第43話 八校戦に向けて


 ダンジョンで起きた構造的な変化は学院生、ことに5階層を主戦場としている3年生の間で持ち切りの話題となっている。



「おい、聞いたか? 入り口付近に発生した魔法陣であっという間に5階層まで移動できるそうだ」


「俺が耳にしたところによると、どうやら5層刻みで転移可能らしい」


「便利になるよなぁ。今まで各階層を通り抜けないと5階層まで行けなかったのが、これからは直行できるなんて」


 最も恩恵を受ける3年生は諸手を挙げての歓迎ぶり。5階層で活動する時間が延びるだけでなくて活動を終えたらすぐに1階層に戻れるのだから、体力が続く限りギリギリまで粘れる。その恩恵は計り知れない。


 だが彼らには如何なる理由でダンジョンの構造的な変化が起こったかは知らされてはいない。ダンジョン管理事務所は、聡史たちの20階層到達や階層ボスであるリッチの討伐などをいまだ公にはしていない。


 その理由はあまりに並み外れた聡史たちの活躍が明るみに出るのは好ましくないという政府の意向が働いているのは言うまでもないだろう。すでに外国政府から聡史たちが狙われているという事実がある限り、彼らの活躍が表沙汰にされる可能性は今後も限りなく低いと思われる。




  


   ◇◇◇◇◇







 9月の間中、聡史たちはダンジョンの6階層と11階層を中心に探索をしている。6階層は桜が契約を結んでいる言わずと知れたオーク肉の納入で日々必要量を確保するために必ず立ち寄ることにしているため。


 それから12階層のフィールドエリアであるが、広大なこのエリアを隅々まで探索するのには相当な時間が必要であり、聡史たちは時間をかけて丹念に回っている。おかげでロングホーンブルの肉の在庫が積み上がっており、その処分のために桜は学生食堂と新たな契約を結ぶに至っている。


 それだけならまだしも、森に生息しているニワトリ型の魔物であるコカトリスも大量に討伐しており、こちらの肉も食堂に納入が開始されている。


 このコカトリスの肉には秘密があって、食べるだけでわずかずつではあるが魔力が上昇する効果が確認されている。その結果学生たちの間では奪い合いになる大人気を博してちょっとした騒動にまで発展する勢い。おかげで桜に舞い込む納入量が日々増加してコカトリス狩りに追われる日々が何日も続く。それでもかなり割高の値段で引き取ってもらえるので、パーティーの財政はこの所潤う一方となっている。






  ◇◇◇◇◇






 毎日をダンジョン攻略に明け暮れていた9月はあっという間に過ぎ去って、秋が深まる10月を迎えている。


 この時期になると殊更忙しくなるのは生徒会。美鈴は放課後に生徒会室にやってきて重要会議に出席している。


 出席者が全員揃ってから、司会を務める生徒会長が本日の案件について説明を開始する。

 


「本日は3週間後に迫っている八校戦のエントリーメンバーを内定したいと考えている。最大エントリー人数は各学年32名と開催要項で決まっているので、我が校から各種目に出場する生徒を補欠も含めてこの場で選出したい」


 八校戦の運営全般に関して教員は表立って手を出さずに生徒の自主性に任せられている。したがって出場選手の選考やエントリー種目の振り分けなどに関して、全て生徒会に一任されている。



「それではまずは1年生から32名を選考しよう。副会長、意見はあるかい?」


 1年生の選考に関しては、美鈴の意見が最も大きな影響を持っている。生徒会長は美鈴が推薦する人物を無条件でエントリー選手に選出しようと考えているよう。会長の求めに応じて美鈴が発言をする。



「まずは模擬戦週間の全学年トーナメント決勝に進んだ特待生の2名は確定と考えております。それから学年トーナメントのベスト4に進出した生徒も絶対に外せません」


 ここまでは常識的な範囲の意見なので、美鈴の考えに異論を差し挟む余地はない。



「それから1年Aクラスの浜川茂樹ですが、模擬戦では1回戦で敗れたとはいえ相手が優勝者でしたから、その実力は正当に評価するべきでしょう」


 これに関しても、役員の間からは異論は出ない。勇者がエントリーから外れるなどそれこそ大事件になりそう。


 それから美鈴はAクラスの格闘系と魔法使いの生徒数人の名を上げる。これもまた順当なメンバーが挙がっているので誰からも文句は出ない。そして最後に…



「残った6人ですが、Eクラスのブルーホライズンを推薦します。彼女たちならばチーム戦で必ず上位に食い込んでくれるはずです」


「Eクラスの生徒だって! 頼りない気がするけど、大丈夫なのか?」


 2年生で書記を務める生徒が声を上げる。Eクラスと聞いて役員の誰もが怪訝な表情を浮かべている。だが副会長が闇雲にEクラスの生徒の名前を上げるはずはないと役員全員が知っているのもまた事実。他の役員たちの疑念を拭うために、生徒会長は美鈴に重ねて意見を求める。



「副会長、そのパーティーを推薦する根拠を教えてもらえるかい?」


「はい、会長。彼女たちは模擬戦の記録上は目立った結果を残してはおりません。五人のうちひとりが3回戦まで進んだのみで、残りの生徒は1回戦で姿を消しています。ですがそのうち二人はAクラスの上位男子との引き分けで、二人は接戦の末に敗退しました。これだけでも相応の実力を理解していただけると思いますが」


「うーん、まだ根拠としては弱い気がするな」


「ではさらなる根拠を述べさせていただきます。彼女たちはすでにダンジョンの4階層に到達して、間もなく5階層を目指しています」


「「「「なんだってぇぇぇ!」」」」


 役員全体から驚愕の声が上がる。1年生で4階層に降りるなど、これまでの学院の常識を覆すとんでもない偉業と呼んで差し支えない。



「9月から魔法使いの生徒が加入して彼女たちのパーティーの陣容が整いました。私たちのパーティーに続くのは彼女たち以外には存在しません!」


 美鈴の意見に誰も反論できない。4階層の魔物と戦える実力というのは、即ち学年のトップに該当するのは間違いない。美鈴の意見を黙って聞いていた生徒会長は大きく頷く。



「いいだろう。Eクラスの生徒とはいえ、それだけの実績があるのならエントリー資格は十分だ。ところで副会長、君たちは何階層まで攻略しているのかな?」


「それは秘密です」


 おいそれとは明かせない機密に関しては完全黙秘をする美鈴であった。



 

 


  ◇◇◇◇◇






「第48回、パーティー会議ぃぃぃ!」


「48回って… 毎日ただのお茶会だったよな」


 特待生寮に集まった五人はいつのもようにリビングのテーブルに着いている。もちろん桜と明日香ちゃんの前には、季節の果物が豪華に並んだフルーツパフェが置かれているのはいうまでもない。


 今までの会議は桜が司会を務めていたが、今回の会議は美鈴の申し出によって開催されており、彼女が話の進行に当たっている。



「来たるべき八校戦が3週間後に迫ってきました。当然この場にいる全員は参加します」


「桜ちゃん、大阪の甘い物食べ歩きがとっても楽しみですよ~」


「まあまあ、明日香ちゃん。楽しみは先にとっておくのがいいんですよ。ワクワク感が続いた方が、その分幸せですわ」


 司会の美鈴が口火を切ると、すかさず明日香ちゃんが乗ってくる。今から大阪行きが楽しみでたまらない様子。食べ歩きの機会を心待ちにしている。それよりもっと他に真剣に取り組むべきことがあるだろうに…



「八校戦では、学年別のトーナメントと学年に関係なく出場可能なオープントーナメントが行われます。その他にもチーム戦が開催されます」


「チーム戦ですか。なんだか面白そうですわ」


 桜が身を乗り出している。これまでの模擬戦は全て個人戦だったので、パーティーメンバーと一緒フィールドに立てるのが楽しみな様子。もちろん圧倒的な力の差を見せつけるつもりなのであろう。



「そこでひとつの問題が発生しました」


「はて、何でしょうか?」


 ダンジョンの攻略は順調だし、メンバーの体調も良好。美鈴が指摘する問題が何を指すのか桜にはてんで理解が及んでいないよう。



「チーム戦ではパーティー名を登録する必要があるんだけど、私たちのパーティーはいまだに名前が決まっていないのよ」


「ああ、確かに! 管理事務所に登録する時もパーティー名は空欄のままでしたわ」


 思い出したかのような桜の発言。あとから決めようと先延ばしにして、ついついここまで来た結果がこうして現在に至っている。



「パーティーの名前でいいアイデアはないかしら?」


「それは決まっていますわ。〔天才桜様と脇役のダイコン役者〕がよろしいです」


「「「「却下!」」」」


 桜以外の全員の声が揃う。どれだけ自分が目立ちたいのかと呆れた視線が一斉に桜へと向かっている。バカも休み休み言え!



「〔聖坂ひじりざか魔法少女〕がいいですよ~」


「明日香ちゃん、お兄様を魔法少女と言い張るには無理がありそうですよ。しかもどこかのアイドルグループをパクっていますよね?」


「パクっていませんよ~」


 だが明日香ちゃんの意見も評判は今一つ。そもそも魔法少女がこの場にはひとりもいない。


 中々いいアイデアが浮かばずに一同が頭を抱えている。いざこうしてパーティー名を決めるとなると、急に浮かばないものであった。



「うーん…」


「何かないですかねぇ~」


 頭の中身を搾るかの如くに考え込んではみるものの、これといった決め手のあるネーミングが浮かんでこない。無駄に時間が流れる中で聡史が何気なく呟く。



「闇魔法と神聖魔法だからなぁ…」


「お兄様ぁぁぁぁぁ! それです! 〔デビル&エンジェル〕でいきましょう」


 桜の意見に全員が満更でもないという表情に変わる。ちょっと某格闘ゲームぽいのは勘弁してもらおうか。



「パーティー名として中々いいんじゃないのかしら」


「格好いい名前ですよね」


 桜の思い付きにしては美鈴とカレンの二人は好感触な表情。聡史もいいんじゃないかという表情で頷いている。更に美鈴とカレンの会話は続く。



「私がデビルでカレンがエンジェルかしら?」


「美鈴さん、最大の悪魔はおそらく桜ちゃんですよ」


「ああ…」(遠い目)


 ここでデザートまで平らげてお腹いっぱいのせいでコックリコックリ舟を漕ぎ出した明日香ちゃんの額に肉の文字を書こうとしていた桜が自分の名前が呼ばれたことに気が付く。



「美鈴ちゃん、私がどうかしましたか?」


「えっ、全然何でもないから! 気にしないで大丈夫よ」


 桜から疑うような視線を向けられているが、美鈴はすっとぼけてなんとか誤魔化そうとしている。桜はなおも疑いの目を向けるが、美鈴は桜に顔を向けないようにしてカレンと適当に話をするフリで必死に追及を躱そうという態勢。



 そして明日香ちゃんは… パフェを食べ終わってしばらくしてから舟を漕ぎ出したが、ついに力尽きてグースカ寝ている。この件に関する発言権をすでに放棄しているよう。



「それじゃあ、私たちのパーティー名は〔デビル&エンジェル〕に決定ね」


「「「賛成!」」」


 寝ている明日香ちゃん以外の三人の声が揃って、ついにパーティー名が決定に至る。


 これで終わりではなくて、更に美鈴が話を続ける。



「それからブルーホライズンの六人も八校戦にエントリーされたから、彼女たちにも頑張ってもらわないといけないわね」


「そうなんですか。お兄様、ぜひとも私が直々に鍛え上げましょう」


「いや、俺がトレーニングに当たる。桜は時々協力してくれればいいから」


 聡史的には「桜の犠牲者は明日香ちゃんだけでいい」という考えらしい。ブルーホライズンの女子たちを桜の魔の手から守るためにこれまで通り聡史が陣頭指揮で訓練に当たるという宣言が下される。だが「美晴だけは桜に預けてもいいかな」と、聡史はコッソリ考えている。その表情は「脳筋は脳筋に任せるのが最も手っ取り早い」と企んでいるのであった。






  ◇◇◇◇◇






 翌日の基礎実習の時間、聡史はブルーホライズンのメンバーの前に立っている。



「この場にいる全員が八校戦のメンバーに選ばれたぞ」


「「「「「「ええぇぇぇぇ! 師匠、本当ですかぁぁ?」」」」」」


 全員驚きと疑問の入り混じった声を上げている。殊に千里はトーナメント本戦の出場さえ叶わなかった身で、1年生の代表として八校戦の舞台に臨むなど夢のまた夢だろう。



「ということで、今日から5階層に降りていくから覚悟を決めろよ。オークとの戦いに慣れれば対人戦など怖くなくなるからな」


「「「「「「はい、師匠! どうぞよろしくお願いします」」」」」」


 こうしてブルーホライズンの六人は、聡史に率いられてこの日から5階層へ足を踏み込んでいくのであった。






   ◇◇◇◇◇






 魔法学院の生徒会室では2週間後に迫った八校戦に向けて全国各地の魔法学院の出場選手の分析に追われている。


 各校で行われた模擬戦のデータは生徒会役員のみ閲覧が許可されているので、トーナメント上位に進出した生徒の戦い方や武器の扱い、能力の特性などを資料としてまとめて自校の生徒の試合に生かそうという目的で、忙しい合間に分析を進めているのであった。



「やはり筑波の第4魔法学院に編入した留学生の三人が目を引くな」


「会長の目にもそのように映りますか。さすがですね」


「副会長、君に褒められると自分が恥ずかしくなるからやめてもらえないか。僕は全学年トーナメント1回戦負けで君は優勝者なんだからね」


 生徒会長も2年生としては魔法部門でトップクラスの実力を持っているのだが、美鈴と比較すると見劣りするのは否めない事実。その点を会長は自虐的に述べている。彼としても、魔法使いとしての美鈴の力が明らかに上だと認めざるを得ない。



「会長、私はパーティー仲間に恵まれているだけです。あの人たちがいなかったら、未だにありふれたひとりの魔法使いにすぎません」


「この点を議論するのは別の機会にしておこう。それよりも第4魔法学院の留学生が先だ。彼女たちについて副会長の意見を聞きたいな」


 美鈴は画面で繰り広げられる一方的な戦いのシーンをじっと眺めている。今再生されているのは第4魔法学院の全学年トーナメントの決勝戦で、留学生が相手にしているのは3年生の学年トーナメント優勝者。試合はもちろん留学生が一方的に押して3年生が懸命に耐えている展開だが、ものの1分で勝敗が決する。



「私は近接戦闘の専門ではありませんが、それなりの腕があると思います」


「本校の特待生と比較してどう思う?」


「あの二人を何かの比較の対象にするのは無謀ですね。私の目から見ても一体どこまで強いのか果てが見えませんから」


「そうだろうと思ったよ。君の意見を聞いて僕も安心できた。何しろあの特待生の二人が編入してこなかったら、この留学生の三人はうちに入学する予定だったからね」


 海外からの留学生三人は聡史たちから1か月遅れて第4魔法学院に編入した。仮に聡史たちが異世界から戻ってくるのがもう少し遅かったら、留学生はこちらの魔法学院へ入学する予定で受け入れ準備が進められていた。 


 ところが聡史と桜というあまりに強大な戦力を得たために、一箇所の魔法学院に大きな戦力が集中するのを避けようという意見が政府内で上がった結果、留学生は当初の予定を変更して茨城県筑波にある第4魔法学院での受け入れが決まったという経緯がある。



「それでは留学生の対処は特待生と副会長に任せようか。留学生のうちの二人はどうやら魔法戦が得意なようだからね」


「勝ち負けは時の運ですが、私なりにベストを尽くします」


 こうして生徒会では、八校戦に備えて対戦相手の情報収集を進めていくのであった。






   ◇◇◇◇◇







 10月に入ったある日の午前中の実技実習の時間、八校戦に出場が決定したブルーホライズンの実技向上のために聡史による厳しい訓練が実施されている。



「真美! まだ左手の使い方が甘いぞ!」


「はい、師匠!」


 両手に握る細剣を再び持ち直して真美は懸命に聡史に打ち掛かっていく。二刀流を目指して修業を始めた真美は未だその道半ばではあるが、剣術スキルがレベルアップして3ランクに上昇している。それだけではなくて最近になってついに〔二刀流ランク1〕のスキルを得たため、聡史の目にも以前よりはだいぶ様になってきているように映る。


 その横では、ほのかが短剣と小盾を手にして形をなぞった動きを繰り返していく。丹念に形を繰り返しながら、自分の動きを確かめている。これまで時間をかけて基本を固めてきたほのかも、次第に新たな戦い方が身につきつつある。


 絵美と渚は明日香ちゃんとカレンを相手にして槍の腕を磨いている最中で、何度も撥ね飛ばされながら懸命に格上の二人に食い下がっている。


 ブルーホライズンはこのところ聡史に率いられてダンジョンの5階層に挑んでいる。全員のレベルが15を超えており、千里に至ってはそろそろ20に手が届くところまできている。八校戦に向けて仕上がりは順調といえよう。



 そして、最後のひとりである美晴といえば…



「ほらほら、隙だらけだとあっという間に攻撃されますよ」


「ゲホッ!」


 桜の動きに合わせて美晴は手にする盾を懸命に向けてガードしようとするが、動きが速すぎて盾を振り向けるのが間に合わなくなる。そのたびに好き放題に拳を叩き込まれて美晴は地面に転がされていく。



「気合いだぁぁぁ!」


 スキルを用いて歯を食い縛って起き上がる美晴。ダメージを受けているのは明らかだが、それでもなお桜に向かっていく闘志を失ってはいない。



「フフフ、明日香ちゃんでもここまでしぶとくなかったですからねぇ~。美晴ちゃんがどこまで伸びていくか楽しみですわ」


 美晴のド根性を桜も認めているよう。どんなにボロボロにされても再び立ち上がっていく美晴の姿に桜が感心している。気合と根性で困難を打開しようとする脳筋の心理は桜が最も理解しているはず。桜と美晴の相性は聡史が考える以上にピッタリとマッチしているよう。




 こうして八校戦に向けて、各々が厳しい訓練を続けていく…



 いや、違った!


 ブルーホライズンとの打ち合いが終わった途端に、ひとりだけあくまでもマイペースで訓練している人物がいる。



「桜ちゃん、試合なんか早く負けて、大阪の食べ歩きを楽しみましょうよ~」


「最初から負ける気で出場するなぁぁぁぁ!」


「他に楽しみがないんですから、何かご褒美が欲しいですよ~」


「ご褒美というのは、試合に勝ったらもらえるものですわ。参加しただけでご褒美がもらえるなんて明日香ちゃんは考えが甘すぎです!」


「ええ~… それじゃあ、1回だけ勝ちますよ~」


「1回といわずに、全部勝ちなさい!」


 約1名八校戦の意義をまったく理解していない人物がいるものの、ブルーホライズンを含めて聡史たちの仕上がりは順調であった。


 





   ◇◇◇◇◇







 大阪府に設置されている第5魔法学院は奈良県との県境にある葛城山の大阪側の麓に出来上がった葛城ダンジョンに隣接して建設されている。


 5年前に一度、葛城ダンジョンから大量の魔物が溢れて周辺住民が1万人近く命を落とすという悲劇が発生したことを受けて、山の麓から付近を流れる石川に達する広範囲が居住禁止地区に指定されており、約20平方キロメートルに及ぶ区域に魔法学院と自衛隊の駐屯地およびその付帯施設が設けられている。大山ダンジョンにある魔法学院に比べて3倍以上の広大な敷地がこの地にはある。


 この広大な施設を利用して毎年この地で八校戦が開催されている。二千人収容可能なスタンドが設置された屋外演習場が8箇所と同様の屋内演習場が5箇所もあって、最初から全国の魔法学院の生徒が集まることを念頭に設計されているのが第5魔法学院といえる。



 いよいよ翌日から八校戦が開始されるとあって、この日は朝から各校の生徒が続々と貸し切りバスを連ねて来校してくる。どの学院の生徒も「今年こそは優勝を!」と胸に誓ってこの地に足を踏み入れているような表情が印象的。


 ちなみに大山にある魔法学院は、公式に〔第~〕という呼称は付けられていないのだが、八校戦に限っては他校との区別をするために便宜上第1魔法学院と呼ばれている。





   ◇◇◇◇◇






 そしてその頃、魔法学院の生徒たちは新幹線でちょうど新大阪の駅に到着している。引率の教員も含めて総勢120名にも及ぶ大きな集団で、その中に混ざって聡史たちもホームへと降りてくる。



「まったく明日香ちゃんは遠足と勘違いしているんじゃないですか? 新幹線の中でお菓子をずっと食べていましたよね」


「へぇぇぇ、桜ちゃんは駅弁3つとおにぎり2個とハンバーガーセットを食べていましたよね。それから、食後のデザートと称して冷凍ミカンを5つペロリと平らげましたよ~」

 

「旅の恥はかき捨てといいますからね」


「桜ちゃんは日頃から恥ずかしい存在なんですから、私の近くに寄らないでください! 隣の席でどれだけ恥ずかしかったか…」


「なにぉぉぉぉ! 明日香ちゃんがどれだけ恥ずかしいか自覚がないんですか? そんなにブクブク太って!」


「なんですってぇぇぇぇぇ! 誰がブクブクで、風船が今にも弾けそうだっていうんですかぁぁぁぁ!」


「弾けそうなのは、明日香ちゃんのスカートのホックですわ」


「そういえば朝と比べると、ちょっと苦しいんですよね。お昼は控えめにしていきますよ~」


「恥ずかしいとかブクブクとかどうでもいいから、前を向いて歩けぇぇ! 俺たちだけ置き去りにされているだろうかぁぁぁ!」


 聡史が溜まりかねてホームで大声を出して突っ込んでいる。桜と明日香ちゃんが立ち止まってどうでもいい話をしている間に、彼らを置いて学院生たちは改札に向かう階段を降りている。 



 何とか集団に追いついた聡史たちは駅のロータリーで待っている観光バスに乗り込んでいく。バスが出発すると、高速道路を走行して大阪市内を通り抜けていく。



「桜ちゃん、桜ちゃん! 大阪の街は賑やかで楽しそうですよ~。お店の看板がとっても華やかです」


「私も初めて大阪に来ましたけど、上から見た感じではずいぶん賑やかな雰囲気ですね」


「なんだか食べ歩きがとっても楽しみになってきましたよ~」


 街並みを見下ろす明日香ちゃんの目は、今にも蕩けそうな光を湛えている。桜から教えてもらった魅惑のご当地スイーツの数々が明日香ちゃんの心を捉えて離さない。

 

 聡史たちを乗せたバスは大阪の市内を抜けて、さらに府の南部へと向かって走行していく。



「あれっ? なんだか賑やかな地区を通り過ぎてしまいましたよ~。桜ちゃん、一体どこに向かうんでしょうか?」


「それはダンジョンがある場所ですから、山の方向に決まってますわ」


「ええぇぇぇぇ! 私の食べ歩きはどこに行っちゃうんですかぁぁぁ!」


「季節は秋ですから、山の中に行けば栗拾いくらいはできますわ」


「栗を拾ってどうするんですかぁぁぁぁ! 私が期待しているのは、賑やかな街の中で美味しいデザートを食べることなんですよ~」


「それは残念でしたねぇ。街中に出るには相当距離がありますから、難しいかもしれないですわ」


「ヤル気がなくなりました。もう帰りたいです」


「明日香ちゃん、本当にいいんですか? 今日の夜には、参加生徒全員が集まったパーティーが開かれますよ。きっと美味しいデザートが…」


「いやだなぁ~、桜ちゃん、帰るなんて言っていませんから! さあ、楽しいパーティーが待っていますよ~」


 パーティーと聞いて、急にヤル気を出す明日香ちゃん。どこまでも現金すぎるだろう! もうちょっとスカートのホックを気にしてもらいたい。






   ◇◇◇◇◇




 


 第5魔法学院に到着した一行はあまりの規模の大きさに少々驚きながらも、案内に従って割り当てられた部屋へと向かう。


 部屋割りは、桜と明日香ちゃん、美鈴とカレン、という組み合わせとなっており、聡史には一人部屋が割り振られている。



「これだけ広いと明日香ちゃんは絶対に迷子になりますから私から離れないでくださいませ」


「はい、パーティーに出損ねると困りますから絶対に桜ちゃんから離れませんよ~」


 八校戦の目的はパーティーじゃないんだけど… こんな桜のボヤキなど明日香ちゃんに通用するはずはない。絶対にない! 今ここで断言しておく。

 



 夕方の6時から、参加者全員が大ホールに集まって歓迎レセプションが開催される。はじめのうちは偉い人のスピーチが続いてやや退屈なセレモニーの時間が流れる。


 だが桜と明日香ちゃんの動きは立食パーティーを計算し尽くしたもの。料理が並ぶテーブルの最も近くに陣取っては、台上に並ぶ出来立てのメニューに目を光らせている。



「桜ちゃん、あの辺がデザートエリアですよ~」


「ふむふむ、明日香ちゃんはまずはデザートの確保ですか?」


「もちろんです! 料理は後回しにしてでも、何はなくともデザートを確保しますよ~」


 力強く言い切る明日香ちゃん、対する桜はどのようにお目当ての料理を大量に確保するか思案を巡らせている。



「それでは、第3回八校戦の成功を祈念してカンパーイ!」


「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」


 祝辞が終わると、ホスト役である第5魔法学院の生徒会長の音頭で全員がグラスを手にして乾杯をする。すでにその時には桜と明日香ちゃんは料理とデザートに突撃している。


 桜は無駄に高い身体能力をフルに発揮してテーブルに取り付くと、皿の上に次々と大盛りの料理を載せては片っ端からアイテムボックスに放り込んでいく。


 明日香ちゃんはズラリと並ぶデザートに目をキラキラさせながら、全ての種類を確保することに成功している模様。



「桜ちゃん、いい感じにデザートがいっぱいになりましたよ~」


「明日香ちゃんは、甘いものだけじゃなくって栄養も考えて食べるんですよ」


 子供かっ! というツッコミなど聞こえない体で桜から面倒を見てもらっている明日香ちゃんは、天上の至福を味わいながらデザートを口にしている。対する桜は山盛りの皿をペロリと平らげると、新たな料理を目掛けてテーブルにダッシュしていく。両者とも機械のような正確さで同様の行動を繰り返していく。腹の具合がどうなっても知らないぞ。



 もちろん桜がダッシュして大量の料理を確保しても、なおかつテーブルには次々に新たな料理が運ばれていく。慌てなくとも参加者全員に行き渡るだけの量は確保されているのだが、そこは食に関して誰よりも自分に甘い二人。一向に動きを止めようとはしない。


 ひたすらテーブルの料理を狙うハンターのような行動をする桜と明日香ちゃんとはやや離れた場所に、聡史、美鈴、カレンそしてブルーホライズンのメンバーは固まって会話をしながら大人しく料理を口にしている。


 会場には和やかな空気が流れて、上級生たちの間では顔見知りを探しては他校の生徒との交流が始まる。これからトーナメントを戦うライバルであっても、大会を通して仲良くなった他校の生徒と健闘を誓う様子がそこら中で垣間見られる。



 そして、聡史の元にも…



「失礼するわ。あなたが噂に聞く第1魔法学院の特待生かしら?」


 飲み物が入ったグラスを手にして聡史に話し掛けてきたのは明るい金髪にブルーの瞳をした女子生徒。彼女の背後にはプラチナ色の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ女子と、シルバーの髪に淡い紫色の瞳をした女子が付いてきている。



「どういう噂が出回っているかは知らないが、第1魔法学院の特待生であるのは事実だ。楢崎聡史という」


「やっぱり正解だったわね。あなたが立っているだけで周囲の雰囲気が普通じゃないからすぐにわかったわ。ああ、失礼! 私はアメリカから第4魔法学院に入学したマーガレット=ヒルダ=オースチンよ。マギーと呼んでね」


 自己紹介をしたマギーに続いて、残りの2名の女子生徒が聡史の前に並ぶ。



「はじめまして。私はフランスからの留学生、フィオレーヌ=ド=ローゼンタールと申します。フィオと呼んでいただけたら嬉しいですわ」


 明るいアメリカンという雰囲気がピッタリくるマギーとは打って変わって、落ち着いた貴族的な雰囲気のフィオ。そして最後に…



「どうも、マリア=ブロビッチですぅ。セルビア人ですぅ」


 最後のひとりは、もしかしたらこの三人の中で明日香ちゃん的な立ち位置にある人物かもしれない。


 

 聡史に続いて、美鈴とカレンが自己紹介を終える。



「やはりあなた方が私たちの最大のライバルとなりそうね。トーナメントを楽しみにしているわ」


「どうか、お手柔らかに頼む」


 聡史と握手を交わして、マギー達三人は自校の生徒が集まっている場所に去っていくのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



いよいよスタートを切る八校戦。全国から強豪が集まる中で、聡史たちは再び圧倒的な力を見せるのか…


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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