第29話 東十条家の足掻き
市ヶ谷にある自衛隊ダンジョン対策室では、魔法学院の学院長からもたらされた報告に対して議論が交わされている。
「例の双子を自衛隊の予備役に登用するのか…」
「神崎予備役大佐の報告によると、ダンジョンの魔物に対して有効かつ途方もない戦力だとあります」
「確かにあの夜の突然の登場の仕方といい、管理事務所に持ち込んだとんでもない魔力を含有する魔石といい、謎めいた経歴であるのは間違いないが…」
「仮に彼らを戦力として有効に用いることが可能となれば、ダンジョンの攻略は遥かに効率的に進むと考えられる」
「やはり自衛隊が後ろ盾になって、彼らの立場を保証するべきではないだろうか?」
「だが不安がないわけではないぞ。まだ彼らが何を望んでいるのか定かではない」
「いきなり自衛隊の組織に組み込むのは時期尚早ではないでしょうか?」
「だが政権内部ではすでに全面バックアップも吝かではないという声が囁かれているらしい」
「内閣調査室が彼らを取り込もうとして動いている噂も聞こえてくる」
このような議論が噴出して対策室の意見は中々まとまらない様相を呈する。これに業を煮やしたのは対策室長である岡山准将に他ならない。
「下らない意見をいくら並べても埒が明かない! 彼ら二人は絶対に自衛隊で受け入れる。これは決定事項だ!」
「し、室長。もう少し彼らの様子を観察するべきでは…」
「彼らが魔法学院に編入してすでに1か月が経過している。これ以上観察の必要はない。全て私の責任で予備役自衛官として任用する。神崎予備役大佐の直属士官として准尉待遇で任用せよ」
「はっ、直ちに手配いたします!」
上意下達の自衛隊組織では上官の決定に対してはよほどの正当な理由がない限り反対意見を申し立てられない。このような過程を経てこの決定はダンジョン対策室の総意となる。このような経過をもって兄妹の予備役入隊が決定と相成る。
しかも通常ならば一兵卒からスタートするところを全部すっ飛ばして准尉に任命するなど稀に見る好待遇であろう。学院長の発言を重要視しているこの岡山室長としては、他の政府機関に取られる前に何としてでも兄妹を確保しておきたいという思惑が表れている。
こうして兄妹は1週間後に伊勢原駐屯地に出頭して予備役としての入隊に関する諸手続きを行うこととなるのだった。
◇◇◇◇◇
所沢にある某所轄警察署には、ダンジョンで若い女性に暴行したのちに殺害した容疑で聡史に捕らえられた四人の男たちが日々取り調べを受けている。
「女性冒険者をどのような方法で殺害したんだ?」
「・・・・・・」
「行方不明になっているこの女性たちを最終的にどうしたかと聞いている。素直に答えるんだ」
「・・・・・・」
取調官が女性を殺害した当時の様子を聴取しようとしても、彼らは黙秘して一切答えようとはしない。ボサボサに伸ばしっ放しの金髪に染めたボンクラ頭でも、ダンジョン内で10名以上の女性を死に至らしめたら当然極刑が下ることぐらいわかっている。
したがって彼らは一切の聴取を拒否して黙秘という手段に出ている。そこには罪を悔いて被害者に謝罪しようなどという人間として至極まっとうな感情などまったく感じられない。これだけ多くの若い女性を死に至らしめてなお、彼らは自らが助かるために事件に関する詳細を黙秘し続けている。
実は警察としても彼らから証言を得ないと殺人事件として立件が困難となる事情が絡む。スマホには女性を暴行する場面の映像こそ残されていたのるが、それ以降の記録が何もなかい。つまりこの男たちが行方不明になっている女性たちを最終的にどうしたかという具体的な物証はどこにも存在しない。
もちろん聡史が彼らから聞き出した証言はあるのだが「剣を突き付けられて脅された」といえば証拠能力を失ってしまう。状況証拠を固めれば殺人事件として刑事裁判の公判を維持できる可能性もあろうが、判決がどのように下されるかは現段階でも不確定要素が多い。この曖昧さを取り除き裁判で真実を明らかにするためには、犯人たちの自白が欠かせない。
四人は拘置される部屋から連れられて一人一人別々の取調べ室に通されている。犯行に対する口裏合わせを防止する意味で各自の接触は禁止されている。
そのうちひとりの男は相変わらず太々しい態度で取り調べを受けている。狭い部屋にはカギが掛けられて、担当官と記録係の刑事が彼から話を聞いている。冒険者用の特殊な手錠で両手を拘束されたまま犯人の男は刑事から目をそらして、ピントの合わない眼球でボケっと部屋の壁を見ている。
ピクン!
突然犯人の男が体を震わせると白目を剥いて口から泡を吹きだす。体は激しく痙攣したのちに徐々に収まって、それとともに呼吸や心臓の鼓動が停止する。
「おい、どうした? しっかりしろ!」
呼びかける刑事の声にも犯人は答えようとはしない。脈拍と呼吸が停止している体ではどうにも答えようがなかったのだろう。
「救急車だ! すぐに救急車を呼ぶんだ!」
警察署内は取り調べ中の犯人が突然倒れた事態に一時騒然となる。数分後に救急隊員が所内に入り込んで男を病院に搬送するが、搬送先では彼の心肺停止と死亡が確認される。
大騒ぎとなっている警察署内のつい先ほどまで犯人が取り調べを受けていた一室。そのロッカーの陰には禍々しい色をしたクモが身を隠している。
そのクモは誰にも気づかれないうちに署内に忍び込んで取り調べ中の男の足に噛み付いて毒を流し込んでいた。署内の人間や救急隊員の誰も気づいてはいないが、犯人が倒れたのは全てこのクモが原因。どうもその禍々しい姿からすると伊豆で兄妹を亡き者にしようと陰陽師が放った式神に瓜二つというのは偶然ではないだろう。
部屋から人の気配がなくなるとクモは壁を伝って窓に這い上がり、わずかに開いた隙間から警察署の外に出ていくのであった。
◇◇◇◇◇
数時間後犯人が運ばれた病院の霊安室には親族を名乗る男性二名が姿を現して警察に遺体を引き渡すように迫る。すでに検死は終了しており、警察は被疑者死亡で書類を送検する方針を固めていたので已む無く引き渡しに応じるしかない。いくつかの書類にサインした男性たちは葬儀社の車を手配して遺体を運び去っていく。
遺体を乗せた車両は東十条家の所有するとある建物へと入っていく。男の遺体は幾棟かある建物のうち土蔵の地下に運ばれる。この場所には座敷牢が設けられており、過去に幾人もの人間が洗脳や呪術の犠牲となるために幽閉されてきたいわく付きの場所。
座敷牢の内部に寝かされた犯人の亡骸は顔色は血の気を失ってまさに死んでいるように見える。だがその場にひとりの陰陽師が現れて男に掛けた毒の術を解呪すると、心臓がゆっくりと鼓動を開始する。
陰陽術の中の秘術ともいうべき、人を仮死状態にしておいてあたかも死んだかのように見せる術が使用されたらしい。この術は非常に汎用性が高く、政争に敗れた身分の高い人間を外部に連れ出す際などに度々使用されてきただけに、仮死となっても安全に息を吹き返すように用いる毒に細心の注意が払われている。
やがてブハーという大きな息を吐きだすと、犯人の胸が規則正しく上下し始める。しばらく放置して様子を見ていると、その眼が開いて身を起こしては周囲をキョロキョロと伺う素振りを見せる。
「気が付いたようだな」
「だ、誰だ? ここはどこだ?」
「警察から救い出してやったんだから感謝してもらいたい。しばらくはここに身を隠してほとぼりが冷めたら外に出してやる」
「ほ、本当か!」
座敷牢の外から冷たい目で犯人を見下ろしている陰陽師は懐から紙を取り出してそこに描かれている画像を見せている。
「お前をこんな目に遭わせたのはこいつだろう?」
「そうだ! こいつに間違いない!」
その紙には、聡史の写真がカラーコピーされて写し出されている。犯人は写真に向けて憎々しげな視線を送る。自らの罪を棚に上げて警察に捕まった件を逆恨みしているその人間性には、もはや救いようがない業の深さを感じる。
「こいつを憎め。殺したいほど憎むのだ。憎めば憎むほどお前の力は増していき、この男に復讐を遂げることが可能となるぞ」
「ほ、本当か! ただでさえこの手で八つ裂きにしてやりたいんだから憎んで憎んで絶対に復讐してやるぜ!」
男の瞳には、暗い炎が灯る。まさかここから人生の奈落の底に落ちていく運命が待っているとも知らずに。
犯人が閉じ込められている座敷牢は風水的に悪い思念や霊体が集まりやすい鬼門の方角に設けられている。それだけでなくて様々な呪符が周囲に張り付けられており、中にいる人間の精神の調和を乱す波動が四方から浴びせられているという何とも悍ましい造り。
このような場所に閉じ込められたら通常の人間は2日もすれば徐々に精神に変調を来してくる。幻覚や幻聴に始まって現実と妄想の区別が次第に曖昧になる。
「ヒヒヒ、殺してやる! 殺してやる!」
口からだらりと涎を垂らしつつ、時折運ばれる食事を口にもしないでひたすら自らの妄執を募らせていく犯人。すでにこの牢に閉じ込められてから5日が経過しており、その目は完全に正気を失っている。
「あと1週間というところか」
犯人の様子を見に来た陰陽師がボソリと呟く。その姿が目に入っているのか外部から判断のしようがないが、犯人は薄ら笑いを顔に張り付けたままで焦点の定まらない目を虚空に向けるのだった。
◇◇◇◇◇
約2週間後、すでに8月に入り暑さはまずます厳しさを増していく。セミの声が木々の間に響いて夏真っ盛りという日々が続いている。うっかり強い日差しの下で体を動かそうものなら体温が急上昇してしまいそうな猛暑はそれだけで体力を奪っていきそう。
7月中からこれまでの間に聡史と桜の兄妹は自衛隊への入隊手続きを終えたり、パ-ティー仲間の訓練をしたり、弟子となった女子たちの面倒を見たり、神聖魔法や闇魔法の術式を研究したりと、それぞれが課題とする冒険者としての技量を磨くための訓練に取り組んできた。息抜きをしたのはあの伊豆への旅行だけという遊びたい盛りの一般の高校1年生からすれば驚くべき生真面目さで日々の訓練に汗を流している。
この日は大山ダンジョンに入り込んで、現在6階層を楽々突破して7階層まで降りて順調に探索をしている最中。
「桜ちゃん、私は魔法少女になって悪の秘密結社や悪い魔女と戦いたいのに、来る日も来る日もオークばっかり相手にしていますよ~。いったいどうなっているんですか?」
「明日香ちゃん、そこは色々と大人の事情が絡んでくるんですよ。最近学生食堂ではオークの肉が好評で、毎日のように納入量を増やしてくれって矢のような催促なんですわ」
「はぁ~… おかげでいつに間にかひとりで簡単にオークを倒せるようになりましたよ~。私が目指していく方向から次第に離れていくだけじゃなくって、徐々に普通の人間からもかけ離れていく気がしてしょうがないです」
「クックック、そうですか。冒険者たる者、普通の人間には不可能な技の1つや2つは当然ですわ。明日香ちゃんも徐々に一人前になりつつありますね~」
桜は人間やめちゃった同盟の仲間が増えて嬉しそうにしている。明日香ちゃんの主張通り有能な冒険者はレベルの上昇とともに強靭な肉体や優れたスキルを手に入れて、気づかないうちに次第に一般的な人間から見るとまったく別次元の存在になっている場合が多い。
すでに明日香ちゃんのレベルは23まで上昇しており、槍術スキルはランク4をマークしている。ついこの間までは美鈴の魔法のアシストが必要だったのだが、今では槍を振り回してあっという間にオークを倒してしまう。本当に慣れとは恐ろしいもの。
「明日香ちゃん、前からオークが来ますよ! おや、体が一回り大きいですからオークジェネラルみたいですわ」
「どっちでも似たようなものです。えいっ!」
ブモォォォォォ!
トライデントによって簡単に仕留められたオークジェネラルはドロップアイテムの高級肉を落として消え去っていく。明日香ちゃんすっかり逞しくなって…
こんな具合でこの日は6~7階層を中心にして、オーク肉や他の金目のドロップアイテムを荒稼ぎしたパーティーは上層に戻ろうと階段を目指す。
学院生が来ない6階層から下はほぼ無人で
だがこの日に限っては6階層に上がる階段の前に人の気配がある。聡史たちの位置から階段までまだ300メートルくらいあるので、兄妹の気配察知スキルで捉えられるギリギリの距離。
「お兄様、わざわざボス部屋を超えてこんな場所まで降りてくるなんて物好きな方々がいるものですね」
「俺たちこそ物好きの最たるものだろう。それよりも桜、トラブルの種を蒔かないようにするんだぞ」
「お兄様、実に心外ですわ。私は常に売られた喧嘩を買っているだけです。『いつでも高値で買い取ります!』をキャッチコピーにして全国展開しようかと考えております」
「日本中から喧嘩を買わなくてもいいんだからな」
「今ならテレフォンオペレーターを3倍にして皆様からのご注文にお応えしますわ」
「どこの通販会社だぁぁ! ジャパネット
相変わらずの兄妹のやり取りが続いている。だがこの直後に最悪の形で桜の通販会社の電話が鳴りだすとは、この時点では誰も知らない。
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聡史たちのパーティーが活動中に怪しげな人影が。彼らがまとも間集団であるはずもなく。再びトラブルの予感が…
この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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