第32話
「え、なにどうしたの?」
誠心誠意謝ったつもりが、なぜか私は京平に爆笑されている。私は今、自分が置かれている状況が全く理解できずにいた。
京平がなんとか息を整えて話し出す。
「俺がそれだけって言ったの、全然そういう意味じゃないよ!はー、もう黒川さんいい人すぎるって!そんな嘘、とっくに気づいてたし」
「やっぱり気づかれてたか」
ひとまず京平は怒っていないようだった。そのことに安心はするも、未だに笑われてしまった理由は理解できない。
「そりゃあ気づくよ。そんなガサツな嘘」
ガサツな嘘。私だってそう思っていた。でも実際に相手に言われてみると思うところはある。私が嘘をついたのは、京平の役に立ちたいと思ったからなのに。
「そうだよね、ガサツだったよね。設定とか結構無理やりだったし。最初から気づいてた?」
私の言葉に京平は笑顔で首を振った。どうやらさっきの一連の流れもすべて演技だったようだ。
京平は完全にいつもの京平に戻っていた。三か月前、私たちの間に起きた出来事なんて忘れてしまいそうになる。
「最初は信じてたよ。最初の一ヶ月くらいかな。そこからちょっとずつなんかおかしくねって思って、あとはずっと半信半疑って感じ」
「そっか」
肩の荷が降りた、という表現はおかしいのかもしれないが、京平が百パーセント私の病気を当てにしていなくて良かったと心から思う。もしそうだったら私は彼の心に、深い傷を負わせてしまっていただろう。
「京平、ごめんね」
「そんなシュンしないでよ。黒川さんが嘘ついたのって俺のためでしょ?」
「あっと、それは」
「俺が早とちりしちゃったから、俺をがっかりさせないために合わせてくれてたのかなって、そう思ってたんだけど?」
京平はやっぱり、どこまでも優しい。その優しさに触れると、幸せでたまらないはずなのにどこか泣きたくなる。
「まあいいや。でも、そんなに自分を責めないでね。何なら俺も嘘ついてたし」
「ヘ?」
さらっと京平の口から出た驚きの告白。
京平は私の反応を面白がるように見ている。
「待って待って。え、京平も嘘ついてたの?」
「うん。ずっとね」
ずっと、嘘をつかれていた。そんなことを急に言われても、頭が追いついていかなかった。
「なんだと思う?」
「え、いつついたその嘘?」
「あの、二人で市民病院にいた日」
それは、私たちにとって始まりの日だ。あの日私がついた嘘によって私と京平は今、ここにいる。まさかあの日からずっと嘘をつかれていたとは。
「えっと、お母さんが亡くなった話?あ、でもそれは相良も言ってたしな。あ、じゃああれ?駄菓子屋さんで万引きした話?」
京平はあの日、私に色んな話をしてくれた。その一つ一つは、私の中に形こそないもののしっかりと留められている。
「俺そんなことまで話したんだ、全然覚えてないや。てか、よくそんなこと覚えてたね」
私はもともと記憶力はいいほうだったが、京平とした話は特にはっきり覚えていた。
京平の病気を知る前も、知ったあとも、ずっと。
「でも、そんなしょうもない嘘わざわざつかないでしょ、普通。黒川さんは普通じゃないからわかんないかもしれないけど」
かなりさり気なくだが、軽めの悪口を言われてしまった。でも、自分が京平にとってそんなことを言ってもらえるような存在であることに喜びを感じる。口元が緩んだのがわかった。
「そっか、そうだよね。え、もしかして?」
頭の中にある考えが浮かぶ。果たして、これは口にしていいものなのか。
「もしかして?」
「京平は病気じゃない、とか?」
あー、と京平が困ったように笑った。私の考えはどうやら見当違いだったようだ。
「それだったら最高なんだけどね。ってか、嘘にしてはタチ悪すぎだしそんなスケールのでかい嘘つかないでしょ。
こっちはそれが理由で学校辞めてるんだから。現に入院してるわけだし」
言われれば言われるほど自分の発言の浅はかさに恥ずかしくなる。
「そうだよね。じゃあ降参します。言いたくなかったら言わないままでもいいけど、あなたが私についた嘘は何ですか?」
「えっとねー、二つあるんだけどー」
宝物を自慢する小学生のように、京平の目はキラキラと輝いていた。きっと、この嘘は京平にとっての自信作。
待てよ、今なんて?
「え、二つもあるの?」
「うん」
何を悪びれる様子もなく、京平は言った。
「あ、そうなんだ…」
「じゃあまず一つ目ね」
少しの間があって、意を決したように京平は再び口を開いた。
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