大好きな彼は、もういない
第35話
電話がかかってきたとき、私は自分の部屋で勉強をしていた。いつもなら、集中するために勉強中は必ずスマホの電源を切っておく。でも今日は偶然、それを忘れていた。
突然静寂を切り裂いた電話の通知音、画面に表示された「想介」の二文字。恐る恐るスマホを手に取り、右耳にあてた。電話の向こうからかけられる言葉を聞くのが怖かった。
「もしもし」
「藍沢、落ち着いて聞いて」
それっきり、想介の声は聞こえてこなくなった。
待った。何も言わずに、ただ静かに待った。どんどんと強く胸を打ってくる心臓を無視して、恐怖で体が震えてくるのを無視して。ただ、静かに。
しばらくの間があって、電話口の向こうで想介が大きく息を吸うのが聞こえた。
「今日、京平が亡くなった」
その言葉を聞いた瞬間、身の回りに溢れているすべての音が、一瞬にして吸い込まれてしまったかのようだった。
京平くんが死んだ。
電話の向こうで想介が何か言っていたのかもしれないが、私の耳にはそれ以上のことは届かなかった。
もう、何も聞きたくなかった。
あれからどれくらい時間が経っただろう。
気がつくと電話は切れていて、私は床に座り込んでベッドに寄りかかっていた。寝ていたわけではないはずなのに、自分が取った行動が一切思い出せない。
いつもは整理整頓された部屋は、台風が吹き抜けたかのように荒れていた。クローゼットは半開きで、机の上には参考書が散らばっている。
立ち上がって机に向かおうとしたときだった。
「痛っ」
足の裏に鋭い痛みを覚え、見ると少し血が出ていた。気がついていなかっただけで、足元には細かいガラスの破片が散らばっていた。
ガラスの破片。それはいつか京平くんが私にプレゼントしてくれた写真立てのものだった。
手を切らないように気をつけながらそっと、ガラスの下敷きになった写真を拾い上げる。
写真に写っていたのは四年前の私と京平くんだった。中学校のダサい体操着を着た私たちはまだあどけなく、その笑顔からは照れくささもにじみ出ている。
一瞬にして、視界が滲んだ。涙が流れ出てしまう前に、慌てて上を向く。外に流れ出さえしなければ、泣いたことにはならない。前に京平くんがそう言っていた言葉を思い出す。
一人の人が死ぬと、それに対して涙を流す人がいる。その人を、愛していた人だ。その人の死を、悼む人だ。
でも今の私にそんな資格はない。
写真のなかのわたしたちと目が合わないように、写真を半分に折ると近くにあったゴミ箱に捨てた。
写真なんて、とっておいたところでそのときに戻れるわけじゃない。なんの意味もない、ただの紙。
そう、わかっているはずだった。
でも―。
気づくと私は、ゴミ箱から写真を拾い上げてていた。二つ折りにした写真を開く。
写真の私と京平くんの間には、どうやっても消すことのできない痕がついてしまっていた。
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