第34話

「久しぶりに動くのはやっぱつかれるねー」

 肩を回しながら、子どもたちと遊んでいた相良が戻ってきた。

「俺、体力には結構自信あるほうだけどやっぱりちびっこにはかなわないわ」

「今日の相良、キマッてたよ」

「うん、かっこよかった」

 相良は嬉しそうに頭をかいた。

「なんかこう、いいよね、人助けって。めっちゃありがとうって言ってもらったし。てか、二人だいぶ打ち解けたね。なんかあった?」

「何言ってんの。俺と黒川さんはもともと仲良しなの」

 驚いて京平を見る。京平が言った言葉が嘘だとしても素直に嬉しかった。

「そっかそっか」

 相良はとても嬉しそうに笑った。

 今日、私が京平に嘘をついていたことを謝ろうとしていたことは相良も知っていた。

 今の様子で、きっと相良にも私たちが本当のことを言い合えたことが伝わったはずだ。

「風が少し冷たくなってきたね。そろそろ病院戻ろうか」

 相良に促され、私たちは病院へ向かって歩き出した。


 来る時とは打って変わって、私たちは三人ともよくしゃべった。

 学校であった面白い話、相良と京平の病室でのエピソード。

 三か月間、こうやって集まる機会は一度もなかったとはいえ、私たちはやはり仲が良かったのだと思う。

 少なくとも、この三人で集まっていたときの私は、私でいられていたはずだ。

「あ、見て」

 私が押す車いすに乗った京平が何かを指さした。遠くから見ると石かと思ったが違う。

「わー、亀だ!」

「え、亀ってこんなところにもいるんだ、かわいい。さわりたい、さわりたい」

 京平にせがまれた私は、そっと亀を地面から持ち上げると、京平の手にのせた。

 まだ小さい子亀は、何が起きたのかもわかっていないようで、京平の手の上でもそもそと動いている。

「なんか縁起よさそう。あ!みんなで亀と写真撮ろうよ」

 京平の言葉に、相良がスマホを取り出した。

 すぐにポーズを決めて、写真を撮る。

「はい、亀さん」

「何その掛け声、ダッサ」

「相良、俺はいいと思うよ。ねえ、撮った写真見せてよ」    京平が相良のスマホを見ている間に、私は亀を草むらに移動させた。

 どうか、車などに轢かれませんようにと願って。

「黒川ちゃんも見て、めっちゃいい写真」

 相良の言う通り、それはすごくいい写真だった。

 三人みんなが笑っていて、なぜか亀もしっかりとカメラを見ている。

 写真を確認した私たちは、再び歩き出した。

「なんか俺、あのこのおかげで長生きできる気がするー」

 京平は本気でそう思っているかのように言った。

「きっとあのこ神様だよ。京平を救うために現れたんだ」

 相良までそんなことを言い出した。

「神様なのに、あのこあのこって言っていいの?」

 私の言葉に、三人で笑った。

 何でもないことでも、面白かったし、一緒にいるだけで楽しかった。

 こんな時間がずっと続けばいいのにと思う。

 ひょっとしたら、さっきの亀は本当に神様だったのかもしれないと思った。


 いつのまにか、病院が見えるところまできた。

 京平はこの後診察があるから、私たちはもう帰らなければならない。

 楽しい時間は本当にあっという間だった。

 私と京平の前を歩く相良には聞こえないように、そっと京平の耳に顔を寄せる。

「京平」

「なにー?」

「私もね、京平に迷惑かけたことは謝るけど、正直楽しかったよ。誕生会とか、クリスマスパーティーとか。

 京平が元気になったら、また三人で集まろう」

「そうだねー、じゃあ俺もうちょっと頑張るわ。さっきの亀さん、どうかよろしくお願いします」

 京平はおどけていったが、私は本気だった。

 まだまだ京平には生きていてほしい。

 受験が終われば私たちはクラスメイトとしてではなくて、今度は本当の友達として、きっといい関係を築いていけるはずだから。

 病院の入り口に戻ってきた。

 私たちに向かい合った状態になるように車いすを停める。

「じゃあね、京平。また、すぐにでも来るから」

「ありがとう。黒川さんも、もしよければまた会いに来てね」

「うん、約束する。元気でいてよね」

「じゃあそろそろ俺、病室戻ろうかな」

「わかった、じゃあまた」

「うん」

「またね」

 私と相良は並んで歩き出した。

 病院の駐車場から歩道に降りる階段を下る。

 その瞬間ふりかえってみると、京平はまだ入り口にいた。

 私たちに向かって大きく手を振っている。

「相良、黒川さん、ありがとうー!」

 あれほど衰弱した体から出たとは思えないほどしっかりとした京平の声が風に乗って届いた。

 私も相良もすぐに応じて手を振る。

「京平、また来るからなー!」

「京平、元気でいてねー!」

 前を向いて歩き出しても、京平の姿ははっきりと私の目に焼き付いていた。

「京平ね、最近俺が帰るときいっつもああなんだ」

「うん」

「これが最後になるかもしれないとか、思うのかもね」

「そうだね」

 この場でなんと言うのが最も正しいか、わからなかった。

 でも、

「でもさ私、京平は大丈夫な気がするよ。確かにしばらく会わないうちにだいぶ弱ってたけど、でもあんなに大きな声出して手振ってさ。

 きっと大丈夫。次また行くときは、私のこと誘ってくれないかな。もう、私気にしないから。ただのクラスメイトって思われてても全然いい。

 相良と京平ほどの関係にはなれないのかもしれないけど、本当の友達として京平のことを支えたいんだ。私は、京平のこと大切に想ってるから」

 そっかそっかと相良は頭をかいた。

 相良は少し困ったとき、頭をかく癖がある。

「俺たちが京平にできることってさ、そんなに、っていうかほとんどないけどさ。でも、祈ってようね。明日も、明後日も京平が元気で生きていてくれますようにって」

「うん」

 それから私たちは、少し歩いた先のところで別れた。

 別れ際、相良が言った。

「なんだかんだ言って、黒川さんがあのとき嘘をついたのは正解だった気がするよ 」

「ほんと?なんでよ」

「なんかそうあるべくしてなった運命みたいな。あごめん、俺ここで曲がるんだ。じゃあ、また。今日はありがとね」

「うん、またね」

 相良と別れた直後、頭の中に何か引っかかることがあった。

 嘘ってなんか、嘘ってなにかあった気が。

 そう思って思い出した。

『えっとねー、二つあるんだけどー』

 さっき、京平はそう言った。

 彼は私に二つの嘘をついた、と。

 一つ目の嘘は、あの日に初めて自分の病気のことを知ったということ。

 じゃあ、もう一つの嘘はー

「黒川ちゃん、後ろ!」

 突然の相良の大声に後ろを振り返る。

 次の瞬間、歩道を乗り上げてきたトラックのナンバープレートと目があった気がした。

 

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