第16話 伝説の王

 聡史に退避を指示された桜たちは2階層をひと回りして数組の一般の冒険者に避難を勧告していく。冒険者たちは3階層の異常を耳にするとすぐに出口に向かってこの階層を後にしていく。


 2階層には人の姿がなくなったのを確認すると、桜たちは1階層へと向かう階段を昇っていく。先に上がった一般の冒険者が警告を発してくれたおかげで、階段付近には学院生たちの姿は見当たらない。最短で出口に向かうメイン通路から外れて桜たちは脇道へと入る。まだ異変を知らない生徒たちをダンジョンの外に退避させるためにわざわざ遠回りしている。



「どうやら、まだ相当の数のパーティーが残っているようですね」


 桜の気配察知スキルが通路を歩く人間の足音を捉えているよう。1年生だけでも40組以上のパーティーが結成されており、その半数を上回る30組近くが、本日ダンジョンの1階層で活動している。彼らを全て退避させるのはそれなりに骨の折れる作業であるが、万一の事態に備えて残らず外に追い出しておかないと大事故に繋がりかねない。


 足音が確認される方向に進んでいくと、反対方向からこちらに向かってくる人影が仄明るい通路に浮かび上がってくる。男子2名と女子3名で構成されているパーティーらしいが、桜たちには見覚えがない。



「すぐに外に出てください。3階層でゴブリンが異常発生しています。このままダンジョンに留まっているとゴブリンの群れに飲み込まれる恐れがあります」


「わ、わかりました」


 美鈴のキッパリした警告にそのパーティーは顔色を変えて出口に向かっていく。1体のゴブリンを倒すのがやっとという1年生にとっては、押し寄せてくるゴブリンの群れなど悪夢そのものであろう。


 まして注意を発するのが生徒会役員であるだけに、美鈴の存在自体が警告の信憑性を担保している。こうして桜たちは順調に1年生をダンジョンの出口に向かわせていく。



「この付近には、あと一組しかいないようですわ」


「それじゃあ、私たちもやっと外に出られますね」


 桜の気配察知の結果に明日香ちゃんがホッとした声を上げている。いつゴブリンが溢れ出てくるかもしれないダンジョンから一刻も早く外に出たいのが彼女の偽らざる本音。誰しもがそう考えるのは当然だから、この場は桜も特に突っ込む様子はない。


 いくつにも枝分かれしている通路を1階層の西側へと向かって歩いていくと、緩いカーブを描く道の先に何者かが争う物音が聞こえてくる。


 周囲を警戒しながら先に進むと、1年生らしきパーティーが1体のゴブリンを相手にして剣を振るっている最中。五人のパーティーのうちで四人が交互にゴブリンに剣を打ち下ろしているが、未だ致命傷を与えるには至っていない様子が窺える。



「全員こちらに退避してくれ」


 ようやくやや離れた場所で様子を見ていた男子生徒が口を開くと、全員がその指示に従ってゴブリンから距離をとる。



「ファイアーボール」


 その生徒に右手から強力な火の玉が飛び出してゴブリンの全身が炎に包まれる。火に巻かれたままゴブリンは力尽き倒れてようやく決着がつく。



「さすがは勇者だな。頼りになるぜ!」


 そんな声が聞こえてくる。だが「勇者」と呼ばれた人影は自分たちに迫ってくる気配に気付いた様子。



「誰だ?」


「浜川、誰に声を掛けているんだ?」


 仲間たちが不思議そうな表情で問いかけるが、勇者はそんな彼らの声に応えようともせずにカーブした通路の先を見つめている。そこに立っているのは当然ながら桜たち四人。



「浜川君、すぐにダンジョンの外に出て! 3階層でゴブリンの異常発生が起きているわ」


 他のパーティーに警告を発した時と同様に美鈴が前に立って勇者パーティーに退避を促す。だが勇者はせっかくの美鈴の警告を撥ね付ける。



「急に何の嫌がらせだい? せっかくパーティー全体の調子が出てきたところなのにゴブリンの異常発生? そんなの何の証拠もないじゃないか」


「証拠とかそんなことを論議している場合じゃないのよ。3階層にゴブリンが溢れたら大変な事になるんだから今のうちに退避して」 


 聡史がいる限りそんな事態にはならないと信じながらも、美鈴は生徒会副会長の責任感からこのような警告を発しない訳にはいかなかった。



「下らない理由で僕たちの活動の邪魔をしないでもらいたいな。僕たちはこれから2階層に向かうんだからね」


「そんなの自殺行為だわ。絶対にやめて」


 両手を広げて押し留めようとする美鈴を意に介さずに勇者は前に進もうとする。彼のパーティーメンバーもその後についていこうとする様子からして、美鈴の警告を信じていないのか、あるいは勇者の力を過信しているのか…



「美鈴ちゃん、無駄なことはよしましょう。冒険者は全てが自己責任。他人の警告に耳を貸すもの無視するのも自由です。あとから 「こんなはずではなかった」と後悔するのもひとつの勉強でしょう」


 桜は美鈴の肩に手を置いて無駄だと止めている。勇気と蛮勇を取り違えているバカの面倒を見ている時間はない。それほど聡史が居残っている3階層の状況が切迫していると桜は判断しているよう。


 こうして桜たちは、勇者を放置したまま出口へと向かう。ダンジョン管理事務所に出向くと3階層の状況をありのままに報告する。管理事務所は直ちにダンジョンの入場を禁止して事務所内及び建物周辺に待機している生徒や一般の冒険者を即時帰宅させると同時に、自衛隊に通報して厳戒態勢へと移行。

 

 その混乱に紛れて桜は気配を消して誰にも咎められずに再びダンジョンへと引き返していく。美鈴や明日香ちゃんだけが後ろ姿すらわからなくなった桜を黙って見送る。





    ◇◇◇◇◇





 上級生を階段と4階層に退避させた聡史は通路を東の方向へ進んでいく。つい先日、桜が隠し通路を発見したのと同じ方向にあたる。通路を進むにつれて黒い靄のようにして湧き出てくるゴブリンの姿が益々増えてくる。



「ウインドカッター」


 いちいち剣で靄を消すのが面倒になった聡史は再びスーパーセル級の竜巻の渦に匹敵する風魔法をを発動して通路を掃除してから先に進んでいく。だが約1キロ程度進んだ先には…



 その場所では、通路一面がゴブリンで埋め尽くされている。満員電車のごとくに、ゴブリンが押し合いへし合いして通路に密集している様子は、相手がゴブリンといえども相当不気味な様子。さらに後方にも次々とゴブリンが発生してくるので、聡史はこのままではゴブリンの群れに囲まれて身動きが取れなくなってしまう状況さえ予想される。



「キリが無いな」


 そう呟きながら聡史は右手に魔力を集めると、今度は雷属性の初級魔法を発動。



雷光ライトニングサンダー


 ゴブリンで埋め尽くされた通路を初級魔法とは名ばかりの数万ボルトの高圧電流の束が駆け抜ける。電流はゴブリンを直撃するのではなくて、背が低い魔物の頭上を敢えて狙って放たれている。さらに聡史は数発の雷光を追加で放つと、通路全体に高圧電流が帯電してその場にいるゴブリンたちをひとまとめに感電させていく。



 バチバチバチバチ


 至る所で火花がスパークして感電したゴブリンが体を硬直させる。なおも聡史が続け様に雷光を放つと、通路を埋め尽くしていたゴブリンは次々に床に倒れて体から白い煙を上げながら絶命していく。千体を上回るゴブリンがたった数秒間で討伐されてその死骸はダンジョンに吸収されて消え去る。



「やっと通れるようになったか」


 その後も通路に湧き出ようとする靄をウインドカッターで粉砕しながら進んでいくと、ちょうど隠し通路が現れた場所に辿り着く。だがその場所は先日桜が通路を発見した時とは見た目が大きく様変わりしている。


 かつて聡史が異世界でパーティーを組んでいた大賢者の説によるとダンジョンにはその本体とは別に隠れた空間や通路が存在しており、それらはダンジョン本体と繋がれそうな場所を求めて異空間を彷徨っている。そして一度隠し通路や隠し部屋が現れてから消えた場所というのは、その後も別の異空間を彷徨う厄介なものを引き寄せやすくなる。とまあ大雑把に説明するとこのようなものとなる。


 つまり、先日隠し通路を発見した場所自体が新たに異空間に在った別の存在を引き寄せてしまったよう。



「妖花ラフレイアと似ているな」


 聡史の呟き通り、そこに突然現れたかのような体育館程度の広さのスペースにはハイビスカスを巨大化した真っ赤な原色の花を咲かせる奇怪な花畑が広がっている。


 そして聡史が口にした「妖花ラフレイア」とは異世界においてはエルダートレントと並ぶ最悪の植物として知られており、特A級駆除対象に指定されている。つまり「見つけ次第に引っこ抜け!」と冒険者ギルドや政府が命令を出すほどの厄介な植物に該当する。


 では一見無害なこの植物のどのような点が厄介なのか… それはこの花が撒き散らす花粉に原因がある。ラフレイアの花粉は宙を漂ううちに魔素を集めてしまうという特徴を持っている。魔素を集めた花粉は次第に大きくなって昆虫や動物の体に取り込まれていく。そしてその虫や獣の体内でさらに魔素を集めて、最後には魔石に変化してその動物を魔物化してしまう。


 聡史たちが訪れた世界では「急に魔物が増えた森には必ずこのラフレイアが生えている」と言われるくらい生態系を破壊して魔物を増やしてしまうとんでもない植物として有名。


 ところで、ただでさえ厄介なこのラフレイアが一面の花畑を形成するほど大量にダンジョンに湧き出てしまうと一体どのような作用をもたらすというのか?


 それは極めて濃度の濃い魔素を花粉が集めてしまって、それをコアにして直接魔物が発生してしまうという、通常では考えられない現象を発現させる。そのせいでこの3階層だけ黒い靄から魔物が形作られるという、有り得ない事態が発生している。


 ラフレイアの花畑がこの場にある限り花が撒き散らす花粉は無数にあり、ゴブリンが無限に湧き出すのはある意味で当然といえよう。



「面倒だからひとまとめにして焼くか。ファイアーボール」


 聡史は自らの眼前に広がる原色の真っ赤な花畑に向かって十数発のファイアーボールを放つ。ひとつの群生が全て地下茎で繋がっており、根を広げながら繁殖するラフレイアだが、炎に弱いという欠点がある。1本の茎に炎が燃え移ると、根を伝って他の茎に熱が広がっていく。


 妖花が広がる花畑はたちまち猛火に包まれて一面の火の海と化す。


 だがラフレイアは最後の足掻きでまだ炎が燃え移っていない花から大量の花粉を吐き出す。炎によって天井まで巻き上がった花粉は互いに結合して大きな塊となっていく。いや、むしろ炎が媒介となって塊を大きくしているかのようにも映る。


 花畑がすっかり燃え落ちて炎は下火になった頃、宙に浮いている花粉の塊は人の顔よりも巨大化して、今度は周辺の魔素を集め出していく。ダンジョンの3階層にある魔素を全て取り込むかの如くに大量の魔素が渦状となって集まると、黒い影が実体化しながら巨大な輪郭を形作っていく。



 ウガガガガガガァァァァァァ!


 付近の空気を揺るがすような巨大な咆哮とともにこの場に出現したのは、巨人種かと見紛うばかりの身の丈が5メートルを超える巨大な存在。


 その異形の存在は聡史の眼にはゴブリンと同じ姿形に映る。通常のゴブリンは背丈が1.3~1.4メートル、上位種のゴブリンジェネラルで約1.7メートル、ゴブリンキングで2メートルというのが平均的なサイズ。


 だが聡史の目の前にいるのは体高が優に5メートルを超える巨大なゴブリン。くすぶって所々まだ炎が燃え残っているラフレイアの花畑の跡を踏み付けてもまるっきり熱さを感じてない様子で、爛々と輝く両目で聡史を睨み付けている。


 金属鎧で全身を覆い右手には刃渡り3メートル近い大剣を軽々と振るう姿はどこから見てもゴブリンとは思えない。巨人種の魔物であるタイタンやトロルがこの場に現れたかのような圧倒的な迫力を振り撒いている。


 聡史の脳裏にはかつて大賢者から聞いた話が蘇る。



「よいか、ゴブリンだからといってバカにするものではない。古き言い伝えによれば千年単位の月日を経てゴブリンの中から恐るべき災厄をもたらす怪物が出現する。古の人々はその怪物を称して〔ゴブリン・ロード〕と呼ばわっていたそうだ」


 伝説中のみに存在するゴブリン、千年の時を経て現れる最強種こそかつて大賢者に聞かされたゴブリン・ロードに他ならない。そして現在、このダンジョンの3階層で聡史の眼前に出現したのはまさしく災厄級と呼んで差支えがない存在であった。


 ウガウガガァァァ!


 雄叫びを上げると、聡史の姿を視認した怪物がその巨体を揺らしながら前進を開始する。


 とはいえかなり広い空間なので聡史と前進してくるゴブリン・ロードの間にはまだ少々間合いに余裕がある。



「まずは、軽く小手調べだ」


 そう呟いた聡史は相手の力を図る意味もかねて魔法を発動する。



「雷光」


 通路に密集するゴブリンを粗方片付けた稲妻が向かってこようとする巨体に直進する。濃密な魔素を含んだ大気をイオン化しながら青く発光する稲妻がゴブリン・ロードの胴体の真ん中に着弾する。金属鎧に身を包んだ巨体が一瞬にして青い光に包まれる。


 バリバリバリバリ


 鼓膜を刺激する不快な音を響かせながらゴブリン・ロードを包んだ雷光による高圧電流は一瞬その巨体をたじろがせるも、何らダメージを与えている様子は見受けられない。剣を構える姿のまま高所にあるその両眼は聡史を射殺さんばかりに凶悪な光を湛えている。



「魔法障壁か? ゴブリン・ロードの体から魔力が放出された形跡はないから、あの鎧そのものに術式が込められているようだな」


 聡史は不発に終わった先制攻撃を冷静に分析している。通常のゴブリンは棍棒を手にするか若しくは素手。上位種になって初めて粗末な剣や弓を手にするのと比較してこの伝説級のゴブリンが身にまとう装備は聡史の魔法を簡単に無効化する相当手強いレベルの魔法防御力を備えているよう。


 この空間に花畑を作っていたラフレイアの最後の悪足搔きは、よくもこのようなとんでもない怪物を生み出したものだと正面から対峙する聡史自身が身に染みて感じている。


 魔法障壁を身にまとう相手に対しての対処法は物理で押す一手。徹底的に剣で圧倒して倒し切るか、若しくは障壁を破壊して魔法を叩き込むかの二者択一。状況に応じては双方を巧みに使い分けながら少しずつダメージを与えていくのが最も手堅い戦術といえそう。


 だが簡単にいうものの、目の前に立ちはだかるゴブリン・ロードを相手にして魔法が効果を発揮しないというのは聡史にとって無視できない問題であろう。


 聡史の大元の職業は〔魔法剣士〕、つまり魔法と剣を組み合わせる戦い方において最大の能力を発揮する。もちろん剣の腕一つをとっても並の剣士が遠く及ばない高度な技術を身に着けており、目の前のゴブリン・ロードを相手にしても決して引けを取らないのではあるが、やはり魔法が役に立たない状況というのは彼にとっては有利には働かない。


 しかもこのゴブリン・ロードはその巨体に見合わず動きが素早い。タイタンやトロルのような巨人種につきものの弱点である瞬時の動作の切り替えが鈍いという点がゴブリン・ロードには今のところ見当たらない。


 

「まあいいだろう。ひとまずは剣で相手をしてやる」


 聡史は手にする魔剣オルバースを構えて振り下ろしてこようとするゴブリン・ロードの大剣の勢いに押されぬように足を踏ん張って体幹に力を籠める。


 グオォォォォ!


 ゴブリン・ロードはその巨大な体躯から繰り出される有り余る力にものを言わせて聡史を一息に押し潰そうと剣を振り下ろす。


 ガキーン!


 刃渡り3メートルの頭上から振り下ろされる大剣と聡史が手にするオルバースが火花を散らしてぶつかり合う。両腕に力を込めて上から圧力を掛けるゴブリン・ロードと、懸命に下から撥ね上げようとする聡史の力が見せる一瞬の拮抗。


 だがこの巨体と真っ向から力比べをする不利を悟った聡史は、体を右に捻るようにし大剣の圧力を躱すと刃を滑らすようにしてゴブリン・ロードの剣を受け流していく。


 急につっかえ棒を外されたようになったゴブリン・ロードは勢い余った大剣を床に叩き付ける。


 ガキーン!


 固い石造りの床に大剣の先がぶつかっただけで石くれが飛び散って敷石には大きなヒビが入っている。まともにあの大剣が体に当たったら、聡史の並外れた防御力をもってしても即死レベルの強大な威力を秘めていそう。


 だが聡史は梯子を外されてたたらを踏んだ体勢となったゴブリン・ロードの隙を見逃さない。素早く剣を引き戻すと、スキル〔神足〕を発動して巨体の懐へ飛び込んでいく。狙いは彼の目の前にある大木のような左足。


 やや引き気味に構えた魔剣を思いっきり横薙ぎにゴブリン・ロードの膝へと叩き付ける。


 パリーン!


 ゴブリン・ロードがまとう鎧の膝の辺りに一瞬魔法陣が浮かび上がると砕け散るように消えていく。どうやらこれで鎧の左足の部分に展開されていた魔法障壁が聡史によって破壊されたよう。


 体高5メートルを超える巨体からすれば鎧の膝をカバーするパーツはほんのわずかな面積といえるだろう。だが聡史にとってはまずはこれで充分。


 そのまま素早く身を翻すと、聡史はゴブリン・ロードの剣が届かない位置まで走り抜ける。その間に右手一本に剣を持ち替えて、左手の手の平には魔力の充填を終えている。



「魔法障壁がなければこっちのものだ。食らえぇ! 雷光!」


 聡史の魔法はゴブリン・ロードの左膝一点を目指して進む。そして狙いを過たずに魔法障壁が破られた箇所に着弾。


 バリバリバリバリ!


 魔法障壁が破られた膝から体内に入り込んだ高圧電流がゴブリン・ロードの巨体を駆け巡っている。体が電流のもたらすショックで痙攣して、ゴブリン・ロードは口から泡を吹いて倒れ込む。ようやくこの難敵を倒したこの状況を見て、聡史は一息つこうとする。


 だが、その時…



 ギギ! ギギギギ


 ギギ! ギギャァ


 数体のゴブリンが通路からこの空間に入り込んでくる。そしてそのゴブリンたちは聡史にも全く予想外の行動に出る。


 1体の剣を持ったゴブリンソルジャーが自らのロードの前に立つと、その剣で首を掻き切って溢れ出る血を口内に流し込んでいく。首から血を流し切った1体が倒れると、また別の個体がロードの前に立って自らの首を掻き切ってその血を流し込む。


 口から溢れ出るほどのゴブリンの血を流し込まれたゴブリン・ロードの右手がピクリと動くと、次第に力を取り戻してゆっくりと立ち上がっていく。


 さらにゴブリンロードは狭い入口から空間に入り込んでくるゴブリンを手当たり次第に捕まえては、牙を剥き出しにして仲間の首を食い千切ってその血を絞り出すようにして飲み干していく。


 驚くことにゴブリン・ロードは人間がポーションを飲んで回復するように、配下のゴブリンの血を飲み干して復活する。さらに恐怖を感じさせるのは、首を食い千切られているゴブリンが嬉々として自らの身をロードに差し出している点。


 こんな驚くべき光景を目の前にしては、さすがの聡史も唖然とその光景を見つつしばらく身動きが出来ない。だが立ち上がったゴブリン・ロードを目にして、彼はなんとか再起動を果たす。



「ゴブリン・ロードは倒せる。だがこのまま通路から入ってくるゴブリンを放置しておいては、あっという間に復活してしまうのが問題だな」


 ラフレイアが撒き散らした花粉はいまだ無数に通路を漂っている。この花粉をコアにして次々とゴブリンが生まれ出てくる状況はゴブリン・ロードに対して常に燃料を補給しているに等しい。



「まずは、通路のゴブリンを倒すのが先決か」


 聡史は一度判断を下すと行動に移すのが早い。彼はゴブリン・ロードが復活した空間を抜け出すと、そこら中にいるゴブリンに向かってウインドカッターを放つ。


 一見遠回りに見えるかもしれないが、夥しい数のゴブリンをこの空間から遠ざけることで、その間にゴブリン・ロードを倒し切る戦術に切り替えている。


 都合のいいことにゴブリン・ロードの巨体は天井に頭がつかえて、通路には出てこれない。しかも通路に沸いたゴブリンたちは本能的に自らのロードの下に集まる気配を見せている。つまり外に出てしまえば、聡史は空間内にいるゴブリン・ロードを気にせずにこちらに集まってくるゴブリンに集中するのが可能。


 両手持ちに切り替えた魔剣に自らの魔力を大量に流し込んでいく聡史。通路の各方面からは徐々に聡史の元にゴブリンたちが押し寄せてこようとして醜悪な姿と耳障りな声が近づいてきている。


 聡史は剣を右側に引きながら腰を落として一瞬横ダメの体勢になると、一気にオルバースを横薙ぎに振るう。



滅斬一掃めつざんいっそう神斬刃しんざんはぁぁぁ!」


 不可視の斬撃がオルバースの刀身から放たれると、通路に蠢くゴブリンたちの上半身と下半身を切断しながら亜音速で突き進んでいく。わずか一撃で右側の通路から迫っていたゴブリンたちは一掃されていく。


 さらに通路の左側にも同様の斬撃を放つと、床には上下にバラバラになったゴブリンの死体が折り重なっている。


 これでしばらくは時間が稼げると判断した聡史は、再び空間のゴブリン・ロードを倒しに取り掛かろうと一歩足を踏み出す。だが彼の耳は通路のかなり離れた場所から聞こえてくる異音を捉える。


 その音に注意を向けると上級生たちが退避している通路の階段方面から聞こえてきており、徐々にこちらに接近している気配を聡史は察知する。


 次第に接近してくる異音はどう判断しても爆発音。小規模な爆発が連続してこの通路を聡史に向かって突き進んでくる。


 ドッパーーン!


 そして、聡史のいる場所から100メートル手前で十数回目の爆発音が通路を揺るがす。濛々とした煙が晴れると、そこから人影が姿を現す。



「お兄様、どうもお待たせいたしましたわ。1、2階層にいた生徒たちの退避を終えてようやくお兄様に追いつきました」


 そこには連続して太極波を放ちゴブリンを駆逐しつつ、通路を高速で移動してここまでやってきた桜の姿があるのだった。



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