第13話
電車がトンネルに入った。ガラスのドアに私の姿が映る。今朝鏡で見た顔よりも、今の私は疲れて見えた。
こうなってしまった経緯を思い出す。
今日は、色々なことがあった。
なにも手をつけていない数学の課題も残っているし。
はー、と大きくため息をつくと、ポケットに入っていたスマホが震えた。相良からのLINEだった。
なんだろうと思い、すぐに開く。
『さっきの話の続き、聞きたい?』
文面を見て、すぐにメールを閉じた。もったいぶる様子の相良が目に浮かぶ。ここで聞いてしまったら、完全に相良の思うツボだ。また長い話を聞かされるのも、目に見えている。
いや、でも―。
相良は京平の親友で、栞は私の親友だ。お互いをよくわかっているはずの親友がそのように言うのには、それなりの理由があるのではないのか。
『うん。知りたい』
散々迷った末、それだけ打って送信ボタンを押した。その瞬間、既読が付いた。
相良の連絡先はもともと知っていた。なんでもないことでも、相良はよく連絡してくる。そして返信もめちゃくちゃ早い。
送ってから一分も経たないうちに、返信が来た。
電車はもうすぐ私の最寄り駅に着くが、急いで開く。
『1ヶ月くらい前に、黒川ちゃんが休んだ日があったと思うんだけど、その日、京平も学校来てなかったんだよね。それだけなら、まあ普通にありえる話なんだけど、なんかその日から京平がいつもと違う気がして。なにが違うかって言われると、はっきりとはよくわかんないんだけど。前に京平に彼女ができたときも、京平そんな感じだったから。なんか俺に隠しごとしてるっていうか。だから今回もそんな感じなのかなって。で、その彼女が同じ日に休んでた黒川ちゃんじゃないかっていうね』
これだけの長文をこんな短時間で返すなんて、さすが相良。と、感心している場合ではない。文の一番最後にはニコちゃんマークがついていたが、当事者としては全然笑えない。
長年付き合いがあるだけあって、京平の変化に対する相良の敏感さはすごい。勘そのものは外れているが、相良は京平のことをよく見ている。
相良からのLINEの内容をまとめると、私と京平があの日同時に休んで、その日から京平の様子がおかしくなった、だから私との間になにかあるのではないか、そういうことを言っているようだった。
文面からして深い意味はなさそうだ。おしゃべりな相良はきっと幼馴染の栞にそのことを話して、勝手に盛り上がっただけだろう。心配して損した。
ため息をつき、LINEの画面を閉じようとするとあることに気が付く。
「前に京平に彼女ができたとき」。私が見ている画面には、間違いなくそう書いてある。これってつまり―。
京平にも彼女がいたことがある、ということだ。
あれだけ性格が良くて、顔もそこそこ良くて、何でも頑張る京平がモテるのは当然だとは思う。ただ、京平が誰かと付き合っている、というイメージはなかった。
いい意味で、京平は相手の性別によって態度を変えることはない。京平は誰にでも優しいし、誰とでも楽しそうに話す。女子になんて興味がないのかと思っていた。
京平の彼女。どんな女の子が、京平と付き合っていたんだろう。
考えれば考えるほど、ますます想像は膨らむ。先に好きになったのはどっちだろう。どういう経緯で付き合うことになったんだろう。
前に、ということは今は京平に彼女はいないということになる。つまり、別れたということだ。あれだけ完璧な京平と、女の子の方から別れようとするとは考えにくい。
ということは、京平の方から別れ話を切り出した可能性もある。あの京平がか。
ひょっとすると京平は、付き合うと人が変わるタイプの人間なのかもしれない。今はあんな感じでも、彼女の前だと全然違う人みたいになったりして。仮に京平が別れを切り出したとしたら、二人の間に何があったのか。
そこまで考えて、我に返った。
たったこれだけの文章でここまでいろいろと考えてしまうのは、私が今までに「付き合う」ということを経験したことがないからだ。恋愛経験のない私の想像する恋愛模様は、青春ドラマの受け売りでしかない。
ただ、それは別としてどう返信するべきか。
ちょうどいい答えが思いつかないまま、電車は駅に着いてしまった。
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