第18話 秩父ダンジョン 1

 学生食堂で夕食を終えた五人は外泊許可を取ってから大急ぎで荷物をまとめて最寄駅から電車に乗っている。現在は明日から二日間秩父ダンジョンにアタックするためにパーティーメンバー全員が兄妹の実家に向かっている最中。


 聡史と桜の実家は東京と埼玉の県境。すでに電車に乗車すること一時間以上経過しているが、依然としてただひとり美鈴の胸中は未だに揺らいでいる。


(あんなに大泣きして、本当に恥ずかしい… 聡史君に抱き着いて迷惑を掛けちゃったし、もしかしたら呆れられちゃったかもしれない)


 あまりにも理性のタガが外れていた自分の行動を振り返ってズーンと効果音が響くぐらいに落ち込んでいる。彼女自身ひとりで3階層に向かった聡史が心配で心配で張り裂けそうであった気持であったところに、無事に戻ってきた彼の顔を見て感情が抑え切れなくなっていた。その結果あのような突発的な行動に… 人前で思わず聡史に抱き着いてしまって嫌われたとまでは思っていないが、自らの中で情けない気持ちが募っていく。


 だがそんな感情とは裏腹に、電車に乗ってからずっと美鈴の手は聡史と繋がれたまま。時折聡史の顔をチラチラと見上げるが、彼はずっと車窓の景色を眺めて特段の反応を見せずじまい。どうしていいのかわからない美鈴は不安を誤魔化すために繋いだ手をギュッと握るしかない。



 午後9時前に、パーティーメンバーが乗り込んだ電車は目的の駅に到着する。



「それでは私は自分の家に戻りますね。明日の朝9時にここで待っていますよ~」


 明日香ちゃんの家も同じ駅から歩いてほど近い場所にある。実家には娘を溺愛している父親と小学校5年生の弟が首を長くして帰りを待っているので、今夜はこのまま自分の家に戻るそう。



「それじゃあ、また明日」


「はい、おやすみなさい」


 明日香ちゃんと別れた一行は10分ほど歩いて兄妹の家に到着。ドアのチャイムを鳴らすと玄関には兄妹の母親が出てくる。



「まあ、美鈴ちゃん! 本当に久しぶりだったわね~。すっかりお姉さんになっちゃって」


「小母様、お久しぶりです」


 聡史の母親は久方ぶりに姿を見せた美鈴を相手にオバちゃんトーク全開。家族ぐるみで付き合っていたお隣さんの娘がこうして再び訪問したのに大喜びで、なんというかもうひとりの娘が戻ってきたかのような歓迎ぶり。



「お母様、こちらはカレンさんですわ」


「はじめまして、神崎カレンです」


 桜から紹介されたカレンを母親は打って変わってボーっとした表情で見入っている。しばしの時間が経過してようやくハッとして我に返る。



「ごめんなさい。あんまりきれいな人だからビックリしちゃったわ。さあさあ、玄関で立ち話も何でしょうから中に入って」


 こうしてリビングに通されてちょっとだけ晩酌していい気分になっている父親とも挨拶すると、荷物を置いてすぐに桜から順に風呂に入っていく。明朝それほどのんびりしていられないので、今夜は早めに休もうという話し合いゆえの行動。


 しばらくして、風呂を終えた美鈴が聡史の部屋に入ってくる。髪を乾かしパジャマに着替えて、すっかり寝る態勢になって聡史を呼びにきている。



「聡史君、お待たせしました。お風呂が空いたわよ」


「ああ、すぐに入る」


 聡史を呼びに来ただけかと思いきや、美鈴はそのまま部屋に入り込んで聡史のベッドに腰を下ろす。4年ぶりに入った聡史の部屋は美鈴の目には全然変化がないように映る。



「聡史君、お隣には新しい家が建ったのね」


「そうだなぁ… 美鈴が引っ越した2年後ぐらいに建ったような気がする」


 美鈴の表情にはお互いに別々の時間を過ごした寂しさが宿る。窓の外には自分たちが住んでいた家ではなくて会ったこともない他人の家があるという事実が彼女の胸に重たくのしかかっている。引っ越してからの4年間、別々に過ごした埋めがたい空白に対するやりようのない気持ちが彼女の中に去来する。



「美鈴は全然変わってないな」


「えっ?」


 急に聡史が昔を振り返るような表情で美鈴に語り掛ける。何のことかわからずに、美鈴は戸惑った表情を浮かべたまま。



「ほら、子供の頃に俺や桜が無茶をするといつも心配してベソをかいていただろう」


「あっ」


 美鈴の脳裏に過去の様々な場面が思い浮かぶ。真っ赤な実を採るんだと言って高い木に登って降りられなくなった桜。いつも美鈴と一緒にいるとからかわれて男の子たちと取っ組み合いを始める聡史、そんな二人の姿をハラハラしながら見つめる自分。


 今振り返ってみると、確かに聡史が言う通りかもしれない。



「美鈴は自分のことでは絶対に泣かないのに、俺たちを心配するときだけ大泣きしていたよな。だから今日、久しぶりに美鈴の泣き顔を見たら昔を思い出したんだ」


「うん」


 美鈴の心の中に、温かいものが流れ込んでくる。聡史がちゃんと覚えていてくれた… それだけで嬉しい。心が満たされるというのはこんな状態なのかなと頭の別の部分で考えている。



「なるべく美鈴を泣かせないようにしたいとは思っているけど、これからも今日みたいな出来事があると思う」


「うん」


「でも俺は美鈴が待っている場所に戻ってくるから、心配するな」


「うん… 聡史君、ありがとう」


 美鈴には聡史の思いやりが伝わっている。あれだけ人前で大泣きして迷惑を掛けても聡史は全部わかってくれている… それだけで今までクヨクヨ悩んでいた自分の胸の内が一気に晴れ渡るような気分になる。聡史が隣にいてくれる幸せを噛み締めたい。声には出せないが、そんな嬉しさで美鈴の胸はいっぱいに…



「それじゃあ、風呂に行ってくる」


「うん、いってらっしゃい」


 聡史が部屋を出ていった瞬間、美鈴は思わず緩んでしまう表情を抑えきれずに聡史のベッドにゴロリと横になる。子供の頃はしょっちゅうこのベッドに聡史と一緒に寝ていた。ひょっとすると自分の部屋よりもここにいた時間が長かったような気がする。



「うーん」


 寝っ転がったままで息を思いっきり吸い込むと、かすかに聡史の残り香が鼻腔をくすぐる。ここは幼い頃の美鈴にとって一番落ち着ける場所。そしてたぶん、今でも…


(空白なんて、どこにもなかったんだ)


 確かに会えない期間はあった。でも二人は今でも想い出を共有している。そして、これからも…


 そう考えるだけで、頬が火照ってくる感覚が伝わる。


(今日は色々あったなぁ…)


 聡史の枕に顔を埋めて美鈴は目を閉じる。頭の中を今日一日の様々な出来事が駆け巡るが、それとは別に次第に美鈴は微睡みに引き込まれていく。そのまま、いつの間にか聡史のベッドでグッスリと寝込んでしまった。




 風呂から上がった聡史が自分の部屋のドアを開くと、電気をつけっぱなしのままで自分のベッドに寝ている美鈴の姿がある。



「あーあ、占領されてるよ」


 後頭部を掻きながら、まいったなぁ~… という表情を浮かべる聡史。仕方がないので美鈴にタオルケットを掛けてから電気を消して部屋を出ていく。


 そのままリビングのソファーに小さくなって聡史は一晩明かすのだった。





   ◇◇◇◇◇





 翌朝、パタパタ階段を下りてくる足音が響く。



「聡史君、なんで起こしてくれなかったの」


「うん? ああ、美鈴か… 気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのが忍びなかった」


 聡史がリビングのソファーから体を起こしつつ、まだ眠そうな表情で答えている。そこに、ちょうど起きてきた桜とカレンが姿を現す。



「おや、お兄様はリビングで寝ていたのですか? ということは、いつものようにベッドを美鈴ちゃんに占領されたんですね」


「見ての通りだ」


 いかにも当然というこのやり取りにカレンは不思議そうな表情を浮かべる。



「美鈴さんは、聡史さんの部屋で寝たんですか?」


「ね、寝たかったわけじゃないんだからね。気が付いたらグッスリ眠っていただけよ」


「どおりでいくら待っていても客間に戻ってこないわけですよね~。私も待ちきれなくって先に寝てしまいました」


 カレンは呆れ顔で美鈴を見ている。その横では聡史が大きく伸びをしてソファーから起き上がる。



「あー、なんだか狭い場所で寝たから節々が痛むぞ」


「聡史君、ご、ごめんなさい」


 平謝りの美鈴、顔が真っ赤になっている。



「カレンさん、美鈴ちゃんがお兄様の部屋に寝るのは別に不思議でも何でもありませんわ。子供の頃から自分の部屋よりもぐっすり眠れると言っては毎晩のように泊まりに来ていたんですから」


「桜ちゃん、昔のことをバラさないで!」


 美鈴が焦った表情で唇に人差し指を当ててシーというゼスチャーをしても、もう後の祭り。カレンがジトーっとした視線を隠そうともせずに美鈴に向ける。




 こうして朝食を終えてから準備を整えて一行は待ち合わせ場所の駅の改札へと向かう。すでに明日香ちゃんは到着しており、手を振ってメンバーを迎える。



「皆さ~ん、昨夜はグッスリ眠れましたか? 私は久しぶりの実家で自分のベッドで爆睡しましたよ~」


 何も知らずに放たれた明日香ちゃんの言葉に、聡史、桜、カレンの三人は、まじまじと美鈴の顔を見つめる。その視線に何か耐え難いものを感じた美鈴は思いっきり赤面するのだった。







   ◇◇◇◇◇







 秩父ダンジョンは兄妹の家から電車で45分、そこからバスに乗り換えて15分程度の場所にある。もちろんその名の通りに秩父山地の入り口付近に所在しており、山のふもとの洞窟のような形でダンジョンが存在する。


 さて魔法学院に隣接する大山ダンジョンと比較して、ここ秩父ダンジョンには一般の冒険者の姿が数多くみられる。実はこのように各地のダンジョンは多くの冒険者を集めているのだが、大山ダンジョンだけは彼らから毛嫌いされている節がある。


 その理由は大山ダンジョンが現在確認されている国内のダンジョンの中で最大の規模を誇るということが一因となっている。大山ダンジョンの各階層の広さは3キロ四方となっており、他の国内ダンジョンの2倍の面積がある。となると下の階層を目指すにはおのずと時間がかかり、目的階層までの往復で大幅に時間を取られてしまう。


 しかも3階層まではほとんど金にならないゴブリンばかりが出現するので、よほど酔狂な冒険者でなければ誰も寄り付かない、ある意味で冒険者泣かせのダンジョンといってよい。


 その分学院生は他の冒険者に気兼ねせずにのびのびと腕を磨けるというメリットはあるにしても、閑古鳥が鳴く寂れたダンジョンという不動の評価は全国的にまったく揺るぎなかった。


 対してここ秩父ダンジョンは毎週土日となると500人近くの冒険者で賑わいを見せている。管理事務所には飲食コーナーも併設されており、アルコールの提供はないものの飲み物や秩父名物の豚みそ丼、地粉で打った蕎麦などを味わえるなど、観光地顔負けの設備の充実ぶりがみられる。


 


 そして、午前10時過ぎに聡史たちは管理事務所に入っていく。



「人が多いんですねぇ~」


「大山と雰囲気が全然違うわね」


「皆さん、やる気に満ちていますね」


 ここに初めてやってきた明日香ちゃん、美鈴、カレンの感想が並ぶ。ほぼ学院生だけが入場する大山しか知らない三人は、これからひと稼ぎしようと目論む他の冒険者たちの熱気にあてられがちな表情。一攫千金を目指す鉄火場のような独特の雰囲気がここにはある。


 受付カウンターに登録カードを提出して手続きを終えると、聡史がメンバーたちに振り返る。



「適当なクエストがないか探してみるから、みんなは飲食コーナーで待ってもらえるか」


「お兄様、了解しましたわ。ささ皆さん、どうぞこちらへ」


 桜がいそいそとメンバーを案内する。目的は当然ながら名物の豚みそ丼であるのは言うまでもない。朝食を取ってからさほど時間が経っていないにも拘らず、好物が目の前にあるとついつい食欲が湧きおこるよう。


 女子たち四人が受付カウンターの奥にある飲食コーナーに入っていくと入り口から二番目のボックスに空席があり、各自が食券を購入して品物が運ばれてくるのを待っている。もちろん桜以外は飲み物しか頼んでいない。そこに…



「おいおい、久しぶりじゃないか。会いたかったぜ、桜の嬢ちゃん!」


 席に座っている四人の頭上から飲食コーナー全体に響き渡る大声。見上げてみればそこにはプロレスラーも真っ青になる体格の大男が立っている。明日香ちゃん、美鈴、カレンの三人は、その大柄なプロレスラーばりの人物を見上げてビックリした表情。だが桜だけは…



「おやおや、熊さん、どうもお久しぶりです」


 どうやら顔見知りのようで愛想よく挨拶している。



「おいおい、熊さんじゃないだろう。俺は半田だぞ」


「ああ、そうでした。パンダさんですわね」


「そうそう、目の周りと耳が黒くて笹が大好物の… って、違ぁぁぁぁう! パンダじゃなくて、半田だ」


 明日香ちゃんにはバカウケ。こういう古典的な芸風が彼女のツボらしい。どうやら頼朝といい、この半田なる人物といい、桜はわざと間違えてからかっている節が窺える。どこかの「噛みました!」の小学生じゃないんだから。するとそこに…



「アンタ、若い女の子に鼻の下を伸ばしているんじゃないわよ!」


「イテテテテ」


 半田さんの隣にはいつの間にかアラサーの女性が立って思いっきり彼の耳を引っ張っている。それはもう、まったく手加減とか容赦という観念は影も形も見当たらない。気の毒な半田さんは涙目になって両手をバタバタするだけの哀れな姿。



「ああ、由香里さんもご一緒だったんですね」


「あら、桜ちゃんじゃないのよ! しばらく見なかったけどどうしたのよ?」


「魔法学院に入学しまして大山に入っていました」


「そうだったの。たまにはこっちにも顔を出してよね。また一緒にクエストに挑みましょう」


「はい、よろしくお願いします」


 ちなみにこのご両人はれっきとした夫婦である。この二人を中心として五人組のパーティーを組んで秩父の事務所では知らない人はいない有名人と相成っている。桜は気づかなかったがパーティーメンバーが奥の席で待っているようで、そのまま半田夫妻は仲間のもとに去っていく。


 そのまま席で聡史を待つが中々姿を見せない。代わって今度はあまり歓迎したくない輩が飲食コーナーに姿を現す。


 金髪にピアス、魔物の討伐の邪魔になりかねない無駄なアクセサリーを手首に巻き付け武器のナイフをこれ見よがしにひけらかす態度は、一般の冒険者からすると思いっきり浮いている。四人組の彼らは互いに目で合図をすると、桜たちが座っている席の前にやってくる。



「YO! そこの彼女たち。俺たちと一緒にダンジョンに入らない? 魔物なんか簡単に片づけちゃうYO!」


「一度魔物に襲われて死んでから出直してもらえますか」


 桜は取り付く島もなく斬って捨てている。こんなバカと一緒にダンジョンに入ったら命がいくつあっても足りない。だが桜が口にしたフレーズに男たちの表情が変わる。



「おい、女だからって俺たちは容赦しねえぞ! 素直に言うことを聞いておけよ」


「はて、どうしましょうか?」


 桜が他の女子の様子を窺うと、全員が「この場はお任せします」状態。ここでひと暴れしてもいいが、桜はもっとスマートな方法を思いつく。



「熊さ~ん! こいつらしつこいから、ちょっと説教してもらえますか~」


「桜の嬢ちゃん、熊さんじゃなくって半田だぞ」


「なんでもいいですから、こいつらをお願いしますわ」


「おう、しょうがねぇなぁ~。おら、おめえらはこっちに来るんだよ。お~い、手伝ってくれ!」


 半田さんは男たちの顔がスッポリと隠れるぶっとい腕を彼らの首に回して二人の金髪を連れ去っていく。半田さんの後から同じような体格の仲間がやってきて、残った連中も飲食コーナーの片隅に連行される。その様子を観察すると、どうやら壁沿いに正座させられて某軍曹張りの形相で頭上から厳しい声を浴びせられている。


 金髪ピアスたちは強面プロレスラー集団に囲まれてガクブル状態。顔色は真っ青で今にもチビリそうになっているよう。


 桜たち四人はその様子をニヤニヤして観察している。やがて5分が経過してようやく解放されると、金髪たちは逃げるように走り去っていく。するとちょうどそのタイミングで…



「おーい、お待たせ。あまりいいクエストはなかったな」


「いいえ、結構楽しめましたから問題ありませんわ」


 何も知らない聡史が戻ってくるが、桜は詳しい経過を口にはしない。彼女の常識ではこの程度日常の茶飲み話にもならない些細な出来事に過ぎない。いちいち気にしていたらストレスが溜まってくる。



「それじゃあ中に入ろうか」


「お兄様、まだ豚みそ丼が届いていないのでもう少々お待ちください」


「しっかり朝飯を食っただろうに、なぜここで豚みそ丼なんだ?」


「次にいつ食べられるかわかりませんから」 


 こうして桜が食べ終わるのを待っていたら、時刻は11時近くになっている。予定よりもだいぶ出遅れたが、パーティーはゲートをくぐってダンジョンへと入る。


 秩父ダンジョンの1階層と2階層は「魔物よりも冒険者のほうが数が多い」と言われるだけあって、通路のそこら中に冒険者の姿がある。1階層で腕を磨く初心者もいれば、下の階層に降りようとする者、逆に下の階層から昇ってくる者がひしめき合っている。ある程度の腕がある冒険者が落ち着いて魔物と対峙できるのは3階層から下と考えてよい。



「今日は、軽く3階層を回って終わりだな」


「お兄様、最短距離で進めば3時間くらいは3階層で活動できますわ」


 自分が余計な豚みそ丼を注文したのを棚に上げて先を急ぐ桜。約20分で2階層に到達して、さらに20分後には3階層までやってくる。ダンジョン自体がそれほど広くないので、下層に降りていく階段まで大して時間がかからないのが秩父ダンジョン最大のメリット。



「桜ちゃん、ここはどんな魔物が出るんですか?」


「明日香ちゃんにしては大変珍しいいい質問ですわ。この階層は爬虫類系、ことにトカゲの魔物が多いんですの。まずは私がお手本を見せますから、その通りにやってみてください」


「わかりました」


 金欠明日香ちゃんはいつになく張り切っている。トライデントを手にして気合十分の表情。デザートが最大のモチベーションになっているようで、初めてダンジョンに入ったあの頃と比べるとすっかり別人のよう。


 

「前からトカゲが来ましたわ。よく見ていてください」


「はい」


 桜が前進すると、姿を現したグレーリザードは口を開きながら襲い掛かろうとする。トカゲ型の魔物としては最も下位の存在ながら、地面を這って進む速度はそれなりの速さがある。しかも体長が1.5メートルほどなので、パッと見は小型のワニのような迫力をしている


 突進してくるグレーリザードを待ち受ける桜、その口が届く寸での処でサッと横に身を翻すと側頭部を蹴り付ける。たったその一撃で、グレーリザードは壁に叩き付けられて臨終へまっしぐら。



「ざっと、こんな感じですわ」


「マネできるはずないでしょうがぁぁ!」


 明日香ちゃん渾身のツッコミが通路に響き渡っている。こんな芸当を当たり前のようにこなすのは桜だけしかいないのだから、今回は明日香ちゃんの言い分に理がある。



「仕方ないですねぇ。それではもっと基本的な部分から教えましょう。グレーリザードは真っ直ぐにしか突っ込んできませんから、顔の正面に明日香ちゃんの槍を突き刺せばまったく問題はありませんわ」


「そうだったらもっと早く言ってくださいよ~。一番大事なことじゃないですか」


 こうして明日香ちゃんは初体験のトカゲ狩りに挑む。手にするトライデントは「すわ出番がやってきた」とばかりに全体が青く発光している。



「明日香ちゃん、来ましたよ」


「任せてください。えい!」


 トライデントは、パックリ開いたグレーリザードの口に中に突き刺さる。


 バチバチ


 そして槍自体が電流を流しておしまいだった。



「なんだか呆気なく終わりましたよ~」


「教え方がいいんですわ」


 こんなに簡単でいいのかという表情の明日香ちゃんと、その横でドヤ顔の桜。だがそこで明日香ちゃんがとあることに気が付く。



「桜ちゃん、魔石ではなくて変な物が落ちていますよ~」


「ああ、それは当たりですわ。グレーリザードの皮は魔石の10倍くらいの値段で買い取ってもらえるんですの」


「そうなんですか。ちょっとビックリですよ~」


 明日香ちゃんは驚いているが、桜の説明は紛れもない事実。比較的安価な革鎧の材料となるこの皮は1枚で6千円相当で買い取ってもらえる。対して魔石は600~700円程度の価値しかない。冒険者にとっては、実は魔石などドロップアイテムとしてはハズレもいいところの扱いとなっている。


 ピコーン


 その時明日香ちゃんの脳裏にとある閃きが…



「桜ちゃん、桜ちゃん。この皮をいっぱい集めたらパフェが食べ放題ですよ~」


「ところが狙ってゲットできる物ではない点が厄介なんですわ」


 グレーリザードの場合、皮がドロップする確率は約10パーセントと言われている。明日香ちゃんは初回にして運よく当たりを引き当てただけらしい。その後何回か試してみるが…



「うーん、今回もハズレの魔石でしたよ~」


 とまあ、こんな調子。どこの世界にもビギナーズラックは存在するよう。 



「明日香ちゃん、そろそろ私にもやらせてもらえないかしら?」


「ああ、美鈴さん。調子に乗って頑張っちゃいました。どうぞどうぞ」


 満を持して美鈴が登場する。すでに百発百中のコントロールを身に着けた美鈴の前では、グレーリザード程度の魔物は全くの無力。



「ファイアーボール」


 ドゴーン!



「ファイアーボール」


 ドゴーン!


 こちらも魔法1発で瞬殺の連続。しかも…



「美鈴さんは天才ですよ~。2回連続で皮が出てきました」


 こちらもビギナーズラックが炸裂する。だがこれ以降は魔石の連続で、まったく皮が出る気配はなかった。



「だいぶいい時間だから、そろそろ戻ろうか」


「そうですわね。ここまでお昼抜きで頑張りましたから上がりましょう」


 午後3時が近づいてきたタイミングで、今日は早仕舞いにして戻ろうと昇り階段へ向かって歩き出す一行。


 だが、隊列から一旦離れた桜が小声で兄に囁く。



「お兄様、いかがいたしますか?」


「誰かわからないが俺たちを追跡している。適当な場所に引き付けてから目的を吐かせようか」


「わかりましたわ。それでは人気のない場所にご招待しましょう」


 聡史と桜は、先ほどから自分たちの後をつける人間に気が付いていた。聡史から方針を告げられた桜は、頭に思い浮かんだ地図を元に周到に場所を選んでいる。そしてダンジョンの外に出る前にこの階層でケリをつけようと、真っ黒なワルイ顔で罠を張り巡らすのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


秩父ダンジョンにやってきたパーティーですが、彼らを尾行する不審な存在が… このまま何事もなく無事にダンジョンを出られるのか?


この続きは明日投稿する予定です。どうぞお楽しみに!



「面白かった! 続きが気になる! 早く投稿して!」


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