第46話

 ピピピピッ、ピピピピッ。

 無機質なアラームの音で目が覚めた。時刻は七時三十分。目覚まし時計に手を伸ばし、六回目のアラームがなる前に止めた。

 今日の予定は、と思い手帳に手を伸ばす。今日の欄には「十時、想介」の文字。

 全部が全部、夢だったらいいのにと思う。京平くんが亡くなったことも、亜美も事故になんて遭っていなくて、想介も私のそばにいる。

 私が望んだことは、そんなに難しいことだったのだろうか。高望みだったのだろうか。


 私が図書館に行った翌日、京平くんは学校に来なかった。その次の日も、またその次の日も。

 クラスメイトの間で飛び交う憶測全てに耳を塞ぎ、私は淡々と日常を続けた。想介が一人でお弁当を食べるところを見ても、放課後亜美が一人で下校する姿を見ても、私は何も知らないふりをした。

 本当は心配で、不安で不安でたまらなかった。ホームルームのとき、先生が教室に入ってくるたびに最悪な知らせを引き連れて来るのではないかと何度も思った。あれが最後の会話になっていたらどうしようと考えたらこわくなった。

 毎晩眠りに就く前には京平くんのことを考えた。それから、亜美のことも。

 亜美に聞けばなにかわかるかもしれないとは何度も思ったものの、私にそんな勇気はなかった。亜美の口から京平くんのことを聞けば、今度こそ私が壊れてしまうような気がした。


 スマホに手を伸ばし、メッセージアプリを立ち上げる。私は友達がほとんどいないから、高校の同級生で登録してあるのはたった三人だけだ。亜美と想介と、京平くん。それでおしまい。

 そのうち一人とは、もう二度と話すことはない。この連絡先が使われることは、もう二度とない。一人の人間が死ぬと、その周りの人がこんな状況になるなんて考えたこともなかった。

 今でも京平くんは私の頭の中では生きている。昔みたいに元気な姿じゃなくても、当たり前のように朝ごはんを食べてテレビでも観て、普通に過ごしているのに。

 京平くんと私の最後のやりとりを見ようと、京平くんとのトーク画面を開いた。

 私が彼に送った最後のメッセージ。本当はわかっていたし、覚えていた。私が京平くんにどんなひどい言葉をかけたか。一方的に想いをぶつけた自分がどれだけ最低な奴か。

『さっき言ったこと、ずっと前から思ってたことだから』

『私京平くんのこと好きでもなんでもないから、変に勘違いとかしないでね』

『京平くんみたいな人が、一番周りの人を傷つけるんだよ、優しい顔して。大嫌い』

『私は京平くんのこと、』

「ゆるさない」

 声に出してみると、その言葉の重みに改めて気づかされる。私は彼に、なんてひどい言葉をかけてしまったんだろう。

 あの日京平くんと別れたすぐ後、近くの店の窓ガラスに映った自分がものすごく醜く見えた。暗くてはっきりと顔が見えないのに、自分はなんて醜くて汚らしいんだろう、そう思ったら悲しさが込み上げてきた。自分のことが嫌で嫌でたまらなくなった。

 せめて彼に、私の痛みを少しでもわかってほしかった。私という存在が、少しでも彼の中に傷として刻まれるように。

 信号待ちをしている間、思いのままに打ったメッセージだった。

 一週間経ってそのメッセージにやっと既読がついたときの安心と罪悪感は、今でも昨日のことのように思い出せる。

 京平くんは、未読スルーなんて絶対にしないから。

 たった一言返ってきた「ごめんね」というメッセージに、あのときの私は声を上げて泣いた。京平くんにつけるはずだった傷は、私に刻まれて今も癒えないままだ。

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