第45話 トーナメント進行中
オープントーナメント第8試合には聡史が登場してくる。入場門から姿を現すと、ブルーホライズンが声をからして応援を開始する。
「師匠! 頑張ってくださ~い!」
「師匠! 期待していますよ~!」
この程度の黄色い声援を送るのならまだしも、美晴はスタンド席から立ちあがってド派手な大漁旗を大きく左右に振っている。彼女の実家は静岡県で漁業を営んでおり、わざわざ聡史の応援のために以前使用していた古い大漁旗を送ってもらっている。
スタンドの一角から響き渡るブルーホライズンの歓声と、左右に大きくはためいている大漁旗をフィールドから見やっている聡史は思わず苦笑。
「あいつらの期待に応えないといけないな」
独り言のようにしてそう呟くと、聡史はスタンドに向かって軽く手を振る。
その聡史の手に一斉に反応したブルーホライズンは、両手を頭上に挙げて手を振り返す。まるで打ち合わせをしていたかのような一糸乱れぬきれいに揃った行動。さらにその背後では、大漁旗がブンブンと勢いを増して左右に振られている。聡史はどれだけ彼女たちに愛されているのだろうか?
「ただいまからオープントーナメント第8試合、第1魔法学院楢崎聡史対第6魔法学院桂義男の対戦を行います」
入場門から登場した第6魔法学院の桂という選手は、近藤勇人に匹敵する巨漢。だがそれだけではない。この選手は昨年のこの大会の決勝で勇人に敗れて、この一年間その借りを返すためだけにひたすら剣の腕を磨いてきた経緯がある。
相手選手が聡史の姿を見て、大音声で問うてくる。
「おい、なぜこの場に貴様が立っている? 近藤はなぜいないんだ?」
聡史を見下ろすが如くの高い位置からフィールドに響き渡る声が発せられている。その問いに対して聡史は「いまさら聞くまでもないことをなぜわざわざ聞くのだろうか?」と心の中で考えているが、表情には出さずにポーカーフェイスのまま。
「俺が学内トーナメントで近藤先輩を破ったからです」
「そうか… ならば貴様を打ち破ることこそが、俺が近藤を上回っているという証明になるな」
不敵に笑う桂に対して、聡史は一片たりとも表情を崩さずに静かに開始の合図を待っている。ひとりの人間に勝ちたいと望むこと自体は間違いではない。だがその欲求のみに囚われるのは妄執に繋がる。その意味が理解できるかどうかはわからないが、聡史は相手に一言だけ短い言葉を残す。
「残念ながら俺は近藤先輩ではない。あの人の代理として見られるのは不本意だ」
「貴様の意見など無用だ! 俺は近藤だけを目指してこの一年をひたすら剣技の向上に費やしてきたんだからな」
どうやら聡史の思いは伝わらなかったよう。煌々と輝く目を聡史に向けて、ひたすら打倒を誓っているかの態度は改まる気配はない。
こうしている間に審判からの注意も終わって、両者が睨み合っているまま試合の開始が宣言される。
「オープントーナメント第8試合、開始ぃぃ!」
その合図が終わるや否や、桂は大上段に剣を振り上げて聡史に襲い掛かっていく。
ガキーン!
頭一つ高い位置から振り下ろされた剣を聡史は片手で軽々と受け止める。そのまま鍔迫り合いに持ち込むと、聡史はニヤリとして桂に言葉を投げつける。
「近藤先輩のほうが、明らかに剣の勢いが勝っているな。その程度の腕では先輩に返り討ちに合うのが関の山だ」
「なんだとぉぉぉぉぉ!」
桂はさらに大剣を握る両手に力を込めて上から押し潰そうとするが、片手で剣を支えている聡史は微動だにしない。むしろ逆に下から大剣を押し返している。
「ほれ、懐がガラ空きだぞ」
そう言うと、片手で大剣を支えたままで聡史は前蹴りを放つ。
「グホッ!」
防具の上からの蹴りであっても、たったその一撃だけで桂の巨体は後方に吹き飛ばされていく。聡史が放ったパワフルな蹴りは一撃で相手の戦闘力の大半を奪っている。
「ひ、卑怯な… 剣のみで決着をつける試合を小バカにしやがって…」
手にする剣を杖の代わりにしてようやく立ち上がった桂は聡史の前蹴りをなじるようなセリフを吐くが、このセリフに聡史をカチンときたよう。
「バカはお前だ! 魔物相手に剣のみで決着をつける試合だと説得できるのか?」
「なんだと! そ、それは…」
聡史の正論に桂はぐうの音も出ない表情。ダンジョンで魔物を倒すために剣の技を磨いているはずが、桂にとってはいつの間にか剣技そのものが目的と化していた。剣はあくまでも魔物を倒すための手段のはずが、彼の近藤に対するライバル意識が高じるあまりに目的と手段を取り違えていたという事実に気付く。
「お前は近藤先輩の足元にも及ばない人間だ。背伸びしないで己の器に合わせた生き方をしろ!」
桂は聡史の突き付けた言葉にガックリと項垂れている。だが思い直したように大剣を両手で握り締めると、体に残っている力を振り絞って立ち上がる。
「どうやら俺が間違っていたようだ。もう近藤のことはどうでもいい! この場は貴様との決着をつけるまでだ!」
「少しはいい目になったな。掛かってこい」
聡史が指をクイクイと動かすと、再び桂は剣を振り上げて向かってくる。
だが、気持ちは前を向いてはいても、フラ付く足取りでは聡史の相手にはなるはずもない。
ズバッ!
聡史の踏み込みが圧倒的に早くて、手にする剣が横薙ぎに桂の胴に食い込んでいる。
「み、見事だ… 大した腕だ…」
それだけを言い残すと、桂は白目を剥いて意識を手放す。
「勝者、青!」
審判の判定が下ると、スタンドの一部から黄色い歓声が上がる。
「師匠ぉぉぉ! さすがですぅぅぅ!」
「師匠はやっぱり格好いい!」
そして黄色い声の背後では、大漁旗がさらに勢いを増してバタバタと振られているのであった。
◇◇◇◇◇
翌日になると、各トーナメントの2回戦がスタートする。第1魔法学院のトップを切って登場したのはカレン。もちろんパワフルな棒術の威力をいかんなく発揮して、準決勝進出を決めている。
カレンに続いて登場したのは明日香ちゃん。入場を待っている間に明日香ちゃんは、ひとりで何かブツブツ呟いている。
「うう… ますますプロテクターがきつくなってきました。夕食に出されたデザートが全部悪いんです」
さすがは明日香ちゃん。食べた自分が悪いのではなくて、無料のデザートがそこに置いてあるのが悪いと見事な責任転嫁をしている。
それはともかくとして、現在の明日香ちゃんはステータスのレベルが33となっている。カレンの補助魔法を得ているとはいえ、ダンジョンの中層でオーガまで倒しているという実績は1学年トーナメント参加者の中でも群を抜いている。というよりも、魔法学院の全生徒の間に入ってもナンバーワンの実績といえよう。もちろんこの場合は兄妹の二人は例外として勘定している。
これでもっと精神面で成長してくれたら立派な冒険者になれるのだが、モチベーション維持にはあま~いデザートが欠かせないという致命的な欠陥を明日香ちゃん自身が抱えている。実に困ったものだ…
とはいえ大阪に来てから無料のデザートに事欠かない明日香ちゃんは、体調とご機嫌に関しては上々なよう。唯一困っているのは、すでにレッドゾーンを軽く突破している体重だけ。
「さあて、今日は心置きなく負けますよ~」
すでに学年トーナメントで1勝を挙げているので、明日香ちゃんはノルマを果たしたと考えている。これ以上無駄な試合など1戦もしたくないという本音が駄々洩れ。もう朝から負ける気満々で試合時間を迎えている。
「ただいまから1学年トーナメント2回戦の第4試合、第1魔法学院二宮明日香対第4魔法学院北村英二の対戦を行います」
ポッコリと膨らんだお腹を抱えながら明日香ちゃんが入場してくる。槍を手にしていつものようにヤル気に欠ける表情に気付く人間はいないよう。
対する相手は、1回戦を苦戦しながらも勝ち抜いた第4魔法学院の男子生徒。彼はもちろん明日香ちゃんが1回戦で鮮やかな槍捌きを見せて楽勝した事実を知っている。事前に明日香ちゃんの戦いぶりを見てしまったがゆえに、彼は必要以上に彼女を警戒している様子が窺える。明日香ちゃん自身はこれっぽっちも勝つ気などないとも知らずに…
(どう見てもヤル気がない様子だが、俺の油断を誘う作戦に違いないぞ)
いやいや、実際に明日香ちゃんにはヤル気がないんだから、そのまま見た通りに受け取ればいいだろうと外野は考える。だが実際に試合前の緊張感と1回戦の明日香ちゃんの鮮やかな勝ちっぷりによって、彼自身が疑心暗鬼に陥っているらしい。
「第4試合、始めぇぇ!」
審判の右手が上がって、明日香ちゃんの2回戦が開始される。
(どんな相手か全然知りませんが、痛くないように負けますよ~)
どこにも力が入らないユルユルの姿勢で槍を握る明日香ちゃんではあるが、見ようによっては肩の力を抜いてリラックスして試合に臨んでいるようにも見えてくる。
(な、なんだかどこにも気負いがない自然体の極致を見ているようだぞ)
相手は大きな誤解をしている。格闘術において自然体で臨めるようになるには相応の期間の訓練が必要で、明日香ちゃんのレベルでは到底そこまで達してはいない。ただ単に力を抜いて負けようとしているだけだというのに。
だが相手としては、まさか明日香ちゃんが負けようなどと考えているとは夢にも思っていない。さらに警戒を強めて、迂闊に打ち掛からないようにして防御に徹する姿勢を保っている。
(一体何ですか? そんなに離れた場所で殻に閉じこもっていないで、早くガンガン攻撃してきてくださいよ~。こっちは早く負けたいんですから)
防御に徹する相手の様子を見て、明日香ちゃんは早く来てくれと考えている。さらに…
(もう、いつまでそんな所で固まっているんですか! こうなったら軽く槍を振って、相手の動きを引き出してみますよ~)
明日香ちゃんは徐々に接近すると、細かく槍を突き出しながら牽制を開始。この明日香ちゃんの姿を見て、相手は慌手た表情に打って変わる。
(あっちから前に出てきたぞ! それにしても、なんて素早い槍の動きだ。やはり最初のあの態度は油断を誘う罠だったんだな)
徐々に接近してくる明日香ちゃんの様子を見た相手は、ますます防御を固めていく。
(もう! これだけ接近して誘っているんですから、早く掛かってきてください! もうちょっと槍を大きく動かして誘ってみますよ~)
明日香ちゃんの槍はすでに相手に届く場所まで穂先が来ている。やや大きく動かす槍の先端は何度も相手の剣とぶつかり合う。そして…
キーン!
ひと際大きく当たった明日香ちゃんの槍が相手の剣を大きく撥ね飛ばすと、握っていた剣がすっぽ抜けて彼方に飛んでいく。
「ま、まいった!」
剣を失った相手はそこで勝負を諦めている。自分で作り上げた明日香ちゃんの虚像に惑わされて自分を見失った結果、何も攻めないうちに明日香ちゃんの軍門に下ってしまったらしい。
「ええええええ! な、なんでこの程度で諦めるんですかぁぁぁ!」
明日香ちゃんは相手が剣を拾って再び試合の再開を待っているつもりだった。それが急に相手が「まいった」をしてしまって、完全に梯子を外された格好。
「勝者、青!」
こうしてまたまた明日香ちゃんは、本人の希望とは裏腹に勝ち残ってしまった。ガックリと項垂れて、ため息をつきながら控室へとトボトボ戻っていく。そう、それはまるで明日香ちゃんが敗者のように周囲には映っている。
「誰かぁぁぁ! 早く私を負けさせてくださいぃぃぃ!」
誰もいない控室には、明日香ちゃんの叫び声だけが響くのであった。
◇◇◇◇◇
八高戦は3日目を迎えて、個人トーナメントは3回戦が開始されている。
聡史たち〔デビル&エンジェル〕の面々は、トーナメントを順調に勝ち上がって3回戦に進出していた。
トップを切って準決勝に登場したカレンは、圧倒的なパワーで押し切って決勝一番乗りを果たした。もちろんダウンして立ち上がれない対戦者を回復魔法で治癒してから悠々と控室へと戻っていく。
その姿はすでにスタンドで観戦する生徒にもお馴染みの光景となっており、カレンの魔法の存在を実際に目にした彼らは、ゆくゆくはもっと回復魔法が一般的になってダンジョン攻略が優位に進められる未来に希望を抱いているのであった。
続いて個人戦に登場したのは、明日香ちゃんであった。派手さと気負いとヤル気は全く感じられないが、観衆が思わず見惚れてしまうほどの槍捌きで、またまた不本意にも勝ち上がってしまった。
この結果、近接戦闘部門の1学年トーナメントは第1魔法学院同士の戦いとなって、9月に行われた模擬戦週間の再現となる。当然ながら前回同様にカレンから明日香ちゃんに真剣勝負の申し出が行われたのは言うまでもない。
かくして決勝戦は、模擬戦週間のリベンジに燃えるカレンと、しぶしぶ本気で臨む明日香ちゃんとの対戦となるのであった。
◇◇◇◇◇
1学年トーナメントの魔法部門はどうかというと…
「ただいまから1学年トーナメント準決勝第2試合、第4魔法学院マリア=ブロビッチ対第2魔法学院安藤薫の対戦を行います」
「「「「「「「「「ウオォォォォォォ!」」」」」」」」
スタンドに詰めかけた観衆からは、会場全体が揺れるような大歓声が湧き起こる。
1年生の魔法部門のトーナメントでは第1魔法学院の生徒は3回戦までに姿を消している。代わって注目を集めているのは、第4魔法学院に留学しているマリア。そしてたった今彼女の試合が開始されている。
「ファイアーボール!」
「結界構築ですぅぅ!」
マリアは対戦者の魔法が飛んでくる前に体の周りに瞬時に結界を構築して防ぎとめると、すぐに反撃に移る。
「アイスバレットですぅ!」
結界の小さな穴から指先だけ突き出したマリアの手から無数の氷の弾丸が飛び出して、そのまま一方的に相手を破っている。
しゃべり方は何とも頼りないが、マリアの魔法技術は目を見張るものがある。強固な結界と一帯を制圧して逃げ場をなくす氷魔法で常に圧倒的な勝利を挙げている。
「これはもう優勝は決まったな」
「攻守ともに全くスキがないなんて、どうやって攻略するのか全く思いつかないぞ」
「あんな魔法使いが存在するなんて、世界は広いな」
スタンドで観戦している他校の生徒たちは、そのあまりのレベルの高さにため息をついている。中には…
「第1魔法学院の魔法使いとどっちが上なんだ?」
「いい勝負になるんじゃないかな」
マリアと美鈴を比較する生徒の姿がそこら中に見られるのであった。
◇◇◇◇◇
魔法部門のオープントーナメントでも、美鈴と並んで注目を集めているのは留学生のフィオレーヌ。彼女の洗練の粋を極めた魔法の数々は美鈴すら上回る種類を誇っており、魔法属性の宝箱のようにあるゆる属性を思うがままに操る姿は、あたかも異世界の賢者や大魔法使いを思わせる。
「魔法部門は第1と第4の一騎打ちだな」
「あの二人の間に割り込むのは難しいだろう」
「最近魔法のレベルが一気に上がっている気がするぞ」
「俺たちも新しい術式をドンドン取り入れていかないと置いていかれるな」
マリアの魔法を目撃した生徒と同様に、スタンドの生徒たちは世界の広さを実感しているのであった。
◇◇◇◇◇
オープントーナメント格闘部門でも留学生旋風が吹き荒れている。トーナメントに出場しているマギーが次々に対戦相手を瞬殺して誰も手が付けられない状態。桜と同様に武器を手にすることなく徒手空拳で戦う姿は、一片の芸術を思わせる華麗にして力強い動きを感じさせる。
「留学生は、揃いも揃ってヤバい連中だな」
「レベルが高すぎて、俺たちじゃ相手にもならないだろう」
「第1魔法学院の双子とどっちが強いんだ?」
「そんなのわかるはずないだろうが! どっちもレベルが違いすぎて、俺たちでは判定なんかつかないんだよ」
どうやらスタンドで見ている生徒の大半は、予想すらも不可能と匙を投げているようであった。
◇◇◇◇◇
午前中に全てのトーナメントの準決勝が終了すると、午後からは格闘部門のオープントーナメント準決勝が開始される。
この時点で第1魔法学院ですでに何名か個人戦の決勝進出者が決まっており、その名前を以下に挙げておく。
格闘部門1年生トーナメント …… 二宮明日香、神崎カレン
格闘部門3年生トーナメント …… 近藤勇人
魔法部門3年生トーナメント …… 有栖川鳴海
魔法部門オープントーナメント …… 西川美鈴
第1魔法学院では1年生と3年生が活躍を見せているが、2年生はやや劣勢の感が否めない。間に挟まれた谷間の世代というのはどこにもある話だから、部分的にこのような現象が起きるのはいた仕方がないのかもしれない。
そしてこれから行われるオープントーナメント格闘部門準決勝で第1魔法学院6人目の決勝進出者が決定する。なぜかといえば、準決勝の第2試合は兄妹の対戦となっているから。
八高戦のトーナメントは全種目シード枠は設けておらず、すべて純粋なクジ引きで決定される。場合によっては初戦から同一校同士の対戦もあり得る。運も実力のうちという観点から、このような制度が運営委員会で決定されている。
準決勝第1試合では、大方の予想通りマギーが圧勝して決勝進出を早々と決定する。勝ち進んだマギーと対戦するのは兄か妹か… この点に大きな注目が集まっているのは言うまでもない。
「ただいまから近接戦闘部門オープントーナメント準決勝第2試合、第1魔法学院楢崎聡史対第1魔法学院楢崎桜の対戦を行います」
「「「「「「「「「ウオォォォォォォ!」」」」」」」」
スタンド全体が揺れるような大歓声が湧き起こる。青い入場門から桜が、赤い入場門から聡史がフィールドに入場してくる。
ここまで兄妹は、当初の打ち合わせ通りに実力をひた隠しにして模擬戦を勝ち抜いてきた。一見その戦い振りは地味に映るが、他の生徒を圧倒し続けているのは誰の目にも明らか。
「お兄様、この場でどちらが上か白黒つけて差し上げますわ」
「桜、ずいぶん大きく出たな! 勝ち残るのは強いほうだぞ」
開始線上では自信に満ちた両者の舌戦が開始されている。兄妹双方には、ひと欠片も譲る気はなさそうだ。そして…
「準決勝、開始ぃぃ!」
審判の手が掲げられて、いよいよ八高戦の待ちに待ったメインイベントが開始される。
「お兄様、ご覚悟を!」
瞬時に桜が加速を開始する。誰の目にも捉え切れない速度で聡史に接近すると、挨拶代わりの1発を放つ。真正面からの強烈なストレートが聡史に向かって突き進む。
「甘い!」
だが聡史は、桜の速度に負けない素早さで巧みに体を開いて直撃を避けると、その体に向けて手にする剣を振り下ろしていく。
当然桜はこのような反撃が来ることなど最初から予測済み。これまた瞬時にサイドステップで剣の軌道の範囲から外れると、再び聡史の側方からフック気味のパンチを繰り出していく。さらに聡史の剣がパンチの軌道を見切って薙ぎ払われると見るや、桜は一歩退いて剣が通り過ぎてから再び聡史に向かって踏み込んでいく。
「そう来ると思っていたぜ!」
剣を戻しても間に合わないとみるや、聡史は突っ込んでくる桜に向かって前蹴りを放つ。桜のストレートと聡史の蹴りがぶつかり合う。
ドッパーーーン!
生身の肉体同士が放ったとは思えない破裂音が会場全体に広がる。パンチと蹴りの勢いで圧縮された空気同士の波紋が合成された結果、巨大な疑似的爆発音が発生したよう。当初は聡史と桜の間には爆発と衝撃波禁止という申し合わせがあったのだが、まさか音波同士が合成されて爆発音を轟かせる事態はさすがに予想外。
だが会場は…
「これだぁぁぁ! この派手なブッ放し合いを待っていたんだぁぁぁ!」
「盛り上がってきたぞぉぉぉ!」
どうやら、模擬戦週間での聡史と桜の戦い振りは八校戦参加生徒の間ではかなり噂が広まっているよう。誰もがこの派手な爆発を期待しているのは言うまでもない。
聡史と桜にもこの会場の盛り上がりは伝わっているが、今回はフィールドの周囲に結界を展開していないので、これ以上技をヒートアップさせるわけにはいかない。互いの間で相殺される規模の衝撃波で何とか留めて被害が周辺に及ばないように気を使わないとならない。こう見えても技の威力を抑えるのもなかなか骨が折れるのだ。
だがフィールド上での二人はスタンドから見る限りは目にも留まらぬ速さで動き回っては、外野からはよくわからない攻撃を打ち合っている。そのたびに派手な破裂音が響き渡るので、スタンドの生徒たちはまるでアトラクションを見ているかの如くに、楽しんでいる。対戦している二人が威力を懸命に抑えている苦労など全く知らないままに…
そしてついに両者の対戦は、決着を迎える。模擬戦週間ではジャンケンという締まりのない方法であったが、今回こそはもっとキッチリした決着をつけてもらいたい。
「フフフ、お兄様も中々やりますわね」
「妹の後塵を拝してばかりでは兄としての面目が立たないからな」
「その面目を跡形もなく叩き潰して差し上げますわ」
「潰せるものなら潰してみるんだな。兄としてのプライドを賭けてやるぞ」
開始線付近で睨み合う兄妹は、いよいよ最後の決着に向かって突き進んでいく覚悟を決める。
「参りますわ」
「行くぞ」
両者が一斉に走り出すと、フィールドの中央で重心を低くして構える。
「「せーのっ! ジャンケンポン!」」
桜がグーで聡史がチョキだった。
「あっち向いてホイっ!」
桜が左を指さして、聡史は下を向く。一度では決着がつかずに、再度ジャンケンを開始する二人。
「「せーのっ! ジャンケンポン!」」
桜がパーで聡史はチョキ…
「あっち向いてホイっ!」
聡史は右を指さすが、桜は上を向いている。
こうして決着がつかずに、3回目が始まる。だがここから先は、あっち向いてホイの常識を覆す恐るべき対戦がスタート。いわば超次元あっち向いてホイが兄妹の間で繰り広げられていく。
ジャンケンで勝った桜はありとあらゆるフェイントを用いて、最後には聡史の顔面を殴りつけるように右を示す。いや、むしろ完全に聡史の顔面を狙っていた。
だが聡史は桜の最後の指の動きを見極めて体を沈めながら飛んでくるフックのような強烈な指先を避けている。桜の右手が通った跡には、一陣の猛烈な強風が吹き抜けていく。
「さすがはお兄様ですわね。次こそは討ち果たしてみせますわ」
「今度は俺が勝つ番だからな」
こうして4回目が始まる。今度は聡史がジャンケンで勝つ。
聡史は剣を握りながら、桜と同様にありとあらゆるフェイントを掛けながら目にも留まらぬ速さで剣を振りぬく。剣を握る右手の人差し指が一本だけ立っているので、これでもれっきとしたあっち向いてホイである。
「あっち向いてホイッ!」
だが桜も聡史の動きなど完全に見切っている。身を屈めて剣を軽く避けると、不敵な笑みを浮かべている。
「そのような甘い攻撃では、私を引っ掛けることなど不可能ですわ」
「クソッ! 裏をかいたつもりだったのに」
そしてついに迎えた5回目、今度はジャンケンで桜が勝った。
「お兄様、参りますわ。あっち向いてホイッ!」
様々なフェイントを掛けたのちに、桜は右手を振るうフリをして最後の最後に左手をフック気味に振るった。
「しまったぁぁぁぁ!」
見事に桜のフェイントに引っかかった聡史は、その顔面にまともに桜のパンチを食らってフィールドの30メートル先まで吹き飛んでから3回バウンドして倒れた。濛々とした土煙の中で、地面に這いつくばる聡史が姿がある。
スタンドで見ている観衆からは果たして大丈夫なのかと息を飲んで見つめているが、聡史はピクリとも動かない。
「い、今、お兄さんは桜ちゃんのパンチをまともに食らいましたよね」
「だ、大丈夫なのかしら? まさか死んでいないわよね」
明日香ちゃんと美鈴が不安げな表情を向けている中で、カレンはすでに席から立ち上がっている。
「わ、私が回復魔法で聡史さんを助けてきます!」
今にもカレンはスタンドの最前列からフィールドの飛び込もうという勢いだ。その時…
「いや~、久しぶりに桜のパンチを食らったけど、効いたな~。今回も俺の負けか~… これで4連敗だな」
ムクっと起き上がった聡史は、頭を掻きながら何事もない表情で立ち上がる。その表情からして、大したダメージを負ってはいないよう。
「勝者、青?」
審判の右手が上がって、この試合の勝敗が決した。だが審判自身、こんな形で試合が決まっていいのかという複雑な表情をしている。とはいえ聡史本人が負けを認めているのだから、他に判定の出しようがなかったのであろう。
ともあれ、準決勝の勝敗はこれで決する。決勝に進出したのは桜で、先の試合で勝利したマギーとの対戦が決定する。
ただし、あれだけ盛り上がっていたスタンドでは、今一つ締まらない決着に微妙な雰囲気が漂うのは否めなかった。
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