第38話 6階層


 模擬戦週間が終わると土日を挟む。


 聡史たちは、土曜の午前中を体の動きを取り戻すための訓練に充てている。模擬戦週間中の空き時間で各自が訓練を行っていたのだが、こうして全員がまとまって体を動かすのは久しぶり。


 桜が明日香ちゃんを捕まえてビシビシシゴイている横では、聡史の周囲にはブルーホライズンが集まって何やら騒いでいる。



「師匠、模擬戦で2勝したから約束のデートを果たしてもらいたいです」


「おいおい、美晴。あれは冗談じゃなかったのか?」


「師匠、もしかして私たちの必死の頑張りを冗談で済ませる気ですか?」


 トーナメントで2勝を挙げた美晴が聡史の冗談で済まそうとする態度に頬を膨らませている。それはそうだろう。彼女たちは五人とも聡史とのデートを目指して歯を食い縛って模擬戦を戦ったのだから。


 さすがに聡史も美晴にここまで言われると弱い。きちんとデートの約束をしたわけではないのだが、彼女たちが戦う姿を見ていたらちょっとぐらいならご褒美をあげてもいいかな… などと考えてしまう。



「わかったから! 美晴が頑張ったご褒美にどこかに出掛けよう」


「やったぜー! みんな、全員で師匠とデートだぁぁぁ!」


「「「「やったー!」」」」


 メンバー全員が聡史の返事に飛び上がって大喜び。だがこの反応に聡史は頭の中に湧き起こってきた疑問をぶつける。



「なんで全員が喜んでいるんだ?」


「師匠、ひとりも五人も一緒ですから全員デートに連れて行ってください」


「待て待て待て! 五人も一緒にどうやって連れて行くんだよ?」


「そこは師匠の腕に見せどころです。私たちをエスコートしてください」


 女子とまともにデートした経験などない聡史にブルーホライズンはとんでもなくハードルが高い無理難題を押し付けてくる。途方に暮れる聡史…


 だが、そこで真美が常識的な提案を出してくる。無理難題を提示してから比較的受け入れやすい案をチラつかせるのは、交渉を進める上での駆け引きのテクニック。



「私たちもどこに行きたいか意見をまとめますから、師匠と一緒に相談しながら決めましょう」


「そ、そうだな。うん、みんなも積極的に意見を出してどこに行きたいのか決めてくれると助かる」


 ホッとした表情を向ける聡史、だがブルーホライズンの攻勢はここで終わるはずがない。



「それじゃあ、私たちのお礼の気持ちを師匠に示そうぜ」


「「「「おお!」」」」


 五人が一斉に聡史の体にまとわりつく。真美と絵美が左右の腕に抱き着いて、美晴とほのかが二人で体の正面に抱き着いてくる。さらに渚は背中から聡史にしがみついて、聡史は五人から盛大なお礼を受け取っている状態。


 ブルーホライズンは五人揃っていつまでも離れる気配がない。こんなことをしていれば当然周囲の目に留まる。



「な、な、な、なんですかぁぁ! 聡史さんはなんで五人に取り囲まれているんですかぁぁぁ!」


 ちょうどこれから渚と絵美の相手をしようと愛用の棒術の棒を素振りしていたカレンはその光景に珍しく動転した大声をあげている。もちろん背中からは撲殺天使のスタンドがヌ~ッと湧き上がる。



「むむ! これはもしかしたら全国の視聴者の皆さんが喜びそうなゴシップネタですよ~」


 明日香ちゃんは好奇心アンテナが電波をキャッチした模様で、背後からレポータースタンドを浮かび上がらせては、マイクを手にする体で聡史に向かって突進開始。もっともこれは桜のシゴキから脱出するための足掻きともとれる。



「お兄さん、今のお気持ちをどうぞ! 何か一言お願いしますよ~」


「言えるかぁぁぁ!」


「気持ちいいんですね! 女の子たちの囲まれて極楽なんですね!」


「それどころではないからぁぁ!」 

 

 明日香ちゃんの乱入によって騒ぎが大きくなると、グランドの反対側で訓練をしているモテない男子たちが異変に気付く。



「なんで聡史が!」


「特権か?! トーナメントで決勝まで進んだ特権なのかぁぁ!」


「いつか必ず制裁を!」


「制裁を!」


「血の制裁こそが我らの望む道!」


「「「「「「制裁だぁぁぁ!」」」」」


 藁人形と五寸釘を取り出す者が続出している。背後からどす黒いオーラを吹き出しながら血の涙を流して聡史を見つめるモテない男たちであった。 




 


  ◇◇◇◇◇






 昼食を取って午後からEクラスの面々はダンジョンへと向かう。


 本日の予定であるが、聡史はブルーホライズンの付き添いに回って、桜たちは6階層まで降りてオーク肉を調達する予定となっている。



「それではお兄様、いってまいりますわ」


「ああ、きをつけてな」


 2階層までは全員が一緒に降りて、ブルーホライズンはその場でゴブリンを相手にする手筈。今日の戦い方によっては、彼女たちは単独で2階層の活動許可を聡史から得られるだけに、五人揃って腕捲りしている。


 聡史たちと別れた桜率いるパーティーは、そのまま3階層~4階層を最短距離で通り抜けて5階層のボス部屋の前に。


 すでにこの部屋の主であるゴブリンキングを過去4回倒しているだけに、四人とも余裕の表情をして扉を開く。



「さて、今日は誰が倒しますか?」


「私にやらせてもらえますか」


 桜の問い掛けに真っ先に返事をしたのはカレン。これまで美鈴と明日香ちゃんのコンビが2回、桜単独で2回この部屋のボスを倒しているので、いよいよ神聖魔法を試してみたいと腕捲り状態。



「それではカレンさんに任せましょう。美鈴ちゃんは魔法の余波を防ぐためにシールドを展開してもらえますか」


「ええ、守りには自信がついたから、任せてもらえるかしら」


「美鈴さん、思いっきり強力なシールドにしてくださいよ~。試し打ちの時の威力が怖かったですから」

 

 明日香ちゃんからは堂々としたヘタレ宣言が提出される。これを聞いて第ゼロ室内演習場でカレンが魔法を放った時に、明日香ちゃんが威力に驚いて後ろに引っ繰り返っていた件を思い出した桜はゲラゲラ笑いが止まらない。

 


「く、苦しいです! 笑いすぎてお腹が…」


 ヒーヒー言いながら桜は腹を抱えて笑い続けるが、笑われる側の明日香ちゃんは少々ムッとした表情。



「桜ちゃん、失礼ですよ~。誰にも失敗はあるんですから、そんなに笑わないでください!」


「そ、そんなことを言われても、明日香ちゃんがひっくり返って…」


 結局桜の笑いが止まるまで2分かかった。少々トラブルはあったものの、四人は5回目となるボス部屋に踏み込んでいく。内部にはゴブリンキングに率いられたゴブリンの集団が待ち受けている。



「対物理シールド」


 威力が高いカレンの魔法の余波で恐ろしいのは、爆風と飛ばされて飛来する破片の運動エネルギー。したがって美鈴は魔法シールドよりも物理シールドを選択している。



「カレン、準備オーケーよ」


「いきます。ホーリーアロー」


 カレンの右手から光の矢が真っ直ぐに飛び出していく。その勢いは美鈴のファイアーボールなどの比ではない。選ばれた人間だけが操れる神聖魔法… その威力はまさに絶大。


 ドガガガーン! 


 ボス部屋の内部は白い光で満たされて耳をつんざくような大音響が鳴り響く。シールドに遮られたこちら側はまったく影響を受けていないが、カレンの魔法の直撃を受けた向こう側は大変なことになっているだろう。



「な、何もなくなっていますよ~」


 白い光と土埃が晴れると、明日香ちゃんが声を上げた通りにそこにはゴブリンキングの影も形もなくなっている。床のあちこちにドロップアイテムが散らばっているだけのヤバすぎる状況。



「さすがはカレンね。桜ちゃん、今度は私の闇魔法を試していいかしら? カレンよりも威力はあるわよ」


「美鈴ちゃん、それはもっと下の階層ボスで試してみましょう。お兄様から聞いた限りではかなりヤバい威力だそうですから」


 どうやら美鈴はカレンをいろいろな意味でライバル認定しているよう。聡史を巡るライバルであると同時に、魔法に関しても相当意識をしている模様。当然カレンも美鈴の魔法を追い越そうと日々努力をしているだけに、同じパーティーでありながらも両者の鍔迫り合いは今後とも続くものと思われる。



 ドロップアイテムを拾ってから6階層に降りると、この階層からはゴブリンは出なくなる。代わってオークの出現頻度が上昇するだけではなくて、コウモリの魔物であるブラッディバッドや、グレーウルフの上位種であるブラックウルフが登場してくる。


 5階層のボスを倒せるだけの実力を持った上で、動きが早かったり宙を飛んでくるこれらの魔物に対処する能力がないと、中々攻略が難しい階層といえよう。



 だが、桜たちはすでにこの階層に足を踏み込むのは4回目となるだけに、すでに魔物への対処は手慣れたもの。



「明日香ちゃん、オオカミが来ますよ」


「はい、任せてください」


 桜の気配察知が魔物を捉えると、明日香ちゃんがトライデントを構えて待ち受ける。飛び掛かろうとするブラックウルフを神槍の一閃で壁に叩き付けると、そのままトドメ止めを刺す。



「美鈴ちゃん、コウモリが来ました」


「大丈夫よ。ファイアーボール」


 敢えて避けにくい至近距離まで接近を許してから、美鈴は爆発しないタイプのファイアーボールを放つ。ブラッディバッドは炎に包まれて地面に落ちていく。



「オオカミは毛皮を落としてくれますけど、コウモリは魔石だけですね」


 ブラックウルフの毛皮は1枚3千円程度に対して、ブラッディバッドの魔石は1個800円、まあそれでもゴブリンの魔石よりはずいぶんマシになっている。



 そしてお目当てのオークは桜が手早く倒していく。学生食堂に納入する肉をなるべく多く確保したいという本音を隠そうともしない。それでもさすがは6階層というべきか。オークの出現頻度が相当高いので、桜がわざわざ探さなくてもすぐに姿を現してくれる。


 こんな感じで6階層の通路を進んでいるうちに、桜が壁の異変に気が付く。



「おやおや? この壁はなんだかおかしいですね」


 オークを追い掛けながらたまたまやって来た場所には、何やら壁にいわく有り気な窪みが存在する。



「桜ちゃん、また例の隠し部屋のように変な場所に連れていかれるんじゃないですか?」


「桜ちゃん、無茶をしないで今日は安全第一で戻った方がいいと思うわ」


 明日香ちゃんと美鈴が口を揃えて桜を止めるが、すでに手遅れの模様。桜は壁に向いて拳を撃ち出す準備をしている。



「まあまあ、ここは隠し通路の疑いが濃厚ですからね。調べるだけ調べてみましょう」


 ガコッ!


 桜が拳を一閃すると壁には簡単に穴が空いて、その先には何やら通路が続いでいるよう。



「それではこの先に何があるか確かめてみましょう」


「桜ちゃん、どうか思い留まってくださよ~」


 明日香ちゃんの呼び掛けも虚しく、桜がズンズン新たな通路へと入っていくのだった。 






   ◇◇◇◇◇






 6階層に出現した隠し通路と思しき個所に入り込んでいく桜。他の三人も仕方なしにその後についていく。通路は思いのほか短くて約20メートル進むと大きな扉が彼女たちの目の前に現れる。



「桜ちゃん、いかにも危険なニオイが立ち込めていますよ~。こんな扉の中に入ると碌な目に遭わない気がします」


「明日香ちゃんは、相変わらず気が小さいですねぇ~。せっかく発見したんですから、中を調べてみるのが冒険者というものですわ」


 不安げな明日香ちゃんに対して、桜は自信満々で扉の前に立っている。美鈴とカレンも明日香ちゃん同様に不安な表情を浮かべているが、桜は一向に躊躇する様子はない。



「それでは中に入ってみます」


 桜が扉に両手を掛けて一気に押し開くと内部はガランとした空間で、最奥にただ一つだけ木製の宝箱が置かれているだけ。なんとも殺風景な光景が広がっている。



「危険がなくて良かったですよ~」


「明日香ちゃん、まだまだ油断は禁物ですわ」


 桜が単独で宝箱に近づいて何か怪しい点はないかと調べ始める。箱の側面や上部を叩いたり耳を当てて内部から異音が聞こえてこないか確認する。そして…



「どうやらこの宝箱はちょっとおかしいですわ。迂闊に開けると罠が仕掛けられている可能性があります」


 数多のダンジョンを制覇した経験からか、桜が三人に振り向きながらドヤ顔で調査結果を説明。


 だがその時! 誰も手を触れてない宝箱の蓋がわずかに開いて、桜の手に噛み付こうと口を開く。



「桜ちゃん! 後ろ後ろ!」


 美鈴が宝箱の動きに気が付いて桜に注意を促す。だがその時には宝箱は元通りに蓋を閉じてじっとその場に佇んでいる。



「美鈴ちゃんは大袈裟ですねぇ~。ほら、こちらから手を出さなければ大丈夫ですわ」


 桜が振り向くと、宝箱は身動きひとつしないでそのまま床に置かれてじっとした様子。桜はその蓋をポンポン叩きながら「大丈夫だ」と自信ありげな顔で三人を見ている。




「みなさん、こういう怪しい宝箱はしばらく様子見するのが肝心ですわ」


 再び桜が三人に向き合うと宝箱は蓋をわずかに持ち上げる。



「桜ちゃん! 後ろですよ~」


 明日香ちゃんの声に桜が振り向くと、宝箱は蓋をピッタリ閉じて元の姿で何の変哲もなくその場に佇んでいるだけ。



「明日香ちゃん、そんなにビビる必要はないですわ。ほれこの通り、刺激しなければ何もしてきませんから」


 桜は一向に気にした素振りも見せずに箱をポンポン叩いている。宝箱から目をそらして、三人に向かってニコニコ笑っているだけ。



「桜ちゃん、ほら、蓋が!」


「カレンさん、大袈裟ですねぇ~。大丈夫ですわ」


 桜が振り向くと、宝箱はピッタリと蓋を閉じる。



「ほらね、何の異常もありませんから」


「桜ちゃん、そんなことを言っている場合じゃないから! 後ろ、後ろだってば!」


 クルっと桜が振り向くと、宝箱は身じろぎもせずにそこにある。



「美鈴ちゃん、この通り何も危険はありませんわ」


 再び桜は宝箱に背を向ける。だが今度は…



「桜ちゃん、手がぁぁ!」


「明日香ちゃん、何を言っているんですか? ほれこの通り… なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」


 桜の左手に宝箱が噛み付いている。オリハルコンの小手に覆われている手首の部分にパックリと口を開けて凶暴な牙を剥き出しにして噛み付いている状況に桜は漸く気が付いたらしい。ここまで散々三人からの警告を無視した結果がこれ。


 だが桜は、ここで気を取り直す。努めて冷静な口ぶりで…


 

「このように宝箱には罠が仕掛けられている場合がありますから、皆さんどうか気を付けてください」


「全然説得力がないですよ~」


「宝箱に噛み付かれたままで、そんなことを言われても…」


「は、早く何とかしたほうがいいんじゃないですか?」


 敢えてニコやかな表情で解説する桜に三人から突っ込みが集中する。宝箱に噛み付かれた状態で何をそんな余裕を持っているんだと、逆に三人のほうが慌てているこの状況。



「これはミミックといって宝箱に住み着く魔物ですわ。箱を壊せば問題なく討伐可能です」


 再び冷静さを装ってちょっと上から目線で解説し始める桜。そしておもむろに桜は宝箱に噛み付かれている左手を、思いっ切り壁に叩き付ける。


 グシャーーン!


 木製の宝箱は、勢いよく壁にぶつかって粉々に砕け散る。ミミックは箱を壊されてそのまま絶命した模様。やはりいかなる魔物でもレベル600オーバーの桜に掛かれば呆気なく討伐されるだけというのが真実に相違ない。



「こんな感じでミミックを討伐できますから、皆さんは覚えておいてください」


「誰がやるかぁぁぁ!」


「なんで腕一本差し出さないといけないんですかぁぁぁ!」


「怪しいと思ったら、先に箱を壊せばいいんじゃないでしょうか?」


 美鈴と明日香ちゃんは再び桜に突っ込んでいるが、カレンは冷静な意見を述べている。その意見を聞いた桜もハッとした表情に。



「そうですわね。カレンさんの意見を採用しましょう。これからは、怪しいと思ったら箱ごと壊してしまいましょう」


「桜ちゃん、今までどうやっていたんですか?」


「明日香ちゃん、よくぞ聞いてくれましたわ。今まではわざと隙を見せて食い付かせていました」


「そこまで体を張る必要はないんじゃないですか?」


「そ、そうですね、言われてみれば確かに… 今回は皆さんに悪い例をお見せするためにわざとやってみたんですわ。その点はどうか覚えておいてください」


 あくまでもわざとやったと強弁する桜に対して、三人からジトーっとした視線が集まっている。先程までの自信満々な態度とは打って変わって、桜の視線が泳ぎまくり。水飛沫を盛大に上げてバタフライで遠くまで泳ぎ去っていくかのように、遥か彼方に視線をさ迷わせている。


 ここで明日香ちゃんがハッとした表情に変わる。



「桜ちゃん、確か5階層のボス部屋で私の失敗を大笑いしてくれましたよね。今回の失敗をいつか嘲笑ってあげますよ~」


「明日香ちゃんは大きな誤解をしていますわ。これは皆さんにお見せするためにわざとやったという点をどうかしっかりと理解してください」


「失敗だったんですよね?」


「単なる見本ですわ」


「やっちまったんですよね?」


「見本ですから、どうか安心してください」


 明日香ちゃんの追及にも桜は頑として首を縦に振らない。このまま有耶無耶にしてこの件はなかったことにするつもりらしい。



「さて、邪魔なミミックは片付けましたからお宝を探しましょう」


「桜ちゃん、この部屋には何もないですよ~」


「明日香ちゃん、一見何もない場所にお宝が隠されているんですわ。ちょっと調べてみますから待っていてください」


 話題の転換に成功した桜は壁や床を調べだす。その結果、壁のとある部分に1つだけ色違いのレンガを発見。桜のドヤ顔が鮮やかに復活して、これ以上ないほどに胸を張って色違いにレンガを指差している。



「このレンガをこうやって押すとお宝が…」


 レンガを壁の奥に向かって押し込む桜の手にカキンという手応えが伝わる。そして完全に壁の内部にレンガが姿を消すと…



「さ、桜ちゃん、なんだか魔物がいっぱい湧き出してきましたよ~」


「桜ちゃん、どうすればいいのよぉぉぉ!」


 明日香ちゃんと美鈴は大慌てだが、カレンだけは冷静に神聖魔法の発動を準備している。



「これはこれは! こんな浅い階層でミノタウロスが出てきましたわ。こいつらは伊豆の旅行で食べたステーキ肉よりも高級な肉をドロップしてくれますの」


「そんなに落ち着いていないで、早く倒してくださいよ~」


 明日香ちゃんの切羽詰まった声が響く。いきなり現れた人身牛頭の10体以上のミノタウロスに相当ビビっている。だが明日香ちゃんの態度を誰も笑えない。そもそもミノタウロスは異世界ではAランクに相当する魔物で、ダンジョンの20階層から下でしか登場しないのが通例。



「美鈴ちゃん、今こそ闇魔法ですわ。一気に倒してください。カレンさんは追撃の準備をお願いします」


「わ、わかったわ。全てを焼き尽くす闇の炎を食らってみなさい。ダークフレイム!」


 美鈴の右手から黒い炎が迸っていく。あたかも火炎放射器のように、迫りくるミノタウロスに向かってダークフレイムが飛んでいく。


イギャァァァァァ!


 剣や斧を振り上げてズシズシと床を踏みしめて歩いていたミノタウロスたちは、あっという間に黒い炎に巻かれて体を焼かれる熱さに身悶えしながら倒れていく。普通の炎とは違って、闇をまとった炎は対象を燃やし尽くすまで止むことがない。


 やがてフロアーには、消し炭になったミノタウロスの残骸が転がっているだけとなる。だが…



「ウガァァァァ!」


 1体だけ美鈴の魔法から逃れたミノタウロスが残っている。巨大な斧を振り上げてこちらに向かってくる姿は普通の人間からしたら本能的な恐怖を抱かせる。



「ホーリーアロー」


 そこへカレンの魔法が飛び出していく。


 ドドドゴーーン!


 カレンの魔法が炸裂して、ミノタウロスの上半身は吹き飛ばされる。わずか2発の魔法でAランクの魔物10体以上を仕留めたのだから、この美鈴とカレンの魔法は相当なレベルといえよう。これだけ高レベルの魔物を倒すと当然大量の経験値を獲得できる。その結果、美鈴と明日香ちゃんが4ランク、カレンが5ランクレベルが上昇。



「美鈴ちゃんとカレンさんの魔法はさすがですわ。どうやらこれで罠もお仕舞のようです」


 桜が言い終わると、ちょうどそのタイミングで宝箱が出現する。どうやらこれは本物のようだ。


 いつもよりも慎重に桜が宝箱の安全を確かめている。やはり先程のミミックの出現を気にしているようだ。



「桜ちゃん、やっぱりさっきのは失敗だったんですね。今回はずいぶん慎重になっていますよ~」


「明日香ちゃんは何の話をしているのかよくわかりませんわ。私はいつでも慎重ですの」


 ジトーっとした視線再び! 桜の目も彼方に向かって泳ぎだす。鬼の首を取ったかのような表情の明日香ちゃんがそこにいる。


 だが今回は無事に宝箱は開いて、中からは赤い魔石が取り付けられてある指輪が出てくる。



「どうやらマジックアイテムのようですね。私は詳しくないので、お兄様に見てもらいましょう」


「桜ちゃん、聡史君が話していたけど、赤い石を用いたマジックアイテムは火属性に対応しているそうよ。千里ちゃんにあげたら彼女は魔法スキルを獲得できるかもしれないわね」


「美鈴ちゃん、そうなんですか。ますますお兄様に見てもらう必要がありそうですわ。これは私が預かっておきます」


 こうしてお宝をゲットした桜たちは、床に散らばっているドロップアイテムを拾い集める。超高級肉をゲットした桜はホクホク顔で20キロもありそうなブロック肉を拾い集めている。そのほかにも、大剣や斧などといったミノタウロスが手にしていた武器まで落ちているから、これは相当な買取額になりそう。



 こうして隠し通路の攻略が終わって、桜たちは扉から出て通路へと戻っていく。再び6階層の通常の通路に戻ってからは魔物狩りをしばらく続けて、この日のダンジョン探索を終えるのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



毎度お騒がせな桜のダンジョン攻略。こんな妹たちの活躍を尻目にして、聡史はブルーホライズンのメンバーを引き連れて約束のデートへ出かけるよう。


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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