第42話 ダンジョン深部攻略 2
手本と称した桜が有り得ない方法でオーガやシルバーウルフを倒した件で、美鈴は聡史に助けを求めている。
「聡史君、桜ちゃんの遣り方なんてサッパリ参考にならないから、もっと具体的な倒し方のヒントを教えてくれないかしら?」
「ハハハ、確かに桜の遣り方なんて俺にもマネが出来ないから無理もない」
聡史は苦笑した表情を美鈴へと向けている。聡史すらマネが出来ないなんて桜という存在はどこまで突き抜けているのだろうか? 当の桜は「これだけ丁寧に教えたのになんでわからないのか解せない」という表情。いい加減自分の人間離れしたレベルに気付いてもらいたい。
「そんな笑っていないで、早く教えてよ」
「ああ、そうだったな。基本的にはオークと一緒だ。まずは足を止めてからトドメを刺す。最初に美鈴の魔法を飛ばしてから、明日香ちゃんがトライデントで攻撃していくのがいいだろう。ただし…」
「ただし?」
「オーガの皮膚は頑丈だ。並みの威力の魔法では弾き返されてしまう。今までの2倍程度の魔力を込めて発動するといいだろう」
聡史から具体的なアドバイスを受けた美鈴は真剣な表情で頷いている。最初の魔法の一撃が有効打になるかどうかが、パーティーとして優位に戦いを進められるかという分岐点になるだけに、オーガが相手にどの程度の威力の魔法を撃ち出そうかと思案しているよう。
そして…
「この先に大きな影が見えますわ。オーガがいますよ。まだ反対側を見ているようなので、私たちには気が付いていません」
「私から行くわね」
隙だらけのオーガに向かって美鈴のファイアーボールが飛び出していく。魔力を倍にしているだけあって、今までとは燃え上がる炎が目に見えて大きい。
グガァァァァ!
ファイアーボールはオーガの背中に着弾して通路を揺るがす爆発音が発生。熱風の残滓がこちらにも届いて、顔面が火照ってくるような衝撃が届く。
「美鈴ちゃん、ちょっと威力が高すぎましたね。オーガが一撃でバラバラになっていますよ」
「どうやら美鈴のスキルが働いているようだな」
「私のスキル?」
桜が結果を確認して戻ってくると、なぜ魔力を倍にしただけでこのような高威力になったかという事象に関して聡史が原因の解説を始める。
「美鈴のスキルの中に〔魔力ブースト〕があっただろう。魔力を込めれば込めるほど威力にブーストが掛かるんだ。だから2倍の魔力量のはずが3倍の効果を上げるという現象が発生する。これほどまでに魔法の効果が上昇するということは、どうやら美鈴のスキルは相当優秀なんだろうな」
「美鈴さん、凄いスキルですね」
カレンが美鈴のスキルを褒めている。魔法使いにとっては、魔法の威力が上昇するというのは最も喜ばしい出来事に相当する。それを美鈴は所持しているスキルで簡単に実現するなんて、あまりにもその能力が魔法使いとして恵まれている点に素直に脱帽の表情。魔法ブーストがあれば少ない魔力でより強力な魔法を放てるという利点が何よりも大きい。
「カレン、ありがとう。でも、威力を慎重に制御しないと思わぬ事故を招きそうでちょっと怖いわね」
「そうだな、美鈴は自分で魔力の量を調整して上手く加減してもらえるか?」
「ええ、わかったわ。次は1.5倍程度に抑えておきましょうか」
ということで、美鈴がオーガを相手にして適切な威力を何度か試していく。その結果当たり所にも左右されるが、オーク相手の1.4倍の魔力で最も効率よくダメージを与えることが可能という結論に落ち着く。従来ゴブリン相手の時には込める魔力は5、オークでは10で、オーガに対しては14でよいという結論が導き出される。美鈴の魔法の前では、いかに皮膚が頑丈で魔法が効きにくいオーガも所詮は敵ではないらしい。
魔法がオーガに対しても依然有効であると確認できたので、パーティーは前進を再開。これで問題は無くなったと思いきや、もうひとつ大きな壁が立ちはだかる。その壁とは、もちろん言わずと知れた明日香ちゃん。続いてまたもや現れたオーガに対して…
美鈴の魔法で両足の膝から下を吹き飛ばされて動けなくなったオーガに明日香ちゃんがトライデントを構えて突進する。
ヘブッ!
上半身だけで必死の抵抗をするオーガの怪力に明日香ちゃんは吹き飛ばされて通路の壁に激突というアクシデントが発生。
「明日香ちゃん、今助けます」
壁に叩き付けられて身動きできなくなった明日香ちゃんにカレンが駆け寄ろうとする。その時カレンの真横から小柄な影が動きを開始して、あっという間に手負いのオーガの前に立ち塞がる。
「私の親友の明日香ちゃんがいくらヘタレの怠け者で甘い物の食べ過ぎでブクブク太っているからって、よくもやってくれましたね!」
「桜ちゃん、本当に明日香ちゃんを庇う気持ちがあるの?」
「実態に近いとはいえ、もうちょっとオブラートに包まないと…」
桜の明日香ちゃんに対するあまりの言い草に、美鈴とカレンがそこまで言わなくても… という表情を浮かべている。ただし彼女たちも決して否定はしていない点を聡史は見逃してはいない。
(大体合っている)
聡史の心の中での呟きが…
手負いのオーガは、目の前に立つ桜に向けてその剛腕を振るう。だが桜にあっさりと躱されると、やや前のめりになっている上半身に目にも留まらない前蹴りを食らって、通路の端まで転がってから壁にぶつかってようやく停止する。もちろんそのままご臨終の模様。
オーガを排除してから美鈴とカレンが明日香ちゃんの元に駈け寄る。壁際に倒れている明日香ちゃんを二人掛りで抱きかかえると、明日香ちゃんはうわ言のように呟く。
「美鈴さん、カレンさん、どうもお世話になりました。私はもうダメです。このまま天国で幸せに…」
「おでこをぶつけて鼻血が出ているだけでしょうがぁぁぁ!」
「はい、回復魔法ですよ。早く立ち上がってくださいね」
カレンの右手から発せられる白い光が明日香ちゃんを包み込む。すると明日香ちゃんは何事もないように立ち上がる。
「はぁ~… 痛くて死ぬかと思いましたよ~。でも桜ちゃんの訓練に比べたら全然可愛いものです」
「明日香ちゃん、一体どういう訓練をこれまでに経てきたのかしら?」
美鈴がジトーっとした視線を桜へと向けている。桜は吹けもしない口笛を吹く真似をして視線を宙に泳がせっ放し。カレンは桜の訓練の一端を理解しているだけに、「ああ、なるほど!」という納得顔。
「明日香ちゃんのレベルでは、どうやらまだオーガ相手に力負けするようだな」
聡史が原因を冷静に分析している。明日香ちゃんのレベルは現在27で異世界の冒険者に例えるとDランク成りたての中堅クラスに相当。対してオーガの討伐推奨ランクはCランク以上と定められており、現在の明日香ちゃんが力負けしてしまうのも頷ける話。
「そうなると、明日香ちゃんはオーガが出てきたらしばらくは様子見ですかねぇ~」
桜の一言に、俄然明日香ちゃんが乗り気になってくる。
「そうですよ、桜ちゃん! しばらく私はお休みということで桜ちゃんに任せますよ~」
だが、この明日香ちゃんの都合のいい申し出に待ったを掛ける人物登場。
「明日香ちゃん、どうか安心してください。私が攻撃力アップの魔法を掛けますから明日香ちゃんなら必ずオーガを倒せます」
「いやいや、カレンさん。貴重な魔力を私の為に使うのは申し訳ないですよ~」
「大丈夫です。私が全力で明日香ちゃんを支援しますから大船に乗った気持ちでオーガに立ち向かってください」
明日香ちゃん的には、「そうじゃない! カレンの気持ちはありがたいけど、そうじゃないんだぁぁ!」と心の底から叫びたいのだが、カレンにしては珍しくまったく空気を読もうとはしない。明日香ちゃんはカレンによってグラグラと煮え立つ熱湯風呂へ飛び込まざるを得なくなっている。
こうして明日香ちゃんは、否応なくオーガとの再戦に無理やり挑まざるを得ない定めとなる。本人は全力で回避したいところであるが、後ろを進むカレンはすでにいつでも補助魔法が発動可能な準備を整えている。ありがた迷惑この上ない。
しばらく進むと、通路の向こう側には大柄なシルエットが浮かび上がる。もちろんその正体は巨大な棍棒を手にするオーガで間違いない。獲物を狙う獰猛な目をこちらに向けて大股で接近していくる。
「ファイアーボール」
美鈴の魔法は胴体の真ん中で炸裂して、オーガの腹部に傷を作ると同時に片手を吹き飛ばす。その様子を見た明日香ちゃんは、しぶしぶトライデントを手にして接近を開始。
「攻撃力上昇」
明日香ちゃんの背中にカレンの補助魔法が飛んでいく。いつのまにかカレンのスキルレベルが上昇した成果で、攻撃力を30パーセント上昇させる優れた効果を発揮してくれる。
槍を構えた明日香ちゃんは、オーガに慎重に近づきながら隙を探す。オーガは傷を負ってもなおもその闘志は止むことなく、爛々と輝く目で明日香ちゃんを睨み付けている
ウガガガァァァ!
腕1本欠いた姿のままで咆哮を上げるオーガ、だが明日香ちゃんは怯まずに向かっていく。オーガは迫りくる明日香ちゃんに向かって無事な右手で棍棒を振るう。
ガキッ!
先ほどは明日香ちゃんの体ごと吹き飛ばされた棍棒の一振りであったが、今度はトライデントががっしりと受け止めている。カレンのおかげでオーガと互角に渡り合うだけのパワーを明日香ちゃんは得ているよう。
「えい!」
棍棒をいなすと、明日香ちゃんはオーガの肩口にトライデントを突き刺していく。いかに固いオーガの皮膚であっても神槍の切れ味には抗することは不可能。突き刺された傷口から電流が流れてオーガは絶命する。
「ふひぃ~… 何とか仕留めました」
こうして明日香ちゃんのオーガ討伐は無事に成功する。
この調子で13階層を抜けて、14階層へと降り立っていく。ここでも登場する魔物はさして変わらぬラインナップ。特に何事もなく通過すると、いよいよ15階層へと降りていく。
15階層では、オーガジェネラルという上位種が登場したが、カレンの補助魔法に助けられた明日香ちゃんは毎回ギリギリの戦いぶりで討伐に成功。おかげで相当命の遣り取りを学んでいるよう。もっとも安全第一がモットーの明日香ちゃん本人は、命を危険に晒す行為など一番避けたいと思っているだろうが…
こうしてパーティーは、ついに15階層のボス部屋の前に立つ。
「お兄様、考えられるこの部屋の主は、オーガキングですわね」
「おそらくそうなるだろうな。さて、誰が倒すか決めておこうか」
聡史の呼び掛けに真っ先に反応したのは桜。
「お兄様、どうかこの場は私にお任せを! 一撃で倒して見せますわ」
「桜ちゃん、私と明日香ちゃんのコンビに任せてよ。相手がオーガキングでも絶対に負けないから」
「美鈴さん、いよいよこの場は私の神聖魔法の出番です。跡形もなく吹き飛ばします」
桜、美鈴、カレンの自信ありげな表情が並んでいる。ここで聡史も釣られるように…
「そうか、みんな頼もしいな。この場は俺がやってもいいぞ」
「「「「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」」」」
「ダチョウ倶楽部かぁぁぁぁ! いつの間に打合せしていたんだぁぁぁぁ!」
こうして聡史がボス部屋にいるオーガキングの討伐役を押し付けられる。すかさず横から桜が…
「お兄様、この刀を試してみてください。銘は〔鬼斬り〕と申します、鬼を相手にするならばこれ以上の切れ味はない刀です」
「ああ、例の刀か」
桜がアイテムボックスから取り出した一振りの見事な刀を聡史に手渡す。この鬼斬りと銘打たれた刀は、桜が異世界にて討伐した皇帝オーガの角をドワーフの名工が研ぎだして刀に仕立てた切れ味と刃毀れひとつしない頑丈さは折り紙つきの逸品。
こうして鬼斬りを手にする聡史を先頭にしてボス部屋へと踏み込んでいくと、そこには予想通りオーガキングに率いられた20体のオーガ軍団が待ち受ける。
「刀の錆びになれ」
キンという音を立てて聡史が鯉口を切り刀を抜くと、黒光りする見事な刀身が現れる。漆黒の刀身に浮かぶ刃紋も鮮やかに、波打った美しい芸術のような造形を描いている。
グオ?
聡史が手にする鬼斬りを見て、オーガキングの顔にはて?… という表情が浮かぶ。やがて刀の材質が何に由来するのか理解したオーガキングは憤怒の形相へと変貌。同族の角を太刀に変えられていると、どうやら理解したよう。
オーガキングの怒りに後押しされて、配下のオーガ軍団が一斉に聡史へ突進する。手にする棍棒を振り上げてこちらも怒りに満ちた形相で迫りくる。
「遅いな」
聡史はそう一言呟くと、鬼斬りを手に上段に構える。20体に及ぶオーガの軍団に真一文字に鬼斬りを振るうと、空間を斬撃の刃が駆けていく。
グギャァァァ!
ウガァァァ!
宙を飛ぶ斬撃を正面から食らったオーガたちは、たちまちのうちに切り伏せられて床に骸を晒していく。すでに床一面には血の海が広がる。
「さあ、サシの果し合いだぞ」
ウガァァァ!
ニヤリと笑みを浮かべる聡史の挑発にまんまと乗ったオーガキングは咆哮を上げながら聡史に向かってくる。手にするのは差し渡し2メートルに及ぶ大剣、大上段からオーガキングの剣が聡史に迫ってくる。
キンッ!
だが聡史は、その怪力などものともせずに大剣を片手で受け止める。軽く力を込めてオーガキングの巨体を後方に撥ね飛ばしては再び鬼斬りを構える。
「次で決着をつけてやる」
聡史は鬼斬りを正眼に構えて、オーガキングは再び大上段に構えて突進。二つの影が交錯したのちに、再び離れていく。
バタ~ン!
床が揺れるほどの大音響を立てて倒れたのはオーガキングのほう。その胴体の半分以上が切断されてすでに虫の息。対する聡史は刀の血を振り払って鞘に戻す。
「さすがはお兄様ですわ」
鬼の王であってもレベル400近い聡史が相手では如何せん分が悪い。勝負は呆気なく終わっている。
こうしてドロップアイテムを拾ってから、聡史たちは新たなる階層へと向かっていくのであった。
◇◇◇◇◇
16階層に降りてきた聡史たち。この階層の特徴を一言で言い表すならば爬虫類階層。登場してくる魔物たちは、あたかもデパートで時々催される大爬虫類展のような趣がある。
最初に登場したのは、緑色の体をウネウネとくねらせて通路を進むグリーンバイバー。体長5メートルにも及ぶ長い体で獲物に巻きつく他、その牙には大型の哺乳類でも数秒で死に至らしめる強力な毒を持つ大蛇。しかも口から常に紫色の毒の息を吐き出しており、接近するだけで猛毒が体に回ってしまう可能性がある厄介な相手といえよう。
だが…
「いや~! ヘビ嫌い~!」
美鈴の右手から反射的にダークフレイムが放れる。美鈴は子供の頃から生理的にヘビ嫌い。主にその理由は、桜が田んぼで捕まえてきたヘビをわざわざ美鈴に見せつけたせいだろうと推測される。子供の頃から怖いものなしの桜に美鈴はヘビ嫌いというトラウマを植え付けられていた模様。
とはいうものの、ヘビ嫌いな美鈴のおかげで危険なグリーンバイパーは漆黒の炎に包まれてのた打ち回りながら消し炭になっていく。燃え残った跡には緑色のヘビ革が落ちている。ハンドバッグにすれば裕福なご婦人方のコレクションとして人気が出るに違いない。
次に現れたのは大トカゲ。コモドドラゴンをもう一回りスケールアップしたような体長5メートルを超えるトカゲ型の魔物で、ジャイアントリザードと異世界では命名されている。こちらも牙に毒があって、噛みつかれると迅速な解毒が行われなければ命に関わる。大口を開いてこちらを威嚇するジャイアントリザードだが…
「アイスアロー!」
聡史が瞬時に放った魔法はその開いた口の中に向かっており、文字通りジャイアントリザードの体を串刺しにしている。これほどの強敵であっても魔法の一撃で片が付いてしまうのがこのパーティーの桁外れな点であろう。
その後、ブラックアリゲーターといったワニの仲間やブラックアナコンダという10メートルを超える大蛇などを倒しながら、パーティーは通路を突き進んでいく。その途中で美鈴、明日香ちゃん、カレンの3人は再三レベルアップを繰り返して、ついには全員レベル30を超える。
昨日ダンジョンに入る前から各々が4~5ランク上昇しているのは、いかに下の階層で得られる経験値が高いかという事実を物語っている。
「凄いですねぇ。あっという間にレベル30を超えるなんて、なんだか信じられませんよ~」
「明日香ちゃんの言う通りね。学院に在学中にここまでレベルが上がるなんて思ってもみなかったわ」
「本当ですね。聡史さんと桜ちゃんに出会ったおかげです」
明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人が目を丸くしていると同時に、兄妹に向かって感謝をしている。クラスメートたちと比較してもすでに3倍のレベルに達するなどという出来事が、彼女たちには中々現実として受け止められないよう。
続く17階層も爬虫類のオンパレードが展開されていく。こちらの階層も特に何事もなく通過して、18階層へ降りていく階段を発見したところでようやく休息に入る。すでに時間は夜の9時を経過しており、ここまで昼食以外にさしたる休みも取らずに強行軍で進んできただけに、桜を除いた女子三人には疲労の色が濃くなってきている。
結局この日の探索はここまでにして、階段に最も近いセーフティーゾーンで食事を取ってから一夜を明かす。
◇◇◇◇◇
翌朝、時間の制約もあるのでここから先に進むか、それとも引き返すか相談しながら朝食を取る。
「学院に提出した届は、今日の19時までには戻ると記入したからな。そろそろ上に引き返すことも視野に入れないと時間内には戻れなくなるぞ」
「お兄様、止むを得ない事情で時間までに戻れないケースもありますわ。心配を掛ける可能性はありますが、ここまで来たら20階層を目指すべきです」
結局桜の強引さが勝って、このまま午前中いっぱいは下に降りていこうという結論に達する。
ということで、一行は18階層に降り立つ。この階層は、節足動物の宝庫と言える階層。サソリやクモの仲間の魔物が不気味な姿を現してくる。しかもほとんどの魔物が猛毒を持っているので爬虫類エリアに引き続き中々タチが悪い階層といえる。時にはカマキリ型の魔物が4本ある鎌を振り下ろしながら迫ってくるので、美鈴の魔法が次々に火を噴いては手早く倒していく。
19階層も同様な魔物は登場してくるので討伐は捗って、午前10時を回らないうちについに目標であった20階層へと降り立つ。だが…
「はぁ~… なんだか来るんじゃなかったですよ~」
明日香ちゃんは大きなため息をついている。その理由は、またもやアンデッド階層だったからに他ならない。
しかも下級のゾンビなどは一切登場せずに、ダークスケルトンやスケルトンナイト、時には実体のない幽霊のようなレイスなど、神聖魔法でないと倒せない厄介な相手が通路に出てくる。並みの冒険者だったら、この光景を目にした途端にすぐに回れ右をして引き返すだろう。
「うう、幽霊よりはマシですが、ホネのお化けも怖いですよ~」
と言いながら、明日香ちゃんはトライデントを振るっている。相手は鎧姿のスケルトンナイトで、剣と楯を巧みに操っては明日香ちゃんの槍を撥ね返してくる。最初のうちは死者とは思えない魔物の剣の扱いに苦戦していた明日香ちゃんだが、ある時を境にして俄然優位に立てるようになっている。
その理由はついに槍術スキルがランク5に上昇したおかげと思われる。初めてトライデントを手にしてからわずか2月半でここまで到達するとは、学年最下位でクラスのお荷物だったあの頃とは見違えるような進歩。凄いぞ、明日香ちゃん! やればできる子だ。
明日香ちゃんの神槍がスケルトンナイトの頭蓋骨に突き刺さる。槍からは聖なる魔力が放出されて魔物は浄化されて消え去っていく。
「聖光(ホーリーライト)」
実体がないレイス相手には、カレンの神聖魔法が大活躍をする。あっという間にレイスを浄化しては、周辺の淀んだ空気まで新鮮な状態へと変化させていく。
通路に湧き上がるアンデッドを討伐しながら、パーティーはついに20階層のボス部屋までやってきた。
だがピッタリ閉じた扉のわずかな隙間から漏れ出してくる瘴気から考えると、この内部には相当強力なアンデッドが潜んでいるのは間違いなさそうだ。
「さて、思案のしどころだな。このまま内部に踏み込むか、それともボス部屋を確認したところで引き返すかだ」
「お兄様、何を眠たい事を言っているんですか! この場は突撃あるのみですわ」
「桜ちゃん、中にはお化けの親分がいますよ~。この雰囲気は間違いなく絶対いますよ~」
突撃を主張する桜と尻込みする明日香ちゃんだが、声が大きい者の意見に周囲が流されるのはままある事。結局ボス部屋を攻略してから引き返そうという意見でまとまる。
「カレン、頼りにしているぞ。それから美鈴は闇魔法は使用するなよ。アンデッドに魔力を供給しかねないからな」
「ええ、わかったわ」
アンデッドは闇属性で闇魔法に耐性があるだけではなくて、闇の魔力を自らの力に変えてしまう強者も存在する。美鈴の切り札がこの場合は逆効果になりうるので、聡史は使用を禁止している。
立ちはだかる扉を押し広げて内部に足を踏み入れると、最奥の一段高くなっている壇上には豪奢な椅子に腰掛けている黒い影がある。薄暗くて影の正体は入り口からではわからないが、更に中に足を運ぶと黒いローブをまとった魔法使いのような姿がそこにはある
だが生命を保っている魔法使いではないのが一目瞭然。一見豪華な刺繍や飾りのモールがあしらわれたローブは長い年月の果てに痛みが進んであちこちが擦り切れており、見るからに綻びが目立つ。
それだけでなくてローブをまとう本体も骸骨に皮膚だけが張り付いたようなミイラを思わせる風貌で、落ち窪んだ眼窩にはすでに眼球は存在せず、ただただ赤い光を宿しているだけ。ローブに隠れている体も痩せ衰えて、おそらくは骨と皮だけの有様であろう。
「リッチのお出ましか」
聡史の呟き通り、玉座を思わせる豪奢な椅子に腰を下ろしているのは高名な魔法使いが死してなおその妄執ゆえに現世に未練を残して留まるアンデッド。
「聡史君、リッチというのは初めて聞くんだけど、どんな魔物なのかしら?」
「強力な魔法使いがアンデッドになった魔物だ。魔法攻撃には用心しろ」
「わかったわ。私の闇魔法は効果がないから魔法シールドを展開するわね」
「頼んだぞ」
こうして聡史たちは、玉座に佇むリッチに向かって一歩一歩足を進めていく。ある程度の距離まで接近すると、突然リッチが立ち上がる。おそらく魔法が届く距離に入り込んだという証であろう。
リッチの骨だけになった右手が徐々に掲げられて、伸ばした人差し指の先から炎が噴き出してくる。それは美鈴のダークフレイムに匹敵する闇の炎。
「こんなものは、桜様には効きませんわ」
だがパーティーの最前線に仁王立ちしている桜は両手から夥しい数の衝撃波を飛ばしては、リッチが放つ炎を消し去っていく。さらに炎を全て消し去ってからはオマケの1発がその手から…
「大極破ぁぁ!」
ゴオォォォォ!
ズガガガガーーン!
リッチは咄嗟に魔法シールドを展開したようだが、桜の大極破の前には強風に晒される障子紙も同然。シールドを突き抜けた大極破はそのままリッチに直撃してその体を粉々に砕いていく。
だが…
「やぱり再生するのか」
聡史に呟き通りに、粉々になったリッチの体は徐々に元の姿を取り戻していく。
「カレン、1発お見舞いしてやるんだ」
「はい」
満を持してカレンが登場する。どうやら一段階上の神聖魔法を放つ構えだ。
「ホーリーアロー」
白い光の矢がリッチに向かって飛翔する。
ドガガガーン!
煌めく光とともに生じる大爆発、これならば仕留めたかと一同が光と煙が晴れるのを待つ。だが…
「まだ復活するの?!」
さすがにこのしぶとさには、美鈴も呆れた目を向けている。
「カレンさんの神聖魔法でも討伐できないとなると、さらに強い聖なる力をぶつけないといけませんね」
桜が見遣る先には、美鈴の陰に隠れて幽霊怖さに体を震わせている明日香ちゃんの姿が… だが用があるのは明日香ちゃんではない。明日香ちゃんが手にするトライデントこそが、桜の言うさらに強い力に他ならない。
「明日香ちゃん、借りますよ」
桜は明日香ちゃんの手から引っ手繰るようにトライデントを奪う。ご主人から引き離されたトライデントは「あ~れ~! なんとご無体なぁぁぁ」と声を上げているが、元々桜にもダンジョンの宝箱から救い出してもらった恩があって逆らえないよう。
「そりゃぁぁぁぁ!」
気合一閃、桜は復活したリッチ目掛けてトライデントを思いっ切り投げつける。やめて~! と悲鳴を上げるトライデントは、狙いを過たずにリッチの両目を貫いただけではなくて、その勢いのままにリッチの体を後方に飛ばして壁に縫い付けていく。
哀れリッチは、宙ぶらりんの姿でトライデントによって壁に吊るされている。
ウギャアァァァァァァ!
声にならないリッチの苦しみの波動がフロアーに響くが、トライデントの聖なる力によってその体は次第にボロボロと崩れていく。まとっていたローブも長い年月の経過が一気に訪れたかのように形が崩れてボロ布のように床に落ちる。
「あれがリッチのコアだな」
聡史の目は、心臓の位置に赤く光る魔石を発見している。
「桜、今一度鬼斬りを貸してくれ」
「どうぞ、お兄様」
桜から手渡された鬼斬りを手にして聡史は一気に駆け出していく。
「地獄の底に落ちやがれぇぇぇぇ!」
段差を駆け上がった聡史は手にする鬼斬りでリッチのコアを貫いていく。
その瞬間、リッチの体は空気に溶けるかのように消え去って跡形もなくなっている。代わりにリッチが座っていた玉座の跡には魔法陣が出現。
「お兄様、この魔法陣は何処へと通じているのでしょうか?」
「中に飛び込んでみないと何とも言えないな。可能性があるとすれば、他の階層へワープできる魔法陣かな」
「仮にそうでしたら、1階層まで一気に戻れますね」
「宝箱を開けてから試してみようか」
フロアーに出現した宝箱の中からは5色の魔石が取り付けられているマジックリングが出てくる。おそらく千里が指に嵌めているものと同様の効果があると思われる。火、水、風、土、雷の各属性魔法を容易に発動できるであろう。マジックアイテムとしてはかなり重宝しそう。
こうして宝箱の回収が終わると、残すは謎の魔法陣のみとなる。意を決して五人が内部に足を踏み入れると陣全体が光に包まれる。そして光が止むと…
「どうやらここは、1階層のようですわね」
予想通りに各階層をワープできる魔法陣だったらしい。しかも1階層の入り口近くに転移しており、これからは手軽に深い階層まで進めることが可能となる。ダンジョン攻略が格段に容易となるのは間違いない。
現在時刻は午後1時半、聡史たちは魔法陣のおかげで予定を大幅に繰り上げて地上に帰還する。各階層の特性や新たに出来上がった階層移動可能な魔法陣の説明などを管理事務所で行ってから、3日振りに学院に戻っていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ついに20階層まで到達した聡史たち。転移魔法陣の出現とともに今後のダンジョン攻略がグッと捗りそうな予感。次回は学院の例の行所のお話になる予定です。
この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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