第39話

「いろいろあって俺たち付き合うことになりまして、まあ温かい目で見守っていただければと思います」

「そうなんだ、いつのまに。おめでとう」


 その次の日の放課後、私と京平くんは想介を呼び出した。私たちが付き合うことになったと、そう伝えるためだった。

 もちろんこれは本当のことではない。

 京平くんが病気であることを想介に隠し続けるにはそれなりのリスクが伴う。最近の京平くんの不自然な態度の変化も、今後通院や入院することになった場合も、想介には気づかれないようにしていかなければならない。

 私が何をすれば京平くんに協力できるのか。

 京平くんと想介は、二人で一人と言っていいほど一緒にいる時間が長かった。この関係が今後もずっと続けば、隠しごとは難しいだろう。ならば、いつも京平くんの隣にいる存在をもう一人作ればいい。私が、京平くんの彼女だという設定にして。

 そう、提案した。もちろん、私になんのメリットもなければこんな提案はしない。

 京平くんと一緒にいる時間が増えたら、想介と関わることも自ずと増えていくだろう。そうしたら、完全に昔と同じとまではいかなくても、また前のように話せるようになるかもしれない。

 京平くんは自分の病気のことを想介に隠すために、私は想介との関係の修復をしてまた前のように仲良くするために。私たちはそれぞれの目的を果たすために恋人ごっこを始めた。


 

 お互いに気持ちがないことがわかっていたからこそ、私たちの関係はすだちのようにさっぱりしていた。いちゃついたりなんて絶対しなかったし、デートと言ってもやっていることはただのお出かけごっこのようなものだった。

 京平くんと付き合ってから一週間もすると、想介は昔のように私に話しかけてくれるようになった。呼び方は「藍沢」のままだったが、私としてはそれで十分だった。

 幼なじみとの関係も良好で、偽物といっても彼氏もできた。私は恋愛自体に興味はなかったが、中学校に上がり周りがどんどん彼氏を作っていくなかで、自分もサラッとその波に乗れたのが嬉しかった。

「藍沢さんって動物好きだったりする?」

「怖い系の映画は平気?」

「隣町に新しいカフェができたらしいよ!」

 部活が休みになるたびに、京平くんは私のもとにやってきた。

 偽物の恋人を演じる京平くんは自然体そのもので、周囲のクラスメイトにも私たちの本当の関係がバレることは一切なかった。彼自身、そんな異様な状況を楽しんでいるようにも見えた。

 京平くんが異性にも同性にも人気があったことは知っていた。ずっとそれは、スラッとした見た目のせいだと思っていたが、付き合ってみて京平くんはどういう人間なのかが少しずつわかってきた。

 バスから降りるときは必ず運転手にお礼を言う。何でも美味しそうに食べる。なぜか道を訊かれやすい。犬や猫が寄ってくる。いい匂いがする。子どもが好き。いつも車道側を歩く。美味しいものはまず私に一口くれる。一緒にいる人が、自然と笑顔になる。

 斎藤京平くんとは、そういう人間だった。

「京平くんってダメなとことか全然ないよね。どうしたらそんな風になれるの?」

 一度だけ、彼に尋ねたことがあった。深い意味はない、素朴な疑問。

 京平くんがくれる優しさには、裏がない。自分の内側から自然と湧き出た優しさという感情を、彼はそっくりそのまま周りの人に与えるだけの力があった。

 うーん、と少し考え込むと彼は言った。

「俺の目の前にいる人ってさ、明日も元気でいてくれるとは限らないじゃん。明日、急にいなくなっちゃうかもしれないし、反対に俺がいなくなっちゃうかもしれない。

 誰かと一緒に過ごすってことは、その誰かの限られた人生を共有してるってことで、そしたら粗末にできないって思うんだよね。

 だから俺は、目の前にいる人が喜ぶためにできることは何でもやる。そう決めてる」

 かっこいい。初めて京平くんのことを素直にそう思った瞬間だった。

 ちょっとクサかったかな、と京平くんは恥ずかしそうに笑った。

 その笑った顔になぜか切なさを感じて、心がぎゅっと締めつけられる思いがしたのを今でも昨日のことのように覚えている。

 京平くんが入院すると聞いたのは、その日の夜のことだった。

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