第33話
「じゃあ、まず一つ目ね。
俺が余命宣告されたのは、あの日じゃなくてもっと前。ほんとは中学生の時から言われてた
この先五年生きられたらすごいですねって」
言葉が何も出てこなかった。
今の私に、この状況にピタリとはまる言葉を見つけ出す力はない。
中学生のときに余命宣告。私が初めて京平のことを認識したとき、すでに京平は自分の命の期限を知っていた。
いつ、誰の前でも明るく元気だった京平は、ずっとそんな秘密を一人で抱えていた。
「俺、結構演技派だからね。全然気づかなかったでしょ?」
初めてテストで満点を取った小学生みたいに、誇らしそうな顔の京平。その隠された苦しみや悲しみは、誰の前にも現れることはない。
京平の顔を見ていると、ある一つの疑問が浮かんだ。
「でも京平、あのときお父さんと電話してたよね?あれも演技だったの?」
あーあれねーといって、京平はなぜか笑った。
「あれはほんとだよ。そんなことまでよく覚えてたね。病気だってこと自体は父さんも俺ももう知ってたんだけど、あの日は病状が悪化してるので覚悟してください、みたいなこと言われたんだよね。まあだからそれを余命宣告っていったら俺は嘘ついてないことになるんだけど」
「そうだったんだ…」
そう言われて納得できる部分もあった。
同じことを試みた私が言うべきではないが、何も知らずに訪れた病院で余命宣告をされた直後の人間が、ただのクラスメイトなんかと一緒にいたいと思えるとはとても思えなかった。
でも、そうすると、また別の疑問が頭に浮かんでくる。
「じゃあ、なんのためにそんな嘘ついたの?普通に病気のこと、言っちゃうことだってできたのに。っていうか、私に隠し通すことだってできたよね、それまで通り。相良にだって言ってなかったわけでしょ?どうして私なんかに病気のこと」
はーとため息をついた京平は、一瞬私をしっかりと見ると視線を子どもたちの方へ向けた。直接言わずともその目はまだわからないのか、と暗に言っているようにも見えた。
京平の視線を追って振り返ると、その先ではまだ相良が子どもたちと遊んでいる。
「俺だって最初は言うつもりなんて全然なかったよ」
京平の声に、視線を戻す。京平は私の視線に気づいているはずだが、その目は子どもたちに向けられたままだ。
「黒川さんに声かけたときも、普通に一緒に学校行こうかなくらいにしか思ってなかった」
「じゃあ、どうして?」
京平が困ったように笑った。なぜか少し、照れくさそうにも見える。
「それは、黒川さんが変なこと訊いてきたから。俺、あのとき正直なんなのって思ってさ。完全に自分の都合だけど、死ぬかもしれない病気の話されたばっかの人に結構あれきつかったから。だからちょっと困らせてやろうと思って、それで、あの日余命宣告されたって嘘ついて。
そこまでは別によかったんだけどさ、まさかの黒川さんもそんなようなこと言い出して」
京平の話を聞いて、一気に体の力が抜けた。
「最初は正直俺もわけわかんなくてさ、黒川さんがあんな質問したのはほんとに病気だからなのかなとかもちろん考えたし、でもさすがにそんなことないかなとかも思ったけど。でも、それって嘘だよね?って言ってほんとだったら俺最低すぎるし。
黒川さん悪ふざけでそういうこと言わないだろうなって色々考えて」
「うん」
「でも結局、どんな理由なのかはわかんないけど、黒川さん本人の口から聞くまでは俺もそういう設定を守ろうと思って。何回も嘘かなって思ったけど、信じてるふりするのもなかなか楽しかったよ。一緒に図書館で勉強したり、相良と誕生会したのとか。
あれだってもしあの日がなかったら、なかった話だからね。だからありがとう。これは、嘘じゃないよ」
「そっか」
京平はやっぱり優しい人だと思う。
私はどれだけの時間を京平と過ごしても、京平の特別な存在になることはできなかった。
それでもこんな風に言ってもらえるのなら、もうそれで十分な気がした。
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