第74話 二人の勇者と日本国の態度
大阪の葛城ダンジョンから出てきたデビル&エンジェルと異世界からの来訪者は最寄りの八尾駐屯地に収容されている。この駐屯地の隣接地には八尾空港が設置されている。あまり知られていないが、測量や撮影、訓練飛行などに用いられる小型の航空機が離発着する他、ヘリなどの運用も行われている小規模な空港。
もちろん陸上自衛隊も同飛行場を使用しており、聡史たちは同駐屯地で一夜を明かした後に、とんぼ返りで魔法学院へ戻ることとなる。
このあってはならない事態に憤慨しているのは、もちろん明日香ちゃん。あれだけ楽しみにしていた食い倒れ巡りが、またもやお預けになってしまったこの事態に憤懣やるかたない表情。
「せっかくダンジョンを攻略して戻ってきたのに、なんですぐに戻らないといけないんですかぁぁぁ!」
「明日香ちゃん、学院長からの要請ですから、今回は諦めないと…」
「桜ちゃんは悔しくないんですか? せっかくの食い倒れツアーが、みすみすフイになってしまったんですよ~」
「もちろん私も腹立たしいですが、世の中には思い通りにいかないこともあるんですから」
「桜ちゃんはいつから大人になったんですか? 今までなら何が何でも自分の意志を押し通していたのに」
「明日香ちゃん、大阪食い倒れツアーは必ず実現させますから、どうか今回だけは諦めてください」
「まったく、本当に今回だけですからね! 次の機会には絶対に倒れるまで食べまくりますよ~」
「その時こそは、私も徹底的に明日香ちゃんに付き合いますから」
どうやら明日香ちゃんの怒りも桜の説得で何とか収まったよう。だが尚も諦め切れない明日香ちゃんは、昨夜桜と二人で調べた食べ歩き候補の店のサイトをため息をつきながら無言で眺めている。これは今後相当に尾を引きそうな予感。食べ物の恨みは一番恐ろしいぞぉ…
◇◇◇◇◇
ひとり明日香ちゃんが不機嫌を引き摺りながら、デビル&エンジェルは魔法学院に凱旋する。もちろん出迎えるのはEクラスの生徒たち。
「師匠、お帰りなさい!」
「今回はどんな活躍をしてきたんですか?」
「師匠のことだから、人間には不可能なレベルの武勇伝を打ち立ててきたんだろうな」
真美、ほのか、美晴の三人が、聡史に色々と聞き出そうと話し掛けてくるが、簡単には明かせない内容のいわば国家機密に属する話なので、聡史としても軽々しくは返事ができない。
「なに、それほど大した活躍はしていないから、そんな顔をしても無駄だぞ」
聡史の何も教えない態度に、期待に満ちていたブルーホライズンの表情がガックリとしたものへと変化していく。
「師匠! また何も教えてくれないんですか… そんなに私たちって信頼がないのかなぁ~?」
「渚、お前たちを信頼していないんじゃないんだ。恐らく渚が考えるよりも大きな問題に現在俺たちは立ち向かっている。今は詳しくは明かせないが、どうか信じてくれ」
「渚ちゃん、師匠は絶対に嘘なんか言わないわ。いつか色々と教えてもらえるはずだから、それまで待ちましょう」
「…そうだね。絵美が言う通りだった。師匠、いつかきっと教えてくださいね」
「ああ、そのうちにきっとな」
ブルーホライズンは、聡史たちに一礼すると自主練へと戻っていく。
彼女たちが去ると、今度は頼朝たちが桜に声を掛けようとする。だが桜が険しい顔付きでひと睨みすると、頼朝たちは直立不動で見送るしかない。桜の何も聞くなという表情に気圧されて声も出せなかったよう。その威圧感恐るべしと言いたいところであるが、実は明日香ちゃんを宥めるのに気を使ったのと、そろそろ昼食時とあっていちいち相手をするのが面倒なだけというのが桜の本音。
不憫なのは頼朝たち。普段からいろいろなとばっちりを食らわされている条件反射なのだろうか? 桜の態度ひとつで顔面蒼白となるという貧乏くじを引かされる不運がこの場でも展開されている。ご愁傷様としか言いようがない。これしきで挫けないで強く生きるんだぞ!
◇◇◇◇◇
昼食を終えてから個々の部屋で荷物の整理などを終えると、デビル&エンジェルとマリウスたちは再び学院長によって第3会議室へと召集される。今回の報告と、今後の予定を新たに策定するのが目的であろうと推測される。そして学院長が登場。
「なるほど… 今回の楢崎中尉以下の面々の行動は、魔族にとってはある程度の痛手となるだろうな。何よりも日本に繋がるダンジョンを攻略しようとしていた人員を全滅させられたのだから、あちら側の為政者からしたら我が国に面子を潰されたと受け取るだろう」
聡史たちから今回の異世界の出来事を報告された学院長のストレートな反応がコレ。ルシファー様と天使の破滅的な攻撃を受けて千人もの将兵が全滅させられたのだから、さぞかし魔王は腹を立てているだろうと考えているよう。だがそこに、聡史が意見を加える。
「学院長、確かに魔族の鼻っ柱を根こそぎへし折ってきました。ですが生存者はいないので、我々の攻撃だったと証言する魔族側の者がいません。一番最初に異世界に渡った時に痛め付けたマルキースという魔族が、強いて挙げれば唯一の証人かもしれませんが」
「そうだな、確かに今回は魔族の生き証人はいないだろう。相手がバカでなければ、状況から推察してダンジョンの向こう側からの攻撃だという結論に辿り着く可能性までは否定できないが」
「普通はそうでしょうね。そうだ、レイフェン! マルキース公爵はどうなったか知っているか?」
「ハハハ、あの落城のマルキースですか。あやつはむざむざ城を破壊されるのを手を拱いて見ていた咎で魔王によって処刑されましたな。何者が城を破壊したか等々、あやつの弁明は一切取り上げられませんでした」
「ということは、俺たちが魔族の国に手出ししている件は魔王には正式に伝わっていないということか?」
「左様であります。ナズディア王国では弱者の弁明など誰も耳を貸しませぬ。それ故に聡史殿らによって城が全壊いたした理由を未だ正確には把握していないか、若しくは耳にしていたとしても信じてはいないかと存じます」
絶対君主による暴政と呼べばいいのであろうか? 魔王が治めるナズディア王国ではその意に従わぬ者は貴族であろうと容赦なく粛清される運命にあるよう。この話を聞いていた学院長が、聡史に向かって話し出す。
「そうか、思わぬ方向から魔族国家の政治体制が判明したな。さて楢崎中尉、仮に生き残って誰から攻撃を加えられたか証言する者がいれば、魔王の敵意は確実に日本へ向かうだろう。その結果として、マハティール王国へ向けられる戦力が日本へ振り向けられる可能性が高い。ここまでは理解できるな」
「はい、わかります」
先日の学院長からの指示では「マハティール王国と同盟を結んで来い」という話であった。どうやらその言い方からして、学院長が聡史たちにまだ秘密にしている何らかの情報がありそうな態度に感じられる。
「マハティール王国に対しても我が国と同盟を結ぶメリットをしっかりとアピールするべきとは思わないか?」
「はあ、確かにメリットをきちんと説明できれば、同盟を結ぶ交渉はスムーズに進むと思います」
いわくありげな表情の学院長に聡史は戸惑うばかり。今度はどんな無茶振りが飛んでくるんだとばかりに身構えている。
「実はここ数日で、ダンジョン対策室の内部でマハティール王国との同盟の内容について見解の変化があった。当初は楢崎中尉らの面々を送り込んで間接的な支援に止めようという意見だったが、自衛隊の部隊を実際に現地に派遣して大々的に異世界の戦争に介入しようという結論に達した。もちろん政府の承諾も得ている」
「それで、俺たちにどうしろと言うんですか?」
「もうちょっと頭を働かせろ! つまりだな、魔族の国家であるナズディア王国に日本を代表して宣戦布告して来いという意味だ」
「宣戦布告ですってぇぇぇ!」
さすがに聡史も驚きを禁じ得ない。確か日本には憲法があって戦争を仕掛けるのは禁じられているはずだが、異世界に関しては憲法の定めるところの例外となるのであろうか?
「学院長、自分が政府の立場に意見するのはどうかと思いますが、表立って宣戦布告は不味いんじゃないですか?」
「楢崎中尉、貴官はバカか? そんな話は黙っていればこちらの世界には伝わらないだろうが!」
「た、確かにその通りですが…」
ダンジョンを通って異世界との行き来が可能なのは、今のところ聡史たちだけ。地球上のどの国家も、未だにダンジョンの最深部の攻略など不可能と結論付けている。唯一の例外は、現在筑波にある第4魔法学院に留学生として滞在しているマギーたちであろう。彼女たちはデビル&エンジェルとともに実際にダンジョンの最下層を目撃した数少ない人間といえる。
「ちょうどおあつらえ向きに宇都宮の連隊が那須ダンジョンでさらにレベルアップを目指している最中だ。その連隊を異世界への遠征部隊の中核とするプランが出来つつある。ディーナ王女、我が国の本気を見たくはないか?」
「学院長、日本の素晴らしい軍隊を私たちの国へ送ってくれるというのですか! それは王族としてだけではなく、ひとりの国民としても大歓迎です」
ディーナ王女たち異世界からの来訪者は、魔法学院にやってくる前1週間宇都宮駐屯地に滞在した経緯がある。その際に自衛隊の士気の高さと規律正しさ、そして信じられないほど高性能な近代兵器の数々を目撃していたのは言うまでもない。自国の騎士団とは比べようもない精強な部隊が直接支援にやってくるなど、まるで夢のような話だと感じている。
だがここで聡史が敢えて慎重な意見を述べる。
「自衛隊を派遣するのは承知しましたが、補給はどうするんですか? 一個連隊単位となると、相当な物量が必要かと思いますが」
「楢崎中尉、桜中尉、二人のアイテムボックスの収納限界はどの程度だ?」
「無限に可能です… あっ!」
どうやら聡史と桜のアイテムボックスで部隊の装備や補給品一切合切を異世界に運び込もうという案だと薄々聡史も気が付いたよう。ここまで破天荒な作戦を思いつくとは… おそらくだが学院長が裏で色々と暗躍しているのだろう。
「二人には、戦車やら装甲車やら燃料と交換部品ともに全て異世界に持ち込んでもらう。最低でも3か月は現地で活動可能な物量を調達するから、大船に乗った気持ちで行ってこい!」
「ますます断崖に追い込まれていく気持ちになってきます」
聡史が本音をブッチャケている。ここまで大掛かりな話になるとは、聡史自身もこれっぽっちも考えていなかったらしい。だがこの娘の発想は別次元の彼方でぶっ飛んでいる。
「これは面白くなってきましたわ! 自衛隊の皆さんを異世界の流儀で鍛えて差し上げます。そうですわ! 物のついでですから、Eクラスの生徒を何人か連れて行くのはいかがでしょうか?」
「桜中尉、いい意見だ。学院長として認めるぞ。人員の選抜は桜中尉に任せる」
「が、学院長! 本当にいいんですか?」
聡史が相当焦った声で止めに入るが、学院長と桜によって完全に黙殺される。恐らくブルーホライズンや頼朝たちが巻き込まれるであろうと、現時点で簡単に予想がつく。本人たちが全く知らない場所で異世界行きの話が決定するなんて、例えようもなく恐ろしい学院といえよう。
美鈴やカレンは、学院の生徒が参加する件に関して特に反対の表明はない。明日香ちゃんに至っては…
「賑やかなほうがいいんじゃないですか」
無責任全開の態度。というか食べ歩きの件がダメになった影響がいまだに尾を引いており、相当にヤサグレているよう。さらに深読みすると、桜のマークが自分に集中するよりも各方面に分散したほうが好ましいという、腹黒い打算が働いているかもしれない。明日香ちゃんにとって異世界で最も恐ろしいのは環境の変化や魔物の存在ではない。桜にマンツーマンでマークされることこそ、最も避けなければならない最優先事項といえる。
宇都宮連隊の出発には最低でも今から2か月は要するとの話。それまでの間に聡史たちは残ったダンジョンを攻略して、マハティール王国の王都に最も近いダンジョンに出るルートを発見することが、改めてダンジョン対策室の最重要指令として課せられるのであった。
◇◇◇◇◇
「う~ん… これは困りました。どうすればいいのでしょうか?」
真剣な表情で迷っている… のではなかった! 異性が目撃したら百年の恋も冷めるほどにドン引きするニヘラ~という気味の悪い笑みを浮かべて学生食堂のカウンターに並んでいるのは、言わずと知れた明日香ちゃん。学院長への報告が終わって、ちょうど夕食の時間を迎えている。
「明日香ちゃん、何をそんなに迷っているんですか?」
「桜ちゃん、今日から12月ですよ~。月替わりの季節のフルーツパフェが違う果物に変更になる日なんです。ああ~、それなのに… どうして新作の3種類のベリーサンデーなんて魅惑的なメニューが今日から登場するんですか… これは迷わずにはいられませんよ~」
毎度お馴染み明日香ちゃんによるどうでもいい悩みが始まっている。一緒に並んでいる桜は「勝手にしろ!」という表情で放置を決め込む模様。
「桜ちゃん、今日は特別に両方注文するのはいかがでしょうね?」
「今穿いているひと回り大きなサイズのスカートと相談してください」
「ぐぬぬ… さすがに一度に2つは諦めないと不味いようです」
デザートを我慢しないと決心した明日香ちゃんにも、どうやら最後の理性が残っていたよう。夕食のデザートを2品注文するという暴挙をなんとか回避しようと心の中で懸命に葛藤している。今現在明日香ちゃんの脳内では、天使と悪魔が血で血を洗う最終決戦を行っているのだろう。まあ、どうでもいいのだが…
大阪の葛城ダンジョンから戻ってきたデビル&エンジェルは、束の間の学院生活に戻っている。もちろん次なるダンジョンアタックが決定するまでの、ほんのわずかな時間の学院生活に過ぎない。言ってみれば準備期間に当たるダンジョン攻略の合間の時間を、魔法学院でのひと時を過ごしているのであった。
◇◇◇◇◇
聡史たちが帰還して数日が経過して…
1年生は本日は学科の授業が行われており、午後の授業が終わるとEクラスの生徒の多数は第3訓練場に向かう。彼らは本日も自主連に汗を流そうという面々で、その中には異世界からの留学生であるマリウスたちも含まれている。
ついこの間までデビル&エンジェルと一緒にダンジョンを攻略して戻ってきた彼らは、日本での生活がそろそろ1カ月を迎えようとしている。クラスの仲間たちと一緒に過ごす学院生活にもだいぶ順応して、周囲を見回す余裕が出てきた時期ともいえる。
第3訓練場に向かうマリウスの眼には、遠目にAクラスの集団が移動している姿が飛び込んでくる。そのうちのひとりの姿がマリウスの心の琴線に触れるものがあったよう。
「ちょっと用があるから、先に行ってくれ」
「いいわよ。先に自主練を始めているわ」
集団から別れてAクラスの集団に向かおうとするマリウスをディーナ王女たちが見送る。そのままマリウスは足早にAクラスの生徒たちを追い掛けると、彼らの背後から声を掛ける。
「ちょっと待ってもらえないか。そこの君、ぜひとも話がしたいんだが」
「俺ですか?」
「ああ、君と話がしたいんだ。少しの間時間をもらえないか」
「わかりました。立ち話でよかったら」
マリウスが声を掛けたのは勇者の職業を持つ浜川茂樹。同じ勇者として、マリウスの直観に彼の存在が他の生徒とは違って見えたよう。同様に茂樹も、マリウスの存在に何らかの自分との共通点を見い出している。二人の勇者が魔法学院で初の邂逅を迎えたのがまさにこの時。
二人はAクラスの集団から離れて、校舎の陰になる場所まで歩いていく。
「さて、ここなら誰にも聞かれずに話ができそうだね。単刀直入に聞くよ。君は勇者の資格を持っているね」
「そういうあなたも、もしかして勇者なんですか?」
茂樹自身、Eクラスに編入してきたマリウスたちと話をするのはこれが初めて。だが彼の勘では、留学生の五人は何らかの事情のある特別な存在だと告げている。ことにマリウスという存在は、もしかしたら自分と同様の勇者なのではないかと漠然と感じていた。それも自分よりも多くの修羅場を潜り抜けた歴戦の勇者なのではないかと…
「ハハハ、今の発言が全てを物語っているね。勇者が発する雰囲気は独特だから一目でわかったよ」
「俺もなんとなくあなたと共通点を感じていました」
やはり先輩格のマリウスの眼は間違っていなかったよう。茂樹が素直に認める姿をマリウスは好ましいものと受け止めている。
「さて、勇者の先輩としてアドバイスを送りたい。君は現在迷っているようだね」
「はい、その通りです。自分が勇者として満足な結果を残せないジレンマで、どうすればいいのか毎日が苦悩の連続です」
茂樹は例の八高戦の失格の件以来自身が経験した記憶がないほどの深刻なスランプに陥っており、いまだ脱出方法もわからないまま足掻いている最中。ダンジョンでゴブリンを相手にしても取り逃がすケースが度々発生するなど、仲間たちからの信頼は現在地に落ちているといっても過言ではない。パーティーの間で「名ばかりの勇者」と秘かに囁かれていることももちろん耳に入っているが、その陰口に反論すらできない自らの情けなさを甘んじて受け入れるしかない現状に歯噛みしている。
「勇者の苦悩か… 私にも経験があるよ。小さな村から出て来たばかりの当時は大した力もなくてね、周囲からは『役に立たない勇者だ』と陰口を叩かれたものだ」
マリウスは今年で22歳、茂樹よりも6歳年長にあたり、その分下積み生活の苦労も多数経験している。今やマハティール王国の王女と一緒にパーティーを組むまでになっているが、ここまでに至る道のりは決して平坦ではなかったのは容易に見当が付いてくる。
「マリウスさん、ひとつだけ教えてください。勇者は何のために存在しているんですか?」
茂樹は真顔でマリウスに尋ねている。自分の勇者としての在り方が見つからないゆえに、茂樹は藁にも縋る気持ちでマリウスを頼っているのだと察せられる。
「これはいきなり勇者の存在の本質に関する質問だね。答えは… 残念ながら存在しないよ。というか、人それぞれに勇者としての在り方に関する考えなんて様々だ。それをいちいち取り上げていたら収拾がつかない」
「そうですか… 簡単には見つからない。確かにその通りだと思います」
マリウスの答えを聞いた茂樹の肩がガックリと落ちている。何らかのヒントを期待したのだが、何も得られなかった結果に落ち込んでいる態度がアリアリ。そんな茂樹を見かねたように、マリウスはさらに言葉を重ねる。
「勇者の存在理由など恐らくは誰にもわからない話だ。だけどね、勇者に与えられた役割についてその一端なら知っているよ」
「えっ! それは何ですか?」
やや下を向いていた茂樹の顔が急に上を向いている。
「勇者を動かすのは、人々の希望だと思うよ。人々が平穏な生活を送りたいと望めばその人々を守るために戦うし、人々が満ち足りた生活を送っていて戦いを望まないのであれば、剣を置いて辺境で畑でも耕すさ。それが勇者の宿命だよ」
マリウスの独白は異世界で経験した真実に裏打ちされているだけに、一言一言に重みがある。彼は常に名もなき民を守るために、その命を懸けてこれまで戦い続けてきた。もちろん王や王都を守ろうという気持ちも持っているが、マリウスの本音としては身を守る術のない名もなき人々を何とか救おうと、懸命に闘い続けてきたのであった。ただその戦いについてはここまで終始劣勢を強いられており、多くの罪もない命を魔族の侵攻によって無意味に散らせてしまった忸怩たる思いがある。
その劣勢を何とか引っ繰り返そうとして、教会にもたらされた神託に従ってダンジョンの攻略に踏み切った。結果としてこうして日本にやってきて、デビル&エンジェルと共闘しながら祖国に戻ろうとしている現在、その神託はもしかしたら成就されるかもしれないという小さな光明を見い出している。
「人々の希望…」
そしてマリウスの言葉は、長いトンネルの先にポツンと一筋の光明が浮かび上がるがごとくに、茂樹に今までとは全く違う心持ちをもたらしている。
「そうだよ、人々の希望に応えるのが勇者の使命だ。力がなければ小さな希望を叶えるがいい。力があればより大きな希望を叶えるために剣を取れ。そして必要がなくなったら、人々の前から姿を消して平穏な世界を片隅から見守ればいいさ」
「俺は自分が強くなるのが勇者としての使命だと考えていました。でもそれは間違いだったんですね」
「それがすべて間違いとは言わないよ。でもいきなり強くなれるわけではないさ。その時その時で、いかにして誰かに役に立てるかを常に考えるしかないんだ」
「人々の希望を少しずつでもいいから叶えながら、自分が強くなってより大きな希望を…」
「そう、勇者というのは時には人々の希望そのものでもあるんだ。王や教会にすら、その役割は果たせないだろう。行く行くは君自身が希望そのものになっていくんだよ」
マリウスから与えられた課題は、茂樹にとってはあまりにも重たいものかもしれない。現代日本において人々の希望かを叶えるなど、希望の数が多すぎてとても叶えようがない話であろう。
だがマリウスには、何らかの考えがあるよう。
「近々、君にも人々の希望を目にする機会があるかもしれない。その時こそ、今の私の言葉の意味が真に理解できるだろうね。今日はこうして話し合えてよかった。またいつか一緒に語り合いたい」
「ありがとうございました。ちょっとだけ肩の荷が下りたような、だけどもっと重たい物を背負ったような複雑な心境ですが、今まで自分が悩んでいたのは本当にちっぽけな問題だとわかりました。またいつか色々と教えてください」
こうして二人の勇者は、わずかな時間言葉を交わしあって別れていくのであった。
◇◇◇◇◇
この日の夜に、政府からの緊急発表が行われる。各テレビ局は通常の番組を急遽変更して、総理大臣と防衛大臣が並んで座っている姿を映している。
「長らく世間で議論の的となっておりましたダンジョンに関して、総理並びに防衛大臣から重要な発表があります」
司会を務める官房長官が話を切り出すと、記者会見場には固唾をのむ緊張した空気が流れる。夥しいカメラのフラッシュが焚かれて、画面の総理大臣の顔は繰り返し眩い光によって照らされるが、依然としてそのその表情は硬いまま。
「先般世間を騒がせておりますダンジョンですが、自衛隊関係者の努力によりまして現在12か所のうち8か所までが、最深部まで攻略を完了いたしました」
会見場には大きなどよめきとともに、さらに盛んにフラッシュが焚かれる。その光が収まるのを確認してから、総理はさらに話を続ける。
「最深部まで攻略をしたダンジョンを詳細に調査した結果、そこには別の世界と繋がる通路が存在しておりました。そして過去に3回発生したしましたダンジョンから魔物が溢れる集団暴走は、異世界から日本に対する侵略であると結論付けました」
会見場にはさらに大きなどよめきが広がっていく。異世界からの侵略行為と聞いて、詳しい事情を知らない大多数のマスコミ関係者の頭にはエイリアン型の異星人が地下から侵攻してくる図式が浮かんでいる。だがその空想は、総理大臣の発言を引き継いだ防衛大臣の発言でその場で否定される。
「先日那須ダンジョンで、約十万に上る魔物による集団暴走が発生したしました。この件に関して広域に避難指示が発令されましたが、1名の犠牲者を出すこともなく自衛隊によって鎮圧されました。この集団暴走の裏で糸を引いていたのは、異世界の魔族を名乗る少数の集団でした。彼らを捕虜にして事情を聴取した結果、魔族を率いる魔王と呼ばれる存在が日本への侵攻を企てており、この魔物の集団暴走は我が国に対する攻撃の一環であります」
再び記者席には大きなどよめきが広がる。中には席を立つ記者も現れて大騒ぎの様相が繰り広げられる。
「おい、明日の朝刊の一面は差し替えだ!」
「本社に今すぐ一報を届けろ! 続報は順次こちらから送るから、すぐに一面を空けておくんだ!」
「9時から特番を組みこめ! 魔族の侵攻を特集しろ!」
慌ただしい動きを開始する記者たちをよそに、防衛大臣の話はさらに続けられていく。
「我が国はすでにダンジョンを攻略する戦力を整えております。現在残っている4か所のダンジョンを速やかに攻略して、魔族による侵攻をダンジョン内部で食い止める方策を準備しております。そのためには数百人規模の部隊をダンジョン下層に送り込んで、異世界との通路を塞ぐ作戦を講じる予定です」
ここまでが政府が予定していた公式発表。異世界に部隊を送り込むという内容は隠蔽して、ダンジョンの最深部で通路を塞ぐという作戦に言い換えている。どうせ誰もそこまでやってこれる人間はいないので、通路の手前で待ち構えようがその先に踏み込んで異世界で戦おうが、目撃者などどこにも存在しない。だからこそ政府は部隊の派遣に舵を切ったともいえる。
総理大臣と防衛大臣の発言を引き継いだ官房長官が、集まっている記者に向かって発言する。
「いくつか質問を受け付けます。挙手してください」
「はい、○○新聞の鳥井です。現在のダンジョンの安全性はどの程度保たれているのですか? また、今後魔物の集団暴走が発生する可能性はありますか?」
この質問を受けて、直接ダンジョン対策を管轄する防衛大臣が回答し始める。
「一般的に冒険者と呼ばれるダンジョン調査を行う方々にとっては、ダンジョンという場所は依然として危険なままであります。ですが自衛隊の特殊集団にとっては、攻略は平均で5日という難易度となっております。特殊集団にとってはダンジョン内部は大した危険はないといっても過言ではありません。それから集団暴走に関しては常に人工衛星から監視しており、異変が生じたならば即座に特殊集団を送り込んで鎮圧する準備が整っております」
防衛大臣の発言にある特殊集団とは、もちろんデビル&エンジェルを指している。当然ながら国家機密に属する重大事項なので、個人やパーティーに関する情報を一切明かさないのは当然の措置。
「ダンジョンを5日で攻略する集団というのは具体的にどんな人物ですか?」
「自衛隊内部の機密に属しますので明かせません」
「部隊の名称などはありますか?」
「明かせません」
「その集団の人数等は?」
「明かせません」
とまあ、このような木で鼻を括った質疑が行われてこの度の発表は終了する。もちろんこの政府の公式発表は各方面に激震をもたらすのは言うまでもない。
その夜のニュースはどのテレビ局でもダンジョンの特集が組まれて、これまで一般には大して認識が広まっていなかったダンジョンの存在が改めてクローズアップされる形となる。日本の一般の視聴者の間には魔族の侵攻の部分だけが強調されており、不安が増長される好ましくない副作用が生じているが、これはこの発表を視聴率に繋げたいマスコミの手口であって、後々ネットにその遣り口が悪し様に取り上げられて大炎上するのも已む無しかもしれない。
もちろんこの発表は世界各国にも同時に広がって、各国政府やダンジョン関係者に衝撃をもたらす。冷静な対応をしているのは、アメリカ、フランス、ロシアの3国のみで、これは件の留学生から何らかの情報が流されたと考えて間違いない。
そしてその翌日の魔法学院では…
「師匠! ダンジョンを攻略して回っているのは、絶対に師匠たちのパーティーですよね」
「昨日の発表でやっと納得がいきました! このところ外に出掛ける機会が多いと思ったら、日本中のダンジョンを攻略して回っていたんじゃないですか」
ブルーホライズンに取り囲まれた聡史は四方八方から集中砲火を浴びているが、依然として口を割ろうとはしないまま。その一方で桜といえば…
「ボ、ボス… もしかしてダンジョンを攻略したのは…」
「何のことかわかりませんわ」
「でもボスたち以外には考えられませんが…」
「私に口答えする気ですか?」
「め、滅相もございません!」
頼朝たちは桜による暴力を背景とした圧力に屈して、これ以上何も言えないままであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ついに日本政府が秘密裏に異世界の戦争に介入する方針を決定。自衛隊の部隊が編成を終えるのはもうしばらく時間がかかりそうですが、その間にも聡史たちは未攻略のダンジョンアタックに駆り出されていくようです。この続きは出来上がり次第投稿します。どうぞお楽しみに!
「面白かった、続きが気になる、早く投稿して!」
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