第39話 ご褒美デート
ここでちょっと日本以外の各国のダンジョンに関する状況を述べておきたい。
世界中にできたダンジョンに対して各国政府の対応はまちまちという状況が依然として続いている。
ヨーロッパの各国は概ね日本と同様に政府がダンジョンの管理に積極的に関与しているのに対して、アメリカでは民間に全てのダンジョンが開放されており、管理自体を民間主導で行っている。それだけではなくて、魔石やドロップアイテムの有用性が日本よりもはるかに高く評価されており、オークの魔石1つが30ドルで売買されているらしい。最近ではドロップアイテムの取引所まで開設されており、活発な取引きが行われるにしたがってさらに価格が急騰しているという声も聞こえてくる。
このような背景からアメリカのことに貧困層の出身の若者は挙ってダンジョンに入って一獲千金を目指すのがブームとなっている。1日にちょっとした魔石を2、3個手に入れれば十分生活できるだけでなくて、宝箱でも発見しようものなら大金が手に入るとあって、新たなアメリカンドリームと目されている。
南米では、今まではサッカー選手を目指していた大勢の若者が、現金収入を求めて皆ダンジョンに入るために、ここ最近サッカーという競技全体のレベルが下がったと嘆くファンが出ているらしい。だが、若者の多くが収入を得る手立てを見い出したおかげで違法薬物の取引や犯罪に走る人間が減って治安が良くなったという効果を上げている。
アフリカでは、ダンジョンの管理をする権利を得た欧米企業が多数進出して、現地の人間を雇ってドロップアイテムを回収しては自国に輸出する動きが始まっている。現地の労働者は安い賃金で酷使されており、人権団体から批判が集まっているという報道がなされている。
途上国では様々な問題を孕みながらも、世界各国ではダンジョンとの共存を目指して平和的に管理しながらドロップアイテムを資源として有効利用していく動きが進んでいる。
だがこのような世界の動きに背を向けて、まったく別の目的でダンジョンが産出する資源を用いようと考える国家が存在する。
それは中国とロシアという2つの勢力。両国ともダンジョンから産出される物資の軍事転用を画策しており、魔力を兵器に生かす研究を活発に行っているという噂が絶えない。
現状では、このように世界全体ではダンジョンに関する考え方はけっして一枚岩ではない。ことに中露の2国の軍事転用に対するあからさまな態度は国際的な非難を浴びているのであった。
◇◇◇◇◇
ここは東京にあるロシア大使館。外交を司る正規の政府機関であるとともに、日本国内の様々な情報を収集する部署も同時に存在している建物となっている。その内部の主に諜報や工作活動を専門に行っている部署に本国からとある指令が届く。
「ワレンコ室長、本国からの指令です」
「どんな内容だね?」
「先日本国に送った魔法学院の生徒に関する報告書に関する返事です」
魔法学院に関する情報は自衛隊及び政府が掌握しており、一般には公開されていない。だがロシア大使館に置かれているこの組織は、日本政府の内部に潜む協力者から模擬戦の全試合が詳細に記録されたディスクを入手している。情報管理が甘い日本の嘆かわしい現状といっていいだろう。
そして全学年トーナメントの決勝で繰り広げられた聡史と桜の対戦は彼らの興味を引くには十分な内容といえる。人間でありながらあれだけの威力がある爆発を引き起こす能力は、魔法を戦術兵器の一部として活用する研究をしていくには十分と判断されても仕方がない。
「ワレンコ室長、より具体的な本国からの指令では、魔法学院の例の2名を我がロシアに招聘しろという内容です」
「ふむ、相手は未成年だな。仮に交渉するとしたら相手は両親か」
「その件に関しても指令が来ております。『手段を選ばずに連れて来い』とあります」
「相当強硬な指令を出してきたな。本国はどうあってもあの2名を手に入れたいと考えているのか」
「そのようです。ですが仮に拉致するにしても相当な困難が伴うであろうと考えます」
「そうだろうな… 何しろ相手は個人であれだけの威力が出せる魔法使いだ。生半可な手段では、こちらが全滅する可能性すら考えられる。ところで中国は動き出しているのか?」
「まだ情報がありませんが、我々の動きを察知すれば必ず動き出すものと思われます」
「そうか… では、奴らに先に手を出してもらおう。その結果を見てからこちらが行動しても十分間に合うだろう」
「中国に先を越されませんか?」
「安心したまえ、あの連中の乱暴なやり方では必ず失敗する。我らは中国の工作員を監視しているだけで自ずと結論が出る」
「中国が失敗すれば、本国も諦めるということでしょうか?」
「まあ、そうだな。火中の栗を拾うのは中国の役目だよ。この場は連中のお手並みを拝見しようか。まあ、大ヤケドは間違いないだろうがな」
ニンマリとした笑いを浮かべながら、ワレンコは何かを企む様子であった。
◇◇◇◇◇
ロシア大使館のワレンコ室長の読み通り、中国の諜報機関はすでに動きを開始している。
魔法学院と大山ダンジョンが一望できる市街地にある高層マンションの一室を借り上げて、そこに望遠レンズ付きのビデオカメラを据え付けつつ常時聡史たちの動きを監視している。
「相手は高々高校生だろう。なんでわざわざ拉致する必要があるんだ?」
「特別な能力を持っているからに決まっているだろう。それよりも学院内にいる間はこちらも手を出せないから、奴らが外に出た機会を絶対に逃すんじゃないぞ」
「わかったよ。精々厳重に監視しておくから、実行部隊との連絡は任せるぞ」
中国の工作員はこうしてマンションの最上階から24時間体制で聡史たちの動きを監視するのであった。
◇◇◇◇◇
模擬戦週間が終わって1週間が経過している。
そして迎えた最初の土曜日、聡史は待ち合わせのために学院の正門に立つ。今日はブルーホライズンとデートの約束をしている日。朝の9時に待ち合わせの約束だが、聡史は律義に15分前にこの場にやってきて女子五人を待っている。
実は今朝特待生寮を出る時に、聡史は桜から色々と言い含められて送り出されていた。
「お兄様が、女の子とデートだなんて… こんな日が来るとは思いませんでしたわ。 私が見立てた服がバッチリ決まっていますから、どうぞ安心してくださいませ」
「デートって… 相手はブルーホライズンの五人だぞ。ダンジョンと一緒で俺は引率者の心境だ」
「いいじゃありませんか。お兄様が最も苦手とする女子の心理をしっかりと学習してきてください。それから待ち合わせの時の最初の一言は、絶対にあの子たちの服を誉めるんですよ。みんな気合を入れて服を選んだに決まっていますから、その努力を認めてあげてくださいませ」
「そんな簡単に褒める言葉ないか浮かばないぞ。一体どうすればいいんだ?」
「仕方がありませんねぇ~。かくかくしかじか…」
「わ、わかった。何とかしよう」
「それから、美鈴ちゃん、明日香ちゃん、カレンさんの三人は私がダンジョンに連れ出しますから、どうぞご安心を」
「どういう意味だ?」
「色々と口うるさい外野は私が押さえておきますから、お兄様は今日一日楽しんでくればいいんですわ」
実によくできた妹と不器用でニブチンの兄という構図。美鈴とカレンが聞きつければ必ず大騒動が起きるであろうという懸念を桜が未然に防ごうと言っている。なんという心遣いであろうか、これぞまさに妹の鏡と褒め称えられるべきではなかろうか。
とまあ朝のひと時、このような兄妹の会話が交わされたのはもちろんトップシークレット。
聡史が正門でしばらく待っていると、こちらにやってくる人影が目に入ってくる。ジーンズにTシャツという飾り気のないラフな服装でやってきたのは美晴のよう。
「師匠~!」
聡史の姿を遠目に発見した美晴は全力ダッシュで駆けてくる。レベルが上昇したおかげで相当な速さ。今なら女子の日本記録に挑めるだろう。
「師匠、お待たせしました。楽しみすぎて朝の5時に目が覚めて、暇だから部屋で筋トレしていました」
「美晴らしいな。それにしてもその服は普段からこんな感じなのか?」
「動きやすさが一番重要ですからね。こんな感じの服しかもっていないっス」
さすがは脳筋、この娘はオシャレという概念を持ち合わせていないよう。だが聡史は「必ず女子の服を誉めろ」と桜から固く言いつけられている。
「そうなのか、俺と一緒だな。動きやすさ重視というのは俺の服選びの第一条件だ」
「さすがは師匠だぜ。服のセンスが一緒ということは、もしかしたら赤い糸で結ばれているんじゃないのかな?」
「なんだ、その赤い糸というのは?」
「何でもないっス」
赤い糸の意味は聡史に伝わらなかったものの、服の趣味が同じというだけで美晴は上機嫌。聡史にしてみれば、脳筋の妹がいる分だけ美晴は女子としては扱いやすい部類に属するかもしれない。
続いては、絵美がやってくる。彼女は昨夜から迷いに迷い抜いた挙句に、ブラウスと膝上10センチのミニスカートというコーディネートに落ち着いた。肩からは小さなポシェットをぶら下げている。
「師匠、お待たせしました」
「おお! 絵美は女の子らしい服だな。制服と色合いが違うだけでずいぶん印象が変わるぞ」
「えへへへ… 師匠とのデートだから色々迷いましたけど、着慣れている服がいいかなって…」
「似合っていていい感じだぞ」
聡史、グッドジョブ! 絵美は顔を真っ赤にしてクタクタと美晴にもたれ掛かっている。訓練やダンジョンでの活動の際には聡史から中々褒めてもらえないだけに、こうして面と向かって「似合っている」と言われてすでにデレデレ状態。
三番目にやってきたのは渚。スラリとした体形に合わせて黒のスキニージーンズとパンプスの組み合わせに、グレーのキャミソールの上からクリーム色のサマーセーターを羽織っている。
「師匠、早かったんですね。私も余裕をもって寮を出たつもりだったんですが、お待たせしてすいません」
「気にしなくていいから。それよりも渚はスタイルがいいんだな。制服や演習ジャージではよくわからなかったけど、こうして私服になるとモデルみたいだぞ」
聡史は事前に脳内で組み立てていた文章を口にした。当然桜の協力が加わっているのは言うまでもない。だがこのセリフが渚にもたらした効果は絶大。
「そんなに褒めないでください。モデルだなんて…」
はい、掴みはオーケー! 渚は一番褒めてもらいたいツボをピンポイントで突かれて撃沈している。聡史の戦略がここまで十分に功を奏している。もちろん参謀の桜の陰の助言が効果絶大なのだが…
四人目はほのか。彼女はメンバー中で一番小柄であり、服選びの際に中々合うサイズを見つけるのに苦労する。時には子供服から見繕わなければならないという人知れない苦労も… だが今日は気合を入れて精一杯大人っぽいコーディネートに挑んでいる。
「師匠、おはようございます」
「ほのか、おはよう。今日はずいぶん大人っぽい印象だな」
「師匠とのデートなので、ちょっと頑張りました」
「いい感じじゃないか。ちょっと年上に見えるぞ」
本当は小学校の高学年が背伸びしているように見えなくもないのだが、聡史から「年上に見える」と言われただけでほのかは舞い上がっている。普段実年齢よりも年下に見られがちの彼女にとってはとっても嬉しい一言が聡史から投げ掛けられるなど、思いもよらない幸運が舞い込んできた心境。
そして最後にやってきたのは真美。渚とちょっと被り気味のキャミソールにサマーセーターという組み合わせだが、わざと胸を強調した服を選んだ様子が窺える。カレンが特盛ドンブリ2杯に対して、真美は大盛りドンブリ2杯の立派なプルンプルンをお持ちだ。クラスのオッパイ星人男子たちからも実は秘かに目を付けられているだけのことはある。
「師匠、どうもお待たせしました。私が最後でしたね」
「えーと、真美さんや… その服装は俺に何を言わせたいんだ?」
「えっ? 普段から私服はこんな格好ですよ」
他の女子四人を敵に回しそうな真美の一言が炸裂。美晴、絵美、渚、ほのかの四人は、真美に対してジトーっとした視線を送っている。羨望とちょっとだけ同性としての憎悪が入り混じった複雑な感情のよう。
「そのう… そ、そうだな… 大変いいものを拝見させてもらってありがとうございました」
「師匠ったら、私のどこを見ているんですか?」
聡史の正直なぶっちゃけに対して、自分の両手で胸を隠しながらも真美は満更でもない表情。自分の最大のチャームポイントが聡史に伝わったと、彼女なりに満足している様子が窺える。
こうして全員が揃ったので、最寄りのバス停まで歩いていく。本日は電車に乗って2つ目の結構賑わっている街で一日過ごす予定。
この時点で、すでに監視の目が自分たちを遠くから追い掛けているとも知らずに、聡史とブルーホライズンの五人はワイワイ盛り上がりながら学院の敷地の外へ出ていくのであった。
◇◇◇◇◇
バスと電車を乗り継いで、聡史たちはお目当ての街に到着する。
「師匠、まずはボーリングで軽く体を解しましょう」
どうやら活動的な美晴の希望らしい。聡史を含めた六人が隣り合った2つのレーンに席を取ってボールを投げていく。さすがにレベルが上がっただけあって、ブルーホライズンのメンバーたちはパワフルな球を投げてはストライクを連発する。
だが聡史は…
(ヤバい! ボーリングなんて数えるほどしかやっていないぞ。どうしよう?)
聡史のボーリング歴は中学時代に友達に誘われて、ほんの2、3回ていど。もちろんスコアなどボロボロで他人に教えるのも恥ずかしい点数なのは言うまでもない。
(まあいいか… 取り敢えず投げてみよう)
聡史はボールを手にしてアプローチに立つ。当然ブルーホライズンのメンバーの注目を一身に集めているのは、背中に感じる視線で百も承知。
「師匠、格好いいところを見せてください!」
「師匠、ストライクでキメてぇ!」
聡史に向かって無邪気に声援を送る美晴と渚… ほぼ初心者の聡史には重たすぎるプレッシャーが圧し掛かってくる。
「よし、いくぞ」
意を決して助走に入る聡史、思わず体に力が入る。そして手から離れたボールは有り余るスピードで一直線に… 溝に転がり落ちていく。初っ端のあまりに恥ずかしい豪快なガーターが炸裂。
「師匠はさすがだな。私たちにハンデを与える意味で、わざと溝に落としたな」
「師匠だったらここから鮮やかな逆転を見せてくれますよ」
人の気も知らない美晴と渚が第2投に期待する目を向けているが、聡史はすでにこの場から逃げ出したい気分を味わっている。両肩に掛かるプレッシャーが尋常ではない。
そして迎えた第2投… 再びボールは溝を転がっていく。この辺からブルーホライズンのメンバーたちの空気が変わっていく。
「し、師匠… もしかしてボーリングが苦手とか?」
「そんなことはないぞ。まだ体が温まっていないだけだ!」
聡史は桜から「女の子たちをガッカリさせるな!」と固く言いつけられている。ボーリングといえども、このままむざむざとガーターを連発するわけにはいかない。
そして迎えた第2フレーム、遂に聡史は封印していた奥の手を使用する。
(スキル、投擲発動)
投げた物体は絶対に目標に当たるという、反則スキルの使用に踏み切った聡史。そしてぎこちないフォームながらもボールを投げると…
パッカーン!
「師匠、やったぜ! やっぱり実力を隠していたんだな!」
「さすがは師匠ね。格好いい!」
投げ終わって戻ってきた聡史を美晴と渚がハイタッチで迎える。隣のレーンからも盛大な拍手が沸き起こる。だがスキルまで使用している聡史はどうにも素直に喜べない。むしろ穴があったら入りたい心境に追い込まれる。
こうして1フレームは連続ガーターをマークしたものの、それ以降は順調にストライクを積み重ねて聡史はボーリングを終える。もちろん彼が成績トップ。
「師匠は何をやらせても凄いね」
「運動神経抜群ね」
絵美と真美から褒められても、どうにも気まずい聡史がそこにいる。
ボーリングを終えると、同じビルの1階にあるゲームセンターが次の目的地。絵美の希望で聡史とプリクラを撮ることと相成っている。五人全員がカップル用という機種を選択して聡史とペアになって撮影開始。
もちろんプリクラなど初体験の聡史は機械の操作など全く理解不能。女子に言われるままにお揃いの逆ピースのポーズを強要されたりしながらも、何とか全員分撮り終える。撮影中は何かと密着する状況で、殊に真美のフカフカが聡史の体に押し付けられてちょっと得した気分の聡史だったのはこの際ナイショにしておこう。
昼食は桜が探して予約を入れた洒落たイタリアンレストランに入っていく。
「なんだか高級そうな店じゃない」
「師匠は奮発したなぁ~」
そんな会話を交わしながら、全員分のシェフおすすめランチコースを注文。もちろん女子五人はちょっとした大人の雰囲気に大喜びの表情。
午後はカラオケをしたり、ウインドウショッピングを楽しんで過ごしていく。途中で聡史は「ちょっと買いたいものがある」と言って女子たちを5分くらい待たせて戻ってくる。
◇◇◇◇◇
そろそろ夕暮れが近付いてきた頃に、聡史が五人に申し出る。
「この先の河原に行こうか」
この街から歩いてすぐの場所には結構大きな川が流れている。聡史は女子五人をそこに連れて行こうとしている。一体何の目的なのかわからないままに、聡史の後をついていくブルーホライズン。
「し、師匠… まだ心の準備がぁぁ!」
「わ、私はまだファーストキスもしていないし…」
美晴と渚はあらぬ誤解をしている。話が飛躍しすぎだろうに…
「まだ蚊がいるから、スプレーしておけよ」
アイテムボックスから取り出した虫除けスプレーを真美に渡して、五人は順番に体に吹き付けていく。わざわざ河原にきて一体何をするつもりだろうと思いつつも、彼女たちはスプレーを互いの体に吹き付ける。
そして河原に到着すると、聡史はアイテムボックスから花火セットを取り出した。
「もう夏は終わりだけど、夏の最後の思い出だ。さっきこっそり買っておいたんだ」
「師匠はさすがよね。夏を惜しみながらの花火なんて、いい感じじゃない」
「まさか今日の最後にこんなサプライズがあるとは思いませんでした。みんなで花火なんて最高です」
女子たちは聡史の予想以上の大喜びをしてくれている。
まだ少々薄暗い時間で花火をやるにしてはちょっと早かったが、遅くとも8時までには学院に戻らないといけないので、このまま花火大会開始となる。
子供に戻ったようにはしゃぎながら花火に興じるブルーホライズンのメンバーたち。
だが聡史は、午前中からずっと自分たちを尾行している存在に注意の大半を向けている。伊豆では理事長派の陰陽師に命を狙われたが、理事長自身がが様々な容疑で逮捕されてもうその懸念はなくなっているはず。
とはいえ何者か正体を明かさないまま遠巻きに聡史たちを監視している連中の存在は、はっきり言って鬱陶しい。「この際実力行使に出て目的を吐かせてもいいか」などと、聡史は物騒な考えを抱いている。花火を口実にこうして人目に付きにくい河原に女子たちを連れてきたのも、尾行者が何かチョッカイを掛けてこないかという聡史の思惑がコミコミの行動といって差し支えない。
そろそろ用意した花火も底をついて、最後の線香花火をみんなで囲んでいるちょうどその時、河川敷の沿道に3台の黒塗りのワゴン車が停止する。
「どうやらお迎えが来たようだな。ここからは俺が対処するから、みんなは俺が展開する結界の中に入ってくれ」
「師匠、一体何があったんですか?」
「今は黙って指示に従うんだ!」
「「「「「はい!」」」」」」
五人はまだ燃え残っている線香花火の火を消すとひと塊になってその場に待機。聡史が真剣な表情で出す指示には絶対服従と教育されているので、彼女たちの行動に乱れはない。
聡史は即座に結界を構築して彼女たちの安全を確保する。あまり彼女たちに刺激の強い殺戮場面を見せたくはないので、視認疎外の効果を結界に追加しておく。こうしておけば直接人が死ぬ場面が見えないであろうという、聡史のわずかばかりの配慮が感じられる。
視線を送った先には、道路に停車したワゴン車のドアが開いてわらわらと降りてくる迷彩服姿の男たちが映る。ワゴン車1台について5名ずつ、合計15名の怪しげな男たちが聡史を半円形に取り囲む。中にはサイレンサー付きのサブマシンガンを手にする人物が3名混ざっている。
「何の用件だ?」
聡史から口を開くが、男たちは無言のまま。サブマシンガンを手にする三人はすでに聡史に向かって照準を合わせている。
「黙って我々についてこい」
「イヤだと言ったらどうするんだ?」
「そこの五人の女が死ぬ」
「ほう、どうやら本格的な戦争をお好みのようだな。命が惜しくはないのか?」
聡史の目がスッと細められていく。これこそが彼の称号である〔星告の殲滅者〕の人格が表に出てきた証。敵対する者には一切容赦しない、絶対的な破壊をもたらす恐怖の覇王がつい先程まで平和に花火に興じていたこの場に降臨。
そして聡史の右手が小さく動く。
シュッ!
「グッ!」
一番右端にいたサブマシンガンを手にするを手にする男の喉からは、いつの間にかナイフが生えている。もちろんこれは、聡史がわずかな動作でアイテムボックスから取り出して投擲したナイフに他ならない。
気管まで達する穴を喉に開けられた男は、呼吸困難になってチアノーゼを起こして倒れこむ。
「まずはひとりか… 投擲スキルというのは、こうして使うものなんだな」
ニッと聡史が笑みを漏らす。先程ボーリングで大人げなくスキルを行使した自分を自嘲気味に笑っているかのよう。
「抵抗する気だな。女を撃て! 男だけ残して全員撃ち殺せ!」
シュンシュンシュン
サイレンサーの効果によってくぐもった音を連続して発するサブマシンガン。だが連射された弾丸は何かに阻まれるかのように河原の石の上にバラバラと落ちていく。
「お前たちはバカなのか? こちらが何も用意してないとでも? それではひとりだけ残して全員死んでもらおうか」
聡史はアイテムボックスから魔剣オルバースを取り出すと疾風の如くに動き出す。その動きは当然並の人間の動体視力では捉え切れない速さで男たちの間を駆け巡る。
ズシュッ! ズシュッ! ズシュッ!
三人を連続して斬り捨てた手応えが聡史に伝わってくる。だがなおも聡史の動きは止まらない。動きに合わせて剣を真横に振り切るたびに、迷彩服の男たちの胴体が絶ち斬られていく。
さながら、久しく血に飢えた魔剣オルバースに生き血を与えるかの如くに聡史は剣を振るう。わずか三秒もかからずに13名の男たちは河川敷に無残な躯を晒しているのであった。
聡史は剣についた血糊を払いながら、生き残った最後のひとりの喉元に向かって魔剣を突き付ける。
「何が目的で俺の前に現れたか答えろ!」
「た、助けてくれ。俺は命令されただけだ」
「誰の命令だ?」
「中国共産党政府」
「そうか、しばらく眠っていろ」
聡史の前蹴りが水月を捉えると、迷彩服姿の男はそのまま後方に吹き飛ばされて石に後頭部を強かにぶつけて白目を剥く。
こうして難なく男たちの始末を終えると、聡史はスマホを取り出す。
「こちら楢崎です。学院長、今大丈夫でしょうか?」
「どうした?」
「現在中国の工作員との戦闘を終えたところです。敵は15名中14名死亡、生き残りは1名です」
「目的を聞き出したか?」
「おそらく俺の身柄が狙いだと考えます。サブマシンガンを携帯している状況からして、相手政府の関与は間違いないものと思われます」
「わかった、すぐに伊勢原駐屯地から処理班を出動させる。私も出向くから楢崎准尉はその場に留まってくれ」
「了解しました。それからEクラスの女子5人が現在同行中です。彼女たちの回収もお願いします」
「いいだろう、こちらで手配する。今回は遭遇戦ということで処理する。連絡を取る余裕がなかったんだろう?」
「はい、急に襲われまして、連絡が事後になって申し訳ありませんでした」
「まあいい、急に襲い掛かるほうが悪い。このままその場に待機して私の到着を待て」
「了解しました」
通話を終えると、聡史は結界の一部に穴を空けて内部に入っていく。
「師匠、無事だったんですね!」
「ああ、まったく問題ないぞ。それよりも俺を信じてこの首輪をを各自着けてもらえるか?」
「はい、師匠が言うんだったら私たちは黙って従います」
聡史が五人に手渡したのは隷属の首輪。現場を見ても何も考えないように一時的にブルーホライズンのメンバーたちの思考を停止する目的で手渡した品。
首輪を着けた女子たちの表情があたかも人形のように変化する。まるっきり感情が失われて、聡史の命令にだけに忠実に従う意思を失った存在に一時的に変化しているよう。
「何も見るな。何も考えるな。黙って俺についてくるんだ」
それだけ言い付けると聡史は五人を引き連れて河原から道路に出ていく。そのまま彼女たちを誘導してコンビニに到着すると、ひとりずつ首輪を外していく。
「あれ? いつの間にかこんな場所にきている」
「なんだか不思議だよねぇ~」
首輪の効力がなくなって意思を取り戻した五人は目をパチクリして顔を見合わせている。14体の惨殺死体が転がっている河原の光景を見せずに済んだと、聡史はホッと胸を撫で下ろしている。
「しばらくここで待っていてくれるか。俺は用事ができたから、代わりに自衛隊員が学院まで送ってくれる。迎えが来るまでここにいてくれ」
「「「「「はい、わかりました」」」」」
こうしてブルーホライズンを残して殺戮現場へと戻っていく聡史であった。
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久しぶりに聡史のバトルシーン。しかも外国の特殊工作員を相手に瞬殺とは恐れ入る限り。次回はしばらく登場しなかったあの人物にスポットが当たって…
この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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