第41話
あの日、私があんなことを言い出さなければ京平くんと私はずっと一緒にいられたんだろうか。あのとき私は自分の想いを打ち明けないままでいたほうがよかったのだろうか。
その問いの答えは、今もどこにあるのかわからないままだ。
「ピロンッ」
スマホの通知音が私を今の世界に引き戻す。スマホの画面には、想介からのメッセージ。
『やっぱり明日、会って話そう。十時に迎えに行くから待ってて』
続きのメッセージは来ないようだった。
明日、想介がうちに来る。小さい頃は毎日お互いの家を行き来していた私たちが、一対一で話すのはいつぶりのことだろう。
長い時間をかけて私たちは切り離され、互いに新しく大切な人を見つけ、そして失った。
話そう、と言われても何を話すのだろう。私たちが二人で話したところで、京平くんが亡くなったという現実も、亜美の意識が戻らないという事実も変えることはできないのに。
スマホの上部に表示された時計を見るともう十二時を過ぎていた。
勉強机に散らばった参考書の、一番上に置かれた赤本に手をとる。まだ冬休みに入ってもいないのに、私の赤本はすでに多くの付箋が貼り付けられ、至るところに蛍光ペンで印がつけられていた。周りからは気が早いと言われたが、私は高校に受かった時点でもう、この大学に入ることを決めていた。それも、京平くんのためだった。
あの日の電話を境に、私たちが言葉を交わすことはなくなった。その後、京平くんがどうやって想介に嘘をつき続けていたのか、私は知らない。少なくとも、想介から京平くんの病気に関して話を聞くことはなかった。
京平くんと別れてからも、私の京平くんへの気持ちは変わらないままだった。いや、変わることなどできなかった。
京平くんの志望校は付き合っていたときに聞いていた。県で一番頭がいい高校。文武両道で、京平くんにはぴったりだと思った。
頭の悪かった私は京平くんと同じ高校に行くために、夏休みからは毎日10時間勉強した。いつもはつらい勉強も、京平くんと一緒になるためなら苦じゃなかった。
京平くんと同じ高校に行って、遠くからでも京平くんのことを見守り続ける。それこそが、私に残された唯一の彼のためにできることだと思った。
高校に入学してからは、京平くんの病気を治すために医者を目指した。得意教科は昔から数学だったが、京平くんと同じクラスになるために文系を選択した。大学も、文系で医者を目指せるところに絞り込んで、部活にも入らず毎日猛勉強した。
なんとしてでも第一志望の大学に入るために、勉強以外に必要でないものは徹底的に排除した。
高校生になったら部活に入って、たくさん友だちを作って、毎日ワイワイ遊んで、キラキラした青春時代を送る。私が小学生の頃から思い描いていた理想は、現実にはならなかった。
一年生の頃、入学した当初から勉強にすべてを捧げていた私には友だちと呼べる存在がいなかった。昔から人付き合いはそこまで得意ではなかったが、自分から全く関わろうとしなかったのが原因だった。
二年生のクラス替えで初めて、友達ができた。
みんなと仲がいいタイプではないが、何に対しても一生懸命で目の前の人をとても大切にできる人。黒川亜美は、私の唯一の友達であり、特別で、大切だった。私にはない魅力を、彼女はたくさんもっていた。
亜美が、学校を休んだのはまだ私たちが出会ったばかりの去年の五月のことだった。私が知る限り、亜美が学校を休んだのはあれが最初で最後だった。
検査のために病院に行くという話は聞いていた。ただ、休むとは思わなかった。
私と亜美は毎日昼ご飯を一緒に食べていたから、その日私は一人でご飯を食べた。あのときの私の視界の隅には、京平くんが休んでしまって一人でご飯を食べる想介の姿があったはずだ。
ただ、あのときの私は特にそのことを気に留めていなかった。京平くんが学校を休むたび、クラスのみんなは心配する。京平くんはいつも、家の用事だと言っていたが、私だけがほんとうの理由を知っていた。その、はずだった。
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