第34話 模擬戦2日目以降

 格闘部門の1回戦は合計で64試合が組まれている。そのため1回戦だけで3日を要する大掛かりなスケジュールとなる。


 組み合わせの関係で初日の出番がなかったブルーホライズンの五人は2日目になってようやく初戦を迎える。



「いよいよ試合が始まるんだなぁ。なんだか気合が入ってきた!」


「師匠とのデートが懸っているから、絶対に負けられないよね!」


「何が何でも勝つぞー!」


「「「「おおぉぉ!」」」」


 こうして一回戦に臨んだブルーホライズンの面々だが、対戦相手が中々厳しくて苦戦する。聡史との訓練期間があと1か月もあれば話は違ったかもしれないのだが、日の浅さを埋め合わせるまでには至っていないのは彼女たちにとって残念な限り。



「両者、引き分け!」


 トップバッターで出場した渚は互いに決め手を欠いて惜しくも引き分けに終わる。悔しそうな表情の渚だが、相手がAクラスの男子だっただけに大健闘と呼べる評価を受けている。



「勝者、青!」


 二番手の絵美は、終了間際に相手の一撃を許して惜しくも敗退する。やはりロンギヌスを手にしないと調子が出ないらしい。



「両者引き分け!」


 真美は引き分けで終わる。まだ二刀流の練習を開始したばかりなので、右手一本で剣を操るだけでは十分な力を発揮できなかった模様。



「勝者、青!」


 ほのかも健闘空しく敗れる。左手の小盾をうまく生かして善戦したものの、戦法を変えたばかりでは十分に力を発揮できない様子。


 そして、最後に残った唯一の希望は…



「なんだよ! みんな、そんなお通夜みたいない顔をしているじゃないぜ! この美晴様がビシッと勝利を挙げて見せるからな。ガハハハハ!」


 試合が始まる前からどうにも不安を抱かせてくれる美晴の態度。年頃の女子なのに「ガハハハハ!」という笑い方はどうにかならないものだろうか…


 だが彼女に期待しないわけでもない。パーティーメンバー中では最も体力の数値が高いのは美晴だし、その上気合強化のスキルがランク2に上昇している点も心強く感じる…で、いいのか? 気合強化って模擬戦で本当に役立つのか? この辺はいまだに未知数な部分が多々ある。


 そしていよいよ美晴の出番がやってくる。


 両手で掲げる大型の盾と、腰には斧の用意がなかったため代わりの短剣を差してフィールドに登場する。対戦するのはBクラスの男子で、美晴よりも頭ひとつ以上大きいかなり大柄な生徒。まともにぶつかったら、その体格差もあって力負けする公算が高い。



「生意気に盾なんか持ちやがって、そんな盾など俺の剣の前では役立たずだぜ!」


「役立たずはどっちか今からはっきりさせてやる!」


 上から見下ろすように強気な言葉を叩きつけてくる相手に対して、美晴も全然負けてはいない。元来気が強いところにもってきて、聡史とのデートに対して並々ならぬ意欲を持っているので「ここは絶対に負けれらない」と気合十分。



「試合開始!」


 ついにブルーホライズンの運命を決定する最後の1戦が始まる。



「一撃で吹っ飛びやがれぇぇ!」


 ガシン!


 高い位置から振り下ろされる大型の剣を美晴はやや上に向けた盾で受け止める。最初から気合強化を発動して、この試合最後まで押し切るつもりのよう。



「おりゃぁぁぁ!」


 気合を全開にした美晴が盾を思いっきり押し込むと、相手の大柄な体は一歩後退する。圧力が弱まったと見た美晴は盾をかざしながら右に回りこみつつ、そのまま体ごとぶつかっていく。



「なにっ!」


 まさか盾を前面に押し出して体当たりをしてくるとは思っていなかった相手は、完全に意表を突かれてバランスを崩す。このチャンスを見逃さずに、すかさず美晴が今一度盾に力を込めて思いっきりぶつかっていく。それはもう気合だけで相手を圧倒しようという美晴ならではの戦い方のように映る。



「うわぁぁぁ!」


 バランスを崩したところにさらに盾の一撃を食らった相手は、堪らずにその場に転倒。芝生の上に倒れ込んだ相手が大きな隙を見せる。



「ここだぁぁぁ!」


 倒れた相手に美晴が飛び掛かる。そのまま馬乗りになると、腰から短剣を引き抜いてヘルメットに向かって思いっきり短剣を突き下ろす。



 ガキン!


 短剣が相手のフェイスガードに当たる大きな音が響く。気合が入りすぎている美晴は寸止めなどというお上品な手段を取らない。そのまま相手を殺す勢いで短剣を振り下ろしている。



「そこまでぇぇ!」


 慌てて審判が止めに入る。両者を引き剥がすようにして分けると、双方に開始戦まで戻るように命じる。



「勝者、赤!」


 改めて勝ち名乗りを受けた美晴は、両手を突き上げて喜びを表す。



「これで師匠とデートだぁぁぁぁ!」


 勝利を喜ぶ雄叫びじゃないのかい! そんなツッコミがスタンドの仲間たちから上がっている。そんな声はお構いなしに、美晴は会心のガッツポーズ。もちろん場内はこの遣り取りに唖然とするのであった。




  

   ◇◇◇◇◇






 渚に手伝ってもらって控え室で防具を解いた美晴は、パーティーが固まっているスタンドへ戻ってくる。その表情はこれ以上ないほど晴れやかで、今にも踊り出しそうな勢いが感じられる。



「やったぜ! 師匠とのデートをゲットしたせぇぇぇ!」


「はぁ~… よかったわね」


「ひとりで楽しんで来い」


「友達止めようかな」


「本当にガッカリです」


 喜んでもらえると思っていた美晴は、仲間のあまりの冷たい反応に「なぜだ?」という当惑の表情を浮かべている。いくら脳筋であってもこの雰囲気に何か感じるものがあるのは当然だろう。



「な、なんだよ~。なんでみんなそんなつまらなさそうな顔をしているんだよ。私たちはパーティーだろう。師匠とのデートは五人で一緒に出掛けるに決まっているじゃないか!」


「美晴ちゃん! マジ天使ぃぃ!」


「そ、そうだよな。みんなで楽しもう!」


「美晴ちゃんは私の一番の親友ぅぅ!」


「美晴ちゃんはやっぱり器が違うわ!」


 四人はクルっと手の平返し。あんまりクルクル手の平を返しているとそのうち腱鞘炎になるぞ! いつの間にか全員が美晴に抱き着いて喜びを分かち合う姿は実に現金に映る。このくらいの図太さがないと、先々冒険者稼業などやっていけないのだろう。


 

「どうせだから、五人まとめて師匠におごってもらおうぜ!」


「確か師匠はダンジョンで相当稼いでいるはずだから、思いっきりご馳走になろう」


「師匠は太っ腹だからね」


「日頃我慢している分、思いっきりたかるわ」


「全部美晴ちゃんが勝ってくれたおかげです」


 美晴以外の四人が涙を流して喜びあっている。


 それよりもなぜ美晴が五人で出掛けようと提案したかというと、実は美晴はこの年まで男子と付き合った経験がないからという理由が大きい。彼女にとって男子と二人っきりでどこかへ出掛けるなど想定外のさらに外側の話。最初から自分が勝ったら全員でデートをするつもりでいたらしい。こんな美晴の意気地なさのおかげで、パーティーメンバー全員がおこぼれにあずかることとなる。


 結果的に、聡史の負担だけが5倍になるだけだった。





   ◇◇◇◇◇






 4日目の第3訓練場では、明日香ちゃんが2回戦を迎えている。装備を付けてフィールドに立つ明日香ちゃんは相変わらずの平常運転。


(さあ! 今日こそ負けてやりますよ~。相手の人はどうか頑張ってください。私は一切頑張りません!)


 相変わらず清々しいまでのヤル気のなさで槍を手にして開始戦に立つ明日香ちゃん。彼女にとっては絶対に負けられない戦い… 否、絶対に負けたい戦いが始まる。そもそも明日香ちゃんは、リラッ〇マのように日々をダラダラ寝て過ごしたいと常々願っている。模擬戦で無駄な体力を使うなどもっての外という、中々ぶっ飛んだ考えで試合に挑んでいる。


 だが明日香ちゃんは全然気付いていない。1回戦で対戦した勇者以上に強い相手はこのトーナメントに参加していない。その証拠に本日の相手はCクラスの生徒となっている。


 こんな簡単な話は誰でもちょっと考えれば思いつくはずだが、日々をホンワカと生きている明日香ちゃんには全く無縁の話。というよりも最初から負けるつもりなので、相手が誰でも関係がなかったというべきかもしれない。



「試合開始!」


 剣を手にする相手が前に出てくる。明日香ちゃんは特に動きを見せないままで相手の出方を窺っている。「負けたいけど痛いのは嫌なので、どうにか痛くないように負けたい」という気持ちがよく現れている。


 カキン!


 剣と槍がぶつかり合う音が響く。だが最初の槍から伝わる手応えに明日香ちゃんは違和感を感じている。


(なんだかおかしいですよ~。手応えがずいぶん軽いような気がします。そうだ! 槍に当たる手応えが弱いということは痛くないってことですね。よーし、頑張って負けますよ~)


 変に気合が入る明日香ちゃん。それも負ける方向に舵を全振りのだからどうにかならないものか…


 カキン!


 再び相手が踏み込んで剣を槍の穂先にぶつけてくる。何とか明日香ちゃんの槍を横に弾いて懐に飛び込もうという意図で牽制しているのだが、明日香ちゃんが握っている槍はほとんどブレていない。レベル23はやはり伊達ではない。


 逆に飛び込むタイミングがなかなか見つからない相手は慎重になって明日香ちゃんの出方を窺う様子をみせる。


(早くガンガン来てくださいよ~ しょうがないから、こっちからちょっと打ち掛かってみましょうか)


 今一つ煮え切らない相手の態度に徐々にイライラが募る明日香ちゃん。相手に気合いを入れるつもりで槍を握る手にちょっとだけ力を加えると、やや斜め下から剣の腹を叩く。そう、それはほんの軽い牽制のつもりであった。



 ガキーン!


 とんでもない大きな音を響かせて相手の剣が大きく弾かれる。同時に両手で握っていた相手の剣がすっぽ抜けて彼方に飛んでいく。明日香ちゃんが軽く放った一振りで相手は得物を失っている。これでは試合の続行は不可能。



「参りました」


「それまでぇぇ! 勝者、赤!」


「ええぇぇぇぇぇぇぇ!」


 明日香ちゃんとしては相手をせっつくために剣をちょっと叩いただけなのだが、まさか握っていた剣が吹っ飛んでいくなんて完全に想定外。というかしっかり力の加減をしなかったせいで、レベル23のパワーをかなりの勢いで相手にぶつけてしまった結果ともいえる。



 しかしこれで勝敗が決してしまった。また勝ってしまった明日香ちゃんのほうが逆に呆然としている。



「勝ちたくなかったのに、なんで勝ってしまうんでしょうか?」


 独り言を呟く明日香ちゃん、その肩が今日もガックリと下がっている。そのまま憮然として俯きながら控え室へと戻っていくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 模擬戦週間5日目、格闘部門のフィールドにはカレンが立っている。軽々1回戦を突破した彼女は現在2回戦の相手とこれから対峙するところ。


 手にするは、聡史から手渡されたミスリル製のメイス。カレンが身に着けている棒術に適した武器を学院が準備していなかったので、特例で自前の品を持ち込んでいる。メイスは打撃武器であり刃がついていないのでそれほどの危険はないだろうという結論が学院側から出されている。


 だがこの学院の見込みはとんでもない間違いであると後から判明する。ステータスレベル20で体力の数値は明日香ちゃんを上回るカレンが振り回す金属の棒は、死に直結する恐怖を対戦相手に与える。


 当のカレンは…



「怪我をしても私が治しますから心配いりません」


 とまったく取り合わずにミスリル製のメイスをブンブン振り回すのだから、これは中々手に負えない。



 その様子を見ているスタンドでは…



「おい、女張飛が出てきたぞ」


「ビッグタイフーンとも呼ばれているな」


「あんな金属の棒でぶっ叩かれたら防具を着けていても危険だろう」


「で、でも叩かれてみたい…」


「お、俺は踏み付けられたい!」


 若干頭のおかしい人間、若しくは変わった嗜好を持った人間がいるようだが、メイスを手に暴れるカレンの姿はほとんどの生徒から恐怖をもって受け取られている。プロレスラーを上回る膂力で振り回されるメイスに一度でも当たったらその瞬間に戦闘不能に陥るのだから、誰もが恐れるのは当然といえば当然。



 そして現在フィールドにはカレンとCクラスの生徒が開始線で向き合っている。



「試合開始!」


 審判の掛け声でカレンの2回戦がスタートする。相手の生徒はジリジリと下がって距離を取りながら、なんとかメイスの攻撃範囲を避けようと慎重に間合いを図っている。


 だがカレンは、そんな生温い戦い方を是とはしない。オークの頭を叩き割る時のようにメイスを肩より高く振り上げては相手に迫っていく。



「ヒイィィ!」


 バキッ!


 相手の男子生徒は引き攣った表情で何とか手にする剣で受け止めようとするが、カレンが振り下ろしたメイスによって呆気なく地面に叩き落される。そのままカレンは返すメイスで相手の横腹を叩く。


 ドサッ!


 メイスによって体ごと持っていかれた男子生徒は10メートル先の芝生の上に横たわっている。立ち上がるどころか身動き自体が不可能な様子。



「それまでぇぇ! 勝者、青!」


 カレンは勝ち名乗りを受けてから右手をかざして倒れている生徒に回復魔法を掛ける。すると対戦相手は首を捻りながら立ち上がる。たった今まで脇腹に内臓が悲鳴を上げるような痛みを感じていたのが、あっという間に消え去っているのが信じられない態度。



「マッチポンプだよな」


「相手を叩きのめしてから治すなんて、もう何でもアリだろう」


「仮に試合中にダメージを負っても自分で治せるんだよな」


「それって、もう無敵じゃないか」


 スタンドはカレンの試合を見てざわついている。勇者が1回戦で姿を消した今、トーナメントを制する最右翼は誰もがカレンだと考えている。

 


 こうして模擬戦の2回戦は着々と進行していく。全ての対戦を終えると、32人の生徒が残る。その中には2回戦を勝ち抜いた明日香ちゃんやカレンと共に美晴も含まれている。気合を前面に押し出したシールドバッシュで2回戦を突破していたのは大いに褒められるべき。もしかしたら聡史とのデートの内容がグレードアップするかもしれない。




 翌日から2日間は土日を挟むため模擬戦は一旦休止となる。来週からは3回戦が幕を開ける予定となっており、この2日間生徒たちはめいめいの過ごし方をする。


 まだ勝ち残っている生徒は一心に素振りを繰り返したり、パーティーメンバーを相手にして打ち合っている姿が訓練場のあちこちで見受けられる。


 すでに敗退した生徒は、すぐにダンジョンに入ってひとつでもレベルを上げようと目の色を変えている。今回の模擬戦は勝った生徒にも負けた生徒にも大きな刺激を与えているよう。各自が自ら設定した目標のために、これから先の更なる努力を誓っている様子が窺える。




 土曜日の夕方、聡史たちのパーティー全員が特待生寮に集まっている。本日は朝からダンジョンに入って7階層でオークを大量に狩っていた。模擬戦が始まったために中々ダンジョンに入れなかったのだが、この日はその分までまとめてオーク肉の確保に努めた。



「はぁ~… これでようやく今週の納入予定を達成しました」


「まったく、桜ちゃんが食堂とあんな契約を結ぶから、私たちはいい迷惑ですよ~」


「明日香ちゃん、そんなことを言っていいんですか? 月末にはオークの代金がお兄様の口座に入金されるんですよ」


「桜ちゃん、一体いくらになるんですか?」


「すでに1000キロは収めていますからねぇ~… ざっと70万くらいでしょうか」


「桜ちゃん、私、頑張ります! もっといっぱいオークを倒します! 片っ端から餌食にしてやりますよ~」


 いつにもまして現金な明日香ちゃん。金額を聞いて目がハートマークになっている。分け前が手に入ったら当分デザート食べ放題という目論見がチラついている。秋のデザート祭りが脳内で絶賛開催中の模様。


 そんな明日香ちゃんは横に置いといて、聡史は美鈴やカレンと真面目な話をしている。



「美鈴の魔法部門トーナメントはどんな感じだ?」


「今のところは問題ないわね。シールドを破られるような強力な魔法が使える生徒はいないから、決勝までたぶん大丈夫でしょう」


 やはり魔法シールドを構築できるようになったのは美鈴にとっても大きいよう。一月以上かけて解析を進めただけあって、ようやくその努力が実を結んでいる。威力が高すぎて模擬戦では闇属性魔法を使用できないので、シールドを用いた戦術で今回は戦うと決めている。



「カレンの調子はどうなんだ?」


「メイスは護身用で本職ではありませんが、手を抜かずに頑張ります」


 カレンとしてはあくまでも本職は回復役だと考えているが、もともと生真面目な性格なので力の限り戦おうと決めている。他の生徒としては、おそらく手を抜いてもらいたいところだろう。防御不可能なカレンのメイスなど、誰もが食らいたくないはず。



 こうして翌日の日曜日は近接戦闘部門で勝ち残っている明日香ちゃんとカレンは軽い調整を行い、美鈴と聡史は千里の魔法練習に充てて過ごす。







  ◇◇◇◇◇






 そして迎えた月曜日。この日からいよいよ3回戦がスタートする。フィールドに一番乗りで登場したのは明日香ちゃん。もちろん今日も負ける気満々で開始戦に立っている。


(もうここまで勝ち抜けば十分ですから、この試合は絶対に負けて今週いっぱいのんびり過ごしますよ~)


 期末試験もそこそこの成績を残しており、この模擬戦も成績の評価に加わるとあれば、明日香ちゃんが落第する可能性は限りなく低い。もう本人としてはお腹いっぱいという気分。とっとと負けて、変なプレッシャーから解放されたいというのが偽らざる気持ちらしい。



 その一方で試合を見つめるスタンドでは…



「おっ! 勇者殺しが出てきたな」


「初戦はマグレだと思っていたけど、あの槍の扱いは並じゃないみたいだな」


「おいおい、お前はマグレでも勇者を完封できるのか?」


 すでにスタンド全体が明日香ちゃんの実力を認めている。あれだけの槍捌きを見せつけられては、誰もが納得させられてしまうのは当然の成り行きであろう。今回はどのような戦い方を見せるのかと、スタンドの注目は自然と明日香ちゃんへと集まっている。



「フフフ… どうやら観客の皆さんもまんざらボンクラではありませんわね。私が直々に鍛えたんですから、明日香ちゃんが強くなって当然ですの」


 桜だけはスタンドから弟子を見つめるような視線を送っている。明日香ちゃんの勝利を信じて疑わないようで、その瞳はどのような戦いぶりを見せてくれるのかと楽しそうに光っている。



「試合開始!」


 審判の手が振り下ろされて3回戦が始まる。



(さて、どうやって負けましょうか? まずは相手の出方を窺いながら慎重に行きましょう)


 明日香ちゃんは自分からは前に出ず、どっしりと槍を構えて相手の出方を窺う。何しろこの試合の最大の課題は痛くないように負けることなので、相手に合わせた上手な負け方を考えている。


 だがこのような明日香ちゃんの様子は、対戦相手からするとどうにも隙だらけのように映る。気持ちが入っていない様子がありありで、今打ち掛かっていけば簡単に勝てそうな気持ちを抱かせるのには十分過ぎ。



(先手必勝)


 対戦相手はBクラスの男子生徒で、彼はこの土日の2日間同じパーティーの槍持ちの生徒と散々打ち合って明日香ちゃん対策は万全と自負している。槍の独特の間合いや柄の長さを生かした攻撃を彼なりに見切れるまで訓練を積み上げてきたという自負は相当なモノ。


 地面を蹴って対戦者が動き出す。剣をやや斜めに振り上げて突き出されるであろう槍の穂先を袈裟斬りに叩き付けようという思惑らしい。



(えっ! ええええ! いきなり来ましたよ~。当たったら痛そうなので突進を止めないと不味いですねぇ~)


 明日香ちゃんはさほど慌てた様子も見せずに冷静に槍の穂先を引く。この程度の突進ならば慣れている。つい一昨日の土曜日もオークジェネラルを相手に散々交戦したばかり。


 相手の剣は斜めに振り下ろされたが、虚しく空を切る。剣が下を向いているところに明日香ちゃんは 「はい、避けてくださいね」という気持ちで優しく槍を突き出す。



「なんだとぉぉ!」


 だが、振り下ろした剣をスカされてもなお突進している相手生徒にとっては、想像以上に早い槍の突き出しに映る。練習してきた生徒とは突き出してくる速度とタイミングが段違いで、必死で振り下ろした剣を戻そうとするがもう間に合わない。


 その結果加速がついた足を止めることはできずに、そのまま明日香ちゃんが突き出す槍の先端に向かって体が進んでいく。



「グエッ!」


 刃を丸めてあるので串刺しにはならなかったが、槍の先端が鳩尾に食い込んでいる。


(ええええええ! 突進を止めようとして差し出した槍になんで自分から突っ込んでくるんですかぁぁぁぁ!)


 明日香ちゃん茫然。全然本気で攻めようなどと考えていなかった牽制の槍に相手のほうから飛び込んできたから、もうビックリ状態。


 ドサッ!


 鳩尾に槍の先端が食い込んだ男子生徒はそのまま前方に崩れ落ちる。呼吸ができないようで口をパクパクして酸素を求めているよう。



「そこまでぇぇ! 勝者、赤!」


「なんでですかぁぁぁぁ!」


 勝ち名乗りを受けても、どうにも納得がいかない明日香ちゃんの叫びが、フィールドに響くのであった。  



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


誰もが勝利を目指して必死な模擬戦で、何とか負けようと奮闘する明日香ちゃん。摩訶不思議な明日香ちゃんワールド全開ですが、そうそう物事がうまく運ぶはずもなく…


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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