第40話 新たな魔法使い


 ブルーホライズンのメンバーが自衛隊員に保護されるのを見届けてから、聡史は河原に戻っていく。現場となった場所は土手の遊歩道を散歩する近所の人などがそこそこいるため、あまり凄惨な光景を目撃されるわけにはいかない。ということもあって聡史は気を利かせて現場一帯を認識疎外の効果を持つ結界で覆っている。そのおかげですでに到着している自衛隊員にもどこが事件現場なのかわからずに右往左往している様子が目に飛び込む。



「お待たせしました。この辺一帯をブルーシートで取り囲んで、あとは遊歩道の通行を遮断してもらえますか」


「了解しました」


 ということで持ち込まれた投光器搭載車両に照らされながら現場検証と後始末に関する作業開始。もっとも警察の捜査とは違ってさほど念入りな検証は行われない。数枚写真を撮影してからあとは死体を片付けて、唯一の生き残りの工作員を駐屯地に移送したらほぼ終了となる。


 ちょうどそこに学院長が到着。



「楢崎、詳細を報告してくれ」


「了解しました。相手は中国の工作員だと思われます。自分たちが学院を出発して伊勢原駅に到着してからずっと下手な尾行を継続しておりました」


「それでこの河原で狼藉に及んだということか。連中の狙いは何だ?」


「どうやら魔法学院生の身柄、ことに特待生である自分か妹を拉致するのが目的だったと考えられます。犯行時にそのようなセリフも口にしておりました」


「そうか、それにしてもお前を狙ったのが連中にしてみれば運の尽きだな。これだけの人数をあっさり全滅とは、私が直々にスカウトしただけのことはある」


 なぜか嬉しそうな学院長。おそらく自分の仕事をこれからも兄妹に割り振ることが可能となるので、今までよりも楽が出来そうだと考えているのだろう。


 ここで聡史から話を切り出す。



「今回は緊急的に敵を殲滅しましたが、マズかったですか?」


「いや、別にさしたる問題はない。銃を所持して学院生の拉致を企むなどという輩は返り討ちに遭っても文句をいえないだろう。ダンジョン対策室には私から事後報告という形式で話を通しておくから、楢崎は事の経緯を記したレポートを作成してくれ」


「それだけでいいんですか?」


「ああ、問題ない。こういう事態に備えてお前たち兄妹を予備役自衛官に任官しておいたんだ。あとは自衛隊が処理するから、楢崎は今まで通り普通に学院生活を送ればいい」


「ありがとうございます。もしかしたら正当防衛とはいえ警察に出頭とか面倒な事態を懸念していました」


「そんなわけあるか。何のための予備役入隊だと思っているんだ」


「助かります。それから自分がこんな差し出がましい問題を口にするのはどうかと思うんですが…」


「なんだ、躊躇うとは楢崎らしくないな。さっさと喋れ」


「その、これは自分ごときが考える話ではないと思うんですが、対中国との外交問題とか、その他の国を巻き込んだ国際問題とかにならないでしょうか?」


「お前がそんなことを考えても仕方がないだろう。要は政府の考え方ひとつに懸かっている。もっとも今回の件は自衛隊としては知らぬ存ぜぬで通すと思う」


「そうですか、余計な心配でした」


「ああ、だから気にしなくていい。さて、現場も概ね片付いたようだから学院に戻るぞ。私の車に乗せてやるからついてこい」


 こうして聡史はブルーホライズンの面々から2時間ほど遅れて魔法学院に戻っていくのであった。






 ◇◇◇◇◇


 




 週が明けた月曜日、生徒が出払ったEクラスの教室にただひとり残って一心に精神を集中している女子生徒の姿がある。そこにいるのは、聡史に魔法の才能を見出された千里に相違ない。


 新学期が開始されてからここ数日間、千里は聡史たちやブルーホライズンがダンジョンに向かっている間もひたすら魔力循環に取り組んできた。


 模擬戦週間の初日に聡史から教えてもらって会得しただけに、絶対に期待を裏切らないように時間があれば体の隅々まで魔力を流している。次第に慣れてくると、体内に流れる魔力の存在がよりハッキリと自覚できるようになってきていた。


 そしてついに…



「ヤッター! ついに魔法スキルが手に入ったぁぁぁ!」


 ステータスのスキル欄に〔火属性魔法〕という待ちに待った文言が記載されている。つまりこの日から千里は魔法の使用が可能になる実に記念すべき日というわけ。


 一刻も早く聡史に報告したくて、千里はソワソワしながら帰りを待っている。午後はずっと教室にいたのだが、居ても立ってもいられずに午後4時半から学院の正門で聡史たちの姿を待ち続けている。


 千里が待つことかれこれ1時間以上が経過して、隣接するダンジョンから戻ってくる聡史たちの姿が遠くに見えてくる。ブルーホライズンのメンバーたちに取り囲まれているだけではなくて、左右からメンバーに腕を組まれて歩いてくる聡史の姿が千里の目に飛び込んでくる。



「まったくもう! 聡史さんはいつもモテモテなんだから~。でも私だって絶対に負けないですから」


 心に固く誓っている千里の姿、どうやらここにもひとり恋する乙女が生まれているよう。


 ピョンピョン飛び跳ねながら千里が聡史に向かって手を振ると、聡史が軽く手を挙げて応える様子が伝わってくる。自分の存在に気付いてくれた聡史に思わず千里の頬が緩む。



「聡史さん、ついにやりましたぁぁ! 火属性魔法のスキルを手に入れましたぁぁ!」


 まだだいぶ距離が離れているにも拘らず、千里は口に手を当てて大声を上げている。どうやら聡史に伝わったようで、ブルーホライズンにひと声掛けるとこちらに向かって小走りでやってきてくれる。



「そうだったのか。千里、よくやったな」


「はい、全部聡史さんのおかげです。本当にありがとうございました」


 小柄な千里は、上から聡史に頭をポンポンされて目を細めている。こうして聡史から認められるのは、何よりも今の彼女にとっては嬉しい出来事であろう。 



「今日はもう時間が遅いから、さっそく明日から魔法の練習を始めようか」


「はい、どうぞよろしくお願いします」


 一度ペコリと頭を下げる千里。顔を上げると、その表情は満面の笑みを湛えている。こうして真っ先に聡史に報告できたのが何より一番嬉しい千里であった。






   ◇◇◇◇◇






 翌日の午前中、基礎実技の時間が終わると聡史と美鈴は千里を伴って第ゼロ演習室へと向かう。



「こんな場所があるんですねぇ~」


 コンクリート打ちっ放しの硬質な雰囲気の演習場を千里は興味深そうに見回している。一般生徒は立ち入りできないこの誰もいない場所を独占的に使用可能な特待生の特権に、改めて感心した目を向けているよう。



「そうだった、千里にはこの指輪を渡しておこう」


「えっ! 指輪って…」


 千里が戸惑った表情を浮かべている。いきなり聡史から指輪を送られるという状況にどうしたらいいのか頭がパニック状態。異性から指輪を送られるなどという特別な経験をこの場で… どういう顔をすればいいのかと、真っ赤な顔で俯いているだけ。だがそんな千里のアタフタする様子など気付きもしない風で、聡史がアイテムボッスから赤い魔石が取り付けられた指輪を取り出す。



「これは昨日ダンジョンの隠し部屋で発見した火属性魔法の行使をアシストしてくれる指輪よ。魔法の発動がとても簡単になるからずっと身に着けているといいわ」


 さらに追い打ちをかけるように、身も蓋もない美鈴からの説明がなされた。聡史の説明不足であらぬ誤解をしてしまった千里の顔がますます真っ赤になっている。



「それじゃあ、指に着けてみてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 千里はその指輪を受け取って右手に薬指に嵌める。左手に嵌める時は絶対に聡史の手から… などとこっそり妄想しているのは今はナイショにしておこう。



 赤く染まっていた千里の表情が落ち着いてから、いよいよ魔法の練習が開始されていく。


 術式に関しては美鈴が解析した聡史流のファイアーボールが教え込まれる。もちろんその魔法式は日本語バージョンなので、すぐに千里の頭に入る。たったこれだけの魔法式を頭にイメージするだけで魔法が発動するという事実に、初心者の千里はビックリ仰天の表情。



「それじゃあ、あの的に向かって魔法を打ち出してみましょうか」


「はい、頑張ります」


 美鈴からのレクチャーを終えた千里は開始戦に立って的を見つめる。頭の中に魔法式をイメージすると、右手を前に突き出してハッキリした口調で魔法名を唱えていく。



「ファイアボール」


 魔法スキルを得たばかりの千里にとって、初めて魔法を発動するにあたっての不安があるのは当然。だが彼女も気付かないうちに右手の薬指に光る指輪がスムーズな発動をアシストしてくれている。


 ソフトボール大の炎のの塊は、狙い通りに的に向かって飛翔したのちに…



 ドーン!


 爆発の轟音と爆風が様子を見守っている聡史の場所まで届いてくる。最初にしては十分合格点をつけられる出来栄えといえよう。



「いい感じで発動で来たな。魔力の残量に注意しながら何発か打ってみてくれ」


「はい、わかりました」


 その後も何発かファイアーボールを的に向かって放っていく。合計8発打ったところでだいぶ魔力の残量が心許なくなってきた模様。



「なんだかフラフラしてきました」


「魔力切れが近いな。これを飲むと回復するぞ」


 聡史が手渡したのはお馴染み物凄い味の液体… その正体はもちろん魔力回復ポーション。何も知らない千里は聡史から受け取った紙コップの中身を一気に口に入れる。



 ゲホゲホゲホゲホ!


 その耐え難い激マズの飲み物に、顔をしかめながら咳き込んでいる千里の姿がある。彼女にとっては初の洗礼だが、いってみればこれは誰もが通る道。



「千里はまだまだレベルが低いから、ひとまずはレベル10を目指そうか」


「ええええ! レベル10なんて今の私の2倍ですよ。入学してから5までしか上がっていないのに、そんな簡単に上がらないです」


「まあその辺は大丈夫だから。そうだなぁ… 今日は桜や美鈴と一緒にダンジョンに入ってみようか」


「はあ… わかりました」


 レベルに関してどうも今ひとつ納得いかない表情を浮かべながら、午後から千里は桜たちと一緒にダンジョンへ向かうことが決定する。






  ◇◇◇◇◇






「それじゃあ、今日は千里ちゃんが一緒ですからね。いつものように張り切ってダンジョンに向かいましょう!」


 ダンジョンへ向かう一行の先頭に立つ桜の声が響いている。桜率いるパーティーとブルーホライズンの合同チームがゾロゾロとダンジョンに向かって歩いていく。


 本日も聡史はブルーホライズンと一緒に2階層を回る予定。念のためにもう一度だけ聡史が付き添いを務めてみようということになっている。これは主に「聡史と出来るだけ一緒にいたい!」というブルーホライズンの女子たちの願望が聞き入れられた結果といえる。 




 ダンジョンの2階層でいつものようにブルーホライズンと別れた桜たちは何食わぬ顔で3階層へと降りていく。だがひとりだけ、千里は不安げな表情を浮かべる。



「あ、あの~… 本当に3階層に降りていくんですか?」


「ああ、そういえば千里ちゃんは下に降りるのは初めてでしたね。今日は6階層まで行きます。進むペースが速くなりますから、頑張ってついてきてください!」


「ええええ! 6階層だなんて危ないじゃないですかぁぁぁ!」


 今まで1階層でゴブリンと戦った経験しかない千里にとっては6階層など遥か彼方の都市伝説レベルのお話。そんな危険な場所に向かうと聞いて彼女の表情が恐怖に歪んでいる。



「千里ちゃんは、細かいことを気にしなくていいですよ。今日は戦わずに歩いているだけで簡単レベルアップですわ」


「そうですよ、千里ちゃん。桜ちゃんが言う通りですよ~。6階層なんて慣れてしまったら全然大したことないです」


「わ、わかりました。きっと大丈夫ですよね!」


 桜に続いて明日香ちゃんまで6階層など恐れるべからずと被せてくる。美鈴とカレンも当然といった表情をしている様子からして、千里は周囲にノセられてしまったよう。ここまでみんなが言うからには大丈夫なのだろうという安易な考えを抱いている。


 だが、現実はそうそう甘くはなかったようで…



「キャァァァァ! オークが出てきましたぁぁぁぁ!」


「千里ちゃん、そんなに慌てなくて大丈夫ですからわ。明日香ちゃん、任せますよ」


「はい、行きますよ~。えいっ!」


 オークを槍の一突きで倒す明日香ちゃんを見て千里は目を丸くしている。この時彼女の脳内にピコーンという音が響いて、ちょうどレベルアップと重なったよう。すでにこの日3回目のレベルアップを迎えた千里はますます目を丸くしている。



 こうして6階層まで下りた一行は普段通りにオーク狩りに汗を流す。今週の学生食堂への納入ノルマが未達成だけに、あと最低でも30体のオークを倒さないといけない。オークを倒すたびに千里のレベルがピコンピコン上昇しており、いつの間にかレベル10を超えて12まで上昇している。



「よかったら千里ちゃんも、オーク狩りに参加してみますか?」


「ええええ! 私では邪魔をしてしまいそうです」


 首を振っている千里に対して、美鈴がその背中を押す。



「千里ちゃんの魔法なら、確実にオークにダメージを与えられるわ。自信をもってやってみなさい」


 美鈴からこうまで言われると、千里もなんだかその気になってくる。



「もうすぐあの角からオークが出てきますから、魔法の準備をしてください」


 桜の気配察知が迫ってくるオークを捉えたよう。千里は緊張しながらも頭の中に魔法式を思い浮かべる。



「オークよりも手前の床に向かって照準を定めるのよ。一撃で倒すんじゃなくってダメージを与えることに専念するの。まだ息があったら明日香ちゃんに任せればいいわ」


「はい」


 緊張した面持ちではあるが、右手に発動直前のファイアーボールを用意して待機する千里。彼女の心臓は早鐘のように鳴り響いている。



「来ましたわ」


「ファイアーボール」


 千里の手から放たれた炎は狙い通りにオークの足元へ向かっていく。そして…



 ドカーン!



 ブモォォォォ!


 オークは片足からはダラダラと血が流しつつ片膝をついている。どうやら千里の魔法が効果を発揮した模様。すかさず明日香ちゃんがトライデントを構えて殺到していく。



「えいっ」


 バチバチバチ


 電流が流れてオークが絶命すると、桜、美鈴、カレンが次々に千里に向かってハイタッチを求めてくる。



「とっても狙いがよかったわ。この調子で何回かやってみれば、次第に慣れていくから大丈夫よ」


「ありがとうございます。全部美鈴さんのアドバイスのおかげです」


「今ぐらいの魔法が打てれば、魔法使いとして一人前ですよわ」


 桜も太鼓判を押す千里の魔法は初の実戦という点を差し引いても十分合格点を与えられる内容と言って差し支えない。魔法というのはセンスが大きく問われるのだが、どうやら千里の魔法センスはかなり上々のよう。彼女の素質を見抜いた聡史は中々の眼力を持っている。


 これで自信がついた千里はこのあと5体のオーク討伐に貢献する。いずれもトドメは明日香ちゃんに任せたものの、十分なダメージを与えている結果となる。オークに対してこれだけの威力を与えるのだから、ゴブリン相手なら一撃で討伐可能であろう。


 こうして午後を6階層ですごして、結局千里はレベル14まで上昇してこの日のダンジョン探索を終えるのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



聡史が拾い上げた才能が徐々に開花しつつあるようです。次回は千里のその後と、本格的なダンジョン攻略が開始される予定で…


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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