第41話 ダンジョン深部攻略 1


 9月の半ばになって、千里は安定して魔法が使用可能となってきている。レベルが大幅に上昇したことによって魔力の数値もほぼ2倍となっており、魔法の弾数も相当増えた点も大きい。彼女は現在ブルーホライズンに合流しており、ただひとりの魔法使いとして活躍している。


 千里の加入でブルーホライズンは魔法を用いる魔物に対する対抗策を得て、すでに3階層のゴブリンを相手に彼女たちだけで戦うまでに成長している。ここまで育て上げればすでに独り立ちも同然と考えてもよいであろう。


 ということで聡史たちのパーティーは、現在特待生寮で今後のダンジョン攻略の方向性について会議を開催している。この会議は桜の提案によって開催されたもの。



「それでは第36回パーティー会議を開催いたしますわ」


「今までのパーティー会議の大半はただのお茶会だよな?」


 勝手に司会役を務めている桜の宣言に兄のツッコミが冴え渡る。現実問題として本日の会議の席上でも桜と明日香ちゃんの前には、食堂でテークアウトしたチョコレートパフェが堂々と存在感を主張している。


 

「お兄様、パーティーは一心同体。常に同じものを口にして結束を強める必要がありますわ」


「そうですよ、お兄さん。甘いものを食べると人間はリラックスしていい考えが浮かんでくるんですよ~」


「いや、毎度毎度デザートを食べているのは二人だけだろう。今回もただのお茶会に堕落しているから」


 桜に続いて明日香ちゃんまで乗っかってくるが、ちょっと待ってもらいたい。明日香ちゃんの場合は、常日頃からリラックスしすぎではないだろうか? その辺の自覚をもうちょっと促していく必要があるような気がするのだが…




 まあ、その話はいいとして…


 いつものお約束の遣り取りが始まってから、美鈴とカレンは生暖かい目をしながら紅茶を口にしている。どうでもいいじゃないの… という表情がありありの表情。その中で、微妙なに緩んだ流れを断ち切るように桜が司会役の責任を思い出す。



「ゴホン! えー、今回の会議の大きな議題ですが、このところ6~7階層でダンジョン攻略が停滞しています。この現状を打破するために私たちはどうすればよいのか意見を求めたいと思いますわ」


「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「もっと下の階層に行けないのは、時間が足りないためです。午後からダンジョンに入ると、どうしても6階層あたりで引き返さないといけなくなります」


 珍しく明日香ちゃんが正論を述べている。その論の通り、時間的な制約のため引き返さなければならない事情は存在している。その他に挙げるとしたら、学生食堂に納入するオーク肉の確保にもある程度時間がとられてる。



「素晴らしい明日香ちゃんの意見でした。皆さん、この時間が足りないという現状を打破するためには、私たちはどうすればいいのでしょうか?」


「はい」


「明日香ちゃん、どうぞ」


「土日に泊まり掛けでダンジョンに入ると時間がタップリ取れて下の階層に行けると思います」


「またまた素晴らしい意見でした。明日香ちゃんの意見を採用して、次の土日は泊まり掛けでダンジョンに入ろうと思います」


「出来レースかぁぁぁぁぁ!」


 聡史のツッコミがまたまた炸裂する。二人の茶番劇に、聡史自身これ以上辛抱堪らなかった。


 すると、ここでこれまで沈黙を守っていた美鈴がはじめて口を開く。



「明日香ちゃん、桜ちゃんとどういう約束をしたのかしら?」


「はい、泊まり掛けでダンジョンに潜っている間のデザートは全部桜ちゃんが用意するという約束です」


「明日香ちゃんは何でバラしちゃうんですかぁぁぁぁ!」


 やはり裏では買収工作が行われていた。ただし桜は相手を完全に間違えている。なんでもペロッと喋ってしまう明日香ちゃんでは秘密の保持など100パーセント望めない。それよりもこんな単純なエサで買収される明日香ちゃんも明日香ちゃんだが…



 しばらく沈黙が流れる。だが重たくなりかかった空気を破るように、ここでカレンが意見を述べる。



「でも泊まり掛けでダンジョンに入れば往復の時間が節約できますね」


「確かにその通りね。買収はともかくとして、往復の時間を節約できるメリットは考慮するべきよね」


 どうやらカレンの意見に美鈴も乗り気の様子で、買収がバレて旗色が悪くなりかかった桜が息を吹き返す。



「そうですよわ。往復の時間の分が節約できればそれだけ深い階層に潜れるんですから、絶対に泊まり掛けでダンジョンに入るべきです!」


「桜ちゃん、ちゃんと私のデザートを用意してくださいね」


 買収がバレても、明日香ちゃんはデザートを桜に要求するつもりだ。この娘は中々しっかりしている。というよりも、デザートに懸ける執念を感じる。単なる甘いもの好きとは一線を画しているのが明日香ちゃんといえよう。



「さあ、お兄様。リーダーとしてご決断を!」


 桜はこれまでの自分に都合が悪い経過をまるっきり無視して聡史の判断を迫る。全体の空気は泊まり掛け已む無しというとなっている。この空気をバックにして、桜はかなり強気な態度で押している。



「確かにこのまま日帰りでダンジョンに入ってもタカが知れているのは事実だ。泊まり掛けで潜るからには中途半端にはしないぞ。金曜の午後から入って日曜の夕方に戻ってくる計画を立てよう」


「さすがはお兄様ですわ。2泊3日のダンジョン攻略なんて考えるだけでもワクワクしてきますの。どうせでしたら20階層まで到達可能な計画を立てましょう!」


 聡史が提案を認めたおかげで、桜の瞳には10個以上の星がキラッキラに煌めいている。一気に深部まで到達できる千載一遇のチャンスが到来! だが…



「桜ちゃん、ちょっと待ちましょうか! 現在大山ダンジョンで最も深部まで到達した記録は11階層なのよ。それをいきなり20階層だなんて、いくらなんでも無茶じゃないのかしら?」


 美鈴が桜にブレーキを掛けようと立ちはだかる。だがいかなる美鈴バリアーといえども桜を止めるには力不足のよう。



「美鈴ちゃん、記録など破れられるために存在するのですわ。私たちの手で一気に記録更新! ゆくゆくはは最深部まで攻略します」


「桜ちゃん、その時はデザートの大判振る舞いをお願いしますよ~」


 桜が桜なら明日香ちゃんは明日香ちゃん。双方とも1ミリもブレない。



「それでは今週は必需品の調達と食料の準備、それから学院に提出する外泊関係の書類の用意などを進めてください! お兄様、パーティーの共有財産はどのくらいになりますか?」


「すでに30万円を超えているから、必要物品は全額賄えるだろう」


「それでは早速明日にでも、キャンプ用品などを購入しに行きましょう」


 このような流れで、次の週末には2泊3日のダンジョン攻略が決定するのであった。






   ◇◇◇◇◇






 あっという間に金曜日の午後となる。 


 聡史たちのパーティーは、必要装備を万端整えて管理事務所のカウンターに並んでいる。



「パーティーで2泊の予定でダンジョンに入ります。未踏破の階層を目指しますので手続きをお願いします」


「学院生の皆さんが未踏破の階層を目指すんですか?」


 カウンターで聡史の対応をしている受付嬢は最近この事務所に配属されたばかりの新人さん。学院生が泊まり掛けでしかも未踏破の階層を目指すなど、にわかには信用できない表情をして目をパチクリしている。彼女は一旦席を外して、奥の上席の事務官と何やら話をしている。



「どうもお待たせいたしました。皆さんのこれまでの活躍であれば大丈夫であろうという結論が出ました。どうか気を付けていってらしてください」


 聡史たちの実力を認知している事務所の上役はあっさりと許可を出したよう。7月以降これまでの期間大量のドロップアイテムを持ち込んでいるこのパーティーの能力を高く評価しているのだろう。


 手続きを終えた聡史たちは、ブルーホライズンを伴ってダンジョンに入場していく。彼女たちとは3階層まで同行する。もちろんブルーホライズンは3階層でゴブリンを相手にして日帰りで学院に戻る予定。



「師匠たちはスケールがデカいよな。2泊3日で未踏破の階層を目指すなんて信じられない話だぜ!」


「師匠たちなら、必ずやり遂げてくれますよ!」


「私たちも師匠に負けないように、もっと実力を付けないとダメですよね!」


 聡史たちに尊敬の目を向けるブルーホライズンたち。だが現在彼女たちは同級生のトップを切って3階層に挑んでいるだけではなくて、そろそろ4階層へ向かおうかという話も取り沙汰されている。パーティーの実力的には、実質1年生のトップを突っ走っているといってよい。だがそれでも彼女たちが満足していないのは、聡史たちという高い目標が目の前に存在するからであろう。



「師匠、どうかご武運を!」


「皆さんも気を付けてください!」


「元気な姿で帰ってくるのを待っていますよ~!」


 ブルーホライズンに見送られて、聡史たちはダンジョンの下の階層に降りていく。ここから7階層まではほとんど毎日のように通っている道なので、安定して魔物を片付けながら進んでいく。


 5階層のボスを瞬殺して6階層に降りて、しばらくオークの相手をして食堂に納入する肉を確保を開始する。ある程度の肉を確保してから、その後は7階層を経ていよいよ8階層まで降りる。



「ここも大して変化がないですねぇ~」


 桜の発言通り、この階層もオークやブラックウルフ、ブラッディーバッドに加えて、ブラックリザードの亜種などがたまに顔を出してくる。違いがあるとすれば一度に出現する数が増えたり、違う種類の魔物がミックスで登場する程度で、大半は美鈴の魔法と明日香ちゃんのトライデントの組み合わせで片付いていく相手ばかり。


 パーティーは順調に歩を進めて9階層を突破したのちに、あっという間に10階層のボス部屋まで到達する。



「注意しろよ」


 聡史は敢えて慎重な言葉を選んではいるが、その態度に危機感は全くない。ここまで登場してきた魔物を見る限りは注意すべき強敵が出現していないので、その延長の相手が出てくるであろうと、聡史には予想がついている。



「中に入りますわ」


 桜が重たい扉を開くと、中に待ち受けていたのはオークキングに率いられた合計10体のオーク軍団。



「美鈴! 左側に魔法をお見舞いしてくれ! 俺が右側を片付ける!」


「任せて!」


 美鈴と聡史の手からファイアーボールが飛び出すと、下っ端のオークは次々に吹き飛ばされていく。2発の魔法が炸裂した結果、何とか生き残ったのはオークキングだけ。手下をあっという間に排除されたオークキングは怒りに身を震わせている。



 ブモオォォォォォ!


 雄叫びを上げて突進しようとするが、その3メートル近い巨体に向かって聡史の魔法が飛び出していく。



「アイスアロー!」


 氷で出来た2メートルの槍が、鎧に覆われていないオークの首元に突き刺さる。首から血を流すオークキングの動きは、わずか1発の魔法で完全に動きを止められている。



「明日香ちゃん」


「いきますよ~」


 トライデントを構えた明日香ちゃんがオークキングに向かって走り出す。レベルが上昇したおかげでいつの間にか踏み出す足が速くなっており、あっという間にトライデントの射程距離に達する。



「えいっ!」


 トライデントはオークキングの革鎧を突き破って、心臓の間近に3本の刃を立てる。直後…


  バチバチバチ!


 いつものように電流が流れて、オークキングは絶命した。凄いぞ、明日香ちゃん!



 ドロップアイテムを拾ってから、ボス部屋の奥にある階段を降りていく。いよいよ大山ダンジョン踏破記録に並ぶ11階層に到達。この階層でなぜ攻略が止まっているかというと、足を踏み入れた聡史たちにはその理由は一目瞭然。


 階層全体が墓場のように薄暗くて重苦しい雰囲気を湛えている。吸血蝙蝠が飛び交う中で現れるのは、アンデッドばかりという忌まわしい階層が広がっている。過去にこの階層に足を踏み入れたパーティーは、この状況を見てあっという間に引き返したという記録が残されている。



「コウモリは俺が片付ける。アンデッドはカレンに任せて大丈夫か?」


「はい、全て神聖魔法で浄化していきます」


 頼もしいカレンの言葉が返ってくるが、ひとつ大きな問題が発生している。



「さ、桜ちゃん、ダメですよ~。お化けは一番苦手なんですよ~」


 完全に腰が引けて桜の背中にヒシとしがみ付いている明日香ちゃん。手にするトライデントが、そのあまりの情けなさに号泣しているかのよう。



「えーと… 明日香ちゃんは美鈴に任せるから手を引いて連れて歩いてくれ。桜は引き続き先頭に立って索敵を続けるんだ」


「お兄様、お任せください」


 こうしてフォーメーションを組み替えて11階層のフロアーを歩き始めていくと、前方からさっそくアンデッドが登場してくる。ヨロヨロした足取りで向かってくるのは、ボロボロの衣服の残骸を身にまとって腐敗した肉体で動き回るゾンビのよう。アンデッドの中では最も下級の魔物といえる。



「カレンさん、ゾンビが向かってきましたわ」


「大丈夫です。聖光ホーリーライト


 カレンが手にする世界樹の杖から白い光が飛び出してはゾンビの体を包み込んでいく。その光が止むと、そこにいたはずのゾンビの姿を消え失せている。聖なる光に包まれて体ごと浄化されていったらしい。さすがは神聖魔法。アンデッドに対してはこれ以上有効な属性は存在しない。



「カレン、見事だぞ。この調子で頼む!」


 こうして聡史たちは11階層を進んでいく。次に現れたのは、骸骨だけになっても動き回るスケルトン。



「カレンさんが出るまでもありませんわ。私の拳で十分です」


 桜がダッシュしてオリハルコンに包まれた拳を一閃!



 パッカーン! 


 スケルトンが粉々になって砕け散る。倒されたスケルトンは、そのままダンジョンに吸収されて消えていく。



「まったく、アンデッドはほとんどドロップアイテムを落とさないですわ。せっかく倒しても経験値しか得られないのはどうも納得できませんの」


 桜は憤慨しているが、魔物に文句を言っても仕方がない。ましてや相手は一度死んでいるだけに、大した物を持っていないのは当然であろう。もっとも高位のアンデッドであれば何がしかを落とすであろうが、下級のアンデッドにドロップアイテムを求めても仕方がない。



 続いて現れたのはブラッディバッドの巣窟。天井にコウモリがビッシリと張り付いており、今にも一斉に羽ばたきつつある。



「俺が相手をしようか。ウインドカッター」


 聡史の右手から螺旋を描く風の渦が飛び出して、天井に張り付いている吸血コウモリを切り刻んでいく。風の渦が通り抜けた跡には、天井の魔物の姿はすっかり消えている。


 こうして聡史たちはアンデッドが出現するフロアーを順調に進んで、12階層に降りていく階段を発見する。



「やっとアンデッドから解放されますよ。明日香ちゃん、もうちょっとの辛抱ですからね」


「うぅぅ… 怖いですよ~」


 相変わらず明日香ちゃんは目を閉じたままで、美鈴の背中にしがみ付いてヨタヨタ歩いている。だが階段を降りていくと、今度は全く別の景色が広がる。


 そこは森林と草原が広がるフィールドエリア。陰鬱なアンデッドだらけの空間で滅入った気持ちをリフレッシュするにはピッタリの場所となっている。



「そろそろいい時間ですから、適当な場所を見つけてキャンプに入りましょう」


「そうだな、桜は安全そうな場所を探してもらえるか?」


「わかりました」


 こうして平坦で見晴らしがいい草原にテントを張って、聡史が周囲に結界を展開して一夜を明かすのであった。






   ◇◇◇◇◇






 一夜明けて、パーティーメンバーは近くにある泉で歯を磨いて顔を洗っている。こうして水場があるのはダンジョン攻略に当たっては非常に助かる。もちろんポリタンクに入れた大量の水を準備してはいるものの、量に限りがある以上は節約するに越したことはない。


 服を着替えて朝食を取ってから、いよいよフィールドエリアの攻略に動き出す。とはいえ、ダンジョンとしてはあり得ないほどの広大な空間が広がっているこの階層では、これまでのような通路に当たるものは存在しない。どこをどう歩けば下の階層に向かう手掛かりが掴めるのか、今のところは皆目見当が付かない状況。



「まずはこのエリアの東側に向かってみましょう」


 こうなったら桜の勘に頼るしかないので、自信満々で指さす方向に向かって歩き出していく。しばらく進んでいくと、彼方の草原に黒い点が群れを成して移動している様子が目に入ってくる。



「あれはロングホーンブルのようですねぇ~。ほら、伊豆でステーキにして食べたお肉ですわ」


「ああ、あのステーキは美味しかったわね。桜ちゃんなんか3回もお代わりしていたし」


 桜の指摘で伊豆のバーベキュー大会を思い出した美鈴、彼女が調理担当だったので強く印象に残っているよう。



「桜ちゃん、一体どうするんですか?」


 明日香ちゃんは、まだ遠くにいる魔物をどうするのか思案顔。距離にして3キロほど離れているので、わざわざそちらへ向かうのもどうだかという表情を浮かべる。


 だが桜としては目の前に現れた獲物をみすみす見逃すという考えは毛頭ない。



「お兄様、その辺に適当にファイアーボールを放ってもらえますか?」


「いいぞ」


 聡史が草原に1発ファイアーボールを放つと、その音に敏感に反応したロングホーンブルが一斉にこちらに向かって走り出す。物音を聞きつけると敵がいると判断して群れで向かってくる習性があるらしい。獰猛な息遣いと草原に鳴り響く蹄の音を轟かせながら、合計30頭以上のロングホーンブルが次第に迫ってくる。



「さ、桜ちゃん、なんだか凄い勢いでこっちに来ますよ~。どうするんですか?」


「明日香ちゃん、私に任せてください。もうちょっと引き付けてから一撃で仕留めますわ」


 不安を露にする明日香ちゃんとは対照的に桜は至って余裕の表情。やがて真っ黒で軽自動車よりも大きな体格のロングホーンブルが、左右に張り出した1メートル以上はある角を振りかざしながら土煙を上げて迫ってくる。


 いよいよ群れが近づいてきた様子に、桜はニンマリしながらやや腰を落とし加減で半身の姿勢をとる。どうやら例のアレで仕留めるつもりらしい。



「太極破ぁぁぁぁ!」


 ゴゴゴォォォォ!


 桜の手の平から草原にこだまする勢いで闘気が飛び出していく。


 ズッパアアアアアン!


 太極破は草原に巨大なクレーターを作り上げながら大爆発。濛々と沸き起こる土煙と上空に高く上るキノコ雲が、その恐るべき勢いを物語っている。



「さ、桜ちゃん、腰が抜けましたよ~」


 またまた明日香ちゃんは爆発の勢いに驚いて後ろに引っ繰り返っている。その姿に桜は大笑いし掛けたが、原因が自分にあったとやや反省気味に手を貸して明日香ちゃんを助け起こしている。



「桜ちゃん、なんて威力なのよ! ビックリしたじゃないの!」


「美鈴ちゃん、広い場所なので遠慮なくぶっ放してみましたの」


 周囲には壊れる物が何もないので、桜は威力高目で打ち出したよう。その結果がこの大爆発と草原にくっきりと残された深さ5メートルに及ぶクレーター。



「さあさあ、肉を回収しましょう。今夜はステーキ大会ですわ」


 ロングホーンブルの群れが一瞬で全滅した場所に向かって桜が駆け出していく。上質な肉の他に角なども落ちており、桜はひとりでせっせと拾い集めてあっという間に戻ってくる。拾ったそばからアイテムボックスに放り込んでいくので、相変わらず手ぶらのまま。



「桜ちゃんは、本当に便利にできていますよね」


 その様子を見ているカレンは、ほとほと感心している。こんな便利な人間は、パーティーにぜひともひとりほしいと考えている。だが、二人目をどうするかと聞かれたら、カレンは躊躇なく断る可能性が高い。さすがに桜が二人もいたら、パーティー全体の収拾がつかないであろう。



 フィールドエリアは、動物系の魔物が出現するようだ。ロングホーンブルの他にはホーンシープやワイルドウルフなど、群れを成して襲い掛かってくる魔物が多く見受けられる。ホーンシープのドロップアイテムは高級羊毛と肉が半々で、ワイルドウルフは毛皮と魔石が半々。どうやらそこそこいい値段で買い取ってもらえそう。


 見通しの悪い森を歩くのは時間がかかるので今回は避けて草原を進んでいく。桜の勘を頼りに東へ1時間ほど進んでいくと、地平線の先に高い塔が見えてくる。周辺には他に建造物が見当たらないので、どうやらそこは他の階層に向かう目印のよう。


 さらに1時間歩いていくと、塔の入り口に到着する。どうやらダンジョンを知り尽くしている桜の勘が的中した模様。



「桜ちゃんは凄いですよ~。こんな広い場所で簡単に目的地を見つけ出しました」


「明日香ちゃん、もっと私を誉めていいんですのよ。明日香ちゃんは常日頃から私に対する尊敬の気持ちを持たないといけませんから」


「お言葉ですが、桜ちゃん。それは尊敬されるような行いをしてから言ってくださいよ~」


 明日香ちゃん的には、桜に対する尊敬度は限りなくゼロに近いようだ。色々と酷い目に遭っているだけに、尊敬とは程遠い存在と見做しているに違いない。



 塔の入り口には大きな扉があって、特にカギがかかっている様子はない。内部に踏み込んでみると、そこにはボスの存在なども見当たらずに、単に下へ降りていく階段あるだけで、やや拍子抜けした桜の姿がある。



「はぁ~、階層ボスでもいないかと期待したのですが…」


「なんで桜ちゃんはそこまで好戦的なんですか。安全が一番いいに決まったますよ~」


「まったく、これだから明日香ちゃんはまだまだなんですわ。ダンジョンの真の醍醐味がわかっていませんねぇ~」


「そんなものは知りたくありませんよ~」


 水と油のような二人の性格、よくこれで長年友達としてやっていけるものだ。


 本当はもっとこのフィールドを事細かに探索したいところではあるが、周辺全てのエリアを回りきるには目算で最低でも5日程度必要。今回は2泊3日と時間が限られているので、已む無く下の階層へと向かっていく。



 桜を先頭にして階段を降りていくと、当然次の13階層へと降り立つ。広々としたフィールドとは打って変わって、再び石造りの壁に囲まれた通路が続くダンジョンへと戻ってきた。しばらく広い場所に慣れた身にとっては、石造りの閉ざされた空間というのは一種の圧迫感を感じてしまう。



「この階層はどんな魔物が出てくるのかしら?」


「美鈴、通路をよく観察してみるんだ。上の階層よりも幅と天井が広くなっているだろう。ということは、それなりに大型の魔物が出現すると考えて間違いない」


「聡史さんは何でもよく知っていますね。もっと色々と教えてください」


「カレン、それはちょっと違うな。教えてもらうんじゃなくて自分で発見するんだ。 そのほうが身に着くからな」


「はい、わかりました」


 聡史は中々厳しい。質問には答えるが、手取り足取り教えるような甘やかしはしない方針だ。まずは自分で経験してその中から学び取れと言っている。そしてカレンもその考え方を素直に受け入れているよう。


 しばらく歩いていると、桜が気配に気づく。



「足音からして人型の大きな魔物ですね! おそらくオーガではないでしょうか」


「オーガって、あの鬼のような姿をしている魔物かしら?」


「そうですよ! かなり狂暴で魔法が効きにくいですから注意してください」


 桜の話が終わったちょうどのタイミングで、曲がり角の向こう側から体高2.5メートルはありそうなオーガが現れる。獲物はいないかと煌々と目を輝かせて、聡史たちの姿を発見するや否や手にする棍棒を振り上げて咆哮を上げる。



 グオォォォォ!


 オーガの咆哮、それはレベルが低い人間であればそれだけで体が竦んで身動きが取れなくなる恐ろしいもの。だがこのパーティーのメンバーは精神値が全員それなりに高いので、誰一人として動けなくなる者はいない。



「それでは、私が見本を見せましょう」


 最初に動き出したのはもちろん桜。身軽な動きで正面からオーガの巨体に突っ込んでいく。対するオーガは、接近してくる桜目掛けてその怪力に物を言わせて棍棒を振り下ろす。


 ガキーン!


 桜がアッパー気味に振り上げたオリハルコンの籠手と、オーガの怪力で振るわれた棍棒が正面から激突する。その結果桜の拳が棍棒を見事に打ち砕いている。


 相手の得物を砕いた桜は、その勢いに任せてオーガの懐へと入り込む。対してオーガは反対側の拳を桜に向けて振り下ろす。


 ドッパァァァン!


 とはいえ桜が打ち出した正拳が圧倒的に早くオーガの腹部を捉える。軽く放ったように見えてもそこはレベル600オーバーの一撃、オーガの体ごと吹き飛ばす。



「ふふふ、桜様の前に立ちはだかるには、オーガごときでは力不足」


 桜がドヤ顔を決めている。


 対して水平方向に50メートル飛んで石の床に顔から着地したオーガは、まるで顔をおろし金で削られていくかのように華麗に顔面スライディングを決めている。ようやく停止した時には、首があり得ない角度で曲がっている。息絶えたオーガの様子を確認した桜はパーティーメンバーに振り返る。



「こんな具合でオーガは倒せますわ」


「「「出来るかぁぁぁぁぁ!」」」


 いつものように、美鈴、明日香ちゃん、カレンの声が、見事なユニゾンを奏でるのであった。


 


 またまたしばらく歩いていると、今度はシルバーウルフ3体の群れが現れる。唸り声をあげながら迫りくるオオカミのトリオは、やや時間差をつけて襲い掛かろうと前後に並んで獰猛な牙を剥き出しにしている。



「桜ちゃん、なんだか走ってくるスピードが段違いですよ~。3体一度に対処なんてムリですよ~」


 明日香ちゃんもちょっとお手上げのよう。



「仕方がないですねぇ~。軽く私が手本を見せますから、次からは明日香ちゃんが頑張るんですよ」


 と言いつつ桜はシルバーウルフを上回る速度で前進していく。そしてその勢いのまま3体まとめて体当たりで撥ね飛ばす。その光景は、まるでボーリングでもしているかのよう。



「こんな具合でシルバーウルフは倒せます」


「出来るかぁぁぁぁぁ!」


 今度は明日香ちゃんひとりの声が通路に響き渡るのだった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




ダンジョンの奥深くにどんどん進んでいく聡史たち。そしてついに目標に到達して…


この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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