第14話
駅から私の家までは歩いて十五分ほどかかる。
いつもは暗くて怖い夜道も、相良への返信のことで頭がいっぱいであっという間だった。でも今はまず、数学の課題を終わらせなければ。
洗面所で手を洗い部屋着に着替えると、自分の部屋に入ってすぐに机に向かった。
文系科目はがんばれていても、数学は難しい。結局完全に解き終わる頃には、九時近くになっていた。
お腹はすいているが、今から何かを食べようとすると太る。もう疲れたし、お風呂に入ってさっさと寝ようかと思っていたところで大きなことを思い出した。
相良からのメールの返信だ。
付き合っていると誤解されるのと、京平の病気がみんなにバレてしまうこと。京平にとってはどっちのほうがまだましだろうか。
いろいろ考えた末、京平本人に連絡することにした。
決して自分のためではない。これはあくまでも、京平のプライベートを守るためだ。京平の意志を尊重するため。
相良に連絡先を聞こうと思ったが、さらに話がややこしくなるのは嫌で、級長に連絡先を教えてもらうことにした。
『級長、お疲れさまです。突然すみません。
斎藤京平の連絡先を教えていただけませんか?
実は今日配られたプリントで、京平が私に自分のやつを回しちゃってたみたいで。
たぶんそれないと京平困ると思うんです。
お疲れのところすみません、よろしくお願いします。』
送信ボタンを押して、ベットに寝そべる。
連絡先を聞きたい理由は言わなくてもいい気がしたが、これ以上変に誤解されるのはごめんだ。
長文のLINEは好きではないが、こんな時間に何度も通知音を鳴らしてしまうのは申し訳ないから仕方がない。
それにしても、どうしてこんなに面倒くさい事態になってしまったのか。
「だーーーー!」
一日分の疲れが出てきて、思わず声が出る。
スマホが鳴った。級長も返信がはやい。
『お疲れさまです。こちらが斎藤くんの連絡先です。話は変わりますが、明日は黒川さんが数学の解説担当です。もしわからないところがあれば、僕に聞いてください。それでは。』
企業からのメールみたいなカチッとした文章。それでも疲れていると、級長の優しさが身に染みる。
『ありがとう。解説は大丈夫そうです。
お疲れさま。おやすみなさい。』
簡潔に返事を済ませると、京平の連絡先を登録した。
ここからが本番だ。
よく話す、と言っても、京平と私はすごく仲がいいわけではない。
私が教室で話す男子なんて京平と相良くらいだが、京平は男女関係なく誰とでも話す。彼からしてみれば、私は秘密を知られただけのただのクラスメイトだ。
突然、クラスの女子から連絡が来た京平の気持ちになって、慎重に文面を考えていく。
『こんばんは!同じクラスの黒川亜美だけど』
ここまで打って、手が止まった。
これでは少し馴れ馴れしくないか。
今打ったばかりの文章をすぐに消去する。
『お疲れ様です。同じクラスの黒川亜美です。』
再び手が止まる。これでは級長からのメールと一緒だ。読んだ京平が、変に気をつかってしまうかもしれない。
その後もたびたび文章を打つ手は止まった。
文の始まり方。連絡した理由。なるべく簡潔にしようとすればするほど、考えることが無数に浮かんでくる。
気がついた頃には、十時を回っていた。やっとできた文章を読み返してみる。
『お疲れさま。同じクラスの黒川亜美です。
勝手にごめん。
連絡先は、級長から教えてもらいました。
相良が、京平が突然部活を辞めたことを心配してたよ。
京平が相良に病気のこと隠す気持ちもわかるけど、なんか言っとかないと、もっと誤解されちゃうと思う。
とりあえず、このメールになんて返せばいいかな?』
相良のLINEの内容を、口で説明する元気は残っていなかった。そのまま相良のLINEを京平に転送する。
相良や級長のように、京平も返信が早いとは限らない。散らかった机の上を片づけると、明日の準備を始めた。今日はもう疲れたから、明日の朝シャワーを浴びよう。
歯を磨き終わって、部屋に入ってスマホを開く。
京平からの返事はもう届いていた。
返信の内容が全く想像できず、なぜか緊張する。
ふーーと深呼吸して、LINEを開いた。
『おつかれさま!
なんか俺のせいで迷惑かけちゃってごめん。
相良はずっと俺のこと知ってるし、めちゃくちゃ信頼してるから、仮に俺と黒川さんが付き合ってるって言ったとしても、誰かに言いふらしたりは絶対にしないと思う。
相良に俺の病気のこと言ったら、いつもどおりでいられなくなっちゃう気がして、俺は相良には隠してたいなって思ってた。
今も正直どうすればいいかわからなくて。
後のことを考えたら、言ったほうがいい気もするし、でも言いたくない気持ちもある。
黒川さんはそういうのってどうしてるの?
藍沢さんとかにはもう話してある?
質問ばっかでごめん。
相良からのLINEはとりあえず無視しといていいよ
あいつあんま怒んないから笑』
よかった。とりあえず、京平が私からのLINEを特段嫌がっている様子がないことに安堵する。
ただ、京平からの文面を読んでずっと忘れていた、めちゃくちゃ重大な事実に気がついた。
私は、京平の中では京平側の人間なのだ。
ここ最近、私は京平のことばかり考えていたが、私にも私の設定はあった。
いくら自分がまいた種とはいえ、ここまでめんどくさくなると、すべてを誰かに打ち明けたくなってしまう。
そもそも、いちクラスメイトでしかない私に、京平が余命宣告を受けたという事実は重すぎる。
いっそのこと、京平に全部言ってしまおうか。
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、京平のむりやり作った笑顔が頭に浮かんだ。
あの笑顔を守れるのは私しかいないのだ。
『全然迷惑じゃないよ!
大変なときなのに、連絡しちゃってこっちこそごめん。
京平の気持ちもよくわかるし、相良が心配するのもわかる。
藍沢栞にはなにも話してないよ。
もしよかったら、今度ふたりでゆっくり話さない?』
散々迷った末、送信ボタンを押した。しばらく送ったメッセージを読み直していたが、既読はつかない。画面を閉じ、スマホをベットの脇の机に置いた。
とりあえず今日やるべきことは片付いた。
カーテンを引こうとすると、ためらいがちに光を発する月が見える。夜も遅いし、京平はもしかしたらもう寝ているかもしれない。
京平はあと何回眠りにつくことができるんだろう。そんなことを考えたら、少し鼻の奥がツンとした。
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