この想いが届くとき

第50話


「俺さ、人生で一回しか恋愛したことないんだけどね、その一回の相手が一番の親友と被ったんだ。そいつは俺がこっちに引っ越してきてから一番最初に仲良くなったやつで、俺が好きになったのは、俺とそいつのことを引き合わせてくれた子だった。

 初めて会ったのは小学校の時で、授業終わって廊下に出たら突然話しかけられてさ、私の幼馴染みと友だちになってくれとか急に言ってきて。正直最初は変な子だなって思ったんだけど、でもなんか気になっちゃって。それから学校ですれ違ったときとか、気づいたら目で追っちゃってて。でも何も行動に移せないまま中学生になっちゃって」

「でね、俺が好きになった女の子と、俺の親友っていうのが、お互い気づいてないだけで両想いだったの。あ、これほんとだからね。他の人がお似合いカップルって言ってるの何回も聞いたことあったし、そいつ、俺の前でよくその子の話しててさ。昔の思い出とか、そういうの。そいつからその子の話聞く度に、どんどん俺その子のこと勝手に好きになってって。俺、幼馴染みとかいないからさ、めっちゃ羨ましくて、勝手に嫉妬して。でも敵わないなって諦めてて」

 心臓がドンドンと私の胸を内側から叩いていた。熱があるかのように視界が揺れる。膝の上に置いた手を握りしめた。

「そしたら中学二年生のときに、なぜか俺はその子と付き合うことになってさ。設定上は形だけだったけど、俺はそれでも十分だった。正直めっちゃ嬉しかったし、色んなところに一緒に行って、本当に楽しかった。これもほんとだよ」

 ずっと下を向いていた京平くんが、その瞬間だけ私の顔を見てきた。優しく笑っている口元と、今にも泣き出しそうな悲しい目。私の言葉を待つことなく、京平くんはまた視線を戻してしまった。

 京平くんが大きく息を吸う音が聞こえた。

「実際付き合ってみたらさ、まあ確かに変な人な部分もあったけど、それでも俺が思ってた以上にその人は一緒にいて楽しい人で、周りがよく見えてて優しい人で、ちょっと口下手で不器用なとこもあったけど、それもなんかかわいくてさ。一緒にいればいるほど、どんどん好きになっていって。ずっとこうしてられたらいいなって、そう思ってた。こんなに幸せなことがあっていいんだって、病気になった俺に、こんな素敵なことがあっていいんだって、そう思った。

 俺だって、大好きだった。藍沢さんのこと。藍沢さんが俺のこと好きになる、ずっと前から」

 またしても、京平くんが私の顔を見てきた。今度は目を反らそうとはしない。

 京平くんの、長いまつげに縁取られたきれいな形の左目から、一つ、大きな涙の粒がこぼれた。私のことを、まっすぐ見つめたまま。

「嘘だ。じゃあなんで…」

 嘘だ。きっとこれは京平くんが私についた最初で最後の嘘だ。私の気持ちを聞いて、自分が、自分だけが悪者にならないように、そう言っているんだろう。

 そうだ、きっとそうだ。この人は最低だ。京平くんみたいな素敵な人が、私みたいな子を好きになるわけがない。そう、わかっているのに。

 京平くんの目からまた一つ、雫がこぼれた。とてもきれいな涙の筋が、京平くんのきめ細かい肌の上をなぞっていく。

「苦しかったから。幸せでたまらなくて、それが、苦しくてたまらなかったから。

 俺が藍沢さんと一緒に過ごせる時間が、ずっと続くものじゃないってわかってたから。大好きな人が隣にいて、一番近くでその笑顔を独り占めできる最高の瞬間が、俺は普通の人より少なかったから。考えすぎかもしれないけど、もっとずっと先のこと、五年とか十年とかとか先のこと考えたときに、どんなことがあっても俺が藍沢さんの隣にいないのわかってたから。

 最初から、わかってたけど。でも、藍沢さんが楽しそうに笑う顔を見るたびに、ああ俺はあと何回この人の笑顔を見られるんだろうな、とか、藍沢さんが落ち込んでるとき、この先藍沢さんに悲しいことがあっても、俺はそばにいられないんだろうな、とか。そういうの、何度も考えた」

 泣くつもりなんてなかった。涙なんて出てくるはずがなかった。京平くんがついた最低な嘘に、私が涙を流すわけないのに。

 これはきっと嘘なのに。こんなに悲しいこと、あっていいはずがないのに。

「それでもさ、それでも私は一緒にいたかったよ!そうだってわかってても!それでも…。京平くんのそばに、いさせてほしかった…」

 気づいたときには、私は京平くんの前でしゃくりあげていた。

 今の自分が京平くんの目にどう映っているかなんて、正直どうでもよかった。今この瞬間私は、初めて京平くんの奥の部分に触れられた気がした

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