第24話 彼女たちが水着に着替えたら


 聡史たちのパーティーは伊豆旅行の費用を稼ぐために終業式の翌日から4日間の予定で秩父ダンジョンへ向かう。今年の新作水着の代金やお小遣いコミコミで目標金額のお一人様5万円を稼ぐために明日香ちゃんがいつになく燃えている。



「夏の楽しい旅行を実現するために、いっぱい稼ぎますよぉぉ!」


 ひとりで天に向けてコブシを突き上げて今にも拳王様が昇天しそうな勢い。頭の中は海を見ながら美味しくいただくデザートでいっぱいになっているから周囲が何を言おうとも耳に入ってこない。脳内にお花畑が一面に咲き乱れて色とりどりの蝶々が飛び交っている。さらにそこには、真っ白なブラウスを着込んだ明日香ちゃん本人が裸足でクルクル回って華麗なダンスを踊る。目の前にイベントが待っているだけでこのテンションだから当日になったらどうなってしまうのか、今からちょっと心配になってくる。


 ハイテンションの明日香ちゃんをなんとか宥めながら五人が駅に向かう途中、片側の車線を封鎖して道路工事を行っている。この暑い最中にご苦労様だなぁ… と思いつつ誘導に従って歩道を歩いていると、ダンプが運んできた土砂をスコップで穴に放り込んでいる集団がある。


 ヘルメットを被るその表情の一人一人にはどこか見覚えがあるような…



「頼朝! こんな現場でアルバイトか?」


「おお! 聡史か、バイトで伊豆の旅費を稼いでいるんだ」


 よく見ると頼朝だけではなくて、クラスの男子連中が大勢この現場で働いている。それぞれの持ち場で一輪車で土砂を運んだり、ダンプの荷台に乗ってへばりついている土をこそぎ落としたりと、分担しながら作業に勤しんでいる。



「学院から近いし結構いいバイト代を出してくれるんだぜ。給料も日払いだから、よかったら聡史もやらないか?」


「いや、俺たちはこれから秩父ダンジョンに行ってひと稼ぎしてくる」


「ダンジョンで金を稼げるなんて羨ましいぜ。俺たちみたいにゴブリンしか相手できないんじゃジュース代しか手に入らないからな」


 本誌が入手した頼朝の独占告白「こんなブラックな1年生の悲惨な実態」が明らかになっている。身の危険を冒してゴブリンを討伐してもバイト代にもならない悲しい実情がここにある。冒険者見習いならば誰もが通る道とはいえ中々辛い期間を過ごしているよう。それだけでも聡史たちのパーティーの恵まれた立ち位置が理解できる。



「義仲、バーベキューの肉はこの桜様が確保しますから大船に乗った気でいなさい」


「木曽殿か! 今度はそっちに飛ぶのか? というよりも桜、だいぶネタに詰まってきているだろう」


「お兄様、断じてネタでやっているのではございませんから、そこだけはしっかりとご承知おきくださいませ」


 こうして桜にからかわれた頼朝が涙目になるのを見届けてからパーティーは駅に向かおうと歩き出す。だが、そこで…



「おや? あそこに立っている女の子はクラスで見た顔だぞ」


 聡史の視線の先には誘導棒を振りながら通行する車の整理をしている小柄な女子の姿がある。封鎖している道路の反対側にいるもうひとりの女子に誘導棒を振りながら合図を送り車の往来をきっちりと捌いている。



「ああ、あれはうちのクラスの蛯名ほのかちゃんですね。反対側にいるのは竹内真美ちゃんですよ」


 ガテン系男子が大半を占めるEクラスの男子が道路工事のバイトに従事するのはなんとなくわかる気がする。だが女子までもがここで現場作業をしているとは、さすがに聡史も予想外。ただ脇目も振らずに懸命に車の誘導に当たる姿に対しては、心の中で「頑張れよ」と応援する言葉を投げ掛ける。






  ◇◇◇◇◇






 数日が経過して、いよいよ伊豆に向けて出発する日がやってくる。


 集合は学院の正門前で時間に余裕をもって特待生寮を出た聡史と桜は手ぶらで集合場所へと向かう。二人ともアイテムボックスに荷物を放り込んであるので、どこに行くにしても手荷物は持たない姿はすでに学院でも見慣れた光景。


 楽しみにしていた伊豆への旅行の当日とあって桜の足取りはいつにもまして軽い。対する聡史は幾分重たい足を引きずるようにしながら歩いている。


 少々お疲れ気味の聡史… その原因は昨日の行動にあった。近くの街まで水着の購入へと向かう女子たちに付き合わされて丸一日引っ張り回された成れの果ての姿ともいう。


 聡史には理解できない女子の習性… 高々水着一着を選ぶのになぜ3時間も4時間も要するのだろうか? しかもいちいち試着して納得がいかないとまた別の水着を繰り返してと… 果てしない無限ループの間、聡史は常に男は自分ひとりしかいない水着売り場にて長時間の苦行を余儀なくされた。


 唯一の心のオアシスはとっかえひっかえ水着を試着する美鈴とカレンに呼ばれて色とりどりの水着に包まれた彼女らの眩しい姿を拝謁する瞬間だけ。この時間だけは一緒に来て本当に良かったとしみじみと実感する聡史。


 ただしその後には必ず難題を突き付けられる。美鈴とカレン、交互に身に着けている水着の感想を求められるという困難な課題が待ち受ける。どこかのソムリエ張りに「夏の情熱的な日差しに映える美しい色合い」とか「豊かなプロポーションをソフトなムードで包み込む大人のイメージ」などという気の利いた誉め言葉がその場で浮かぶほど聡史には女性の気分を盛り立てるスキルは持ち合わせていない。


 ここで聡史が誉めればもう決まり! という場面で肝心な一言が出なかったおかげで、いたずらに試着の時間だけが延長されていく悪循環。その分は大いに目を楽しませたから、時間の経過とともにすり減らしていった聡史の精神的なエネルギー消費は差し引きゼロかもしれないが…


 というわけでこのような男としての精神修養を経験して一回り成長した聡史は重たくなりがちな足を励まして正門へ向かって歩いている。



 だだっ広い学院の敷地を歩いて正門へと向かう兄妹、二人が集合場所へ到着するとそこには驚くべき風景が広がっている。


 下心満載で浮かれ切っている頼朝ら男子八人に混ざって、神の思し召しか天地がひっくり返る奇跡かクラスの女子が五人もこの場にいる。いかなる神の配剤だろうかと目を疑うような光景がそこに出現中。


 あれだけ女子が集まらないと嘆いていた頼朝たちが奇跡的に五人の女子たちを今回のツアーに引き入れている。


 すごいぞ、頼朝! 君たちは単なる肉体労働者ではない! 肉の壁でもない! もう一人前の男だ! いや、漢だ!


 よくよく見ると、その中にはあの道路工事の現場で車の誘導をしていた二人の女子が混ざっている。彼女たちもこのツアーの代金を捻出するために工事現場のバイトに汗を流していたのだろう。



「皆様、おはようございます。信玄は朝から鼻の下を伸ばしていますわね」


「今度は戦国武将できたのか。頼朝だからな」


 朝の挨拶ひとつで桜が頼朝を涙目に追い込んでから、聡史は桜に連れられて固まって待っている女子たちの前に引き出される。



「女子の皆さん、ここに立っているのが私の兄ですのでどうか気楽に声を掛けてやってくださいませ。中々自分から女子に話しかけられない小心者ですので、どうぞよろしくお願いいたします」


「どういう紹介だぁぁ! もうちょっと物の言い方というものがあるだろうがぁぁ! 引きこもりのオタクか? 俺はアニメの2次元の世界だけが友達の気の毒な高校生か?」


「お兄様、もしかしてオタクに偏見を持っていらっしゃいますか? そのような偏った物の見方はですねぇ…」


「お前にだけは言われたくないから!」 


 兄妹のやり取りに居並ぶ女子たちは声をあげて笑っている。どうやらツカミは上々のよう。ひとりずつ順番に自己紹介してくれている。こうして接してみるとEクラスの中では比較的まともな女子に見受けられる… いやいや、全員まともですよ! ちょっと個性的というだけで…


 しばらくすると、美鈴、明日香ちゃん、カレンの三人が揃って姿を現す。明日香ちゃんは同じクラスだからともかくとして、「高嶺の花」「雲の上の人」「殿上人」「展開の住人」etc… Eクラスの生徒から見ればこのように表現しても差し支えない美鈴とカレンの登場に頼朝たちは感涙に咽んでいる。


 通常ならばまずをもって交流がないAクラスから一,二を争う美女二人がこうして一緒に旅行に参加するなど、肉体労働者たちにとっては夢のような出来事。


 こうして総勢18名のご一行は一路伊豆へと向かって出発していく。







  ◇◇◇◇◇







 朝の7時に学院を出発した一行は、9時過ぎに伊豆の海に到着する。休日ともなると海水浴客で賑わう砂浜だが、今日は平日ということもあって人混みはまばらなよう。もっとも時間が早いせいで人出がまだなのかもしれない。一行は早速海の家の更衣室を借りて男女ともに着替えを開始する。


 当然さっさと着替えを終えた男子が先に海の家から出てくる。彼らはレンタルのパラソルを準備したり、砂浜にブルーシートを広げたりとこまめに働いている。元々ガテン系の肉体労働者なので、このような作業はお手のもの。彼らがこうして張り切っているのは、ひとえに艶やかな水着に包まれた女子たちを出迎えるためと言い切ってよい。そのために労を惜しむヤル気のない人間などこの中にはひとりもいない。いや、いるはずがない!


 ブルーシート上に佇む男たちはなぜか揃って無口になっている。各自が脳内で女子たちの水着姿に妄想を膨らませて喋る余裕などない様子。すでに脳内メモリーのスタンバイは全員が完了を終えており、バッチこいと妄想を掻き立てながら今か今かとその瞬間を待っている。そして、ついにその時が訪れれる。


 男たちの期待を一身に浴びて最初に登場したのは…



「桜ちゃんの水着は胸を思いっきり盛ってますよ~。選ぶのに3時間も掛ったはずです」


「そういう明日香ちゃんだって脇腹の肉をどうやって隠すか散々迷っていたじゃないですか。全部は隠しきれてはいませんが…」


「ムキィィィ! ちゃんと隠れてますからぁぁ! この水着はこういうデザインなんです」


「おやおや、デザインに責任を擦り付けるつもりですね」


「そういう桜ちゃんだって水着を取ったらまっ平じゃないですか。かさ上げするのにずいぶん苦労していましたよね」


「明日香ちゃん、実にいい根性です! 表に出ましょう。今日こそ決着を付けてあげます!」


「ここは思いっきり外ですよ~。砂浜だし」


 とまあ、こんな身もふたもないぶっちゃけトークが聞こえてくると、男子一同妄想どころではない。期待を思いっきり裏切られて視線が大海原の彼方を彷徨っている。


 それでも気を取り直して「次だ、次!」と新たな期待を海の家方向に向ける。





 しばらくすると、黄色い声が聞こえてくる。男子たちの視線の先にEクラスの女子五人組が揃って姿を現す。普段は制服姿か訓練用のジャージ姿しか見ていない彼女たちがこうして水着に着替えると…



「これはなかなか…」


「いいなぁ…」


「なんだか別人のような…」


「ヤベぇ、ちょっと好きになってしまう…」


 その気になれば手が届きそうな身近な女子に対するストレートな感想が並ぶ。もちろん男たちの脳内メモリーはフル稼働中。桜と明日香ちゃんの時はまだ稼働していなかった、もしくは本格稼働に向けての慣らし運転状態であったのが、いつの間にか超ハイスピードで貴重な画像を記録している。




 お代わりを待つジリジリとする時間が経過していく。そして姿を現したのは美鈴と聡史。「着替え終わるのを待っていて」という美鈴のリクエストに聡史が付き合わされた結果、こうして海の家から二人並んで登場と相成っている。



「男はいらねぇぇぇ!」


「聡史、そこを退くんだ!」


「ジャマぁぁぁぁ!」


 男たちの心の中で絶叫が響きあう。美鈴のスタイルをじっくりと鑑賞したいのに、どうしても隣を歩く聡史のどうでもいい水着姿が映り込んでしまう。必死で脳内メモリーから聡史の画像を消去しようと涙ぐましい努力をする男子一同。



 そして最後に、本日のメインデッシュであるカレンが登場する。普通に歩くだけでユサユサと揺れる転がり落ちんばかりの胸は半分は異世界の血を引いている賜物か? 色白かつウエストにかけて引き締まった見事なポロポーションはこのままグラビアに掲載されても好評を博すのは間違いない。



「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「もう死んでもいい!」


「お父さん、お母さん! 俺をこの世に生み落としてくれたことを心から感謝いたします!」


「ヤベぇ! 俺、今絶対に立ち上がれない!」


「家宝にしますからぁぁぁ!」


 今にも鼻血を噴き出さんばかりの煩悩全開でカレンの眩しい水着姿から目を離せない男子8名であった。






   ◇◇◇◇◇






「よ、よかったら水着姿を写真に収めようか?」


「えぇぇ! ちょっと恥ずかしいよぉ」


「せっかくの記念だから一枚だけ」


 勇気を振り絞った男たちの情熱が届いたのかEクラスの女子五人は彼らに囲まれて、その手にするスマホで色とりどりの水着姿を画像に残すのを許可する。下心満載の狼たちの欲望に塗れた提案を彼女たちはよくも広い心で許したものだ。夏の海というこの開放的なシチュエーションが女子たちを普段よりも大胆にしているのか?



「それじゃあ画像を送るからアドレス教えて」


「まあいいかな。はいこれ」


 ついでに彼女たちのアドレスまでゲットするとは、コヤツら中々やりおる! 


 そして男たちの視線は揃って聡史へと向けられる。美鈴とカレンの写真を撮れという無言の圧力が彼らの眼光に込められているのは言うまでもない。


 当然Eクラスの愉快な男たちの切実なる願望は聡史にも痛いほど伝わっている。彼らの願いが叶うかどうかは、ひとえに聡史の肩に懸かっているといっても過言ではない。



「えーと、せっかくだからみんなの水着姿を写真に撮ろうか?」


 及び腰の聡史の態度に背後からは「もっと押せ! 倍プッシュだ!」という無責任な男たちの心の声が響く。



「お兄様、そんなに私の水着姿が魅力的なのですか?」


「お兄さんったら、私のナイスバディーにメロメロなんですね~」


 言いたい放題の桜と明日香ちゃんに対して「お前たちじゃねぇぇぇぇ!」「その二人は需要が限られているんだよぉぉ!」「俺たちはロリコンでもデブ専でもねえぞ!」と叫ぶスタンドが男たちの背後に立ち上る。それはもう自らの魂すら犠牲に捧げて悪魔の手を借りてもよいと言わんばかり。、pはや完全なるダークサイドに墜ちているといっても過言ではない。


 だがこの桜と明日香ちゃんのいつものような前に出たがる姿勢は聡史にとっては絶好の追い風となる。先にこの二人を撮影する流れで、美鈴とカレンの水着撮影のハードルが一気に下がる。



 こうして無事に全員の水着姿を画像に収めた聡史の元には「早うデータを寄越せ!」というどす黒い思念が殺到する。だがこの時聡史は決心する。「この画像は絶対に誰にも渡さない」とオリハルコンよりも固く自らの良心に誓う。ただし桜と明日香ちゃんの画像のみは、場合によっては融通しようと思っている。いくらなんでも二人に関してブロックが甘過ぎやしないか? まあどうせ需要なんかないだけど…



 圧倒的男子一同が落胆する中、せっかく海に来たのだからと水に入って泳いだり、波打ち際で砂遊びなど童心に帰ったように皆がそれぞれ伊豆の海を満喫する。真っ白な砂浜と照り付ける日差しがいかにも夏のひと時を感じさせる。


 ひと泳ぎした聡史がパラソルの下で休もうとしたところに桜がやってくる。



「お兄様、このビーチボールを魔力で頑丈にしてもらえますか?」


「ああ、いいぞ」


 聡史が硬化魔法を掛けると、ちょっとやそっとでは割れたりしない丈夫なビーチボールにあっという間に早変わり。このボールを使って桜、美鈴、明日香ちゃん、カレンの四人が砂浜でバレーボールを始める。


 バシン! 


 ズバッ!


 ズゴン!


 ズシュッ!


 ゴバッ!


 ビニール製のビーチボールでは有り得ない音が砂浜に響くが、四人は普通の顔をして楽しそうにバレーボールをしている。うら若い女子高生の楽しそうな歓声が響くと、その様子に気が付いて男子のひとりがやってくる。



「俺も入れてくれよ」


「どうぞ」


 楽しそうなビーチボールでの遊びだと考えて彼は何の気なしに参加している。いや、してしまった!



「行きますよ~」


 バシン!


 いかにも重たそうな音を響かせて明日香ちゃんが男子に向かってボールをアタック!



「ブヘッ!」


 顔面を直撃した剛速球のビーチボールはその男子生徒を軽々と吹き飛ばす。明日香ちゃんだけでなくて美鈴やカレンのレベル20オーバーに対して、Eクラスの生徒の平均レベルは6~7に過ぎない。


 体力の数値は明日香ちゃんでも100近いのに対して、男子生徒は50以下。しかもボールは聡史の魔法によって硬化されている。時速130キロで飛んでくるバスケットボールに匹敵する衝撃によって、悲しいかな彼は砂浜に昏倒している。鼻血を出して白目を剥いた男子生徒はカレンの回復魔法のお世話になっている。



「健太は、何やっているんだ? 俺が見本を見せてやるよ!」


 別の男子が参加すると、今度は美鈴のアタックが炸裂する。



「グハぁぁぁ!」


 結果は同じだった。美鈴が軽く打ち込んだアタックでさえも男子生徒は受け止められない。これがレベル差というもの。どれほど体格が勝っていようとも、各種数値に基づいたボールの威力というのは絶対に覆らない。これが知らず知らずの間にレベルが上昇していた聡史たちのパーティーメンバーの実態といえるだろう。


 学年最弱であった明日香ちゃんでさえも、いつの間にかこんなに強くなっている。それだけではなくて魔法専門の美鈴ですら体力的にEクラスの男子生徒を圧倒するレベル。もちろん桜は本気など出してはいない。まかり間違って彼女が本気を出したら真っ白な砂浜には死屍累々の惨劇が発生しているだろう。



 こうして遊んでいるうちにそろそろ昼の時間となる。海岸で火を使用するのは禁止されているので、一行は道路を挟んだバーベキューのスペースと器具を貸し出してくれる店へと向かう。幹事の頼朝がしっかりと予約を入れてくれていたので、鉄板5枚分の座席がすでに準備してあってあとは焼くだけという行き届いたサービスの良さが光る。



「お待たせしましたわ。このためにわざわざ秩父ダンジョンまで遠征しましたのよ。そして私が討伐したロングホーンブルの肉がこちらで~~す」


 桜がアイテムボックスから取り出したのは、重さが10キロはある鮮やかな赤身にほんのりとサシが入ったどこから見てもA4ランクは獲得できそうな高級肉。ダンジョンのドロップアイテムとは思えないような上質な肉はステーキにして30枚分は取れそう。さらに桜は、リブロースの部位に相当する同様のブロックをもう一つ取り出してはテーブルにドンと置く。


 ロングホーンブルの肉の塊10キロ×2がデンとテーブルに置かれた眺めは壮観ですらある。



「ほぉぉぉ!」


「すげぇぇぇ!」


「どこから見ても牛肉だよな!」


「こんな量、絶対に食べ切れないぞ!」


 Eクラスの生徒は男子も女子も、大きな肉の塊がデンと2つテーブルに置かれた光景に見入っている。ロングホーンブルは秩父ダンジョンの11階層にある草原ステージに生息している魔物で、桜はこのバーベキューのためだけにわざわざ単独でそこまで足を延ばしてゲットしてきた。楽しみにしていたバーベキューに懸けるその執念にはもはや脱帽するしかない。


 ひと塊の肉を求めてダンジョンの奥深くに潜入していく! …それこそが桜の食材に対する美学なのだろう。



「ここからは、美鈴ちゃんにお任せしますわ」


「ええ、まかせて」


 美鈴は桜から肉切り用のナイフを受け取ると、大きなブロックを手際よく切り分けていく。手早く塩コショウを掛けると、あとは鉄板で焼くだけ。



「焼き加減はお好みでどうぞ。食べにくい人は切り分けるから持ってきてね」


 笑顔のシェフが手にするは、実は異世界製のミスリルのナイフ。どおりでスパスパよく切れるわけ。塊の肉がまるで豆腐を切っているかのように簡単に切り分けられていく。


 ロングホーンブルのステーキはもちろん全員が笑顔になってしまう美味しさ。そのほかにも焼きソバや焼き野菜なども用意されており、全員がお腹がいっぱいで動けなくなるまで食べまくる。そしてトドメに…



「美鈴ちゃん、お肉をもう1枚切ってもらえますか」


「桜ちゃん、これで5枚目よ」


 美鈴はもう半ばヤケクソになっているよう。分厚く切られたたっぷり1ポンドはあるステーキ肉を桜に差し出す。



「バーベキューのフィナーレを飾るにはふさわしい一品ですね」


 ホクホク顔で受け取った桜は、最後の最後まで美味しくいただくのであった。




 昼食を終えると、再び砂浜に散っていく一行。美鈴とカレンは日焼けしたくないので海の家に引っ込み、桜と明日香ちゃんはあれだけバーベキューを満喫したにもかかわらず、海の家のテーブル席で係員さんに注文を開始。



「カレーライスをお願いしますわ」


「イチゴのかき氷をお願いします」


「明日香ちゃん、海水浴といえば、やはりカレーライスですね~」


「桜ちゃんは何を言っているんですか。カキ氷こそ至高の品ですよ~」


 どっちもどっちだろう。それよりも桜にとってはカレーライスがデザート代わりらしい。明日香ちゃんと二人でとことん食欲を満たしているようで、すでに胃袋のストッパーが壊れている。



 男子たちは腹いっぱいで思い思いに休憩を兼ねて砂浜に寝転んでいる。工事現場で土方焼けしている上半身をこの際だからまんべんなくこんがりと日焼けさせようとしているかのよう。


 そんな中で聡史はひとりでパラソルの下で「ちょっと食べすぎたかなぁ」などと考えている。


 その時、彼の前に水着姿の女子たちが五人揃って顔を出す。



「あの~… 桜ちゃんのお兄さんに実は折り入ってお願いがあるんです」


 この五人組は女子だけでひとつのパーティーを結成しており、その中でリーダーを務める竹内真美が何やら相談事を聡史に持ち込んできたよう。彼女の周りには他のパーティーメンバーが取り囲むように砂浜に座り込んでいる。ひとりで女子五人に囲まれるなんて聡史は男冥利に尽きる。美鈴にバレたら当分口もきいてもらえなくなるかもしれないが、幸い彼女はカレンとともに海の家の奥に引っ込んでいる。



「俺の呼び方は聡史でいいから。それで、お願いというのは?」


「実は私たちは〔ブルーホライズン〕というパーティーを組んでいるんですが、実力がなくて未だにゴブリンに苦戦しているんです」


 真美の深刻そうな表情に合わせて他のメンバーがうんうんと頷いている。聡史にもなんとなく彼女たちの相談内容が分かってくる。



「明日香ちゃんが聡史さんたちと一緒になって強くなったのを見て、私たちもこれじゃあいけないんじゃないかって考えたんです」


「明日香ちゃんは相当頑張ったからな」


「ええ、毎日泥だらけになっている姿をよく見掛けました。ですから聡史さん、私たちを鍛えてもらえませんか」


「そうだなぁ… 色々とパーティーメンバーに付き合わないといけない時間があるからなぁ。空いている時間はというと… ああ、自主練の時でいいか?」


「自主練っていうと、藤原君たちがやっている放課後の訓練ですか?」


「そうだ、俺も参加しているから、その時間だったら訓練に付き合ってもいいぞ」


「ほんとうですか、ありがとうございます。学院に戻ったらぜひともお願いします」


「「「「おねがいします!」」」」


 真美をはじめとしたメンバーたちの顔が一斉にパッと明るくなる。実は彼女たちは何とか聡史に頼み込めないかと色々考えてこの海水浴に同行している。結局女子が参加したのは頼朝たちの手柄ではなくて、どちらかというと聡史が目当てというほうが正しい。だがこの事実は彼らには内緒にしておこう。



「それで、みんなはどんな武器を使っているんだ?」


「私とほのかが剣で、渚と絵美が槍で、美晴が斧です」


「全員物理系か… まあ、Eクラスの生徒で魔法が使える人材は貴重だからなぁ… しょうがない、取り敢えずは今使っている武器の技術を上げていこう」


「「「「「はい、どうかお願いします!」」」」」


 こうして聡史には弟子が増える。この兄妹は異世界でも孤児を保護しては剣を教えたりしていたので、他人に何かを教えるのが習い癖になっているのかもしれない。厳しいが実は面倒見のいい先生ともいえる。


 話がまとまったところで、聡史が真美たちに改めて顔を向ける。



「腹の具合はこなれてきたか?」


「だいぶ楽になりました」


「そうか、それじゃあ、ひと泳ぎいくぞ」


「「「「「はい!」」」」」


 こうして新たな弟子となった女子五人は、聡史につられるようにして海へと向かうのであった。



   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



女子五人組からの思わぬ申し出で、どうやら彼女たちは聡史に弟子入りするよう。聡史の周囲には女性陣が続々集まって、いよいよ本格的なハーレムが成立か… この続きは明後日投稿します。どうぞお楽しみに!



「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


と感じていただいた方は、是非とも☆☆☆での評価やフォロー、応援コメントへのご協力をお願いします! 


それからお知らせがあります。この小説とジャンルが似ている作品【担任「このクラスで勇者は手を上げてくれ」えっ! 俺以外の男子全員の手が挙がったんだが、こんな教室で俺に何をやらせるつもりだ?】の投稿を開始しました。同じ学園モノですが、【異世界から】に比べてコミカルでとっつきやすい作品です。どうぞこちらもご覧いただいて楽しんでもらえたら幸いです。

 

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