第13話 新メンバー

 桜を見下ろす前鬼と後鬼がゆっくりと前進する。一歩ごとに山肌を揺らすかの如くに地響きが起引き起こされて、付近の木の枝に止まっている小鳥が慌てて空へと羽ばたいていく。


 だがこの恐ろしげな大鬼を目の前にして桜はまったく動こうとはしない。一歩ずつ大股で接近してくる前鬼と後鬼をその目で見据えては、内心では舌なめずりしている。



「精々楽しませていただきましょうか」


 新たなオモチャを発見した子供のようにその瞳が輝いている。こうなったら桜の勢いはもう止まらない。


 バキバキバキッ


 2体の大鬼は邪魔になる太い枝を片手で振り払って、折れた枝は無造作に地面に打ち捨てながら桜に迫る。先を進む前鬼の腕が桜に届くその距離まで近付いたその刹那…


 ドゴーーン!


 周囲の木々を揺らす大音響が一面に轟く。静止状態から軽く地面を地面を蹴ったと思ったら一瞬でトップスピードに乗った桜の拳が前鬼の胴体に叩き込まれている。桜のパンチ自体が一瞬音速を超えて同心円状に衝撃波を撒き散らしながら前鬼に体ごとアタックを決めている。


 ドウと音を立てて後ろに倒れる前鬼、その姿は次第に破れた呪符に却っていく。



「これはオマケですわ」


 さらに後続の後鬼にも同様に拳を叩き込むと、2体の大鬼は消えてなくなる。



「な、な、な、な、なんですってぇぇぇぇぇ!」


 雅美の叫び声が木々の間にこだまする。その瞳はこれ以上ない程見開かれて、自らの眷属がたったの一撃で消し去られた事実に髪を振り乱しながら混乱を極めているよう。



「ありえない! ありえない! ありえない! ありえない!」


 醜く表情を歪めながら頭を大きく振って目の前の光景を認めようとしない雅美。だがその眼前に人影が立ちはだかる。



「誰が身の程知らずなのか、ご理解いただけましたか?」


 笑みを浮かべる桜ではあるが、その瞳は一切笑っていない。この場に登場した時と同様の冷たく研ぎ澄まされた氷のような光が雅美を刺し貫く。



「ダ、ダメ…… ゆ、許して」


 この期に及んでようやく桜が自分ごときの手に負える相手ではないと理解した雅美が、うわ言を呟きながらジリジリと後へ下がっていく。


 トン


 軽い音を立ててまるで雅美の背中を遮るようにその場にある何かがぶつかる。恐る恐る首を後ろに向けると、杉の大木が雅美の背後に聳え立っている。木が邪魔してこれ以上下がれなくなった雅美はここにて進退が極まる格好。



「おやおや、美鈴ちゃんが『許して』と言えたら、あなたは許す気がありましたか?」


 桜から突き付けられた重い言葉に雅美が自らの行いを今更悔やんでももう遅い。自分が仕出かした愚かな行いはどう言い繕っても『許して』で済まされるはずもない。



「ダ、ダメ! いや! どうかヤメてぇぇぇl!」


 形振り構わず叫んで髪を振り乱して半狂乱になったかのように慌てふためく雅美。だが桜は彼女の哀れな姿に対して髪の毛の先ほどの同情も示さずに凍えるような無機質な瞳を向けている。



「言いたいことは終わりですか?」


「イヤ! イヤ! ヤメてぇぇぇぇ!」


 引き気味に拳を構える桜から雅美は目が離せない。これから自分の身に起こるであろう恐怖に怯えた目を見開いてガタガタ震えている。もう歯の根が噛み合わないくらいに自然に湧き起こる震えを抑えることが出来ない。


 桜の拳がゆっくりと動き出す。もう逃げ場のなくなった相手に対して敢えて自らの力を見せつけるが如くに普段よりも大きなモーションでオリハルコンの籠手に包まれた拳が雅美に向かって放たれていく。



「イヤァァァァァァァァ!」


 絹を引き裂くような声が木々の間にこだまする。


 だが桜の拳は、雅美の鼻先1センチの場所でピタリと停止。


 ズル、ズルズルズル


 大木に寄り掛かった姿勢で雅美の体はヘナヘナと地面に崩れていく。桜から押し寄せるあたかも津波のごときプレッシャーと恐怖に精神が耐え切れず、拳が当たる直前にその意識がブラックアウトしたらしい。


 木に寄り掛かって手足を投げだした人形のように座り込んでいる雅美。その両足の間からは黄色い液体が流れだして林の下草を濡らしていく。



「桜ちゃん、このシャッターチャンスは逃せませんよ~」


 いつの間にか桜の隣に来ている明日香ちゃんは雅美が意識を失って失禁した画像を自分のスマホに収めている。


 中学時代からボコボコにされたヤンキーが土下座をするシーンや、額に油性マジックで『桜様、どうか許してください』と書き込まれたバカ面アップ画像を撮影し続けてきた明日香ちゃん。そして今日も当然のごとく雅美の恥ずかしい姿をばしばしシャッターを切って容赦なくスマホに収めている。



「あ、明日香ちゃん、何もそこまですることもないような… プププ」


「美鈴さん、水に落ちた犬は徹底的に叩くべきですよ~。私の経験上、こうして弱みを握っておけば今後二度と逆らえなくなります」


 実は明日香ちゃんも相当怖い性格なのかもしれない。地元のヤンキーが桜を恐れる以上に明日香ちゃんに気を使っているのもなんだか頷ける話。


 その明日香ちゃんを止めようとした美鈴もどうやらこの成り行きを面白がっている。良識ある副会長的なポーズで明日香ちゃんを止めようとしただけで、本音ではいい気味だと思っている。



「皆さん、そろそろお戻りになられた方がいいと思いますが」


 撮影会が一段落した雰囲気を察してカレンが切り出す。その表情には何らかの思惑が隠されているのだが、彼女の心の裏側まで見通せる人間はこの場にはいない。



「そうですねぇ~… 戻りたいのは山々ですが、後片付けをどうしましょうか?」


 何しろこの場には頭をかち割られて瀕死の陰陽師が四人と、他にも相当な重傷者が多数いる。このまま放置して去っていくのは、いくらなんでもヒドイ話であろう。


 だがカレンは、さも自信ありげに答える。



「片付けは、私にお任せください。それほどの手間ではありませんから」


「わざわざ美鈴ちゃんのピンチを知らせてもらったのに、お礼もしないで片付けまでお任せするのはさすがに心苦しいですわ」


「大丈夫です。西川さんも大変な目に遭ってしばらくはお休みさせた方がよろしいですから。どうかこの場は私に任せてお戻りください」


 なおもカレンは、譲らずにこの場を任せろと主張する。これだけカレンが主張するからには、好意に甘えようかという雰囲気が主に明日香ちゃん辺りから噴出する。



「桜ちゃん、カレンさんがこれだけ言ってくれるんですから、この場はお任せしましょうよ~」


「そうですか… カレンさん、本当にいいんですか?」


「ええ、大丈夫です。片付けが終わりましたら、桜ちゃんのお部屋に伺っていいでしょうか?」


 桜が一瞬怪訝な表情を浮かべる。カレンが特待生寮の事を知っている点になんとなく引っ掛かりを覚えたよう。だが小さなことなので、どうでもいいかと思い直す。



「ええ、このまま部屋に戻りますから、後からどうぞお越しください」


「それでは後ほどお会いしましょう」


 こうして三人はカレンに背中を押されるようにして裏山を降りていく。



 

 彼女たちが十分に離れたのを確認すると、カレンは行動を開始。


 まずは雅美のびっしょりに濡れているスカートのポケットからスマホを取り出すと、データとして保存されている着送信済のメールの全てをどこかへ転送する。


 その作業が終わると、自分のスマホを取り出して通話ボタンを押す。



「もしもし、私です。つい今しがた、このような出来事があって… はい、それではこれから例の双子の部屋を訪ねます」


 何やら非常に謎の多い行動が続く。果たして誰と話をしていたのだろうか? カレンの背後にはどのような存在があるのだろうか?



 ここまで終えるとようやくカレンは倒れている全員に回復魔法を掛けて回る。もちろん怪我を完ぺきに治癒するのではなくて、脳震盪が残るが命には別状がない程度まで回復して終わりにしておく。こうしておけば桜の暴力で怪我をさせられたと相手方が騒ぎ出してもさほど大した問題ではないと一蹴可能。そもそも雅美から先に手を出しただけに、そのような訴えを申し立てる可能性は実際には低いであろうが…



「西川さんを助けようとしたら、思わぬ大収穫だったわね」


 こうしてカレンは最後に周囲に大勢倒れている光景をスマホに撮影してから裏山を降りていく。






◇◇◇◇◇







 ピンポーン


 特待生寮のドアホンが鳴る。



「は~い、お待ちくださ~い」


 桜が席を立っていそいそと玄関を開けると、そこには予想通りカレンが立っている。



「おじゃまします。なるほど~… 聞いてはいましたけど豪華なお部屋ですね~」


 桜に案内されてリビングに入ってきたカレンの第一声がコレ。美鈴や明日香ちゃんがこの部屋に初めてやってきた時と同様に、カレンは部屋の造りをしげしげと眺めている。



「やっぱりカレンさんもそう思いますよねぇ。私なんかいつか絶対この部屋に住みついてやろうと狙っていますよ~」


 本気マジな顔で明日香ちゃんは主張している。この女子は本当にやらかしかねないから油断も隙もあったもんじゃない。



「それよりもカレンさん、今日は本当に危ない所を助けてもらって、ありがとうございました」


「そんなに改まらないでください。当然のことをしたまでですから」


 美鈴は再びカレンに頭を下げている。もう何回目か本人すら覚えていないが、カレンのおかげで貞操の危機を回避できたのだから、何度礼を言っても足りないぐらいだと本心で思っている。



「それよりも西川さんの精神的なショックが心配なんですが、大丈夫でしょうか?」


「ええ、大丈夫です。私ってステータス上の精神値が高いので、割と動じないタイプなんです。危険を回避できたのであれば、もうその出来事はあまり考えないというか…」


「それならよかったです」


 カレンは同性としてあのような目に遭った美鈴を心から心配してくれているよう。もちろん彼女なりの別の事情はあるにせよ、美鈴の心情を慮っていたのは紛れもない事実。



「それよりも今回の事件の扱いですが、皆さんはどうされるおつもりですか?」


 カレンはこの点に関しても気になっていたらしい。学院側もしくは警察に事情を伝えて、何らかの処置を講じてもらう必要があるのかを聞こうとしている。



「私はこの拳で怒りを晴らしましたから、美鈴ちゃんに一任いたしますわ」


「私も桜ちゃんと一緒ですよ~。スマホの画像という弱みを握っている以上、この先手出ししてこないでしょうし」


 桜と明日香ちゃんの意向は美鈴次第ということで一致している。暴力行為の主犯と今後の恐喝担当が揃って同意見なので、話の流れは自ずと美鈴に向かう。



「そうねぇ~… 私自身もあまり表沙汰にはしたくないし、今回の件は学院には報告しないで済ませたいと思っているわ」


 美鈴もひとりの女子として騒ぎにしたくはないのであろう。変に勘ぐられて根も葉もない噂が立つケースだって起こりうるし、周囲から好奇の目に晒されるのはできれば御免蒙りたい立場も理解できる。



「やはりそのような結論に達しますよね。揉み消し工作を済ませておいてよかったです」


「はて、揉み消し工作ですか?」


 カレンの意見に桜が不思議そうな表情を向ける。カレンの意図を図りかねているよう。



「怪我人はある程度治癒しておきました。今頃は目を覚ましている頃だと思います」


「ええぇぇ! なんだかすごい重傷みたいでしたが、大丈夫なんですか?」


 明日香ちゃんも桜と同様に、カレンが何を言っているのかサッパリわからない模様。だが美鈴はようやく気が付いた。カレンが実技試験で披露して見せたあの光景を思い出している。



「カレンさん、もしかして回複魔法を使ったんですか?」


「ええ、大事にならないように最低限の治癒をしておきました」


 美鈴はカレンの先々を読んだ心遣いに再び深く頭を下げている。いくら自分を助け出すためとはいえ、桜の暴れっぷりは過剰防衛に問われかねない。


 当の桜はもっぱらその関心事は美鈴の口から飛び出た「回復魔法」というフレーズに集まっている。



「カレンさんは、回復魔法が使えるんでしょうか?」


「はい、使えます」


「もしよろしかったら私たちのパーティーに入りませんか?」


 いきなりの勧誘開始。思い付いたら即行動が桜の人生哲学なので、現在カレンに向かってそれを忠実に実行している。


 実はカレンは貴重な回復魔法の使い手ということもあって、Aクラス内の各パーティーから引っ張りだこの立場。時には自由課題の前に争奪戦が繰り広げられるほどの人気と表現しても大袈裟ではない。クラスのカースト的にはパーティーに誘ってももらえない美鈴や明日香ちゃんの対極にある恵まれた立場といえよう。


 だが、カレン自身にも悩みがある。あまりにカレンの争奪戦が激化して、いつの間にかクラス内で協定が結ばれていた。それは日替わりでカレンは違うパーティーに所属するという内容で、本人の希望などまるっきり無視された状況。クラスに掲示されているカレンダーにはその日カレンが所属するパ-ティー名が記載されており、なんとも都合よい存在として使い回しにされているのが現状。


 このことはカレンがクラスの生徒たちから距離を置いている一因にもなっている。求められているのはカレン自身ではなくて回復魔法という特殊アイテムのような扱われ方をされているのだから、さもありなん。


 したがってカレン自身はいきなりの桜からの勧誘にどのような意図があるのかやや斜に構えてしまう。だが桜はそのようなカレンの内面での葛藤などお構いなしにグイグイ突っ込んでくる。



「カレンさんなら話も合うし、誰かを助けるために一生懸命になってくれますわ。信頼の置ける人物だと私の勘が告げています」


「カレンさん、あま~いデザートは好きですか? 良かったら私と桜ちゃんと一緒に放課後の食堂でデザート同好会に参加してもらいたいですよ~」


 明日香ちゃんも桜に負けないくらいにグイグイ押し込んでくる。デザート仲間が増えるのは大歓迎らしい。

 

 多少強引ではあるが、このような心のこもった勧誘を受けた経験はカレンにとって初めてであった。桜と明日香ちゃんはカレンを一個の人間として見てくれているということが自然に伝わってくる。


 当然カレンの心が大きく動く。



「皆さんが良かったら加入させてください」


 カレンがこのように返事をするのはさも当然の成り行きであろう。そこに美鈴が口を挟む。



「私もカレンなら大歓迎よ。何よりも私の恩人だし。それはそうとして、聡史君の意見はどうするのかしら?」


「美鈴ちゃん、お兄様でしたらきっと大丈夫ですわ。カレンさんのような美人はお兄様は大好き… おっと! 誰か来たようです」


 桜が言い掛けた微妙な言い回しに美鈴の目がギラリと物騒な光を放ち明日香ちゃんの好奇心レーダーがピクリと反応する。その時…


 ピンポーン


 ドアホンが鳴って桜が玄関に迎えに行くと、そこには予想通り自主練を終えた聡史が立っている。



「お兄様、お帰りなさいませ」


「ああ、桜、ただいま」


 兄妹が連れ立ってリビングへとやってくると、聡史の目には金髪碧眼の見慣れない人物が飛び込んでくる。



「ああ、お客さんだったのか。きれいな人だな。誰かの友達か?」


「聡史君、ちょっとお話ししましょうか。私は再会してから一度も聡史君に『きれいだ』なんて言われたことが無いんですけど、その辺に関してじっくり意見を聞きたいわね」


 美鈴の背後からは、身長を越える長さの刃渡りを誇示する大鎌を持ち、表情のないドクロのような顔をした不気味なスタンドが浮かび上がっている。どうやら死神的な属性のよう。


 

「お兄さん、お兄さん、やっぱりカレンさんのような金髪美人が好きなんですか? 胸は大きい方がいいですか? 一言! 一言コメントをお願いしますよ~」


 明日香ちゃんの背後には、スキャンダルに群がってはマイクを突き付けて根掘り葉掘り探ろうとする芸能レポーターのようなスタンドが浮かび上がっている。こちらは最後の最後までしぶとく食い下がるハイエナ的な属性の模様。


 聡史が何気なく放った一言は美鈴のジエラシー地雷と明日香ちゃんの好奇心地雷を見事なまでに的確に踏み抜いている。



「ちょ、ちょっと待ってくれぇぇ! 何が何だか全然わからないから、ちゃんと説明してくれぇぇ!」


「そうね、私も聡史君の口からちゃんと説明してもらいたいわ」


「お兄さん、全国の視聴者が納得するように説明してください。一言! 一言お願いします!」


 聡史の言い方が火に油を注いでしまっている。手が付けられないカオスな空気が特待生寮を包み込む。


 カレンは空気を読んで嵐が過ぎるまで口を噤んでいる方針を決定している。この場で自分が何か言ったら余計燃料を供給するだけだと察しているよう。



「聡史君、説明早よう」


「お兄さん、どうか一言!」


 二人から同時に突っ込まれて身動きが取れない兄を見かねてようやく桜が動き出す。



「美鈴ちゃん、どうかご安心ください。お兄様は小学校の頃のアルバムをアイテムボックスの中に大切に保管して、時折取り出しては眺めていますわ」


「あら、そうなの。聡史君、そうならそうだと早く言ってよ。もう、照れ屋なんだから!」


 美鈴さん、デレるのが早すぎ!



「桜ぁぁぁぁぁ! お前は何で兄のプライバシーを知っているんだぁぁぁぁ!」


「お兄様! もっと際どいお話をいたしましょうか?」


「い、いや… きっと俺の気のせいだから、何でもないぞ」


 一体桜は兄の何を知っているというのだろうか? これ以上聞き出すのが怖すぎて聡史は追及できない様子。兄は妹の前に敗れたり…



「明日香ちゃん、冷蔵庫に杏仁豆腐が入っていますけど食べますか?」


「桜ちゃん、何という隠し玉を内緒にしていたんですか! もちろんいただきますよ~」


 こっちはこっちであっさりと食べ物の前に陥落している。桜にとってはチョロすぎる手合いがここにいる。



 ようやく平和を取り戻したリビングで改めてカレンの紹介が行われる。



「こちらは、私と同じAクラスの神崎カレンさんです」


「カレンです。どうぞよろしくお願いします」


「桜の兄の聡史です。こちらこそよろしくお願いします」


 美鈴の紹介によって初対面の二人が挨拶をしている。そこに桜が…



「お兄様、こちらのカレンさんに私たちのパーティーに加入していただけるようお話をしているのですが、お兄様のご意見はいかがでしょうか?」


「美鈴と明日香ちゃんは、納得しているのか?」


「「もちろんです」」


「だったらいいんじゃないのか。三人が見初めた人物なら俺はいいと思うぞ」


 こうして、カレンのメンバー入りが決定される。



「それでは、明日から新体制でダンジョンを攻略しましょう」


「皆さんの力になれるように、頑張っていきます」


 こうして新たなメンバーが加入したパーティーは、カレンを含めた五人で改めて紙コップに入った麦茶で乾杯するのだった。






   ◇◇◇◇◇







 カレンが新メンバーに加わって、リビングではこれまでのパーティーの活動に関する話題で盛り上がっている。


 そこに聡史が一石を投じる。



「美鈴が同じAクラスのカレンさんと顔見知りなのはわかるけど、桜と明日香ちゃんはいつの間に知り合ったんだ?」


「ああ、それはねぇ、今日私が危ない目に遭ったのをカレンの機転で助けてもらったのよ」


 聡史の目がギラリと物騒な光を放つ。



「美鈴が危ない目に遭った? どういう事なんだ?」


「聡史君には、まだ何も話していなかったわね。実は、同じクラスの…」


 美鈴の話が進むたびごとに聡史の表情が一段一段険しくなっていく。



「それで、背後から抱え込まれて、粘着テープでグルグル巻きに…」


「桜ぁぁぁ! そいつらのいる場所に案内しろぉぉ! この手で叩き斬ってやるぅぅ!」


「お兄様、どうか落ち着いてくださいませ」


 アイテムボックスから抜身の魔剣オルバースを取り出しては、立ち上がって玄関へ向かおうとする兄。妹は兄の腰の辺りに両腕で抱き着いて必死で押し留めようとしている。



「まあ、聡史君ったら。私のためにあんなに怒ってくれて…」


「お兄さん、今の気持ちをどうか一言!」


「お兄様、どうか早まらないでくださいませぇぇ!」


「えーい、妹よ。早く敵の居場所を教えろぉぉ!」


 カオス再来であった。



「ほ、本当にこのパーティーに加入したのって正解だったのかしら?」


 カレンはカレンで、早まってしまったかと後悔の念を滲ませている。 



 桜の懸命な説得が功を奏して、聡史は魔剣をアイテムボックスに仕舞って席に戻る。脳内で「怒っちゃダメだ!」「怒っちゃダメだ!」と、300回くらい繰り返したおかげでようやく多少の冷静さを取り戻したよう。


 席に着くなり、おもむろに聡史が美鈴に聞く。



「それで、美鈴は怪我はなかったのか?」


「ええ、ブラウスを引っ張られたせいでボタンが二つ飛んでちょっと肌蹴てしまったけど…」


「桜ぁぁ! 今度は絶対に止めるなぁぁ! 早く居所を教えろぉぉ!」


 魔剣オルバース再び。聡史が立ち上がって玄関へと向かう。



「聡史君が、あんなに怒ってくれるなんて…」


 悲劇のヒロインモード全開の美鈴。両手を頬に当ててイヤンイヤンのポーズとばかりに左右に首を振る。



「お兄さん、やはり怒っていますか? コメントをお願いします!」


 レポーターモード全開の明日香ちゃん。再びマイクを向けるポーズで聡史に迫る。



「お兄様、敵はこの私がボコりましたから、どうか早まらずに」


 体力全開で聡史を止めに掛かる桜。普段なら兄が暴走しても簡単に鎮圧できるはずが、理性のタガが外れてバーサーカーモードになった兄に相当手を焼いている模様。



「やっぱり加入の件は、白紙に戻した方が…」


 後悔全開のカレン。ここまでカオスなパーティーに加入するといってしまった自分を呪っている。


 リビングをカオスの熱い空気が包み込み、騒乱の時間がしばし続く。


 だが、この騒乱からいち早く立ち直り我に返ったのは、実に意外な人物。



「そうでした! お兄さん、たった今、いい方法を思いつきましたよ~」


 全員の注目が一気に明日香ちゃんへと集まる。殊に聡史の怒りに任せた圧力に押し負けて玄関の手前まで追い込まれていた桜にとっては、どんなアイデアであっても飛びつきたい心境に違いない。



「皆さん、一旦テーブルに集まってください」


 明日香ちゃんのめったにない真剣な呼び掛けに聡史も何事かと魔剣を仕舞ってテーブルに戻ってくる。



「お兄さん、よく聞いてください。ここに主犯の東十条雅美のとっても恥ずかしい画像があります」


「どれどれ… うわっ! これは相当恥ずかしいな」


「それから、こんな画像もありますよ~」


「これもヒドいな」


「これが一番のベストショットですよ~」


「あちゃー! 全部写っているじゃないか」


「それでですね、これをこうして… ゴニョゴニョゴニョ…」


 明日香ちゃんのアイデアに関する説明が約5分続く。



「そうか… 叩き斬れないのは遺憾だが、明日香ちゃんのアイデアで手を打とうか。そろそろ時間だから夕食を食べてから仕込みに入ろう」


「お兄様、そうですよ、そうしましょう!」


 こうしてカオスから脱却した五人は揃って食堂へと向かう。


 食事を終えると、全員で色々と準備をして、そろそろいい時間となる。



「それじゃあ、私は寮に戻るわ」


「本当は今日もあの部屋に泊まりたいですけど、我慢して帰りますよ~」


 美鈴と明日香ちゃんが女子寮へと戻ろうとする。当然カレンも…



「それでは私も… しまったぁぁ! お部屋にスマホを置いてきてしまったようです。一度戻らせてもらえますか?」


「ええ、どうぞいらしてください」


 こうしてカレンだけが兄妹と連れ立って今一度特待生寮へと戻ってくる。



「カレンさん、スマホはリビングですか?」


「いいえ、私のポケットの中にあります。実はお二人に折り入ってお話したい件があったんです」


 聡史と桜は、どんな用件だろうと首を捻りながらもカレンをもう一度部屋に招き入れる。



 テーブルの上には人数分の麦茶がお馴染みの紙コップで提供される。三人が一口飲んでからカレンが口火を切る。



「実はもっと早くにお二人とはこうしてお話しする機会を持ちたかったんです」


「というと?」


「私の姓は神崎です。聞き覚えはありませんか?」


「あまり記憶にないですわね」


「うーん、最近どこかで聞いたような気がするんだが、思い出せなんだよなぁ」


 聡史にはおぼろげながら聞き覚えがあるようだが、桜にはまったく記憶にない姓らしい。



「それでは、異世界と聞いて、何か思い出しませんか?」


 聡史と桜の表情が変わる。カレンは一体何を知っているんだと、彼女の考えを窺うような表情になっている。



「神崎、異世界、この二つのキーワードを持つ人物と最近会っていないですか?」


 ここまでカレンがヒントを出したおかげで聡史の脳裏にようやく彼女が言わんとする人物像が浮かび上がる。



「ま、まさか… 学院長か?」


「その通りです。私、神崎カレンは学院長の娘です。そして、異世界の血を受け継ぐ者です」


「なんだってぇぇぇぇ!」


「なんですってぇぇぇぇ!」


 兄妹の声が微妙にズレる。桜にカレンの姓に関する記憶がなかったのは、学院長が自己紹介した時点ではまだニート宣言中で部屋に籠っていたためだったよう。



「と、取り敢えず、カレンが学院長の娘だというのは理解した。それで、異世界の血というのは?」


「はい、私の母は異世界に渡って冒険をしている時期にたまたま巡り合った男性と恋に落ちたそうです。そして母のお腹の中に私が宿って… ですが、私が生まれる前に母は日本に戻されてしまったんです。そして日本で私は生まれました」


 何という不思議な縁の巡り合わせか、聡史たちの前にもうひとり、異世界に関係する人物が現れている。これも運命というモノなのだろうか?



「それじゃあ、回復魔法も…」


「おそらく、異世界にいる父親の影響ではないでしょうか。最初からステータス画面にあったんです」


 こうしてカレンという謎の女子生徒の正体が判明する。だが異世界人とのハーフだなんていう事実はさすがの聡史兄妹でも寝耳に水の出来事。



「実は美鈴さんを助けたのも理事長側の生徒… 殊にその娘である東十条雅美の動向を探っている時に偶然知りました。今回の件で当分理事長は動きを封じられると思いますから、母も結果については喜んでいます」


「なるほどねぇ… 理事長が娘を使って生徒の支配を企む裏側では、学院長の娘がその動向を探っていたというわけか」


「端的に言えば、そうなります」


「でも結果として美鈴が助かったんだから、俺たちにとってはありがたい話だ。本当に助かった」


「そうですわ。カレンさんがいなかったらと思うとゾッとしたしますの。美鈴ちゃんを救ってくれてありがとうございました」


「そんな改まってお礼を言われても私が困ります。スパイのようなことをしている最中にたまたま行き当っただけですから、あまり胸を張って威張れないです」


 カレンは、あくまでも謙虚に手柄を認めようとはしない。それが却って聡史たちにとっては好感が持てる要素でもある。



「いずれにしても、これからは同じパーティーだから、どうかよろしく頼む」


「こちらこそ、お願いします」


 こうしてこの夜の話を終えると、カレンは女子寮へと戻っていく。






     ◇◇◇◇◇






 翌日、寮の自室で雅美は最悪の目覚めを迎えている。昨夜は、恐怖、後悔、苦悩、懊悩、不満、憤怒、憤り等々、やり場のない負の感情が次々と湧き上がって殆ど寝れなかった。目の下にはどす黒い隈が出来上がっており、寝不足で青白い顔色と相まって鏡を見るのも嫌になってくる。


 昨日は、呆然自失となって木の幹にもたれ掛っていたら、真っ先に意識を取り戻したひとりの陰陽師に肩を揺すられて意識が現実に戻ってきたような気がする。


 その後はどこをどうやって帰ってきたのか記憶は全くないが、気が付いたら寮の自室にいた。


 事件が表沙汰となって学院からの事情聴取や警察からの取り調べが行われるのではないかという不安を覚えたが、もう今の自分にはどうでもいいことのように感じてしまう。


 最悪の気分を抱えながら、仕方なしに身支度を整えて寮を出て教室へと向かう。食欲はまったくなくて朝食はパスしたままで、始業の10分前にAクラスの自分の席へ座る。


 ふと下を見ると、机の物入れに何か封筒のような物体の端が顔を覗かせている。何だろうと手に取ってみると、それはピンク色の封筒。


 シールで留めてあるだけの封を開いて中身を確認すると、3枚の写真が出てくる。その写真の裏側には、このように書かれていた。



〔東十条雅美のお漏らし写真〕


 何だこれは? 写真を持つ手が震えてくる。


 ふと顔を見上げると、そこにはひとりの女子生徒が立っている。その姿は美鈴に他ならない。ニヤリとした悪魔的な表情を浮かべながら、美鈴は至極ゆっくりした口調で語りかける。



「その写真は気に入ったかしら? データは保管してあるから、あなたのお望みのままに何枚でも印刷できるわよ」


「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 雅美はそのまま教室を飛び出して何処かへ姿を消したままこの日以降教室に姿を見せなかった。しばらくするといつの間にか休学の手続きがなされて、一か月後には除籍処分となったという噂が広がるが、真偽のほどは定かではない。


 飛び出していく雅美の後ろ姿を視線の端でチラリと見遣りながら、美鈴はザマアという表情で机に残された3枚の写真をそっと回収するのであった。 

 

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