第46話 個人戦決勝 1


 八高戦は4日目を迎えて、いよいよ個人戦各種目の決勝戦が行われる。


 各種目の決勝戦は全て第1屋外訓練場で実施されるとあって、この日は朝からいい席を確保するために各校の生徒が続々と詰め掛けている。


 もちろん第1魔法学院の生徒たちも例外ではなく、指定された応援席はあっという間に埋まっている状況。


 そのような中で、聡史はギリギリまで美鈴と決勝の戦術打ち合わせをしていたため彼がスタンドに姿を現した時には後方の座席しか空いておらず、已む無く一番後ろの席に腰を下ろそうとする。だが…



「師匠、こっちですよぉぉ! 師匠のために席を確保しておきましたぁぁ!」


 スタンドの下から聡史を呼ぶ声、その声の主は美晴で間違いない。桜の次に声がデカいのは美晴というのがEクラス全体のもっぱらの意見。スタンドに姿を現した聡史に真っ先に気が付いて大声で呼び掛けている。彼女の右手には竿に巻いた派手な布地が存在感を醸し出す。決勝戦は大漁旗をはためかせて応援する気満々の様子。



「わざわざ席を取ってもらってすまなかったな」


「せっかくの決勝戦をこうして間近で見られるんですから、師匠と一緒に応援したかったんですよ~」


「それにしても、昨日の師匠は残念でしたね」


「正々堂々とあっち向いてホイで決着をつけたんだから、全然気にしていないぞ」


 ブルーホライズンに取り囲まれながら聡史は昨日の桜との激戦を振り返っているが、その表情には悔いはなさそう。むしろ妹に4連敗を喫したとはいえ、サバサバした表情をしている。そもそもジャンケンやあっち向いてホイで勝った負けたと騒ぐほうが間違いだと彼自身も悟っているいる。むしろそれが当たり前だろう。



「それよりも師匠、桜ちゃんからあんな強烈なパンチを食らって本当に大丈夫なんですか?」


「そうですよ! 30メートルも吹き飛ばされて地面に3回バウンドしていましたから、師匠が立ち上がるまでは心配で心配で生きた心地がしなかったんですよ」


 渚と真美が聡史のダメージを心配するが、それをよそに聡史は全くの平常運転。



「ああ、あのくらいのパンチなら桜と俺で訓練している時にはしょっちゅう食らっているから特に心配する問題ではないな」


「タフすぎるぞぉぉ! 師匠はどこまで丈夫にできているんですかぁぁ?!」


 聡史の話を聞いた美晴が驚きの声を上げている。このところ散々桜からパンチの雨あられをもらっているだけに、聡史の頑丈さが信じられない様子。



「でも、それでこそ私たちの師匠よね。タフで頼り甲斐があって!」


「私たちはどこまでも師匠についていきますから!」


 絵美とほのかが口を揃えて聡史を褒めちぎっている。本当に彼女たちから愛されている聡史。クラスメートのモテない男子たちからすると恨み言の数百も並べたくなるような光景が繰り広げられている。


 ここでこれまで敢えて口を出さなかった千里が聡史に気になる点を質問する。



「聡史さん、美鈴さんの決勝戦ですが、相手はかなり強力な留学生の魔法使いです。勝算はあるんですか?」


 千里は同じ魔法使いとして美鈴の試合の行方を案じている様子。表面的な相手の魔法の威力ではなくて、その魔法や術式に込められている高度な内容について気が付いている表情が見て取れる。千里の懸念を聞いた聡史は彼女が持っている魔法センスの高さに逆に目を細めている。



「千里が心配するのはもっともだな。普通に戦ったら美鈴でも圧倒される相手だと俺も考えている。だがこの大会は何も勝つためだけに存在しているわけではないぞ。何かを発見して自分の能力や技術に生かせれば、それだけで真の目的を達しているんだ」


「さすがは師匠だな。含蓄があるぜ!」


「美晴は師匠の言葉の意味を半分も理解していないでしょうがぁぁ!」


「そ、そんなことはないよ~! 何事も勉強だと師匠は言いたいんだろう」


「そうだ。美晴の答えで大体合っているから、全員この大会で何かを学び取るんだぞ」


 脳筋の美晴にしては、聡史から合格をもらえる回答が出来たよう。これは奇跡だろうかとメンバーたちは目をパチクリしているのを尻目にして、ひとりだけ美晴はドヤ顔で踏ん反り返っている。こういうところで調子に乗るのは悪い癖といえよう。


 ともあれこのようなメンバーたちの仲の良さと何でも言い合える関係性が、ブルーホライズンのパーティとしての結束の強さと互いをフォローし合う絶妙なチームワークを生んでいる。つい最近加入したばかりの千里もすっかり打ち解けてずっと一緒に戦っているような雰囲気で他のメンバーたちの間に馴染んでいるのは、聡史にとっても安心材料だろう。



 



   ◇◇◇◇◇






 時刻は午前9時半、いよいよ各種目の決勝戦が開始される。1学年格闘部門トーナメント決勝から始まり、午前中に2学年の決勝を終えて、午後は3学年及びオープントーナメントの決勝というタイムスケジュールが組まれている。


 そして個人戦決勝のトップを切って登場したのは、明日香ちゃんとカレン。ヤル気のない態度は一旦封印して真面目な表情で開始線に立っている明日香ちゃんと、今回こそはリベンジを誓うカレンの姿がフィールドにある。



「決勝戦、開始ぃぃ!」


 合図とともにカレンの猛攻がスタートする。メイスを左右から振りかざして明日香ちゃんの槍を弾き飛ばそうと迫る。だが明日香ちゃんもさるもので、カレンを上回る技量を生かして巧みな槍捌きでメイスの猛攻を凌いでいく。



「すげえ打ち合いだな!」


「槍の穂先がブレて見えるほどの素早さですよ!」


「槍とメイスが唸りを上げてぶつかり合うって、尋常な戦いじゃないわよ!」


 美晴、絵美、渚の3人が、感嘆した声を上げている。彼女たちはすでにレベル17に達しており、各自の盾や槍のスキルはランク3まで上昇している。だからこそこの激戦の模様をハッキリとその目で捉えられているよう。


 

「師匠、カレンさんって本職は回復役ですよね。本来なら後方支援要員なのに最前線に立っていても十分にやっていけるんじゃないですか?」


「まあ、身を守るために始めた棒術だけど、桜の指導に熱が入っていつの間にかこんな姿になっていた」


 真美の質問に聡史が苦笑いしながら答えている。聡史たちのパーティーでは護身術のはずが身を守る範疇を大幅に超えてしまう。後方支援要員でも前衛以上に働けるという、まったく常識から逸脱したパーティーだといえよう。


 時折カレンの背後に撲殺天使のスタンドが浮かび上がるが、まあこれも無理もない現象であろうと自ずと頷けてしまう。


 明日香ちゃんとカレンの決勝戦はしばしの打ち合いが続くが、前回の模擬戦と同様に時間の経過とともに明日香ちゃんが優勢に試合を進めだす。


 

 パシッ!


 そして前回同様に明日香ちゃんの槍がカレンの小手を叩いて、カレンはついにメイスを取り落とす。そのまま喉元に槍の穂先を突き付ける形で今回も勝敗は決する。



「勝者、青!」


 遂に明日香ちゃんが全国の魔法学院1年生の頂点に立ってしまった瞬間であった。同時に八高戦の格闘部門で女子が優勝したのは初という偉業も達成している。


 だがこのような誰もが羨む偉業は明日香ちゃんにとってはどうでもいい話。いま最も彼女が気にかけているのは夕食のビュッフェで提供される無料のデザートのおかげでポッコリと膨らんでしまったお腹に尽きる。これを何とかしないとますます女子としてヤバい状況に陥るのが明白なだけに、本人も本格的に焦り出しているよう。



 しばらくすると決勝戦を終えて防具を解いた明日香ちゃんとカレンの二人が観戦スタンドに戻ってくる。第1魔法学院の生徒が集まっている応援席では両者の健闘と優勝と準優勝という最高の結果に歓声と温かい拍手に包まれる。



「明日香、頑張ったな。優勝おめでとう」


「すごかったよ! 八校戦で優勝するなんて名誉だよね」


 ブルーホライズンからも同じクラスの仲間として明日香ちゃんにオメデトウの声が飛んでいる。Eクラス最弱の存在であったにも拘らず、こうして頂点に立った明日香ちゃんを誰もが祝福している。この状況を喜んでいないのはたったひとり、まったく望んでいない優勝を心ならずもしてしまった明日香ちゃん本人だけであろう。


 そもそも魔法学院を受験したのも「魔法学院に入学すれば憧れの魔法少女になれる気がする」という、水溜まりよりも浅い考えが動機となったもの。


 だが、そんな明日香ちゃんでも、個人戦を無事に終えた点に関してはホッとしている。



「結果はともかくとして、これで私の出番はお仕舞ですよ~♪」


 今にも歌い出しそうな明るい声だが、明日香ちゃんは何も気が付いていない。そもそも開催要項すら頭に入っていないヤル気のなさを前面に押し出している。こんな調子で優勝してしまって負けて悔しい思いをしている他校の生徒の皆さんに謝ってもらいたい。心から陳謝してもらいたい! この場で土下座しろ。(怒り)


 

「明日香は、この後に始まるチーム戦にも出るんだろう?」


「師匠たちのパーティーの一員だからダブル優勝のチャンスだよな!」


「今度は私たちと一緒に頑張りましょう!」


 美晴、渚、真美が揃って明日香ちゃんに絶望の宣告する。そしてチーム戦のことなど今初めて聞いたような顔の明日香ちゃんは、付近一帯に響き渡る絶叫を上げる。



「ええええええええええええ! まだ試合が続くんですかぁぁぁぁぁ!」


 個人戦が終わって完全に油断していた明日香ちゃんはまだ試合が続くと聞いて、その場にヘナヘナと崩れ落ちるのであった。






   ◇◇◇◇◇






 続く魔法部門の1学年トーナメント決勝戦は、第4魔法学院の留学生マリアが圧勝して幕を閉じる。


 その次に行われた2学年トーナメントは、第5魔法学院が格闘部門、第7魔法学院が魔法部門のそれぞれで優勝を分け合って午前中が終了する。



 午後に入って、3学年トーナメントは近藤勇人が貫録を見せつけて優勝を果たし、魔法部門の有栖川鳴海は惜しくも準優勝という結果に。

   


 さて、学年トーナメントは全種目が終了して、いよいよオープントーナメントの決勝を迎える。これまでは格闘部門の決勝が先に実施されていたが、オープントーナメントの決勝ではこの順番が逆になる。


 個人戦の花形はやはり参加人数が圧倒的に多い格闘部門なので、こちらをオープントーナメントの最後の決勝戦にしようと運営委員会が定めた結果が反映されている。


 ということで、先に魔法部門の決勝戦はというと…



「ただいまから魔法部門オープントーナメント決勝戦、第1魔法学院西川美鈴対第4魔法学院フィオレーヌ=ド=ローゼンタールの対戦を行います」


 攻守ともに鉄壁の危なげない勝ち方で決勝戦に進出した美鈴と数種類の属性魔法を鮮やかに使い分ける天才留学生フィオレーヌの対戦とあって、魔法を操る者もそうでない者も注目する一戦が始まる。


 青の入場門から美鈴が、赤の入場門からフィオレーヌがフィールドに入場してくると、両者を応援する歓声が一段とヒートアップ。フィールド上ではこれから対戦する両者が言葉を交わしている。



「自己紹介が遅れました。フランスからやってまいりましたフィオレーヌと申します。今後ともどうかお見知りおきを」


 フィオレーヌはとても留学してきてから間もないとは思えない流暢な日本語で美鈴に挨拶をする。その態度は極めて気品に満ちており、故国フランスでも名門の家系出身を窺わせる。対する美鈴は…



「ご丁寧な紹介をいただいてありがとうございます。第1魔法学院の西川美鈴です。今後ともよろしくお願いいたします」


 こちらは日本的なお辞儀でフィオレーヌに応えている。



「すごい歓声ですね。日本人がこんなに熱狂的だとは知りませんでした」


「時と場合によってはどこの民族よりも熱くなるのが日本人の特性ですから」


「声援で集中できなかったという言い訳はなしですよ」


「それはお互い様ですね」


 丁寧ながらも火花が飛び散るような言葉を互いに交わして、両者は開始線まで下がって合図を待つ。



「決勝戦、開始ぃぃ!」


 こうして、オープントーナメントの決勝の火蓋が切って落とされるのであった。






   ◇◇◇◇◇






 魔法による模擬戦の場合、相手に先に魔法を当てたほうが圧倒的に優位に立てる。この大会でも大抵の魔法使いは開始の合図があると同時に魔法を発動して、より早く相手に魔法を当てようと企図するケースがほとんどといえる。


 だがこの決勝戦ではその様相を異にしている。美鈴とフィオレーヌは相手の出方を窺いながら、どのように有効な魔法を発動していくかを探り合っているよう。


 もちろんこの手の内の探り合いには相応の理由がある。これまで双方が勝ち抜いてきた1回戦からの試合の中である程度互いが用いる術式が明らかになっているためというのがその理由。より具体的に説明すると美鈴とフィオレーヌには相手の魔法を無効化する手立てがある。美鈴は魔法シールドや物理シールドを瞬時に発動出来るし、フィオレーヌは強固な結界を築くことが可能。


 個人が保有する魔力は有限である以上は無駄撃ちを避けたいのは山々。その結果として二人の間には激烈な駆け引きが行われており、それは外野から見ると何もしないでただ睨み合っているように映っている。



「聡史さん、美鈴さんが攻めあぐねているようですね」


 スタンドで観戦している千里はこの様子を見て聡史に意見を求めている。この状況を見ただけで美鈴が攻めあぐねていると看破するのは、千里が持っている魔法センスがもたらす戦術眼であろう。



「いい分析だ。美鈴だけではなくて、相手も美鈴をどう攻めるか相応の迷いが生じているようだな」


「ということは、今のところは互角なのですか?」


「いや、相手のほうが総合的に勝っているから、いずれは美鈴が劣勢に追い込まれるだろう」


 聡史の予測に千里はやや不安そうな表情を浮かべる。自分に懇切丁寧に魔法の初歩を教えてくれた、いわば師である美鈴が負けるシーンを彼女自身見たくないという心理が働いているかのよう。


 フィールドで睨み合っている美鈴とフィオレーヌの戦力分析については、聡史の見立てが正確に言い表している。ステータス上のレベルだけを比較しても、美鈴が33に対してフィオレーヌは50に近い高い数値。これが世界の層の厚さであって、日本国内だけで争っていても所詮は井の中の蛙なのかもしれない。聡史と桜の兄妹が飛び抜けているだけで、他の人間は世界的に見てもさほど優れている状況ではないと断言できる。


 

 2分近い睨み合いが続く中で、先に動き出したのはフィオレーヌ。意を決した表情で最も得意な魔法を発動する。



「我が命に応えて地に降り落ちよ。氷の流星群!」


 その短い呪文が発せられると、フィールドの上空100メートルに真っ黒な雲が湧き起こる。急激に雲が集まってその周囲の気温が下降したと思ったら、そこで生み出された氷の礫が雨あられと美鈴に向かって降り注いでいく。



「物理シールド!」


 美鈴は地面から伸びて自分を覆うような斜め屋根状のシールドを瞬時に構築すると、降り注ぐ氷の礫を防ぎとめる。



「我が命に応えて地に降り落ちよ! 氷の流星群!」


 さらにフィオレーヌは美鈴の側方に2つの雲を作り上げて、左右から氷の雨を降らせようと企む。



「物理シールド!」


 だが美鈴は、同様の物理シールドを自分の左右に作り上げてこれを防いでいく。


 もちろんこの展開はフィオレーヌにとっては想定内。さらに美鈴の後方にも同様の雲を作り上げて360度全ての方向から激しい氷の雨を叩き付ける。どうやら力任せに美鈴のシールドを破って、この試合の勝利をもぎ取る方針を選択したよう。


 さらにフィオレーヌは、4方向から氷を降らせる雲を維持しながら美鈴に向けて真正面から強力な魔法を放つ。



「我の命に従いて全てを貫け。アイスアロー!」


 長さ2メートルを超える先端が尖った氷の槍が美鈴のシールドに襲い掛かる。フィオレーヌは、実に同時に5つの術式を操って美鈴を一方的に攻め立てている。対して美鈴は現段階で同時に発動可能な術式は2つに過ぎない。フィオレーヌの魔法操作の能力がどれ程のものか、この事実だけでも明らかであろう。


 美鈴はフィオレーヌの猛攻を受けて防戦一方のように映る。ひたすら物理シールドを重ね掛けして、飛びすさぶ氷の圧力に抗している。時折美鈴のシールドが割れる音が響くが、その度に彼女はシールドを内側に追加して、氷による攻撃を辛うじて防いでいる状況。


 5分以上に及ぶフィオレーヌと美鈴の鬩ぎあいが続くが、攻めるフィオレーヌと守る美鈴は魔力をひたすら術式につぎ込んでこの攻防を維持している。どちらかが一瞬でも気を抜くとあっという間に形勢が逆転するだけに、懸命に魔力をつぎ込んでは現状を維持している。


 レベルにして15以上も上回るフィオレーヌに対して美鈴の戦線維持が可能なのは、ひとえに彼女のスキルに由来している。美鈴のスキルである魔法ブーストが彼女の実際のレベルよりも強力な防御力を発揮している。仮にこのスキルがなかったら美鈴のシールドはあっという間に破られてフィオレーヌに敗北しているに違いない。


 

「このままではジリ貧ね」


 防御に徹していればある程度この状況を維持できるが、フィオレーヌに一方的に攻められている現状を打破できない。どこかで攻めに転じなければ勝ち目がないことは美鈴自身が一番わかっている。現にシールドを1箇所築くたびに美鈴の魔力はガリガリと削れれて、今ではかなり心許なくなっている。



「一か八かで始めるしかないわね」


 美鈴は決断したように頷くと、小声で術式名を呟く。



「掘削」


 地面に指先が通るくらいの小穴をあけていく美鈴。彼女の指には先日大山ダンジョンの20階層でボスを倒した際に手に入れたマジックリングが嵌められている。その中でも茶色い魔石が取り付けられているリングが一瞬のキラメキを放つと、美鈴の足元に小さな穴を穿っていく。


 美鈴は地面にあけた小穴を地中を通して、こっそりとフィオレーヌが立っている方向に向かって伸ばしていく。それだけではなくて土魔法に気付かれないように、シールドのわずかな隙間から攻撃魔法を放っていく。



「ファイアーボール!」


 宙を飛翔する炎だが、もちろんフィオレーヌにあっさりと対処される。



「結界構築!」


 彼女を取り囲むように周囲に全ての攻撃を防ぎとめる結界が構築されると、美鈴が放ったファイアーボールはその結界にぶつかって四散する。


 ここまで防御に徹していた美鈴が、ここにきて攻撃の姿勢を見せたことに対して、フィオレーヌの心の中に様々な疑念が湧き起こる。



(魔力の残量が危なくなって一か八かの攻撃に出てきたのでしょうか? それとも、何らかの思惑があっての牽制の可能性もありますね)


 フィオレーヌには、美鈴がこっそり発動した魔法に気付いた様子がない。それは美鈴の演技が上手かったせいともいえる。後方のシールドを重ね掛けしようとわざと後ろを向いてその際に土魔法を発動していたので、フィオレーヌには完全にブラインドになっている。しかも魔法は地面に小穴をあけているだけなので、地表には大した変化が見当たらない。


 美鈴は懸命に精神を集中して、地面の下を穿った穴をフィオレーヌが立っている真下まで伸ばしていく。その間にも次々と破られていくシールドを補修したり、隙を見てはファイアーボールを放ったりと、過去に経験しなかったレベルの精神集中を余儀なくされている。あまりに集中しているその表情は、当然ながら眉間に皺が寄ってあたかも苦悶しているかのよう。


 だがその表情を見て取ったフィオレーヌは、この美鈴の表情を別の意味に解釈している。


(やはり魔力切れが近いようですわね。このまま力押しで行けばいずれは魔力が切れて立っていられないくなるでしょう)


 少しでも魔力を削って美鈴を追い込んでいこうと、フィオレーヌはますます攻勢を強めていく。シールドに当たる氷の礫は勢いを増して、正面から飛来するアイスアローは飛翔間隔が短くなって、3発に1発は確実に美鈴のシールドを音を立てて貫いていく。


(あと一息)


 すでに美鈴の魔力は残量が25パーセントを切っている。彼女は残り僅かな魔力のほとんどを地中にあけた小穴につぎ込んで、シールドの維持は最小限にとどめている状況。


 美鈴の魔力残量が少ないことを察したフィオレーヌは、嵩に懸かるかのように攻勢を強める。美鈴の魔力を全て奪い去ろうという勢いで氷の礫と槍が宙を飛び交う。


 美鈴は究極の集中力をもってしてひたすら地中の穴に意識を向ける。すでに魔力は残り20パーセントを切った危機的な状況。魔力が少なくなるとともに、美鈴の額には汗が浮かんで呼吸が荒くなっていく。フィオレーヌにとっては、美鈴を追い詰めているという実感がますます募っていく。事実その通りであるのは間違いない。そして…


(届いた!)


 ついに美鈴が地中にあけた小穴が、フィオレーヌの足元まで到達する。聡史の意見を基にして二人三脚で作り上げたこの決勝で僅かな勝利の機会を掴む術式。それがようやく発動の瞬間を迎える。


 彼我のレベル差を考えれば防戦一方に追い込まれるのは承知のうえ。ただひとつこの術式によって最後の逆転のチャンスをものにしようと、何度も聡史に協力を得て練習して二人で作り上げてきた。これを絶対に成功させなければ美鈴に逆転の目はなくなる。まもなく訪れる魔力切れとともに、意識を失って敗北の瞬間を迎えるだけとなる。そんなプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、美鈴は用意した最後の術式を組み上げる。


(お願い、成功して!)


 テストの段階で上手く発動したのは3回に1回に過ぎない。だがレベルにおいてフィオレーヌに後れを取る美鈴はこの術式に賭けるしかない。


 フィオレーヌが立つ足元には美鈴の魔力が静かに広がっていく。周囲はフィオレーヌ自身が展開した結界でどこにも逃げ場がない閉鎖された空間。聡史はこの状況まで見越したうえで、この術式を美鈴に提案していた。なんという先々を見越した戦術眼であろうか! レベルにおいて圧倒的に劣勢の美鈴に勝利のワンチャンスをもたらす方策… ここまで来れたのは全ては聡史のおかげだと美鈴の心に温かいものが流れ込んでくる。そしてついに満を持して術式名をハッキリと声に出す。



「クレイモア!」


 美鈴の口から術式名が告げられると同時に魔法が発動を開始。本来クレイモアとは大剣の呼称であるが、もうひとつ米軍によって別種の武器の名称にも使用されている。それは地中に仕掛けられて、その上を通行する人や車両を破壊する悪魔の兵器の名称。日本語では〔地雷〕と呼ばれている。美鈴は土魔法で地面を掘削してからその小さなトンネルに自らの魔力を通し、フィオレーヌに気付かれないように彼女の足元を自らの魔力で満たした。


 あとは、この術式が正確に発動してくれれば美鈴の勝利が決定する。祈るような気持ちで結果を見つめる美鈴、地中を伝わる術式が効果を発揮するまではいくばくかの時間を要する。その間にもフィオレーヌが飛ばしてくる氷の槍がシールドを破壊していく。


 正面に展開しているシールドはすでに残り1枚となっており、この1枚が破れると美鈴は空から降り注ぐ夥しい氷の礫にその身を晒すこととなる。

 

 美鈴の魔法が発動するか、それともシールドが先に破れるか、1秒1秒が永遠に感じるほどのゆっくりとした流れに感じてくる。そして…




 ズドドーン!


 フィオレーヌが展開する結界の足元で目が眩むほどの閃光と轟音が発生。その瞬間に美鈴の最後のシールドがパリンと音を立てて破れる。


 空から降り注ぐ氷の礫が自分の体を直撃してくる恐怖に美鈴は思わず目を瞑ってしまう。



 だが恐る恐る目を開くと、すでに宙に浮かんでいる真っ黒な雲は形を失って霧散している。空から降り注ぐ氷の礫はすでにどこにも見当たらない。


 美鈴は視線を正面に戻して対戦していたフィオレーヌの姿を探すと、薄れていく煙の中で地面に倒れている様子が目に飛び込んでくる。フィオレーヌが意識を失っているため、魔力の供給が途絶えた結界はすでに消え去っている。



 閉ざされた空間で強烈な爆発めいた音と光が足元から直撃したにしては、まともに食らったフィオレーヌ体には目立った外傷が見当たらない。美鈴が発動したのは爆発の威力を最小限にとどめてその分強力な光と音で視覚と聴覚を奪って、場合によっては三半規管に伝わる衝撃で意識まで奪い去る術式。スタングレネードという相手を殺傷せずに無力化する武器を参考にして聡史が考案していた。



「カレン!」


 美鈴はスタンドの最前列に陣取っているカレンを大声で呼ぶ。カレンはフェンスを身軽に飛び越えてフィールドに侵入。



「勝手にフィールドに入ってはならないぞ!」


「回復魔法を使用するだけですから」


 その様子を見て審判が慌てて止めようとするが、カレンの一言でその行動を認めざるを得ない。


 倒れているフィオレーヌに向かってカレンが回復魔法を掛ける。その様子を間近で美鈴と審判が見つめる。


 しばらく様子を見ていると、意識を失っていたフィオレーヌの目が薄っすらと開いてくる。顔色には赤みがさして次第に目のピントが合ってくると、フィオレーヌの口からハッキリとした言葉が紡がれていく。



「見事な魔法でした。まさか足元が爆発するとは思ってもみませんでした。私の負けです」


 この言葉を聞いた審判は、試合の判定を下した。



「勝者、青!」


 本来ならフィールドに乱入してきたカレンの行動は反則を取られてもおかしくない。だが失神したフィオレーヌを助けようとする行動であったとこの場で正式に認められたよう。後から異議を申し立てても一切認めないという強固な意志が審判の目に宿っている。



「「「「「「「「「「ウオォォォォォォ!」」」」」」」」」」


 スタンドからは、会場全体を揺るがすような大歓声と惜しみない拍手が湧き起こる。これほどレベルが高い魔法戦はこれまで誰も目にしていなかった。敗れたとはいえフィオレーヌは攻めも攻めたり。そして劣勢にじっと耐えて最後の最後に見事な逆転劇を演じた美鈴の驚くべき魔法技術。彼女たちの攻防の全てが称賛に値する。


 ほぼ一瞬で勝敗がつく魔法戦にしては異例の12分に及ぶ好勝負に誰も異を唱えないし、この結果を受け入れている。そしてフィオレーヌを助けるために迅速な行動をしたカレンにも惜しみない拍手が送られる。


 こうして世紀の名勝負と呼ぶべきオープントーナメントの魔法部門決勝戦は美鈴の優勝で幕を閉じる。個人戦で残るのは、桜Vsマギーの一戦のみとなるのであった。



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



順調に決勝戦を制していく聡史たちのパーティー。そしてついに真打ちの桜が登場して、留学生のマギーとの一戦に臨みます。


この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」


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