第35話 学年トーナメント決勝

 模擬戦週間7日目、いよいよベスト16が出揃ってここからさらに熾烈なトーナメントが繰り広げられていく… というのは例年通りなのだが、今年の1年生に限ってはちょっと様相が異なっている。


 格闘部門トーナメントのベスト16ともなると男子生徒で占められる場合がは大勢だったにも拘らず、今年に限っては明日香ちゃんとカレンという女子2名が名を連ねているのがその理由。


 しかも明日香ちゃんに至っては、完全ノーマークのEクラスの生徒。なぜここまでの快進撃が可能となったのかその理由を知らない生徒は未だに首を捻っている。しかも1回戦では優勝候補の筆頭であった勇者を負かしているだけに、ここへきて俄然優勝候補の一角に名前が挙がっている勢い。当の明日香ちゃん自身がどれだけ負けたがっているとも知らずに…


 余談であるが、残念ながら美晴は3回戦で姿を消したものの、それでもEクラス女子としては大健闘と称えられる成績であった。





 そして迎えた4回戦…



「勝者、赤!」


「また勝ってしまたぁぁ!」


 スタンドで見学している生徒には理解不能の叫びを上げながら、明日香ちゃんは控室へと戻っていく。この結果に一番頭を抱えているのは明日香ちゃんに他ならない。




「勝者、青!」


「ありがとうございました」


 メイスの猛威で相手をダウンさせたカレンは回復魔法を掛けてから控室へと戻る。明日香ちゃんとは対照的にこちらは棲ました表情。元々腕試しの意味で出場しただけにカレン自身「自分の力を出し切ろう」としか考えていない。


 この日は午前中に4回戦8試合と、続いて午後には準々決勝4試合が組まれており、勝ち残った生徒は初めて1日に2試合をこなす予定となっている。


 午後には一番乗りで、明日香ちゃんが登場。今度こそ! と心に期するものがある様子だが、勝利の女神はどうにも明日香ちゃんに意地悪をしたいらしい。負けたくて必死なのに、どうしても明日香ちゃんに向かってニッコリと微笑んでしまう。


 この結果明日香ちゃんが準決勝一番乗りを果たす。控室へと戻ってきた明日香ちゃんを笑顔の桜が出迎える。



「桜ちゃん… なんで負けたいのに負けられないんでしょうか?」


「明日香ちゃん、運命には逆らえませんわ。ここまで来た以上、流れに身を任せるしかありませんの」


「負ける流れって何処かにないんですか?」


「その辺にいっぱい転がっていますわ。でも明日香ちゃんはここまでとことん勝つ流れに乗り続けていますからねぇ… そうそう簡単に流れは変わらないかもしれないです」


「いえ、次の対戦で必ず負けをこの手で掴みます。掴んでみせます!」


「そんなことを胸張って言われても私はどう返せばいいのか言葉が見つかりませんわ」


「それよりも桜ちゃん、3時のおやつの時間ですよ~。食堂に急ぎましょう」


「まだカレンさんの試合が残っていますから、そちらが終わってからですわ」


 今にも食堂にダッシュしそうな明日香ちゃんを桜が引き止める。明日香ちゃんはとっても残念そうな表情で防具を解いてスタンドに向かうのだった。




「勝者、青!」


 審判の勝ち名乗りにカレンが一礼する。その後に対戦相手に回復魔法を掛けてから控室へと戻っていく。1回戦からここまでカレンの対戦相手は試合終了まで立っている者は誰もいない。全員が芝生の上にダウンさせられてカレンの回復魔法のお世話になっている。


 こんなに強い回復役ならば、ひとりパーティーにいるだけで物凄い戦力であろう。だが聡史たちのパーティーにあってこのカレンの武勇程度はあくまでも護身用に過ぎない。それほど突き抜けた実力者揃いというのは他のパーティーからしたら羨ましい限り。


 こうして1年生のベスト4が出揃う。ひとまず上位を目指す生徒の第一目標がこのベスト4となっている。トーナメントを勝ち進んだこの4名が自動的に全学年トーナメントへと駒を進める仕組みとなるため、ここまで勝ち進めば新たな権利が得られる。


 ちなみにベスト4に残っているのは、明日香ちゃん、カレン、Aクラスの男子が2名という図式。対戦は明日香ちゃんとAクラス男子の片方、カレンと残りの男子となっている。



 そのベスト4が決定して、そのAクラスの男子2名が話をしている。



「お前はいいよな。相手は勇者殺しだろう。まだ何とか付け入るスキがあるじゃないか」


「そうだよなぁ… 俺も女張飛を相手にどう戦おうかというプランが全く浮かばない。あれは本物のバケモノだ」


 この二人は知らない。明日香ちゃんとカレンは常日頃から桜の訓練中にしょっちゅう槍と棒を交えている間柄。そして今までカレンは一度も明日香ちゃんに勝ったことはない。


 知らないことというのは実に幸せであろう。ただしどの道彼らからするとカレンも明日香ちゃんもはるか彼方の実力の持ち主であるのは間違いない。




 

 模擬戦週間8日目、本日は午前中に準決勝2試合と午後に決勝戦が組まれている。学年別トーナメントの大詰めということもあって、第3訓練場のスタンドには1年生全員が詰め掛けている。


 ちなみに魔法部門は美鈴があっさりと優勝を決めていた。参加する人数が少ないので一足先にトーナメントが終わっており、現在は聡史の隣で観戦中。




 そして準決勝2試合はあっさりと結末を迎える。


 勝ち残ったのは、当初の予想通り明日香ちゃんとカレン。どちらも余裕残しでの勝利とあって、スタンドのギャラリーからは「一体どちらが強いのだろう?」との声がしきりに上がっている。


 準決勝を終えて防具を解いた二人は昼食のために食堂にやってきている。普通に食事を済ませて桜と明日香ちゃんがデザートまできっちり食べ終えたタイミングで、カレンが明日香ちゃんに向かって話を切り出す。



「明日香ちゃん、決勝は私たちの対戦ですがひとつだけお願いがあります」


「カレンさん、何でしょうか?」


「せっかくこうしてまたとない舞台で対戦できるのですから、明日香ちゃんは全力を出してください。も全力でぶつかりますから」


 カレンの瞳は真剣そのもの。この雰囲気は絶対に「負けたい」などと明日香ちゃんに言わせない覚悟のよう。当然カレンの気持ちは明日香ちゃんに伝わってくる。



「カレンさん、わかりました。決勝は全力でぶつかりましょう。どうせ最後ですから思い残すことなく戦いますよ~」


 明日香ちゃんもついに覚悟を決めたよう。これまでの対戦とは違ってカレンを倒すための戦いをしようと心に決めている。というのは、決勝が終わればもう模擬戦はお仕舞だという勘違いをしているせいでもある。全学年トーナメントの話など最初からテンで聞いてはいないし、頭の片隅にも残っていない明日香ちゃんであった。



 


   ◇◇◇◇◇





 午後2時、いよいよトーナメント決勝戦が開始される。



「ただいまから1学年近接戦闘部門の決勝戦を開始します。選手入場」


 アナウンスが流れるとスタンドから歓声が沸き起こる。どちらが勝っても魔法学院史上初となる女子の優勝者が決まる試合を前にして、詰め掛けている生徒たちは大盛り上がりの様相。そして選手に送られる声援の大半はEクラスのモテない男子からのカレンへの歓声。



「カレンさ~ん! 一目こっちを向いてくれ~!」


「誰がテメーの汚い顔を見るんだよ。俺のほうを向いてくれ~!」


「なんだとぉぉ! 俺の顔が汚かったらオメーの顔なんかドブだろうがぁぁぁ!」


「ハエがたかるウ〇コみたいな顔しやがって! 誰がドブだっていうんだぁぁ!」


 汚物同士の醜い争いがスタンドで発生している。今にも掴み合いのケンカが始まりそうな勢いだが、周囲は「死ぬまでやっていろ」という冷めた目で見ている。



 一部のバカが騒いでいるスタンドの動向などまるっと無視して、フィールドでは審判から改めて注意事項が説明されている。対戦する両者は真剣な表情で聞いているよう。だが…


(やっとここまで来ましたよ~。これが最後の試合だと思うとなんだか嬉しくなってきますねぇ~。自由時間ができたら昼寝三昧ですよ~)


 明日香ちゃんは、相変わらずの様子。いくらなんでも試合前に考えることではないだろうに…

 

 そして両者は開始戦に立って合図を待つ。さすがに明日香ちゃんも真剣な表情へと変わっている。



「試合開始ぃぃ!」


 審判の手が振り下ろされると10メートルの距離を置いて明日香ちゃんとカレンが正面から向き合う。半身の姿勢で槍を構える明日香ちゃんに対して、同様にカレンも半身になってメイスを構える。


 互いに手の内を知り尽くしているだけに、慎重になって中々前へ出ようとはしない。下手に前に出ると思いっ切り返し技を食らうだけに、両者とも集中を切らさないように相手の出方を窺っているよう。


 シーンとしたスタンドの全員がどちらが動き出すのか固唾を飲んで見守っている。しばしの緊張の時間が経過して…



「ヘクション!」


 なんとこの緊張を打ち破ったのは明日香ちゃんのクシャミ。「なぜこのタイミングで?」という疑問しか浮かばない。どうにもこの娘は緊張感が持続しない性格のよう。



「今です」


 明日香ちゃんがクシャミをしたというまたとない好機を逃さずにカレンが踏み込んでいく。手にするメイスで明日香ちゃんの槍を打ち払って、そのままトドメを刺そうと力を込めている。


 この瞬間、スタンドの誰もがカレンの勝利を予感する。あの暴風のようなメイスの一撃にあったら、さすがの明日香ちゃんも吹き飛ばされるであろうと考えている。だが…


 ガキーン!


 明日香ちゃんが握る槍はカレンのメイスを受け止めて微動だにしない。この程度の一撃を受け止めるくらいは、明日香ちゃんにとっては造作もないこと。たとえクシャミをして致命的なスキを晒そうとも槍術ランク4は伊達ではない。


 そしてそこから両者の激しい打ち合いが始まる。槍とメイスが互いを撥ね退けようとして火花を散らす。


 だがこうして正面から打ち合うと、次第に明日香ちゃんが優位に立っている状況が誰の目にも明らかとなってくる。カレンは棒術ランク2でいわば段位を取ったばかりの腕前に対して、明日香ちゃんは槍術ランク4で2段階も上。


 今まで対戦してきた相手を一撃で吹き飛ばしたカレンのメイスを受け止めて、さらにそれを上回る攻撃を繰り出している明日香ちゃんに観衆からため息が漏れる。あの重たいメイスを受け止めるだけでも困難なのに、さらにそこから切り返して反撃に出るなどどうあっても考えられない技量。


 さらに明日香ちゃんが攻勢に出ていく。槍の動きは激しさを増して、対応するカレンのメイスが遅れがちになってくる。そして…


 ビシッ!


 カラン!


 明日香ちゃんの槍がカレンの小手を捉えてカレンはメイスを取り落とす。そのまま明日香ちゃんは穂先をカレンの喉元へ突き付ける。



「そこまでぇぇ! 勝者、赤!」


「「「「「「「「「ウオォォォォォォォォォ!」」」」」」」」


 大歓声がスタンドを包む。攻めたカレンは見事であり、それを返して反撃に出た明日香ちゃんもまた見事。これほどの白熱した対戦が、それも女子の間で行われるとは誰もが思ってはいなかったかもしれない。



「やったぁぁぁぁ!」


 明日香ちゃんは両手を空に突き上げる。それはようやく模擬戦から解放されたという喜びの表現で間違いない。断じて勝ったことを喜んでいたわけではない。明日香ちゃんにとっては勝ち負けなど最初からどうでもいい… むしろサボるために負けたかったのだから。


 パチパチパチパチ!


 ところがあたかも勝利を喜んでいるような姿の明日香ちゃんに対してスタンドからは惜しみない拍手が沸き起こる。何も知らない生徒に皆さんに対して明日香ちゃんはどうか謝ってもらいたい。



「明日香ちゃん、さすがでした。まだまだ私ではとても敵いません」


「カレンさん、模擬戦が終わったお祝いにこれからパフェを食べましょうよ~」


「えっ、終わった?」


 カレンはこれ以上何も言えない。なぜなら明日香ちゃんは翼が生えたかのように控室に戻っていってしまったから。


 そして控室では、桜が明日香ちゃんを迎える。



「明日香ちゃん、ついにやりましたわねぇ。優勝なんて見直しましたわ」


「桜ちゃん、それよりもこれでやっと模擬戦が終わりましたよ~。自由時間は何をしましょうか?」


「えっ、明日からは全学年トーナメントが始まりますわよ。今度は私とお兄様も参加しますからとっても楽しみですの」


「ええええええ! 桜ちゃん、それってもしかして…」


「はい、今回のトーナメントでベスト4に入った人は自動的に参加という決まりですから。ということで明日香ちゃん、明日以降も模擬戦は続きますよわ」


「そ、そ、そ、そんな話は聞いてないですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 防具を着けたままで、床に崩れ落ちる明日香ちゃんであった。





   ◇◇◇◇◇





 魔法学院の模擬戦週間もいよいよ大詰めに差し掛かる。迎えた9日目からは各学年上位の生徒が選抜されて出場する全学年トーナメントが始まる。


 出場するのは、シードされている特待生2名、3年生6名、2年生4名、1年生4名の計16人となっている。魔法部門と近接戦闘部門の双方で最後の2日間このトーナメントの優勝が争われる。


 ここ第1訓練場では、近接戦闘部門に出場する16選手がスタンドを埋める生徒に紹介をされている場面。



「1年特待生、楢崎桜」


 パチパチパチパチ! とまばらな拍手が起こる。大多数の生徒にとっては7月に急に編入してきた特待生というのはベールに包まれた謎の存在という印象をもたらしている。


 もちろん、その人間離れした身体能力や戦闘力について一部には知れ渡っているのだが、大方の生徒は直接目にしたことがないのでどんなレベルなのか見極めてやろう程度の認識しか持ってはいないよう。


 そして出場選手の中には誠に不本意ながら1年生のトーナメントを優勝してしまった明日香ちゃんも並んでいる。アナウンスで名前を呼ばれてペコリとお辞儀をしてはいるが、どうもその表情は気もそぞろといった様子が窺える。というよりも、なんだか小声でブツブツ呟いている。



「どうか桜ちゃんとだけは対戦しませんように。桜ちゃんとだけは絶対に当たりませんように。お願いします! 桜ちゃんとだけは…」


 日々の訓練で散々シゴかれている明日香ちゃんにとっては、公式戦で桜と対戦するなどまさに悪夢としか言いようがない。もし仮に対戦となったらどうせ調子に乗って理不尽かつ有り得ない攻撃を放ってくるのは明白なだけに、カレンの回復魔法の世話になるのは確実であろうと考えている。生存本能にこれ以上ない危機を感じている状態の明日香ちゃん。



「それではただいまより、トーナメントの抽選を行います」


 アナウンスが流れると出場選手の間にはある種の緊張感が流れる。対戦者が誰になるかによって自分の勝利の可能性が左右されるだけに、大方の生徒が表情を引き締めて番号が書かれているカードを選ぶ箱が置かれている場所に集合する。



「フフフ、どなたの挑戦でも受けますわ」


「桜、いいからこの場では口を謹んでいろ」


 どうやらこの兄妹の二人は緊張とは程遠いよう。ことにようやく出番が回ってきた桜は目をキラッキラに輝かせながら来るべき試合を楽しみにしている。


 すでに兄妹と3年生のトーナメント決勝進出者は対戦表に名前が記されている。シード選手として桜が1番、聡史が16番の枠に入っており、3年生の2名はそれぞれ8番と9番に名を連ねている。残った枠に他の選手が抽選で入っていく仕組みとなる。


 

「どうかお願いしますから、桜ちゃんだけは… 神様…」


 明日香ちゃんが心の底から祈りながら引いたカードには10という数字が書いてあった。



「よかったぁぁぁぁ」


 明日香ちゃんの対戦相手が決まる。本人は桜と当たらなくてホッとした心境なのだが、実はその相手とは3年生のトーナメントを圧勝した近藤勇人だとはまだ知らない。どうやら明日香ちゃんは新たな試練を迎えたよう。


 ちなみに聡史たちのパーティーはこのトーナメントに五人全員が出場している。そのため付き添い役の手が足りなくて2日間ブルーホライズンのメンバーが防具の着脱を手伝う。同時にスタートする魔法部門に出場する美鈴の付き添いは千里が務めている。


 毎日一緒に訓練している間柄なので、ブルーホライズンのメンバーはこの役を快く引き受けてくれている。だがその裏には聡史の付き添い役を巡る壮絶なジャンケン5回勝負が行われたのはここだけのナイショの話。





 開会式が終わって選手控室では、第1試合に出場する桜と絵美が防具の装着をしている最中。



「明日香ちゃんが言っていた通りで、この防具は確かに動きにくいですねぇ…」


「そうなんですよ。なんだか別人になったような体の動きになっちゃうんですよね」


 身軽なフットワークを身上とする桜にとっては、動きを阻害されるのは何よりも大きな問題。ヘルメット、プロテクター、レガースを全て装着してから立ち上がって体の動きの感覚を確かめている。



「まあこのくらい動ければそれほど問題はないでしょう」


「それよりも桜ちゃん、本当に武器は使わないんですか? 相手は2年生ですよ」


「大丈夫ですわ。この拳が私の最強の武器ですから」


 絵美の心配をよそに、桜は威力を加減するオープンフィンガーグローブを嵌めた手をパフンパフン打ち付けてから控室を出ていくのであった。





   ◇◇◇◇◇







「ただいまから全学年トーナメント1回戦、1年Eクラス楢崎桜対2年Aクラス本郷肇の試合を開始いたします」


 場内に流れるアナウンスとともに桜と対戦相手が入場する。いよいよベールを脱ぐ特待生の実力にスタンドの殊に上級生たちは興味津々な表情をして待ち構えている。



「実際に目にするのは初めてだが、どの程度の能力を持っているのか楽しみだな」


「相手は2年生の2位か。実力を測るにはちょうどいい相手だろう」


「それにしても何も武器を手にしていないようだが、どうやって戦うつもりなんだ?」


 一見すると丸腰の桜に誰もが疑問を覚えるのは当然。しかも相手はリーチの長い槍を手にしているだけに、より一層桜の戦い方に興味を惹かれている。



「試合開始ぃぃ!」


 審判の腕が振り下ろされると槍を手にする2年生が積極的に前に出てくる。この生徒は丸腰の桜を見て秘かにほくそ笑んでいる。


(武器を持っていないんだったら、こんな楽な相手はいないな)


 それこそが桜の思う壺だとは知らずに無警戒に前進して思いっ切り槍を一閃する。



「仕留めた!」


 と彼は考えた。通常ならば絶対に避けられないタイミングで突き出した槍は確実に相手を捉えているはず。だが槍から伝わる感触は何もない。



「中々の突きでしたが、もう半歩足りませんわね」


 槍が向かう正面にいたはずの桜はいつの間にか相手の左側方に移動している。スキルを用いたのでもなんでもなく、ただ普通に槍を避けただけで瞬時にここまで位置を変えている。動きを阻害する防具を装着してもなお目にも止まらない桜のフットワークは恐ろしい。



「クソッ、これでも食らえ」


 視界の片隅にようやく桜の姿を捉えた相手は今度は手にする槍を横薙ぎに振るう。だが、そこにも桜の姿はない。



「こちらですわ」


 対戦相手が振り向くと、なんと桜はいつの間にか相手の真後ろまで回り込んでいる。


 最初の攻防を目撃したスタンドの1年生は現在フィールドで何が起きているのか全く理解していない。だが上級生の中には桜の動きを目で追える人間もある程度存在する。彼らはレベルの上昇とともに動体視力が向上した一部の生徒であった。



「信じられないスピードだな」


「防具をつけてもあんな動きが可能とは… 特待生というのはどうやら伊達ではないようだ」


 彼らはすでに桜のちょっとした試合での動きに、その大器の片鱗以上のモノを見て取っている。そう、それはもはや神業と呼べるようなレベルで…



「なんて動きが速いんだ」


 対戦者も桜に関しては呆れている。槍がその動きを捉えるのは相当困難であろうと彼自身覚悟を決めているよう。いつの間にか後ろ側に回り込んでいた桜に彼は改めて向き直ってから槍を構える。そして自らの最速で手にする槍を突き出していくが、それは虚しく空を切るばかり。



「どうやら防具を着けた動きにも慣れてきましたから今度はこちらから参りますわ」


 必死で槍を繰り出す相手に対して今度は桜から前に出る。



「そうはいくかぁぁ」


 対戦者も前に出てこようとする桜目掛けて渾身の一突きを放つ。だが彼の目に映る桜の姿が一瞬ブレたかと思ったら、その直後体に強烈な衝撃が走り抜ける。



「うげぇぇぇぇ!」


 桜は突き出される槍を一歩右に避けると、そのまま前進して対戦者の胴体に拳をめり込ませている。たったその一撃で相手は地面に崩れ去る。



「そこまでぇぇ! 勝者、青!」


 勝ち名乗りを受けた桜は悠然とした態度で一礼してから控室に下がっていく。その背中にまとう雰囲気には王者の風格すら漂うかのよう。



「ワンパンかよ!」


「最後の動きは見えたか?」


「残像しか映らなかった。気が付いたらもう終わっていたな」


「あれは想像以上の化け物だぞ」


 スタンドの一部では桜を巡って騒然としたざわめきが広がっている。おそらく3年生が固まって座っているエリアが中心であろう。もちろん彼らの目でも桜の戦いの最後の部分は理解できてはいない。ただただ想像を絶するレベルの戦い方であったという印象を残したのみ。



 控室に戻ってきた桜を絵美が出迎える。



「桜ちゃん、今何が起きたんですか?」


 モニターの画面を見つめていた絵美だったが、桜が最後に何をしたかなどてんで理解が及んでいないよう。



「絵美ちゃんは槍が専門ですよね?」


「はい、そうです」


「槍使いが一番困る状況って何ですか?」


「懐に飛び込まれて超接近戦になることですね」


「私は相手の槍を躱してその超接近戦に持ち込んだだけですわ。とっても簡単なお話ですの」


「そんなことが簡単に出来たら誰も苦労なんかしないでしょうがぁぁぁ!」


 ケロッとした表情で答える桜に、絵美の渾身のツッコミが炸裂する。彼女が打ち合いで相手にするのは明日香ちゃんかカレンがほとんど。いまだにその二人から手玉に取られるのにさらにはるか上に存在する桜は、やはり絵美にとっては理解の範疇の外であった。


 

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



明日香ちゃんの優勝で幕を閉じた1学年トーナメント。そして今度は全学年トーナメントに引っ張り出されて涙目の明日香ちゃん。さらには桜が学院生の前で初めてベールを脱ぎ捨てて実力の片鱗を発揮するなど、見所盛りだくさんの模擬戦週間はまだまだ続きます。


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



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