第31話 魔法学院理事会


 一般には非公開であるが、ダンジョン管理事務所は厳重な防犯設備に守られている。ことに来場した冒険者が何かのはずみでとち狂って職員に対して魔法の行使に及ぶ可能性もゼロではない。


 その防犯設備の一例を挙げると、職員が執務しているデスクの前には魔石を利用した魔法障壁が常時展開されており、センサーが一定レベル以上の魔力を感知すると職員は一斉に机に伏せるという防犯マニュアルを徹底している。


 という理由で、本日早朝に大山ダンジョン管理事務所を訪れた陰陽師の一団が魔力を使用した件は、彼らがダンジョン内部に姿を消した5分後には市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室に報告としてもたらされている。


 呪術を用いた集団はてっきり職員が眠っているものと思い込んでいたが、実は職員全員は無事で逆に怒りに燃えた彼らによって通報されてしまうとは間抜けにもほどがある。


 陰陽道という少々古臭い呪術を信奉する彼らには、日々刻々と進化する日本の魔法工学に対して理解が及ばなかったのかもしれない。ただしこの点は彼らにとっては取り返しがつかない重大な失点といえる。


 管理事務所並びに管轄する自衛隊のダンジョン対策室としては当然そのような犯罪行為を見逃すはずないので、ひそかに伊勢原駐屯地の特殊処理班が出動して彼らが乗ってきた車にGPS追跡装置をこっそり取り付けたり、防犯カメラの映像を元に男たちの身元を洗ったりと逮捕の準備に余念がない。


 もちろん県警も捜査に全面的に協力しており、ワゴン車のナンバーから所有者を洗い出してその過程で東十条家の関与が濃厚という結論が導き出されるのは必然であった。






   ◇◇◇◇◇






「これは何だろうな?」


 突如6階層に出現した鬼を無事に討伐した聡史は、5階層へ昇る階段の途中で床に落ちている紙の切れ端を発見する。手に取ってみると和紙に文字が書き付けられており、どう考えても陰陽師が使用する呪符の切れ端。


 有力な証拠を手にした聡史の瞳にはこれ以上ないほどの物騒な光が輝く。これまで直接手を出すのを控えてきた敵に鉄槌を下す決断がこの瞬間に彼の脳内でまとまっている。しばらく眠っていた鬼畜の魂をこの証拠の品が呼び起こしてしまったのは東十条家にとってはまさに不幸な出来事であろう。


 聡史が徹底的に追い込むと決意を固めた以上、理事長の存在など風前の灯火に相違ない。ご愁傷さまと今から心の中で念じておこう。


 立場を変えて考えると、東十条家としては手痛いミスの連続であった。これも伊豆で最精鋭の暗殺部隊が崩壊したことが一因となっているのかもしれない。




 1時間半をかけてパーティーはようやくダンジョンの出口までやってくる。



「桜ちゃん、ドロップアイテムの買い取りなんかいつでもいいですから、早くデザートを食べに行きましょうよ~」


「明日香ちゃん、私もそうしたいのは山々なんですが、今日の分をカウンターに提出しておかないとドンドン溜まる一方になりますから」


 一刻も早く学生食堂に向かいたい明日香ちゃんがジリジリしながら買い取りが終わるのを待っている。その間に、聡史はその場から離れてスマホを取り出すと通話ボタンを押す。相手はもちろん学院長。



「もしもし、お忙しいところ失礼します。楢崎です」


「どうした?」


 何やら学院長は忙しそうな様子で、聞こえてくる声には少々苛立った響きが混ざり込んでいる。



「本日ダンジョン内で襲撃を受けました。相手は秩父で警察に引き渡した男のひとりです。最初は人間の姿を保っていましたが、俺たちを見るなり鬼に変身して襲ってきました」


「なるほど、生成りに出会ったのか」


「生成りですか?」


「ああ、人が鬼に変わるごく稀な事例だ。それで、秩父で突き出した男というのは間違いないんだろうな?」


「はい、すでに死亡してダンジョンに吸収されました」


「そうか… こちらは現在その件も含めて調査中だ」


「わかりました。ところで、これから理事長の元に乗り込んでいいですか?」


「なぜ急に理事長が出てくるんだ?」


「ダンジョンの階段に陰陽師が使用する呪符が落ちていました。俺たちに関わりがある陰陽師なんて理事長しかいませんから」


「強引な論法だな。まあいいだろう。適当に締め上げてやれ」


「本当にいいんですか?」


「このところ目に余る行動が目立つからな。学内で何かする分にはまだ大目に見るが、外部で犯罪行為に手を染めるようではこちらも甘い顔はできない」


「では、適当に締め上げます」


「ああ、それからお前の妹を貸してもらいたい。今夜東十条家の拠点にガサ入れを行うから手伝ってもらいたい」


「いいんですか? 跡形も残さずに更地にしますよ」


「それが目的だから私としては構わない。後で学院長室に寄越してくれ」


「了解しました」


 通話を終えた聡史は心の中で考える。今日という日は理事長一派最後の日ではないだろうかと。自分が理事長の元に押し掛けるのはまだいい。ある程度理性のストッパーが掛かるから、理事長の命までは取らないであろう。


 だが妹の桜が拠点のガサ入れに加わるとなったら話はまったく別次元。限度を知らないあの妹にかかったら、拠点の一つや二つ簡単に更地になってしまうことが十分予想される。



 学院長との通話を終える頃には、買い取りカウンターの前にいる桜が代金を受け取っているところで、ニンマリしながら現金を手にしている。



「お兄様、本日の収入は3万2千円でしたわ。それからオーク肉の納入が2万少々になる予定です」


「そうなのか。それじゃあ一人5千円ずつ分配して、残りはパーティー財産に残しておけばいいだろう。それから桜はデザートを食べ終わったら学院長室に顔を出してくれ。カレンはすまないが桜を連れて行ってもらえるか?」


「はい、わかりました」


 こうしてパーティーは学院へと戻っていく。桜と明日香ちゃんは連れ立って食堂へと向かい、美鈴とカレンもその後に続いく。だが聡史だけは彼女たちと行動を別にする。



 女子たちと別れた聡史は、その足で研究棟の最上階へ向かっていく。特待生寮がある階だけに、さすがに最奥のスペースに理事長室があることくらいは知っている。エレベーターを降りるとそのまま何ら躊躇うことなく理事長室へと足を向けていく。


 コンコンコン 


 ドアをノックすると室内から「お待ちください」という女性の声が聞こえてくる。細目に開いたドアから女性秘書が顔を覗かせて、その場に立っている聡史を見て一瞬体を硬直させる。聡史はその隙を逃さずに、開いたドアの隙間に足先を突っ込んでから力任せに開いていく。



「断りもなしに理事長室に学生が押し入るのは無礼です! すぐに部屋から出ていきなさい!」


 怒りに満ちた表情で女性秘書が金切り声を挙げるが、聡史は一向に頓着する様子を見せない。それどころか女性秘書を押しのけて窓際のデスクに腰掛けている理事長の元にお構いなしに歩を進めていく。


 

「何をしているのですか! 早く出ていきなさい! 教員を呼びますよ!」


「よく喋る女だな。少しはそのよく回る舌を引っ込めておけ!」


 第一声から聡史はすでにケンカ腰。短期間に2回も命を狙ってきた相手に対して今更こちらがへりくだる必要など感じていない。なんだったら土下座させようかくらいに考えている。


 そしてお喋り女呼ばわりされた女性秘書は、どこかへ電話しようとスマホを取り出す。


 シュッ、ターン!


 彼女の顔のスレスレを聡史が投擲したナイフが猛スピードで通り過ぎて、音を立てて壁に突き刺さっている。本人が気付かないうちに女性秘書の髪の毛数本がはらはらと床に落ちていく。これが覚悟を決めた鬼畜の怖さ。


 この時点で彼女は理解している。聡史は話し合いに来たわけでも交渉に来たわけでもない。力尽くでも己の意志を押し通しに来たのだと… すでに説得の言葉など何ら役には立たない。そこにあるのは彼我の純粋な力関係だけ。より力が強い者が自らの主張を押し通す弱肉強食の理論しか今の聡史には通用しない。



「さて、どうやら静かになったから自己紹介してやろう。知っているだろうが、俺は楢崎聡史。この学院の1年生だ」


「そ、それで、一体何用だ?!」


 すでに理事長は、聡史が発散する不穏な空気に気圧されてその声には怯えた感情が混ざり込んでいる。



「用件は大したことではない。ここ最近俺や俺の周囲の人間の命を狙うやつがウロついて困っている。ほら、今日もダンジョンでこんな物を拾ったぞ」


 聡史が理事長の目の前で指に挟んでヒラヒラさせているのは例の階段で拾った呪符。眼前に物証を突き付けられた理事長は顔色を青くしている。



「これは自衛隊の特殊処理班に提出させてもらう。もしかしたらお前たちに事情聴取をしたいという要請が舞い込むかもしれないが、それは俺が知ったことではない。国家権力からの要請に応じるもよし。もし歯向かおうというのだったら、それはお前たちの勝手だ」


「な、何が言いたいのだ。ワシに何をしろと言っているのだ?」


 どうやらこの理事長は知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだと聡史は即座に理解する。このような手合いを追い詰める方法は聡史の経験からいって実に単純明快。何も言葉を発しないままにアイテムボックスから魔剣オルバースを取り出す。



「ほれ」


 大した気合も入れずに振り下ろされた魔剣は理事長の目の前にある高級そうな黒檀製のデスクをど真ん中から真っ二つにする。ひと振りで切断されたデスクはバランスを失って斜めに引っ繰り返っている。


 聡史は手前にある邪魔なデスクを蹴飛ばして退かすと、椅子に腰掛けている理事長の胸倉を掴んで床に引きずり倒す。


 ズン


「ヒッ!」


 ついでに倒れている理事長の顔の真横にオルバースを突き刺しておく。その間わずか1秒の早業。目にも留まらないとはこういうことを指しているに違ない。だがやられたほうは堪ったものではない。顔の真横に剣を突き立てられた理事長は身じろぎひとつできずに聡史の顔を見上げている。もちろん歯の根がガチガチと音を立てているのは言うまでもない。



「よく覚えておくといいぞ。お前たちは何度手を下しても俺を殺せないが、俺はいつでもお前たちを殺せる。これは動かしようのない事実だ」


 聡史は眼光にいつにもまして凄みを増している。理事長を屈服させるのが目的なのであらゆる手段で圧力を加えているよう。



「は、離れなさい。ご当主様から今すぐに離れなさい!」


 聡史が声のする方向にチラリと視線を送ると、女性秘書が呪符を取り出して何らかの術を行使しようとしている。聡史的には女性に暴力を行使するのは気が進まないが、それは時と場合による。このまま放置するのは少々不味いと咄嗟に判断すると、体の方が勝手に動き出す。



「一流というのは警告する前に先に攻撃を仕掛けるんだよ」


 聡史の動きは女性秘書の動体視力ではとてもではないが追い切れない。突然目の前に出現した聡史に彼女は口をパクパクして何も反応ができてはいない。



「三流は寝ていろ」


 当て身1発で女性秘書はくたくたと床に崩れ落ちる。最強の暗殺部隊が兄妹を相手にして手も足も出なかったように、東十条家当主の懐刀といえども所詮は聡史の敵ではない。そのまま床に寝ている秘書を一瞥してから再び理事長の元に戻ると、相変わらず理事長は床に寝たままで抵抗する素振りすら見せはしない。



「呆れたな。顔の真横に剣があるんだから、床から引き抜いて戦うくらいの気概を見せろ。いつまでそこに寝ているつもりなんだ? もしよかったら、そのまま永遠に寝かせてやろうか?」


 意地の悪いフレーズを投げかける聡史に対して、理事長は小さく首を振って応えるのみ。とうに聡史の気迫に飲み込まれて抵抗しようという気力そのものを奪われている。


 聡史の眼には、この男はどうにも小物に映ってくる。こんな手合いにいつまでも構ってはいられない。聡史としても時間は惜しい。主に今夜ガサ入れに出動する妹に念入りに言い聞かせておかないといけない話が山ほどある。


 そこで聡史は、いかにも「たった今思い立ちました」という表情で理事長に提案する。



「そうだ、この場を丸く収めるいい案を思いついたぞ。お前はこれからあそこのソファーで辞表を書け。お前のような老害がこの学院から出ていけば、お互いに顔を合わせることもなくなるだろう。それこそが双方にとっての幸せじゃないのか? どうする?」


 聡史の目的は最初からこれ。急に思いついたフリをしているだけで、理事長自筆の辞表を握ることこそが本日最大の目的といっていい。


 床に突き刺さっているオルバースを引き抜いてから理事長の襟首を掴んで無理やり立たせると、顎で「早よう書け!」と合図する。先程までよりも態度が軟化しているように見えるが、その実彼の目は一切笑ってはいない。それだけに理事長は聡史に対して髪の毛一筋分も逆らえずに、言われるがままにソファーで辞表を書き記す。



「ふむふむ、理事会宛ての正式な辞表だな。体裁は整っているからこれでいいだろう。それじゃあ邪魔したな。くれぐれも命は大切にするんだぞ」


 こうして聡史は理事長室を後にしていく。その足で学院長室を訪れるとちょうどそこは桜がやってきたタイミング。



「あら、お兄様はどちらに行ってらしたのですか?」


「ちょっと交渉にな。学院長、理事長から辞表を預かったので好きなタイミングで使ってください」


「辞表だと。ちょっと見せてみろ… うーむ、確かに体裁は整っているな。わかった、これは私が預かっておく」


 こうして聡史はガサ入れに意気揚々と出掛けていく桜を見送る。この夜の大掛かりなガサ入れで東十条家の実働部隊ははぼ壊滅するのであった。当然その裏には学院の演習姿で気の向くままに荒れ狂う桜の姿があったのは言うまでもない。





 

   ◇◇◇◇◇






 

 桜が出動した東十条家の拠点に対するガサ入れは予定通り行われて、その結果陰陽師界で隠然たる権力を思うままにしていた理事長側の戦力は事実上壊滅に追い込まれた。まああの桜が久しぶりに本気で暴れたのだから、戦闘要員の半数は死亡で残りの人員も全治3か月以上の重傷を負って病院送りになったのは当然だろう。


 そしてガサ入れから数日が経過したとある日、聡史は学院長室へ出頭している。学院長直々に聡史のスマホに呼び出しが届いていた。部屋に入るなり学院長が切り出す。



「本日魔法学院の理事会が開かれる。楢崎准尉が私に持ち込んだ理事長の辞表の件が審議されるから、必要に応じて証人として出席できるように別室に控えていてくれ」


「わかりました」


 今月の定例理事会において、ついに東十条現理事長の辞表を受理するかについての裁定が下される。当然このような形での不本意な辞職を認めたくない理事長の悪足掻きが予想されるので、聡史が理事長の悪事を暴く切り札として証言を行う段取りが用意されている。


 簡単な学院長との打ち合わせをして準備を終えると、聡史は会議室の隣にある控室に席を移す。会議の様子が如何様になっているかここからでは知る由はないが、聡史は身動きせぬままに呼び出しの合図があるのを待っている。






   ◇◇◇◇◇






 所変わってこちらは理事会が開かれている会議室。司会を務める副学院長の議事進行によって、四半期の決算や来期の予算などの議案が恙無く可決されていく。


 この場に顔を揃えている理事の面々は、自衛隊ダンジョン対策室の岡山室長をはじめとして、ダンジョン管理事務所首都圏統括支配人、文科省特殊教育機関担当部長、陰陽師宗家当主土御門直継、そして神崎学院長と東十条理事長の6名。いずれも政府のダンジョンに関する重要ポストや国内の陰陽師を統括する錚々たる顔触れと言って差支えない。


 いずれの理事も議案にことさら意見を述べずに予定通りスムーズに理事会は進行していく。その中にあって自らの辞表を学院長の手に握られている理事長は、終始苦虫を噛み潰した表情で外部理事から数少ない質問があった際にだけ口を開いている。



 約1時間が経過してこの日の定例議案は全て了承されて、残された話題はひとつとなる。司会役の副学院長が出席している理事の表情を窺いながら最後の議題を切り出す。



「本日の定例議案に関しましては全てこの場で了承されました。遠い所足を運んでいただいた理事の皆様につきましてはありがとうございました。それでは、最後の議題を審議させていただきます。先日東十条理事長から当理事会宛に辞職に関する届け出が提出されました。これを受理するかに関しまして各理事の皆様に審議いただきたいと存じます」


 すでにこの場に出席する理事には理事長から提出された辞表の件は事前に案内されている。この場で本人の意見や辞任する理由などを聴取してこの辞表を受理するかどうか理事会で結論を出すというのは、魔法学院の設立規約に基づく正当な対処となっている。



「まずは、理事長本人に意向を聞かないことには判断が付かぬな」


 重い口を開いたのは岡山室長。すでに理事長を巡ってどのような事件が発生しているのか全て報告を受けているにも拘らず、敢えて本人にこの場で話をさせようとしている。外見の厳めしさに似つかわしくない相当なタヌキ親父であると言えよう。



「では理事長、ご発言を」


 司会が促すと、ここまで大人しくしていた理事長は語気を強めて発言を始める。



「うむ。この度ワシが辞表を提出に至った経緯には、学院の内紛を企てる者の陰謀が働いておる。ワシはその陰謀に巻き込まれて、脅かされた果てに止むを得ずその辞表をしたためるに至った。けっして本意ではないとこの場で明らかにする。この辞表は脅迫されて書かされた文書であって、その効力は無効である」


「司会、発言を求める」


「学院長、どうぞ」


 どうやら学院長が理事長の発言に対して異議を申し立てるよう。その表情はさながら獲物を追い詰める肉食獣のごとし…


「さて理事長殿は誰かに脅迫された旨を発言したようだが、一体どこの誰から脅かされたのかこの場で明らかにしてもらいたい」


「そ、それは… 本学院1年生の生徒だ。楢崎と名乗っていた」


「これはまたずいぶんな話だな。高々1年生に陰陽師最大派閥の当主が脅迫されたというのか? その程度の腕で果たして魔法学院の理事長など務まるのか甚だ疑問だな」


 見下したような視線が学院長から理事長へと送られている。入学して日の浅い1年生に手玉に取られたなど、陰陽師家の当主として恥晒し以外の何物でもないと言いたげな学院長の視線。確かにこの点は理事長の痛い所を的確に突いている。


 すでに東十条家を巡る疑惑の数々に関して報告を受けている岡山室長は心の底から笑い出したい気分であったが、両目に力を込めて必死に堪えている。時折腹の周りがピクピク動いているのは、ヘソが茶を沸かしている状態なのかもしれない。


 そんな周囲の生暖かい視線を受けながら理事長は懸命に反論を試みる



「だ、だがあの生徒は信じられない能力を持っているのだ! まるで人殺しを職業にしているような危険な人間だ! この学院に在籍させるのは危険すぎる。すぐに退学に処さなければ他の生徒の安全に関わる大問題に発展するぞ!」


「その生徒に関する話題は理事長の辞表に関する案件とは別問題だろう。それよりも理事長、その楢崎という生徒から脅かされる理由があったのかをこの場で明らかにしてもらいたい」


 話題を聡史の問題にすり替えようとする理事長だが、学院長がそんな小手先のディベートテクニックに惑わされるはずはない。すぐに軌道修正して、聡史とのトラブルの原因に迫っていく。ここから先が問題の本質なので、学院長は決して追及の手を緩めるつもりはないよう。



「り、理由などあるものか。あの生徒は突然理事長室に押し掛けてきて私に剣を突き付けて脅迫したのだ!」


「理由もなく理事長室に押し掛けたのか? これは面白い意見を聞いたな。楢崎なる生徒が理事長室に押し掛ける直前に彼は学院長室を訪れている。その際に『ダンジョンで襲撃を受けた』と証言したぞ。証拠の品として陰陽師が用いる呪符を私に見せたな」


「知らぬ! そのような話はワシには一切関わりがない!」


「香川統括支配人、8月2日に大山ダンジョンに不正侵入した人物の報告は上がっているか?」


「当日合計6名の不審者が陰陽術を用いて事務所の係員を眠らせたのちに、偽造カードでダンジョンのゲートを潜ったことが確認されております。すでに自衛隊の特殊能力班に届け出ておりますので、捜査は進んでいるものと思われます」


 このダンジョン管理事務所責任者の証言によって理事長は一気に追い詰められていく。額には汗を浮かべて明らかに呼吸が浅くなっている。



「さてここで証人をこの場に呼びたいと思うが、一同の方々は了承していただけるだろうか?」


 理事長を除いた全員が頷いたのを見届けた学院長はその場に待機している事務担当者に合図をする。事務員は一旦会議室を出てから、しばらくして聡史を連れて戻ってくる。



「な、何だと…」


 理事長は聡史の姿を見て声を失っている。彼はこの席に呼び出されるのに備えて予備役自衛官として制服を着用している。その肩に取り付けられている真新しい准尉の階級章が初々しさを感じさせる。



「失礼いたします。伊勢原駐屯地特殊処理班所属予備役准尉、楢崎聡史であります」


 ビシッと敬礼を決める姿は直前に練習したとは思えないほど中々様になっている。そんな聡史に敬礼を受けた上官として学院長が視線で「直れ」と指示を送る。


 

「楢崎准尉、ここにいる理事長は貴官から脅迫されて辞表を書いたと申し立てているが、事実はどうであるか?」


「はっ、確かに理事長室に押し掛けてこの者に剣を突き付けました。その行為はこの者に二度も命を狙われた自分の個人的な警告であります。理事長から先に手を出した以上は、その結果に最後まで責任を持つ覚悟をいい大人として自覚してもらいたいと考えております」


 聡史の姿を見た瞬間から理事長は手足の震えを抑えられない。床に転がされて剣を顔の真横に突き立てられたあの悪夢の記憶が蘇っている。すでにあの時、聡史によって心の奥底までバッキバッキにへし折られたのは明白。


 その上で聡史が自衛官の制服を着てこの場に立っているのは理事長にとって別の意味での恐怖を呼び起こす。自分を簡単に殺める存在がこうして権力の側に立っているのは、猜疑心と権力欲が人一倍強い人間にとっては最も恐れる事態といえよう。憲兵隊の特殊処理班に証拠を押さえられれば良くて刑務所行き。最悪の場合は問答無用で処断されかねないという考えが理事長の頭を離れない。


 先ほどまでの強気な態度をは見る影もなく、すっかり狼狽した理事長に対して会議室内に失笑が漏れる。


 哀れな姿の理事長とは対照的に堂々とした態度を崩さない聡史。その発言には理不尽な点はあるにせよ、理事長の企みに対する警告であると明確に宣言している。対して理事長は、聡史がこの場にいる恐怖心だけで反論の道を完全に塞がれてモゴモゴと口の中で何かを呟くだけしかできない。まだ十代の若者にここまでやり込められる理事長の姿は哀れにさえ映る。

   


「理事長が楢崎准尉の発言に対して何ら反論しない点を鑑みると、すべて肯定すると受け取ってよいのか?」


「い、いや、ま、待ってくれ…」


 何か言い掛けようとする理事長に聡史から殺気が籠った視線が飛ぶ。



「ヒィィィィィィ!」


 怯えて蹲る理事長。ここまで追い込めばもう十分であろう。学院長は会議室全体に視線を戻して、居並ぶお歴々に問い掛ける。



「理事長が関わった犯罪行為は現在捜査中であるためにこの場では口外出来ない。だがすでに多数の証拠が集まっており、この理事会が終わったら憲兵隊特殊処理班に参考人として身柄は引き渡される手筈となっている。そこでこの場の理事各位に今一度問いたい。理事長の辞表を受理する件に賛成者はいるか?」


 全員が首を横に振っている。その中から岡山室長が挙手をして発言を求める。



「この場で東十条理事長の解任動議を提案する。動議に賛成の理事は挙手を願いたい」


「「「「賛成!」」」」


 理事長以外の全員の手が挙がる。理事会の総意が下されたのを確認した司会役の副学院長がこの件をまとめに取り掛かる。



「岡山理事から提案されました理事長の解任動議はこの場で正式に承認されました。東十条殿はただいまをもって理事長職を解かれましたので、直ちに魔法学院からお引き取り願います」


 辞職と解任では意味合いが大きく違ってくる。自ら辞める辞職に対して、この場での解任とはいわゆるクビに該当する。もちろん退職金など支給されない。しかも東十条元理事長にはこれから憲兵隊特殊処理班による取り調べが待っている。

 


 最後にこれまで主だって意見を述べようとしなかった陰陽師宗家の土御門直継が挙手をして発言の機会を求める。



「陰陽師の分派とはいえ、魔法学院の運営に東十条流が多大なる迷惑をお掛けした件に謹んで謝罪いたす。この度の東十条流の無法は陰陽師界としても決して見逃せぬもの。よって本日を以って東十条一門を陰陽師界から破門とする」


「ご宗家様、破門とはあまりに厳しい処分! どうかお考え直しを!」


 項垂れていた元理事長は宗家からの破門通達に顔を上げて抗議の意思を示す。この処分を受けたら表立って陰陽師と名乗れなくなってしまうだけに、なんとか撤回させようと必死な表情をしている。だが…



「聞くところによると東十条流一門は徒党を組んで生成り創生の禁呪を用いたそうだな。そのような外法げぼうを用いるなど言語道断! 二度と呪法に手を出すのは罷りならんと心せよ!」


 陰陽師宗家である土御門家当主がこうしてわざわざ京都からやって来たのはこの沙汰を言い渡すため。陰陽道の名を汚した東十条家にこれ以上甘い顔は出来ないと本家の意を告げるためだけにこの場に出席している。


 さらに土御門家当主は話を続ける。



「我ら陰陽道に生きる家系は今回の不祥事を顧みて当面魔法学院から手を引きたいと願っておる。どうか我らの気持ちを汲んでいただきたい」


「ご老体、どうか早まらないでいただけますか」


 この申し出に対して声を上げたのは岡山室長。



「まだまだこの国の魔法は独り歩きしたばかりです。どうか長い歴史を誇る陰陽道の各家系には長らく協力していただきたい。さらに言い添えれば、来年度開校いたします比叡の第10魔法学院には陰陽師学科を創設する予定です。陰陽寮再建と捉えていただいても構いません。このような先々見越してどうか今後とも変わらぬお力添え願いたい」


 岡山室長の申し出に齢八十を過ぎた土御門家当主は目に涙を浮かべている。今回の東十条家の不祥事を非難されるのではなくて、京都にほど近い比叡に陰陽師学科を創設してもらえるなど、これほどの僥倖はあるまい。



「ありがとうございまする。この老体に鞭打って新たな魔法学院に貢献いたす所存。どうか皆様方のお力添えをこちらこそよろしく願いまする」


 こうして魔法学院理事会は無事に閉会を迎える。


 悄然と佇む元理事長は理事会終了後間髪を置かずに会議室に入ってきた自衛隊特殊処理班の人員に確保されて、能力者専用護送車両に乗せられて連行されていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ついに魔法学院を裏から牛耳ろうとしていた理事長と決着。悪だくみをする人間の末路とは哀れなモノというお話でした。次回から話の内容がガラッと変わって、魔法学院のとある行事にスポットが当たります。


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



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