第32話 トーナメント出場決定戦
聡史が理事会に呼び出されている頃、桜たちは特待生寮でのんびりとした時間を過ごしている。
この日は、いつものように午前中をトレーニングに充てて午後はダンジョンへと向かう予定であったのだが、聡史が学院長から呼び出しを受けて不在となったので急遽ダンジョン行きは中止にして休養にあてている。主に明日香ちゃんが「たまにはのんびりしましょうよ~」と強く主張したのが、なぜか今日に限って全会一致で認められた結果このような過ごし方と相成っている。
現在特待生寮でくつろいでいるのは、桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの四人で、食堂からテークアウトしたデザートを囲みながら和やかな会話が弾んでいる。
ちなみにブルーホライズンの五人は今日も元気にダンジョンに向かっている。彼女たちはレベルが10に到達して、聡史の付き添いが無くてもゴブリン相手に堂々と立ちまわれるまでに成長している。ステータス上のレベルが10とか20などといったキリのいい数字に到達すると各自が所持しているスキルのランクも上昇する仕組みのようで、渚の気配察知が1から2へ、真美のパーティー指揮も同様に1から2へと上昇した結果、1階層であれば余裕をもって探索に臨めるようになっている。
あと1、2回聡史が引率して彼女たちが複数のゴブリンに適応可能と見極めがついたらブルーホライズンは単独で2階層を探索する予定。学院中の1年生を見渡してみてもまだAクラスの2つのパーティーしか2階層へ降りていないこの時期に、Eクラスの彼女たちが単独で2階層に降りていくのはある意味快挙と言えるだろう。それを可能にするだけの聡史の厳しい訓練にブルーホライズンの五人が体を張って応えた結果ともいえよう。
話はそれたが、現在特待生寮のリビングは滅多に見られないマッタリとした空気に包まれている。主に明日香ちゃんの醸し出す雰囲気に他の三人が流されているよう。珍しく桜までが、普段は見せない気を抜いた表情でクリームあんみつを口にしている。
「はあぁ~、こうして涼しい場所でノンビリするのもいいですね~」
「たまにはこんな日も必要なんですよ~。毎日気を張っているだけではなくって、時にはリラックスするのも大切なんです」
明日香ちゃんの主張に他の三人は頷いている。人間張り詰めているばかりでは長続きしない。こうして気を抜ける場所では緊張を解いて、ゆっくりと過ごす時間が必要だとこの場の全員が感じている。
「それにしても、夏休みもあっという間に過ぎていきますね。もう8月も半ばに差し掛かっていますよ」
「そうねぇ… あと1週間もしたら2学期が始まるわね」
カレンが何気なく口にしたセリフに美鈴が相槌を打つ。だがそこに明日香ちゃんの驚きの声がリビングに広がった。
「ええぇぇぇぇ! 夏休みって8月いっぱいまでじゃないんですかぁぁぁ?!」
「明日香ちゃん、それは中学校までのお話よ。魔法学院では、8月の17日から2学期がスタートするの」
凄いぞ明日香ちゃん! 夏休みですっかり気が緩んで2学期がスタートする日を思いっ切り勘違いしている。この娘の能天気さは他者の追随を許さない圧倒的なレベル。美鈴からこの場で教えてもらわなかったら、2学期がスタートしてもひとりで夏休みを満喫するつもりだったかもしれない。
だがもうひとり、そんな事情を知らない人物がいる。
「そうだったんですか。私も初めて聞きましたわ。それで、まだ暑いさなかに普通の授業が開始するんですか?」
魔法学院に途中から編入した桜も一年間の授業予定など全く頭に入っていない。ただしまだ桜の場合は明日香ちゃんと比較すれば多少の弁解の余地は残る。2週間ほど授業を受けてから期末試験が始まりそのまま夏休みとなったのだから、年間予定など頭に入れる暇もなかった。
「そうよね、ついこの間編入してきた桜ちゃんは入学時のガイダンスを聞いていないから、らないのも無理はないわね。この学院では8月の後半から模擬戦週間が始まるのよ」
「模擬戦週間… なんですか、それは?」
「美鈴さん、私も初めて耳にしましたよ~」
「明日香ちゃんは絶対に知っておくべきじゃないかと思いますが…」
桜同様に「いかにも今初めて聞きました」と言わんばかりの表情をしている明日香ちゃんに対して、カレンが控えめなツッコミを入れている。だがその程度の可愛らしいツッコミなど明日香ちゃんには通じるはずがない。もっと思いっ切りドカーンと正面からカマシてやらないと、明日香ちゃんのお花がいっぱい咲き乱れる脳内には届かない。
この明日香ちゃんの態度には、さすがに生徒会副会長の立場にある美鈴は「これはどうにかしないといけない」といけないと自らの使命のごとくに心に深く念じている。同時に「ここまで無知でよくぞ魔法学院の生徒としてやってこられたものだ」と変な部分で感心もしている。だがこのままにしておいても埒が明かないので、美鈴は明日香ちゃんを含めて納得してもらえるように今一度懇切丁寧な説明を開始する。
「模擬戦週間というのは、文字通り学年の生徒がトーナメント形式で対戦するのよ。魔法部門と格闘部門があって、それぞれにエントリーした生徒がトーナメント表に従って勝ち上がりを目指して対戦していくの」
「ほほう、それは中々面白そうな催しですわ」
「ああ、桜ちゃんと聡史君はシード扱いだから、学年トーナメントには参加しないわ。すでに開催要項が生徒会に届いているの。特待生の二人は各学年トーナメント上位者による全学年トーナメントから参加するみたいね」
「そうでしたか… 1年生の他のクラスの皆様を軽くブチノメシテ差し上げようと思ったんですが、ちょっと残念ですわ。まあその分は2、3年生をブッ飛ばしますから最終的な帳尻は合うでしょう」
桜が物騒な発言をしている。上級生を相手にしてレベル600オーバーの底力を見せつけてやろうかと考えているよう。本気とまではいかなくとも、ある程度の力はこの際見せておこうという魂胆がどうも見え隠れしている。どうか模擬戦で死者だけは出してもらいたくないもの。
両眼に危険極まりない光を湛えている桜とは別に、こちらは極めてお気楽な表情の明日香ちゃんが口を開く。
「トーナメントというからにはクジ運が大切ですよ~。できれば同じクラスの人と対戦したいです」
確かに楽な相手と戦いたいというのは誰にも共通する気持ちであろう。殊に何事も楽をしたがる明日香ちゃんにとっては切実であるのは言うまでもない。だが美鈴は残念そうに首を振る。
「もうトーナメント表は出来上がっているから、あとはそこにエントリーする人の名前を当て嵌めていくだけなの。今回の模擬戦には期末試験の成績を反映する時間が足りなかったから、入学試験の成績を元にして決定されるわ。つまり入試順位1位と200位が一回戦で当たるのね」
「むむ? 入試順位の1位とはいったいどなたですか?」
「Aクラスの勇者ね」
「200位とは… ああ、この場にいますね」
桜の指摘通り、その視線の先で暢気にフルーツパフェを食べている人物こそが話題の200位に該当する。ついついパフェに夢中になって今の会話をまるっきり聞いていなかった明日香ちゃん、だが桜の視線に何かに気が付いたのか、つと顔を上げる。
「あれ、桜ちゃん。私の顔に何かついていますか?」
「明日香ちゃんの対戦相手はすでに決定しているようですわ」
「ええぇぇぇ! クジ引きもやらせてもらえないんですかぁ」
この場の話の流れくらいはしっかり頭に入れていろ! ちょっとだけ残っていたフルーツパフェに気を取られて、ついついうわの空になっていた自分自身を深く反省してもらいたい。
「明日香ちゃんは魔法スキルが無いので格闘部門しかエントリーできませんの。ということで明日香ちゃんの一回戦の相手はAクラスの勇者ということで決定しました」
「ええぇぇぇ! ゆ、勇者ですかぁ… ところで勇者って誰ですか? もしかして廚2病を患った気の毒な人だったりして」
ズコーン …と全員がきれいに揃ってコケた。物を知らないにもほどがあり過ぎる。明日香ちゃんは勇者の存在すら知らなかったらしい。ついこの間ダンジョンで顔を合わせたにも拘らず、勇者と美鈴の遣り取りなどすっかり忘れている。一体どういう世界にこれまで生きていたのか不思議でならない。どうやら明日香ちゃんにとっては、勇者との対戦よりもクジ引きが出来ないということのほうがより大きな問題らしい。
「あ、明日香ちゃん… よく今まで学院生としてやって来られましたね。ある意味凄いですわ」
「えへへ、桜ちゃん。そんなに褒められても困りますよ~」
「褒めているじゃないですわ。もうちょっと常識を身に付けろと言っているんですの」
呆れ顔の桜からキッチリ詰められても、明日香ちゃんはキョトンとしたまま。これはどうにも大物の片鱗を予感させずにはいられない。
ひとまず明日香ちゃんは横に置いといて、話題は美鈴とカレンへと移る。
「美鈴ちゃんは、魔法部門にエントリーするんですか?」
「そうね、戦闘訓練をしていないから魔法で頑張るしかないわね」
「まあ、美鈴ちゃんの実力でしたら楽々勝ち抜けるでしょう。カレンさんはどうするんですか?」
「神聖魔法はまだ封印してあるので棒術でエントリーしようと思っています」
「それはいいですわ。現在の棒術スキルはどうなっていますか?」
「ついこの間ランク2になりました」
「でしたら十分に戦えますわ。それでは各自トーナメントを勝ち抜く覚悟で明日から対人戦の訓練を強化しましょう」
「「ええぇぇぇぇ! これ以上強化されると本当に死にます!」」
明日香ちゃんとカレンの一糸乱れぬハーモニーがリビングに響く。本当にこれ以上桜からシゴかれたら命がいくつあっても足りないと感じている今日この頃。というか、日に日に上達する明日香ちゃんとカレンを桜が放っておくはずがない。必然的に訓練に熱が入って、毎日のように二人が死にそうななっている。
すると、ここで桜が何かに気が付いたような表情になる。一体何だろうか?
「美鈴ちゃん、このトーナメントに優勝すると何か特典があるのでしょうか?」
「もちろん成績の参考とされるし、上位に入れば八校戦の出場機会が得られるわ」
「ああ、八高線ですか。確か小学校の時に飯能までピクニックに出掛けましたわね」
「そうそう、桜ちゃんが電車の中ではしゃぎっぱなしで… って、違ぁぁぁぁぁう! 八校戦よ! 八・校・戦! 全国にある8つの魔法学院の対抗戦が10月に予定されているの。各校がプライドを懸けて模擬戦にシノギを削るのよ」
「ほほう、それは面白そうですわ。もしかして全国的に注目を集めるんですか」
「冒険者を目指す人たちとか、若い戦力をスカウトしたい既存の冒険者パーティーからは注目されているわね。甲子園のようなテレビ中継はないけど」
「それはちょっと残念ですわ。私の華麗な戦いぶりが全国ネットで放送されないんですか」
「いや、全国放送なんかしたら桜ちゃんの登場シーンは全部モザイクが掛けられるでしょうね。衝撃的過ぎて一般視聴者には見せられないから」
「私は18禁ですのぉぉぉぉぉ?!」
今度は、納得がいかない感満載の表情に満ちた桜の叫びがリビングに響き渡るのであった。
◇◇◇◇◇
8月も半ばを過ぎて、魔法学院は2学期のスタートを迎える。
本日から模擬戦週間がスタートして、どのクラスの生徒も自分が誰と対戦するのかに関心が集まっている。もちろんここEクラスでも黒板に張り出された対戦表に生徒が群がって、自分の名前を発見すると一喜一憂する姿が見受けられる。
とはいってもEクラスの生徒は殆どがA~Bクラスの生徒との対戦が一回戦から組まれているので「ダメだこりゃ!」と最初から投げ出す者が続出する有様。だがそんなクラスの雰囲気にあって心の中で密かに番狂わせを狙っている一団がある。それは頼朝たち男子の自主練組とブルーホライズンの五人。
「いいか、俺たちは剣の腕でなら十分にAクラス相手に通用するはずだ」
「そうだ! 最初から気合で負けるんじゃないぞ」
「Aクラスの連中を負かせば女子にモテモテだ」
「か、彼女が出来たらどうしようかな?」
「俺が先だぁぁ!」
「それよりもカレンさんは見ていてくれるかな?」
「安心しろ! カレンさんは俺だけを見ているはずだ」
「鏡を見てから言いやがれ! そんなハンペンにマジックで目鼻を描いた顔をカレンさんが見るわけないだろうがぁぁ!」
「テメェこそ、チクワに手足を付けたような体つきじゃねえかぁぁ!」
おでんの具同士が醜い争いを始めている。今にもカレンを巡って掴み合いの喧嘩が勃発しそうな勢い。背後からどす黒いオーラを吹き出しながら仲間内でカレンの奪い合い状態。そもそも名前を覚えてもらっているかさえ怪しいのに…
このように自主練組の中には相当不純な動機で勝利を目指している人間も混ざっている。物事を単純にしか考えられない脳筋集団なので〔模擬戦の勝利=彼女ができる〕と短絡思考に陥る悲しい男たち。さすがは底辺のEクラス! 安定のバカっぷりをみせてくれる。
こんなアホ丸出しの男子たちとは別に、ブルーホライズンの五人は聡史の周りに集まっている。
「師匠、誰が相手でも絶対に負けません!」
「いい感じにレベルが上がったから、勝つしかないよな!」
「師匠から教わった技をこの機会に披露します!」
「師匠、もし勝ったら何かご褒美をください!」
「おっ、それはいいな。師匠と一日デートとか?」
「それじゃあ、ますます気合が入ってくるよね。絶対に勝つわ!」
「ちょっと待つんだ! なんで俺がデートしないといけないんだ?」
「だ・か・ら! 私たちも何かご褒美が欲しいんですよ~」
「師匠とのデートが懸っているって考えたら、なんだかドキドキしてきた」
元気のいい五人は、朝から快調に飛ばしている。すでに「勝ったら聡史とデート」を決定事項としているよう。
当然これだけ大騒ぎをしていると、その声は周囲の耳に入ってくる。
「聡史のヤツ、いつか絶対に殺す!」
「殺意しか湧かないぞ!」
「今だけ精々楽しんでいろ! 後から殺し甲斐があるぜ!」
「ワラ人形の準備ならいつでも言ってくれ!」
暗黒街の殺し屋張りに先程の比ではないどす黒いオーラを背後から噴き出したモテない男たちから、憎しみ、妬み、嫉み等々、有り余るヘイトを一身に買ってしまう聡史であった。
◇◇◇◇◇
こんなクラス内の喧騒とは全く別に、朝からバタバタ騒がしい人物がいる。それは言わずと知れた明日香ちゃん。
「桜ちゃん、桜ちゃん。トーナメント表に私の名前がありませんよ~。これは試合に出場しなくていいというラッキーなお話なんでしょうか?」
「明日香ちゃんはなんで毎朝騒がしいんですか? せっかく今日のお昼に何を食べるか考えていたのに」
「ああ、いいですねぇ~。お昼はパスタにしようかなぁ… って、そんなことは今は横に置いといてください。私の模擬戦がどこに行ったのか、桜ちゃんも一緒に探してくださいよ~」
「本当に手がかかる人ですよねぇから。しょうがないから一緒に探してみましょう」
こうして明日香ちゃんは桜の手を引いてトーナメント表が張り出されている黒板へと向かう。そして桜がその表を見ると一目で明日香ちゃんの名前を探し当てる。
「ほら、ここにありましたよ。なになに? 学年トーナメント出場決定戦?」
「こんな欄外にあるなんて、どういうことなんですかぁぁ!」
「まあまあ明日香ちゃん、ちょっと落ち着いてください。どうやら人数が余ったせいで本戦開始の前に予選のようなものがあるみたいですわ。明日香ちゃんは学年のビリなんですから予選から出場するんですよ」
1年生で模擬戦の近接戦闘部門にエントリーしたのは129名。トーナメントを組む際にピッタリの人数からひとり余ってしまうためのやむを得ない措置として、明日香ちゃんは予選を課されている。
「明日香ちゃん、相手の人はこのクラスの山浦千里さんですわ」
「勝ったほうが勇者とかいう厨2病の人と対戦するんですか?」
「厨2病なんて口にしたら明日香ちゃんはブーメランが突き刺さりますから注意したほうがいいですわ。ふむふむ、どうやらその通りですね。開会式の前に予選が行われるようですから、明日香ちゃんは早めに準備をしないとダメです」
「はあ~、お昼ご飯の前に試合があるとは思いませんでした。なんだか面倒になってきましたから、仮病を使って休んじゃいましょうか?」
「仮病にはあの苦い薬がよく効きますよ」
「ヒィィィィィ! 出ますから。ちゃんと試合に出ますから。仮病なんかじゃないですよ~」
こうして明日香ちゃんは、10時から行われる出場決定戦に臨むこととなる。
9時半になると、明日香ちゃんは桜を伴って第3訓練場の控室へ入っていく。出場者は誰もがここで装備を整えて模擬戦の準備をする。
ちなみに今回は公式戦となっているので、刃を潰した金属製の武器が用いられる。そのため普段ダンジョンに入る際に着用しているヘルメットとプロテクターの他に、強化プラスチック製のフェイスガードと衝撃吸収素材を挟み込んだ革製のレガーズを両手足に装着する。これだけ完全防備にするとひとりでは着用が困難なので、付き添いが防具の装着を手伝うのが認められている。この重装備ぶりは、アイスホッケーの選手を想像してもらえば大体似通っているのではないだろうか。
「桜ちゃん、なんだかモコモコして動きにくいですよ~」
「何も着けないで痛い目に遭いますか?」
「しょうがないですねぇ~… 痛いのは嫌なのでこれで我慢しますよ~」
「明日香ちゃん、そこに置いてある武器の中から好きな物を選んでください。重さとか長さに慣れるように何回か素振りをするんですよ」
「はあ~… こんな試合はとっとと負けましょう。そうすればずっと自由時間ですよ~」
「一度でいいからデザートは関係なしでやる気になる明日香ちゃんを見てみたいものですわ。本当に…」
「桜ちゃん、ご馳走してくれるんだったらいつでも言ってください。すぐにやる気になりますよ~」
清々しいまでのやる気のなさ! 明日香ちゃんにとって模擬戦など一文の得にもならないどうでもいい物に映っているらしい。いつもの怠け癖が顔を覗かせているようだが、この娘は成績にも影響する公式戦を一体何だと心得ているのだろうか?
控室に用意されてある金属製の槍を手にした明日香ちゃんは軽く素振りを開始。普段手にするトライデントとは感触がかなり違っているので、慣れるまでに少々時間がかかりそう。
「明日香ちゃん、防具は大丈夫ですか?」
「多分大丈夫です」
「それでは私はスタンドから応援していますから、どうか頑張ってください」
「はい、すぐに負けるように頑張りますよ~」
「そうじゃないでしょうがぁぁぁぁ!」
一抹の不安を感じながらも桜は明日香ちゃんを残して観戦スタンドへ戻っていく。ガランとした観戦席には明日香ちゃんの初戦を応援しようと聡史、美鈴、カレンが顔を揃えている。
ちなみに真夏の日差しが照り付けるこの訓練場でフル装備で動き回るのは熱中症の心配もあってかなり危険。そこで学院側は布製の屋根で訓練場全体を覆った上で魔石を利用した冷房システムをフル稼働させており、スタンドを含めた訓練場の内部は24℃に保たれている。魔法学院はこうした魔力を生活エネルギーに生かす実験も行っている。
「そろそろ明日香ちゃんが出てくるわね」
「頑張ってもらいたいですね」
控室での桜との遣り取りなど何も知らない美鈴とカレンは、純粋に明日香ちゃんを応援している。これだけ普段から一緒にいるにも拘らず、明日香ちゃんを普通の感覚の持ち主だと思っているようだ。まさか面倒だから負けたがっているなど、Aクラスの二人には想像の彼方の話であろう。
「Eクラス同士の対戦か。桜、相手の山浦千里というのはどんな生徒なんだ?」
「眼鏡を掛けて小柄な子ですわ。大人しいから教室にいてもあまり目立ちませんの」
「そうか…」
兄妹がこのような会話をしていると、入場口から対戦する二人がフィールドに出てくる。赤いプロテクターが明日香ちゃんで青が対戦相手となっている。
両者が中央に歩んでいく。10メートル離れた位置に開始線が引かれており、二人はその場で正対する。明日香ちゃんが手にするのは金属製の長槍に対して、千里は短めの剣を手にしている。
「試合開始!」
審判役の教員の合図で双方が得物を手にして距離を縮めていく。先に仕掛けたのは千里のほう。剣を振りかざして正面から突っ込もうと果敢に前に出る。だが彼女はレベル5で剣術スキルはランク1、対する明日香ちゃんはレベル23で槍術スキルはランク4。これだけ差があると最初から相手にもならない。
キン!
明日香ちゃんの槍が千里の剣を撥ね上げると、そのまま喉元に穂先を突き付ける。
「そこまでぇぇ! 勝負あり。勝者、赤」
勝敗は一瞬で決する。勝ち名乗りを受けた明日香ちゃんは相手に一礼して控室に戻っていく。
観戦していた美鈴とカレンはあまりに呆気なく勝負がついてポカンとしている。まだ頑張っての一言も口にしないうちに勝敗が決しているのだからさもありなん。
ちょうどその時、聡史の視線はフィールドに取り残された千里に注がれている。小柄な体で肩を震わせてどうやら泣いているよう。本トーナメントにも進めずにこうして誰も知らない場所で敗退していく悔しさが、彼女を包んでいるかのようであった。
「桜、あの子をどう思う?」
「おや、お兄様ったら今度はメガネ属性に興味をお持ちですか?」
美鈴とカレンのこめかみがピクリと動く。二人の背後からは大鎌を手にする死神属性のスタンドと両手で巨大ハンマー握りしめる撲殺天使のスタンドが浮かび上がっている。
「違ぁぁぁぁう! 俺の目にはあの千里という子は魔法向きのように見えるんだ」
「お兄様、メガネっ子にとんがり帽子を被せて今度は魔女っ子属性を目指すのですか?」
再び美鈴とカレンの背後に死神と撲殺天使が顔を持ち上げる。聡史に向かって恐るべきプレッシャーを放っているよう。
「だから、そうじゃないんだって。あの子はおそらくまだ魔法スキルが開花していないだけで、魔力の許容量だけならもしかしたらカレンと互角かもしれない。これは俺の勘だから100パーセント正確とは限らないが」
「カレンと互角ってことは相当な才能があるということかしら?」
ようやく冷静さを取り戻した美鈴が聡史から情報を引き出そうとしている。魔法オタクとも呼べる美鈴の習性で、聡史が口にする千里の才能に興味を惹かれているらしい。
「おそらくな。ブルーホライズンには魔法使いがいないだろう。もしあの子にその気があったらスカウトしようかと思っている」
「お兄様、その件でしたら私にお任せくださいませ。千里ちゃんとは時々お話をする仲ですから」
「それは好都合だな。桜に任せようか」
「はい、必ずや仲間に引き入れて御覧に入れます」
こうしてまたひとり、新たな仲間となる候補が出現するのだった。
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ついにスタートした模擬戦週間。2週間に渡るトーナメントでどのような勝負が繰り広げられるのでしょうか。
この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!
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