第44話 八校戦開幕
翌日からは、いよいよ各部門のトーナメントが始まる。
各校で実施されている模擬戦と同様に格闘部門と魔法部門に分かれており、それぞれの部門では学年別トーナメントと学年に関係なく出場可能なオープントーナメントが一斉に始まっている。
ちなみに、それぞれの部門に重複してエントリーは出来ない。個人戦で参加可能なのはあくまでも1種目だけという規定が設けられている。
重複出場が可能なのは個人戦終了後に実施されるチーム戦で、こちらは個人戦出場生徒でもエントリー可能となっている。
トーナメントの抽選が行われて各部門の対戦表が発表されると、殊に第1魔法学院以外の生徒の間に大きなどよめきが広がる。その理由は…
「おい、近藤勇人が学年トーナメントに回っているぞ!」
「去年2年生ながらオープントーナメントを制したのに、連続優勝を狙わないのか?」
「もしかして第1にはあの近藤を上回る強者が控えているのか?」
昨年オープントーナメントを制した近藤勇人のエントリー種目に関して、各校に大きな驚きが波紋のように広がっている。
もちろん各校の生徒会は第1魔法学院の特待生の存在を知っているし、あの決勝の局地戦が発生したかのような戦いぶりをデータとして持っている。だが資料として画像を見たのと、実際に目の当たりにしたものとは印象が違うのだろう。
ともあれ昨年の覇者である勇人が学年トーナメントに回ったという事実を各校とも重く受け止めている。当然それだけ第1の選手層が厚いのだろうとマークされており、情報収集に努める分析班は何はなくとも第1魔法学院の動向に気を配らなければならなくなっている。
さて個人戦の第1魔法学院出場者であるが、1年生に関連した部門では次のように決定している。()内は他の学年の生徒となる。
格闘部門1学年トーナメント …… 二宮明日香 神崎カレン
格闘部門オープントーナメント …… 楢崎桜 楢崎聡史
魔法部門1学年トーナメント …… 荒川涼香 遠藤明
魔法部門オープントーナメント …… 西川美鈴 (服部紗香)
この中でトップを切ってトーナメントに登場したのはカレン。1回戦の第2試合に姿を現す。
「ただいまから1学年トーナメント第2試合、第1魔法学院神崎カレン対第3魔法学院吉田大作の対戦を行います」
第3演習場にアナウンスが流れると、各校の応援の声が沸き起こる。赤と青の入場門から登場した両選手に対して「ガンバレー」という声が掛かる。
青い入場口から登場したカレンは、模擬戦と同様の防具に身を包み手にはミスリルのメイス。ちなみに最近になってカレンの棒術スキルがランク3に上昇して、パワフルな棒捌きに加えて技術的な面でも向上している。しかも現在のステータス上のレベルは32まで上昇しており、ますます体力の数値が上昇している。これはもう相手としては容易ならざる存在であろう。
「トーナメント一回戦、はじめぇぇ!」
審判の手が振り下ろされて、カレンの初戦が始まる。相手の第3魔法学院の生徒は剣を手にした男子。彼はカレンの容姿に一瞬魅入られそうになるが、軽く首を振って邪念を取り払う。それよりも不思議に感じるのは…
「女子が出てくるなんて、第1魔法学院はどうなっているんだ?」
格闘部門学年別トーナメントに出場している他校の生徒はごく一部の例外を除いて男子が大半を占めているのが実情。だが彼の疑問は、ひとたびカレンがメイスを振るった瞬間にあっさりと打ち破られる。
ガキーン!
唸りを上げていきなり飛んでくるメイスがぶつかる音が響くと、あっという間に彼が手に持つ剣は彼方に吹き飛ばされている。得物を失って呆然と立ち尽くす相手に対して、なおもカレンの猛攻は続く。
唸りを上げるメイスが防具の上から強かに相手の足を払っていく。いや、それは単なる足払いなどという生易しいものではなくて、足の骨の1、2本を簡単に折るような強烈な薙ぎであった。
ドザッ!
相手は芝生の上に転がされて、両足を抑えて呻き声をあげている。
「勝者、青!」
立ち上がれない相手の様子を見て審判が判定を下す。それと同時に、待機している救護担当者に担架を要請するゼスチャーを示す。それを見たカレンは…
「すぐ治しますから、担架は必要ありません」
と言って手をかざして治癒魔法を発動。白い光が右手から放たれて痛めた両足を包むと、倒れていた男子生徒はあっという間に痛みが引いて不思議そうな表情を浮かべる。
「ま、まさかこれが治癒魔法…」
初めて目にした治癒魔法に治してもらった本人が口をパクパクして驚いている。だがそれ以上に驚いたのは、間近でこの光景を目撃した審判と観客スタンドの他校の生徒。騒然とするスタンドを尻目にカレンはというと澄ました表情で…
「それでは失礼します」
一言だけ言い残してから控室へと戻っていく。会場全体にはカレンの回復魔法の印象だけが強く残って、その戦いぶりなど誰もの頭からすっかり抜け落ちていた。
◇◇◇◇◇
2時間ほど間隔を置いてから、今度は明日香ちゃんが1回戦に登場してくる。相変わらずヤル気のない態度だが、昨日のパーティーでたっぷりデザートを補給しただけあって機嫌は上々。だが…
「ふう~… プロテクターがますますきつくなってきましたよ~。さすがに昨日調子に乗りすぎてカロリー高めのデザートを食べすぎました」
あの明日香ちゃんが珍しく食べすぎを反省している! これはひとつの大事件といっても差し支えないであろう。だが彼女はまだ知らない。今夜の食事にも数種類のデザートが用意されており、無料で食べ放題となっている。大会期間中に明日香ちゃんの体重がどこまで増えるのか、これは興味の湧くところかもしれない。
「ただいまから1学年トーナメント第9試合、第1魔法学院二宮明日香対第8魔法学院滝川良治の対戦を行います」
アナウンスが流れると、これまでの試合同様に応援の声が盛り上がる。だがどんなに周囲が盛り上がろうとも、明日香ちゃんは相変わらずの平常運転。
「桜ちゃんとの約束ですから1回は勝ちますけど、私は絶対にそれ以上は頑張りませんよ~」
すでに最低限のノルマを果たすだけだと、明日香ちゃんの中では決定している。一刻も早く目を覚ましてもらえないものだろうか? 本当に明日香ちゃんの目を覚ますのは、目の前にぶら下がったご褒美だけなのだろうか?
そんな明日香ちゃんは青のプロテクターを着けて、手には金属製の槍を持っている。相手の第8学院の生徒は頭一つ明日香ちゃんよりも上背があり手には大型の模造剣を握る、いかにもパワーファイターというタイプに映る。
「トーナメント一回戦、はじめぇぇ!」
開始の声と同時に、相手は明日香ちゃんに向かって斬りかかろうと突進してくる。剣を大上段に構えて力任せに叩き付けようと目論んでいる様子がありあり。だがそんな相手の無謀な攻めの姿勢は明日香ちゃんの目からすると隙だらけに映る。
「えいっ!」
リーチが長い槍を手にする明日香ちゃんはガラ空きの足元を出足払い。宙に浮いている相手の左足に向けて槍が横からすくい上げるように当たると、想像以上の力で横方向に足が持っていかれている対戦者の姿がある。この程度のタイミングを合わせた足払いなど槍術ランク5に上昇した明日香ちゃんにかかればお手軽なお仕事。
「うわぁぁ!」
絶妙なタイミングで足を払われた相手は、その場で踏ん張ろうにも横方向に足を取られてままならず、そのままもんどりうって転倒する。地面に転がった相手の首元に槍の穂先を突きつけると、そこで勝敗が決する。
「勝者、青!」
無様に地面に転がったままで明日香ちゃんの勝ち名乗りを聞いた相手は芝生を叩いて悔しがっているがもう後の祭り。明日香ちゃんを侮って迂闊に攻めようとした挙句に槍のリーチに文字通り足をすくわれた格好。
「はぁ~、これでノルマ達成ですよ~。あとはこの大会をコッソリ抜け出して街に食べ歩きに出られればベストなんですねぇ~」
こうして明日香ちゃんは1回戦を終える。その頃、スタンドでは…
「おいおい、第1魔法学院は1年生のトーナメントに女子を出してきてすでに勝負を諦めているのかと思ったが、あれは只者じゃないな」
「あんなパワフルな棒術に技巧派の槍使いなんて、これは女子といえども相当にレベルが高いぞ」
「そういえば第1魔法学院には勇者がいたはずだけど、もしかしてトーナメントに出ていないということは…」
「おそらくどちらかに負けたんだろうな」
「ヤバくないか?」
「ああ、相当ヤバいだろう」
このような会話が、スタンドで観戦している他校の生徒間ではしきりに囁かれるのであった。
◇◇◇◇◇
明日香ちゃんが1回戦を終えた直後、第3屋内演習場には美鈴が登場している。
「美鈴さ~ん、頑張ってくださ~い!」
大きな声で声援を送っているのは、事実上聡史と美鈴の愛弟子である千里。フィールドに立つ美鈴は千里の声に反応してニッコリしながら軽く手を振って返している。どうやら緊張とは無縁な様子。
「ただいまから魔法部門オープントーナメント第10試合、第1魔法学院西川美鈴対第2魔法学院東千春の対戦を行います」
対戦する相手は昨年のこの大会のオープントーナメントで準優勝をしている第2魔法学院の切り札との呼べる3年生。だが相手と開始戦で向き合う美鈴は彼女の直近の模擬戦を自らの手で分析しただけあってその力量をほぼ正確に把握している。
「トーナメント一回戦、はじめぇぇ!」
試合が始まると同時に相手の魔法が飛んでくる。
「ファイアーボール」
「魔法シールド」
だが美鈴の鉄壁の防御は飛んでくる炎を四散させる。その後は美鈴が1発魔法を放つだけで、あっという間に決着がつく。
「勝者、青!」
一礼をしてから美鈴が控室に下がっていく。その姿を見送るスタンドの生徒はあまりにレベルが高い美鈴の魔法にあっけにとられたまま。やがて驚きから覚めると、徐々にスタンドにはざわめきが広がっていく。
「おい、現代魔法で爆裂する術式の存在って、噂じゃなかったんだな」
「俺も初めて見たけど、いまだに信じられないぞ」
「バカ! それよりもあの魔法シールドに注目しろよ。あんな魔法を使えたら無敵だろうが」
「最強の攻撃力と最強の防御力を併せ持つ魔法使いか… 1年生の身でオープントーナメントに出てくるから何かあるとは思ったが、これはもはや新世代だな」
模擬戦で散々美鈴の力を見せつけられた第1魔法学院の生徒は冷静な態度を保っているが、他校の生徒の間には多大なるセンセーションを巻き起こしている。
そして間もなく、オープントーナメントには立て続けに例の二人が登場する時間が間近に迫る。
◇◇◇◇◇
八校戦格闘部門のオープントーナメントには他の部門と同様に各校2名合計16名の生徒が出場している。
このオープントーナメントが最も注目を浴びる理由は各魔法学院対抗の総合ポイント争いで学年トーナメントの2倍の点数が与えられているためといえる。そのため各校とも最も優秀な生徒をこのトーナメントに送り込んで少しでも多くのポイントを稼ごうとしているのは当たり前だろう。ということで各学年のトーナメントに比べて必然的にレベルが高くなる。
このような理由で各校を代表する腕に自信がある選手が出場しているだけに第1試合から熱戦が繰り広げられており、スタンドには大勢の観客を集めて大きな盛り上がりを見せている。
参加している各校の生徒が多くの試合を観戦できるように、近接戦闘部門のオープントーナメントは時間をズラして開始されているので、他のトーナメントよりも大幅に進行が遅くなっている。
その第3試合が行われている頃、人気のない屋外訓練場の裏手に兄妹がこっそりとやってきて、何やら声を潜めて話をしている。
「お兄様、このような場所にわざわざやってきて、いったい何をお話ししようというのですか?」
「決まっているだろう。トーナメントでどういう戦い方をするか桜に聞いておきたかったんだ」
校内の模擬戦週間でもこのような調子で二人が談合して、あのようなド派手でなプロレスが行われた経緯がある。聡史はこの八校戦をどのように安全に終えるかを念頭に置いて、妹とこの場で話をしているよう。
「私の戦い方ですか?」
「そうだ、桜はどのようにトーナメントで戦うつもりなんだ?」
「それは決まっておりますわ。圧倒的な力の差を見せつけてこの場の全員の度肝を抜くのです」
「そこまでする必要はないだろう」
「お兄様は甘いですわ。誰にもできない圧倒的な力を以って万民をひれ伏せさせて…」
「ひれ伏させるなぁぁぁぁ! いいから普通にやるんだぁ!」
兄の頭ごなしの意見に桜はややむくれた顔。内心大いに不満を抱えているよう。
「まったくお兄様は頭が固いですわね。せっかくの機会ですしちょっとくらい力を見せてもいいじゃありませんか」
「いや、その力を見せつけるのが不味いんだ。ほらこの前、俺が外国のエージェントに襲われただろう。あんな事件が今後とも起こらないという保証はどこにもないんだぞ」
「ああ、お兄様の手によって死者14名、重傷者1名を出したあの件ですか。まったく… 私が知らないところでいい気になって暴れてくださいましたわね」
「ほほう、誰かが理事長一派の拠点にガサ入れに入った結果、死者18名重傷者33名というとんでもない被害が発生した事件がついこの間起きたような気がするな」
「はて、いったい何のお話でしょうか? 私にはまったく記憶がありませんわ」
桜は基本的に嘘がつけない性格。兄の指摘に明らかに目が泳ぎだすので、すぐにバレてしまう。
「だから、なるべく力を隠して戦ってくれ」
「お兄様、私は外国のエージェントなど恐れませんわ。それこそいいカモとして心から歓迎して差し上げますの」
「狙われるのは俺たち本人だけではないぞ。両親や友人を人質に取られる可能性もあるんだ」
「それはさすがにちょっと不味いですわねぇ~」
桜も事の重大性と危険にようやく気が付いたらしい。家族にまで何らかの被害が及ぶとなったら、さすがに慎重にならざるを得なくなる。
「分かってくれたか?」
「ええ、仕方がありませんわね」
「トーナメントでは美晴に稽古をつける程度のレベルでやってもらえるか。もちろん衝撃波や爆裂技は禁止だからな」
「お兄様も同様に力を抑えるつもりですか?」
「ああ、近藤先輩との試合で発揮した程度にする。その他の注意事項としては…」
こうして二人の間では今回の八校戦を安全に乗り切る方策が話し合われるのであった。
◇◇◇◇◇
オープントーナメント第6試合には、満を持して桜が登場する。
「ただいまからオープントーナメント第6試合、第1魔法学院楢崎桜対第5魔法学院並木栄治の対戦を行います」
会場のアナウンスが流れると、ホスト校の選手の登場ということもあってスタンドからは大歓声が沸き起こる。第1魔法学院の生徒も応援の声を送っているのだが、多勢に無勢でその声は掻き消されている。桜からしてみれば完全アウエーの環境でトーナメント初戦を迎える状況。
第1魔法学園の生徒が固まっている場世では、この日の試合を終えた美鈴、カレン、明日香ちゃんの他に、個人戦では出場機会がないブルーホライズンの六人も顔を揃えて、これから始まる試合の行方に注目している。
「桜ちゃんの試合が始まるのね。今回はどんな戦い方を見せてくれるのかしら?」
「美鈴さん、いつものように秒殺してお仕舞ではないでしょうか?」
「桜ちゃんのことですから、いつものように非常識な戦い方をするに決まっていますよ~」
美鈴の問い掛けに対して、カレンと明日香ちゃんが自分の予想を述べている。ことに一番の桜の親友である明日香ちゃんの発言はいつもながら手厳しい。他人には厳しくて自分には優しい明日香ちゃんがそこにいる。
青い入場門からは桜が、赤の入場物からは対戦者がフィールドに登場してくる。大歓声がスタンドを包むが、大半は相手に送られている応援のよう。
だが桜の鋼鉄の神経は、その程度の会場のムードで左右されるようなヤワなものではない。むしろ降りかかってくる相手への歓声を自分へ送られているものと勘違いして会場全体に向かって手を振っている厚かましさを発揮中。
「やっぱり桜ちゃんはいつも通りですね。あの動じない神経は誰にもマネができませんよ~」
「このアウエーのムードを完璧に自分への応援だと勘違いしているわね」
明日香ちゃんと美鈴の呆れた声が交わされているが、カレンはノーコメントを貫いている。
対戦する両者は開始戦で向かい合って審判の注意を受ける。そして注意を終えた審判は両者の表情を見て右手を上げる。
「オープントーナメント第6試合、開始ぃぃ!」
その声とともに、両手剣を扱う対戦者は正眼に構えた剣を桜に向けてジリジリと前進していく。対する桜は、いつものようにオープンフィンガーグローブを両手に嵌めて特に構えを取らずに自然体で立っているだけ。その様子を見た対戦者は…
(なぜだ? 武器を持っていないばかりか構えも取らないのに、どこにもスキがないぞ)
入場してきた桜の姿を見て「武器も持たない女子生徒が相手ならばこの試合は簡単に勝てる」と考えていた相手は、開始の合図で雰囲気が一変した桜の様子を見て戸惑っている真っ最中。
なまじっか剣の腕がそこそこあるただけに、桜から押し寄せてくる無言のプレッシャーを意識と無意識の両面で感じている。剣を振るう前から桜が発する圧力に飲まれている感が手に取るようにわかる。
得体の知れないプレッシャーを感じながらも、自らを励まして対戦者はジリジリと前進していく。試合開始の時点から彼我の距離は半分まで縮まっているが、相変わらず桜は構えも取らずに立っているまま。
押し潰されそうなムードにこれ以上耐えられなかった対戦者は、剣を振り上げて桜に斬りかかっていく。吸い寄せられるように桜の頭上から剣が振り下ろされていく。
(やった! この一撃は決まるぞ!)
これまでの対戦者の経験ではこのスピードの踏み込みと剣を振り下ろす勢いであれば必中のひと振りといえる。通常の相手ならば一撃で勝負が決する手応えを彼は心の中で感じながら全力で剣を振り切る。
ガキッ!
だが空を切った対戦者の剣は桜の姿を捉えぬままに地面に深々と突き刺さっているだけ。
(なにっ!)
急に目の前から消えた桜の姿を彼の眼は追い求めるが、その姿は視界のどこにもない。だが…
「まあまあの剣筋ですが、踏み込みの勢いがまだまだ足りませんね」
声が聞こえてきたのは対戦者の真後ろから。その声に反応した対戦者が首だけそちらの方向に向けると、相変わらず立っているだけで構えも取らない桜の姿。
(一体どうやって移動したんだ?)
彼の背中に一筋の汗が流れる。どう考えてもあり得ない一瞬で、自分の正面から真後ろまで移動した桜の動きが全く読めない。桜が能力を思いっきり抑えても、第5魔法学院を代表するこの生徒には彼女がこの一瞬でどのような動きで背後に回ったのかは理解不能。
(こうなったら攻め続けるしかない)
動きが捉えられないのであれば、どこから攻められるか予想がつかない。事実この時点で桜に簡単に背後を許しているのならば、相手に攻められる前にこちらから打ちかかるしか彼にとって残された手段はない。
(いくぞ!)
意を決して剣を振り上げた相手が桜に迫る。だがその一閃も空振りに終わる。今度は桜が自分の真横に立っている姿を彼は視界の隅に発見。
(クソッ! 今度は横か)
体の向きを変えると、再び彼は桜に向かって剣を振り上げて迫る。だが今回は剣を振り下ろす先に最後まで桜の姿を捉えている。
(やったぞ!)
今度こそと念じながら剣を振り下ろしていく。
バキッ!
だが彼の目は、完全に最後まで桜の姿を捉えてはいなかった。それだけならまだしも、剣に対して急激な横からの力を感じてあわや取り落とす寸前。
桜は剣が振り下ろされる軌道から瞬時に2歩右に移動して、裏拳で振り下ろされる剣の横腹を叩いる。この試合が始まって初めての桜による攻撃は、想像以上に絶妙なタイミングで発揮されたよう。すでにこの時点で対戦者は信じられないモノを見たような表情で一瞬立ち竦むしかできない様子。
「それではそろそろ、こちらからいきましょうか」
今度は桜から踏み込んでいく。相手は懸命に剣を引き戻して対処しようとしているが、そんな悠長な時間を桜が与えるはずがない。
ズドン!
ガラ空きの脇腹にまずは桜の1発目が決まる。軽く撃ち込まれた一撃であったので防具の助けもあって対戦者はギリギリ持ち堪えてはいるが、その表情は明らかに苦悶に満ちている。
(ク、クソォォォォ!)
歯を食い縛って再び桜に向けて剣を振るうものの、当然その先に桜の姿はない。
「こっちですよ」
再び背後から桜の声が響く。そちらのほうに向けて有りっ丈の力を込めて対戦者は剣を横薙ぎにしていくが、すでに桜の姿は消え失せたあと。
ズドン!
今度は背後から対戦者に衝撃が走る。フック気味に横から放たれた桜のパンチが、彼の脇腹を抉っている。
「く、くくく」
声にならない声を上げると、対戦者の体はゆっくりと芝生が敷き詰められた地面に崩れ落ちていく。
「勝者、青!」
盛んに声援を送っていた自校の代表が呆気なく敗北した様子にスタンドはシンと静まり返る。あまりの格の違いを見せつけられてどうやら声も出せないよう。
「おかしいですねぇ~… 私の勝利を喜ぶ声が足りませんわ」
フィールドでは相変わらず桜が勘違いしたままで首を傾げている。最初からお前の応援じゃないんだと、どうか早く気が付いてもらいたい。
「やっぱり桜ちゃんでしたね」
「どこをどう動いているのか、こうして外野から見ていてもわからないんだから、相手は対処しようがないわ」
「でも事故もなく、無事に桜ちゃんの1回戦が終わってよかったです」
スタンドで観戦しているパーティーメンバーのそれぞれの意見が揃う。下手をすると死人が出るのではないかと危惧していただけに、三人はホッとした表情。そもそも桜が模擬戦を行うなど、これ以上ないほどデンジャラスな行為といえよう。
こうして疎らな拍手を受けつつ、いまひとつ納得がいかない顔で桜は退場していく。もちろん納得がいかないのは、拍手の少なさであるのは言うまでもなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
トーナメントが進むにつれて熱気の度合いを増していく八校戦。桜が圧倒的な強さでかつ進むのに対して聡史はどう出るか…
この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます