第17話

 スワンボートに乗ってから数日後、私と京平はこの間ミートソースパスタを食べた駅のファミレスにいた。

 ただし、今日は二人きりではない。

 私たちの向かいには、血の気をなくした相良が座っている。

「そんなこと急に言われても…。ごめん、俺、どうすればいいかわからない」

 相良は泣きそうな目で京平のことを見つめている。

 

 あの後、私たちは今後どうするかについてじっくり話し合った。

 相良と栞にはどう説明するべきか。そもそも本当のことを話すべきなのか。

 私はあくまで京平の提案にそのまま乗ることが、最優先事項だった。

 京平が付き合うふりをしてほしいと言っていたら、そこに合わせていたし、京平がすべて二人だけの秘密にしてほしいと言ったら、それを受け入れるつもりだった。

 そうすることが、私がやってしまったことに対する唯一の償いだと思った。


「京平は、どうしたい?」

 あのとき、私の質問に京平は少し戸惑ったような顔をした。

 そして、言った。

「俺は今、何が一番いい選択かっていうのは正直わかんない。これは俺の人生だからって言われればそうなのかもしれないけど。

 もともといつかこうなる日は来るかな、とは思ってたんだけど、俺は相良には隠し通すつもりだった。いろんな気をつかわせるのも嫌だし、あいつ優しいからきっと俺たちの関係が今まで通りじゃなくなっちゃう気がして」

「じゃあ、最後まで黙ってるつもりだったんだ?」

「うん。あでも、黒川さんの話を聞いて考えが変わったから。あいつにはちゃんと伝えようと思う。

 そもそも黙ってるのは現実的じゃないじゃない気がするし、変に誤解されて終わるのはなんか嫌じゃない。だから。

 相良がなんて言うかはわからないけど、なんて言われてもそれはそれで受け入れようと思う」

 私たちは京平の意思を尊重して、相良にすべてを打ち明けることにした。

 私が余命わずかだということになっていることは除いて。


 取り乱す相良に、京平は静かに言った。

「ごめん、相良。ほんとにごめん」


 京平の言葉は相良をすり抜けていっているようだった。

「…なんで謝るの」

「だってごめん、これ嘘じゃないから。ほんとのことだから」

「そんなこと言われてもさ」

 相良の唇は青くなって震えていた。

 顔色も悪く、憔悴しきっているのがわかる。

 対照的に京平は落ち着いていて、取り乱した様子もない。

 きっとこの日が来るのを前から覚悟していたんだ。

 私も、目頭が熱くなる。

 相良がスーと息を吐く。

「ずっと、隠してたんだ?」

「ごめん」

「だからなんで謝るの?ほんとに理解できない。急に部活やめたからなんかあったのかもとは思ってたけど、こんなにおっきなことたった一人で抱えてたなんて。俺全然気づけなかったし。謝るなら俺のほうでしょ。

 俺お前とずっと一緒にいたのに。お前のことずっと見てきたつもりだったのに。なんにもわかってなかった、わかった気でいた。ほんとに…、ごめん」 

「お前だって謝らなくていいよ。第一お前俺のこと勘ぐってただろ。黒川さんにも変なメール送ってたし。お前は、ちゃんと俺のこと見ててくれたよ。俺は、お前に病気のこと言ったら、今まで通りじゃなくなる気がして怖かったんだ。でも、俺はちゃんと言うべきだった。友達なんだから、お前のことちゃんと信じるべきだった。俺の方こそごめん。お前は何も悪くないんだから謝るな」

 京平が早口でまくし立てた。こんな時ですら、京平は京平だった。

 相良の目から、涙がこぼれた。

 相良を守るように京平が続けた。

「それに俺、一人だったわけじゃないよ。俺が不安でたまらなかったとき、黒川さんがいてくれた。ほんとに偶然だったんだけどね。でも黒川さんがいなかったら、俺たぶん相良にほんとのこと言えてなくて、絶対仲悪くなってたと思う。

 遅くはなっちゃったけど、でもちゃんと言えたし、俺たち友達のままでしょ?だから…、あんましんみりするのやめよう」

 京平の最後の言葉を聞いて、ずっと下を向いていた相良が顔を上げた。

 その目は涙でパンパンになっている。

「京平…」

 そしてすぐさま、私のほうに向きなおった。

「黒川ちゃんも、俺がいろいろ知らなかったばっかりに勝手に詮索して、迷惑かけてごめん。そして、京平のこと支えてくれてありがとう。

 これからは、俺もなんでも協力するから。黒川ちゃんだけであんまり抱え込まないで。みんなで楽しく生きよう」

 顔はパンパンだが、今日の相良は一段と頼もしかった。 

 京平と相良が今までに築き上げてきた絆の強さを改めて思い知らされる。

「相良、ありがとう」

 私はこのとき、ある覚悟を決めた。

 京平と相良といったん別れ、近くのコンビニに入る。

 特に目当てのものがあったわけではなかったが、店内を一周して、レジの横にあった肉まんを二つ買った。

 ずっと保温ケースに入っていた肉まんはあたたかい。

 コンビニを出て少し歩いたところにあるベンチに腰をかけ、その人物が現れるのを待った。

 そうしている間にも頭の中には京平がいる。

 私は最近ふとした瞬間に京平のことを考えることが多くなった。

 今頃京平は帰り道を歩いているだろう。もしかしたらもう電車に乗ったところかもしれない。京平は今、何を思っているだろう。

 ふー、とため息をついて下を見るとクローバーが咲いていた。

 小さい頃はクローバーが目に入るたびに四つ葉を探していたが、今はそんな気分にもならない。

 四つ葉なんて本当は幸せの象徴でも何でもないと、今の私は知っているから。

 視界に少し汚れた黒いスニーカーが入った。

 まっすぐ近づいてきて、私の前で止まる。

「黒川ちゃん」

 顔を上げると相良が立っていた。

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