第5話 ステータス

 学生食堂での夕食が終わっても美鈴は聡史や桜ともっと一緒にいたいと秘かに考えている。だが女子寮の門限は夜の9時となっており、そろそろ戻らなくてはならない時間が近づきつつある。



「それじゃあ、寮に戻るわ」


 断腸の思いで美鈴は帰る旨を伝える。そこに桜が…



「美鈴ちゃん、今日は再会の記念ですから私たちの部屋に泊まりませんか? 明日香ちゃんも一緒ですわ」


「私たちの部屋? 泊まる? どういうことかしら?」


 事情が呑み込めない美鈴は再び頭の上に???を浮かべている。そこに明日香ちゃんが…



「そうですよ~。美鈴さんも一緒に泊まりましょう。とっても素敵なお部屋で、私なんか住み着いてしまうかもしれないですよ~」


 明日香ちゃんは本気マジだ。遠慮を知らないうえに、人の好意にはとことん甘える性格をしている。このくらいの面の皮の厚さを持っていないと桜の親友など務まるはずがない。



「外泊許可を寮に提出して着替えと明日の授業の用意をしてください。今日は楽しいお泊り会ですわ」


 強引に話を進める桜の勢いに押されて美鈴は一旦女子寮に戻って手続きを済ませると、再び研究棟のエントランスに。通学用のカバンとは別に大きなスポーツバッグを肩から下げている。



「お兄様、美鈴ちゃんと一緒に一晩過ごせるなんて、本当に昔を思い出しますわね~」


「そうだな。子供の頃はしょっちゅう互いの家に泊まっていたからな」


 聡史と桜は遠い過去を振り返るかのような表情をしている。日本の時間では3年少々しか経過していないが、二人の意識では異世界で過ごした3年間がさらに加算されている。10代の人間にとって3年前と6年前では、その間に経過した時間の差は計り知れないくらいに大きいだろう。



「なんだか二人とも物凄い昔を語っているような口調ね」


 美鈴には二人が大袈裟なように感じている。双子の本当の秘密を知らないので、これは致し方がない。



「それじゃあ、部屋に行こうか」


 聡史に促されて、明日香ちゃんを含めた四人が降りてくるエレベーターを待つ。開いたドアに乗り込んでそのまま最上階に到着すると、聡史はカードキーを取り出して部屋のロックを解除。そこに入った瞬間…



「な、なによこれ。すごい部屋」


 美鈴は荷物を下げたままで、口を開いて茫然自失の有様。生徒会の役員を務める彼女もこんな部屋が用意されているとは誰からも聞かされていなかった。

  

 ようやく再起動した美鈴が恐る恐る聡史を振り返る。



「中途で編入してきた生徒は特待生に選ばれたという噂を耳にしたんだけど、まさか聡史君と桜ちゃんだったの?」


「ああ、学院長直々に特待生にすると言われている」


 ようやく美鈴には二人が急に編入してきた事情に納得がいった模様。海外まで遠征してダンジョンに入るからには、相当に凄腕な点を評価されているのであろうと… 聡史のウソによって大幅な誤解があるものの、それは当たらずとも遠からず。



 このような流れで美鈴にとっては驚きの連続だった一日ではあるが、ようやく落ち着いた雰囲気でソファーに腰掛けて聡史や桜と会話を交わす。いつの間にか明日香ちゃんまで美鈴と仲良くなって、笑い声が絶えない時間が過ぎていく。そのうち…



「だいぶ遅くなりましたからお風呂に入ってきますわ。お兄様、お先に」


 桜がバスルームに向かうと、残った3人は主に学院の諸事情について美鈴と明日香ちゃんが聡史に教える形で話が進められる。話題の中心は実技実習の現状が中心。


 そのうちに美鈴が何か気になるようなことがあるのか、聡史に居住まいを正して問い掛ける。



「聡史君、私のステータスを見てもらいたいんだけど、どうかしら?」


 日本国内、いや海外の各国を含めてダンジョンが出現した時点で個人のステータス画面が表示されるようになっていた。自分の能力を一目で確認できるこの画面は非常に重宝する代わりに、個人データの管理をどうするのかという問題を各方面に突き付けることになっている。



「個人のデータを他人に公開するのは問題はないか?」


 異世界の冒険者の間には暗黙の了解として「他人のステータスを詮索しない」という掟があった。もちろん本人が了承しているのなら聡史としては吝かではないが、個人情報の扱いには慎重にならざるを得ない。



「聡史君だからこそ信用しているのよ。私のステータスを見て何か気づいた点や今後能力を伸ばしていく方向性というのかな… とにかく特待生として学院長に認められている聡史君から意見を聞きたいの」


「そういう事情なら気づいた点を指摘しよう。確かに美鈴の能力を知っておいたほうが今後の魔法練習の効率が良くなるかもしれない」


「そうよ、そうなのよ! 聡史君は私の先生なんだからステータスくらい把握してもらわないとダメよね」


 ここぞとばかりに美鈴が喰い付いている。すでに美鈴の脳内では聡史との魔法練習は最低でも半年は確実に予約済みというのが既定路線。



「それじゃあステータス画面を開くわ。ステータス、オープン」


 美鈴の正面に透明なスクリーンのような画面が浮かび上がる。これが正真正銘のステータス画面。



「あの~、私も見ていいんでしょうか?」


 明日香ちゃんがバツの悪そうな顔で美鈴の顔色を窺う。いくら遠慮をしない性格とはいっても、さすがにそこまで厚かましくはないよう。



「ええ、どうぞ。一緒に見てもらって、何か気づいた点があったら指摘してもらいたいの」


「そ、それでは遠慮なく見せてもらいますよ~」


 許可が出た以上は遠慮しない明日香ちゃんに戻っている。興味深そうに美鈴のステータス画面に見入る。


 

 そこに表示されているのは、以下のような内容。




 【西川 美鈴】 16歳 女 


 職業     ……


 レベル     3


 体力     36


 魔力    187


 敏捷性    24


 精神力    67

 

 知力     89


 所持スキル  火属性魔法 魔力ブーストランク1 魔力回復ランク1 術式解析ランク4 




「こんな感じなんだけど、どうかしら?」


 美鈴は自信なさげに聡史と明日香ちゃんを交互に見つめる。その反応は…



「美鈴さんはすごいですよ~。さすがはAクラスです」


 明日香ちゃんは真顔で感心している。この女子がここまで真剣な表情になるのは、甘~いデザートを目の前にした瞬間だけと言い切れるほど、ある意味尊敬度マックス状態。それはそうだろう。Aクラスの美鈴に対して明日香ちゃんはEクラス。それもクラス内で比較しても相当下の能力と思われるから。それはともかく聡史は美鈴の数値を冷静に吟味して現状判断をくだす。



「うん、これはどう見ても魔法系を伸ばしていくのが正解だろうな」


 聡史の感想を聞いて美鈴はやや安心した表情だが、何かもうひとつ引っ掛かる点があるよう。



「聡史君、ありがとう。自分の考えと一致したから、ちょっと安心したわ。ただね…」


「ただ?」


「私が一番気にしているのは、職業の欄に何も記載されていない点なのよ。一番大事な項目のような気がするんだけど…」


「ああ、その点は気にしないで大丈夫だぞ。俺もレベル20を超えてからようやく職業が明示されたからな」


「そうなの。聡史君に聞いて本当に良かった~」


 美鈴は今にも聡史に飛び付かんばかりの勢いだが、明日香ちゃんの手前ギリギリで心にブレーキを掛けている。危うく崖を飛び越えそうになったが、急ブレーキで30センチ手前で停止した状態。仮にこの場に明日香ちゃんがいなかったら、美鈴は何も考えずに聡史の胸に飛び込んでいただろう。



「最初から表示されない場合はもしかしたらレア職業なのかもしれないな。俺や桜もかなり珍しいし」


「やっぱりそうよねぇ~。聡史君と桜ちゃんは勇者を差し置いての特待生だし」


「勇者… そんな人間がいるのか?」


「ええ、Aクラスにいるわ。あまり関りは持ちたくないけど… それよりも聡史君、あなたのステータスも見せてもらえないかな? 特待生のステータスなんて、すご~~~~く興味があるのよ」


「わ、私も、お兄さんのステータスに興味がありますよ~」


 なぜか明日香ちゃんも乗っかってくる。好奇心旺盛なので、こんな機会は絶対に見逃せないというキラッキラの目でお願いポーズをとっている。



「俺のステータスだと… ちょっと待ってくれ」


 聡史は悩ましげな表情で、ステータス画面を美鈴と明日香ちゃんから見えないようにコッソリと開く。その内容は…


 


 【楢崎 聡史】 16歳 男 


 職業     異世界に覇を唱えし者


 称号     神に向けられし刃  星告の殲滅者


 レベル      376


 体力     99999


 魔力     99999


 敏捷性    99999


 精神力    99999

 

 知力      100


 所持スキル  記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル6



 自らのステータス画面を見つつ苦笑する聡史。こんなカンストだらけのステータスを見せても悪い冗談だと一笑に付されるであろう。彼はステータス画面の一番下にある画面初期化の欄をクリックする。すると異世界に渡った当時の画面が現れる。



 【楢崎 聡史】 15歳 男 


 職業     魔法剣士


 レベル     32


 体力     412


 魔力     356


 敏捷性    321


 精神力    127

 

 知力      50


 所持スキル  身体強化ランク5 剣術ランク7 無詠唱魔法技能ランク1 神速ランク3 神足ランク3 気配察知ランク3 暗視ランク3 全属性初級魔法ランク1



(まあ、これなら許容範囲だろう)


 相変わらずの苦笑いを浮かべながら聡史は美鈴と明日香ちゃんにステータスを開示。



「こんな感じだ」


 その画面を見た瞬間…



「ふざけ過ぎでしょうがぁぁ」


「馬鹿げていますよ~」


 美鈴と明日香ちゃんの全力のツッコミがリビングに響き渡る。両者とも声帯の限界を超えて、腹の底から湧き起こる魂の篭ったツッコミであった。



 二人の叫び声が収まったちょうどその時、風呂を終えた桜がリビングに戻ってくる。



「お待たせしました。とってもサッパリしましたわ」


「桜ちゃん、その恰好は…」


 美鈴がギョッとした顔で桜に注意をする。桜は何も着ないバスタオル一枚体に巻き付けた姿で、平然と風呂から出てきている。



「美鈴ちゃん、私のこの姿は魅力的ですか?」


「そういう問題じゃないでしょう。私と明日香ちゃんだけならまだしも、この場には聡史君もいるんだし」


「お兄様、何か問題があるでしょうか?」


「別に何もないな」


 聡史は桜のバスタオル姿に対してまるっきり興味を示していない。逆に桜も聡史に見られている恥ずかしさなど一切感じていない。二人とも赤ん坊の頃から一緒に育ってきたので、この年になっても互いに羞恥心もないし、恥ずかしいから隠そうという気持ちさえ起こらないよう。



「聡史君と桜ちゃんは、もっとデリカシーを身に着けるべきでしょう」


「美鈴ちゃん、私はバスタオル以外は身に着けていませんわ」


「そういう問題じゃないでしょうがぁぁ。デリカシーを持ちなさいと言っているのよ」


 美鈴のツッコミが明日香ちゃんに大ウケしている。どうやらツボだったようで、腹を抑えながらヒーヒー喘いでいる。そんな明日香ちゃんを横目に聡史は…



「デリカシーと言われてもなぁ… 桜じゃなくて、美鈴が同じ格好で出てきても特に何も感じないぞ」


「感じなさいよ。聡史君、むしろそこは、ちょっとでも感じようよ。どうかお願いだから」


 なぜか最後には、聡史に懇願している美鈴の姿がある。



「ええ、だって美鈴とは小学校の5年生まで一緒に風呂に入っていたし、今更なぁ…」


「小学校5年生と比較するなぁぁ。いくらなんでも私は大幅に成長しているんだからぁぁ」


 美鈴にも絶対に譲れない意地とプライドがあるよう。



「そうだったのか。ようやくわかったぞ。俺が桜に何も感じないのは、きっと桜の成長が足りないんだ」


「お兄様、いい度胸ですわね。その勇気は認めて差し上げますから今から表に出ましょう。完膚なきまでに殺して差し上げますわ」


「ほう、完膚なき殺し方というのを一度でいいから見てみたいな」


 色白で黒髪美少女の桜だが、唯一の欠点は凹凸がほとんど確認できない残念ボディー。と同時に、地上最悪の悪魔を召喚する特大の地雷でもあると知っているのも拘わらず、聡史は思いっきり踏み抜いている。どうやら血の雨が降らないと収まりそうもない雲行き。


 一触即発のヤバすぎる雰囲気が室内を満たす。


 この双子の場合兄妹喧嘩は並大抵では終わらない。異世界では二人のケンカに巻き込まれて街ひとつがきれいサッパリ更地となった事件まで発生している。その原因は桜におかずを奪われた聡史が珍しくキレたことに端を発するという何ともたわいもない出来事だったはずなのに、その結果としてたやすく周囲に災厄を招く兄妹ともいえる。


 その雰囲気はあたかも学院崩壊の序章が始まったが如くに、聡史と桜の体からは終末を予感させる恐怖の鼓動が鳴り響いている。 


 だがこの危機に際して颯爽と勇者登場。



「桜ちゃん、大丈夫ですよ~。まだ十分成長の余地が残されていますから、今後に期待しましょう。私も応援しますよ~」


「あら、明日香ちゃんがそう言うのでしたらこの場は信じてみましょうか。お兄様は命拾いしましたわね」


 桜は明日香ちゃんの発言でひとまずは矛を収める。あまりに危険な空気に満ちて呼吸すらままならなかった美鈴は、ひと際大きな息を吐き出している。


 それにしてもさすがは親友の明日香ちゃん。桜の取り扱いマニュアルを隅から隅まで熟知しているらしい。


 兎にも角にも、桜が自分の寝室に引っ込んで髪を乾かしてからパジャマを着て姿を現す。わずかな時間でその機嫌はすっかり直っている。



「皆さんで何をお話ししていたんですか?」


「桜ちゃん、今ステータスを見せ合っていたんですよ~。桜ちゃんのステータスも見せてください」


「いいですわ。ステータス、オープン」



 【楢崎 桜】  16歳 女かな? 


 職業      覇者を凌駕せし者


 称号      神に向けられし刃  天啓の虐殺者


 レベル       623


 体力      99999


 魔力      99999


 敏捷性     99999


 精神力     99999

 

 知力        100


 所持スキル   記載不能


 ダンジョン記録 踏破レベル11



 兄のような配慮は無縁の桜。生の本物の、誰が見てもとんでもなくヤバ~いステータスをいとも簡単にご開帳あそばされる。


 浅慮これに極まれりであるが、桜はむしろ自慢げなドヤ顔をキメている。



「おかしいわね? 私の目がどうかしているのかしら?」


「桜ちゃんは、芸が細かいですよ~。ステータス画面で笑いを取ろうなんて、その手には乗りません」


 美鈴と明日香ちゃんは、ズラリと並ぶ冗談のような数値を全く信用していないらしい。これ幸いとばかりに聡史も二人に乗っかる。



「桜、冗談は別の機会にしような。もうそのステータスは引っ込めろ」


 聡史は盛んに目で合図を送るが、桜には一向に伝わらない。



「なんですかお兄様? その汚いウインクは?」


「生ゴミのように汚いウインクだとぉぉ。いいから今すぐ引っ込めろぉぉ」


「いえ、生ゴミとは言っていませんわ。はあ~、せっかく一般公開したのに信用されませんでした」


 桜がステータスを引っ込めると注目は俄然明日香ちゃんへと移る。



「明日香ちゃん、私がステータスを公開したのですから、ここは親友として是非見せてくださいませ」


「まったく桜ちゃんはズルいですよ~。あんな偽物のステータスを見せるなんて。まあいいでしょう。そこまで皆さんがご希望するなら、これが私のステータスですぅぅ!」


 バーーーン!


 と、明日香ちゃんは自分の口で効果音を奏でた。


  


【二宮 明日香】  16歳 女 


 職業      魔法少女になりたいっ!


 レベル        2


 体力        24


 魔力        25


 敏捷性       17


 精神力       14

 

 知力        32


 所持スキル   魔法少女になりたい気持ち



「なんだかホッとしてくるわ」


「オチには相応しい数値ですわね」


 この学院1年Eクラスの生徒として考えても相当に心許ない数字が並ぶ。しかもよくよく見るとツッコミどころ満載のステータスではないだろうか?


 明日香ちゃん以外の三人が何か言いたそうな表情であるが、その中で桜がそのツッコミ役を買って出る。親友としての思い遣りのなせる業であろう。



「明日香ちゃんは、中学の頃から魔法少女になるのが夢でしたわね~」


「はい、桜ちゃんが言う通りですよ~」


「でも、この職業は魔法少女ではない何か別のものではないでしょうか?」


「きっと見習い的な立場なんですよ~」


「楽観的でいいですわ。それでこの変なスキルは役に立つんですか?」


「精神的な問題かなと」


「今夜のオチ以外の何物でもないでしょうがぁぁ」


 桜の絶叫で、本日のステータス開示はお開きとなる。

 


 その後順番に入浴して全員がサッパリする頃には、日付が変わりそうな時間まで夜は更けていく。


 聡史と桜は自分の寝室に、美鈴と明日香ちゃんは空いている予備の部屋に引っ込んでそのまま一夜を過ごすのだった。






   ◇◇◇◇◇







翌日…


 登校の準備を整えて四人で特待生寮を出ると、教室に向かう途中で美鈴が振り返る。



「私、一度生徒会室に顔を出してから教室に向かうから先に行くね」


「わかった。忙しんだな」


「美鈴ちゃん、お仕事頑張ってくださいませ」


「さすがは、副会長ですよ~」


 三人の応援を背に受けて美鈴は一足先に階段を昇っていく。階段を駆け上がると短いスカートから眩しい足が姿を曝け出すが、せっかくの場面に気づく者は誰もいなかった模様。せっかくの美鈴の見せ場が実に残念。


 残った三人は時間に余裕がある事だし、さほど急ぐ様子もなくEクラスへと向かう。



 教室に入ると、明日香ちゃんが…



「あっ、今日は日直でしたよ~」


 そのままカバンを自分の席に置くと、いそいそと黒板に本日の授業予定などを書きこんでいる。そんな様子を横目に見ながら聡史と桜が席に向かおうとする時、野太い低音の声が二人を呼び止める。



「聡史、昨日は色々と世話になったな」


「ああ、頼朝か。ずいぶん早いんだな」


 聡史と和やかに朝の挨拶を交わしているのは件の藤原頼朝。多少のトラブルはあったものの、聡史と一緒に当初の予定通り自主練をこなして、早くもクラスの仲間と認め合う間柄。


 だが桜にとっては全く面識がないも同然。クラスの生徒全員の名前と顔を覚えるには、あまりに時間が足りないのは仕方のない話。



「お兄様、こちらの方はどなたですか?」


「ああ、昨日一緒に自主練をして仲良くなった藤原頼朝だ」


「まあ、男同士でコブシで語り合ったんですね。私もぜひとも私も仲間に入りたいですわ。立場の上下をキッチリと分からせて差し上げます」


「お前は朝から喧嘩を売っているのかぁぁ。もうちょっとオブラートに包めぇ」


 明日香ちゃんや美鈴に対する態度で分かるように桜は女子の友達とは気安くしゃべれるのだが、こと相手が男子となるとついつい喧嘩腰の口調になる悪い癖がある。おかげで生まれてこの方彼氏などできた例はない。せっかくの美少女ぶりがまったく生かされずに宝の持ち腐れで、なんとも残念すぎる子だ。



「し、失礼しました。自分は藤原頼朝です」


 桜に面と向かって挨拶をするには頼朝のなけなしの性根では力不足らしい。まるで大姐御に舎弟が頭を下げるが如くの、気の毒なくらいに卑屈な態度になっている。逆に言えば、彼に自ずとそうさせるだけの目に見えない何かを桜は持っている。

 


「頼朝、頭を上げろ。完全に名前負けしているぞ」


「放っといてくれ。子供の頃からずっと言われ続けている」


 なるほど、頼朝は特に相手が桜だからというわけでもないようだ。それはそうとして、彼は改まった顔をして聡史に向き直る。



「聡史、なんだか噂が出回っているぞ」


「噂? なんだそれは?」


「お兄様、おそらく私の魅力に惹かれた名もなき男子がこの美しさを褒めそやし…」


「桜、ひとまずお口にチャックしような。それから頭が重傷みたいだから、すぐに病院で多目の薬を出してもらってこい。それで頼朝、噂というのは?」


 横から邪魔をする桜の本当のどーーーでもいい主張を止めてから、聡史は頼朝に改めてその噂とやらの詳しい話を聞く。



「昨日聡史がAクラスの連中を瞬殺しただろう。どうもあの話が学年に広まっているみたいだ」


 頼朝の口から飛び出した「瞬殺」という蠱惑的なフレーズに黙っていられる桜ではない。どうにも我慢できない様子で横からしゃり出てくる。



「お兄様、私がいない間になぜそのようなオイシイ場面に出くわすんですかぁぁ。そのような際にはすぐに私を呼んでくださいませ」


「桜、確かその時間、お前と明日香ちゃんは食堂でオイシイ物を食べていたんじゃないのか?」


「それはもう。カフェテリアのフルーツパフェはウットリする美味しさでした。それからチョコレートパフェは濃厚な味わいが口の中に広がり、クリームあんみつは抹茶の香りが…」


「いくつ食べているんだぁ。もういいから明日香ちゃんと今日のおやつの相談でもしてこい」


「ハッ、そうでしたわ。お兄様は何から何までお見通しなのですね。私にとってとっても大切なスケジュールを果たさなければなりません」


 桜はすでに着席している明日香ちゃんの元にそそくさと向かっていく。二人仲良く放課後のオヤツの相談を開始しているよう。すでに頼朝など存在ごとその頭の中からキレイに抹消されているお気楽さを発揮している。


 だが、ちょうどここで始業を告げるチャイムが鳴る。聡史はもう少し情報を集めたかったが、止む無く頼朝と別れて自分の席に向かう。


 なにごともなく朝のホームルームが終わると、本日のカリキュラムは終日実技実習となっている。




 1年生のクラスでは、魔法の研究を希望している生徒と将来ダンジョンで活躍したいと希望している生徒が混在しながら授業を受けている。といっても研究職を目指そうという人間などごく一握りで、大抵は一攫千金がぶら下がる冒険者を目指すケースがほとんど。


 とはいえこの状況は、1年生のみ本人の希望や適性に拘わらず一緒くたに指導カリキュラムが組まれているのがその理由。2年生になってはじめて専門的な授業内容が用意されており、少数の研究者を目指す人材はそちらのコースへ分かれていく仕組みとなる。


 つまり『1年生はつべこべ言わずに一人前の体を作れ!』という学院長の指導理念がそのまま生かされているといえる。この辺は各校の学院長の裁量で決めれるので、その地にある魔法学院ごとに個性を打ち出すことも可能。


 さて、1年生の実技系科目は大まかに分類すると3科目に区分される。その内容は、基礎実技、専門実技、自由課題の3科目。


 基礎実技というのは、簡単に言えば体力訓練に相当する。この科目が最も厳しいのは言うまでもないだろう。内容はほぼ自衛隊の基礎訓練課程に準じており、午前中の半分の時間をかけて厳しい訓練が続く。



 そんな中で、聡史と桜は…



「桜、20分走からスタートだぞ」


「お兄様、思いっ切り走ってよろしいのでしょうか?」


「絶対にやめるんだ。他の生徒に合わせて走れ」


「仕方ありませんねぇ~」


 桜は大いに不満そうな表情。ついこの間まで過ごしていた異世界では人の姿など全く存在しない草原や荒野が至る所にあったので、桜がノビノビと運動しても誰にも迷惑を掛けなかった。気の向くままに新幹線と同等の速度で走り回るのも可能という環境。だが学院のグラウンドで同じスピードを出そうものなら阿鼻叫喚の地獄絵図は確定であろう。これが異世界生活でレベル600を越えてしまった驚異の能力といえようか。


 ピー


 自衛隊上がりの指導教官がホイッスルを吹き鳴らすと、1年生全員がクラスごとにまとまって1周400メートルのトラックを走り出す。スタート後すぐに隊列がバラけ始めて、200人が追い抜いたり追い抜かれたりと、トラック上は混沌とした様相を呈する。



「桜、危険だからトラックの外側を走るぞ」


「はい、お兄様」


 誰にも邪魔されない場所を走る二人はややペースを上げる。その光景を目撃した訓練教官は…



「おい、あの二人は何者だ?」


「凄いスピードだぞ」


「タイムを計ってみろ」


「その必要はないだろう。軽く世界記録を越えている」


 教官たちの表情が驚愕に染まっていることなど全く気付かない兄妹は、その速度を維持したまま周回を繰り返す。10周以上走ったところでもまだ余裕の表情の聡史は、桜に現状の感じたままを話す。



「桜、どうもこんなスピードでは負荷が足りないな」


「お兄様、全然物足りないですわ」


「そうだ、桜、俺の背中に乗ってくれ」


「いいですわ」


 桜が地面を蹴ると、ヒョイと兄の背中におぶさる形となる。このまま猛スピードで走ろうというのだから、周囲は開いた口が塞がらない。



「これで多少はマシになったな」


「お兄様、5周交代にしましょう」


 こうして兄妹は、互いを負ぶったままで一切速度を落とさずに周回を重ねていく。



「今度は片方を負ぶり始めたぞぉ」


「スピードが落ちない。化け物か?」


「俺、あんな生徒を指導する自信ないわ」


 タフな精神が合言葉の自衛隊上がりの教官をもってしても、兄妹の驚異的な身体能力にはお手上げの状態。


 トラックを走る生徒たちもこの様子を目の当たりにして誰もが抵抗を諦めている。


 だが1人だけ聡史たち兄妹に苦々しげな視線を向ける生徒がいる。その名を浜川茂樹はまかわしげきといい、所属するのはAクラス。美鈴の話に一瞬出てきた勇者の職業を持った男子といえばお分かりだろう。



「今のうちにいい気になっていろ。あとで俺の前に這いつくばらせてやる」


 茂樹はそう捨てゼリフを残してから、既定の20分間走を終えて何処の場所へと姿を消していく。茂樹以外の生徒は誰も彼のこんな態度に気付く様子もない。それよりもその視線の先には聡史兄妹が映っている。これほどの能力の違いを見せつけられてしまったら、誰一人この双子に対して抵抗しようなどといった大それた感情を捨て去るのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


午前中のトレーニングを終えてケロリと終えた兄妹。体力的な化け物ぶりを見せつけましたが、まだまだこの程度では終わりません。


「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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