第3話 入学初日

 施設見学が終わるといよいよ編入試験の時間となる。兄妹は筆記試験は免除となっており、実技の一発勝負で合否を判定されると昨日学院長から説明を受けている。


 第3屋内演習室にやってきた兄妹に三人の試験担当教員の注目が集まる。


 正式な規則ではないが、魔法学院は原則として途中編入を過去に認めてこなかった。その原則を破ってまで学院長が無理を通そうとする二人の受験者。それがどのような能力を所持しているのか興味津々な目で二人を見ている。


 もちろん教員には、ダンジョン対策室での話し合いなどは伝えられてはいない。兄妹の背後には日本政府の強い意向が働いているなど、この時点では教員といえども知る由もない。


 殊に担当教員の一人は反学院長の派閥に属しており、今回のゴリ押しを学院長糾弾のタネにしようと虎視眈々と狙っている節もうかがえるとあって、どうにもきな臭いムードが漂う編入試験となっている。



「試験は簡単だ。ここからあの的を目掛けて魔法を放ってもらいたい。威力と発動時間と正確性が評価の基準となる」


「ひとつ確認してももいいですか?」


 ここで聡史が担当教員に質問を投げ掛ける。



「なんだね?」


「この部屋の周囲には対魔法防御シールドが展開されているようですが、俺の目から見ると強度が不足しているように映ります。自分で補強していいでしょうか?」


「な、なんだって」


 担当教員は聡史の斜め上の提案に絶句するしかなかった。試験を実施するフィールドは、魔石から取り出した魔力によって透明な対魔法シールドに包まれている。その強度は通常の魔法では絶対に壊れないレベルとされているだけに「強度不足」という聡史の発言は教員たちの想像の外のよう。 



「い、いいだろう。評価のポイントとはならないが、好きにして構わない」


「わかりました。結界構築」


 対魔法シールドと結界魔法は形と効果が似ているものの、術式の中身や構築の難易度はまったくの別物。


 物理シールド、魔法シールドともに、言ってみれば魔力で作った使い捨てのバリアに過ぎない。対して結界とは、自分の領域を指定して外とは明確に区切る魔法を指す。したがって後からでも魔力を込めて自由自在に強化できるし、範囲そのものも拡大縮小が可能だった。



「なんという高度な魔法」


「えっ、この程度の初級魔法なんて誰でも使用可能じゃないんですか?」


 驚いた表情を向かるひとりの教員に対して、聡史は「何をわけのわからないことを言っているんだ?」という視線を送っている。から自身極々初級の結界魔法を行使しただけなので、それを目撃した彼らの態度がどうにも意味不明だったよう。ところが教員側としてはそうもいかない。



「こんな簡単に結界を構築する術式のどこが初級なんだぁぁぁ」


 担当教員の魂の叫びがフィールドに響くが、まだこの時点でも聡史は双方の認識に大きな差異があるという点に気が付いていないらしい。何千年もかけて魔法を発達させた異世界と5年前にようやく魔法の存在が明らかになった現代日本では、そもそも根本的な魔法技術が五段階ほど違っていると考えてもいい。


 すなわち異世界で聡史が当たり前のように使用していた初級魔法は、現代日本の上級魔法か、もう1ランク上の超級魔法に当たる。聡史が何気なく使用した結界魔法は、いまだに日本では実現不可能な超高難度な術式であった。



「お兄様、ナイスです!。これで印象点を大幅に稼ぎました。スイートルームに一歩近づきましたわ」


 試験のポイントには加味しないと言われてはいるが、桜が指摘するように担当教員の印象は大幅にアップしているのは間違いない。ただし「スイートルームが近づきました」は、逆に印象を悪くするかもしれない。だが目の前にぶら下げられている餌に周りが見えなくなっている桜は、そんな些細な点など一向に気にしてはいなかった。



「それでは改めて魔法を撃ちます」


 結界魔法に度肝を抜かれた教員たちも、仕切り直しとばかりに開始戦に立つ聡史に注目する。そして…



「ファイアーボール」


 その声とともに、バスケットボール大の火球が聡史の手から勢いよく飛び出していく。コンマ何秒で的に着弾すると…



 ドガガーーン


 想定を大幅に上回る激しい爆発音が演習場に響き渡る。その轟音に教員たちは耳を押さえて蹲っている。しばらくは何も聞こえない状態だろう。


 当然ながら日本の魔法界でもファイアーボールは最もポピュラーな術式として初級魔法に認定されている。だがそれは飛翔するコブシ大の炎を作り出す術式であって、的にぶつかった瞬間に大爆発する代物とはまったくの別種であった。


 聡史が放った自称ファイアーボールは、いまだ日本で扱える者は誰もいない飛炎爆裂(ファイアーボンバー)に相当する超級魔法術式に該当する。



「お兄様はいい感じに魔法を放ちましたわ。これは私も負けていられません」


 今度は桜が、気合を漲らせて開始戦に立つ。体中から闘気を噴き出して、その勢いでスカートや肩まで伸びた黒髪がヒラヒラと舞い上がっているが、本人は精神を集中しているので一向に気にする様子がない。


 今の彼女の頭にあるのは、兄を上回る威力を叩き出すという一点につきる。ところで桜は物理一辺倒で、本人が認めているように魔法は扱えないはず。それでも自信満々な態度で30メートル先にある的を見つめている。


 一体どうするつもりであろう?


 的を見つめたままの桜は、オーラのように体に纏い付く闘気を右手に集めるとさらに凝縮していく。これは体内の闘気を撃ち出す桜の必殺技のひとつだ。その最大威力は異世界において山を一つ消し去った記録が残されている。いわゆる〔かめは〇波〕系の技である。



「いかぁぁぁん、桜、待つんだぁぁぁ!」

 

 その様子に、聡史は大声を張り上げながら慌てて結界を強化する。


 だが、すでに手遅れであった。桜は闘気で出来上がった塊を腰をわずかに落とした姿勢から思いっきり撃ち出していく



「太極破ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 音速を超えて撃ち出された闘気は衝撃波を伴いながら100分の1秒後に的に到達する。



 ズゴゴゴゴゴーーン!


 聡史が強化した結界もろとも吹き飛ばして演習室の壁と屋根の一部を崩壊させながら、桜の編入試験は終了した。もしも聡史が咄嗟に結界を強化していなかったら、さらなる大惨事に発展していたことであろう。



「お兄様、これで合格間違いなしですわ」


「俺なら不合格にするわぁぁ」


 こうして決して無事とは言えないままに兄妹の試験は終了する。被害は室内演習室半壊、骨折した教員1名、打撲2名と相成る。



 試験を終えた二人は母親が待機している応接室へと向かう。やってしまったと気落ちする兄と、晴れ晴れとした表情の妹が並んで応接室に戻って来る。思いっきり学院施設を破壊しておいて悪びれる態度の欠片も見せないのがこの妹の危険人物たるゆえんか。



「二人とも試験はどうだったのかしら?」


 心配顔の母親が、問い掛けてくる。



「お母様、思い残すことなく力を出し切りました」


「力を出し切る方向が間違っているぞ。『思い残すことなく』というのは、絶対そういう意味じゃないから」


 本日も兄のツッコミが冴え渡っている。気合が入りすぎると必ずやらかしてしまう妹を止められなかった無力感を噛み締めながら、精々妹に対してツッコミを放つくらいしか残されてはいないよう。反対に桜は兄のツッコミなど全く気にした風もなく、ケロリとしている。


 そこへ試験結果を伝えに副学院長がやってくる。当然ながらその表情は苦虫を噛み潰してさらに青汁を十回くらいお替わりをした、ある意味表現に困る顔をしている。



「おめでとうございます。お二人とも合格ですので、明日から当学院への編入が可能です」


「ありがとうございます」


「これで食べ放題とスイートルームとダンジョンに入る権利を手にしましたわ」


 結果を伝える副学院長とは対照的に桜の表情は真夏の太陽のような明るさ。横に座っている聡史は、そこまで能天気にはなれないので神妙な顔を崩すつもりはない。


 副学院長は「余談なのですが」と断ってから、さらに話を続ける。



「今回の試験による被害総額は2億3千万円と推定されます。ええ政府の予算から補填されますからね、気にしなくていいんですよ。本当に気にしないでください」


 そういっている当の副学院長の表情には気にしている感がアリアリ。演習場を建て直すために方々の役所に頭を下げなくてはならない今後の苦労を考えると胃がキリキリ痛んでくる思いであろう。


 

 こうして、兄妹は家路につく。


 もちろん合格祝いと称して桜が母親を言葉巧みにレストランに誘導して、腹いっぱいになるまで昼食をたかったのは至極当然の流れであった。






   ◇◇◇◇◇






 魔法学院に編入が決まった兄妹は以前通学していた高校の退学手続きを母親に任せて、明日から始まる寮生活に必要な生活必需品や衣類等をせっせとアイテムボックスに放り込んでいる。



「お兄様、どうせだったら私の分も一緒に運んでください」


「服や洗面道具ぐらい自分で仕舞え。何もかも俺に任せていると本当にダメな人間になるぞ」


「仕方がありませんねぇ…」


 自分の下着まで兄に管理させようと目論んでいた桜のわがままな考えは即座に聡史によって拒否される。そもそも高校生になっているにも拘らず何から何まで兄に頼りっ放しというのが大きな間違いなのだ。これを機に妹の自立心をほんの少しでもいいから育てようとする兄の苦労がしのばれる。




 そして、翌日…


 二人は魔法学院の生徒としての初日を迎えた。


 用意が間に合わなかったので、以前の高校で使用していた制服を着用して職員室へと向かう。校舎の廊下で時折在校生とすれ違うと物珍しい表情を誰もが浮かべるのは転校の際の通過儀礼のようなもの。




「失礼します」


 二人揃って職員室に入っていくと、はじめに全職員に紹介されてから担任の教員に連れられて教室に向かう。廊下を歩きながら中年の男性担任は気さくな態度で説明してくれる。



「私は君たちが所属する1年Eクラスの担任の東だよ。クラスは入学試験の成績順に分けられていてね、特待生である君たちは本来ならばAクラスに所属するのが当然なんだけど、定員に空きがあるのは我がクラスだけなんだよ。申し訳ないが、その点は了解してくれるかな?」


「どこのクラスだろうが、特に気にしませんから」


「先生、私たちは特待生ですので実技実習単位免除の特典を活かしてさっそく今日からダンジョンに入ってよろしいでしょうか?」


 桜は今からでもダンジョンに乗り込もうかという勢いを見せている。彼女が口にした特待生の特典とは実技に関する授業を全て免除するというもの。この特典はそもそも一撃で演習室を破壊するような人間に何を教えてよいのかと散々頭を悩ませた学院教師陣が出した結論でもある。



「生憎だが今日は学科の授業が組まれている日だから、大人しく教室にいてもらえるかな。それから今週いっぱいは学院に慣れるために全ての授業に出席してもらいたい」


「とっても残念なお返事をいただきました」


 教員側としても聡史と桜の為人(ひととなり)をある程度把握しておかなければならないであろう。初日から放し飼いはさすがに認められなかった。すぐにダンジョンに行けるものと思い込んでいた桜は思いっきり気落ちしている。



「桜、この機会に少しはクラスの人と仲良くするんだぞ。気に入らないからといっていきなりクラスメートを殴ったりするんじゃないからな」


「お兄様は私をどのような目で見ていらっしゃるのですか? とっても心外です」


「気に入らないことがあるといきなり他人を殴る人間だと真剣に心配している」


「私はお兄様とは違って誰とでもすぐに仲良くなれます。闇雲に人を殴ったりしませんから、どうかご安心を」


「闇雲というからには、相応の理由があれば殴るつもりだよな」


「本当に心配性なお兄様ですわ。そんな些末なことを今から心配してもしょうがありませんわ」


 こんな兄妹の遣り取りに一番頭を痛めているのは間違いなく東先生であろう。殊に要注意人物と試験を担当した教員から申し送りを受けていた桜に関して不安が募らないはずはなかった。 




 そして、ついに二人は新たなクラスに足を踏み入れる。当然クラス中の注目が集まるのは言うまでもない。



「今日からこのクラスの一員となった楢崎聡史君と桜さんだよ。二人は双子だそうだ。それでは順番に自己紹介をしてもらえるかな」


 東先生に促されて、まずは聡史が自己紹介を始める。



「初めまして、今日からこのクラスでお世話になる楢崎聡史です。どうぞよろしくお願いします」


 当たり障りのない自己紹介にクラスからまばらな拍手が起こる。こういう場では気の利いたことを何も言えない生真面目な性格としか言いようがないこの挨拶は「無難」以外に形容する言葉が見つからない。


 続いて桜の番がくる。



「皆様、楢崎桜です。女子の皆さんは親しみを込めて『桜ちゃん』と呼んでください。男子は、そうですねぇ… 敬意を込めて『桜様』と呼ぶことを許可します」


 クラス中がポカンとしている。いきなりの上から目線の自己紹介にどう反応してよいのか、全員が絶賛戸惑っている最中。



 パシッ


「お兄様! 痛いです。いきなり後頭部をひっぱたかれました」


「調子に乗るんじゃない。普通に挨拶しろ」


「お言葉ですがお兄様、クラスをシメるには、最初にガツンと…」


「しなくていいから。バカな妹で本当に申し訳ありませんでした」


 桜に代わって聡史がクラスの全員に頭を下げている。妹のしでかしに謝り慣れているので、ついつい条件反射的に頭を下げる癖が身に付いているよう。


 一瞬緊張が走ったクラスのムードが聡史のフォローでなんとか和やかさを取り戻す。



「それでは二人は一番後ろの空いている席に座りなさい」


 東先生の言葉に促されて、こんな感じで聡史と桜は1年Eクラスの一員としての新たな学院生活がスタートする。





 朝のホームルーム後…



 聡史は、数人の男子生徒に囲まれている。



「同じクラスの一員として、これからよろしく頼むぜ」


「それにしても、楢崎の妹の自己紹介には驚かされたな」


「でも、すごい美人だよな。俺、お友達から始めようかな?」


 好意的に聡史を取り巻いて話をしているが、もっぱら話題の中心は桜について。パッと見は人目を惹く美人なので、すでに男子の間で話題の中心になっている。聡史はあくまでも桜と仲良くなる手段扱いされている模様。


 聡史は彼らに対して同情がこもった目を向けている。何も知らないのは本当に幸せなことなんだと…





 同じ時間、桜は女子たちに取り囲まれている。



「桜ちゃんは、冗談が上手いわね」


「それにしても、すごくスタイルがいいわ。羨ましい」


「どうしたら、そんなに細いの?」


 女子の間では、もっぱら桜のスタイルが話題の中心だった。センセーショナルなデビューを果たした美少女として、意外と好意的に受け取られている。だが女子たちから聡史について触れる話題は一切ない。聡史が知ったら涙目になって、おのれの影の薄さを心から嘆くかもしれない。


 適当に相槌を打って取り囲む女子としゃべっている桜は、ふと自分の右袖が引っ張られる気配を感じてそちらに顔を向ける。なんと! そこには見慣れた人物が立っているではないか。



「まあ、私の中学校以来の親友の明日香ちゃんじゃないですか。また同じクラスになるとは奇遇ですね~」


「なんで説明口調なんですかぁぁ! 桜ちゃん、電話をしてもメールをしても全然返事がなかったし、一体どこに行っていたんですか?」


 高校に入学してからこうして二人が面と向かって話をするのは久しぶりであった。殊にゴールデンウイークから昨日まで、桜は異世界にいて音信不通だった。



「ちょっと海外に短期留学していました」


 これはもちろん兄からの入れ知恵。本当の話など明かせないとわかっていても口からポロッと思ったことをそのまま喋ってしまう桜には、事前にこのように答えるように教えていた。



「それならそうと、なんで教えてくれなかったんですか? いつまで経っても連絡がつかなかったから本当に心配だったんですよ~」


「まあまあ、その話は、放課後に甘い物でも食べながらゆっくりしましょう」


「桜ちゃん、それはナイスアイデアですよ~。それじゃあ、放課後また」


 桜の親友の明日香ちゃんこと、二宮(にのみや)明日香(あすか)は甘い物に目がない。体重を気にしつつも、ついつい手が伸びてしまい、食べた後から後悔する毎日を送っているという話がどこからともなく聞こえてくる。


 こうして久しぶりに親友と顔を合わせた明日香ちゃんは桜の誘いに二つ返事をして自分の席へと戻っていく。そのまま学科の授業は無事に進み放課後…



「桜ちゃん、カフェテリアに急ぎましょうよ~」


「頭を使うとお腹が空いてきますわね。甘~い物も食べ放題ならいいのに、その点が実に残念です」


 食事は無料なのだが、デザート等は自己負担となっている。さすがにそこまで生徒を甘やかしてはいないのが現実社会というもの。こうして二人は連れ立って学生食堂へと向かっていく。


 その後ろから桜に興味を示す男子生徒が数人付いていくのは言うまでもない話であった。対して聡史は…



「おーい! 楢崎~」


 ひとりの男子生徒が特待生寮に戻ろうとする聡史に声を掛けてくる。



「呼び方は聡史でいいぞ。何の用だ?」


「そうか、俺は藤原頼朝だ。頼朝と呼んでくれ」


「歴史上の有名な姓と名前がミックスになっているぞ」


 聡史が驚くのも無理はないが、両親が命名したれっきとした本名だ。今朝方聡史に真っ先に声を掛けたのがこの頼朝。



「聡史、今から自主練に行かないか? 今日は学科の授業しなかったから、このままでは体が鈍るだろう」


「自主練なんかしているのか。面白そうだから一緒に行ってみるか」


 桜は明日香ちゃんと一緒に飛び出していったし、寮に戻っても特にすることが思い浮かばない聡史はこの申し出を快く受けた。頼朝だけではなくて数人の男子生徒が自主練に参加しようと連れ立って、ジャージに着替えて屋外訓練場に向かう。

 

 

 彼らがやってきたのは第3屋外訓練場。校舎に近い順に第1第2訓練場が並んでおり、放課後ともなると滅多に他のクラスの生徒ががやってこない場所。とはいっても施設の造りはどれも同じで、テニスコートが3面はとれる広さのフィールドとそれを取り囲む形でスタンドが設けられている。


 当然、公式の模擬戦もこの場所が会場のひとつとなる。



「頼朝、授業のない日だけ自主練をしているのか?」


「聡史、それは違うな。俺たちは現時点で明らかに他のクラスに比べて能力が劣っている。だから雨が降らない限り毎日こうして集まってトレーニングをやっているんだ」


「それは感心だ。訓練は絶対に自分を裏切らないから地道に鍛えていくのが強くなる近道だよな。俺も自主練仲間に入れてもらえるか?」


「もちろん大歓迎だ」


 準備体操をしながら聡史と頼朝はすっかり打ち解けた雰囲気。他のメンバーもこうして聡史が加わるのを歓迎してくれている。


 すると、そこへ…



「オイオイ、せっかく俺たちが貸し切りでトレーニングをしようと思ったら、ゴミ溜めのEクラスがいるじゃないか」


「ゴミはゴミらしく、端っこに座っていろ。ここは今から俺たちAクラスの貸し切りだ」


 10人以上のグループで第3演習場にわざわざやってきたのは、1年Aクラスの生徒たち。彼らは普段第3屋内演習室を自主練に使用しているのだが、桜のせいで使用禁止となった影響でこの場に足を運んできたらしい。


 後から来たAクラスの生徒の姿を見て聡史のクラスメートは腰が引けている様子。面と向かって苦情を申し立てる態度を見せようとはしない。


 入学してまだ2か月少々では、Aクラスの生徒とEクラスの生徒では埋めがたい能力差があるのは事実。これが1年2年と経過すれば訓練によって徐々に差が埋まってくるのだが、現時点ではAクラスの生徒一人で、この場にいる聡史を除いたクラスメートを相手にしても十分お釣りがくるほどだった。


 頼朝を含めたEクラスの生徒たちは、仕方なしに場所空けようとスタンドに向かって歩き出す。だがそんな彼らを尻目に聡史一人は平然とフィールドの中央で準備体操を続けている。


 もちろん、そんな聡史の態度はAクラスの生徒の癇に障るのは当然だろう。



「おい、そこのゴミ野郎! さっさと場所を開けろ」


 ひとりが強い口調で警告するが、聡史は何も聞こえないといわんばかりの態度で体を捻ったり軽くジャンプを繰り返すだけ。



「聞こえないのか。早くそこを空けろ!」


 さらに強い口調で警告を発する生徒だが、聡史は一向に態度を変える様子を見せない。そんな中で別のひとりが気付く。



「あいつは見掛けない顔だな」


「そういえばそうだ。もしかして、今日から編入してきたヤツじゃないのか?」


「途中編入が認められていない魔法学院に学期半ばで入ってきたんだから、きっと相当なコネがあるんだろう」


「コネ入学で、しかも特待生か。真面目にやっているこっちが頭にくるぞ」


「こうななったら、実力で叩き出してやるか?」


「それがいいだろう。どうせコネで入ったヤツなんか、俺たちに掛かれば一捻りだろう」


「違いないぞ」


「ハハハ、あとから泣きっ面をかくなよ」


 これだけの言いたい放題にされても聡史は気にも留めない様子。あまりに平然とした聡史の態度に心配になってきた頼朝が溜まりかねて、Aクラスの生徒たちに聞こえないように声を掛ける。



「聡史、今日は止めておこう」


「なんでだ? これから自主練をするんだろう。うるさいノラ犬が吠えているみたいだが、こんな連中に構っていたらせっかくの訓練時間が無駄になるぞ」


 自分の忠告にまったく聞く耳を持たない聡史に頼朝は額に手を当ててアチャーというゼスチャーをしている。聡史の発言は真っ正面からAクラスの生徒を挑発… いや、もう一歩踏み込んでケンカを売っている。



「こいつは正気か? 俺たちに喧嘩を売っているぞ」


「いいから、適当に痛めつけてやれ」


 こうして10人以上のAクラスの生徒が聡史を取り囲む。実は聡史もこの学院に在籍する生徒のレベルを知りたかった。せっかくだからAクラスの生徒を相手にする機会を有効利用するつもり。


 自分を取り囲む12人を前にして聡史の目がスッと細められる。その手には訓練用の木刀が握られている。



「武器は好きなものを使っていいぞ。ただーし! 相応の覚悟で挑めよ。命まで奪うつもりはないが、怪我させない保証はないからな」


「この人数を相手にして大口を叩く余裕がいつまで保つと思っているんだ?」


「袋叩きで足腰が立たなくしてやる。編入初日に自主退学になるかもな」


 Aクラスの生徒は木剣や木槍を手にしたり、中には棒術で使用する木の棒を持っている。こちらの生徒はおそらく魔法を用いた戦闘を得意にしているのであろう。学院内で金属製の武器を用いるのは公式戦以外は禁止なので、訓練時には全員木製の武器を使用している。



「取り囲んでいるだけでは、いつまで経っても始まらないぞ。俺のほうから打ち掛かってもいいのか?」


 不敵な笑みを浮かべながら聡史がさらに挑発を投げ付けると、Aクラスの生徒たちの我慢は限界を越えたよう。剣や槍を振り上げてバラバラに襲い掛かってくる。



「遅い」


 だが聡史には、そのような素人同然の相手など物の数ではない。そもそも踏み越えてきた修羅場と実戦経験が違いすぎる。桜には及ばないまでも、彼らの目に留まらない素早さで剣や槍を持つ手を強かに打っていく。



 バキッ


「痛えぇぇぇぇ!」


 バキッ


「うぎゃぁぁぁぁ!」


 バキッ


「痛たあぁぁぁ!」


 バキッ


「あべし」


 冒険者として訓練を開始して2か月のAクラスの生徒たちに対して、聡史は本物のプロの冒険者として3年の月日を過ごしてきた。もちろん人間をその手に掛けた経験も数知れない。それだけでも大きな差だが、さらにステータス上のレベル差もある。要するに敵にもならない相手で、歯牙にもかけないというのはこんな状態に違いない。ゴブリンどころかスライムよりも手応えのない相手がAクラスの生徒と断言して間違いはなさそう。


 一方のAクラスの生徒たちは、十二人の味方とたった一人の敵が入り乱れてほとんどが聡史の正確な位置を見失っていた。


 プロの戦闘集団ならば絶対に採用しない1対多人数という不味い戦いの陣形ともいえる。仮に警察官や兵士がひとりの犯人やテロリストを拘束するとしたら、実際に拘束を担当するのは多くても四人。他の人員は周辺の警戒とテロリストの退路を断つ位置に配置されるのが定石。まだ5月の段階では、彼らがこんな専門的な戦術を身に着けるには時期尚早であったのかもしれない。


 しかも、敏捷な動きで位置を次々に変えていく聡史の動きに誰も追いつけてはいない。そのまま全員が木剣で籠手を打たれて蹲る。たかが木剣と侮るなかれ。片手を木刀で打たれただけでも、並の人間は抵抗できなくなる。下手をすると骨にヒビが入っているかもしれない。



「だらしないな。この程度でAクラスを名乗れるのか。魔法学院というのは、想像していたよりもずいぶん甘っチョロい場所なんだな」


 大した運動にもなっていないといわんばかりに木剣をブンブン振り回す風切り音がフィールドに響き、聡史の信じがたい強さを目の当たりにしたクラスメートが息を飲む姿だけがそこにはあるのだった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


兄妹それぞれが色々とやらかした初日、これで無事に終わるはずもなく新たなトラブルと出会いの予感が…



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