第8話 大山ダンジョン

桜に引っ張られるようにして四人は大山ダンジョン管理事務所へとやってくる。


 ダンジョン管理事務所の設立主体は日本政府であるが、運営は市町村から委託された第3セクターとなっている。日本においてはこの事務所が異世界でいうところの冒険者ギルドの代役に相当する。


 主な業務はダンジョンに出入りする調査員の管理である。ちなみにこの調査員というのがダンジョン内を探索する人々の公式名称であるが、一般的には冒険者と呼ばれるケースが多い。


 その他に事務所から冒険者宛てにクエストが告示される場合もある。ダンジョン内で手に入る薬草を採取してほしいとか、特定の魔物の魔石が欲しいなどという依頼を事務所が受理して、冒険者がダンジョンに入って依頼をこなすシステムが出来上がっている。


 ところで、なぜ日本においてダンジョンの活動主体が冒険者に委ねられているのだろうか?


 ダンジョンが形成された初期の頃には自衛隊が内部に入って魔物の討伐を行っていた時期があった。だが、自衛隊の武装は狭いダンジョンの通路には不向きな作りとなっている。戦車や装甲車はもちろん、大型の重火器すら持ち込みが難しい。


 必然的に、アサルトライフルやマシンガンといった、歩兵手持ちの銃が主要武器となる。だが、さらなる問題が生じる。銃には弾丸が必要で、手持ちの銃弾を撃ち切ってしまえば役に立たない。一定数の階層までは到達可能ではあるものの、さらに何十階層にも及ぶダンジョンにおいて、ひとりの自衛隊員が運べる弾数におのずと限界がある以上、そこから先の補給が困難となるのは明白。


 もちろん武器弾薬だけではなくて水や食料も背負うことを考えると、現代武器の使用は困難と結論付けざるを得なかった。


 このような流れの中で、最終的に武器は剣や魔法が最も適しているということに落ち着いていく。そして、そこから志願した冒険者が活躍の場を得る時代となるのだった。






 聡史たちが事務所にやってくる頃には、これからダンジョンに入ろうと意気込む1年生が大勢フロアーで手続きの順番を待っている。


 その列に聡史たちが並ぶと横から声が掛かる。



「聡史、お前たちもダンジョンに入るのか?」


 振り返るとそこには頼朝とその仲間たちのEクラス男子の姿が。



「ああ、誰かと思ったら頼朝か。まあいってみれば今日は下見のようなものかな」


「それにしても、珍しい組み合わせだな。二宮は足を引っ張るなよ」


 頼朝たちは人数不足で一度だけ明日香ちゃんをパーティーに加えた過去があった。その時に散々足を引っ張られた苦い経験を今更ながらに思い出しているかの表情を浮かべている。



「心配しなくても、大丈夫ですよ~。桜ちゃんに丸投げしますから」


 あくまでも他力本願の明日香ちゃん。こんな調子だからどこのパーティーからも相手にされなくなるという重大な問題点に早く気が付いてもらいたい。


 その後ろでは美鈴が…



「確か、Eクラスの…」


「美鈴ちゃん、このウドの大木は、尊氏ですわ。むむ、なんだか違うような… 家康でしたか?」


「桜、頼朝だぞ。それぞれの時代の幕府の初代将軍をピンポイントで外すなよ」


 頼朝はガタイがいい。だがそれを称して『ウドの大木』とは、桜の言い草は失礼にもほどがある。しかも名前を間違えるし…


 

「副会長、藤原頼朝です。どうぞよろしくお願いします」


 桜に対して卑屈なまでの態度で頭を下げた頼朝であったが、美鈴に対してはごく普通に一礼している。やはりこの男、桜の危険な香りを嗅ぎ取っていたのか…



「こちらこそよろしくお願いします。西川美鈴です」


 美鈴はその名の通りに、涼やかな表情で挨拶をしている。


 だが、頼朝は何か不安でもあるのか、美鈴に確認する。



「副会長、大丈夫なんですか? そんなジャージ姿で」


「ええ、聡史君と桜ちゃんがいれば何とかなるでしょう」


 実は頼朝だけでなく、ダンジョンに来ている生徒全員がプロテクターとヘルメットに身を包んで、手や腰には武器を所持している。一方聡史たちは、演習用のジャージにTシャツ、しかも丸腰ときては、誰が見ても不安に映るのは当然だろう。



「秀吉、心配など不要ですわ」


「だから頼朝だって。今度は将軍からも外れたぞ。関白だからな」


 桜は何度聞いても頼朝の名前を覚える気はなさそう。ここまで間違われると、さすがに頼朝も涙目になっている。なんとも気の毒な…


 こうして頼朝が桜のオモチャになっているうちに順番がきて入場手続きが完了する。同時にパーティー登録と大山ダンジョンの5階層までのマップを受け取る。



「桜、各階層のマップだ」


「お兄様、確認いたしますわ」


 桜は異世界でも常にパーティーの先頭を務めていた。その卓越した気配察知能力と人知を超えた戦闘力をもってすれば、彼女以上に優れた先鋒など何処にもいないと言い切れる。むしろ桜ひとりで大抵の魔物を片付けてしまうので、後続は暇を持て余すケースが大半という事態も度々引き起こしてくれる。


 そういえばかつての聡史と桜の日本でのホームグラウンドは秩父ダンジョン。ここ大山ダンジョンは初潜入なので、慎重を期して聡史は桜にマップを確認させている。



「お兄様、第3階層のこの辺りが気になりますわ」


「3階層か… 今からそこまで行くとしたら往復で4時間は必要だな」


 美鈴のタイムリミットがあるだけに、聡史はどうしようかと頭を悩ませる。だが桜はお構いなしの態度。



「美鈴ちゃん、今日は生徒会をサボりましょう。一気にレベルを上げるには、どうしてもこの辺りまで出向く必要がありますわ」


「ええ、桜ちゃん。それはちょっと無理よ」


「無理ではありませんわ。学生の本分は授業に情熱を注ぐことです。生徒会活動など二の次ですわ」


 単に桜がその場所まで行きたかっただけであるが、学生の本分まで持ち出されては美鈴としても返す言葉に詰まる。仕方なしに生徒会宛に欠席の連絡を入れざるを得ない。この有無を言わせぬ強引さこそが桜。


 もちろん桜はシメシメという表情でメールを送る美鈴の様子を見ている。とことん自分の都合に他人を巻き込む性格とってもお茶目な性格をしている。



「それでは3階層まで最短距離を進むぞ。桜が先頭で、美鈴、明日香ちゃんの順で続いてくれ。一番後ろは俺が守る」


 こうして四人は、大山ダンジョン内部へと足を踏み入れる。


 念のために桜は両手にオリハルコンの籠手を装着。この籠手は厳密にいえばガントレットといったほうが正しい。全身を金属鎧で覆った騎士が両手を守る用途で嵌める防具に区分される。だがひとたび拳で戦う桜が装着すると、両手を守りつつ敵に大きなダメージを与える地獄に誘う凶器に変貌する。しかも最強の硬度を誇るオリハルコン製なので、たいていの魔物は一撃で片が付く。


 このような強力な武装は現在の日本には存在しない。ダンジョンの上層部では、明らかにオーバーキル。だが桜は今日も自らの手に馴染んだ相棒と呼ぶべきこの籠手を常に手にして戦うつもりのよう


 対して聡史はアイテムボックスから取り出した異世界製の神鋼で出来た短剣を手にしている。神鋼とは鉄に少量のミスリルを混ぜた金属で、鉄よりも丈夫で魔力との相性が良い。この剣一本取っても稀代の名工と謳われたドワーフが丹念に打った逸品。兄妹のアイテムボックスにはいかほどの貴重な武器やアイテムの類が収蔵されているのか想像もつかない。


 ちなみに聡史が手にする短剣は切れ味は折り紙付きでダンジョンの上層階では桜の籠手と同様にオーバーキル。だが聡史は狭い通路での取り回しを重視してこの剣を選択している。


 もちろん美鈴と明日香ちゃんは武器など手にしてはいない。だが美鈴には機会があれば魔法を放つように、聡史から指示が出されている。



 ダンジョンに入った入り口付近は、どちらの方向に向かおうかと迷っている生徒たちで少々混雑している。四人はこの混雑を避けて通路の奥へと一目散に進んでいく。


 そのまま五分ほど歩いていると桜からの警告が飛ぶ。



「どうやらゴブリンのようですわ。1体ですから心配いりません」


 桜が気配を察知してからきっかり10秒後に、通路の曲がり角から緑色の体に額から伸びる一本角、腰巻一枚身に纏って、手には粗末な棍棒を持つゴブリンが現れる。


 桜はやや足を速めて後続から離れて前進すると、無造作にゴブリンへ接近していく。対するゴブリンは奇声を上げながら棍棒を振り上げる。だが…



「遅いですわ」


 接近する桜が最後の5歩で一気に加速すると、ゴブリンはその動きに全くついていけなかった。やや引き気味にした桜の右拳がゴブリンに向かっていく。



「ギギャアァァァァァァァ!」


 尾を引くような長い悲鳴を残してゴブリンは通路の曲がり角の壁まで吹き飛んで、そのまま壁のシミとなる。当然ながら何の抵抗もできないままに絶命した模様。明日香ちゃんは口をポッカリ開いてその光景を眺めているだけ。美鈴も何が起きたのか理解できずに聡史に振り返る。



「聡史君、桜ちゃんが近づいたと思ったらゴブリンが飛んでいっちゃったわ。何がどうなっているのよ?」


「桜の動きに美鈴たちの目がついていけなかっただけだ。普通に殴って倒したぞ」


「殴っただけでゴブリンがあんな簡単に飛んでいくものなの?」


「まあ、そこは桜だからなぁ」


「美鈴さん、桜ちゃんですから、きっと私たちの理解を超えているんですよ~」


 ようやく気を取り直した明日香ちゃん、すでにその表情は色々と諦めているよう。理解できないものは放置しようと考えを切り替えている。さすがは桜と長い付き合いがある親友。


 そこへ桜が声を掛ける。



「明日香ちゃん、何もしないのはヒマでしょうから、ゴブリンの魔石を拾い集めてください。3個集めると食堂のパフェが食べられますわ」


「桜ちゃん、それは本当ですか~。私、1個も見逃さずに拾いますから任せてください」


 デザートが懸かるとこうも態度が違うのか。明日香ちゃんは素早くゴブリンが消え去った場所に向かい、濁った緑色の魔石を拾い上げて大事そうにポケットへと仕舞い込む。あとこの魔石2個で大好物のパフェにありつけるのだから、その目はキラキラの仕様に変貌。



 このような感じで、通路に出てくるのはゴブリンだけという1階層を進んでいく。もちろん桜が、ワンパンで片づけて明日香ちゃんが魔石を拾うというコンビネーションは健在。



「美鈴さん、全然緊張感がないですよ~」


「そうねぇ… 他の子とダンジョンに入った時は、もっと周囲を警戒していたはずよね」


「なんだか、桜ちゃんが『危険はない!』と言っていた意味が、分かったような気がしますよ~」


「桜ちゃんひとりで全部終わってしまうんですもの。魔法の用意はしても撃つ暇なんかなさそうね」


 確かに美鈴と明日香ちゃんが喋っている通りで、かつてここまで安全なダンジョン探索は日本では存在しなかったであろう。


 そのタネを明かすと、実は桜は異世界で単独ダンジョン制覇を成し遂げているのだった。桜と聡史のステータスを比べると、一番最後のダンジョン記録という項目がある。そこに記載されているのは、聡史が踏破レベル6に対して桜はなんと11という数字。聡史が6か所の異世界ダンジョンを踏破したのに対して、桜は11か所を制覇していた。つまり5か所は単独アタックで最深部のラスボスを倒してきた証明となる。


 いくらなんでも戦闘狂の血が騒ぎすぎであろう。これが聡史と桜のレベルの違いを生み出している原因でもある。桜のほうが倍近く聡史を上回っているこの事実。本当に恐ろし過ぎる娘だ。



 その後桜がゴブリンを4体倒した時…



 ピコーン


 明日香ちゃんの頭の中でチャイムのような音が鳴る。



「あっ! 今レベルアップしましたよ~」



 桜が6体倒すと…



 ピコーン


「あら、私もレベルアップしたわ」


 これほど安全簡単なレベルアップ法はない。桜について歩けばよいだけなんて、いくらなんでもムシが良すぎる。だが、これが実際にこの場で起きている事実なだけに美鈴と明日香ちゃんも信用せざるを得ない。


 その後も美鈴と明日香ちゃんは、ただダンジョンの通路を歩いているだけでレベルアップを繰り返していく。




  


   ◇◇◇◇◇






 聡史たち四人は最短距離でダンジョン一階層を突っ切り、現在2階層へとやってきている。



「美鈴さん、2階層に来たのは、初めてなんですよ~」


「明日香ちゃん、私も一緒よ」


 魔法学院に入学してからまだ2か月少々、1年生の大半は1階層で単体のゴブリンを数人掛かりで倒すのが関の山。2階層に降り立ったのは未だ一握りの生徒でしかない。


 これが2年生ともなると3~4階層が活動の中心となり、3年生となったら5階層が当然という流れとなる。さすがにそこから先に進む生徒はまずをもって存在しないのだが…


 5分ほど通路を進むと今度は最後尾を警戒する聡史が警告を発する。



「背後から来た。俺が相手をするぞ」


 聡史は桜と同様に他のメンバーをその場に置いてひとりで足音の方向に向かっていく。ゴブリンは醜悪な表情で聡史に向かって棍棒を振り上げる。



 カキン ズシャッ


 聡史の短剣は一呼吸の間に棍棒を斬り捨ててから、まとめてゴブリンの首を落としている。



「ヒイィィィ、く、首が落ちましたぁぁ」


「何が起きたのよぉ」


 血を噴き出した首無しゴブリンがバッタリ倒れていく光景に耐え切れず、明日香ちゃんは叫び声を上げている。美鈴もそのスプラッターな場面を直視できない様子。



「美鈴ちゃんも明日香ちゃんも大袈裟ですよわ。ホラーハウスだと思えば全然大したことはありません」


「桜ちゃん、私はお化けが一番苦手なんですよ~」


「明日香ちゃん、ホレこの通り、首はありませんが足は付いていますからお化けではありませんわ」


「桜、その言い方のほうが逆に怖いぞ」


「慰めにも励ましにもなっていないわね」


 聡史と美鈴がダブルで突っ込んでいる。


 このまま最短距離で2階層を突破していく間に、美鈴と明日香ちゃんはそれぞれ2回ずつレベルアップを繰り返した。





 そして3階層。


 ここから先はゴブリンが集団で現れる上に、ゴブリンソルジャーやゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジといった上位種が出現する。時には上位種の組み合わせも出現するので、普通のパーティーであればメンバー間の連携が重要となってくる。


 だがそのような心配はこの娘には全くの無用。相手が何体だろうが我関せずといった表情。



「なるほど、ゴブリンメイジにゴブリンアーチャーが出てきましたわね」


 桜の眼前には魔法の呪文を唱え始めているゴブリンメイジと、弓をつがえて狙いを定めているアーチャーが。



「桜ちゃん、矢が飛んできますよ~」


「桜ちゃん、魔法にも注意して」


 やや下がった位置から明日香ちゃんと美鈴の警告が飛ぶが、桜は一向に動きを開始しない。



「桜ちゃん、何をしているの。早く後ろに下がって」


 美鈴が懸命に桜に向かって声を枯らして叫ぶが、桜は頑なに動こうとはしない。そうこうするうちにゴブリンたちの攻撃が始まる。



 ヒューン


 ゴォォォ


 2体のゴブリンから同時に矢とファイアーボールが桜目掛けて飛んでくる。どちらも当たったらタダでは済まない威力で宙を飛翔してくる。



「桜ちゃん、そこを退いて。ファイアーボ…」


「美鈴、止めておけ!」


 聡史が美鈴の肩に手を置き、同時に自らの魔力で美鈴に干渉を及ぼして発動直前だったファイアーボールを霧散させる。



「聡史君、何をするのよ。このままでは、桜ちゃんが!」


 美鈴が振り返って聡史に強い口調で抗議する、その時だった。



「それっ」


 キーン


 まるで耳鳴りがしてくるような高音がダンジョンの通路を震わせると同時に、桜が突き出した右手から目に見えない何かが飛んでいく。



 ズドーン


 見えない何かはゴブリンメイジが放ったファイアーボールを消し去り、ついでに3体のゴブリン上位種を吹き飛ばす。


 そして、アーチャーが放った矢は何処かといえば…



 桜の左手に握られている。


 桜は飛んでくるファイアーボールを右拳から打ち出した衝撃波で粉砕して、同時に左手で矢をキャッチするというとんでもない離れ業をやってのけていた。3体のゴブリンを吹き飛ばしたのは、いわばオマケみたいなもの。



「えっ、えっ、ええぇぇぇぇ! ファイアーボールと矢と魔物が全部きれいに消えていますよ~」


「なんだか、一瞬のうちに終わっちゃたんだけど…」


 明日香ちゃんは飛んでくる魔法と矢の恐怖に思わず目を閉じてしまっていた。恐る恐る目を開いてみると、いつの間にやら全て片付いている不思議な現象にわけが分からず大声で叫んでいる。


 美鈴は美鈴でもうダメかと思ったら、何事もなかったかのように桜が立っている奇妙な現象に目を白黒。



「お二人とも、そこまで驚くような出来事ではございませんわ。今の私でしたら飛んでくる銃弾でも楽に掴み取って差し上げます」


 この程度は芸のうちには入らないと言わんばかりの桜が振り返る。これこそがレベル600オーバーの実力の片鱗だろう。この娘、真の怪物に他ならない。



「それじゃあ、出発しようか」


「聡史君、『それじゃあ』ではないでしょう。何が起きたのか納得いくように説明してよね」


「美鈴は大袈裟だなぁ~。大したことじゃないさ。飛んできたファイアーボールを桜が拳の圧力で打ち消して、同時に矢をキャッチしただけだ。ついでにゴブリンも吹き飛ばしたみたいだな」


「人間業じゃないでしょうがぁ。大したどころか、とんでもない出来事よぉ」


「だって桜だから、しょうがないだろう」


 聡史は切り札を繰り出す。万人を簡単に納得させるだけの効果がある魔法のフレーズを。その結果…



「ああ、そうでしたよ~。桜ちゃんじゃ、しょうがないですよねぇ」


「言われてみれば、桜ちゃんだったら何でもアリよね」


「そうだろう」


「「「ハッハッハッハッハッハァ!」」」



 シーン



「ハハハじゃないでしょうがぁぁ。笑い事では済まされないんだからね」


 美鈴の叫び声だけが虚しく通路に響くのであった。 

 




   ◇◇◇◇◇





 そんなこんなで四人は3階層の東側、マップを見た際に桜が気になると指摘した箇所へとやってくる。



「桜、何が気になるんだ?」


「お兄様、通路の微妙な曲がり具合とか枝道が不自然に続いている点がどうも気になりますわ。私の経験上、このような場所には隠し通路が存在するはずです」


「なるほど、未発見の隠し通路か」


 桜はしきりに壁を叩いて回る。返ってくる音の変化で内部の空洞や壁が薄い部分の有無を探っている。



「この辺りですわ」


 桜は確信をもって壁の前に立つと、右のストレートを一閃。


 ガラガラガラガラ


 壁が音を立てて崩れると、その向こう側にポッカリと空間が現れて先へと続く通路を形成している。



「桜ちゃん、すごいですよ~。本当に隠し通路を見つけちゃいました」


「本当にビックリね。何をどうすれば、こんな信じられない芸当が可能になるのかしら?」


 異世界で3年ほどダンジョンに入り浸っていれば誰でもなれます… という声が出掛かるのをグッと堪えて、桜は笑って誤魔化している。そのまま四人は崩れた壁の隙間から隠し通路へと入り込んでいく。もしかしたらお宝ゲットかと期待に胸を膨らませる明日香ちゃんがいる。



「桜ちゃん、高価なお宝が出てきたらデザート食べ放題ですよ~」


「明日香ちゃん、お宝なんてそうそう見つからないんですよ」


 隠し通路には魔物は出現せず、そのまま300メートル進むと突き当りの壁が立ちはだかる。



「もしかして、不発ですか?」


「明日香ちゃんが言う通り、何もないようね」


 せっかく新たな通路を発見して期待してみれば何もなしでは、美鈴と明日香ちゃんがガッカリするのは当然。だがこの娘は自信満々の表情をしている。



「お兄様、この辺りの床に魔力を流していただけますか」


「いいぞ、こんな感じか?」


 聡史が魔力を流し込むと床が白く光りだす。そして一際大きく光った後に、床には魔法陣が出現する。



「なんだか怪しいですよ~」


「危険はないかしら?」


「明日香ちゃんと美鈴ちゃん、もちろんこのような魔法陣はトラップである危険が高いですわ」


 桜はダンジョンに時折発生する魔法陣について二人に解説を始める。



「この先にお宝が眠っているかトラップなのかは、いってみれば運次第ですの」


「そうなんですか… やっぱり危険ですから、このままにしておきましょうよ~」


「明日香ちゃんが言う通り、このまま放置するしかないわね」


 さすがにこの場で運に身を任せる勇気はこの二人にはないようだ。ダンジョン初心者としては、当然の判断だろう。桜は二人の判断に大きく頷いている。



「やっぱりそうですよね。お二人とも腰が引けて当然ですわ。ですからこのような魔法陣は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ こうして踏み抜きま~す」


 桜が踏みつけた魔法陣から真っ白な光が溢れ出して、この場にいる四人を包み込む。



「さ、桜ちゃん、何をするんですか。早くその足を退けてください」


「明日香ちゃん、とっても残念なお知らせですが、転移魔法陣はすでに発動済みですわ。運を天に任せましょう」


「桜ちゃんの鬼! 悪魔!」


「明日香ちゃん、むしろ私たちにとって、死神かもしれないわ」


「お兄さん、笑っていないで助けてぇぇぇぇ」


 こうして明日香ちゃんの絶叫を残して、四人は何処かへと転移していくのであった。

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