第37話 全学年トーナメント決勝戦
午後になると、いよいよ決勝戦が開始される時刻が迫ってくる。魔法部門の決勝開始が1時半で、格闘部門は3時からの予定。
魔法部門では当然のように美鈴が決勝まで進んでいる。相手の魔法を寄せ付けないシールドの防御力を生かしてここまで万全の戦いぶり。
聡史と桜は、自分たちの決勝まで時間の余裕があるので、第1屋内演習場に美鈴の応援に駆け付けている。もちろんカレンとブルーホライズンのメンバーたちも一緒に声援を送る。
だがひとりだけ、明日香ちゃんは昼食後昼寝がしたいといって自室に戻っている。トーナメントで敗退してからずっとグダグダした生活を送っているので、他のメンバーは敢えて見てみぬフリに徹する。そのほうがヤサグレた明日香ちゃんの精神をリフレッシュしてくれるだろうという願いを込めて…
「試合開始ぃぃ!」
美鈴の決勝戦が始まる。相手は3年生のトーナメント優勝者。
「ファイアーボール」
「魔法シールド」
3年生といえども美鈴のシールドの前ではその魔法はまったくの無力。だが相手はまだ諦めていない。
「アイスボール」
「物理シールド」
今度は氷の塊を放ってくる。質量を伴う氷の塊は魔法シールドでは撥ね返せない。これはすでに、聡史と美鈴の間で何度か実験を繰り返して検証済み。そこで今度は物理シールドの出番となる。重ね掛けされた2枚目のシールドが氷の塊を完全に防ぐ。
こうなると、対戦相手は打つ手がなくなってしまう。2つの属性を操れる優秀な魔法使いではあっても、シールドを破るような強力な魔法を持ち合わせていないのは明らか。
「ファイアーボール」
今度は美鈴からの反撃が始まる。もちろん直撃は避けるコースに念入りに照準を調整済み。
ドカーン!
半径5メートルを吹き飛ばす爆発の余波で、3年生はこれまでの対戦相手と同様に床に叩き付けられる。
「そこまでぇぇ! 勝者、赤!」
会場が拍手に包まれる。魔法学院初の1年生による全学年トーナメントの優勝者が誕生した瞬間であった。。
聡史たちも歓声に応える美鈴に拍手を送っている。カレンやブルーホライズン、それからずっと美鈴の付き添い役を務めた千里も一緒になって心からの拍手を送って魔法部門の模擬戦は終焉を迎える。
◇◇◇◇◇
魔法部門の決勝が終了すると、生徒たちは一斉に第1訓練場へと向かう。少しでも前の席で近接戦闘部門の決勝を見るために他ならない。聡史たちもその流れに従って歩いていく。
「お兄様、いよいよ決勝戦ですわね」
「そうだな」
「まさか私の最大の敵として実のお兄様が立ちはだかるとは思いませんでしたわ」
「いまさら感が満載! あのメンバーで俺たち以外の決勝の組み合わせがあるのか?」
「お兄様、お言葉ですが私はどうしても一度言ってみたかったのです。血肉を分けた兄妹の戦いなんて、ちょっとしたロマンじゃないですか」
「ロマンで血の雨が降りそうだぁぁぁ! いやいや、それよりもお前とだけは戦いたくないのが俺の本音だ。まだ死にたくない」
こうして、どうでもいい会話をしながら兄妹はそれぞれの控室に入ってく。
◇◇◇◇◇
スタンドに固まって座っているカレンやブルーホライズンのいる場所に、決勝戦を終えた美鈴と千里がやってくる。美鈴はようやくこれで肩の荷が下りという表情をしている。
「美鈴さん、優勝おめでとうございます!」
「「「「「おめでとうございま~す!」」」」」
カレンとブルーホライズンが祝福の言葉を掛けると美鈴はニッコリと微笑んでいる。
「ありがとう。先輩方には申し訳ないけれど、今年は1年生でタイトルを独占したわね」
「凄い快挙ですよね。それよりも美鈴さん、この決勝戦はどちらが勝つのか予想は付きますか?」
「全然わからないわね。あの二人が正面切って戦ったことなんて見てないし、そもそも聡史君と桜ちゃんは私たちが考える以上の能力を持っているから、どちらが強いなんてこの場で言えないわ」
「ですよねぇ。でも、なんだかとっても楽しみです」
こうしてカレンと美鈴はこれから主役が登場しようというフィールドに目を向ける。ちなみに明日香ちゃんが相変わらずこの場に姿を現していない。引き分けで敗退というルールを誰も教えてくれなかったことにまだ心を荒ませているらしい。そんなことは自分で調べておけ! と突っ撥ねてもいいのだが、どうせ甘いものが食べたくなったら姿を現すからと、完全に放置されている。面倒な性格だ!
明日香ちゃんはこの際どうでもいいとして、スタンドを埋める生徒たちの間では特待生の話題でもちきりになっている。
「今年は両方のタイトルを1年生に持っていかれるのかぁ…」
「まあしょうがないだろう。俺たち3年生は面目丸潰れだけど、あの近藤すらも敵わないんじゃ仕方がないさ」
「特待生の二人はともかくとして、魔法部門で優勝した子はどうなっているんだ? 爆裂魔法なんてついこの間まで実現不可能と言われていたんだろう」
「ああ、生徒会副会長か。おまけに魔法シールドは展開するし、もう俺たちが理解可能な領域を超えているよな」
「それよりも聞いた話だと副会長は特待生と同じパーティーらしいじゃないか。もしかして、特待生と一緒に訓練すると能力が上がっていくのか?」
「それは有り得るかもしれないな。ほら、1回戦で近藤と引き分けた女子もどうやら特待生のパーティーみたいだし、何か驚くような秘密があるんだろうな」
確かに秘密は存在する。それは命を危険に晒すような過酷な訓練だったり、解析に1か月掛かるような膨大な魔法文字のデータ処理だったりと、彼らが想像する奇跡のような秘密ではなくて地道な日々の積み重ねであった。
こうしているうちに刻一刻と開始時間が迫ってくる。
「ただいまから近接戦闘部門の決勝戦を開始いたします。選手入場」
アナウンスに合わせて赤い扉から聡史が、青い扉からは桜が登場してくる。驚いたことに両者は防具を身に着けずに演習用のジャージ姿。
聡史が審判に何か用件を告げている。その話に頷いた審判は本部席に向かってマイクでその内容を場内にアナウンスしていく。
「ただいま両選手から申し入れがありまして、防具の着用はなしで模擬戦を行います。それからスタンドで観戦している生徒に注意があります。ただいまからフィールド全体が結界に包まれますから絶対に手を触れないようにして下さい」
それだけ伝えると、審判はそのまま本部席に座り込む。フィールド内にいると危険なのでこの場所からジャッジを行うように聡史から伝えられた模様。もちろん彼らは教員なので桜が編入試験の折に第3室内演習場を破壊した件なども耳にしている。この模擬戦に間に合うように夏休み中の突貫工事でようやく復旧しただけに、あのような施設が破壊される惨事は是が非でも回避したかった。だからこそ、こうして聡史の申し入れに従っている。というか従わざるを得ない。
聡史が右手に魔力を込めると、フィールドをぐるりと取り囲む結界が出来上がる。相当量の魔力を込めてあるので、ギリギリ二人の戦闘に耐えられる仕様となっている。いくら聡史でもこれ以上強固な結界は築けなかったから仕方がない。
もちろんこの光景を目の当たりにしたスタンドの生徒たちは全員がポカーンとしている。結界魔法というのは陰陽系の術者が周到な準備を重ねて執り行うものというのがこれまでの常識だったせいだと思われる。
聡史が本部席に向かってオーケーを出したので、審判は準備が整ったと判断してマイクを手にいつもの合図を宣する。
「試合開始ぃぃ!」
その瞬間、第3訓練場は猛烈な音響と地響きに包まれた。
開始の合図とともに、桜が先制攻撃とばかりにその拳から合計20発の衝撃波を見舞っている。
キーン、キーン、キーン、キーン、キーン、キーン、……
ズガガーン! ズガガーン! ズガガーン! ズガガーン!
聡史は迫りくる衝撃波を剣で斬って捨てながら、その合間に空斬刃を放つ。
キーン、キーン、キーン…
ズガガーン! ズガガーン! ズガガーン!
衝撃波と空斬刃が飛び交う戦場さながらの濛々とした土煙の中を、二つの影が交錯する。
ガン! ガシッ! ズガン! ドカドカドカ! バキッ! ダダダダダン!
土煙の中で二つの影が高速で衝突したり、離れては再び衝撃波と空斬刃を打ち出したりしながら激しいバトルが続く。時折色々なものがフィールドを包む結界にぶち当たっては激しい爆発音を奏でる。
それはもう百人単位の軍隊がこの場で戦争をおっぱじめたかのような、息もつかない大音響の連続。それをたった二人で繰り広げているのだから、見ているほうとしては開いた口が塞がらない心境だろう。というよりも、聞こえてくる音だけで生きた心地がしない。中には真っ青になってスタンドから避難していく女子生徒の姿もある。あまりの衝撃に心臓が耐えられなかったのだろう。
やや土煙が薄れてくると、今度はフィールドの中央付近を超高速で動き回りながらの拳と剣の応酬が開始されている。
桜が衝撃波付きの連打を聡史に向けて放つと、聡史は剣で衝撃波を切り裂きながら巧みに連打を躱していく。さらにそこから反転してカウンターの空斬刃を放つと、桜が拳で叩き落すわずかな時間を利用して剣で斬りかかる。
だが、そんな分かり切った戦法は桜には全く通用しない。ヒョイと身を躱して剣の軌道の外に出ると、再び衝撃波を打ち出していく。
再び聡史が守勢に回って剣で衝撃波を切り裂いては、隙を見て桜に斬撃を見舞う。
このような攻防が1秒ごとに攻守を入れ替えて果てしなく繰り返されていく。マシンガンのように繰り出される衝撃波と、大砲のように地面を抉って穴を開ける斬撃が飛び交う中で、二人は平然とした表情で淡々と攻撃を繰り出していく。それはもう攻撃と防御を自動でこなしていく機械のごとく…
スタンドで見守る生徒たちは挙って顔面蒼白。1対1の対戦を見に来ているのに、なんでこの場で局地戦が発生しているのかと、まったく理解が追い付かない。中には席に座ったままで意識が飛んでいる生徒の姿も見受けられる。あまりに刺激が強すぎる戦いを目の当たりにして、ほとんどの生徒は記憶そのものが吹っ飛んでいる状態。
やがて果てしない攻防は束の間の静寂に包まれる。兄妹が距離を取って互いに動きを止める。
「お兄様、いよいよ次の一手で決着をつけてみせますわ」
「いいだろう、妹よ。俺の究極の奥義を披露してやろう」
一瞬睨み合う二人、凛とした物音ひとつない空気にフィールド全体が包まれる。
やがて、桜は決意を秘めた表情で宣言する。
「いきますわ」
聡史も大きく頷く。
「行くぞ」
緊張感が訓練場全体を支配する。
「「うおおぉぉぉぉ!」」
鬨の声を上げながら二人は最後の決着をつけようと、フィールドの中央に走り出す。そして…
「「ジャ~ンケ~ンポ~ン!」」
「勝ちましたわ! 私の勝利です!」
「クソォォォ! また負けたぁぁぁ! これで3連敗じゃないかぁぁぁ!」
両手を突き上げる桜と芝生に崩れ落ちる聡史の姿がそこにはある。
局地戦と思わせる激しい戦闘は単なるジャンケンの前フリであった。これ以上激しく遣り合うと結界が持たないし、兄妹は最初から打ち合わせ通りにプロレスをして、最後の決着はジャンケンで決めると談合していた模様。
さもないと、本当に学院を更地にしかねないためのやむを得ぬ措置であったと、どうか理解してもらいたい。
桜が本部席にいる審判にオーケーの合図を出す。審判は「えっ! 本当にこれでいいの?」みたいな顔をしてるが、これより他に決めようがないので今回は桜の勝利と決定する。
「そこまで… 勝者、青?」
なぜか疑問形の審判の裁定が下って、なんだか締まらない形で決勝戦が終了。
だがしかし、観客席で反応する者はひとりもいない。あまりに壮大な前フリと最後の締まりがない決着のせいで、全員が口から白いモノを吐き出して燃え尽きた真っ白な灰になっているのだった。
◇◇◇◇◇
決勝戦が終わって、スタンドで観戦していた生徒たちは全員白目を剥いて放心状態のまま中々復活しようとはしない。
だがその中でようやく美鈴が意識を取り戻す。いの一番に彼女が素面に戻ったのはステータス上の精神力の高さによるものであろう。彼女はフィールドとスタンドをグルリと見回して、今何が起きたのか自らの記憶を手繰る。
(一体何だったのかしら? 人類の常識を覆すような戦いを見たような気がするんだけど全然思い出せないのよね…)
兄妹の間で繰り広げられた模擬戦… その最中に発生した連続した爆発音と濛々と立ち上がる土煙、飛び交う真空刃と衝撃波、あまりにも在りえない規模の戦いを理解すること自体美鈴の精神が拒否している。
彼女がフィールドに目をやると、妹が兄に向って何か指図をしているよう。よく見ると地面のあちこちにクレーターが出来上がっており、頭を掻きながらその大穴を魔法で埋め戻している兄の姿がある。未だに靄がかかったような美鈴の頭は何をしているんだろうかとボンヤリと考えながらその光景を眺めている。
「美鈴さん、今何があったんでしょうか?」
不意に横から掛けられた声に美鈴が顔を向けると、カレンがようやく現実に帰ってきた表情で自分を見ている。
「私も全然思い出せないの。なんかとっても恐ろしい光景が繰り広げられた気がするんだけど、頭の中に靄がかかっているような感じで…」
こうして二人とも何があったのかと、顔を見合わせて考え込む。
この二人をもってしてもこの有様なので、他の生徒は模擬戦の決勝に関して全く記憶が残っていないのは言うまでもないだろう。
◇◇◇◇◇
同じ頃、女子寮の自室では昼寝をしていた明日香ちゃんが目を覚ます。昼食後に横になって現在午後3時過ぎなので、たっぷり2時間は寝た計算。
「ふあ~… よく寝ましたぁぁ! お昼ご飯の後にグッスリ寝るととっても気持ちがいいですよ~。今から外に出てもまだ暑いですから、エアコンが利いているお部屋でこのままゴロゴロしていましょう」
明日香ちゃんはマンガ本を取り出して読み始める。この後に模擬戦週間の表彰式があるなんてこれぽっちも気が付いていない。模擬戦などすでに記憶の彼方に葬り去っている明日香ちゃんにとっては、そんなイベントなどどうでもいい些細な問題のよう。
あまりにマイペース過ぎる明日香ちゃん、どうかもうちょっとだけ周囲に合わせようよ! まあ、知ってたんだけど…
こうして明日香ちゃんは、表彰式にも参加せずに自室でグダグダした時間を楽しむのだった。
◇◇◇◇◇
話を決勝戦の会場に戻す。
美鈴とカレンに数分遅れて我に返った他の生徒たちが何事があったのかと首を捻っている中で、兄妹はすっかりフィールドのデコボコを修復し終わっている。
「まったく、お兄様は地面に向けて斬撃を放つから、フィールドが酷いことになりましたわ」
「まあ、そう言うなよ。こうして何とか平らにしたんだから」
確かに地面は平らに均されてはいるが、捲れ上がったり吹き飛ばされた芝生は剥げたまま。周辺の鮮やかな緑色に比べて、中央付近は土色の剥き出しの地面が目立つ。そこにアナウンスが流れる。
「ただいまから、模擬戦週間上位入賞者の表彰式を行います。各学年トーナメントベスト4に残った生徒と全学年トーナメント決勝に残った生徒はフィールドに整列してください」
魔法部門と近接戦闘部門の入賞者と全学年トーナメントの決勝に進出した兄妹がフィールドに並ぶ。
副学院長から記念のメダルが手渡されるセレモニーが開始されるが、1年生の格闘部門優勝者の段になってマイクで呼び出されたのは…
「1年格闘部門優勝、二宮明日香」
誰も副校長の前に出てこない… 本人は何も気付かずに自室でゴロゴロしている真っ最中などとは誰が信じようか。
「お兄様、大変です。明日香ちゃんはまだ部屋でヤサグレて出てきません」
「どうしようか?」
「と、取り敢えず、病気ということにしましょう」
「そうだな… 美鈴、すまないが言い訳をしてくれるか」
「仕方がないわね… 教官、二宮さんは体調不良で部屋で休んでいます」
副会長の申し出に副学院長もそれは仕方がないという表情で頷いている。Eクラスの身で決勝戦まで激戦を戦い抜いた疲労が出ているのだろうと、好意的に解釈しているよう。本当は単にサボっているだけなのに…
仕方がないので、美鈴が明日香ちゃんに代わって記念のメダルを受け取って表彰式はそのまま流れていく。
そしていよいよ全学年トーナメントの優勝者である桜の番となる。
「全学年トーナメント近接戦闘部門優勝者、1年Eクラス、楢崎桜」
「はい」
なんとなく納得できないような微妙な雰囲気の拍車に包まれて、桜がメダルを受け取る。
こうして史上初となる1年生の優勝者が誕生した記念すべき大会となった模擬戦週間は幕を閉じる。どうにも最後まで締まらないままであったのは、動かしようのない事実であったが…
◇◇◇◇◇
表彰式が終わると、聡史たちは特待生寮に集まってひと時の憩いの時間を過ごしている。2週間前に開幕した模擬戦週間でずっと出ずっぱりだった美鈴やカレンも、山場終わったかのようなホッとした表情で飲み物を口にしている。
ちょうどそこに、桜のスマホが着信を告げる音が…
「もしもし、誰かと思ったら明日香ちゃんですか」
「桜ちゃん、今どこにいるんですか?」
「私たちの部屋でくつろいでいるところですわ」
「すぐに行きますよ~」
今日の午前中まではずいぶんと機嫌を損ねてヤサグレていた明日香ちゃんだったが、電話の声はなんだかご機嫌な様子。元々立ち直りが早い性格なので、ケロッとして過ぎ去ったことを忘れているのだろう。
数分後部屋のドアフォンが鳴る。桜がドアを開くとそこには明日香ちゃんが立っている。もちろん食堂のデザートをテークアウトしたビニール袋を手にして。明日香ちゃんがオヤツを忘れるなんて、天と地が引っ繰り返ってもあり得ない話。
「皆さんお揃いですねぇ~。いやいや、私もすっかり元気になりましたよ~」
清々しい顔で明日香ちゃんは挨拶をしているが、部屋で待っていた聡史、美鈴、カレンの三人は、ああそうですか的なやや冷めた表情を向けている。元々体は元気で単に拗ねていただけなので、誰も明日香ちゃんの心配などしていない。
そんな空気をまったく読まずに、いそいそと自分が買ってきたデザートを取り出しては口にし始める明日香ちゃん。一同の注目を浴びているなど気にもしないで夢中になってチョコレートパフェを食べている。
チョコレートパフェが半ばなくなりかけたところで、美鈴がようやく口を開く。
「明日香ちゃん、模擬戦の表彰式があって優勝のメダルを代わりに受け取ったから渡しておくわね」
「優勝のメダル? 何ですか、それは?」
テーブルに置かれたメダルを見て明日香ちゃんは不思議な表情を浮かべている。表彰式の存在すら気付いていなかったのだから、記念のメダルなんて頭の片隅にもない。断じてあるわけない。
「明日香ちゃん、せっかくの記念ですから大事に保管しておくんですよ」
「ええ! こんなものをもらっても、全然嬉しくないですよ~」
誰もが羨む優勝の記念メダルを明日香ちゃんは「嬉しくない」の一言で片付けている。真の大物とはもしかしたらこういうものかもしれない。桜が「コイツは下手をするとゴミ箱に捨てかねない」と危惧して注意をしたものの、それでもなおかつ明日香ちゃんは雑に扱いそうな予感がする。
何とか明日香ちゃんを納得させてメダルの件を終えた五人の間では、今後の予定に話題が移っていく。
「来週から通常の授業に戻るのね」
「そうすねぇ… 思い出しましたわ! 明日香ちゃん。しばらく本格的な訓練が中断されていましたから、来週からビシビシシゴきますわよ」
「ええぇぇぇぇ、桜ちゃん、適当にやっていきましょうよ~。私もトーナメントで優勝したし実力がついてきた証ですよ」
「こんなところだけ優勝の話を持ち出す気ですかぁぁぁ! さっきまで『優勝なんかどうでもいい』って言切っていたでしょうがぁぁぁ!」
明日香ちゃんが桜から思いっきり突っ込まれている。ここまで自分に都合よく考えられるとは、明日香ちゃんのご都合主義があまりにも清々しすぎる。
このままでは本当に明日香ちゃんがダメになりそうな予感が… 仕方がないから聡史が間に入る。
「これからダンジョンのさらに下の階層に潜っていくことを考えるとさらに力を高める必要があるぞ。10階層から下はどんな魔物が出てくるか定かではないからな」
「そうですよ、明日香ちゃん。お兄様が言う通りですわ。まだまだダンジョンを攻略するには力不足ですの」
「はぁ~… しょうがないですね~」
明日香ちゃんはため息をつきながら諦めた表情を浮かべている。誰でもない、この学院に入学を決めたのは自分。冒険者を目指すのならダンジョンの攻略を最終目的にするのは当然。もちろん本人の実力によってダンジョン内部のどこまで進めるかは個人差があるだろう。だが高い目的を掲げることも当然必要となる。するとここでカレンが…
「10月には八校戦もありますし、もっとレベルアップしないといけないですよね」
「そうですわ。カレンさんの言う通りです。ですからもっとビシビシいきますよ」
カレンの発言に乗っかった桜が話を元に戻す。実は桜としてはパーティーメンバーを鍛えてダンジョンの下の階層に早く行きたいと秘かに企んでいるのはここではナイショの話。
「桜ちゃん、それではこうしましょう。これからカレンさんを中心に鍛えて私はマイペースでやりますよ~」
「何がマイペースですかぁぁぁ! 放置しておいたら明日香ちゃんは何もしないじゃないですか。それから念のため教えて差し上げますけど、明日香ちゃんも八校戦に出るんですのよ」
「ええ、なんで私が出るんですか? そんな話は全然聞いていませんよ~」
「トーナメントを優勝しておいて出場しないなんて有り得ませんわ。明日香ちゃんも出場するんですの」
「ええ、嫌ですよ~」
相変わらず明日香ちゃんは渋っている。せっかく模擬戦が終わったのにそんな大会など出たくないのが本音であろう。だが、桜は…
「いいんですか、明日香ちゃん? 八校戦は毎年大阪で開催されます。大阪にはこんなご当地スイーツがあるんですよ」
スマホを開いた桜。その画面には魅惑のスイーツの数々が並んでいる。明日香ちゃんの目がハートマークになって画面に釘付けのまま。そして…
「行きます! 絶対に行きますよ~。むしろ今からすぐに向かいたいです。桜ちゃん、大阪は食い倒れの街ですよ~。倒れるまで甘いものを食べ尽くしましょう!」
クルッと手の平返しの明日香ちゃん。ご褒美がぶら下がると俄然ヤル気になるのは周知の事実。両の瞳から赤々と燃え上がる炎を上げながらコブシを握り締めつつ、さらに言葉を続ける。
「八校戦なんかすぐに負ければいいんですよ~。そのあとはスイーツ巡り放題ですぅぅぅ!」
「また負ける気で臨むんですかぁぁぁ!」
毎度お馴染み、桜の突っ込みが特待生寮に響き渡るのであった。
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ついにトーナメントの終了を迎えました。次回からは再びダンジョン攻略に話題が移る予定です。
この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!
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