第33話 模擬戦週間開幕

 出場決定戦が終わると桜はその足で対戦者の控室へと向かう。本当は明日香ちゃんの防具の着脱を手伝うはずであったが、それはカレンに任せて千里の控室へと入っていく。


 ガランとした控室にはタオルで顔を覆った千里が未だ防具を外さないままにベンチに腰掛けている。こちらに背を向けているので、桜がそっと部屋に入ってきたことに気付いていないよう。



「千里ちゃん、おじゃましますよ」


「えっ」


 桜が後ろから声を掛けると、彼女はビクッとして振り返る。タオルで覆った顔は半分以上隠れていて良く見えないが、目だけが真っ赤になっている様子が窺える。



「今回は残念でしたね」


「えっ… は、はい」


 言葉少なに千里は答えるだけ。右手でタオルを抑えているのはまだ涙が止まらない顔を見られたくなのであろう。



「どなたか防具の着脱を手伝ってくれる人はいないんですか?」


「それが、夏休み中にパーティーが解散してしまって、気軽に頼める人がいなくって…」


 どうやら試合前の防具の装着も千里は一人で行っていたよう。このままでは話がしにくいので、桜が手伝って防具を外していく。重たい装備を全て脱ぎ捨ると、千里はようやく落ち着きを取り戻す。



「桜ちゃん、ありがとうございました。まさか来てくれるとは思っていませんでした」


「たまたま試合を見ていましたから。ところで、千里ちゃんは今どのパーティーにも所属していないんですか?」


「はい、このままではダンジョンに入れないので、早くどこかのパーティーに入りたいと思っているんですが…」


 桜の表情は「これはもうシメたもの」というホクホク顔。今なら簡単に話が進みそうな予感を感じている。



「試合を見ていて私のお兄様が、『千里ちゃんは魔法に向いているんじゃないか』と言っているんですよ。もしよかったらお兄様と一緒に魔法の練習をしてみませんか?」


「わ、私がですか? 魔法なんて、全然できないですよ?」


「まだ才能が目覚めていないだけですわ。お兄様ならきっと千里ちゃんの隠れた才能を引き出してくれます」


「ほ、本当ですか! どうかお願いします。私はこのままじゃダメなんです」


 千里の落ち込んでいた気持ちが桜の申し出ですっかり立ち直っている。こうして千里は桜の勧誘にノセられて魔法の訓練を開始することになるのだった。






   ◇◇◇◇◇






 昼食を終えると、模擬戦週間の開会式が始まる。すでに各学年の生徒は会場となる演習場にスタンバイして、モニターに映し出される副学院長の挨拶や生徒会長の宣誓などを眺めている。


 もっともこれらの形式的なセレモニーはほぼ全員が上の空で聞いているだけで、生徒の注目はこれから始まる模擬戦の勝敗がどうなるかに集まっている。


 ここ第3訓練場では、これから開始される模擬戦週間の高揚感が次第に高まりつつある。殊にこれからオープニングマッチを飾る勇者は誰にとっても気になる存在なので、必然的に注目度が高くなる。



「勇者が戦う場面なんて実際に目にするのは初めてだな」


「きっと相手を瞬殺するだろう」


「どのくらい強いのか俺たちでは見当もつかないよな」


 このように、話題の中心はもっぱら第1試合に登場する勇者に集まる。他のクラスの生徒にとって実際のところ勇者がどの程度の力を持っているのかを詳しく知らないだけに、このように関心の的となるのは当然だろう。自分たちと比較して勇者の力はどのようなものかなどといった話題が、観客席のそこかしこで花を咲かせている。


 もちろんこの第1試合に関して勇者と対戦する明日香ちゃんを話題にする生徒はひとりもいない。学年ビリの存在など端からいないも同然で、同じクラスの生徒であっても手も足も出ないだろうと予想している。


 その明日香ちゃんは、現在控室で決定戦の時と同様に桜に手伝ってもらって防具を装着している最中。



「桜ちゃん、ちょっとお腹の辺りがキツいような気がしますよ~」


「お昼を食べすぎただけですわ。そもそも普段から使い慣れている私物のプロテクターじゃないですか」


「おかしいですねぇ… そんなに食べていないのに」


「大盛りパスタとサラダ、スープ、デザート… しっかり食べていますわ」


「記憶にありません」


 キッパリと言い切る明日香ちゃん。これから試合だというのに一向に自覚なし…



「明日香ちゃん、それよりも、相手はそこそこ強いみたいですから気を緩めないでしっかりと戦ってください」


「はい、しっかりと負けたいと思っています」


「最初から負ける気かぁぁぁ!」


「だって、こんな模擬戦なんて勝ってもお小遣いが入ってくるわけじゃないし… 適当にやって負けておけばいいんですよ~」


「もう何も言いませんから、好きなようにやってきてください」


 さすがの桜も匙を投げている。目の前にご褒美がぶら下がらないと一切ヤル気を見せない明日香ちゃん。ダンジョンで頑張ってオークを倒しているのは、ドロップアイテムの代金でお小遣いが入るから… お小遣いで食べるパフェだけが生甲斐という、ただそれだけの理由に他ならない。



「どうせすぐに負けて終わりますから、桜ちゃんはここで待っていてもらえますか」


「いいですわ。ここから応援しています」


 こうして試合時間となった明日香ちゃんは槍を手にして控え室を出ていくのであった。






 ◇◇◇◇◇






「それでは第1試合開始です」


 訓練場に流れるアナウンスにスタンドが一斉に湧き上がる。100名を超える視線が青い入場口から登場してきた勇者に注がれている。プロテクターやヘルメットなどは他の参加者と同一であるが、勇者の体から発散される雰囲気は観衆の目を引き付ける独特のものがある。


 対して、反対側から登場した明日香ちゃんには誰も注目しない。プロテクターで締め付けられたお腹にフーフー言いながらフィールドに登場してくる。



「Aクラス、浜川茂樹対Eクラス二宮明日香の対戦です」


 場内に両者が紹介されると、審判を務める教員から双方に注意が行われる。いよいよ始まるオープニングマッチを観衆は固唾を飲んで見つめる。この模擬戦はどちらかが戦闘不能となるか、ギブアップによって勝敗が決まる。15分の制限時間内に勝敗がつかない場合は、ランキング上位の者がトーナメントを勝ち上がる仕組みとなっている。



「試合開始!」


 審判の合図とともに、いよいよトーナメント1回戦が開幕を告げる。果たして勇者がどのように相手を片付けるかと注目している生徒たちは目を凝らして彼の動きに注目する。


 試合が開始された直後の浜川茂樹は手にする剣を中段に構えて余裕の表情でどのように攻めるか考えている。



(相手が手にするのは槍か… どのみちEクラスだから軽く仕留められるだろう)


 対して明日香ちゃんはまったく別の事を考えている


(はあ~、早く負けて終わりにしたいですよ~。適当に相手をして痛くないように負けましょう)


 つまらない模擬戦などさっさと終わりにしたいという気持ちがますます募っているよう。こうして大勢が見守っているのだから、ちょっとぐらいはいい格好をしたいとは考えないものだろうか?


 そうこうしているうちに勇者が動き出す。剣を上段に振りかぶって一直線に明日香ちゃんに向かって踏み込んでいく。



「えいっ」


 ところが小さな掛け声とともに勇者の目の前に明日香ちゃんの槍の先端が鋭く突き出されていく。この予想外の一突きに勇者は慌てて剣を振り下ろして対処する。だがその動きすら最初から読んでいたかのように、明日香ちゃんは槍を引いて勇者の剣に空を切らせると再び体の正面に向けて槍を突き出す。


 明日香ちゃんとしては、気持ちは負けたいのだが体が勝手に反応しまっている。あれだけ桜に毎日鍛えられた槍術の腕はすでに敵に対して自動的に反射してしまうレベルまで高められているといっても過言ではない。



「なんだとっ!」


 新たに突き出された槍の穂先を勇者は体を捻って辛うじて回避する。気持ちを静めるために一旦距離を置くと、戦前の「簡単な相手」という予想を覆して手足の如く槍を扱う明日香ちゃんを見つめる。



(なぜだ? Eクラスのそれも最下位相手になぜ俺がこんなに手古摺るんだ?)


 勇者の頭に疑問が湧き上がる。彼は何が何だかわからずに絶賛混乱の最中にあるよう。


 だがそれは何も勇者だけではない。スタンドで観戦している生徒全員があっという間に決着がつくものと思っていただけに、勇者の方から間合いを取ったこの状況は改めて意外に映っている。



「おい、勇者っていうのは実は大して強くないのか?」


「なんだか手古摺っているように見えるけど、本当に大丈夫なんだろうか?」


 徐々にこのようなざわめきが生徒の口々に上り始めていく。それだけのインパクトを明日香ちゃんの槍捌きが彼らにもたらしている。


 だがひとりだけこの様子を見ながら「うんうん」と頷いている人物がいる。控え室のモニターで試合を見ている桜その人。



「あの程度の踏み込みでは明日香ちゃんの槍の前ではいいカモですわ」


 腕組みをしながら余裕の表情でモニターを眺める姿は明日香ちゃんの勝利を信じて疑わない様子。桜としてはそれだけ毎日明日香ちゃんを鍛えてきたという自信があるのだろう。

 

 距離を取ってから大きく深呼吸した勇者は再び剣を構えてジリジリと前に踏み出していく。今度は大振りをせずに小刻みに剣を動かして槍の穂先を躱した後に、その懐に飛び込んでいこうという策に出たよう。


 対する明日香ちゃんは…


(まったく、早く来てくれないと負けられないじゃないですか! いつでも負ける用意はできていますから、ガンガン掛かってきてくださいよ~)


 相変わらず負けることを前提に試合を行っている。こんな考えを相手が知ったら怒り出すのではないだろうか?


 しばらく牽制し合う地味な攻防が続くが、勇者が徐々に前進して剣先と槍の穂先が触れ合う距離となる。


 キン!


 勇者が槍を払い除けようとして剣を横に振るう。そのまま明日香ちゃんの懐に飛び込もうと一歩踏み込んだその時…



「グワッ!」


 勇者の体が、斜め後方に吹き飛ばされていく。


 明日香ちゃんは横方向に弾かれた槍の動きに逆らわずに穂先を流すと、体を開いて右方向に移動。勇者の剣の切っ先を避けるようにして位置を変えてから、そのまま大きく自分から歩を進める。こうして素早く角度を変えて斜め右方向から槍を思いっ切り横薙ぎに振るったのであった。


 この動きは、オークを壁に叩き付ける際に用いるすでに何十回も実戦で繰り返している槍捌きだけあって実に板についたもの。逆に200キロのオークを転がす威力の横薙ぎをまともに食らった勇者は堪ったものではない。


 勇者が地面に転がされるという予想外の展開に会場は静まり返っている。試合を見ているほぼ全ての生徒はこの場で何が起きているのか理解できない模様。


 だが、タネを明かすとこれは偶然でもなんでもない。


 明日香ちゃんのレベルは23で槍術スキルランク4に対して、勇者はレベル13で剣術スキルランク3。初期数値では勇者が大きく上回っているものの、レベルにして10の開きがあると到底敵うものではない。体力の数値で比較しても明日香ちゃんは100に達しているのに対して勇者は80前後に留まっている。


 つまり、桜が調子に乗って明日香ちゃんを鍛えすぎた結果がこれである。学年最弱の存在であった明日香ちゃんは、いつの間にか特待生の二人を除くと学年最強の存在に鍛え上げられていたという恐ろしい事実。そもそもトライデントのアシストがあるにせよオークジェネラルをひとりで倒せるのは一般生徒の中では明日香ちゃんしかいない。


 ただし本人に全く自覚がない点は中々困ったもの。それよりも肝心な明日香ちゃんは、槍の一振りで勇者を吹き飛ばしたことに大きく戸惑っている。



(困りましたねぇ… あんな力を抜いた攻撃で飛ばされているようでは、どうやって負ければいいのか分からないじゃないですか)


 自由な時間が欲しくてどうしても負けたい明日香ちゃん… だがそろそろ諦める時が来たよう。


(勇者なんて自分から名乗るような廚2病の人はきっと弱いんですよね! しょうがないから次の対戦で負けるようにしましょうか)


 相変わらずその勘違い振りは留まるところを知らない。対する勇者はと言えば…



「スキル〔不屈〕発動」


 スキルまで用いて勇者は何とか立ち上がる。このスキルはダメージを受けた分だけ攻撃力が増加するという勇者ならではの固有スキル。まさか最下位相手にスキルまで用いるとは思ってもみなかった勇者のその顔はこれ以上ない程の屈辱に塗れており、どうしても相手を叩きのめさなくては腹の虫が収まらないという表情に変わっている。


 地面に叩き付けられた衝撃であちこちを打撲して、ようやく立ち上がった勇者が剣を構える。どこかに相手の隙がないかと探る目を向けるが、そんな時間の余裕を明日香ちゃんが与えるはずはない。



「それじゃあ、いきますよ~」


 初めて積極的に明日香ちゃんから動き出す。軽くフェイントを掛けて勇者の剣を右側に釣り出すと、その剣を槍の穂先で斜め下から思いっ切りひっぱたく。たったそれだけで勇者の手から剣が放り出されていった。すでにその一撃で勇者の右手は痺れて使い物にはならなくなっている。一見軽く放ったようでもレベル23の一撃ともなると勇者には大きなダメージとなるらしい。


 ついには、明日香ちゃんの槍が勇者の喉元に突き付けられる。剣を手放した勇者にはもうなす術がない。



「それまでぇぇ! 勝者、赤!」


 審判の声でオープニングマッチは終了する。勇者はこの結果が受け入れがたくて、拳を握りしめて小刻みに震えている。最下位に負けたというのは勇者として、またAクラスのトップとして簡単には受け入れられないのであろう。


 最弱が最強を負かした… このとんでもない番狂わせにスタンドからは一切声が上がらない。誰もがその信じられない瞬間を目撃して、何を言っていいのか分からなくなっている模様。


 そんなシーンとしたフィールドで一礼した明日香ちゃんはスタスタと控え室へと戻っていく。その表情は予定通りに負けられなかったことに対して大きく憤慨している。なんでこうなるんだろうと、納得いかない顔で控え室へと戻る。



「明日香ちゃん、予想通りに圧勝でしたわね」


「桜ちゃん、あの廚2病の人は全然ダメですよ~。負けたかったのに負ける方法が全然見つからなかったです」


「だから『廚2病の人』なんて口にしたら、色々な意味で特大のブーメランが突き刺さりますよ」


「えっ、どういう意味ですか?」


 最後まで訳が分からない明日香ちゃん、こんな人物に負けたと知ったら勇者は泣くに泣けないであろう。


 ともあれこうして、トーナメントは本格的な熱戦の火蓋を切る。






   ◇◇◇◇◇






オープニングマッチで明日香ちゃんが奇跡を起こしたが、その後の試合はどうかというと…


 バキッ! ボコ!


「うう、まいった」


「そこまでぇぇ! 勝者、青!」


 模擬戦の試合で勝敗がついて、敗者が肩を落として控室へ戻っていく。



 ドカッ! バキッ!


「うーん、もう動けないぃぃ」


「そこまでぇぇ! 勝者、青!」


 またまた勝負が決する。勝者は当然の表情で負かした相手を見下ろしている。



「チクショウ! あれだけ訓練したのに、勝てないなんて…」


「やっぱり、Aクラスの壁は厚いのか」


 トーナメントが進むにつれて勝者と敗者が次々に生まれていく。そして勝つ側はAクラスで負けるのはEクラスの生徒という事実は覆らない。中でも悔しがっているのは聡史らと一緒に自主練をしている連中。確かに彼らは聡史が認めるように剣の腕を上げている。だが同様に他のクラスの生徒も日々剣や槍の技術を向上させているので、その差を埋め合わせるのは中々難しい。


 平均レベル9~10のAクラスと7~8のEクラスでは気合と根性だけでは乗り越えられない壁が存在する。だが、そのような悪い流れが続く中でついに奇跡が起きる。



「勝者、赤!」


「やったぜぇぇ!」


 頼朝がBクラスの生徒を下している。比較的相手に恵まれたとはいえ、これはEクラスにとっては快挙といえよう。すでに敗退した生徒たちが控室から出てくる頼朝を出迎えようと外で待ち構えている。なぜか背後からどす黒いオーラを吹き出しながら…


 そして頼朝が外に出てくると、彼らは一斉に取り囲む。



「頼朝、ついにやったな!」


「お前はやってくれると信じていたぜ!」


 手荒い祝福の雨で、取り囲んだ生徒が頼朝の背中や肩をバシバシ叩く。



「このヤロウ、ひとりだけいい格好しやがって!」


「チクショウめ! テメーだけ勝ちやがったな!」


 次第にどす黒いオーラが広がって、なぜか取り囲んでいる生徒たちの口調が次第に荒っぽくなっていく。



「ひとりだけモテようたって、そうはいかねえぞ!」


「コンチクショウめがぁぁ!」


「抜け駆けするヤツには制裁を下せぇぇぇ!」


「こーのー恨ーみ、晴ーらーすーべーしー!」


 醜い足の引っ張り合いが始まっている。そして彼らが去った後には地面に倒れる頼朝の姿が残されており、その背中には踏みつけられた足跡が多数つけられている。モテない男たちの怨念が籠ったヘイトをその身に受けた恐ろしい運命がこの場に出現。これはさすがに気の毒すぎる…



 だがそこに、救いの女神が通り掛かる。



「あら、どうしたんですか?」


「た、助けて…」


 たまたま自分の試合があるために控室にやってきたカレンが倒れている頼朝に声をかける。どうやら何らかのダメージを負っている様子を見て、カレンの手から白い光が放たれる。



「あれ? なんだか痛みが引いて… カ、カレンさん、ありがとうございます!」


「どういたしまして。勝ててよかったですね」


「はい、本当にありがとうございます」


 カレンの回復魔法で復活した頼朝が立ち上がる。頼朝はカレンに深々と礼をして、控室に入っていく彼女の姿を頭を下げたまま見送る。だが上目遣いになっているその目は、確実にカレンの胸の辺りをターゲットに。これは正常な男子としては止むを得ないであろう。カレンのお胸があまりにも魅力的すぎる。そしてカレンが姿を消すと…



「やったぜぇぇぇ! カレンさんと話ができたぁぁ!」


 模擬戦で勝利を挙げた際よりも大きな歓喜の雄たけびを上げる頼朝であった。






 ◇◇◇◇◇






 ところ変わって第3室内演習場では魔法部門の対戦が間もなく開幕。オープニングマッチにはエントリーしている生徒の中でナンバーワンの美鈴が出場。


 控室には聡史と一緒に千里もやってきて美鈴の防具の装着を手伝っている。魔法部門に参加する生徒は防具の上から不燃性のツナギを着なければならないので、さらに手がかかる。そのために付き添いが二人まで認められている。



「これじゃあ、ほとんど動けないわね。こんな格好で戦うなんて酷いじゃないの」


「格闘部門とは違うからな。火属性魔法が飛び交うから防火対策は必要だろう」


 美鈴はこれだけの重装備を規定している模擬戦のルールに文句を言いたげな表情。しかしルールに逆らうわけにもいかず重たい防具にため息をついている。



「それじゃあ、俺たちはスタンドから見ているからな」


「ええ、応援してね」


 聡史と千里の二人は控室から出ていく。二人を見送った美鈴はその場で開始の時間を待つのだった。






 ◇◇◇◇◇






 控室を出てスタンドに腰を下ろした聡史に千里が恐る恐る声を掛ける。



「あ、あの~… 聡史さん、本当に私なんかに魔法の才能があるんでしょうか?」


「あると思うな。少なくとも俺の目にはそう映っている」


 スタンドで模擬戦の開始を待っている聡史と千里は、隣の席に座って会話を交わしている。つい先ほど桜が彼女の腕を引っ張って聡史たちに引き合わせてから、その後昼食を共にして何とか話ができる程度に打ち解けているよう。とはいえ千里はまだ思いっ切り遠慮がちではあるが。



「魔法ですか… 今まで遠い存在だったから全然実感が湧かないです」


「この試合が終わったら美鈴に色々と教えてもらうといい。まずは体内で魔力循環を覚えないとな」


「魔力循環ですか?」


「魔法を扱うための基本だ。授業で教わらなかったか?」


「魔法関係の科目を選択していなかったので、ほとんど何も知らないんです」


「そうだったのか。じゃあ、試しにここでやってみようか。俺の手を握ってくれ」


「は、はい… わかりました」


 千里はおずおずと聡史に手を伸ばす。彼女の手は緊張から微かに震えているよう。



「俺が魔力を流すから、まずは魔力がどのように体に流れるかを感じてほしい」


「はい、わかりました」


 手を握られている千里の頬が赤く染まっている。面と向かって男子と手を握った経験がない千里には無理からぬことだろう。



「それじゃあ、魔力を流すぞ」


「はい」


 聡史の手から魔力が流れ出した途端に千里の体がビクンと震える。初めて体内に魔力が流れる感覚は自分自身に新たな世界の扉を開くかのよう。



「す、凄い! これが魔力…」


「ほう、もう感覚を掴んだのか。やはり間違いないようだ」


 そのまま聡史は千里の手を握って魔力を流し続けていく。そしてしばらくして手を離すと千里の様子を観察する。



「そのまま魔力循環を自分の力で続けてみるんだ」


「は、はい」


 千里は目を閉じて体内を巡る魔力を感じながらその流れを継続していく。どうやらコツをつかんだようで、聡史が手を放しても依然として魔力循環を続けていられるよう。



「毎日、朝、昼、夕方の3回、この魔力循環を自分でやってみるんだ。そのうちに魔力に関するスキルが得られるだろう」


「ありがとうございます。ついさっきまで自分に力がなくって絶望していたのに、今は希望でいっぱいです。全て聡史さんのおかげです」


「それは違うな。人間は中々自分が持っている力に気が付かないものだ。たまたま俺が気付いただけで、元々千里には魔法の力があったんだ」


「それでも私はずっと聡史さんに感謝します。私を新たな世界に導いてくれたんですから」


 またまた女子から大きな信頼を勝ち得てしまった聡史。もしかしたらそれは信頼だけに留まらないかもしれない。


 ここで第3屋内演習場にアナウンスが流れる。


「ただいまから模擬戦第1試合、Aクラス西川美鈴対Eクラス山田直美の対戦を開始いたします」


 選手入場を迎えて、スタンドには一気に張り詰めた雰囲気が流れる。彼らの注目は当然ながら魔法部門の第1位である美鈴に向かっている。



「いいか、美鈴の魔法を目に焼き付けておくんだ」


「はい」


 聡史からのアドバイスに千里は頷いている。学年トップの魔法使いの指先の動きひとつ見逃さないように目を凝らしている。


 アナウンス後に入場してきた美鈴は身にまとう装備のおかげで相当動きにくそうだが、フェイスガード越しに窺える表情は普段通りの緊張を感じさせない様子。


 対戦する両者は20メートル離れた開始線上に立って開始の合図を待つ。審判は双方に準備の確認を終えると右手を挙げて構える。



「試合開始!」


 その腕が振り下ろされた瞬間から魔法による戦いが開始される。


 最初の一撃を放ったのは意外にもEクラスの生徒。



「ファイアーボール」


 ソフトボール大の火の玉が飛び出してくるが、美鈴は身動ぎしないで飛んでくる炎を見つめている。


 やがて双方の立ち位置の半分までファイアーボールが飛翔したのを確認した美鈴はようやく体の手前に右手をかざす。



「魔法シールド」


 たったその一言で、美鈴の体の手前に透明な壁のような形状のシールドが張り巡らされる。炎はシールドにぶつかって四散して、わずかな魔力の残滓を残すのみ。



「い、今のは何だったんだ?」


「体の手前で魔法が阻まれるなんて…」


「本当に個人が使える魔法シールドなんてあったんだ…」


 会場に詰め掛けているのはもちろん魔法使いを目指して日々切磋琢磨している生徒たち。彼らの常識が美鈴が目の前で実演した光景に打ち砕かれている。その常識とは「魔法シールドは、魔石を用いて大掛かりな魔法陣を組み上げなければ構築できない」というもの。しかしそれを美鈴はあっさりと覆す。その右手から発動させた魔法シールドは、実技試験で披露したファイアーボール以上の衝撃を会場にもたらしている様子。


 相手の最初の魔法を簡単に躱した美鈴は、今度は自らの攻撃魔法を一瞬で構築する。シールドの陰から右手を出すと、はっきりした口調で魔法名を口にする。


 最初の1発目を無効化されたEクラスの魔法使いは、呆気にとられたまま立ち竦んだまま。



「ファイアーボール」


 もちろん威力は十分に加減して相手に直撃しないように手前の地面に向けて打ち出している。それでも爆発の威力で相手を戦闘不能に陥れると確信した表情。



 ドーン!


「キャァァァ!」


 爆発の衝撃で予想通りにEクラスの生徒は吹き飛ばされて、そのまま動けなくなる。文字通りの完勝劇。



「勝者、青!」


 審判の判断で勝敗が決する。尻もちを付いていたEクラスの生徒も大きな怪我をせずに起き上がっている。


 こうして魔法部門のオープニングマッチは終了をみる。美鈴は一礼して淡々とした態度で控え室に向かっていく。



「それじゃあ、俺たちも美鈴の所に行こうか」


「は、はい」


 美鈴の魔法に見入っていた千里は、聡史の一言にようやく我に返った表情になる。聡史の後をついて再び控室への通路を歩いていく。





  ◇◇◇◇◇





「美鈴、お疲れさん」


「ああ、聡史君。どうもありがとう」


 控え室に入ってきた聡史をヘルメットを外したばかりの美鈴が迎える。



「このツナギが熱いから早く脱ぎたいの。手伝ってもらえるかしら」


「オーケー! 千里も手伝ってくれるか?」


「はい」


 二人掛かりで美鈴の防具を外していくと、ようやく彼女はホッとした表情に変わる。安全を考慮しているとはいえ、美鈴にとっては相当過剰な装備を身に着けていただけに、ようやく一息ついた心地であろう。


 聡史は冷たいペットボトルを手渡して「ありがとう」と言って受け取った美鈴が一口ふくむ。そこに千里が…



「あの~… 美鈴さん、あんな凄い魔法をどうやって使えるようになったんですか?」


「そうねぇ… やっぱり努力かな。特にシールドに関しては相当な時間がかかったわ」


「そうなんですか… 私があんな高度な魔法が使えるかどうかちょっと不安になってきます」


「大丈夫よ。その辺は、私と聡史君がしっかりと教えるから。そうでしょう、聡史君?」


「もちろんだ。その代わり、相当厳しいから覚悟しておけよ」


「はい、どうかよろしくお願いします」


 こうして模擬戦週間はまだまだ続いていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


事前の予想を覆して勇者に勝ってしまった明日香ちゃん。本人は負けたくて仕方がないのに、こういう時に限って中々負けられないよう。他のメンバーを含めて模擬戦週間がどのように進んでいくか目が離せません。


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



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