第45話

 私の顔から一瞬たりとも目を反らすことなく京平くんはそう言った。罪の意識から目を反らさなかった訳ではないだろう。訊かれたから答えただけ。京平くんにとって、亜美と一緒にいたという事実は私に隠すことではなかった。

「そっか、亜美と」

「うん。黒川さん、俺が部活辞めちゃったのすごい気にかけてくれてて、それで黒川さんも帰宅部だから一緒に勉強しようかみたいな感じになって」

 気のせいかもしれないが、そう話す京平くんは嬉しそうに見えた。

「そうなんだ」

「うん」

 目の前にいる好きな人が嬉しそうにしているのに、こんなにも息が苦しいのはなんでなんだろう。

「亜美は、京平くんの病気のこと知らないんでしょ?」

「いや、知ってるよ」

 一瞬にして体の内側を冷たいものが駆けずり回る感覚を覚えた。体がこわばったのがわかった。

「え、なんで?」

「俺が教えたから」

「は?なんでよ」

 自分の口から出てくる音が微かに震えているのがわかった。京平くんは、そんな私の様子にはきっと気づいていないんだろう。

「藍沢さんは、」

「京平くんは、」

 二人の声が重なった。でも今度は私は譲らなかった。もう私は四年前とは違う。

「京平くんは、亜美のことが好き?」

 一番知りたくて、一番知りたくなかったこと。体がかあっと熱くなって、足が震えた。一度言った言葉はもう消せない。私が放った言葉は京平くんに届いてしまった。

 突然の質問に京平くんが動揺しているのがわかる。

「京平くんは、亜美のことが好きだから一緒にいるの?」

「黒川さんは、えっと…」

「私は別に京平くんにフラれたことをずっと根にもってるとか、そういうんじゃないよ。でも、京平くんはどういうつもりなの?亜美のこと。部活辞めたのだって、病気で続けられなくなったからだよね?そんなときなのに、なんで亜美と一緒にいるの?

 京平くんは、長く生きられないんだよ。それなのに今さら…」

 私が言葉を発すれば発するほど、私の心が傷ついて、京平くんが遠ざかっていく。

「それどういう意味?」

 一瞬京平くんが眉をひそめた。その表情も、言い方も私の知らない京平くんに見えた。

「こんなこと言いたくないけど、京平くんが誰かといればいるほど、その人は悲しい思いをするんだよ。忘れたの?もとはと言えば四年前、私と京平くんが恋人ごっこしてたのだって、想介に病気のこと隠すためでしょ。京平くんの病気のこと知って、想介が悲しい思いをしないように」

「…ごめん、もう相良も知ってるんだ」

「言ったの?」

「ごめん、黒川さんと相談して」

 また亜美。私じゃなくて、亜美。

 何の悪気もなくそう言う京平くんに、私のなかで何かがぷちっと弾けた気がした。

「京平くんは、最低だね」

「え…?」

「京平くんは本当に最低だわ。京平くんの周りにいる人がどんな気持ちか、一度でも考えたことある?って言っても、わかんないか。京平くんはいつも色んなところに気を配ってるもんね。自分では考えたことあるって思ってるかもしれないけど、でも、私が言ってるのはそういうことじゃなくてさ。  

 京平くんって、どんなに近くにいてもなんでかすごく遠くにいるように感じられるんだよね。京平くんはみんなに優しいからね。京平くんの優しさに裏がないのはわかってるけど、きっとみんなにもそうなんだろうなって、私は京平くんの特別にはなれないんだなって思うんだよ。私もそうだったし、多分亜美も、想介も」

 嫌われてもいいから、ちゃんと伝えたかった。私が言おうとしていることは、ただのおせっかいに過ぎないのかもしれない。でももう、それでも構わない。

「京平くんはね、みんなに優しいの。みんなに、おんなじだけ優しさをばらまいてる。でもね、その優しさで傷つく誰かがいるってことを忘れないで。私も…、傷ついたよ」

「藍沢さん」

「亜美のことも、よく考えて。亜美は私の親友だよ、絶対同じ思いさせないで。京平くんには時間がないの。よく、考えて」

「藍沢さん」

 さっきから京平くんは私になにか言おうとしているが、その続きの言葉は出てこない。私が放った言葉はきっと彼を傷つけるには十分だっただろう。

「じゃあ私そろそろ行くから。亜美が待ってるんでしょ、早く行きな」

 京平くんの顔を見ていると、自分がひどく悪い人間のように思えてくる。何も言わない京平くんの横をすり抜けて、私は歩き出した。もう、これで私たちは本当に終わりだ。

「藍沢さん!」

 駐輪場に京平くんの声が響いた。反射的に足を止めてしまったが、振り返ったらいけない気がした。

「ねえ藍沢さん、ごめんね」

 泣いているのかはわからないが京平くんの声は細く、頼りなかった。今すぐにでも振り返って戻りたい衝動に駆られるも、ぐっとこらえる。

「…京平くん、そのスニーカーもう捨てていいよ」

 私の声が京平くんに届いたかどうかはわからないが、京平くんからは何の返事もなかった。

 今度こそ、私は二度と振り返ることなく歩き出した。


 



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