第12話
私の隣を歩く相良は、さっきから本当によく喋る。駅までの道でも、駅に着いてからも、電車に乗ってからも。
自分がどれだけ京平のことを大切にしてきたか、京平がどれだけバスケで輝いていたかをずっと熱く語っている。
相良の悲しさは容易に想像できた。教室でも、相良と京平はほんとうに仲が良かったから。
二人は決してベタベタとくっついているわけではない。一見相良が一方的に京平のことを慕っていて、京平は迷惑がっているようにも見える。でも本当のところは、京平が相良のことが大好きなのだ。
なにかあったときに京平がまっさきに頼るのはいつも間違いなく相良だった。
一緒にいる時間の長さがどうのこうのとかじゃなくて、お互いをよくわかってる。一言で言えば、二人は熟年夫婦みたいな関係だった。
きっと京平だって、相良に隠し事をしたくてしている訳ではない。自分がもうすぐ死ぬなんて言ったら、相良が悲しむのは目に見えているから、だから言わないのだ。京平の選択が間違っているとは思わない。
そこまで考えてみると、私が京平にとっていかにどうでもいい存在なのかがよくわかる。
別に私は、京平と恋仲になることを望んでいるわけではない。クラスの人気者と、私なんかがつり合わないことくらい、とうの昔に承知している。私が彼に求めているのは、決してそういうことではない。
でも―、
今日だって、せっかく二人きりになれたのに。久しぶりに、込み入った話がしたいとか、思われなかったのだろうか。京平の秘密を知っているのは私だけなのに。私だけが、病気を抱えた京平をサポートできる、唯一の存在であるはずなのに。
そう思いながらも自分の感情が一方的で自己中心的なものだという自覚はある。
京平の視点から言えば、私は秘密を知られてしまっただけのただのクラスメイトだ。私が私である必要などなく、ただ、秘密を知られてしまったのが私だったというだけ。本当にそれだけ。
でも、本当にそれだけなのだろうか。京平は私のことを本当になんとも思っていないのだろうか。それだけの人間と二人きりでファミレスに行って、電車に乗って、公園に行くことなんて―。
「ちょっと黒川ちゃん、聞いてる?」
相良が私の顔を覗き込んできた。
男女二人が並んで歩いているというのに、相良にはなんのときめきも感じない。
「あ、ごめん。半分くらい聞いてなかった。でも確かに相良はかわいそうだよね」
私の言葉に、あからさまに不満げな顔をする。
「待って、それだけ?」
「え、ごめん」
おいおいーと、相良が頭に両手をやった。私の反応は、どこかまずかったらしい。
「黒川ちゃんって薄情なんだね。もー、俺は今ほんとに悲しいのに。ってか黒川ちゃん驚かなかったね」
「え、なにに?」
「京平が部活辞めること。もしかして、もう知ってた?」
日頃から色んな人と接しているだけあって、相良の勘は鋭い。
ここで知っていたといえば、相良は京平が私にはしていた大事な話を、相良には隠していたと思って傷つくだろう。
だからといって全く知らなかったというには、タイミング的にもう遅すぎる。
頭をフル回転させるも、相良のほうが口を開くのが早かった。
「何も言わないってことがもう答えだよね。やっぱり、知ってたんだ。なんかますますショックだわ」
「ごめん、なさい...」
私だって別に相良より早く知ってやろうとか、そういうことを思っていたわけではない。そう言い返したい気持ちをぐっとこらえて、素直に謝る。
ここで言い返してしまったら、さすがに相良が不憫すぎる。
「そういえば黒川ちゃんはさー」
「はい」
まだすねたままの相良の口調に思わず肩をすくめる。
「京平と付き合ってるの?」
「へ?」
予想もしなかった発言に驚いて相良の顔を見ると、意外と真面目な顔をしていた。
「え、なんでなんで。」
「そんなに焦るってことはやっぱそうなの?」
「いや、違うけど」
「でも、みんな言ってたよ」
「え、ちょっと待って。みんな、言ってたの?」
「うん」
突然の衝撃的な事実に鳥肌が立った。私と京平が付き合っているなんてとんだ誤解だ。もしそんなことが広まってしまっていたらと思うとぞっとする。京平のことが好きな女子は少なくない。
「待って待って、みんなってどのみんなよ?」
「俺とかー、藍沢とか」
「栞が?あと他には誰が言ってるの?」
「いや、他にはいないけど」
一気に体じゅうの力が抜けた。
「なんだ、二人だけ?全然みんなじゃないじゃん」
「俺小学校の時の先生にひとりよりいっぱいはみんなですって教わったよ」
「それはその先生がおかしいよ」
「で、ほんとのところはどうなの?」
「付き合ってません!あと、部活辞めるのはたしかに知ってたけど事前に相談されたとかじゃなくて、相良が来るちょっと前に教室で京平に会ったの、それで聞いた。それだけだよ」
「ほんとにそれだけ?」
「うん、ほんとだよ」
「そうなのかー」
まだどこか相良は納得していない様子だった。でも、本当のことしか言っていないのだから、これ以上訊かれてもどうしようもない。
「ねえ、相良こそ、あれだけいつも京平と一緒にいるのに京平と恋バナとかはしないんだ?」
「男の間にはいろいろあるから」
「ふーん、いろいろね」
いろいろ。
深く掘り下げてやりたい気持ちもあったが、相良はそれ以上触れてほしくなさそうなのでやめておく。
「でもなんか意外だな。二人仲いいから何でも話してそうなのに。そういえばなんで私と京平が付き合ってるって話になったの?」
ガタン、と電車が大きく揺れた。続いてプシューと音を立てながら、減速し始める。
「ごめん、俺ここで降りなきゃだから」
話の途中であるにも関わらず、なんの迷いもなく相良はドアに近づいていった。
「え、待って。私の質問は?」
「いや、ごめん。俺ここで降りなきゃだから。じゃあ、また明日」
ドアが開いた直後、相良は電車から降りた。
「おいちょっと!」
私が呼び止めたにも関わらず、相良は一度も振り返ることなく人混みに消えた。
すぐにドアが閉まり、再び動き出す。薄情なのは完全に相良のほうだ。
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