第36話 全学年トーナメント 1


 全学年トーナメントは順調に進行して、1回戦第3試合でカレンが登場する。


 フィールドに姿を現すカレンを目にした1年Eクラスのどスケベ男子たちは、大盛り上がりでカレンを応援。プロテクター越しにもクッキリと盛り上がっているプルンプルンを見るために、アホのひとりは小遣いをはたいて双眼鏡まで購入している熱の入れよう。モテない男たちのオッパイに懸ける執念はいよいよ止まる所を知らなくなっている。一刻も早く真人間に立ち返ってもらいたい! なんだったら然るべき病院でお薬を多めに処方してもらってくるがいい!



 カレンの相手は3年生のベスト4に入った男子生徒。彼はステータスレベル17で、剣術スキルランク3を所持している。体力面ではカレンとほぼ互角で、技術面では棒術スキルランク2のカレンを上回る存在といえる。初めて上級生、しかも格上の相手と対戦するカレンがどのような戦いぶりを見せるのかに俄然注目が集まっている。



「試合開始ぃぃ!」


 カレンはモテない男子生徒の熱狂的な声援を背に上半身をプルンプルンさせながら健闘するものの、技術の差から次第に追い詰められて最後は横合いから剣を突き付けられて敗退する。



「勝者、青!」


 互いに礼をすると、声援を送ってくれたスタンドにペコリと頭を下げてから控室に戻るカレン。その表情には「今回はやり残したことはない」という清々しい笑顔を湛えている。 


 だがカレンのこの態度を巡ってEクラスのモテない男たちの間では毎度お馴染みの抗争が勃発する。



「カレンさんが俺に向かって挨拶をしてくれたぁぁぁぁ!」


「カレンさんがテメーなんぞに挨拶なんかするもんかぁぁ! あれは俺に向かってだぁぁ!」


「鏡を見てからほざきやがれぇぇ! そんなゴキブリ顔にカレンさんが頭を下げるかぁぁ!」


「なんだとぉぉ! テメーこそイエダニ顔だろうがぁぁぁ!」


 今回は害虫同士の罵り合いがスタートした模様。一刻も早く駆除されてしまえ! この場でバルサンを焚いてやろうか!






 バカたちは横に置いて、ひとつ空いた第5試合は明日香ちゃんが登場。槍を手にして、いつものようにヤル気のない態度で赤い入場口から姿を現す。


(せっかく模擬戦が終わったと思ったら、また変なトーナメントが始まってしまいましたよ~。さっさと負けて昼寝をしたいです)


 まあ大体いつもの調子らしい。ここまで来たらもう諦めてちょっとくらいヤル気を出してもいいだろうに。それでも何とか口実をつけてはサボりたい明日香ちゃん… お願いだから、もうちょっと頑張ろうよ!



 そしてやや遅れて、対戦相手の近藤勇人が入場口から出てくる。その姿を見た明日香ちゃんといえば…


(ひょえ~! 大きな人が来ましたよ~。あんな人が振るう剣に当たったら、痛そうですぅぅ)


 身長190少々、体重も100キロオーバーの勇人の体格を目の当たりにした明日香ちゃんがビビるのは無理もない。常日頃からもっと大きなオークを見慣れているだろうに、相変わらずそのヘタレ振りは健在。



「試合開始ぃぃ!」


 審判の手が振り下ろされて明日香ちゃん対近藤勇人の対戦が幕を開ける。


 剣を正眼にドッシリ構える勇人はステータスレベル19で、剣術スキルはランク4。大元の初期数値が最初から高い勇人とゴミ同然の明日香ちゃんでは、ステータス上のレベル差はないも同然。


 つまり明日香ちゃんは、トーナメントが始まってようやく互角の実力を持つ相手と戦うこととなる。殊に勇人は先日単独でオークを討伐して勢いに乗っている。対する明日香ちゃんはオークジェネラルを倒しているとはいえ、それはあくまでもトライデントのアシストがあってこそ。ということは、この対戦はどちらに勝敗が転ぶか全く予断を許さない。



「1年生とはいえ、勝負に情けは掛けないぞ」


 勇人の目は相手が元最弱女子などとはまったく見做していない。明日香ちゃんの構えを見てここまで登ってくるに相当する実力が伴っていると看破している。



「いくぞ」


 剛腕から繰り出される横薙ぎが明日香ちゃんの槍に向かっていく。



(これは絶対に当たったら痛いやつですよ~)


 痛いのが嫌いな明日香ちゃんは懸命に応戦する。



 ズズーン


 金属同士がぶつかり合ったとは思えないような重低音がフィールドに響き渡る。勇人の剛腕を明日香ちゃんの細腕が受け止めている光景にスタンドの生徒全員が息を飲む。


 そこから一気に両者の打ち合いがヒートアップ。勇人が先制して明日香ちゃんが受け止める展開が延々と繰り返される。その打ち合いの速度といい正確性といい、両者とも素晴らしい技量を見せつつ激しい応酬が続く。



「見事だな。俺の剣をここまで止める人間に出会ったことはなかったぞ」


「痛いのはイヤなんですよ~」


 上段には下段から、横薙ぎには横薙ぎで、袈裟斬りには斜め下から払う如くに、勇人と明日香ちゃんの限界まで引き絞られた技の応酬が続く。



(これは中々… 外見では判断できない使い手だな)


(桜ちゃんよりはまだマシですが、対応するのが精一杯ですよ~)


 繰り広げられる剣と槍の攻防は見ている者を思わず引き込んでしまうほどの高度な技がふんだんに織り交ぜられている。槍を跳ね飛ばそうとする勇人に対して、その豪剣を受け止めては撥ね返していく明日香ちゃん。まさに火花が飛び散る熱戦がフィールド上で繰り広げられる。


 両者とも無限に体力が続くが如くに、開始時点と全く変わらない様子で剣と槍を振るい続ける。元々勇人はストイックに剣の道を追求してきただけに、高々15分間の戦いでスタミナ切れなど起こさないように鍛えている。


 対する明日香ちゃんは桜によって魔改造されており、延々とスタミナが続くように体質そのものが根本から改善されている。ただし甘い物の取り過ぎで常に体重はオーバー気味。昨夜も調子に乗ってデザートをお代わりしたせいで、プロテクターはワンサイズ大きめを着用と相成っている。


 観衆の誰もがまだまだこの戦いを見ていたいと感じている。だがトーナメント史上屈指の好勝負は突然終焉を迎える。



「そこまでぇぇ! 時間切れで、両者引き分けぇぇ!」


 観衆を夢中にさせる二人の打ち合いはさながら時間の経過を忘れさせるが如く、あっという間に15分が経過。両者まったく譲らない互角の勝負は引き分けという結果に終わる。


 双方が開始戦まで戻って一礼。会場からは稀に見る好勝負に万雷の拍手が送られている。そんな拍手の中で勇人が明日香ちゃんに歩み寄っていく。



「1年生とは思えないいい腕だ。先々を楽しみにしているぞ」


「は、はい。ありがとうございました」


 互いに握手を交わして控室へと戻っていく。あれだけヤル気がなかった明日香ちゃんもこの一戦にちょっとした満足感を味わっているように見える。


 その時、場内にアナウンスが響く。



「ただいまの第5試合は引き分けに終わりましたので、規定によりランキング上位の近藤選手がトーナメント2回戦に進出します」


 それを聞いた会場からは大ブーイングが沸き起こる。その大半は3年生最強の近藤勇人を相手にして真っ向勝負で引き分けた明日香ちゃんの試合をもっと見たいという抗議の意思表明で間違いない。


 同時にアナウンスが耳に入った明日香ちゃんの足が止まる。



(ちょっと待ってくださいね… 引き分けの時はランキング上位が勝ち上がる規定? ということはもしかして私が初戦で引き分けに持ち込んでいれば、そこで模擬戦はお仕舞だった…)


 そこに気が付いた瞬間、明日香ちゃんの体から力が抜けてフィールドに崩れ落ちる。


(しまったぁぁぁぁ! なんでルールをよく見ていなかったんでしょうかぁぁ! 知っていれば初戦で引き分けて終わりだったのにぃぃぃ!)


 悔やんでも悔やみきれない表情で明日香ちゃんの手がフィールドの芝生を叩いている。ここまで勝ち残らずに楽しい自由時間を得るには何も負ける必要はなかった。ちょっと手を抜いて引き分けにすれば明日香ちゃんの模擬戦はそこで終わっていたはず。


 これは明日香ちゃん本人にしては、あまりに痛恨の大惨事。



 だがスタンドから観戦している生徒は、こんな明日香ちゃんのどうでもいい個人的な事情など知ったこっちゃない。芝生を叩いて悔しがる(ように見える)明日香ちゃんに対してあちこちから激励の声が上がる。



「いい試合だったぞ! 胸を張るんだぁ!」


「別の機会にリベンジするんだぞぉ!」


「まだまだ先があるから、気を落とすんじゃないぞぉ!」


 その激励に合わせて明日香ちゃんに対して一段と大きな拍手の渦がスタンド全体に広がっていく。



 だがひとりフィールドに膝をついている明日香ちゃんだけは…


(そうじゃないんですよ~。引き分けになったのが悔しいんじゃなくって、初戦から引き分けにしなかったのが悔しいんですよ~)


 拍手に包まれる中でただひとり、心の中にやるせない思いを抱えて蹲っている。そんな明日香ちゃんを見かねて、ちょうど手が空いていた桜と聡史がフィールドに出て彼女を両側から抱えて控室に戻っていく。


 明日香ちゃんの姿が控室に消えるまで、勘違いしたスタンドの大きな拍手は鳴り止むことはなかった。 






   ◇◇◇◇◇





 全学年トーナメントは初日に2回戦まで終了しており、格闘部門では明日香ちゃんとカレンは残念ながら1回戦で姿を消したものの、聡史と桜の兄妹が力の差を見せつけて勝ち上がっている。


 また魔法部門では、美鈴が鉄壁の魔法シールドの防御力をいかんなく発揮して安定の勝利を収める。たとえ上級生といえども美鈴の魔法シールドを破るような威力のある魔法は扱えないよう。この流れが続く限りは魔法部門の優勝は美鈴で確実と大方の外野は見ている。




 そしていよいよ迎えた模擬戦週間最終日、ついに今年の学院全生徒の頂点が決まる。


 ベスト4に残っているのはシードされていた4選手で、準決勝は〔桜対3年生準優勝者〕と〔聡史対近藤勇人〕という組み合わせが組まれている。


 第1試合は桜が開始20秒で相手の腹にブローを叩き込んで決着がついている。そして第2試合では、スタンドの生徒全員が注目する対戦が今まさに始まろうとしている。


 聡史はここまで派手さはないが一切付け入るスキを与えない万全の勝ち方で相手を下している。対して勇人は1回戦で明日香ちゃんとの対戦こそ引き分けたものの、続く2回戦は2年生のトーナメント優勝者を一方的に破って準決勝にコマを進める。



「準決勝に出場する選手が入場します」


 アナウンスが流れると場内に緊張感が走る。これまで学院最強の名を欲しい侭にしていた勇人と、突然編入してきて各方面に反響を及ぼしている特待生のどちらが強いのか、ついのこの場ではっきりとする。


 だが中には、聡史の力は学院生の範疇に収まらないと知っている人間もいる。それは大山ダンジョンで起こったゴブリンの異常発生に直接巻き込まれた生徒たちに他ならない。



「あの時の特待生の活躍を考えたら、近藤といえども太刀打ちできないだろうな」


「あいつはバケモノだ! ゴブリンを剣で斬りながら反対の手で頭を掴んで壁に投げて叩き潰していたからな」


「一刀でゴブリンを10体まとめて斬っていたぞ!」


 通常では考えられない聡史の戦い方を直接目撃した彼らは、全員が聡史にベッドしているよう。いくら近藤勇人でも今回ばかりは相手が悪いというのが、彼らの見方となっている。


 会場の盛り上がりはともかくとして、入場してきた聡史と勇人は開始線上で真正面から向かい合う。



「楢崎、ゴブリン騒動では世話になったな。だが、それとこれは別の話だ。あの時に目の前で恐るべき力を見せつけられて俺も歯を食いしばって腕を磨いてきた。こうして対戦する日を楽しみにしていたぞ」


「お手柔らかにお願いします。対人戦はあまり得意ではないので」


 聡史の返事には省略されている部分がある。「対人戦で手加減するのがあまり得意でない」というのがより正確な表現だと思われる。桜も同様であるが異世界では命の値段が安すぎるせいで、敵対者は基本的に後腐れなく殺しておくのが基本というのが習い癖となっている。もちろんこうして日本に戻って以来そのような危険な考え方は封印しているが、それはあくまでも表に出さないようにしているだけ。


 だがこの場では殺し合いをするための対戦ではない。あくまでも学院生として実力を磨くために模擬戦に臨んでいる。その証拠に聡史の瞳には敵対者に向ける殺意ではなくて落ち着いた穏やかな光が宿っている。



「両者とも準備はいいか?」


 審判が注意を行ってから双方に最後の確認をしている。聡史と勇人が頷くと審判は右手を上に掲げる。



「試合開始ぃぃ!」


 勇人が手にするのは体格に合わせた大振りの両手剣、対する聡史は細身の片手剣を右手に持っている。もちろん学院が用意した刃を潰してある模擬剣。


 聡史は普段から片手剣を使用するのが常で、愛用の魔剣オルバースは片手持ちも両手持ちも可能な中間サイズの剣。元々聡史は魔法剣士であったため、剣で戦いながらもう一方の手から魔法を放つ戦法を得意としている。もちろん剣自体の強度で比較すれば刀身が厚い両手剣のほうが上であるが、魔法使用が前提の聡史は敢えて片手剣を選んでいる。


 勇人はドッシリと正面を向いた構えで聡史の出方を窺う。対する聡史は半身に構えてこちらも不動の姿勢。様子見の時間が過ぎると勇人のほうから動き出す。その目がキラリと光って、巨体とは思えぬ滑らかな動きで聡史との距離を縮めて正眼から振り上げた剣を聡史に向かって振り下ろす。



 ガキーン!


 だが聡史が片手で軽く差し上げた剣はあっさりと勇人の剛腕から繰り出された一撃を受け止める。予想通り聡史に軽くいなされた勇人は素早く剣を引いて角度をつけた袈裟斬りを放ってくるが、それも聡史にアッサリ止められる。聡史は軽く右手を動かしているだけで、いまだ開始線から一歩も動いてはいない。


 最初の攻勢がまったく効果がないと見るや、勇人は素早く距離を取って聡史の隙を探る。



「こうして実際に剣を打ち合ってみると想像以上の腕前だな。とても俺の剣が通用するとは思えないぞ」


「謙遜しなくてもいいですよ。近藤先輩のことですから、どうせ何か秘策を用意しているんでしょう」


「バレていたか。それでは、遠慮なく使わせてもらうぞ。身体強化ぁぁ!」


 勇人の体から魔力が溢れると、その体を包み込むようにして魔力の皮膜が覆っていく。勇人は対聡史戦のためのこれまで温存していた切り札をついに発動した。明日香ちゃんにあれだけ手を焼いても、この聡史との一戦のために残しておいた彼にとってはまさに乾坤一擲のスキル。格闘部門においては魔法の使用は基本的に禁じられているが、この身体強化だけは例外として認められている。



「さすがですね。体力と防御力が5割増しといったところですか? 普通の生徒ではここまで性能が高い身体強化は扱えないでしょう」


「冷静だな。まあ言葉で説明してもわからないだろうから一撃食ってみろ。いくぞ!」


 先程とは比べ物にならない勢いで勇人が踏み込んでくる。聡史はその動きに合わせて一歩だけ右足を前に出して迎え撃つ。



 グワッキーーン


 耳をつんざくような金属音がフィールドに響き渡る。スタンドの生徒たち全員がその高音によって耳の奥に軽い異常を感じるレベル。


 上から大剣を振り下ろした勇人と、斜め下から剣を振り上げた聡史の力が一瞬だけ拮抗する。上から押し潰そうと力を込める勇人に対して、聡史は相変わらず片手でその圧力に抗している。



「ここからが始まりだ!」


 どうやら聡史を力尽くで打ち破るのは困難と判断した勇人は、再び剣を引いて横薙ぎからの連続攻撃を開始する。


 袈裟斬り、下段からの足払い、胴突き、再び上段からの振り下ろしと、勇人のパワーにスピードが加わった攻撃は一たび食らってしまえば明らかに勝敗を決する威力がある。


 右から勇人の剣が迫る。風を切り裂きながら唸りを上げて飛んでくる一撃を聡史の片手剣が打ち返す。火花が飛び散る剣と剣のぶつかり合うその攻防は、さながら動画を早送りするかのよう。フィールドから離れたスタンドの生徒たちの眼には両者の剣の先端がブレて見える。


 正面からの胴突きに対して聡史は、人間の限界を超えた反応を見せる。素早く体を開くと正面から体に向かってくる剣を避けて、さらに上から剣を落としていく。避けられたと悟った勇人は素早く剣を引いて半身になっている聡史の背後に剣を振り向けて斜めに振り下ろす。剣を下に向けている聡史の背中側から勇人の大剣が迫る…


 だがここでも聡史の反応が勇人を上回る。下に向けた剣を一瞬で反転させると、その勢いを生かして腕の振りだけで勇人の剣を弾き返していく。仕留めたと思ったのに聡史からの反撃を受けた勇人はやや驚いた表情をしながらもさらに弾かれた剣を強引に押さえ付けて、そのまま首を一閃する軌道で横に振っていく。それは仮に真剣であれば易々と聡史の首を切り落とせる危険な軌道を描いている。


 ガキーン! 


 だが聡史も予期はしている。上に向けて振り上げた剣を体の正面に戻して冷静に対処する。聡史は軽く右手を動かすだけで勇人の攻撃を全て撥ね返していく。その動きの正確さは奇術を用いているかのような恐るべき反応速度。


 あまりに正確な聡史の剣捌きに勇人は舌を巻いて攻勢を一旦中断して数歩下がっていく。聡史はそのまま追撃はせずに勇人が下がるままに任せる姿勢。



「これは参ったな。俺の攻撃がここまで簡単に撥ね返されるとは思わなかった。もうちょっと通用すると考えていたんだが… まるでガキの頃に師匠を相手にして剣術の稽古をしていたあの時のような気分だ」


「近藤先輩、でも楽しいでしょう? 俺は今心から楽しんでいますよ」


「ああ、俺も楽しんでいる。できればこの時間はもっと長続きするといいな」


「制限時間がありますから、そういうわけにもいかないでしょう。さあ、続きを始めましょう!」


 聡史にしては珍しく言葉数が多い。久しぶりにこうしてまともに打ち合える相手に出会って、聡史は模擬戦であるのを忘れたかのようにこの打ち合いを楽しんでいる。


 勇人の剣の腕は異世界に例えるとC~Dランクの冒険者に相当する。もちろん本気を出した聡史に対してこの程度の腕では秒殺されるのがオチだが、こうして模擬戦という形で用意された舞台の上で聡史は勇人という相手に対して敬意を持って相対している。勇人が身に着けている剣技を全て受け切ろうと考えているかのよう。


 

「よし、俺も思いっ切り楽しんでやるぞ。楢崎、覚悟しろ!」


 再び勇人の踏み込みで新たな打ち合いが再開。両者とも真剣な中にも晴れ晴れとした表情で剣を交えている。


 そのまましばらく打ち合っていると、勇人の剣がこれまでよりもより正確に素早く聡史を捉えに掛かるようになってくる。


(どうやら近藤先輩の剣術スキルが上がったようだな)


 スキルランクは何かのきっかけで稀に上昇するケースがある。格上の相手と対戦する機会でも場合によっては今回のように上昇するケースは起こり得る。


 勇人本人はまだ気づいていないようだが、繰り出してくる剣の切っ先の動きが鋭くなったのを見て取った聡史は心の中でニンマリ。この対戦の楽しみが少しだけ大きくなった手応えを感じているせいかもしれない。


 そのまま聡史と勇人の攻防は続いていく。スタンドの生徒たちはまるで剣術のお手本をこの場で目にしているかのように、二人の動きを一瞬でも見逃さないように声も出さずに集中している。それほどスピード、パワー、技術が、存分に生かされた両者の立ち合いといえよう。心・技・体の全てを尽くして限界まで絞り出した技の数々をその目にしている生徒は、恐らくいずれは自らの剣に生かしていくことになるはず。是非ともそうあってもらいたいと教員一同が願うほど見学している生徒の手本にもなる試合であった。


 長らく続いた熱い試合は残り時間2分を切ってこれまでとは全く違う様相を呈し始める。勇人の剣を受けて捌き続けていた聡史が一転して攻勢を仕掛ける。


 10分以上積極的な攻撃を封印してひたすら勇人の剣を受けていた聡史… だが一たび攻勢に出ると決めたその剣はまさに圧倒的。


 一切の反撃を許さずに確実に急所を狙って放たれる剣はあたかも詰め将棋のように着実に勇人を追い込んでいく。



「クソォォォ!」


 勇人が苦し紛れに剣を振り上げる。だがそれこそ聡史が待っていた瞬間。勇人が反応できない速度で聡史は踏み込んでいくと、ガラ空きの胴に向かって横薙ぎの剣を一閃。


 

「ガアァァァァ!」


 たまらずに勇人が膝を付くと審判が高らかに宣言する。



「そこまでぇぇ! 勝者、赤!」


 時計は14分50秒を指している。残り時間10秒という際どいタイミングであったが、この勝負は聡史が勝利を掴む。


 もちろん聡史が手加減したので、勇人は痛みを堪えつつも何とか立ち上がる。



「最後は楢崎に格負けした。本当に大した男だ」


「ありがとうございました。近藤先輩とは今後とも時々打ち合いをしたいと考えていますが、いかがでしょうか?」


「俺のほうから頼みたいくらいだ。こちらこそぜひとも頼む」


 こうして両者が握手をすると初めてスタンドが沸き上がる。熱戦に呆気に取られて拍手するのも忘れていて見入っていたよう。


 こうして久しぶりの手応えを感じる対戦を終えた聡史は、スタンドで観戦している桜やカレン、ブルーホライズンに手を振りながら控室へと戻っていくのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



熱戦が続いた模擬戦週間も残すはトーナメント決勝戦のみ。ついにフィールドで兄妹が正面からぶつかり合う試合が繰り広げられます。


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る