曜日にかけて個人戦トーナメントが開催された。土日を挟んで来週の月曜日からチーム戦のトーナメントが始まって、最終日の金曜日はチーム戦オープントーナメントの決勝と表彰式、さらには夜になって交流晩餐会というスケジュールが組まれている。


 というわけで土日は特に予定がないため、どのように過ごすかを桜は議題としている。


 

「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「せっかく大阪に来たんですから、やはり食べ歩きをお勧めしますよ~」


「却下です! 引率の先生から許可が出ないのはすでに確認済みですわ。他に意見はないですか?」


「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「仕方がないので、葛城ダンジョンに入るのはどうでしょうか?」(棒)


「素晴らしいアイデアです! 明日香ちゃんの意見を採用して、この土日はダンジョンに入りましょう!」


 毎度のお約束の茶番が始まった模様。



「どこかで見た展開だぞ。ここまでくると様式美になっているからな」


「明日香ちゃんは、桜ちゃんとどういう約束をしたのかしら?」


 先日のこともあって、聡史と美鈴とカレンの三人が桜と明日香ちゃんに向けてジト目を向けている。美鈴の視線に耐え切れなかった明日香ちゃんは、体をブルブル震わせながらか細い声で答える。



「学院に戻ったら、1週間桜ちゃんとの訓練はなしという約束で…」


「やっぱり買収ね!」


「買収だな!」


「買収ですね!」


 さすがに二度目ともなると、明日香ちゃんにも若干罪の意識が芽生えている様子。いくら明日香ちゃんでも桜のような図太い神経を持ち合わせてはいない。



「まあまあ皆さん、そんなに尖らずに! ここはどうか大人の対応で」


「桜、既に証拠は挙がっているんだ! カツ丼を食わせてやるから正直に吐け」


「お兄様、カツ丼でしたらいつでもご馳走になりますわ。それよりも、せっかくですからダンジョンに行きましょうよ~」


 兄の追及などどこ吹く風で、桜はダンジョン行きを聡史にせがんでいる。メンバーたちは優しいので、桜がこう言い始めるとまあいいかで流されていく。


 こうしてなし崩しに、土日のダンジョン行きが決定する。桜は希望が叶って喜色満面。逆に明日香ちゃんは、一日ものんびりする暇がなくてゲッソリしている姿が対照的すぎる。


 

 土日の2日間の過ごし方は決定したが、今度は美鈴が手を挙げる。何か重大な用件を相談したいことがありそうな表情だ。



「美鈴は急にどうしたんだ?」


「最近気になっていたんだけど、時間がなくて聞けなかった話があるの。ほら、私たちはレベルが30を超えたでしょう」


「そういえばそうだったな」


「以前聡史君と桜ちゃんが見せてくれたステータスの数字と並んだはずなのに、なぜいまだに大きな力の開きがあるのか疑問なのよ」


 聡史と桜が「しまった!」という表情へと変わる。事情を知っているカレンもどうしたらいいのかオロオロ。



「お兄様、もはやこれ以上は誤魔化しようがないような気がします」


「そろそろいい潮時かな。桜、どうやら腹を括るタイミングが来たようだ」


 兄の言葉に妹は黙って頷く。聡史は今までにない真剣な表情で美鈴と明日香ちゃんに向き合う。



「これから俺が口にする話は中々シャレにならないから心して聞いてくれ。他言は無用だ」


「明日香ちゃん、もし誰かにお話ししたら二度とデザートはおごりませんからね!」


 聡史に続いて桜が、明日香ちゃんがポロっとしゃべらないように釘を刺す。デザートが懸れば明日香ちゃんは真剣に約束を果たしてくれるはず。



「桜ちゃん、どうか私に任せてくださいよ~。デザートのためなら秘密は厳守します」


「今一つ信頼性に欠けますが、明日香ちゃんを信じるしかないですわねぇ~」


 桜の表情は不信感でいっぱいではあるが、ここまで来たらもう明日香ちゃんを信じるしかなさそう。


 そして遂に聡史が秘密を明かす。



「桜が一番最初に見せたステータスを覚えているか?」


「ああ、あの子供のイタズラみたいな数字が並んだ画面ね」


「私も覚えていますよ~。桜ちゃんが手の込んだイタズラをしたんですよね」


 美鈴と明日香ちゃんは、いまだにあれがイタズラだと信じている。二人の様子を見ているカレンは、表情に不安がいっぱいの様子。そして聡史が続ける。



「あのステータスなんだが… 本物なんだ」


「「えっ???」」


 美鈴と明日香ちゃんの頭の上には、大量の???が浮かんでいる。カレンは天を仰いで「ああ… 言っちゃったぁぁぁ」状態に陥っている。



「これを見てもらえるか」


 聡史は自らのステータス画面を開く。それを覗き込む美鈴と明日香ちゃん…



 【楢崎 聡史】 16歳 男 


 職業     異世界に覇を唱えし者


 称号     神に向けられし刃  星告の殲滅者


 レベル     376


 体力     9999


 魔力     9999


 敏捷性    9999


 精神力    9999

 

 知力      100


 所持スキル  記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル6



 二人の目には、このように記載されたステータス画面が浮かび上がっている。



「聡史君、これってどういうことなのかしら?」


「またまたぁ! お兄さんまで手の込んだイタズラですかぁ?」


 正真正銘、本物のステータス画面を見せられても、相変わらず美鈴と明日香ちゃんは信じる様子がない。



「これはイタズラなどではなくて、本物の俺のステータスなんだ」


「えっ?」


「うん?」


 まだ二人の頭上の???は、数を減らしたものの全部は取れていない。だが、聡史のステータス画面を覗き込む美鈴と明日香ちゃんの態度が、次第に挙動不審となってくる。そこでダメ押しに桜が…



「前に見せた通り、これが私の本物のステータスですわ」



 【楢崎 桜】  16歳 女 


 職業      覇者を凌駕せし者


 称号      神に向けられし刃  天啓の虐殺者


 レベル      623


 体力      9999


 魔力      9999


 敏捷性     9999


 精神力     9999

 

 知力       100


 所持スキル   記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル11



 美鈴と明日香ちゃんは、最初に聡史の顔を見つめる。その次に桜の顔… そして相次いで二人が頷く。



「も、もしかして本当なの?」


「さ、桜ちゃん… ほ、本物なんですか?」


「はい、本物ですよ」


「「ええええええええええええ!」」


 ついに美鈴と明日香ちゃんは、この馬鹿げた数字が並ぶ兄妹のステータスを信用した。というよりも、二人が持っているあまりに常人から懸け離れた能力の数々を鑑みるに、信じるしかなかないよう。


 

「レ、レベルが376と623って…」


「さ、桜ちゃん、一体どこでこんなにレベルが上がったんですか?」


 桜は兄の職業欄を指さす。そこには〔異世界に覇を唱えし者〕という記載がある。明日香ちゃんは桜が指さす個所に注意深く目を向ける。



「えーと… 異世界に覇を唱えし者… ん? 異世界? い、異世界なんですかぁぁぁぁぁぁ!」


「聡史君! 本当に異世界に行ったというの?」


「ああ、二人で異世界に召喚されて3年間過ごしてきた」


 ここまで説明されてしまうと、美鈴と明日香ちゃんは二人が異世界に召喚されたという真実を信じざるを得なくなってくる。



「はぁ~… なんだかドッと疲れたわ」


「美鈴さん、私もですよ~。いまだに頭が混乱しています」


 美鈴と明日香ちゃんは、揃って頭を抱えている。だが二人とも冷静になって考えてみれば、合点がいく話ばかり。


 1学期の途中から急遽魔法学院に編入してきた経緯も具体的には知らされず、ダンジョンに入ったらゴブリンをワンパンで倒す始末。あまつさえ、ダンジョンの20階層まで涼しい顔で潜ったかと思ったら、階層ボスまで倒すなど並大抵の人間に可能な所業ではない。


 今まで騙されていたという思いよりも、美鈴と明日香ちゃんにはそれを上回る混乱と当惑のさなかに置かれているという気持が強いよう。



 やや時間を置くと、彼女たちには冷静になって考える余裕が生まれてくる。



「そうなのね… 聡史君と桜ちゃんが異世界に召喚されていたなんて、私が知らない所で色々とあったのね」


「どおりでゴールデンウイークまで桜ちゃんと連絡が取れなかったわけですよ~。まさか異世界に行っていたなんて…」


「とはいえ、聡史君と桜ちゃんは今までと変わりないわけよね」


「桜ちゃんは元から変な人ですから、きっとあれ以上変わりようがないんですよ~」


「明日香ちゃん、誰が変な人ですか?」


「いやだなぁ、惚けてもダメですよ。桜ちゃんが変な人に決まっているじゃないですかぁ!」


「これから先の明日香ちゃんとの付き合い方を見直さないといけないですねぇ」


「それよりも桜ちゃん、1週間訓練なしの件は約束ですからね!」


 聡史と桜の二人が異世界から戻ってきたと知っても、美鈴と明日香ちゃんはこれまでとまったく変化のない態度を示している。兄妹を特別な目で見るようなこと… この点に関しての心配はまったくなさそう。聡史と桜は心から胸を撫で下ろしている。


 するとここで美鈴が、とある事実に気が付く。



「ところでカレンはなんで全く驚いていないのかしら? これほどの衝撃の事実が明かされたのに、まるで最初から知っていたみたいよ?」


「えっ! えーと… どこから説明したらいいやら…」


 今度はカレンの番がやってくる。しどろもどろになっているカレンに、聡史がアドバイス。



「カレン、こうなったら仕方がないから、学院長の件を二人に説明したらどうだろうか?」


「えっ! ああ、そうですね。実は私の母は神崎真奈美と申しまして、魔法学院の学院長を務めております」


「「ええええええええええええ!」」


 衝撃の告白アゲイン! カレンが学院長の娘だという件はこれまで生徒には一切知らされてはいない。中には姓が同じということで何らかの関係があるのかと勘繰る人間もいたが、カレンは否定も肯定もせずにこれまで過ごしていた。


 このようなカレンの態度と西洋人とのハーフのような外見と相まって、彼女は表立って学院長との関係を疑われる経験はほとんどなかったと言えよう。


 だからこそ生徒会役員である美鈴にもこの事実は寝耳に水。その結果として、カレンが異世界の人間とのハーフであるというさらに驚くべき事実はこの場では包み隠されたままとなっている。母親が学院長という件を上手くカムフラージュに用いた聡史の咄嗟の機転が功を奏している。



「ビックリしたわ。聡史君と桜ちゃんの秘密に匹敵するインパクトがあったじゃないのよ。学院長の娘だったら、聡史君たちの秘密を耳にしていても当然よね」


「私もビックリですよ~。あんまり驚いたので、急に甘いものが欲しくなってきました」


「明日香ちゃんはいつでも甘いデザートが食べたいだけですわ」


「桜ちゃん、バラさないでください。これは私の重大な秘密なんですから」


「明日香ちゃんの最大の秘密は体重ではないでしょうか?」


「ムキィィィィ! 桜ちゃんはとっても失礼です! 罰として夕ご飯の時に私のデザートを運ばせてあげますから、覚悟してください!」


「やっぱり話のオチは明日香ちゃんでしたわね。さて、そろそろいい時間ですから、食堂に向かいましょうか」


 こうしてパーティーの間で重大な秘密を共有した一同は、普段と何ら変わりない様子で夕食へと向かうのであった。 






◇◇◇◇◇






 翌日の土曜日、デビル&エンジェルの面々は初めて葛城ダンジョンへと入っていく。


 八校戦の大会中ということもあって今回はさほど無理をせずに、4階層~5階層で主に学生食堂に納入するオークを狩って過ごす。おかげで2週間分の納入ノルマを達成しており、桜はホクホク顔。


 聡史だけはブルーホライズンを率いて桜たちとは別行動。来週の月曜日からスタートするチーム戦に備えて、メンバーのレベルを20まで引き上げることを目標にしてまる2日間魔物との対峙にあてる。


 おかげで千里がレベル22に、他の五人も全員が目標であったレベル20に到達して、しかも全員新たなスキルを獲得したこともあって初の大舞台に立つブルーホライズンにとっては収穫の多い2日間となった。




 


   ◇◇◇◇◇◇






 土日の間も忙しなく働いているのは生徒会の面々。生徒会長をはじめとした役員の大半は選手としてトーナメントに出場するだけではなくて、裏方の仕事も務めている。


 自校から持ち込んでいる防具や武器の管理、最終エントリーの申し込み、他校との練習場所の調整、参加生徒の体調管理など、役員の肩に伸し掛かる業務は多岐に渡る。


 今年の第1魔法学院全体の戦いぶりは、ことに1年生の活躍もあって個人戦では予想以上の成績を上げており、学校全体の獲得ポイントで競う総合優勝にもあと一息で手が届くところまで来ている。


 過去3回の八校戦では第1魔法学院が常に総合優勝をしてきただけに、4連覇がかかる今回は役員たちが背負っている目に見えない重圧は相当なもの。


 だが現在、ポイントで2位の第4魔法学院を大きくリードしている状況もあって、少しだけ心に余裕をもって仕事をこなしている。


 もちろん油断は大敵。役員の間から楽観的な言動が飛び出ると生徒会長が気持ちを引き締めるように注意を促しているため、大きなリードをしていても皆がいい意味での緊張感を保って月曜日からスタートするチーム戦に臨む決意を固めている。


 美鈴はダンジョンへ出向いて不在。チーム戦のオープントーナメント優勝の最有力候補であるデビル&エンジェルに所属している彼女は雑務を免除されている。


 そして現在、美鈴を除いた生徒会役員と元生徒会長の近藤勇人が顔を揃えて、チーム戦の最終エントリーを決定する会議の真っ最中。


 司会役の会長が話を切り出す。



「今年の八校戦も前半が終了しました。皆さんと選手が頑張ってくれたおかげで、ここまで我が魔法学院は好成績を収めています。まずは来年度に向けて、個人戦の各種目で何か気づいた点はありますか?」


「会長」


「どうぞ」


「やはり第4魔法学院の留学生は脅威ですね。我が校に特待生が編入していなければ今頃は第4魔法学院がトップを独走していたでしょう」


「その点は僕も幸運だったと考えている。だが運だけに頼るのはどうかとも考えているんだ。もっと個人の魔法技術や戦闘技術を高める必要性を強く感じている」


「種田、その点に関しては俺も同感だ。何か具体的な方策を考えているのか?」


 生徒会長を名前で呼び捨てにする人物はこの会議の席にはひとりしかいない。



「近藤先輩、カギは例の特待生にあると思います。現に彼らは1年Eクラスの女子をダンジョンの5階層に到達するまでに育て上げています。もっと多くの生徒が特待生の下で研鑽を積めば、第1魔法学院はより強固な戦力を維持できるのではないかと考えています」


「さすがだな、俺とは違って頭のキレる奴はいい所に目をつける。これから先はあの特待生の力をさらに活用しようというんだな」


 豪放磊落で自ら全体を引っ張っていくタイプの前生徒会長近藤勇人とは違って、現会長の種田篤紀はどちらかというと参謀タイプ。その分視野が広くて、先々を見通した戦略の構築に長けている。



「近藤先輩に褒めていただいて恐縮です」


「お前が腹の底から恐縮なんて考える玉か!」


 勇人はガハハハハと豪快に笑いながら現会長をからかっている。いかに切れ者の会長であっても、勇人の前に出るとただの後輩扱い。元々勇人が会長を務めている時分から副会長に就任していただけあって、この二人ははなっから気心が知れている間柄といえよう。勇人が退任するまでは、グイグイ引っ張っていく会長と裏で支える副会長という名コンビと評されていた。


 この光景を目撃している役員たちは、また始まったという表情で会議中であるのも忘れて束の間ホッコリした表情を浮かべる。ひとしきり緊張が緩んだ様子だ続いたので、ここで生徒会長が軌道修正。



「他に何か気づいた点はないかな?」


 現会長が話題を戻すと、会計の安田美咲が手を挙げる。



「あの~… 1年Aクラスの浜川茂樹なんですけど、やはり魔法部門のトーナメントに出場させたほうがポイント的にもよかったんじゃないかと思うんですが…」


「安田、それは違うぞ!」


「近藤先輩、どこが違うのか教えていただけますか?」


「まず浜川は模擬戦週間において自ら近接戦闘部門に出場して1回戦で敗れた。この時点で魔法部門の出場権を自分から放棄している」


「ですが、彼は魔法に関しても相当な実力を持っています」


「それは俺も重々承知している。では、魔法部門で上位に入った生徒はどうするんだ? 彼らだって努力の末に八校戦の出場権を実力で掴んでいる。その人間を無視して勇者だからと言って無理やり浜川を魔法部門に捻じ込むのは道理が通らない」


「それは、その通りだと思います」


「このように道理が通らない事態が発生すると全体の士気が低下する危険を孕む傾向が生じる。高々一部門の成績よりも全体の士気を維持したほうが健全だと思わないか?」


「近藤先輩、ありがとうございます。やはり公平を重んじて実力主義と機会均等に徹する必要があるということですね」


「どうやらわかってもらえたようだな。生徒会というのは公正な機関であるべきだと俺は考えている。その生徒会が筋を曲げるのは、けっして生徒のためにも学院のためにもならないと心してもらいたい」


 現執行部からは身を引いているとはいえ、勇人の言葉の重みは現役員全員が知っている。これが近藤勇人なのだと改めて思い知らされただけではなくて、この場の全員が生徒会役員に課せられた責務に身を引き締めている。



 その後、2、3の反省点を検証すると個人戦に関する議題が終わる。続いては、いよいよチーム戦のエントリーが決定する段となる。



「オープントーナメントからだけど、これには異論はないと思う。デビル&エンジェルでいいだろうか?」


 チーム戦のエントリーは、オープントーナメントのみ各校から1チームとなっている。各学年トーナメントには2チーム出場するだけに、このオープントーナメントは各校の意地がぶつかり合う特別な舞台といえる。



「楢崎のパーティーか。個人戦ではオープントーナメント両部門優勝に加えて、準決勝で敗れた兄のほうも間違いなく優勝を狙える器だ。そこに加えて1学年トーナメント決勝進出者が2名となると、どこからも文句の出ようはないな」


 勇人ですら、聡史たちのパーティーが今大会で上げた成績にため息をついている。しかも最大のライバルである第4魔法学院の留学生のうち2名を個人戦で破っているとなれば、文句なしで優勝候補の最右翼。


 勇人のお墨付きまで出たのだから、デビル&エンジェルのエントリーは満場一致で承認。続いては1学年トーナメント出場者と話が移る。



「西川副会長の案によると、浜川茂樹率いる〔栄光の暁〕とEクラス女子で結成された〔ブルーホライズン〕の2チームとなっている。何か異論はあるかな?」


 司会役の会長の提案に対して、役員全体には「本当にEクラス女子で大丈夫だろうか?」という不安が過る。だが…



「まったく問題はなかろう」


 毅然とした声をあげたのは勇人。しばし美鈴の案に納得の表情を浮かべながら彼は話を続ける。



「実はな、先日ダンジョンの5階層で楢崎率いるその女子のパーティーと出くわしたんだが、中々見事な戦いぶりだったぞ! オークを軽く捻っていたからな。あのパーティーだったら、十分な活躍が期待できるだろう。それに…」


「近藤先輩、続きは何ですか?」


「Eクラス女子が活躍したら全体の士気が上がる。これこそ一石二鳥だろう」


 最弱と見做されているEクラス女子に負けてはならじと、他のチーム全体が奮起することを勇人は狙っているよう。もちろんその目で目撃したブルーホライズンの実力も正当に評価したうえでの話ではあるが…


 生徒会執行部を退任した勇人であるが、今回の八校戦に関しては相談役という臨時の立場で生徒会に手を貸している。過去にオープントーナメント優勝まで果たしている誰よりも八校戦を知っている勇人の意見で、ブルーホライズンの最終エントリーがここに決定と相成る。


 その後、他学年の出場者も随時決定して最終エントリーが固まる。出場メンバー表を事務局に提出すれば、あとは月曜日を迎えるだけとなるのであった。






   ◇◇◇◇◇◇






 あっという間に時間は経過して、日曜日の夜を迎える。


 葛城ダンジョンから早めに戻ってきた聡史たちは、シャワーで汗を流してから夕食を摂りに食堂へ集まっている。



「お兄様、予定よりもたくさんの魔物を狩ることができましたわ」


「そうか、こちらもかなりの収穫になったぞ。ドロップアイテムではなくてブルーホライズンの話だ。全メンバーがレベル20を超えたからな」


 別行動をしていた聡史が、ダンジョンでの経過を語る。その報告に美鈴は目を見張っている。



「ずいぶんレベルアップが早いのね。ウカウカしていると私たちも追いつかれてしまうかもしれないわ」


「美鈴ちゃん、そうならないようにこれからもガンガン深層に潜ってレベルを上げるんですよ」


 桜の戦闘狂の荒ぶる魂が燃え盛っている。もうちょっと落ち着いてもらわないと今度はどこに連れていかれるかもわからないので、美鈴、明日香ちゃん、カレンの三人は引きつった顔で聡史に視線を送る。だが…



「転移魔法陣があれば、一直線で20階層まで行けるからな。いよいよ大山ダンジョン最終攻略も近いな」


「さすがはお兄様ですわ。すでに最下層の攻略まで視野に入れているとは。先陣は私が務めますので、心おきなく最下層へ向かいましょう」


 火に油とはまさにこのこと。燃え上がる桜の魂は、ますますその色合いを濃くして地獄の業火のごとくに燃え盛っている。



「はぁ~… なんだか気が重くなってきたわ」


「ずっと八校戦が続いてくれたら、デザートも食べ放題なのに… 帰ったらあの悪夢が待っているんですか」


「あまり急に物事を進めないで、できれば基礎を固めて一歩ずつ行きましょう」


 女子三人に弱気の虫が湧いている。というよりもダンジョンの最下層なんて、そうそう行きたいと考えないだろう。普通の人間ならば…


 だが普通でない人間が声を大にして発言する。



「皆さんは何を甘っちょろいことを言っているんですか。『ダンジョン攻略は迅速を以って為すべし』と偉人が言葉を残していますわ」


「桜、その偉人というのは誰のことだ?」


「私です」


「はっ?」


「私です。攻略最短日数7日を達成した折に、冒険者ギルドのマスターに申し伝えました」


「拙速を絵にかいたような展開が待っていそうな響きしか感じないぞ」


「お兄様、どうかご安心を。この私が日本中全てのダンジョンをいずれは攻略いたしますから、どうか皆さんは大船に乗った気でついてきてください」


「「「不安しか感じないだろうがぁぁぁぁ!」」」


 美鈴、明日香ちゃん、カレンの叫び声が、大勢の他校の生徒もいる食堂に響き渡るのであった。


 

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



兄妹の秘密をメンバーに明かして、これで心置きなくチーム戦に臨めるようになりました。月曜日からスタートするチーム戦も激しい攻防が続いて…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る