第31話

 綺麗に舗装された歩道をひたすらまっすぐ進み続けて、私たちは河川敷についた。

  相良があいている屋根が付いたベンチを見つけて、近くに車いすを止める。

 京平にベンチに座るかと尋ねたが、いいと言われた。

 私はベンチに腰を掛け、相良は京平の横に寄り添うように立った。

 真正面に見える川の水は澄んでいて、手前では小学生くらいの子どもたちが無邪気にキャッチボールをしている。

 京平を見ると、子どもたちを優しい目で見つめていた。

「なんかかわいいね。ザ・子どもって感じ」

「ね。俺、子ども好きなんだよね。相良の妹とか、小学生の頃はよく一緒に遊んでたんだよ」

 相良に妹がいたことは知らなかった。

「相良の妹、麻里ちゃんっていうんだけど、麻里ちゃん俺のこと大好きでさ。俺が帰ろうとするといっつも泣いてた。

 そういえば麻里ちゃんいくつになった?もうずっと会ってないけど」

 京平が相良のほうを見た。相良は京平の視線に気づいているのかいないのか、その視線は子どもたちから離れようとしない。

「麻里は今、中学一年生だよ」

「もうそんなに大きくなったんだ!あんなにちっちゃかったのに」

「今じゃ俺と全然口きいてくれないんだ。京平だったら違うんだろうけどさ。

 麻里、京平が帰った後、京平と結婚したいっていつも言ってたんだよ」

 そうなのかーと、京平は嬉しそうに笑った。でもすぐに、その笑顔に暗い影が差す。

「でも、麻里ちゃんが好きだったのは元気な斎藤京平だからなー。今会っても、もうわかんないかもしれないね」

「そんなことないでしょ!京平は京平だよ」

 相良があえて明るく冗談めかして言ったのがわかった。京平も、そっかと笑ってはいるが、見ている私はいたたまれない気持ちになる。

 私が弱ってしまった京平を簡単に受け入れられないように、京平が変わってしまった自分を受け入れられないのは当然のことではないか。自分自身の体が自分の意志に反してどんどんもろくなっていく。その恐怖と悲しみと、京平は戦っている。

 私たちの間に、重たい空気が流れた。

 そのとき、突然京平の横に立っていた相良が何かを見つけたように走り出した。

「ちょっと、どこ行くの!」

 相良が向かっていった先にはさっきの子どもたちがいる。

 その子どものうちの一人が、川のほうを指さして泣いていた。

 子どもが指さす先には、ピンク色のカラーボールが見える。

 先ほどまで子どもたちがキャッチボールをして遊んでいたボールだ。ボールが飛んでいって、川に落ちてしまっていたようだった。

 相良は走ったまま流れていくボールを通り過ぎると、転落防止用の柵と柵の隙間から手を伸ばして流れてくるボールをつかんだ。

 慎重に柵から手を抜いて、ボールを子どもに渡す。

 子どもたちのあいだで歓声が上がった。

「すごいな、相良。あれは今日のヒーローだな」

「そうだね」

 私たちが見ているうちに、相良は子どもたちに押されるままに一緒になってボールで遊び始めた。

 京平と二人きりで話すには、今しかない。

「あのさ、京平」

「うん?」

 声を発してしまった以上、もう後戻りはできない。私はこのまま京平に伝えなければならないことがあるのだ。どんどん心拍数が上がっていく。

 これから私が言うことを聞いたら、京平はなんて反応するだろう。

 ベンチから立ち上がると、京平の車いすの正面にしゃがんだ。京平に見下ろされながら、覚悟を決める。ここで逃げてはだめ、ちゃんと向き合わなければ。

「どうしたの?」

「ちょっと、京平に伝えたいことがあって」

「なに?」

 いつもと何も変わらないはずの京平の優しい声。それなのにちっとも温かみを感じない。体の内側から冷やされていくような感覚に思わずぞっとする、優しくて冷たい声。

 視線を外そうとしても、黒目が吸いつかれてしまったかのように京平の顔から目をそらすことができない。すべてを見透かされている気がした。

 この一息で言おう、そう思って大きく息を吸いこんだ。

「わ、私が」

 もう、逃げることはできない。

「私が、病気で死ぬかもしれないっていうのは、嘘です。ずっと騙していて、本当にごめんなさい」

 京平に対して頭を下げる。下を向いていても、京平の視線を感じた。

「それだけ?」

 頭上から降ってきた京平の声は、いつになく落ち着いていた。

「私の不謹慎な質問のせいで、京平に勘違いさせてしまって、あでももちろん、京平に非はなくて。

 一回嘘をついたら、どんどん本当のこと言えなくなってた。京平のことを傷つけるつもりは一切なかったの。

 ただ、本当にごめんなさい」

 京平の質問の意図が理解できずにひたすら頭を下げた。

 私が京平の役に立てたらと思って嘘をついた点に関しては触れなかった。頼まれたわけでもなく私が勝手にやったことだ。それを京平は知ろうとも、知りたいとも思わないだろう。

 仮に京平が私の嘘に気がついていたとしても、私は京平にずっとひどいことをしてしまった。役に立てなんてしないのに。結局人間、死ぬときは一人なのに。

 私のついた嘘がきっかけで、私たちは一緒に過ごすようになった。本当なら、交わるはずのなかった私たちの日常。

 私がついた嘘は、間接的に京平が学校を辞める原因となってしまった。

「ググッ」

 突然変な音がして反射的に顔を上げた。京平が咳をしたのかと思ったがそうではない。

「ぐふっ、ははは!」

「―え、京平?」

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